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冷蔵庫の在庫とサプライチェーンを考える

牛乳を冷蔵庫から出し、コップについで一口飲んでから、ふとパックの日付をみると賞味期限をすぎていた経験はないだろうか。あるいはヨーグルトやジュースでもいい。たしかに風味はやや落ちているが、別におかしな味ではない。まだ飲めるのにな、どうしてこんな早い賞味期限をつけるんだろう? 飲料メーカーの「リスク・マネジメント」のおかげで、捨てなければならない食べ物が増えたような気がする。そのリスクにしたって、消費者の心配よりも、自分達がクレイマーをおそれてのことじゃないか。そんな気分にもなってくる。

しかし刺身だとか青菜だとか鶏肉だとか、他人やメーカーのせいにできない食料品も、つい無駄にしたことがある。買うときには、すぐ食べるつもりだったのである。でも、何かの都合で後回しになり、そのまま冷蔵庫の中で日が経ってしまった。傷みやすいものは、それでも気をつけるのだが、そうでもないものはつい油断してしまう。こうして、アフリカやその他、地球上で飢えている大勢の子供たちに申し訳ない気持ちになりながら、食べ物を捨てた経験のある人は、わたし以外にもいるにちがいない。このような先進国の無駄が、限られた地球の農業生産物の不平等な分配に寄与し--なんて高尚なことは思わないにしても、とにかくもったいないではないか。

この問題を解決するにはどうすればよいか。とある日曜日、グローバルな食料不足という課題に微力ながら貢献すべく(つまりは多少ヒマだったから)、サプライチェーンの観点から、解決策を考えてみた。サプライチェーン・マネジメントとは、需要と供給を同期化し一致させることにある。これはこのサイトでも繰り返し書いたことだ。在庫や移動の無駄が発生するのは、その需要と供給が一致していないことに起因する。発生(供給)と消費(需要)のタイミングが合わなければ、そこに在庫が発生し、発生場所と消費場所が違っていれば、輸送が必要になる。

だからといってミルクが飲みたくなるたびに、牛舎からウシを引っ張り出して連れてくるというのも、やや面倒ではある。衛生上、低温殺菌だって必要だ。それにあんな量を毎日生産(排出?)されては、とうてい我が家だけでは消費しきれぬ。やはりここはメーカーさんにミルクプラントを運用してもらい、見込生産(あるいは、わたしの呼び方では『需要予測生産』)で供給してもらうしかない。バッチで殺菌処理して、小分けにして瓶詰めあるいはパック詰めする。そして消費量に見合った配達をする。受け取った方は、やはり冷蔵庫にしまうしかない。

牛乳に限らず、一般に農業生産物は『需要予測生産』で作らざるを得ない。魚を食べたくなってから釣りに行ったり、漬け物を食べたくなってから大根を植えたりする訳にはいかないからだ。おまけに自然の産物にはその季節、あるいは旬がある。そして生ものだから消費期限も。だからどうしても食料品のサプライチェーンには在庫がついてまわる。米のように貯蔵性の良いもの以外は、長持ちする加工品にして貯蔵することが必要である。まさに人類が昔からやってきたことだ。あとは冷凍・冷蔵するか、である。これを生産者の場所ではなく、消費者の各家庭で実現したのが、家庭用冷蔵庫であった。だから戦後復興期に、冷蔵庫は洗濯機や掃除機とならび、家電必需品となって、家電メーカーを(日本だけでなく多くの国で)大企業に押し上げたのである。

ところで、そもそも冷蔵庫という近代的マシンの機能は何だろうか? 仕組みから言うと、あれは冷媒をコンプレッサーと配管で気化器と熱交換器に循環させ、内部の熱を外部にくみ出すシステムだ。そうした冷却機能と並ぶ、もう一つの柱が「保管機能」である。冷蔵庫は多品種少量品の保管システム、であるはずである。この面から再検討できないだろうか。

工場や物流センターなどで倉庫を機能設計する際のポイントがいくつかある。まず、使う側のソフトの問題だ。保管する物品は、箱や缶やコンテナなどに入れて、ある程度「定型化」することがコツである。積みやすく・持ちやすくなるし、スペース効率も高まる。まあ、牛乳パックなどは合格だろう。野菜や魚介類は不定形なので、ちとやりにくい。だからタッパーウェアは偉大な(そしていかにも米国らしい)発明品であった。かの国では、買い物は週に1回、車で巨大スーパーにいき、一週間分の食料品をカート一杯に積み込んでかえってくる、というのが標準的生活パターンだからである。貯蔵量が半端じゃない。牛乳パックなども2リッターが普通なのだ。

