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RFPとは何か

Requst for Proposal=提案依頼書。調達における引合いプロセスの主要な書類で、主に受注生産品の見積依頼のために、発注者がサプライヤー候補に配信する。見積依頼書(Request for Quotation=RFQ)ともいう。調達において複数のサプライヤー候補から一社を決める際に、透明かつ公正なプロセスとなっていることを保証するために必要となる。

調達のプロセスは一般に、自分が購入したいものの種類と特性によって異なる。たとえば、
マテリアル(モノ)を買うのか、サービスを買うのか
●購入相手のサプライヤーは一社のみか、複数社あって決まっていないのか
●直接資材(製造に用いる資材)を買うのか、間接材やオフィスサプライ品を買うのか
●特定の用途に紐付いたモノを買うのか(「都度手配品」ないし「引当品」などとよばれる)、特定の用途が決まっていないストック在庫用に買うのか(「在庫品」「常備品」などとよばれる)
●自社の指定する仕様や図面で買うのか、それともサプライヤーの標準仕様品を買うのか
●購入品が見込生産なのか、受注組立生産なのか、繰返し受注生産なのか、個別受注生産(サプライヤー側の設計行為を含む)なのか

などによってかわる。むろん、上記は互いに完全に独立ではなく、依存関係がある。

とくに重要なのは、4番目(誰が仕様を決めるのか)という点である。もし買いたいモノが、売り手の商品カタログの中にあるような場合、ふつうはサプライヤー側は見込生産である(滅多にオーダーの無いような高級商品の場合は繰返し受注生産になるケースもあるが)。その場合、単に価格と在庫の有無をたずねればいいわけで、RFPのような手間をかける必要はない。たとえばUSBメモリを買いたい、という場合なら、営業マンに電話をかけるか、店に行くか、価格コムみたいなサイトで調べれば事は済む。

売り手の商品カタログに基本モデルはあるが、オプションがいろいろあって自分の希望を入れたい、という場合もある。多くは受注組立生産の品目である(PCとか自動車など)。この場合もサプライヤーは決まっているのだろうから、RFPなど必要がない。

RFPは複数のサプライヤー候補があって、自社仕様のマテリアルないしサービスを発注する際に、価格・納期・品質の観点から公正に比較して、適切なサプライヤーを選定する場合に必要となる。当然、発注先は繰返し受注生産ないし個別受注生産となる。いわゆる情報システムの調達にRFPが登場するのは、このような理由があってのことである。

もともと購買とは、自社が必要とする仕様に対して、サプライヤーが供給可能な性状のマテリアル(ないしサービス)をマッピングする、という作業が中核にある。ここで重要なのが、“Apple to appleの比較”の原則である。 これはCompare apple to orangeという英語の言い回しから出た表現で、「リンゴ1個とオレンジ1個の値段を比較して、高いとか安いとか議論すること」の愚を戒めている。カローラとスカイラインの値段を比べて、安い方を買おうという人はいまい。比較するのならば、同じ土俵に乗せて比較しなければならない。同じ土俵とはすなわち、自分が何を求めているのかという点(=要求仕様)である。

ただし念のため書くが、「カローラがほしい」というのはRFPに書くべき要求仕様ではない(そんなRFPを日産やホンダのディーラーに送りつけて“これで公正だろう”と思ったら愚かだ)。要求仕様とは、いわば、「リンゴがほしい」と固有の商品イメージを書くのではなく、「甘くて、そのまま食べることも煮て食べることもでき、1個が150g前後で、冬の間も入手可能であり、消化によい国産の果物」という風に、使用目的を基準に抽象化した条件づけのことを指す。ここまで指定すれば、スイカや苺を持ってくる売り手はいないだろうし、100g以下の姫リンゴを提案するサプライヤーも失格となる。

RFPに規定すべきことは、上記のような「技術的仕様」(=What)だけではない。同時に、必要な数量はどれだけか、納期はいつか、検収条件は何で支払条件はどうか、といった調達条件(=How)についても規定しなければならない。

