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クリスマス・メッセージ: 地には平和を


Merry Christmas!

一日の始まりをどこにとるかは、地域や分野によって様々だ。わたしたちは現在、太陽が南中する正午のちょうど裏側、深夜に一日の始まりをおいているが、このような習慣は各戸に時計があるのが当たり前になってきた近世以降のものに違いあるまい。日時計や水時計しかなかった中世以前にとって、深夜に一日の切り替わり点を置くのは不便だったはずだ。だから、日の出や日没のように、誰の目にも明瞭な気象上のタイミングを選ぶのが自然だろう。

古代の中東・パレスチナでは、一日の始まりは日の出ではなく日没だった。夕暮れになると新しい日が始まるというのは、わたし達の習慣からすると奇妙な感じがするが、これは慣れの問題なのだろう。だからクリスマス・イヴというのは、まさにクリスマス(降誕祭)の日の始まりであって、祝うのは当然なのだ。クリスマスに限らず、大晦日の夜をNew Year Eveと呼んだり、そのほか何かにつけ前夜祭を祝う習慣が西洋人にあるが、これは一日の始まりを日没とした中東の伝統を引きずっているわけだ。

一日の始まりもさることながら、新年の始まりのタイミングを今のような、冬の途中に置く理由が何なのか、わたしは時々不思議に思う。太陽暦ならいっそのこと冬至に合わせればよいと思うのだが。ちなみに1月1日もキリスト教では祝日に当たるが(だから西欧諸国ではその日だけは仕事もお休みだが)、わざわざそれを選んで新年にしたのだろうか。南半球では真夏の直前に新年が来るわけだが、これもどういう気分なのか、うまく想像できない。

今年は家族の事情のために、年賀状ではなく欠礼状を用意する状況になった。それはともかく、欠礼状は文面に悩む必要があまりない。しかし知人友人には、賀状をどういう文面にしようかちょっと迷っている、という人が多い。なんだか単純に“謹賀新年”でもないしなあ、というのである。その気持ちはよく分かる。あれほどひどい災害のあった年を過ごし、新しい年はせめてもっと良い事があるように祈るのは当然の気持ちだ。しかし、謹賀新年だけでは、気持ちに切実感が足らないのである。

今年1年のことを思い出そうとすると、たしかに3月のあたりで記憶がぽっきり折れて、時間が続いていないように感じる。むろん、日誌を読み返せばたしかに日々の記録はとってある。だが、あの震災と津波と原発事故の恐ろしい日に、もう日本がすっかり変わってしまったのだと感じた人は多かったはずだ。ちなみに、わたし自身がこの1年間、何をどう考え、感じてきたのかを、このサイトに書いた記事からたどって振り返ってみると、こうなる。

1月の最初は3つのリーダシップ・タイプを論じて始まったのだった。それから、仕事の最小単位であるアクティビティの構造を理解するレクチャー。そしてビジネスにおける「政治的」であることの意味を考える話。これが2月末だった。ついで入学試験の不正に絡んで、人材のサプライチェーンの話題。

ここで震災が起きたのである。「休めない人々」は翌3月12日だった。それからあの馬鹿げた「計画停電」の日々。それを批判するため「計画技術者の目から見た『計画停電』」を書いた。さらに「危機における技術のマネジメントとは」「安全第一とはどういう意味か」あたりまでは、一般論として名指しは避けたが、どこの誰のことを念頭に置いて書いたか、読まれた方にはおわかりだと思う。

「『正解のない問題』を考える能力」は多くの方の目に触れた記事だった。ここら辺からわたしは、現代日本の社会におけるマネジメント能力の貧困に目を向けるテーマを多く選ぶようになった。「トラブルの『技術的解決』と『マネジメント的解決』はどう違うか?」「「責任」には三つの意味がある」「ヒノモト家の人々 - マクロ経済学的素描」「知識労働、肉体労働、そして『感情労働』」などがそれである。しかし、こういう記事だけでは堅苦しくなってしまう。そこであえて若手向きに「仕事のレポートはこう書こう」や「新任リーダー学・超入門」シリーズをはさんだりもしたのである。

首都圏における生活が震災の直接の影響を抜けて、なんとか「日常生活」化してきたのは、暑い夏の頃からではなかったか。わたしも、自身が主査を務める「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」をスケジューリング学会で立ち上げ、そのほか講演依頼が9月10月にいくつか重なったりした関係上、なんだか多忙な秋だった。その講演テーマがリスクと問題解決に関わるテーマだった関係もあって、撤退に関する「ストップ・ロス・オーダーと撤退の知恵」「埋没コストの原理、または撤退の判断はなぜ難しいか」「失敗の無限ループから抜け出すマジックナンバー『5』」のシリーズを書いたりした。