つぎにソフト面で考えるべき事は、その小分けした物品に現品表(カンバン)を貼ることだろう。内容が何で、いつ購入し、いつまでが消費期限かを明記する。そして入出庫管理台帳をつくり、どのIDの物品を出し入れしたか記録する、のだが、こんな面倒なことを家庭ではやっていられまい(じつは、かなり多くの工場でさえ、きちんと現品表を貼らずに資材をおいたり運んだりしている)。

とくに、入出庫管理台帳の一番大事なポイントは、『保管場所のロケーション管理』である。あれってどこに置いたっけ? と冷蔵庫の奥をかき回した経験は誰にもあるだろう。どの物品をどの場所に保管したか。これは後で取り出すときのキーになる。ほかに倉庫管理システム(WMS)の機能として、ある品目の合計量の計算、棚卸と在庫修正、などがあるが、ここには詳しく述べない。そうした情報システムに興味のある方は、渡辺幸三氏の著書「生産管理・原価管理システムのためのデータモデリング」などを読まれることをお薦めする。

ところで、こうしたロケーション管理的な面倒の一切をなくしてくれる、素晴らしい発明がある。それが立体自動倉庫だ。棚が縦横にならんでおり、スタッカー式クレーンなどと呼ばれる機械が動いて物品の出し入れをする。入出庫口に荷物を置けば、自動的に空いている棚に運び入れてくれて、場所は自分で覚えておいてくれる。「あれ取ってきて」と頼めば、自分で勝手に取ってきてくれる。荷物にバーコードでもついていれば、自動的に識別もしてくれる。では、冷蔵庫に自動倉庫機能をつけ加えてはどうだろうか? 消費者の悩みは万事解決、ではないか。

ところが、そうはいかないのである。「あれ取ってきて」とわたし達が人に頼んで言うときには、“あの牛乳の、一番古いやつから先に取ってきて”という意味である。しかし自動倉庫の側は、17番の棚の牛乳と26番の棚の牛乳が「おなじもの」だというパターン認識はできないのだ。せめて商品バーコードが共通なら、同種物品だとは判定できよう。その場合でも、賞味期限までは分からない(バーコードには入っていない)。だから結局、箱と中身の紐づけ(マスタ作成)はユーザの作業になってしまう。

しかももっとまずいことがある。自動倉庫にいったんしまうと、どこに入ったか分からず、視界から消えてしまう。すると記憶からも消えがちになる。どこかの棚で牛乳がチーズになり、ワインがお酢になっていても気がつかないことが起こりうるのだ。定期的な棚卸作業が必要になる。これでは失敗だ。

自動倉庫方式の、機械と情報システムのインテリジェンスに頼るやり方は、(大規模工場ならともかく)冷蔵庫程度のスケールでは引き合わないことが分かった。それでは、どうするか。発想を逆転させて、人間の側の視覚とインテリジェンスに頼ることにしてみよう。

まず大事なのは、どこに何があるか全部見えるようにすることだ。このためには冷蔵庫の扉を現在のような金属製のものではなく、断熱ガラス製にすべきである。さらに、冷蔵庫の幅と奥行きも問題だ。あれでは手前に物を置いたら奥のものが見えなくなる。だから、冷蔵庫はもっとずっと平べったい、奥行きせいぜい30cm程度のものにする。

しかし、そうすると壁面を今よりたくさん占有してしまう。狭い日本の住宅事情から考えて問題だ。これをどうすべきか? じつは、妙案がある。それは、冷蔵庫を縦型から横置き型にしてしまうことである。横置きにして、下に4本の足をつける。つまり、文字通りテーブル型にして、台所ではなく、ダイニングルームの真ん中におくのだ。上面はガラス製だから、上からどこに何があるか、全部一目で見渡せる。以前買ってきて忘れたもの、賞味期限が近づいたもの、すべて目で見れば思い出す。モノ探しの手間もずっと減る。

食事の時に冷蔵庫の中身を見たくないのなら、その時だけ上にクロスを敷くか、あるいはいっそ液晶方式にして、スイッチ一つで洒落た模様に変えるのもいい。

取り出し口は、横につける。つまり引き出し方式にする。この引き出し口は、左右両側につけるようにする。そして中に入れる物品は、すべてトレーにのせる。このトレーは滑りやすくできているので、突っ込んだり出したりが楽にできる。