さらに重要なことは、買い手とサプライヤー相互の「スコープ・オブ・ワーク」を決めておくことである。機材でいうなら、輸送費や設置費はどちらが持つのか、予備品はどこまで含まれるのか、支給部品はあるのか、マニュアルや設計図書はどこまで含めるのか、といった事項であるし、情報システムなら、ユーザ側の遂行体制はどうするのか、業務帳票は提供するのか、レガシーデータの移行はどちらが責任を持つのか、トレーニングはどこまで含まれるのか、テスト環境は誰がどう提供するのか,等々といった事項がこれに相当する。これらを箇条書きにして、買い手と売り手の「星取り表」を作るのが良くやる方法だ。

これはいわば、売り手と書いての『権利義務関係』を規定しているわけである。受注生産品を製作し納品する作業は、ある意味で買い手と売り手の協力で進められる。つまり、お互いに結果に対して責任の一部を負っている。これを買い手が忘れてしまうと、いい成果は得られない。別の言い方をすれば、RFPのプロセスというのは他人行儀なのである。そこでは、甘えや貸し借りやなれ合いは排除される。

むろん買い手のニーズが、「甘くて食べられる果物なら何でもいい」という程度のアバウトなものならば、提案されるものはリンゴでもオレンジでも良いわけだ。しかし、その場合はもはや価格の比較は意味を失う。RFPを用いた購買プロセスとは、“価格は品質・性能に比例する”という精神に裏付けられているので、要求品質にアバウトな会社は買い手能力を疑われる。すなわち、RFPは、売り手を条件付けるだけではなく、買い手の能力をも試すものなのでのである。
by Tomoichi_Sato | 2009-01-28 22:09 | サプライチェーン | Comments(0)

Web連載記事のお知らせ

IT MediaのWebマガジン「@IT MONOist」(ものづくりスペシャリストのためのポータル)に連載中のシリーズ「こうすればうまくいく生産計画」に、第5回記事

 『受注生産と見込み生産の混在を乗り切る方法

を掲載しました。どうぞご覧ください。
by Tomoichi_Sato | 2009-01-25 22:38 | サプライチェーン | Comments(0)

採算をとる、とはどういうことか

画期的な発明をした。自動車に取り付けると周囲の車の距離と速度を測定し、安全な方向と速度を割り出して自動運転してくれる制御装置だ。カーナビと組み合わせれば、運転中に熟睡していても目的地に到達できるだろう。ドライブと睡眠不足解消を同時に楽しめる。ぜひ商品化して製造したい。ヒットすれば億万長者も夢ではあるまい。

かんじんの製品価格だが、1台20万円というところでどうだろうか。必要な原材料・部品代は、ちょっと見積もってみたら10万円程度で済みそうだ。ただし、この製品を作る製造装置だが、どう考えても100万円くらいかかる。まあ貯金をはたけば無理して買えない金額でもないと思う。置き場所はとりあえず車庫にしよう。文字通りガレージ・カンパニーの誕生である。

さて、意気込んで事業をはじめたが、世界初の商品というものは、なかなか売るのが簡単ではない。知り合いの売込み先3人に断られ、4人目のトラック会社社長にコンタクトしようというときになって、これはやはり設定価格が高すぎたかな、と思いはじめた。でも、いくらが適当なのだろうか。それを決めるためには、少なくともこの製品の原価を考えなくてはならない。

製造機械は大枚はたいて買ったものだが、寿命は2年くらいか。月あたりに直すとほぼ4万円だ。それに人件費。いくら社長兼開発製造部長だといっても、霞を食って生きてはいけない。光熱費を含めて月20万は必要だ。とすると、月に24万円はかかることになる。月産4台のペースなら、1台あたり6万円である。材料費との合計は10+6=16万円だ。2割以上値引きしたら、赤字になる。そう計算して商談にのぞんだ。