「そんなものを戦略というのですか?」も、多くの読者を集めた記事だった。どうも、ネットの世界では『戦略』というキーワードが人気らしい。わたし自身は、あまり積極的に使う言葉ではない。ところがどういう巡り合わせか、11月から経営企画部門に移ることになり、いやでも毎日その言葉に直面することになってしまった。

こうしてみると、わたしのこの1年間のテーマは、マネジメントとリスクとの二つの焦点をめぐって楕円のように周回していたような気がする。

それにしても、ちょうど1年前の12月に、わたしはチュニジアの首都チュニスに日本アラブ経済フォーラム出席のため出張していたのだった。その時は、まさか29年間続いていた長期政権が、その直後わずか29日間で崩壊することになるとは思いもしなかった。わたしの観察眼のなさと言ってもいいが、あのような政治的地殻変動を予見できた専門家が、他にどれだけ居ただろうか。小国チュニジアで起きた地滑りは、津波のようにアラブ世界を襲ったのだった。

そのような潮流は時を同じくして、世界のあちこちで発生している。この1年間、ひどい変動に揉まれなかった国の方が少なかったくらいだろう。世界は今、政治の時代に移ろうとしているように見える。経済の時代が、ここしばらくは続いていた。経済が穏やかに安定している時には、政治は動きを止めていく。しかしその淀みの中でいつの間にか不条理と不満が発酵していく。そして経済が一旦つまずくと、民意が沸騰して政治の時代に表裏反転してしまう。

経済の時代は、ルールの枠の中で競い合う経済合理性の、言いかえれば計算づくの理性の時代である。そこでは予測が成り立ちやすい。あいにく、政治の時代はルールを作るための闘争の時代であり、感情の時代になる。予見しがたい、リスクの大きな時代と言ってもいい。

そうした時を生き抜くために必要なことは、たぶん二つなのだろう。一つは、変化に機敏に対応できる『勇気』を持つこと、もう一つは、ゆるがぬ道しるべとなる『価値観』を持つこと、なのではないか。それはつまり、今この瞬間を大切に生きろ、ということかもしれない。二千年前にパレスチナで生まれ、激動の時代を走り抜けた賢者も言ったというではないか、明日なにを食べ何を着ようかと思い煩うなかれ、一日の悩みは一日にして足れり、と。

あの恐ろしい災害の後の時代を、わたし達は生きている。生き残ったわたし達に託された宿題は何だったのか、新年に移り変わるひととき静かな今の季節に、もう一度考えなくてはならない。そのためにも、ひととき、この地上が平和でありますように。
by Tomoichi_Sato | 2011-12-25 23:56 | 考えるヒント | Comments(0)

問題はミッドスケールのシステムで生じる

わたしは株はやらない。自社の株ももっていない。内部から見ていると、勤務先の株価は内実を正確に反映しているどころか、ずいぶん奇妙なきっかけで大きく振れたり、いいトピックなのに全然上がらなかったり、実に不可思議である。だから他社の株価だって、ずいぶん実質とは関係のないところで動いているのだろうと想像している。価格が実質と関係の薄いところで上下するものを取引して利をねらう行為は、一種の賭博ないしゲームであろう。もちろん、賭博やゲームがいけないとは言わない。ただ、自分はそうした事柄は上手でないのを知っているから、手を出さないだけだ。

それでも、証券業界のアナリストがわたしの勤務先を評価しているのを読むと、さすがプロだと感心する部分はある。プラント・エンジニアリング会社というのは日本に類例が少なく、しかも、ものづくりや販売力ではなく「プロジェクト・マネジメント」で稼ぐ業態である。普通の人には分かりにくいはずの業態を、市場・競合・リソース・技術などの要素からうまく分析して、それなりに長所や弱点などをつかみ出している。

アナリストの分析でもう一つ気持ちがいい点は、経営者の個人的な資質であまり説明しない事だ。というのも、巷間耳にするサラリーマン達の企業批評は、かなりの部分が経営者批評だからである。歳の若さから学歴や気質、そして頭の毛の量の多寡まで、あれこれが批評のネタになる。あたかも企業の業績はもっぱら、社長個人の資質で決まるかのようだ。たしかに経営者の能力が、組織のパフォーマンスに与える影響は大きい、とわたしも思う。しかしそれで事象を100%説明するのは、関ヶ原の合戦の勝敗を徳川家康と石田三成の性格論だけで説明するようなものではないか、と思う。あるいは日露戦争の勝敗を、ステッセルと乃木希典の性格の違いだけで説明するような。

