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ぼくらに英語はわからない

ユーロが揺れている。このまま共通通貨として生きながらえるのか、それともばらばらに解体して各国通貨に戻ってしまうのか、瀬戸際のところにいるとも言われている。EUがなぜ通貨統合に動いたのか、その理由や動機についてはさまざまな解説があるが、とにかく政府も言語も違うが、マネーの単位だけは域内で共通化することで、規模の経済と効率化を求めたのは有力な理由の一つだろう。

ちょうど新通貨ユーロが導入されたとき、わたしは仕事でフランスに駐在していた。そこで見たのは、驚くべき早さでの通貨の切り替え(入れ替わり)であった。当初数ヶ月間は、新旧両方の通貨が一応使えることになっていた。しかし、パリで見ていた限り、最初の4週間で、すでに買い物や取引は95%以上がユーロで行われていた。そして各人が、手元に残ったフラン紙幣やサンチーム硬貨をどうやって使い切ってしまうべきか、と考えなければならない段階に来ていた。4週間でそこまで行くとは、予想外の速さだ。あの国の人たちの効率から考えるならば、じつに上出来の首尾といえるだろう。それだけ、文明の道具である「お金」は、浸食が速いのだ。

ユーロの紙幣は各国共通だが、硬貨は各国でそれぞれ裏側の刻印が違う。一月たった時に、ためしに財布の中のコインを調べてみたが、すでに違う国の硬貨が混ざっていた。むろん、パリが多数の旅行者や観光客の行き交う大都市であることを考えれば、当然かもしれないが。

ところで、その通貨切り替えの時、わたし自身はあの街に住んで8ヶ月目になっていた。しかし、ちっともフランス語はうまくなっていなかった。理由はもちろん分かり切っている。中年になってから、新たな外国語を覚えようというのがどだい無理なのだ。朝、覚えたはずのことが、夜になると頭からきれいさっぱり消え去っていた。朝に真理を学べば、夕べに死すとも可成り、という孔子の教訓の逆である。

しかし、もう一つ、自分用の言い訳が、ないでもなかった。それは、仕事は全部英語でやっているから、というものだ。

私が関わっていた電子商取引サイトの開発プロジェクトは、日揮とフランス企業のジョイント・ベンチャーであった。しかしフランス企業といっても、すでに欧州規模で多国籍企業化しているから、チームのメンバーにはドイツ人もイギリス人もイタリア人も米国人もいた。共通言語は(どうしても)英語になる。メールも会議も文書もすべて英語であった。

我々が英語を使っていたのは、しかし、望んでのことではない。妥協の産物である。英語以外しゃべれない米国人をのぞけば、英語で仕事ができて嬉しい、などと考えている人間は一人だっていやしなかった。

外国語というのは、つねに使い手にとってもどかしいものだ。外国語は、勉強すればするほど、ネイティブとの気の遠くなるような落差を認識せざるを得ないように、できているものらしい。なぜなら、言語はつねにその背後に、文化の総体を抱えているからだ。Projectという英語は、仏語のProjet、伊語のProjetto、スペイン語のProyecto、そして日本語の企画ないしプロジェクトとは、一致しない。それぞれの言語の中にある「計画・企画・投企」の概念が、少しずつだがみな異なっているからである。

通貨は経済の道具である。そして経済は人間の利便に供するもの、つまり文明の領域に属している。ところが、言語は文明の運転だけにつかうものではない。人にアイデンティティを与えるよりどころ、すなわち文化の領域に本来属している。

そして、文明にとっては共通化と規模の拡大は価値をもたらすが、不思議なことに文化は多様性によって豊かになっていくのである。

欧州は通貨を統合したことで、かえって文化の多様性をどう確保して行くべきなのかという難しい問題をあらわにしたと言っていい。われわれにしょせん英語はわからないのだ。いずれ世界中の人間が英語を話せるようになれば、平和で豊かな社会がやってくるはずだ、と夢見るおめでたい人間は、米国や(なぜか)日本にはときどきいる。しかし、私の知るヨーロッパ人の中には、ただの一人もいなかった。その理由ははっきりしている。平和とは多様性の共存だと、みな骨身にしみて歴史に学んだからである。


<関連エントリ> 「『英語』の向こう側
by Tomoichi_Sato | 2011-11-25 23:16 | 考えるヒント | Comments(0)