しかし、出し入れ口を左右二ヶ所にする最大のメリットは、「入口と出口の分業」である。例えば必ず左から入れ、右から出すようにする。こうすると、庫内に左から右にものの流れができる。つまり、先入れ先出し方式が自動的に実現できるのである。どのヨーグルトを先に買ったのか、もう悩まなくていい。右に近い方から順に取り出せばいいだけだ。庫内が一杯になってきたら買い物を控えるだろうし、少なくなったら買い出しの時期だと分かるだろう。

うーむ、われながら素晴らしいアイデアだ。究極の「サプライチェーン型冷蔵庫」である。これを商品化すれば一攫千金、大金持ちになれるだろう。だが、地球レベルの食糧問題に貢献すべく公共心を発揮し、このアイデアは無償で公開することにしよう。

しかし、この程度のことは、ちょっと気が利いた工場ならばすべて職場で実現していることだ。モノを定型化して置く、入口と出口を分けて流れを作る、ロケーション管理の手間を不要にする、そして全体の量が見えるようにする・・わたし達はここに、「単なる物置」から「使用者のための物品供給の仕組み」への進化を見る。そして、こうしたシンプルな原則の理解こそ、わたし達の効率をアップさせるために必須の知恵なのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-05-27 15:49 | サプライチェーン | Comments(0)

日誌をつけよう(3)--スケジュールとの統合

さて、これまで2回にわたって、日誌をつけよう、To Do Listと併用しよう、と格好のいいことをいってきたが、実は私自身まだうまくできていないことがある。それは、スケジュールとの統合だ。むろん、ここでいっているのは工場の生産スケジュールやプロジェクト・スケジュールのことではない。自分のパーソナル・スケジュールだ。

誰でも、自分自身の個人予定を書き込むために、スケジュール帳を持っているだろう。手帳か、スマホか、あるいは、月単位の見開きデスク・ダイアリーかもしれないし、さもなければ壁に掛けたカレンダーに鉛筆で書き込む、という人もいるかもしれない。スタイルは様々だが、とにかく日時の枠内に、打合だとか出張だとか飲み会だとかのイベントの予定を書き込むためのものがあるはずだ。

そして、日誌を書くときには、その日のイベントもまた日誌に記録したいものだ。朝、一日の始まりに、まず本日の予定されている(時間の決まっている)イベントを確認する。そして、To Doをならべる。一日が終わると、日誌をまた開いて、予定されていたイベントの実際の開始・終了時刻を記録し(会議だと例によってたいてい終了が延びるのだ)、必要に応じて出席者名と結果を簡単に走り書きし、そしてやり終えたTo Doを消していく。これで、日誌に記すべきほとんどの項目がカバーされる。理想的には、こうあってほしいのだ。

ところが、私自身はそこまで実現できていない。私はスケジュール・カレンダーにはLotus Notesを、To Do Listには自作のExcel マクロで組んだソフトを使っている。そして日誌にはまた別のFreeMindというソフトを、現在のところ利用している(FreeMindは現在のところ、アウトライン・プロセッサ的につかえてWindows/Mac/iPadの3種類の環境で動く、ほとんど唯一のソフトだ)。その結果、私は毎朝、その日のイベント・スケジュールをTo Do Listに転記し、一日の終わりにはTo Do Listからやった事を日誌に転記している訳だ。何とも間の抜けた、無駄な作業だと、自分でも思う。

しかし、一つだけ言い訳がある。それは、スケジュール・カレンダーの情報は本来、公開して仕事の同僚と共有するものだから、ということだ。To Do Listはこれと異なり、仕事の事もプライベートな事も一元化しているし、まして日誌の読み手は基本的に(未来の)自分だけだ。こうした点に、カバーすべき情報範囲のズレがあるのだ。日誌なども公開すればいいのかもしれないが、個人的な記録や発見も書いておきたい(ちなみに、そうしたネタの中から、この「タイム・コンサルタントの日誌から」ができてくるのだ)。そうすると、結局は別な場所に何か書き込まざるをえなくなって、また二重化してしまう。

