<   2009年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

ベーシックとしての時間分析

私たちは時間の上に住んでいる。誰にも平等に、1日24時間が与えられ、週に7日、年に12ヶ月が与えられる。資産や所在地や名望など、他のありとあらゆるビジネス上の前提条件とは違って、そこにはハンデも優劣もない。

したがって、私たちが何ほどかを競争で得たければ、まず時間の使い方で競うしかない。ところが、これほど無頓着になされているものも珍しい。経営資源を「人・モノ・金」と三つにくくるのは、誰がはじめたか知らないが広く浸透していて、事実、人やモノや金の使い方には、皆ずいぶん気をつかっている。それに比べて、時間の使い方に対する注意は格段に落ちる。たぶんそれは、時間が目に見えないからだ。

経営工学(あるいは、その基盤であるインダストリアル・エンジニアリング=IE)が、テイラーの『科学的管理法』の論文から始まったことは周知の通りだ。今からちょうど100年前、工場の主任技師だった彼は、労働者による重い荷物の運搬作業に対し、ストップウォッチによる時間計測を手段にして、適切な休息と労働のバランスによって生産性が飛躍的に向上することを見出した。同じ8時間という労働(拘束)時間の中の使い方をかえることによって、劇的な改善が可能になったのだ。それは号令や叱咤やインセンティブ等よりも、はるかに効果的だった。だから、彼はこれを、自信を持って「科学的管理法」と名付けたのだ。

テイラーの流れをくむIE技術者たちは、その後も工場の現場作業に対して、ストップウォッチを武器に取り組みつづけ、地味ながら立派な成果を上げつづけた。さらに人間動作を詳細に分解して、標準動作による生産性予測や改善もできるようになった。今日、まともな工場ならば、IE技術者による作業設計と不断の改善活動を定常的に行っている。

しかしながら、日本の製造業の多くの企業では、生産性のボトルネックはすでに製造現場から、設計や管理を中心とするオフィスワークに移っている。にもかかわらず、オフィスワークにおける作業時間分析は、あまり行われているのを見たことがない。不思議ではないか。

いや、我が社はタイムシートをつけている。何月何日に、どの仕事で、何時間働いたかはすべて正確に把握している--そう反論されるかもしれない。しかし、それでは不十分なのだ。時間分析には、目的別の分析と、様態別の分析と、そして機能別の分析があることを、多くの人は理解していない。タイムシートは、目的別の時間集計には使えるだろうが、様態や機能の分析にはすぐには使えない。

目的別の時間分析とは何か。それは、「その作業時間」が、どの顧客・案件・段階向けの作業かを見るための手段だ。A社向け・Zシステム納入・テスト段階--これが目的別の分類である。気の利いた企業なら、作業段階別にWBSやコード番号を設定しているかもしれない。例えば、テスト段階の中でも「テスト要領書の作成」まで把握できるようになっている。でも、これでは時間の使い方の“結果だけを知る”ことしかできない。いわば、タクシーが、どの客を連れて、どの目的地まで行き、何mを走ったかだけを記録しているようなものである。

もし時間の使い方の内実を知りたければ、様態別の把握をしなければならない。たとえば、同じオフィスワークでも、会議に出席していたのか、設計書を書いていたのか、メールを読んでいたのか、電車で移動していただけなのか、いろいろな様態がある。終日会議に出席しているばかりの人や、一日の半分以上は移動時間の人が、生産性に貢献すると期待できるだろうか? 会議も移動も、必ず『目的』はある。どの案件・どの客先かは(たぶん)明確である。でも、それはタクシーが渋滞の中につかまっているようなものではないか。だとしたら、高速か、一般道か、裏道か、どんな道をどれだけ通ったかの分析が必要なのだ。

そして、様態別の分析だけでも、まだ生産性を考えるには十分ではない。なぜなら、仕事に使う時間の中には、プロダクト(成果物やアウトプット)に直接結びつく部分と、そうでない部分が混ざっているからだ。たとえば机に向かって設計作業中だとする。ところで、以前もらった資料のファイルをさがして、サーバの中をあちこち検索したとしよう。ある目的のために仕事をしている時間であることに間違いはない。だが、そうした探し物の時間は、実際には生産性に何も貢献していない。あるいは、上流部門から来た要件設計書に間違いが見つかって、設計がやり直しになり、残業したとしよう。あきらかに設計活動の時間だ。だが、ちっとも生産的ではない。こうした時間は、タクシーが道を間違えて引き返したり、地図が無くてうろうろしている時間とかわりがない。