センス、キャリア、資格 — マネジメント能力を左右するのはどれか

ある女声合唱の演奏会で、わたしの所属する男声アンサンブルが、2曲ほど手伝うことになった。相手はプロのソプラノ歌手が主宰し、指揮する女声合唱団である。本番の数週間前、相手方との打合せにいった。これまで別々に練習してきたが、本番までに何回か合同練習が必要だ。それに、演奏会当日の段取りも確認しなくてはならない。相談すべき事柄は多い。

打合せの席でお互いに自己紹介し、議題に入ると、相手方から資料数枚が配られた。その資料を見て、わたしは驚いた。当日までに準備しなければならないこと、当日の手順とタイムテーブル、担当すべき係と受け持つ人の名前、費用について、などがきちんとワープロで整理されて書かれている。そして、その資料を作った女性が説明をはじめた。「今日、決めておかなくてはならないことは、○○と○○と○○です」穏やかな口調だが、進め方はとてもてきぱきしている。じつに感心してしまった。

その打合せ資料は、演奏会に関わる仕事のスコープ・スケジュール・予算・そして体制がきちんとカバーされている。つまり、マネジメントの要点をすべておさえているのである。作成した女性は落ち着いた身なりの方だが、とくにばりばりのキャリアウーマンにも商売人にも見えない。主婦だろうか。「彼女は女性にしておくのはもったいないんです、こう言っちゃなんですけれど」と、主宰される声楽家の先生は笑いながら言われた。わたしはマネジメントが男性向きの仕事だとはべつに思わないけれど、生まれつきのマネジメント・センスってあるんだなあ、とあらためて感じた。

別のある日。とあるプロジェクトのキックオフ・ミーティングに顔を出した。チーム・メンバーとしてではなく、アドバイザーとして呼ばれたのだ。ソフトやハードを作るのではなく、どちらかといえば企画コンサルティングに近いプロジェクトであった。チーム・リーダーが前に出て資料を配付し、皆に説明する。本プロジェクトの背景と意義、めざすべきゴール、そしてトップや行政からの期待、等々。

しかし、わたしはがっかりしてしまった。キックオフの資料には、やるべきアクティビティも、全体のスケジュールも、概略予算も、遂行体制図も役割分担表も、何もないのだ。たしかに、ものづくり的なプロジェクトとちがって、明確なスコープを定めにくい、難しい仕事だ。だがこれでは、飛び上がったものの、どこに着地するかわからぬ飛行船のようではないか。リーダーは、立派な大学を優秀な成績で卒業し、以来、高度な技術分野でずっとキャリアを積んできた技術者だ。だがプロジェクト・マネジメントというものをどう考えているのか。疑問符が繰り返し頭の中にわいた。

さらに別のある日。とある協業相手の会社からメールがとんできた。半年足らずのプロジェクトの説明資料である。添付ファイルを開けてみると、10数ページにもわたる立派なプロジェクト・マネジメント計画書がついている。さらに末尾にWBSが添付されていた。その一部をあげると、こんな感じである:

 ・・・ ・・・ ・・・
2.3 ソフトウェア詳細設計
 2.3.1 制御システム詳細設計
2.4 中核部品調達
 2.4.1 調達要求書(RFP)作成
 2.4.2 引き合い・発注
 2.4.3 サプライヤー承認図のレビュー
 ・・・ ・・・ ・・・

一目見て、部下が言った。「ダメですね、こいつら。プロジェクトのこと何にもわかっちゃいない。素人ですよ。」わたしも、ためいきをついて、同意した。「うーん、困ったね。なんでもPMPの資格を持ってる人が計画を作ってると聞いたんだけど・・」

WBSのどこがダメか、おわかりと思う。2.3「ソフトウェア詳細設計」のサブ・アクティビティとして、2.3.1「制御システム詳細設計」がただ一つだけあげられている。ところで、WBSというのは、

 (親アクティビティのスコープ)=Σ(全サブ・アクティビティのスコープ)

という形で分解すべきものである。これを『100%ルール』と呼ぶ人もいる(子ども全員で親を100%カバーしなくてはいけない)。そうしないと、コストや必要リソースを集計した時に、要素がどこかに消えてしまうからだ。

上記のWBSでは、「制御システム」は親の「ソフトウェア」のすべてをカバーしているわけではなさそうだ。注意すべき代表例が上げられているだけだろう。逆に、もし「ソフトウェア詳細設計」=「制御システム詳細設計」だったら、そもそもbreakdownする必要がないのである。こうしたことは、WBS作成のイロハに属する。口さがない部下が「素人だ」と断じたのは、そのためであった。