いや、チームの戦績は指揮官によって決まる、たとえば長く不調だったチームが名監督を得てめざましい成績を上げる例は、スポーツの世界に多いではないか--そう、反論される向きもあろう。たしかにその通りだ。だが、スポーツの世界では、1チームを構成するメンバー人数はせいぜい数十人程度であることを忘れてはならない。中小企業診断士のベテランの先輩達によると、企業は社員数が200~300人を超えるところで、質的に変化するという。それ以前は、社長個人がすべてを見渡し、取りしきることができる。ところが300人以上になると、組織と仕組みで動かしていかないと、きちんと機能しなくなるのである。企業組織というのは、そのサイズのあたりに、質量転化の臨界点があるらしい。

サラリーマンの企業批評でもう一つ盛んに取り上げられる論点は、『製品』である。これはたとえば、iPhoneのような魅力的な製品を日本企業がなぜ作れないのか、といった論調に現れる。良い新製品を作れば、業績は必ず上がる--こうした確信は、メディアを含め広く受け入れられているようだ。わたしのように個別受注ビジネスで生きている人間から見れば、これはあまりにも「大量見込生産」時代の思想に感じられる。わたしの勤務先だけではない、日本にはBtoBの受注生産の会社は数え切れないくらいあるはずだが、世間の論調はもっぱら、家電や自動車といった、“製品”が直接消費者に受け渡されるビジネスに焦点がむけられている。良い新製品が生まれれば、そして良い経営者を得られれば、日本企業は復活する。これがわたし達の聞かされる、国民的信条ないし子守歌であろう。

新製品、経営者--こうした事柄は、企業の本社レベルで決まる、マクロな論点である。多くの人は、このマクロ的視点から、企業を評価したがる。他方、全く逆の視点から企業業績を捉える人たちもいる。その人達のキーワードは、『現場力』である。現場の組立工程で、作業員が部品を手にとるため横に一歩踏み出すところを、レイアウトを工夫して半歩ですむようにすれば、1個あたり0.3秒の作業時間のムダとりができる。年に30万個を扱うなら、合計25時間分の労賃の原価削減になる。こうしたミクロな努力の積み重ねこそ、製造業の業績を左右する。お金は現場に落ちている。現地現物を見て考えろ。これこそ、現場主義の人たちの信条である。

わたしが見たところ、日本の少なからぬ工場の現場は、たしかにまだまだ改善の余地がある。かりに現場改善の努力を積み重ねて、製造原価を3%下げることができれば、(意外に聞こえるかもしれないが)それは画期的である。というのは、企業の業績というのは、たいてい±5%程度の差で勝敗が決まるからだ。同業他社と3割も4割も価格が違うことは、成熟した産業ではあり得ない。わずかなマージンを取るか取らないかで、受注確度が変わる。そして受注量が変われば、採算点も変わるのだ。事業部にとって、赤字か黒字かは天と地ほどの差がある。その差が実際にはわずかでも、利益-2%と+3%では志気は大違いなのである。

しかし、このサイトの論調を見てこられた読者の方はお気づきだろうが、わたしは現場改善だけが業績の鍵だ、という見方には批判的である。トヨタを真似て、いわゆる“JIT生産”を導入すれば問題解決との楽観論に、わたしは警鐘を鳴らし続けてきた。前提条件の違いを無視して他社を真似れば、別の大きな問題を生むことの方が多い。どうしてそうなるかといえば、ミクロな現場主義者達が見落としている点があるからだ。ただしそれは、マクロな経営者の資質や製品開発力でもない。マクロとミクロの中間スケールにある、組織を動かす生産システムの問題である。

生産システムとは、繰り返し述べたように、「需要情報というインプットを、製品というモノに変換してアウトプットする仕組み」のことである。これは営業-企画-開発-設計-購買-製造-物流といった、企業内の機能の連鎖によって実現される。そのシステムが、一貫したプランの元に、整合性のある動きをして、矛盾は即座に自己解決しながら進むなら、それは「まとも」な生産システムである。そのシステムが、互いに分断されたプランと指標のもと、他とかみ合わない動きをして、問題は抱え込まれ伏流していくなら、それは「普通」の生産システムである。企業というのは面白いことに、「普通」なシステムでも市場が右肩上がりの時には成り立っていく(だから「ダメ」と言わずに「普通」と呼んでいる)。違いが見えてくるのは下り坂になったときだ。「まとも」なシステムの方が、ずっと弾力性が高いからである。

そして、このような中間スケールでのシステムの質は、有価証券報告書や企業の組織図だけを見たって分からない。また、現場の整理整頓レベルだけを見たって分からない。情報とものの流れを丹念に追って、決断がどのポイントでどういう基準でなされるかを分析する必要があるのだ。こうした仕事をするのが、中小企業診断士などの生産系コンサルタントである。もっとも診断士にもいろいろな得意分野があるし、逆に資格がなくても立派なコンサルティング能力を持つ人も多い。