「やっぱり変だよ 日本の営業」の著者・宋文洲氏は、世間一般の営業日報を批判して、“文章をだらだら書き連ねた日報など、営業管理には何の役にもたたない。必要なのは、誰と、いつ、どこで、どういう用件で会ったか、などの事実だけだ”といっている。私も基本的には賛成だ。日誌の内容はできるだけ客観的であるべきだ。だが、毎日のルーチン業務に関連して、いろいろなことを思いついたり発見したりするのも、計画屋の重要な職務である。この間の線引きが、むずかしい。

私は実は、さらにPocketMoneyという個人用の金銭出納ソフトも使っている。欲をいうと、これも日誌と統合したいのだ。スケジュール予定とTo Doと交通費や経費の記録と仕事上の反省とを、あっちをめくりこっちに転記して、ではやりきれない。しかし、こんな機能を全部組み込んだソフトがあったら、自分は飛びつくだろうか? 何だかそんな、「パーソナルERP」みたいな巨大ソフトは、重くって使い物にはならないだろうな、などと考えているもんだから、いつまでもどうどう巡りは終わらないのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-05-23 22:51 | 時間管理術 | Comments(3)

日誌をつけよう(2)-To Do Listのつくりかた

生産計画やプロジェクト・マネジメントに従事するホワイトカラーも日誌をつけよう、と前回書いたが、お仕事の日誌を習慣づける一番簡単な方法は、To Do Listとともに使うことだ。

To Do Listとは文字通り、「やるべき用事(to do)」のリストである。仕事の上でやらなくてはいけない用事を、リストの形で書いておく。毎日の仕事とは、誰かに電話をかけるとか、製品Aの昨年度の実績を調べるとか、来週の会議用資料を用意しておくとか、やらなければいけないこまごまとした用事の集合体であるとも言える。

そこで、To Do Listのフォロー結果が、そのまま日誌になるようなスタイルを考えてみよう。毎朝、職場に着いたら、まずその日にやらなければいけない用事のリストを作成する。その中には、前日のTo Do Listもにあったのだが、前日にはできなかった用事も含まれるだろう。また、その日に新たに付け加わった仕事もあるにちがいない。

リストができたら、つぎに、その中で今日の内にどうしてもやっておきたい事、やっておかなければならない事を選び出す。それを日誌に書き写す。そして、一日の仕事が終わったら、かえる前に、もう一度日誌の中のTo Do Listを見なおして、やり終わったものには丸印をつける。必要なら、手短なコメント、たとえば「相談の結果、2/14から製造する予定」などと書いておく。こうすれば、一日の終わりに自動的に日誌が出来上がっている。所要時間は、朝の5分と、夕方の5分の、合計10分。簡単である。

To Do Listの具体的な項目や形については、拙著「時間管理術」にも書いたので参照してほしい。ただし、効果的なTo Do Listをつくるには、守るべき原則が4つほどある。それを説明しよう。

(1)一元化すること

 何よりも、これが一番大事な原則だ。自分のTo Do Listは、ただ一つに集中すること。やるべき用事が、手帳と、会議のノートと、PCのメモパッドと、e-mailの受信ボックスと、机の上のポストイットと、あれやこれやに散らばっていたら、どこから手をつけていいか自分でも解る訳がない。To Doは必ず一元化しなければならない。

 もしあなたがTo Do ListをデスクトップPC上のExcelファイルで管理したければ、それでもかまわない。しかし、そのときは、会議で決まったことやメールで依頼されたことなども、すべてそれに記録しておかなければならない。一つの空港に管制塔がいくつもあったら、パイロットは発狂するだろう。あなたの管制塔もたった一つにしておこう。

(2)先日付のTo Doを書き込める場所もつくっておくこと

 用事の中には先日付、たとえば来週の金曜日になってから、はじめればいいと分かっているものもある。こうした先日付の用事を記録しておくためには、あらかじめ向こう数週間か数ヶ月分の記入枠を用意しておき、その該当日付に書き込むようにする。ようするに「カムアップ・システム」である。この目的のためにも、To Do Listと日誌は統合化するメリットがあるのだ。

(3)中期的なタスクを考えながら、日々のTo Doに落とすこと

 やるべき仕事の中には、飛び込みの用件や突発事故への対応などのように、あらかじめ予測も予定もたてづらいものがある一方で、中期的な「テーマ」ないしタスクも多く存在する。むしろ、仕事というものは、毎日のイベント・ドリブンな用件を減らして、いかに計画的にすすめていけるようにするかが、大事である。