(とはいえ、この程度のことさえ理解せずに、PMPの資格が取れてしまうとしたら、あの試験にはいささか問題があるということになる。名刺に「PMP」とれいれいしく刷っている身としても、これはやや困る)

それにしても、ここにあげた三つの例を考えてみると、マネジメントに一番役に立たないのは『資格』であり、次に役に立たないのは『学歴』『キャリア』で、一番役に立つのは、持って生まれた『センス』だということになりはしないか。だが、果たしてそれで良いのか? 本来は逆の順であるべきだろう。持って生まれたセンスを教育や仕事の経験が磨き、それを資格が保証する、というのがあるべき姿のはずだ。しかし多くの企業では、キャリアも資格も固有技術・知識として頭の表層に残るだけで、管理技術としてのマネジメントは「センス」のみで進められている、らしい。

最初の合唱団の例を思い出してほしい。指導する声楽家はリーダーである。そして、単に歌の練習を繰り返す間はそれだけで十分だった。でも、演奏会にはマネジメントの仕事が生じる。マネジメントは、何か新しいことに挑む時に、あるいは過去の繰り返しでは先がない時に、必要となるものだ。ちょうど新製品を作ったり、業務や組織を改革したりする時に。それ自体は、必ずしも華々しいものではないかもしれない(演奏会で脚光を浴びるのは指揮者やソリストだし、新製品で賞賛を受けるのはデザイナーだ)。でも、上手にやることが望まれる。そのマネジメントの仕事を、キャリアでも資格でもなく、皆が持って生まれたセンスだけでやっているのだとしたら —— たしかにまあ、わたし達の社会が泥沼から脱出するのに時間がかかるのも無理のないことである。
by Tomoichi_Sato | 2011-11-20 22:16 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

新刊のお知らせ: 「『JIT生産』から卒業する本 ~ トヨタの真似では儲からない」

来月(12月)の後半に、日刊工業新聞社から、久しぶりに本を出します。生産革新フォーラムの仲間との共著で、タイトルは

『JIT生産』から卒業する本 ~ トヨタの真似では儲からない

という、やや刺激的なタイトルになる予定です。生産革新フォーラム(通称「MIF研」)は、中小企業診断士を中心とした研究会組織です。

<目次>(最終稿での案)

第1章 JIT生産に対する疑問の声が聞こえるようになった
第2章 なぜJIT生産はうまく機能しないのか
第3章 あらためてジャスト・イン・タイムのメリットを考える
第4章 JIT生産を導入するときに生じやすい10の悩み
第5章 「JIT生産」から真のジャスト・イン・タイムへ
第6章 受託生産が他企業でのジャスト・イン・タイム生産導入事例
第7章 JIT生産に関するキーワード解説

ご承知のとおり『トヨタ生産方式』は過去10年以上にわたり、生産管理の範と仰がれ、日本の製造業に大きな影響を与えてきました。しかし、自動車メーカーであるトヨタと自社との違いを考えずに、かんばん方式やJIT納品などを導入しようとして、かえって生産現場を混乱させた例を多く見ています。トヨタのやり方の中核には『平準化』の概念があり、これを軸に生産側と販売側が協調して動いているのですが、その重要性を深く理解しないまま、生産側だけを単純に真似しようとすることが、問題を生むのです。ちなみに、「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」 は、わたしのBlogではかなりのヒットとなったエントリですが、「トヨタを見習え」と上から安易に命じられて、苦労している技術者が多いためかもしれません。

本書は、そのような安易な「トヨタの真似」が引き起こす問題に警鐘を鳴らすだけでなく、じゃあ具体的にジャスト・イン・タイム生産システムを実現するにはどうすべきか、どんな条件下ではどういった手法・定石を用いるべきかについて、第5章で体系的に解説しています(ここをわたしが担当しました)。また、受託生産という業態で、実際にジャスト・イン・タイムを実現している沖電気EMS事業部の事例を紹介し、実務に悩む読者の方々に役立つ本作りを目指しました。

発刊の折には、ぜひ書店で手にとって見てください。きっと気に入られることと思います。
by Tomoichi_Sato | 2011-11-17 23:41 | ビジネス | Comments(0)

仕事に心をつかってはいけない

「軽い胃潰瘍ですね。」内視鏡を見て、医者はそう言った。去年初めのことだ。正月明けからときどき胃が痛く、心配になって検査に行ったのだった。単なる胃炎であることを願っていたのだが、自分でも画像を見せてもらい、しかたなく納得した。まあ、しかし、それだったらピロリ菌を駆除してもらえばいい。それで長年の胃患いがすっきり治った知人の話を思いだし、希望をつないだ。