わたし達、中小企業診断協会「生産革新フォーラム」の仲間が、あえてこの時期に『“JIT生産”を卒業するための本 ― トヨタの真似だけでは儲からない』を世に問うたのは、こうしたミッドスケールの問題点があまりにも見過ごされているからであった。人は足腰の筋力だけ鍛えても、スポーツの良いプレイヤーにはなれない。頭だけ良くても、やはり良いプレイヤーにはなれない。五体が機敏に無駄なくちゃんと反応してこそ、いい成果が出せるのだ。日本企業の問題は、マクロでもミクロでもなく、ミッドスケールのシステムで生じているのである。
by Tomoichi_Sato | 2011-12-18 18:56 | ビジネス | Comments(1)

新著のお知らせ:“JIT生産”を卒業するための本

このたび、中小企業診断士の仲間と共著で、新刊を出しました。

“JIT生産”を卒業するための本
(日刊工業新聞社)
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本日から書店に配布が始まりました(Amazon.comではまだ予約対象ですが、近日中に販売中にかわるはずです)。

本書の内容は、帯にある問いかけの文句が象徴しています:
「“トヨタ自動車の生産方式”と、うちの“トヨタ生産方式”は、どこが違うんだろう?」

本当に、どこが違うのでしょうか? トヨタ流のJIT生産を真似しようとしたのに、なぜうまく動かないのか、どうして儲からないのか? その答えが、ここにあります。
JIT生産に苦労している、すべての生産実務者に贈るつもりで書いた本です。書店で見かけたら、どうかお手にとってごらんください。


佐藤 知一
by Tomoichi_Sato | 2011-12-15 23:59 | 書評 | Comments(0)

契約は他人のはじまり--または、海外プロジェクトの基本的感覚

10月にPMI日本支部の「PMI Japan Festa」に呼ばれて、『海外プロジェクトとプログラム・マネジメントの勘所 ~ リスク戦略を考える』という、はなはだ大げさなタイトルの講演をさせていただいた。その講演では、日本企業が直面している“海外プロジェクト”で陥りやすい問題点や、過去の成功体験がなかなか通用しない理由、そしてリスクに対する考え方などを、ざっと自己流に披露したわけだが、その中で、こんなクイズを聴衆の皆さんに出して考えてもらった。

問題のシチュエーションは、こうである:「外国企業から受注した大規模プロジェクトを開始して6ヶ月。設計がほぼ固まったので、仕様にもとづき外注製作の見積をとったら、なんと当初予算より5割増の金額がオファーされてきた。予算は、プロジェクト開始前に概略仕様をもとにベンダーからとった参考見積で決めたものだ。しかしこのベンダーいわく、仕様拡大ならびに資材価格高騰のため、元の値段ではできないという。3社に引合いを出したが、いずれも同じような回答だった・・・」

さて、あなたならどうするだろうか?
(1)予算がないので、意中のベンダーに対し「指し値」で交渉する
(2)発注経験はないが、安いと評判の新興国ベンダーをみつけて発注する
(3)3社の中から発注先を選び、客先には追加予算を請求しない
(4)顧客に状況を説明し、もっと予算をくださいと要求する

(1)は、発注者が下請ベンダーに対してかなり強い立場をもっている時に(しばしば建設業などで)行われる方法である。(2)は製造業で最近かなり行われ、とくに中国ベンダーからの調達が多いようだが、品質や納期トラブルなどで痛い目にあったケースも聞く。わたしの予想では、聴衆の多くは(1)か(2)を選び、残りがやむを得ず(3)を選ぶだろう、と思っていた。

ところが驚いたことに、2/3近くの人が、(4)「顧客にもっと予算をくださいと要求する」に手を挙げたのだ。つまり、分かりやすく言えば“お客に泣きつこう”という行動を選択するというのである。実は半年ほど前にも、大阪で別の講演をした際に、同じクイズを出したことがあった。その時も半数以上の聴衆が(4)を選んだのだが、“うーん、大阪ってやはり、浪花節が通用する世界なのかな”と思った。しかし東京でもほぼ同じ結果が出て、ひどく考え込んでしまった。

ちなみに、このクイズをわたしの勤務先の若手エンジニア達にしたら、ほぼ間違いなく、こう反応するだろう。「その仕事はどういう契約形態ですか? もし一括請負契約なら、(3)を選ぶしかないですね」。わたしの勤務先はエンジニアリング会社だが、海外顧客向けのプロジェクトが85%以上である。海外プロジェクトでの普通の感覚はこれで、おそらくライバルの同業他社に働く若手だって、同じ答えをすると思う。別にプロマネでなくても、設計専門部のエンジニアの、これが普通の態度である。つまり、仮にお客に泣きついても、“それは君たちの責任範囲だ”と言われて話はお終いになるから、(4)は考慮の対象に入らない--そう、みな考える。