製造現場では、「正味時間」という概念を大事にする。部品を加工したり、組み付けたりして、モノに付加価値を与える作業の時間である。旋盤でワークを削っている時間は正味時間だ。一方、治具が無くて探しに行ったり、加工図面の到着を待つ間に機械の掃除をしている時間は、正味時間に入らない。無論、材料の入荷待ちやロット待ちも、正味時間外だ。そして、工場での改善のポイントは、いかに無駄な待ち時間を無くして、正味時間の比率を上げるかにある。念のために書くが、正味時間の比率はせいぜい数%から、よほど優秀な工場で20%程度である。あとはほとんどが、付加価値に貢献しないムダ時間なのだ。

同じようなことをオフィスワークで知るためには、目的別タイムシートではなく、様態別・機能別の時間集計が必要になるのである。むろん、こんな細かな作業記録を、毎日毎日タイムシートにつけることなど不可能だ。だから、サンプリング期間を区切って(例えば1日とか1週間とか)、職場全体で調査をかける必要がある。そうしてはじめて、本当の意味で「付加価値生産性」向上のための基礎データができるのである。そのために、どのようなフォームやツールがいるのか、知恵と工夫のポイントでもある。

とはいえ、もしかしたら、タイムシートそれ自体、目的別の時間集計にも使えない状態だということも考えられる。タイムシートが残業集計や給与計算に直結している場合である。いや、もちろん直結してもいい。だが、そこに「みなし年俸制」やら「サービス残業」やらがひそんでいると、もはやタイムシートは監督官庁へのアリバイ資料にすぎず、ビジネスの改善の基礎データにもならなくなるだろう。そんな状態は、ごく例外的な事象だと信じたいものだが。
by Tomoichi_Sato | 2009-09-28 21:45 | 時間管理術 | Comments(1)

経営工学には何ができるか

3ヶ月ほど前のことだが、元・東大総長で、現在は三菱総合研究所理事長の小宮山宏先生にお会いした。私が編集委員としてかかわってきた経営工学会の一般誌「経営システム」のインタビューが目的である。テーマは「日本のR&Dを考える」で、文字通り日本の研究開発の現状と、あるべき姿について、1時間ほどお話しをうかがった(「経営システム」2009年8月号に掲載したので、興味のある方はご覧ください)。

ところで、インタビューの席に着くなり、まず小宮山先生の方から「経営工学ってのは、研究開発のマネジメントなんかより、まず日本のマネジメントをどうすべきかを考えた方がいいんじゃないの?」といきなり言われた。年金記録の改ざんの泥沼や、酩酊状態で記者会見の席に現れた大臣やらのあれこれで、皆がうんざりしていたのは事実だろう。このまんまじゃマズイな、そう思う人が増えるのも無理はない。

経営工学とは何をする学問か、私はそこで手短に説明した。経営工学とはIE(Industrial Engineering)を母体とし、工場づくりの工学で、そこからさらにORや経営問題も対象とするようになっています。・・もっとも、化学工学科を卒業した私が、そんなことを語るのは僭越なのだろう。が、小宮山先生も化学工学の専門家だから話が通じやすい。化学工学もまた、じつは化学工場づくりの学問なのだ(現在は機能的素材づくりの学問にかなりシフトしているが)。

でも、後で考えたら、もう少し別の説明法もあったなと気がついた。それは、「経営工学とはマネジメントのテクノロジーに関する学問です」という説明だ。マネジメントにはテクノロジーが存在する。それに対して理工学にアプローチする--それが経営工学の役割なのだと私は思う。

さて、目の前に、ある英語の論文がある。タイトルは"MARKOV MAINTENANCE MODELS WITH CONTROL OF QUEUE"、出展はJournal of the Operations Research Society of Japan, 20(3) pp.164-181 1977、である。日本オペレーションズ・リサーチ学会の論文誌らしく、添え字のついた数式が一杯並んでいる。設備取替え問題といわれる分野の研究で、ランダムに故障の発生する機械設備群を相手に、確率過程と待ち行列の組合せによって、意志決定者が最適な答えを得られる条件を定めている。まあ、経営工学の典型的な分野の一つである。