ところが数日後に組織検査の結果をききにいったら、医者は意外なことを言った。「ピロリ菌はいないようですね。二つの検査で、両方とも陰性です。」「そんな馬鹿な。じゃあ、わたしはなんで胃潰瘍になったんですか?」医師は安堵させるような顔をわたしに見せて、こう答えた。「ストレスでしょうね。たしかに胃潰瘍の9割は菌のせいですが、精神的ストレスでなるケースだって、あるんですよ。」

思い当たる節もあった。通常の仕事に加え、自分の能力以上にいろんなことに手を出しすぎていたのだ。体がもう、“これ以上はつきあいきれません”と信号を出してきたに決まっている。しかたがない。薬を飲めといわれた3ヶ月間は、酒も刺激物も甘い物も一切やめるしかない。そう、心に決めた。

それにしても、心と体のつながりは不思議である。気持ちのあり方が身体に作用して、病変を作る。こうした状態を心身症というらしい。昔は、胃潰瘍はその代表例といわれた。ほかに喘息や皮膚疾患や大腸やら血圧やら心臓やら、いろいろな所に症状を出現させる。どこにどう出るかは、その人の遺伝や体質、環境などで決まるのだろう。そういえば、頭の毛もストレスでよく引き合いに出される例だ。

それだけいろいろな場所に影響を及ぼすのだから、脳に病変を起こすことだってあるのではないか。全くの素人考えだが、いわゆる「メンタルな病気」の少なからぬ部分は、心理的なストレスが、「脳という臓器」の心身症として発現したものではないか。そんな風に思ったりもするのである。メンタルな病気にかかった人や、それを克服して復職された方を多少知っているが、ほとんどはきわめて真面目な人たちだ。真面目なるがゆえに、仕事のストレスを抱え込む。まあ病気にまではならなくても、不眠に悩んだり深酒したりする例は数多い。みな、“真面目なるがゆえに”陥る症状だ。

そうした人たち、あるいはその予備軍に贈る言葉が、主題の「仕事に心をつかってはならない」である。これは、わたしの大先輩にあたるプロジェクト・マネージャーから昔聞いた言葉だった。聞いたときは、今ひとつ意味がよく分からなかった。“仕事はビジネスライクに、ドライにやれ”って意味なのかな、それとも“仕事で余計な気遣いなど無用だ”という格言なのかな?

それから年月が経ち、自分が寝る前に胃薬を飲んでベッドに横たわる身になって、だんだんその意味の深さが分かるようになってきた。人間関係には、もちろん心をつかっていい。しかし、自分の仕事に、感情的に入れ込みすぎてはいけないのだ。過剰に心配したり、過剰に怒ったり、過剰に悩んだり、過剰に誇ったりしてはいけない。つまり、自分の大切なリソースである『感情』を、給料分以上にすり減らしてはいけないと、この言葉は諭している。これは感情の切替えが下手なわたしには、耳の痛い言葉だった。

感情は自分の身体と自分の精神とをつなげる、大切な役割を持っている。感情を失えば、人生の価値も失われる。それは、脳に器質的な障害を受けて感情機能を喪失した人の症例からも分かることだ。自己の経験に強い意義づけを与えるのが、感情なのである。

そして、感情をリソースとして他者に提供するサービスを、『感情労働』と呼ぶのだと以前書いた(「知識労働、肉体労働、そして『感情労働』」)。『感情労働』は知識労働と肉体労働の間にあって、一種の“見えない労働”として提供され消費される。だが、どんな人間も、感情は使いすぎれば、すりへって疲弊していく。これを回復させる時間と場所が必要なのだ。

自分が真面目に仕事に入れ込みすぎると、24時間、感情が仕事から離れられなくなる。それが危険なのだ。入れ込みすぎると、気分のアップダウンが激しくなる。急に怒ったり、ふいに落ち込んだり、また急に舞い上がったり振幅が大きくなるので、チームの他のメンバーがついていきにくくなる。チームというところは、誰かが本気で怒っていたら、まずなだめて、それから原因を探らなくてはならない。余計なエネルギーが消費されるのである。またアップダウンが激しいと、注意深い知的な判断がしにくいので、仕事のクオリティも安定しない。それやこれやで、結果がまた本人に巡りめぐってきてストレスになり、負のスパイラルを生じるのである。

それでは、このような状態を避け、「仕事に心をつかいすぎない」ためには、どうしたら良いのか。すぐ思いつく処方箋は二つある。まず、“オフになったら仕事から物理的にも心理的にも遠ざかる”ことだ。もう一つは、“自己完結的な気晴らしを別に持つ”ことかもしれない。