海外、海外といっても広うござんすで、日本以外の事情を、一律でこうとは言えないだろう、という反論はもちろん分かる。しかし今日、欧米相手でも、アジアや南米の新興国相手でも、その契約的ふるまいの規範はほとんどの場合、英米がこの1世紀ほどの間にしいてきた路線の延長上にある(中国だけは多少違うといってもいいが)。それはすなわち、「自分は自分、他人は他人。協力はするが、お互いの合意した責任範囲は、互いが責任をとる」という原理に立っている。自他を区別する原理、と言ってもいい。自分と相手の間には、透明だが固い壁のようなものがあって、それで領域が仕切られている。その各自の領域をScope of Workと呼ぶ。PMBOK Guide(R)にいうScope Managementとはここから出てきた概念である。

ただし、ここで言う責任とは「遂行責任」である。お金の支払いについては、大きく一括請負契約と、実費償還契約に分けることが出来る。一括請負契約のもとでは、先に述べたケースで、途中で思わぬ見込み違いがあっても、予算追加は顧客に要求できない。自分の責任でベンダーを選び、赤字や納期遅延は自分の負担になる。

ところが『実費償還契約』ならば、上のケースでは客先の承認を条件に、5割増の費用での発注を認めてもらえる。ただし、わたし達はサービスの人件費をもらえるのみである。というのも、実費償還契約では発注は客先自身の行為だからだ。当方のscopeは発注先の評価選定というサービスに限られている。以前も書いたが、一括請負契約は食べ物屋で言えば「おまかせ」であり、実費償還契約は「おこのみ」型である(厳密に言うと両者の間にはいろいろなバリエーションがあり得るが、ここでは省略する)。

米国では、いろいろな経緯から、実費償還契約がけっこう幅をきかせている。これはscopeに曖昧性がある場合に、客の側が注文を選べる自由度を持ちたいからだ。ただし全体としては、どちらかといえば一括請負契約を好む傾向がある、と米国人から聞いたことがある。

一方、日本のビジネス慣習では圧倒的に一括請負契約が多い。しかもこの一括請負契約、じつはscopeの区分が曖昧で客先はいろいろ注文をつけたがる、という代物である。あとで注文をつけるくせに、金額はいったん決めたら滅多なことでは追加を認めない。つまり、顧客と受注者側を仕切る壁は、ひどくソフトでウェットな壁なのである。「すり合わせ型」といってもいい。自他の区別と責任範囲の概念は、ひどく希薄である。それでも受注者側がついて来られたのは、ある局面で損失を出しても、相手に泣きつけば、先々の取引の中でなんとかカバーしてあげよう、という暗黙の合意があったからである。

そのような関係は、高度成長からバブルまでの右肩上がりの時代には、たしかに成り立った。しかし低空飛行のこの20年間は、もはや“先々の取引”の保証がなくなってきたはずだ。にもかかわらず、両者の意識はなかなか変わっていないことを、最初のクイズの回答が示しているようだ。困ったらとりあえず客に泣きついてみる--この意識の根強さに、わたしは驚いたのである。この意識のまま、海外プロジェクトに取り組むのは危険きわまりない。見えないが固い壁にぶち当たって、玉子みたいにつぶれてしまうのがおちだ。しかも、海外の現場でプロマネがそうした困難にぶち当たっても、本社のマネジメント側はちっとも問題のありかが想像できないし、解決も支援できないのである。

英語教育者として知られた中津燎子氏が以前、本の中で書いていた言葉がある。ある知りあいの若い女性から、“国際人としての心構えの基本”をたずねられたのだった(今だったら、“グローバル人材の条件”という質問になっているだろう)。それに対する答えは「あなたが朝、食卓に座って、お母さんがお茶を入れてくれたら、『ありがとう』と言いなさい」というものだった。あなたと、お母さんは別人である。ほかの人があなたに何かをしてくれたら、(たとえそれが無償であれ有償であれ)まず、Thank youと言う。自他を区別する--それが世界での基本である。ちっとも大げさなことではない。そういう意味の回答だったが、はたして質問した女性には、その意味が本当に分かったかどうか。

互いに別の、自立した者同士が(個人だろうと法人だろうと)、何かを協力しようと合意したら、それぞれの責任範囲を果たすべし、というのが世界の常識である。わたしの勤務先の大先輩と最近お会いしたとき、「海外の顧客の方が、日本の顧客よりも、実はずっとやりやすい。なぜなら、そこにはルールと線引きがあるから」という意味のことを言われていて、わたしも同感だった。これ自体は、日本でだって常識であるはずだし、あるべきだ。ただ発注と受注という関係をとったとき、なぜかそこに「上下関係」みたいな封建制の遺物的な意識がいつの間にか混入してくる。同時に、上のわがままを下は受け入れ、下の面倒を上が見てやるという、親子か男女関係みたいなウェットなふるまいが期待されるのだ。