著者は、DR. YUKIO HATOYAMA。つまり鳩山由紀夫博士で、東工大の経営工学科の教員とある。ちなみにこの論文は、国立情報学研究所の論文検索サイトCiNiiで全文を入手できるので、こちらも興味があったら読むことができる。

日本で初めて理工系出身で首相になった人が、経営工学の博士号を持つ学者だった(ことがある)というのは、きわめて不思議だが興味深い事実だと思う。というのは、どうみたってマネジメントの不全ないし不在が、今日われらが社会の最大の問題だからである。

もっとも、多くの「支持政党無し」の人々と同じく、私も首相一人が変わったからといって、この建前だらけで制度疲労した世の中の仕組みが、明日からガラリと良くなる、などという期待は持っていない。それに、経営工学の学者だからといって、マネジメントが上手であるという保証は何もない。それは、眼科医が必ずしも良い視力の持ち主とは限らないのと、同じ事である。

ただし、眼科医は、他人の視力の問題については、指摘できるだろう。視力の回復や矯正についても、手伝えるかもしれない。同様に、経営工学の専門家は、マネジメントの問題解決については、役に立ちうる力を持っている。持っていないと困る。そうであって欲しい--それが、本来の学問への期待というものだ(誤解のないように書いておくが、私は新首相のことではなくて、現在約2,000人を擁する経営工学会の諸先生・先輩のことを言っているのである)。

そういう観点からいうと、『経営工学』という訳語の付け方は、長短両面あったかもしれない。経営工学科の卒業生を採用する企業の側は、別段、その学生に最初から「経営」を面倒見てもらおうという気持ちはないだろう。大学の先生にさえ、「経営」の問題について相談に乗ってもらおう、という意識にはなるまい。経営という語が、英語のmanagementという概念(これは中間管理職的な仕事を十分含む)よりもずっと上位の、まさに社長レベルの仕事をさすからだ。

これを避ける意図があってかどうかは知らないが、経営工学科という名前を使わずに、管理工学と呼んだり(慶応)、工業経営という名前を使ったりした(早稲田)、大学もある。でもまあ、このサイトでも繰り返し書いているように、管理という語も多義語すぎて誤解を招きやすいし、工業経営では工場長の仕事みたいに聞こえないこともない。あまり適当な呼び名がないのだ。

なお、東大には経営工学科はないから、小宮山先生がご存じなかったのも無理はない。学問の百貨店みたいなマンモス大学なのに無い理由は不明だが、旧・文部省的世界観にしたがえば、そもそも東大はエリート官僚養成校であり、そこに入学する人はみんな優秀だから(笑)、卒業生には自動的にマネジメントにふさわしい人格が具わっている(大笑)。ゆえに、あえてマネジメントなどを研究したり教えたりする学科は不要である。証明終わり。・・という事情かと私は邪推している。

もともと、大学の学科や科目の名前に「~学」をつけることにこだわったのは、文部省の方針であった。でも欧米の大学を見ても分かるように、科目名は必ずしも"...ology"や"...ics"ばかりで終わるとは限らない。EngineeringもTechnologyも立派な科目名である。だとしたら、「マネジメント・テクノロジー科」という学科があってもいいと私は思う。

さて、この話はこれでおしまいだが、一つだけ余談がある。今回の総選挙では、「BOM/部品表入門」の共著者である山崎誠氏が、なんと民主党から出馬して見事に当選したのである。氏は2年半ほど前に企業から政界に転じ、横浜市議として活動してきて、今回の追い風に応援を受けて国政に踏み出したわけだ。まあ、生産管理の本を書いた現役の国会議員というのも、初めてだろう。国内企業のSCM構築や、海外企業向けのERP導入のコンサルティングなども経験している人だ。一年生議員として、今後どのような活動を展開されるかはまだ未知数だが、ぜひマネジメント・テクノロジーを身につけた人として、意義ある仕事をしていただけるよう、期待したい。
by Tomoichi_Sato | 2009-09-20 00:12 | ビジネス | Comments(1)