“物理的に遠ざかる”とは、ともかく距離的に離れることである。わたしの勤務先のメインのビジネスは、砂漠の真ん中とかジャングルの中とか、およそ人里離れた所にプラントを建てる仕事だが、こうしたプラントは、当然ながら住む場所(キャンプ)も同時に作らなければならない。ところで、ふつうキャンプはプラントからある程度離れた場所に設置する。これは防犯や騒音などの理由もあるが、建設現場のすぐ隣では、心が切り替わらないのである。ある現場所長は、「オフの飲み会では、仕事の話は一切禁止」をルールにしていた。そうして、自分の心を、ちょうど大型船の防水隔壁が水を遮断するように、仕事の心配から切り離しておくのである。そうしないと、病気になるからだ。

“自己完結的な気晴らし”というのは、自分だけで楽しめる趣味のことだ。単に趣味をもて、という意味ではない。「自分一人でできる趣味」でなくてはいけない。書画とか、料理とか、陶芸とか、編み物でもいい。最初から最後まで自分でプランして、結果を出せるものがいい。プロジェクトというのは所詮、自分の思うようにはいかないものである。たとえ自分がプロマネでもスポンサーでも、自分がデザインしたようにはできあがらず、考えたとおりには進まないのだ。これは大人数で協働する仕事の宿命である。にもかかわらず、仕事では結果責任を問われる。これはとくに、デザイナー気質の強い(いいかえれば創造的な)人にとっては強いストレスである。だから、別に自分自身のはけ口を作っておくのだ。

それにしても、人はなぜ、仕事に入れ込んでしまうのか。それは、仕事の成果で自分の給料も決まるからさ、と言えば言える。しかし、人は給料だけのために、パンのみに生きるわけではない。1時間たかだか数千円の給料のために、病気になるほどストレスを抱えたら、あべこべではないか。

それは結局、仕事の成果で自分の『評価』が決まるから、なのだろう。競争心の強い人にとっては、他人との比較で優位になるために。自負心の強い人には、『自己評価』で高位になるために。つまり、仕事を通じて“自己実現”を目指そうとするから、感情まで打ち込むのだろう。お金よりも強い、自己実現の欲求。そして、それでこそ、最高のパフォーマンスを生み出せるのだ、とのたまう人事コンサルタントも多い。

だが、本当なのだろうか。わたしがPMOとして過去何年間にわたってやってきたのは、“誰がやっても及第点がとれるマネジメント・システム”の構築だった。工場を作るときに考えるのは、労働者の個人的技能に頼らない、一定品質をうむ生産ラインだ。およそ、技術というのは、移転可能な、誰がやっても同じ成果を出せる手法のことではなかったか。つまり、会社組織というのは、各個人が部分品のように「交換可能」な状態になる方向に、努力し進化しているのではないか。

だとしたら、(わたしがオーナー経営者でもない限り)会社の仕事だけに自己実現を賭けるのは間違っているのである。会社は必ず、社員の自己実現の欲求を裏切る方向に進化していく。そうでなければ、今度は会社自体が競争から脱落していくはずである。会社は“自分探し”の場所ではない。そこはお金と引き替えに仕事をする場所だ。だからこそ、仕事に心をつかってはいけない、という格言が生きているのである。

関連エントリ

必要な人はいつもたった一人しかいない
必要な人はいつもたった一人しかいない-その理由と帰結
by Tomoichi_Sato | 2011-11-13 23:36 | ビジネス | Comments(0)

神奈川の小さな通りを歩きながら考える

平川町は、神奈川区役所から六角橋までをつなぐ、小さな通りである。わたしの家から坂を下りて2,3分のところを通っている。

平川町はもとは大工町だったらしい。通りを六角橋の方から歩くと、両側に畳屋、ふとん屋、桶屋、ガラス屋、土木屋、シート屋、そして提灯屋(!)などが並んでいる。しかし、ここに引っ越してきてから10年の間に、ぽつりぽつりと消えていき、だいぶん面影が無くなってしまった。

六角橋側の入口近くに、横浜では有名な「六角家」という家系のラーメン屋がある。少し下ると、「ローゼンボア」という、朝早くから開いている老舗のおいしいパン屋さんがある。が、それ以外はさして賑わう商店街ではない。歩いていると、大工町風の職人の店が消えた代わりに、新しい看板がいくつか目に入る。整体師・マッサージの店が3軒ほど。小さなスナックが数軒。そして、「エホバの証人」会館(といっても小さな店の2階だ)と、「真光教団」の集会所があることに気がつく。