 ただし中期的なタスクそれ自体をTo Do Listにそのままのせるのは、おすすめできない。人間は誰しも、同じTo Doを毎日毎日ずっとながめつづけると、いやになってしまうものだ。たとえば、「主力製品の需要パターンを分析しておく」などといった大きなタスクは、「昨年の製品Bの月別出荷量を調べて表にする」「住宅着工件数との対比でグラフ化する」のように、1-2日で完了できる程度の小さな用事に分解して、順に片づけるようにする方がいい。

(4)優先度は日々見直すこと

 私は上記の本の中で、「To Do Listには優先度をつけろ」と書いた。ただし、優先度はずっと固定してはいないはずだ。期日が迫ってくれば(スケジュール上の自由度がなくなってくるため)優先度を上げて仕事をせざるを得ない。客先の要請などの事情で、優先度をかえることも、無論あり得る。

 米国のPMコンサルタント、Neal Whitten氏は「能力のあるプロジェクト・マネージャかどうかを見分けるのは簡単だ。その日にするべき仕事Top 3を聞いてみればよい」といっている。まともなプロマネならば、すぐにきちんと答えられるからだ。仕事のできる人は、やるべき事に適切な優先度をつけている。そして時間を無駄にしない。

 時間を大切にし、時間の悩みを取り去るためにも、日誌とTo Do Listを活用しよう。
by Tomoichi_Sato | 2012-05-17 23:41 | 時間管理術 | Comments(0)

日誌をつけよう

新入社員の人たちも、集合研修は一段落し、部署に配属されほぼ一月たって、少しずつ職場の環境に慣れてきた頃だと思う。これから何とか自分のペースをつかみ、できれば自分の能力も磨いていきたいと考えている人も多いだろう。

時間管理術』というのは働く人に共通のスキルだ。その中でも、とくに初心の人たちにすすめる事は何か、ときかれたら、わたしは「日誌をつけよう」といつも答えるようにしている。

昔はよく元旦などに、“よし、今年こそは日記をつけよう!”などと決心をする人がいたようだが、今どきはどれほど存在するかわからない。正月に、“今年こそは家計簿をつけるわ”と思い立つ主婦が大勢いると信じて、昔の婦人雑誌の新年号は分厚い「特別製家計簿」を付録にしていたものだ。今どき日記をつけようと決心する人の数は、おそらく家計簿をかなり下回って、マイナーな趣味に属するかもしれない。

ところが世の中の変化とは不思議なもので、文房具店の日記コーナーや婦人雑誌の豪華付録が消滅していくかわりに、日記をつける人はかえって目立つようになった。ネットの世界でのことだ。自分のBlogやFacebookなどのSNSに、日記代わりの文章をアップしている人の数は、(公式な統計が存在するかどうかは知らないが)今では数十万を下るまい。昔風の、紙に書いて、鍵付きの箱にしまっておく、私的で内密な日記はすたれて、オープンで、ちょっと気取った、他人が読むことを最初から意図した日記は増え続けている。これが現代のトレンドというものらしい。

ところでわたしは、あえて逆の提案をするのである。「公開を目的としない、個人的な記録を毎日つけよう。1日に10分、自分の時間をそれに当てよう」と。そして、それをスケジューリングやプロジェクト・マネジメントの訓練として行なおう、と。

そんな習慣が何の役に立つかって? そう疑問に思う人は、Blog的な、私的な日記を想像するからだろう。しかし、私が提案するのは、個人的な記録、つまり『日誌』なのである。

「日記」は(たとえそれがインターネットで公開されようが)基本的に文学の領域に属する。日本では日記文学の長くて立派な伝統があり、またその姉妹として身辺雑記のエッセイも発達している。だからみな、毎日の記録というと、すぐそうしたものを連想する。

これに対して、「日誌」は客観性の領域に属している。自分の主要な関心事、ふつうは仕事の(学生ならば研究の)ことを記す。だから散文的だ。他人が読んでもつまらないし、日誌はそもそも他人に見せることを意図していない。日誌の想定する読者はたった1人、未来の自分なのだ。

船の船長はみな、「航海日誌」をつけている。わたしは航海日誌もつけないような、だらしない船長の船には乗りたくない。同じように、わたしは「プロジェクト日誌」をつけないような、訓練の足りないプロジェクト・マネージャーの仕事はしたくない、と思う。ところで、あなたの知っているプロマネは、日誌をつけているだろうか? なぜ海運の世界では当たり前のことが、ことホワイトカラーのオフィスの世界ではほとんど行なわれないのだろう?