交渉は厳しかったが、何とか成約にこぎつけた。価格は17万円。15%の出精値引である。ようやく1台売れると、はずみがついたのか、2・3台目も売れた。同じ価格での販売だ。これで新会社の最初のひと月が終わった。わずか3万円だが黒字の筈である。

ところが、よく考えて見るとたいへんな思い違いをしていたことに気がついた。今月の販売台数は3台。売上高は51万円。ここから部品代30万、製造機械の原価消却費4万円、自分の人件費20万を差し引いたら3万円の赤字ではないか! 1台あたり1万円の赤字である。ということは、1台18万円で売らねばならなかったのだ。どうしてこんな違いが生じたのか?

むろん、頭の良い方はおわかりだろう。私は月産4台で製造機械や人件費の原価を計算していた。それが3台しか売れなかった。ということは、24÷3=8万円の原価が賃率として各製品にチャージされてしまう。これが実際原価である。一方、私は4台作れるベースで標準原価を計算していた。この、標準原価と実際原価の差異を、原価差額という。別のいい方をすると、月4台分生産の見込みが3台だった。その1台分の「不稼動損」が6万円、という見方にもなる。

さて、次の商談にはいくらで臨むべきか。18万円が現実の製造原価なのだ。ということは、1割引が譲れぬ線になる。その心がまえで進めたら、破談になってしまった。相手は15万ならいくつか買っても良いという。15万! これでは、作るだけ赤字が増えてしまう。とてもやっていけない。翌月は売上ゼロだった。

しかし、3ヶ月目、頭を冷やしてゆっくり考えて見たら、別の知恵が出てきた。不稼動損が出たということは、稼動率を上げれば逆に原価が下がることを意味しているではないか。たとえば、頑張って今の2倍、月産6台作れば、1台あたりの原価は10+24÷6=14万円に下がる。とはいえ、販売をやりながら月6台生産するのは無理だ。セールスマンをもう一人雇うしかない。ただし、かれの取り分は成功報酬で売上の2割とする。20万円の定価販売なら4万円だ。それでも製造原価14万なら、2万円は利益が出る。

セールスマンはそれなりに頑張ったが、翌月売れたのは18万円で4台・計72万円だった。原価16万円に販売費用3.6万をたしたら、まだ1台あたり1.6万の赤字である。もっと売上を上げないと利益が出ない。そういってセールスマンにはっぱをかけたら、彼は意外な動きをはじめた。中国から模造品(あきれたことに、もう出現した)を輸入して売りはじめたのだ。仕入価格8万円。それでも「社長のガレージ工場で作るよりずっと安いじゃないですか」と指摘されると、反論できない。彼はそれを15万で売りさばいた。2割のコミッションを引いて、社長である自分にも15-3-8=4万円残る。月6台うれたので24万円の見入りだ。やっと赤字から脱出しトントンまできたので私はほっとした。顧客から、次々「すぐ壊れた」と品質クレームをつきつけられるまでは・・・

この話、どこがおかしいのかおわかりだろうか? もし私が2ヶ月目に、“15万なら買おう”といった客に自社製品を売っていたら、どうか。3台売ったら45-30=15万、4台売れたら60-40=20万、手元に残ったはずだ。なのに、現実は赤字を恐れて値を下げなかったため、一銭も入らなかった。それどころか、もし5台売れた場合、75-50=25万が入って、今より良いではないか。いまや私の会社は月間売上90万円だが、手元には24万しか入らない。

もともと最初に投資した製造機械はもう支払ってしまったお金、「埋没コスト」である。また、私の生活費は、仕事があろうと無かろうと、減らせない固定費なのである。だから、実入りがゼロ円より、実入り15万円や20万円の方が良いに決まっているではないか。つまり、固定費を、「売上-原材料費」の分で少しずつでも回収していくしかない。それなのに、固定費を1台あたりの標準単価に割り振って、変動費のように扱うから話がおかしくなる。「赤字だから受注しない」などという逆立ちした判断が出てくるのだ。そんなのは、仕事が有り余って選択受注できる贅沢なときの判断だ。