マッサージと、お酒と、新興宗教と。我々の時代が欲しているのは、こうしたものらしい。そして、代わりに我々が失ったのは職人仕事だった。

『生きる』ということを考えること自体が、『新興宗教的』といわれるような事態になったのは、'80年代終わり頃からだった。たいていの人間が、おりにふれて思い出す疑問--この人生に、どういう意味があるのかという疑問を、まるで夾雑物であるかのように、見事に隅に掃き寄せてしまう社会。そんな社会に、私たちの住んでいる場所はいつのまにかかわっていた。

平川町をさらに下ると、小さな五叉路にでる。そのあたりは、なぜかテキ屋の人たちがかたまって住んでいる場所だ。そして、おそらくそのあたりから、小さな川が、海に向かって流れはじめている。だが、今その川は暗渠になっていて、区役所の脇を通り過ぎるまで日の光を浴びることはない。
by Tomoichi_Sato | 2011-11-10 21:57 | 考えるヒント | Comments(0)

問題解決のための二つのキーワード: 抽象化と類推

生産管理であれロジェクト・マネジメントであれ、およそマネジメントと名のつく行為には『問題解決』がつきものである。どんなに精緻な計画を立てたって、実行段階に入れば、予期せぬいろいろな問題が生じてくる。物事が全て計画通りにいくならば、そもそもマネジメントなど不要であろう。だれかがメクラ判を自動的に押していればよい。マネジメントなる職務が必要になるのは、遂行途上で解決しなければならない問題が生じるからだ。

『問題』とは、自分達が(意識的であれ無意識にであれ)期待していた状況と、現実との間に生じるギャップのことを指す。これに対して、『課題』とは、あるべき姿と、現実のあるがままの姿のギャップをいう。問題が受動的に発生してくるのに対し、課題は能動的に作り出すものだ。ここで取り上げたいのは、問題の方である。これは、
 問題=(期待)-(現実)
という式に書くことができる。とうぜん自分達が抱いていた期待が高ければ高いほど、問題はより大きくなる。また、最初に抱いた期待が荒唐無稽であったり、あるいは漠然と無意識のまま願望だけをもってスタートしたりすれば、普通の状況でさえ、大きな問題に感じられる。つまり、問題の半分は、自分の側(の期待のあり方)にあるのである。

では、問題解決は、どのようなプロセスで進めるべきだろうか。少なくとも、PDCAサイクルでないことだけは確かだろう。問題をPlanする人間など、いないからである。だとすると、第一歩は、問題の発見でなければならない。現実を見て、それが自分達の期待と異なっていることを見いだす。「現実を見て」とかるく書いたが、チームでやる仕事ではけっして簡単ではない。仕事の状況をモニタリングし把握する仕組みがなければ、問題も見えてこない。おまけに、現実の組織の中では、しばしば“問題の抱え込み”も起きる。担当者が自分一人で抱え込んで、チームに報告してこない現象だ(これは根の深い事象なので、いずれ項をあらためて別に論じたい)。いずれにせよ、「問題の発生にすぐ気づく」のは、優秀なマネジメント能力の証左である。

さて、問題に気づいたら、その問題構造を掘り下げて、原因を見極める必要がある。原因分析である。これも単純そうに見えるが、やってみると案外難しい。最近は「なぜなぜ5回」が喧伝されているが、これなど注意して使わないと、とんでもなく筋違いな“原因”を摘発することになる。たとえば品質不良の原因をさぐっていくと、→ローコストな外注先の採用 →調達予算の不足 →元々が安値受注だった →不況が続いているため、といった調子でいつの間にか、誰もすぐには解決できない「不況」が根本原因になってしまったりする。これではマネジメントの役には立たない。問題構造の掘り下げには、案外きちんとしたスキルが必要とされるのである。

つぎに、解決策を考えるステップが来る。つまり「問題を解く」段階だ。ここが一番大事なことは言うまでもない。誰かが過去、同じような問題を解いていたら、それに習うことが出来る。だが多くの場合は、ここで何か新しい方策を考える必要が生じる。つまり、一種の発明である。

世間では、問題に気づく段階では『見える化』を、また問題構造の掘り下げ段階では『なぜなぜ5回』を頼りにするケースをよく見かける。どちらもトヨタの造語だ。ところが、解決策を考える段階については、(少なくともわたしは)手頃なトヨタ用語を思いつかない。たぶん世間も、同様であろう。