日本的慣習の全てがまずいとは、わたしは決して思わない。しかし、もし海外にビジネスの活路を切り開きたいと考えるなら--他者を自分の延長のように考える契約感覚からは、そろそろきちんと卒業すべきだと思うのである。
by Tomoichi_Sato | 2011-12-11 22:39 | ビジネス | Comments(0)

書評:「マフィア - シチリアの名誉ある社会」 竹山博英

「マフィア - シチリアの名誉ある社会」 竹山博英・著

1987年3月。早春のパレルモは、街中が奇妙な緊張感ではりつめていた。通称「要塞法廷」と呼ばれる、異常なほど堅固な建物の中で、476人ものマフィアの大裁判が行われているのだ。その中には何人かの大ボスも含まれている。彼らの仲間であった一人の麻薬王が南米で逮捕されたとき、マフィアの鉄則であった「オメルタ」(沈黙の掟)をやぶって、組織の全貌を告白してしまったことがきっかけであった。

シチリア・マフィアの正式名称はCosa Nostra(我らのもの)という。「組織への入会者は事前に、『名誉ある男』にふさわしい勇気の持ち主であることを示さなければならない。ふつうは殺人か、大きな犯罪である。」(p.26)。そう、マフィアとは名誉ある男達の社会なのである。

マフィアの組織は、18世紀後半の農村から発しているらしい。地中海の肥沃なシチリア島は長らく、不在地主の支配する土地だった。農村部で、土地貴族の領地を守る武装集団として生まれた「名誉ある友愛会」が母体である、という。つまり、大土地所有者の農地管理人である。彼らはイタリア統一後の普通選挙制を背景に、暴力的な集票組織として政治とつながっていった。

ところで、面白いことにシチリアでは、ファシズム政党は大きな支持を得られなかった。「ファシズムは北イタリアで、社会主義を打ち破る暴力装置として、資本家や地主などの保守層に支持され力をのばした」(p.156)。そして政権を取ったムッソリーニは、将軍を派遣してマフィアの大弾圧に成功するのである。ところが皮肉にも、第二次大戦でアメリカ軍は「解放者」としてシチリア島からイタリア半島に侵攻する。そのときに、マフィアの武力を利用するのである。「シチリアの人々は、ファシズムの統治下で窒息状態にあった各地のマフィアのボスが、アメリカ軍によって復活するさまを驚きの目で見ることになった」(p.168)

そのマフィアは権力と結びついてシチリアで肥大化するが、その過程で次第に自らを変質させていく。似たような事情は、ナポリにおける同様の犯罪組織カモッラでもおきた。「キリスト教民主党は影でカモッラと手を結んで、(テロリストである『赤い旅団』に拉致された)人質解放を模索しながら、テレビや新聞では、テロリストと絶対に取引しないと言明していた」(p.224)。本書である意味、一番面白いのは、獄中のカモッラのボスとのインタビューである。「詩と思索」という著書さえある彼は、反カモッラ活動をしている神父を評して、こう言う。“盗むな、憎まず愛せ。確かに美しい言葉だ。だが美しい言葉は女をベッドに誘うときにしか役に立たない。”

マフィアやカモッラは、南イタリアが長くフランスやスペインの支配下にあって、不在地主と農民の二極分化した厳しい社会構造が歴史的に生みだした、圧政のための暴力装置である。彼らにはイデオロギーはない。あるのは名誉と金と力への執着だ。この三つの要素が支配する社会ではどこでも、ふつうの人々は、最低限の尊厳ある生活をするために、シチリアの人たちと同じように長く困難な闘いを強いられるのである。
by Tomoichi_Sato | 2011-12-08 23:53 | 書評 | Comments(1)

問題解決の練習としての“お悩み”相談

3ヶ月ほど前のこと、日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)のシンポジウムの懇親会場で、若手の人が「PMクリニック」という演し物をやっていた。白衣を着た“PMドクター”が、参加者の皆さんからお悩み相談を受けて診断する、といった趣向である。悩み事は紙に書いて提出する。司会役の人が一枚ずつ読んで、“ドクター”がアドバイスを授ける、という具合だった。肩の凝らない、しかしシンポの趣旨からはずれない、うまい試みだ。

お悩み相談とか人生相談というのは、問題解決を学ぶ格好の練習場所だとつねづね思っている。新聞や雑誌でよく見かけるが、相談する側の悩み事を、回答者が背景までうまく掘り下げて、適切なアドバイスを与える。掘り下げ方がへただと、“これじゃかえって悩みが深まるんじゃないかな”と感じたりするが、適切な回答はピタリと決まって相手も納得しそうだ。だから、こういうコーナーを見かけたら、答えを読む前にまず、自分ならどう答えるかを考えることにしている。一致すればそれはそれで良し、一致しなければ、自分と回答人の視点はどこが違うのかをチェックするいい機会になる。