この例は単純だから、おかしいことは皆すぐ分かる。しかし、現実の話になると急に惑わされる人が増えてしまう。「わが社の人月単価は150万円だから、それ以下の仕事は受注すると赤字になる」だとか、「あの材料は円安時代に50万円で海外から仕入れた物だから、50万以下で売ったら損になる」などなど。おかしいことはおわかりだろう。仕事が全く無いよりも、人月100万円でも収入がある方が良い。材料を在庫したまま腐らせておくより、40万円であっても買ってくれる客をみつけて、少しでも回収した方が良い。

「売上-原材料費」のことを、製造業の「付加価値」と呼ぶ。付加価値の計算には、人件費も減価償却費も入っていないことに注意してほしい。そして、製造業において採算をとるとは、すなわち付加価値合計が固定費を上回る状態に持っていくことを指す。私の会社の例では、たとえ同じ15万円の販売価格でも、内製すれば付加価値は5万円だったものが、中国調達したら付加価値は4万円になってしまう。優劣は明白だろう。

それなのに判断を間違えるのは、「付加価値額」ではなく「売上」だとか「単価」だとか「稼働率」などの代替指標を用いるからである。受注戦略を立てるときは、「付加価値額」対「固定費」で見ていく方が単純で、間違えない。今のような不況の時代では、なおさらなのである。
by Tomoichi_Sato | 2009-01-21 23:21 | ビジネス | Comments(0)

Web連載記事のお知らせ

技術評論社のWebマガジン「エンジニア・マインド」に、連載「タイム・マネジメントの心得」第9回 『進捗をはかる』を掲載しました。どうぞご覧ください。
by Tomoichi_Sato | 2009-01-18 15:27 | 時間管理術 | Comments(0)

超入門・調達管理


Kさん。そろそろまたメールをいただくころではないかと思っていたところ、やっぱりでしたね(笑)。最初が生産管理,次が在庫問題で、今度は資材ときましたか。工場に赴任された後、景気の雲行きがあやしくなって在庫に目がいき、さらに不況だから資材コストダウンと、まさに定石通り取り組まれているようですね。おかげで私の側も「超入門」シリーズがホームページに自動的に展開できそうで、まことにおそれいります。

さて冗談はさておき、ご質問は「資材業務の改善」というテーマなのに、私が勝手に「調達管理」という風に言葉を置き換えたのには、理由があります。およそどんな問題でも、まず正しい言葉と概念規定から出発しないと、伝わっていくうちにどんどん混乱していくからです。

Kさんが「資材」という用語で指しておられる業務は、文面を拝見するかぎり、購買の仕事のように思われます。どう違うの?とお感じかもしれませんが、英語にすれば前者はRaw Materialで、後者はPurchasing、全然違います。おそらく御社では『資材課』という部署が購買の仕事をしているから,最初のご質問だったのでしょう。ですが、資材にまつわる仕事には、購買手配からはじまって、受入れ・検品・入庫・現品管理・出庫供給などの広がりがあります。たまたま御社は購買機能のみが資材課の仕事で、あとは他部門の分担という事情のようですが、その範囲は会社によってずいぶん違います。

用語の話を、もう少しだけ続けさせてください。購買と調達はちがう、という話です。何が違うのかって? 調達(Produrement)は購買より広い概念なのです。購買は、簡単に言うと、発注書(購買オーダーPurchase Order)を切るまでの仕事です。調達とは、購買オーダーが完遂されるまで(納品検収まで)をずっと追いかける仕事です。注文してから先にまだ仕事なんかあるのか、と疑問にお思いでしょうか。ですが、ときにはこちらの方が重要な場合があるのです。

私は何年か前、米国大手のERPベンダーの開発責任者と、向こうの本社で激論した経験があるのですが、どうも多くのエンジニアやIT専門家は、調達という業務を、まるでAmazon.comで本か何かをクリックするだけのように無邪気に思っているようですね。そして価格競争は逆オークションでやればいい、あとは寝て待てば宅配便で品物が届くと信じている。とんでもない話です。なぜなら、上手な調達のためには、調達先の業務プロセスをよく知る必要があるからです。

もっと具体的におたずねしましょう。一般に、工場の生産形態が4種類あることは、ご存じですね。それでは、Kさんのところで問題となっている購買品について、調達先はその品目を「見込生産」「受注組立生産」「繰返し受注生産」「個別受注生産」のどの形態でつくっているのか、ご存じですか? 