航海日誌に書くことと言えば、どんなことだろうか。わたしも正確には知らないので想像するだけだが、その日の船の位置、進んだ方向と距離、天候、その日の主要な作業項目や出来事、寄港したならば寄港地名と積み卸しの内容、船員や乗客の動静、発生したトラブルや将来起こるかもしれないリスク、などだろう。長く航海していれば、こうしたことをすべて頭の中だけで記憶しておくのは不可能だ。

航海の途中で、「通信機の調子が落ちている・・このところ荒天が続いて傷んだからかもしれない・・そういえば前にオーバーホールしたのはいつだったろうか?」というようなことを考えるとき、日誌がなければ困ってしまう。また、一つの航海が終わったとき、次の航海の計画を立てる場合にも、過去の航海日誌は役にたつ。つまり日誌は、基本的に書いた人間が自分で読んで利用するものなのだ。ならば、プロジェクト・リーダーを目指すあなたも、日誌を付けない理由が何かあるだろうか?

日誌は、鍵付きの小箱入りのノートではなく、パソコンで記録することをおすすめする。理由は簡単、日誌の主要な目的が「過去の検索」にあるからだ。何も立派なデータベース・ソフトである必要はない。ワープロや、テキスト・ファイル+エディタの組合せで十分だ。なぜなら、日誌に記録すべき項目はしだいに変わって行くからだ。仕事を通じて、自分の役割も、範囲も、関心点もかわっていく。人はそれを『成長』と呼ぶ。へたなシステム分析を行って、自分の「管理項目」を固定してしまわない方がいい。あとで必ず窮屈になって、使うのをやめてしまうだろう。

日誌に割く時間は1日にせいぜい10分か15分。それ以上かかるようなら、書くべき項目を減らした方がいい。さもないと、休日や何かの理由で書けない日が3日続いたとき、間を埋めるだけで1時間近くかかってしまい、だんだんいやになってくる。日誌は継続しなければ、何の意味もない。

あなたも、もしも今つけていないのなら、日誌をはじめよう。今つけているのが文学的「日記」だったら、内容に「日誌」も加えよう。その習慣をだれかれに言う必要はない。自分一人で、心の内に宣言すればいいだけだ。

そしてときどき過去を検索したり、読み返してみよう。3ヶ月続けてみたら、あなたは、何となく、気分的な安定を少しだけ感じているはずだ。それがきっと、「成長」というものの実感なのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-05-13 23:01 | 時間管理術 | Comments(0)

R先生との対話 - 戦略を語る前に必要な『勇気』

久しぶりにR先生を訪れた。R先生は現在は半ば引退した経営コンサルタントで、尊敬する大先輩である。もう関東は花の盛りを過ぎて、初夏の陽気であった。

「最近は経営企画部門に移ったそうだが、調子はどうだね?」

--何ともむずかしい仕事ですね。中期経営計画を立案してモニタリングするのが主な仕事の一つですが、5年間の中期計画と言っても、われわれの業界のビッグ・プロジェクトは開始から終了まで平気で4年くらいかかってしまうので、その帰趨によって会社の計画値自体がゆらいでしまいかねません。

「だが、それなら逆に先が読みやすいとも言えるじゃないか。受注残高だって数年分あるわけだろう?」

--確かにそうですが、なにせ工場を持たない受注産業ですから、逆にその先の保証は全くありません。為替レートや市場環境の変化も激しい上に、エネルギー構造自体が世界的に変わりつつあります。

「だったら、なおさら経営企画部門の出番じゃないか。“計画はスタティックな最適化の問題じゃない、刻々変化する環境下での適応制御の問題である”、みたいなご高説を君は10年前に生産スケジューリングの本で、偉そうに書いていたはずだ。」 R先生はにこやかな顔でわたしをからかった。

--たしかにそうですが・・。生産計画やプロジェクト・スケジューリングと違って、経営計画というのは非常にスコープがオープンなんですよね。外部とのインタフェースが多くて、しかもソフトです。考えるべきテーマがひどく広い。その割に人数が限られています。まあ、経営企画部門がやたらと大組織ってのも、逆におかしいと思いますが、先生は適正なあり方って、どうお考えですか?