MES(製造実行システム)とは何か

MESはManufacturing Execution Systemの略で、IT業界に多い3文字略語の一つである。日本語では『製造実行システム』という訳語が当てられているが、実際にはMESという呼び方をされることが多い(なお、英語の発音はエム・イー・エスと読む方が正しく、“メス”という読み方では通用しにくいので注意)。かつ、製造実行システムという訳語はかなり無理して言葉をあてた感じが強く、製造業の現実においては『製造管理システム』ないし『工程管理システム』などと呼んだ方が分かりやすいだろう。

MESという用語は、ある意味、製造業における“ミッシング・リンク”として、実態よりも後になって現れた。私は2000年に、中村実氏らとともに「MES入門―ERP、SCMの世界と生産現場を結ぶ情報システム
」(工業調査会・刊)の共著に参加したが、執筆段階ではまだ我が国ではなじみの薄い概念だった。基幹業務システムERPは、すでに多くの人が知っていた。一方、現場の制御システムもかなり普及し発展中だった。しかし、基幹業務系と制御系を結びつける働きをする現場システム群は、ある程度存在感を示しつつも、確とした呼び名がないため、十分な認知を受けていなかったと言っていい。

MESの概念は、'90年代に米国の調査会社であるAMR Research社が提唱したものが原型となっている。AMR Researchは、その報告書の中で、製造業の管理レイヤーを、

(1)計画層(Planning Layer)
(2)実行層(Execution Layer)
(3)制御層(Control Layer)

の3つに分類する有名な『3層モデル』を提案した。これは現実を理解するための一種の概念モデルである。そして、これら3層をそれぞれ受け持つ仕組みとして、

(1)基幹情報システムERP(Enterprise Resource Planning)
(2)製造実行システムMES(Manufacturing Execution System)
(3)制御システムPLC(Program Logic Controler)またはDCS(Distributed Control System)

を挙げた。MES(製造実行システム)という名は、ここで初めて現れたのである。それまでは位置づけが不明確なため、CIM(Computer Integrated Manufacturing)とか現場系システムと呼ばれていたものが、ここで初めて、あるカテゴリーの商品として認知されたのである。

さて、MESの機能とは何か。これについては、標準化団体MESAのリストアップした「11の標準機能」が有名であるが、私はあえて別の説明をしたい。

企業の生産活動においては常に指示と報告という2つの情報の流れがいきかっている。指示情報はこれからすべき仕事についての上からの流れであり、報告情報は今なされたことについての下からの流れである。一方、企業活動にはPlan-Do-See=計画・実行・評価という管理のサイクルがある。Doの部分は好みによっては制御に置き換えてもいい。すなわち、計画を実行につなげるための情報が指示情報であり、また実行を評価に戻すための情報が報告情報(進捗情報)であると考えることができる。
(以下の図は等幅フォントで見てください)

      +-----------------------+
管理者   | 計画     評価  |
(本社)   +-----------------------+
        |        ^
        |        |
      指示情報     報告情報
        |        |
        v        |
      +-----------------------+
実行者   |    実行(制御)  |
(工場)   +-----------------------+

ところが、工場の中にも管理者とショップフロアの実行責任者がおり、両者の間で同じような計画・実行・評価というサイクルが成り立っていることがわかる。スケールダウンされた相似形、いわばネストをなしているわけだ。

      +-----------------------+
管理者   | 計画     評価  |
(本社)   +-----------------------+
        |        ^
        |        |
      指示情報     報告情報
        |        |
        v        |
      +-----------------------+
工場    |      実行    |
管理者   |  (計画   評価) |
      +-----------------------+
          |     ^
          |     |
        指示情報  報告情報
          |     |
          v     |
      +-----------------------+
実行者   |    実行(制御)  |
(ショップ) +-----------------------+

本社から見ると工場管理者(工場のホワイトカラー層)が工場を代表して実行しているように見える。だが、実際には工場管理者は計画と評価を行い、ショップフロアの実行責任者が製造実施しているわけである。本社からの指示情報は、工場管理者の計画作業を通して初めて、より詳細なショップフロアへの指示情報になる。同様にショップからの報告情報は、工場の他の報告情報と総合され、管理者の評価作業を経て初めて本社に対する報告情報になる。 本社と工場管理者のふたつの管理サイクルの違いは、時間刻みの違い、すなわち管理対象のもつ時定数の違いである。