Amazon.comに代表されるカタログ品は、見込生産でつくられるものがほとんどです。本やCDなどはその典型ですね。逆に言うと、カタログ・ショッピングが可能なものは、見込生産品だということになります。見込生産品とは、作り手側が商品を設計します。Kさんの工場の用途に合うかどうかは、御社の方で判断しなければなりません。

そのかわり、見込生産品は、売り手による値段の比較が容易です。だから逆オークションや、価格ドットコムのような情報サイトが成立しうるのです。

受注組立生産品とは、Dell Computerに代表されるような、オプション仕様の組合せで買い手が自由に作っていくタイプの商品です。自動車なども、ベースモデルは決まっていますが、多種多様なオプションを選べるようになっている点で、このカテゴリーに近いですね。なお、ここで、見込生産品よりも購買の「自由度」がちょっぴり上がったことにご注意ください。そのかわり、値段の比較はやや単純ではなくなります。

繰返し受注生産の品目とは、機械部品や電子部品などに多く見られる種類のもので、基本的には買い手側の設計仕様で、注文に応じて繰り返し作られるものです。Kさんの工場で必要とする特定部品ですから、仕様の面では思い切りわがままがききます。ただし、売り手との関係は固定的で限られています。値段を比較したかったら、いくつかのサプライヤーに対して、御社の仕様を公開し、競争させる必要があります。また、発注リードタイムはカタログ品などより当然長くなりますので、納期確認を発注後もつづけるのが望ましいでしょう。さらに、納品されたものの品質が要望に添っているか、ご自身で検査する必要があります。

4番目が個別受注生産の品目です。これは、サプライヤーに新規設計からさせるような品目で、産業機械や建築設備機器などがあたります。私の勤務先のようなエンジニアリング会社は、ほとんどの購買品目がこれです。情報システムの発注などもこの部類ですね。相手側に設計をさせるわけですから、発注までも発注後もエンジニアが購買担当者と二人三脚で仕事を進める必要があります。相手先の工程管理も品質検査も輸送手段もケアしていかないと、思い通りの品物が希望する納期に入らなくなるかもしれません。

おわかりでしょうか。仕様面での自由度が上がれば上がるほど、納期も延びるし、調達の手間もかかり、価格のネゴもむずかしくなっていきます。無理に値切れば、品質・納期が犠牲になりかねません。ここを改善するためには、相手の業務プロセスを理解し、事前にさまざまな情報を開示しながら、相手が動きやすいように誘導してやる必要があります。

いいかえるならば、調達の目的は、自社の生産の要求仕様にかなったマテリアルやサービスを、予算の範囲内で、円滑に滞りなく供給できるよう、サプライヤーをしむけることにあります。品質も、価格も、納期も、調達先の生産システムの働きによって決まります。すなわち調達とは、サプライヤーが適切に生産管理できるよう、サポートする仕事なのです。調達が奥の深い業務である、というのはこのためです。

Kさん。ご質問の中には、調達組織の件がありました。集中購買がいいのか、工場ごとに分散購買がいいのか。多くの人は、「集中購買がいいはずだ、たくさん買えば安くなるはずだから」と安易に考えがちです。しかし、私が単純にその意見に同意しがたいのは、上記のような検討の視点が欠けているからです。

最後に、あえて聞きにくいご質問をさせていただきます。御社では、調達の担当者は何で評価されるのでしょうか。まさか、コストダウンだけではないですよね。上に書いたように、コストと品質と納期にはトレードオフがあるのです。