では、解決策の発明の段階では、どうすべきか。ここでわたしは、別の用語をお教えしたい。それは『抽象化』と『類推』である。問題を抽象化し、その上で類推をつかって、解決策を得る。これがわたしのお薦めの方法である。

この二つのキーワードを知ったのは、学生時代のことだった。小さな本屋で立ち読みした、新書版の本の中で見つけたのである。問題解決と発明がテーマの本だった。その著者名もタイトルも忘れてしまったので、今は探しようもない。しかし、その表紙の写真は決して忘れないだろう。表紙には、水平な板の上に卵を立てた写真が載っていた。ただしコロンブスのように、下側をつぶして立てたのではない。なんと、釘を打って立てていたのだ。五寸釘が、卵の上下を貫通して、下の板に打ち付けられている。おかげで卵はしっかり立っている。そういう写真だった。

序文を読み、目次を読んで、その著者の主張の大筋はわかった。問題に直面したときは、その対象固有の事象に惑わされがちだ。そこで一歩問題から離れて、『抽象化』して考える。卵を立てたい。しかし、卵は丸くて細長く、不安定だ。その時には、「卵を立てる」問題から少し離れて、「モノを立てる」という抽象化した問題を考えてみる。

つぎに必要なのは『類推』の作用だ。たとえば、細長いモノを立てる例は他にはないか。ある。たとえば木材だったら、釘を打つ、接着する、はめ込むなどの方法がある。傘を立てるなら、周囲にサポートを置く、あるいはポケット型の受け口を用意する方法がある、等々。そういう具合に、類推で「モノを立てる」いろいろな方法を思い出すのである。そこから、元の問題に適用可能な方策を見つければよい。事実、表紙の写真以外にも、卵を立てる方法を10個くらい、文中にイラストで紹介してあった。

(むろん、“卵を立てるのに道具を使うのはずるい”という反論もあるだろう。その時には、「道具を使わずにモノを自立させる」問題を考えればいいだけだ。しかし、“卵を立てろ”という元の問題に、本当にそんな制約条件があるかどうかは、不明である。解決する自分の側で勝手に--無意識に--制約条件をつけて考えている場合が、じつは多いのだ)

その著者によれば、『抽象化』と『類推』の、たった5文字の言葉から、解決策の発明のための知恵が豊かにわいてくるのだという。あいにくこの本は買い損なってしまったが、この二つのキーワードは、単純かつ鮮烈だったために、記憶に残った。そして、やっかいな問題を考えるたびに、「抽象化して」「類推で」考えるくせが身についた。

ともあれ、解決策さえ思いつけば、あとはそれを実行に移す段階になる。まあ、しばしば実行段階でも、こまかな「サブ問題」が生じてくるのだが、それは同じ手順でつぶしていくことになる。かくして、解決策を実行したら、あとは結果を検証する段階に到達する。

だが、これで問題解決は終わりではない。仕事全体が完了した時点で、今度は発生した問題をふりかえり、再発防止のための「学び」をしなくてはならない。これでようやく、問題解決プロセスの終了である。以上をまとめると、
(1) 問題に気づく
(2) 問題を掘り下げる
(3) 問題を解く
(4) 解決策を実行する
(5) 結果を確かめる
(6) 問題に学ぶ
の6つのステップからなる行為だと言うことが分かるだろう。そして一番重要な「問題を解く」の段階では、『抽象化』と『類推』のキーワードをつかって、いきいきと頭を働かせることが必要なのである。

(参考エントリ) 「生産システムの性能を測る」 (この中で、抽象化と類推の一例を挙げています)
by Tomoichi_Sato | 2011-11-06 21:16 | 考えるヒント | Comments(4)

書評「Q-Japan」 飯塚悦功・著

Q‐Japan―よみがえれ、品質立国日本 (JSQC選書)


著者は東大工学部教授で、日本品質管理学会の元会長。「日本では、マネジメントは理工学的研究の対象とも思われていない。現に東大にも京大にも、理系のManagement Science系の学科が学部レベルでは存在しない」という意味のことを最近書いたが、著者の飯塚教授は、東大における、経営への理工学的アプローチの頭目ともいうべき人である(そして、この方が化学システム工学科にいる事が、東大の不思議な点なのだ)。