このように考えてみると、MESとは工場管理者レベルの業務を支援するためのシステムだ、と考える方が真実に近いだろう。

そして、これがゆえにMESにまつわる困った事情も生まれてくる。困った事情とは、すなわち、システムとしてのMESの導入やお守りをする部署が定まらないという問題である。本社の情報システム部門は、そんな製造現場の、機械油にまみれたような泥臭いシステムには手を出したくない。かといって工場に情報部門を持つ企業は少ない。いきおい、生産技術部とか製造部とかが片手間で運用する、ということになりがちなのである。

そもそもMESが生まれてきた背景には、製造機械のインテリジェント化がある。機械加工の自働化といえば古くからNCなどがあったが、それ以外の加工装置類もシーケンサーの発達のおかげで、それなりに柔軟な制御ロジックならびに通信インタフェースを持ちうるようになってきた。そこで、それまでは点状に孤立した機械群から成り立っていた工場のショップフロアを、協調し制御できる技術基盤ができてきたのである。もっともこれはディスクリート産業の話で、プロセス産業ではすでに'80年代後半からDCSによる集中制御が当たり前となっていた。

また、加工装置中心のライン生産とは異なる、人間による組立生産工程においても、中間部品やワークをバーコード/RFIDでリアルタイムに追いかけていく、POP(Point of Production)と呼ばれるシステムが広まってきた。さらに、上位からきた生産指示情報(最終製品レベルでの生産オーダー)をショップへの製造指示情報(部品・材料レベル+工程レベルでの製造指図)にかみ砕くための仕組みである工場スケジューラも普及してきた。

こうした流れが一つに合わさって、MESというシステム群が生まれたのである。ただし、製造現場というものは個別性が強い。また、ディスクリート型生産とプロセス型生産の間には、非常に大きなギャップがある。こうした個別性の壁があるため、MESはどの産業にもフィットするような、強力な汎用型パッケージ商品があらわれにくいという特性がある。今後も、製造現場のさらなる付加価値生産性向上をねらうためには、工場管理者レベルでの合理化は避けて通れない。従来の枠組みをこえた、次世代のMESが期待されるゆえんである。
by Tomoichi_Sato | 2009-09-09 21:38 | サプライチェーン | Comments(0)

学会講演のお知らせ

きたる9月16日広島大学で開催される化学工学会秋季大会で展望講演
リスク確率にもとづくプロジェクト・マネジメントと合理的意志決定の基準』を、

また翌17日岡山大学で開催されるスケジューリング学会シンポジウム2009で研究発表
大規模プロジェクト・スケジューリングの実務的諸問題』を、

それぞれ講演します。関心ある方のご来聴を歓迎します。
by Tomoichi_Sato | 2009-09-06 22:31 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

エントロピーを下げる

大学の頃、熱力学で『カルノー・サイクル』を習った人は多いだろう。ついでにエントロピーだのTS線図だので頭が痛くなった人もたくさんいるに違いない。物の本によると、カルノーという人はフランス革命時代の砲兵士官で、砲身の中ぐり加工がかなり熱を発生するのを見て、熱素説について考察した、という話を聞いたことがある。

当時、イギリスでの蒸気機関の発明をきっかけに、熱機関の改良や工夫が進みつつあった。その熱機関サイクルの本質について、カルノーは画期的な論文を書く。彼はその中で、熱機関の理論的最大効率が、高熱源と低熱源の温度差のみで決まることを論証した。これは、まだ熱がエネルギーであることさえ確定していなかった時代において、まことに見事な洞察であった。熱力学の第2法則は(別に彼がそう命名したわけではないが)、彼の論文から発している。まさに、熱力学の創始者と呼んでもいい。

また、カルノー・サイクルの考察から、移動した熱量を温度で割ったエントロピーという概念が出てくる。『エントロピー』の語は、後の時代のクラウジウスの創案によるが、基本的なアイデアはカルノーに依っている。クラウジウスは熱力学的サイクルを論じて、「非可逆的なサイクルでは必ずエントロピーが増大する」という法則に定式化する。これが現在の第2法則の成り立ちである。