それと、そもそも調達という仕事は積極的に評価されているのでしょうか。つまり、出世して、役員になったりする可能性はありますか、というご質問なのですが。もし、調達の部門が会社の中であまり高い位置づけでないとすると、人のモチベーションも上がらない可能性がありませんか。そこを変えずに、「改革・改善」だけを押しつけて組織いじりをしても、あまり効果は期待できないかもしれません。御社が、そのような通り一遍のご判断をなさる会社でないことを、祈念しております。
by Tomoichi_Sato | 2009-01-14 23:56 | サプライチェーン | Comments(0)

一年の計は

2009年の仕事のサイクルが今週からまた、はじまった。それにしても1年前と何というビジネス・シーンの違いだろう。年初にあいさつしたベテランのプロマネは、ある自動車会社トップの昨年初と昨年末の発言の比較映像をTVで見て、同じ人とは思えない、と驚いていた。似たようなことは、エコノミスト達の発言にも感じられる。予測が当たらなくてもとくに給料に影響がないのがエコノミストという職業らしいが、たまには1年後の株や為替の予想について採点帳でもつくったらいいと思う。何が起こるか分からないのが実社会なのに、この人達はいつも自信を持って未来を予測したがる。

一年の計は元旦にあり、という諺は誰でも知っている。しかし、この『』が計画の計をさしていることは、案外忘れられているようだ。今年一年間の計画を年初に立てよ。希望を持って計画的に生きろ。--そう、この諺は言っている。ところで、そのかんじんの計画とは、どういうものだろうか? 前にも書いたが、私は計画立案という行為を、次の式で表している:

計画=予測+意志決定

計画とは、現時点から見てこの先どうなるか、という予測をまず行い、その上でいくつかの可能性や選択肢を評価して決断を下す仕事である。計画立案には、必然的に予測という行為がつきまとう。見積とか推定と言ってもいい。来月この製品の需要が増えそうだ、とか、あの分量の検査をこなすにはこれだけの人数と期間が必要だろう、といった予測があって、だから素材は来週手配しておこう、あるいはテストツールはこれだけ用意しよう、といった決定が定量的に行われる。「定量的に」というところがミソで、そこが抜けてしまうと願望もしくはスローガンになってしまう(“できるだけ頑張ろう”)。これが計画という作業の本質である。

そして、達成すべきことが決まったら、(1)必要なタスクを洗い出し、(2)タイムテーブルを作成し、(3)リソースを割り当てる、というスケジューリングの定石ルーチンに持ち込めばよい。ここまでは、従来からある生産管理とかプロジェクト・コントロールの世界の話である。

ところが、昨今は計画の背後にある目標設定自体が揺らいできている。先が見えない状況の中で、皆が自信喪失状態になり、少なくとも去年までの延長線上では無効だと感じているからだ。このような時代では、与えられた目標達成について"How"のみを考える「傭兵隊長」型のリーダーシップだけではダメで、自ら"What"の目標設定を行える「プログラム・マネージャー」型の行動が必要になってくる。

そもそも、私たちの一年の仕事の目標・ゴールとは何だろうか。ゴール、目的、目標・・・こうした言葉を、私たちはあまり区別無く使っているが、本来これらは別のものである。そして、これらを正しく識別することから私たちは再スタートしなければならない。

ゴールとは、いうまでもなく、それを達成すると仕事が完了となる条件である。それは何らかの製品であったり、あるいは設計図という成果物であったり、あるいは結果を伴うサービスであったりする。これに対して、目的とは、その仕事を行う本来の意図を指している。たとえば、展示会への出展を考えよう。開催期間の3日間ブースを借り、パネルを作ってパンフレットを配る、というのがゴールである。しかし、展示会の目的は、新製品のプロモーションであり、販売機会の拡大にある。目的はたいていゴールよりも大きく、ハイレベルのことがらである。