「それは権限と責任範囲による。欧米の会社だと、Strategic Planningとか経営戦略はMBA的なキャリアの仕事で、経営者への第一歩だと位置づけられる事が多い。日本でも、企業によっては経営企画部門はエリートコースで、そこを経験することが社長へのルートみたいなところも、伝統的大企業には案外多い。当然、ある程度の所帯になる。ただ、戦略立案はエリートの決定事項で、実行は下々の仕事、というあり方は好かんな。」

--長年、計画技術者をやってきた自分としても、たしかに違和感があります。まあ、幸いわたしの勤務先では、経営企画部門はそんな位置づけじゃありませんが。

「そりゃあ、君が任命されるくらいだから、エリートコースでないのは明らかだな」

--・・それはともかく。自分達で大胆な戦略的提言ができるためには、どのような組織体制が望ましいのでしょうか。

「君は根本のところが間違っているよ。戦略を決めるのは経営者の仕事だ。企画部門の仕事じゃない。」

--そうですか。

「とるべき戦略を考え、決めるのは経営者だ。ただし、経営者は忙しい。だから『考える』の一部を分業して、企画部門にやらせているだけだ。君がやるべき事は、情報を収集し事実を分析して、いくつかの選択肢を考える事までだ。中には“従来の仕事を今までどおり続けるか、止めるか”という単純な選択肢だってあるがね。何ならリコメンドをつけてもいいだろう。だが、そいつらを評価して、選ぶのは経営者だ。
 なぜなら、最終的な責任をとるのは経営者の方だからだ。戦略というのは、結果に責任をとるものが選ばなくてはならない。」

--なるほど。でもあえて、“なぜですか?”と聞いていいですか。

「それはな、前にも君に教えたとおり、戦略とは賭けだからだ。賭けには仮説があり、決断があり、実行がある。実行の最中にも微調整がある。仮説は生きものだ。むしろ実行を通して、仮説を“結果的には正しかった”ものに育て上げていかなければならない。そのためには、実行している当人達が、結果を背負い込む覚悟がいる。戦略立案と実行を組織的に分業すると、生きた仮説が、固い無生物になってしまう。それでは仕事はうまくいかん。君は自分の立てた戦略と心中する覚悟があるかな?」

--それは、うーん、あります! と言いたいところですが・・

「それみろ。戦略を語る前に必要なのは勇気だ。君みたいに度胸のないヤツに戦略作りなんかまかせてたら、会社がいくつあっても足らん。君だけじゃない。今この国には、勇気ある者はめっぽう足りない。いるのはリップサービスと逃げ口上だけが上手な、小役人みたいなのばっかりだ。上から下までな。」

--手厳しいですね。でも、それじゃあ、自分みたいな人間が勇気を持てるようになるには、どうしたらいいでしょうか。それとも度胸というのは生まれつきの素質ですか。

「そんな問いに正解は無い。まず自分で考えなさい。考えるのが君の仕事だろ? もちろん、生まれつき肝の太いのも、小心な者もいるさ。そして健全な組織には両方必要だ。一個人の中だって、両面が必要だ。ただ、勇気というのは育てるものなんだ。少なくとも“自分には勇気が不足している”と自覚することが第一歩じゃないか。」

--それはそうですね。

「男は度胸、女は愛嬌、という言葉を知っているだろう? あれは、理想を表している。つまり実は、それぞれに足りないものを述べているんだ。ふつうの男には度胸が足りず、ふつうの女は愛嬌が足りない。」

--はあ。

「つまり男だから生まれつき度胸がある、なんて事はないのさ。むしろ近頃では、日本の若い女性の方がずっと勇気があって、剛胆な人が目立つ。ジャパニーズ・サムライは今や女性が主役じゃないかな。それはなぜかというと、女性の方が社会的に不利な分、失うものも少ないからだ。
 これに失敗したら面目を失う、地位も失う、そんなリスクばかり考えているから、誰も勇気ある一歩が踏み出せないのだ。大企業の経営者たちもそうだ。そうしている内に日本はどんどん追い抜かれてきたじゃないか。
 君が若い後輩を育てたかったら、どうする? 少しくらい危なっかしいと思える仕事を任せないか? 失敗しそうでも、ギリギリまで助けまい。」