その熱力学の第2法則の告げるところによれば、我々がエネルギーの変換によって力学的仕事を得る際には、必ずエネルギーの質の低下が伴う。たとえば、電気でモーターを回したとき、必ず一部が摩擦熱に転じる。電気エネルギーは質の高いエネルギーだが、熱エネルギーは質が低いのである。また熱エネルギーの質は、ごく簡単に言うとその温度で決まる(沸騰水はぬるま湯にまさる)。「エントロピー」とは、その「質の低さ」を示すモノサシである。

このエントロピーは、秩序の乱雑さを表す指標としても知られている。そして、『情報』というのは、秩序を表現する手段である。ここで、熱力学的概念だったエントロピーは、情報理論における尺度に変身するのである。

さて。いきなり話は飛ぶが、先週末、私は机の上に乱雑に積み上がっていた書類をかなり整理した。つまり机上のエントロピーを下げたわけだ。しばらく忙しさにかまけてゴチャゴチャな状態になっていた机がきれいになって、気分もすっきりしたし、なにより書類探しのための不毛な時間がなくなって、生産性がずいぶん上がったと感じる。米国のデイヴンポートという人によれば、平均的なビジネスマンは、捜し物のために、年間170時間も使う、という。もしそうだとすれば、机周りのエントロピーを下げることによって、仕事の生産性は1割近くも上がることになる。

私の机が乱雑なのは、基本的に私がずぼらな性格だからだが、仕事で忙しいときほど乱雑になりがちだ、という説明も一応用意している。書類を整理している時間もなくて、という訳だ。しかし、昔、ある上司から一喝されたことがある。お前はわずかな時間を惜しむつもりで、かえって多大な時間を浪費しているだろ、と。

その部長は定期的に号令をかけて、部員に不要な書類を捨てさせる時間を取った。たいていは金曜日の夕方だったが、「今日はもうこれからは仕事は不要、あとは書類を整理しろ」というのである。この、定期的というのが、今思うと大事なポイントだったように思う。ある一定サイクルで、強制的に仕事の手を止めさせる。そしてエントロピーを下げさせる。

考えてみると、われわれ生き物も、エントロピーのサイクルを持っている。昼は起きて活動し、その分、体の秩序が乱雑になる。そこで、夜、眠る前に熱を外に捨てて体温を下げ、寝ている間に体組織の修復や成長を行ってエントロピーを下げているのだ。人の成長ホルモンは、夜眠る前に最も分泌される。だから、「寝る子は育つ」というのだと、前にも『睡眠時間の必要』で書いたように思う。そしてじつは脳も、眠っている間が一番エネルギーを消費している。たぶん、記憶情報を整理してエントロピーを下げているのだろう。

生物は、少なくともある程度高等な生物は、活動と休息のサイクルをもって暮らしている。私はこれは、秩序ある自律的なシステムにとって、かなり本質的なことではないかと考えている。カルノー・サイクルではないが、そのほうが有効にエネルギーを活用できるのだ。ノンストップで働き続けると、エントロピーが上昇して、次第に乱雑さとムダが増えてくる。だから、これを強制的に下げるためのサイクルが必要なのだ。ちょうど24時間操業のプラントも、ときどき全面的に運転を止めてシャットダウン・メンテナンスを実施するように。

24時間働き続け、成長し続ける企業モデルというのは、どこかおかしい。ときには休息し、ときにはエントロピーを下げるための時間が必要だ。生きた組織には、サイクルがあるべきだ。

昨年秋の金融危機以来、私たちの産業社会はかなりの低稼働率、開店休業状態に苦しんでいる。しかし、こういう時期こそ、ほんとうは組織やシステムの修復やリモデルをすべき時だったのではないか。低需要期にも、積極的な意義を見いだすべきではなかったのか。少なくとも中東や南アジアなどでは、“あの危機のおかげで過熱状態だった経済が少しクールダウンし、かえってまともな成長に戻った”と感じている人が少なくないようだ。それなのに、あわてて現場労働者を大量に切り捨てて、かえって不況の谷を深くした我々の社会は、何か大切なことを見失っているように思えるのである。
by Tomoichi_Sato | 2009-09-03 23:09 | ビジネス | Comments(0)