では目標とは何か。これは、達成の度合いを客観的に検証できるような形に表現したものだ。たとえば、パンフ2千枚を配布し、名刺200枚を収集する、あるいは製品認知度を5%向上する、といったものが目標である。目的と似ていて混同しがちだが、目標はつねに基準や尺度とワンセットになっている。「この製品の販売目標は・・」とはいうが、「販売目的は」とはいわない。これが違いである。

したがって、重要なのはこの「目的」のとらえ方にある。一年の計を考えるときには、数量だけの目的や、Be動詞であらわされる目的はかかげない方がよい。つまり、「売上10億円達成」だとか「業界シェアのトップになる」といった目的はやめておこう、ということだ。数字だけなら目標にすぎない。“~になる”というのはゴールでしかない。私たちはまず、はっきりとした意図にもとづく、ブレの無い目的を持つ必要がある。

とはいえ、組織の中のサラリーマンは、根源に立ち戻っての「そもそも論」が苦手である。会社組織といえども「パンのみに生きるにあらず」と私はつねに言ってきたが(「コンサルタントの日誌から」2002/2/08)、実際には“存続だけが自己目的化した組織”があちらにもこちらにも存在しているからだ。

目的を明確にし、ゴールを決めて計画を立てたら、目標を公言するべきだろう。予測という行為の下にある仮説を意識し、共有するのである(つまり、皆で“賭ける”わけだ)。先のことは分からない。分からないから、仮説を立て、計画する。皆が同じ仮説を持って仕事をすれば、個別の出来事にはブレずに、目標に向かって進めるようになるからだ。

多くの人は(例のエコノミスト達も含めて)この点を誤解している。先のことは分からないから、計画がいるのだ。見通せるから計画する、あるいは、見通せないから計画しない--たいていの場合は、この二分法に惑わされている。計画するから、主体的な意図を持って進めるのだ。見通せないから、自由度を確保して適応能力をあげる必要があるのだ。

×見通せるから、計画する = 計画のみの戦略(すなわち現実の変化に弱い)
×見通せないから、計画しない = 適応のみの戦略(自分の意志で変革できない)

それでも予想外のことが起こったら、どうするか。コンティンジェンシー・リザーブの範囲を超えたらどうするか? 

そのときは、「覚悟はできている」と口にしてみるのが良いかもしれない。これは養老孟司の口真似だが、空疎な『予測可能性』に立脚するリスク・マネジメントにしがみつくよりは、ずっと精神の健康には良さそうだ。先のことなど分からない、と思っていれば、予期せぬ思いがけない出会い、セレンディピティーとめぐり会う可能性もうまれてくる。先のことは予測できる、と信じている人は、この可能性を最初から閉ざしているのだ。

この正月、久しぶりに家族皆で過ごせた人も多かったと思う。現代の家庭は、普段はなかなか一緒に夕食もとれない。パパは残業で、ママもパートで忙しく、子どもは夜も塾に通っている。幼稚園からの競争社会だ。そしてよい学校に入り、よい学歴を得て、よい企業に就職し、さらに競争に打ち勝てば、順風満帆の人生が待っている・・そんな風に信じている親も多いらしい。だが、本当にそうですか? そんなに先のことがなんで分かるの? 自信を持って未来を予測する人ばかりそろったアメリカ金融界から、危機は始まったのではなかったか。

さて、私個人の、プライベートな今年の抱負をかいておこう。ここ数年間つづけてきた、また折にふれて発表してきた「リスク確率にもとづくプロジェクト・マネジメントの研究」をまとめて、世に問うことである。どんなプロジェクトのアクティビティにも、未知のリスクが付随している。そのことを前提として認めたら、プロジェクト評価の方法はどのように変わるか。従来のDCF法やコスト基準に基づくマネジメントの方法とどこが違うか。そして最適なプロジェクト予算は存在するのか。そうしたことを、できれば明らかにしていきたいと考えている。むろん、本業がそれを許せば、であるけれども。
by Tomoichi_Sato | 2009-01-07 23:56 | ビジネス | Comments(0)