--そうですね。全部手を出していたら、相手は育ちません。

「人は少し背伸びするくらいの場所にいないと、のびない。背伸びしたら、ときに倒れるかもしれない。倒れても、ひどい怪我をしないよう気をつけるのは、まわりの責務だ。つまり、いざというときに頼れる仲間や先輩がいないと、勇気も育たないことになる。
 勇気ある人間とは、つまり大人ということだ。ある意味、一人では大人には成れないのだよ。回りに大人がいて、手本となり、支え、励まし、また叱って、はじめて人は大人になっていくのだ。」

--だとすると、大人が多い社会では、さらに大人が育ちやすく、大人が少ないと、大人の育つ速度も小さいことになりますね。スパイラル現象だ。明治初年の頃と、今の平成と、同じ日本なのに、人の成熟度が違うような気がするのも、このためなのか。
 でも、運不運というのもありますね。失敗したときは、どう受けとめるべきですか。

「世の中にはもちろん、自然災害を含めて、ときに思った以上の痛手を被ることがある。そんなとき、出来事を受け入れるためには、網が石つぶてを柔らかく受けとめるように、周りの人間が一緒になって受けとめる必要があるんだ。一人の人間が決めた結果すべてを、自己責任論で当人だけに押しつけたら、誰も何もできなくなってしまう。」

--たしかに。

「だから失敗したらね、『いい勉強をした』と思いなさい。そして自分で笑えばいい。そうすれば、笑っている側の自分だけは高く保てる。」 R先生はグラスを傾けて、こう言われた。「人は悩んで大きくなる。でも、それは勇気を持って、リスクをとって踏み出したときの悩みに限るんだ。リスクをとれずに逡巡しているだけの悩みでは、自分は育たないことを心に銘記すべきだな。」
by Tomoichi_Sato | 2012-05-06 23:08 | ビジネス | Comments(0)

「生産スケジューリング」セミナー講演のお知らせ(5/24)

今月の下旬に、生産スケジューリングとリードタイム短縮に関するセミナー講演を行います。
有償セミナーですが、生産管理の基礎から海外工場への応用編まで交えて、1日じっくりと勉強していきましょう。

【講演タイトル】
「生産スケジューリングの基礎とリードタイム短縮および海外工場でのポイント」

【日時】 2012年5月24日(木) 10:30-17:30

【場所】 東京都新宿区西新宿二丁目7-1 小田急第一生命ビル 22階
   日本テクノセンター研修室

【受講対象者】 
・製造業の製造・生産管理・生産技術・設計担当者、購買担当者などで基礎事項から学びたい方
・海外展開時のスケジューリングについてヒントを得たい方

【セミナーのねらい】
 本セミナーは、先日上梓した「“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない」とも連動した企画です。

 グローバルな競争が進む今日、日本の製造業はますます国内生産か海外展開かの選択を迫られています。その一方、安価な労働力だけを当てこんで中国生産に踏み切った企業の国内回帰の動きも続いています。本講座では、コスト・品質と並んで競争力の三大要素である「時間」(納期)に焦点を当て、ジャスト・イン・タイムの生産能力を実現するための基本を学びます。

 ジャスト・イン・タイムというとトヨタが有名ですが、業界も慣習も全く異なる企業が、たんにトヨタの真似だけをしても、コストも下がらず納期も短くなりません。本講座では、生産活動の全体を「生産システム」という視点でとらえ直すことにより、今日の課題に対応できる定石と考え方を理解します。また、そのために必要な、新しい計画とスケジューリングの基本的技術を、数式等を避け直感的に理解しやすい講義を通じて、学べるよう工夫しています。

【プログラム概要】
 Ⅰ.はじめに ~ 製造業を理解するには
 Ⅱ.リードタイムと在庫には理論がある
 Ⅲ.自社の立ち位置と生産システムを理解する
 Ⅳ.スケジューリングの基礎知識
 Ⅴ.ジャスト・イン・タイム生産を実現する
 Ⅵ.進捗をコントロールする
 Ⅶ.海外工場展開とジャスト・イン・タイムの挑戦
 Ⅷ.おわりに--「ジャスト・イン・タイム問題」とは何か

プログラム詳細、費用ならびに申込み方法は、主催者である「日本テクノセンター」の下記HPをご覧ください。

http://www.j-techno.co.jp/test/index.cgi?mode=sem&unit=2012052401

本講演が、生産スケジュールの「時間の悩み」を抱える方々に少しでも役立てるものとなる事を願っております。


  佐藤 知一  拝
by Tomoichi_Sato | 2012-05-04 10:06 | ビジネス | Comments(0)