わたしの知る中では、作家の橋本治氏などは見事な問題分析者で、著書「青空人生相談所」や、共著の「愛の処方せん」(氏の担当分のみ)は、そうした練習問題集として、とても役に立つ。短い相談文面から問題のシチュエーションをうまく摘出するのみならず、相談者の甘えや思い違いもずばりとえぐり出す。こうした人生相談の回答には、むろん正解は無い。無いが、どこまで遠近法をもってパースペクティブを広げられるかが分かれ目に思う。

さて、くだんの「PMクリニック」で読み上げられたお悩みの一つに、こういうのがあった。IT業界における若手のプロジェクト・リーダーの相談事である:

「チームの先輩エンジニアが『仕事なんて金のためにやっている事さ』と言って、皆のモチベーションを下げてしまいます」

この、ごく短い相談に、あなただったらどう回答するだろうか? ちなみに、わたしが問いを聞いた瞬間に思ったのは、“仕事はお金のためというのは、当たり前じゃないか。それの、どこがおかしいのかな?”だった。このリーダーさんは、もらうお金以上の仕事をすることを、自分にも皆にも期待しているのだろうか?

大学を出てエンジニアの仕事についたその日から、仕事はまず第一に給料のため、とわたしは思ってきたし、今でもそれは変わらない。だが、それがゆえに大勢の人の邪魔をしてきた、とも思えないのだ。もちろん、お金をもらう以上、最後まで果たす責任はあると信じている。ただし、もらうお金に見合った責任、である。それにしても、どうして、相談した若いリーダーとここまで落差がでるのだろうか。わたしもその“こまった先輩エンジニア”と同類なのだろうか。

もちろん、その若いリーダーさんのいう事もわからないではない。くだんの先輩は、そんなわかりきった事を大声で言うことで、じつは自分の不満だか不幸だかを周囲に撒き散らしているのである。だから周囲のモチベーションをさげてしまうのだろう。

ところで、サラリーマンの不平とはたいてい、自分が正当に評価されていないという一点に代表されるものだ。自分が正当に評価されていると感じられれば、ちょっとぐらい安い給料でも、我慢してしばらくは働くものである。ということは、おそらくその先輩は、後輩の下で働かされる事自体に不満なのだろう。自分より若くて経験も浅いこいつが、なんでプロジェクト・リーダーなんだ。なぜオレがこいつの下で残業までして頑張らなけりゃいけないんだ。そう考えているのではないだろうか。

では、仮にそうだとしたら、どうアドバイスしたらいいだろうか? おそらく、このリーダーさんと先輩とが直接対面して“よく話し合って”も、あまり、らちは開くまい。先輩は後輩リーダーのことを面白く思っていないのだから、何を言っても馬耳東風である。では、直属の上司に相談すべきか? むろん、リーダーや担当者の任命をしたのは上司だろうから、事情の一端に責任はある。では、その先輩を換えてください、とお願いして、聞いてもらえるだろうか? きっと“そうは言ってもなあ、他の人間もみんな別のプロジェクトでとられて多忙だし、無い袖は振れないのだよ”といった程度の答えが返ってくるのがオチだろう。そもそも上司自身が、別の問題プロジェクトにかかりきりで、他を見ている余裕なんか無い、というのも十分あり得る。

わたしが思うに、その先輩の抱える問題は、self-esteemすなわち自己評価(自負心)と、他者の評価にギャップがあることが根幹にあるのではないか。それは技術的なことかもしれないが、それよりもむしろ、マネジメントの能力、あるいは対人コミュニケーション能力などの限界をかかえているのかもしれない。だから彼はリーダーになれず、後輩の下で甘んじなければならない。技術屋としては自分の方が上なのに、何でアイツが。それは、エンジニアの世界で結構広く見いだされる不満ではある。

だとしたら、その先輩氏は、何か資格試験にチャレンジしたらいいと思うのだ。情報処理技術者試験でも、別のものでもいい。あるいはPMPでもいいだろうが、もっと技術的な方が向いているような気がする。資格を得ることで、自己の評価を第三者に裏書きしてもらうのである。そうすれば自信が得られる。たとえ会社の中で評価が低くても、“オレは客観的レベルから見ればもっと能力があるんだ。それが見抜けない上の奴らが馬鹿なだけだ”と、自己を維持できるだろう。自己を維持できる人は、少なくとも不満の障気を周囲にまき散らすことはしなくなる。じじつ、難しい資格試験をパスすることがきっかけで、不平家でつき合いづらいと言われてきた人が、開放的性格に変わる例をわたしは見てきた。不満は、自己評価を職場だけに委ねるから生じるのである。