本書は日本品質管理学会(JSQC)監修のJSQC選書の第1巻で、日本規格協会から出版されている。とはいえ、一般人むけに書かれており、薄くて読みやすい本である。

本書は、最初に、動燃のアスファルト固化処理施設における火災・爆発事故('97年)と、その『虚偽報告』の事件から出発する。ついで横浜市大付属病院の患者取り違え事件('99年)、雪印乳業集団食中毒事件(2000年)など、かつての品質大国ニッポンを疑わざるを得ないような事件が近年起こっていることを指摘する。

だが、以前の日本が実現した品質とは何だったのか。著者は「'60~'85年といういわゆる高度成長期を一つの時代と見るのが適切ではないか」(p.23)とした上で、工業製品の大衆化による高度経済成長期にあって、その競争優位要因は品質であった、と見る。ここでいう品質とは、大量生産する品物の特性の安定性という意味だ(いわゆる“後ろ向き品質”)。「'80年代の半ばまで、TQCが経営者を惹きつけた理由は、質が経営に貢献すると言うことが非常に分かりやすい形で納得でき、魅力的だったからである」(p.68)。

この方程式が成り立たなくなったのは、成熟市場の社会に入った'90年頃からだ。消費者ニーズの多様化と、経済のソフト化・サービス化が進行するが、そこではニーズを具現化する“前向き品質”が求められる。かつてのTQC方法論では、この変化にうまく答えられなかった。

そこで著者が改めて提案するのが、「Q-Japan構想 - 品質立国日本再生への道」である。その内容は、(1)自立型精神構造の確立、(2)産業競争力の視点からの質の考察、(3)“社会技術”のレベル向上、の三本柱からなる。

ここで著者は、「組織は製品・サービスを通して、価値を提供する。質とは、価値の提供を受ける側にとってのニーズにかかわる、その製品・サービスの特性・特徴の全体像である」(p.69)と、あらためて再定義する(「品質」から、物品を連想させる「品」の文字が消えて「」だけになったことに注意されたい)。この定義は、“ニーズに関わる”という目的志向の考え方、目的達成に必要な方法論の基盤をあたえるものだ。

著者は2005年12月に発行した「JIS Q 9005(質マネジメントシステム-持続可能な成長の指針)」でも中心的役割を果たす。JIS Q 9005では、満点のない自己評価を推奨している。だが、これが評判がわるい、と著者は言う。ほかと比べられないと非難されるのだそうだ。だが「自分であるべき姿を描き、その基準に照らして評価すればよい。なぜすべての会社を同じ尺度で評価しなければならないのだろうか」(p.53)と、企業に逆に問いかける。

さらに問題を抱える企業の経営者達に、自社の競争力のありかについてたずね、「それを可能にしている組織能力は何ですか、それを将来ももち続けるためにはどうすればよいですか、との問いに納得できる答えがない」(p.79)ことを見いだす。つまり、日本企業は自分の“あるべき姿”がわからないのである。これでは前に進むことが出来るはずがない。本書の後半は、JIS Q 9005のフレームワークに従って、これを見つけるための活動の仕組みについて解説する。

本書はまた、わたしの属するエンジニアリング業界に対しても示唆するところが大きい。「サービス産業においては、質と生産性の維持・向上に最も重要な、固有技術の可視化、構造化、最適化(標準化)が不十分」(p.111)だったためにTQCが成功しなかった、と著者は言う。しかしながら同時に、「日本人の面目躍如たる特徴は“未定義でも前進できる精神構造”ではないかと思う」(p.81)。 「コンカレントエンジニアリングを容易にしたものは、未定義でも進める精神構造をもつ関係者が価値観を共有できる仕組みを持ち、未定義でも進行し変更へも柔軟に対応できるプロセスを運営しているからである」(p.82)。これらは、まさに日本のエンジニアリング企業の強みの源泉でもあるからだ。

最後の章は、社会技術について充てられている。まず、「技術とは、“目的達成のための再現可能な方法論”である」(p.114)と定義する。その上で、「経済性という単純なインセンティブによって健全な発展を望むことが難しく、何よりもよしあしが社会に与える影響が大きく、社会全体として何らかの方法論をもっていなければいけないとき、その方法論の全体を“社会技術”と呼びたい」(p.119)という。そして、医療安全、交通・物流、製品安全など社会のインフラをささえる方法論について考察する。ここは、東大で社会医療システム講座を運営する著者の面目躍如たる部分であろう。

本書は、質マネジメントやJIS Q 9005に関心のある読者のみならず、経営の今日的課題について真剣に考えたいとねがう多くの人に示唆を与える、良書である。
by Tomoichi_Sato | 2011-11-03 23:36 | 書評 | Comments(0)