もっとも、資格にチャレンジしたら、とリーダーさんが先輩に直接言ってもダメだ。こういう時こそ、上司を使うのである。上司から、先輩にアドバイスしてもらう。それくらいの責任は上司にとってもらおう。

最後に、このリーダーさんにもアドバイスしておきたいことがある。それは、わたしが中間管理職になるときに、大先輩から教わった原則である。会社の中で人の上に立って部下を使うようになったら、そこには三つのレベルがあるというのだ。

・第一レベル:部下が、安心して働けるようにすること
・第二レベル:部下が、責任感をもって働けるようにすること
・第三レベル:部下が、よろこびをもって働けるようにすること

第一レベルは、最低限のレベルである。それは職場の安全とか、労働衛生とか、あるいは失職の不安などにおびえずに、当面働けるような環境を作り、それを伝えることだ。びくびくと不安におびえる人間は、決して高いパフォーマンスを出すことはできない。だから罰則や恐怖で人を動かそうとする管理者は、最低限の結果しか得られないのだという。

第二のレベルは、働く人が、その仕事を『自分のもの』としてオーナーシップを感じるようにせよ、との意味である。部下の裁量(自由度)と、部下の仕事の結果が結びつくようにすること。言いかえると、仕事の成果を上司がかすめ取らないこと。それではじめて、前向きな気持ちで働けるようになるのである。

そして第三のレベルは、仕事自身の中に面白さややりがいを見いだせる類の仕事を作り出して、部下に与えろ、というものだ。それでこそ、人は最良のパフォーマンスを出すことができる。目先のちょこっとした面白さではない、労苦を超えて初めて得られるよろこびを言っている。これはわたし自身、とうてい出来ていないことだ。たぶん一生かかっても殆ど到達できないレベルなのかもしれない。

だが、たいていの人は一度か二度、目先の損得を抜きにして、力一杯仕事をしてみたいと望んでいるはずである。そういう場を作り出すのはとてもむずかしい。むずかしいかもしれないが、その努力の中にこそ、やれマネジメントだ戦略だリーダーシップだといった空疎な言葉をならべても得られない、仕事の真の実感があるのではないか。夢想家のわたしは、ときどきそんな風に考えるのである。
by Tomoichi_Sato | 2011-12-04 23:17 | ビジネス | Comments(2)

書評:「供述によるとペレイラは……」 アントニオ・タブッキ

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

現代イタリア文学のトップランナー、タブッキの'94年の傑作。幻想的ないつもの作風とは異なり、リアリスティックな叙述で人間の生死と意思、そしてファシズム下の社会をまっこうから描いた本作は、伊文学最高のヴィアレッジョ賞を受賞している。

舞台は(なぜかイタリアではなく)ポルトガルのリスボン、それも、サラザール首相が長期独裁政権をはじめた1930年代のリスボンだ。隣国スペインでは共和国軍とフランコ将軍が内戦に突入している。そして社会全体を、ファシズムの不気味な影が覆い尽くそうとする時代だ。そのさなか、主人公の中年新聞記者ペレイラは肥満と持病の心臓に悩みながら、社会とは無縁の文芸面の主任として、紙面作りのために大学出の若い助手を雇おうとする。しかし、その助手と彼の婚約者との出会いは、ペレイラの運命を大きく変えてしまうことになる・・

ファシズム前期の社会とは、表向きは法と秩序と民主主義が支配しているように見えながら、じつは情報隠蔽の下、権力者のための暴力的別働隊が、警察の見て見ぬ振りの協力のもと、気に入らぬ人間を文字通り抹殺するために隠然と動く社会だ。タブッキはその不気味さを、落ち着いた筆致の中で描いていく。主人公の疑問に対して、大学教授の友人も、信頼する神父も、満足できる答えをくれない。ヨーロッパで何が起こっているか、隣国スペインで何が起こっているか不安に思わないのか、との問いに、「だいじょうぶ、ここはヨーロッパじゃないからね」と答える友人が象徴的だ。

この小説は、典型的な序破急の展開になる。最初はゆっくりと穏やかにはじまり、しかし半ば頃から主人公は目に見えぬ何者かに心を乱され、最後に物語は疾走する。心臓を気にしてずっとレモネードを飲んでいたペレイラが、決意の日、カフェで辛口のポルトを飲み干し、亡き妻の写真を鞄に入れて出発するシーンは感動的だ。彼と似た時代を生きる今日のわれわれにとって、必読の小説である。
by Tomoichi_Sato | 2011-12-01 21:26 | 書評 | Comments(0)