<   2008年 07月 ( 5 )   > この月の画像一覧

契約なんかこわくない(2) 契約を設計する

あなたは、自分の仕事の契約書を、始めから終わりまで、真剣に目を通したことがおありだろうか。もしなければ、車のローンでも、不動産賃貸借でも、旅行保険でもいい、手近にある契約書を一つ、ためしに頭から全文読んでみることをおすすめしたい。実際に読んでみると、たしかに退屈だが、それほど理解困難ではないことに気がつかれると思う。少なくとも、法律の条文自体よりずっとわかりやすい。なぜなら、そこには構造と意図があるからだ。

契約書というものは、たいていの場合、構成が決まっている。まず最初に、契約の当事者の定義と、言葉の定義がおかれている。それから、契約の中心部分が、簡潔に記述されている。中心部分とは、権利と義務のバランスシートだ。たとえば、Aは製品何々をいつまでに納品する。Bはその代金をこれこれの手段でしはらう、といった形になっている。Aはひとつの義務を履行すると、それにみあう権利をBに対して得ることができる。義務と権利の間には、バランスシートの貸方と借方のように、一種の等式関係が成立する(そうでなければ両者は合意できない)。これを権利義務関係という。

ところで多くの場合、契約書本文には、権利義務関係の中心部分について、金額その他の具体的な詳細が、あまり書かれてない。たいていは「添付別紙を参照」という形になっている。これはなぜだろうか。もし契約書本文に金額や製品仕様の詳細条件などを書いてしまうと、多少の条件変更をしたくなった場合(そして変更は現実の仕事にはつきものであるが)、契約書自体を改訂して捺印手続きをやり直さなければならない。正式な契約書には、「印紙税」を示す収入印紙を貼らなくてはならず(これは法律で契約金額に対する%が決まっている)、契約書を作り直すとこの費用も発生する。そこで、詳細は別紙に定めることにして、別紙のみを増補・改訂していくやり方をとるのである。

さて、中心部分の記述のあとには、権利義務関係を補完するような周辺的な条項が並ぶ。そして、契約の発効・更新・解消の条項がある。手続き論の部分だ。さらにそのあとにはたいていの場合、不測の事態に関する記述がある。言いかえるなら、義務が免除になるような免責条項だ。そして契約書の最後には、必ず「仲裁条項」と呼ばれる項目がある。この契約をめぐって紛争がおきたときは、どのような仲裁手続きをとるのかを書くのである。そして添付資料のリストをつけて、署名欄で契約書はおわる。

こうして見てみると、契約書とは、我々のよく知っているものに似ていないだろうか? まず主要変数の宣言がある。ついで、中心部分の処理がある。ただし、その処理の詳細は、別紙を参照する形になっている。つまり「モジュール化」をはかって、内部変数の詳細はメインから隠蔽しておくわけだ。それから周辺処理があり、起動と終了手続きがあり、最後に例外(異常)処理がある。契約書というのは、意外にも情報システムによく似ているのだ。だから、システムが分かる人は、契約の設計もできるはずではないか。

契約の構造設計について、もう一度まとめておこう。契約はモジュール化を活用することによって、契約書自体をあまり重くしないようにする。契約に必要な事項は、用語定義、当事者の確定、対象事項の確定、権利義務関係の記述、発効・継続・解消手続き、免責事項、紛争解決、などからなる。金銭や技術の詳細については、別紙として添付する。

では、契約の設計思想で重要なことは何か。私は、三つの原則をあげたい。それは、「当事者は対等であること」、「自由度が責任範囲を決めること」、「強制力があること」の三つである。

第一原則の「当事者は対等であること」とは何か? これは、発注者と受注者は本来対等であって、その権利義務関係はバランスしていなければならないということだ。もう少し言うと、一方のみが義務を負うような契約はできるかぎり避けろ、という方針である(こうした非対称な関係を片務性とよぶ)。たとえば、「納期に遅れたらペナルティを課す」という条項を客先が出してきたら、「そのかわり納期より早く完了したらインセンティブをもらえる」という条項を対案として出す。これが対等であることの意味だ。

当事者は対等であるので、契約の内容については互いに意見を出し合うことができる。あいにく我が国では、「お客様は神様」という言葉に象徴されるように、力関係は一方的であることが多い。いや、欧米でだって、たいていはお金を払う方が力が強いのだが、彼らの頭の中では、“両者は対等”という原則がある。だから受注側も権利は主張する。私がわざわざこんなことを書くのは、「日本ではベンダーは奴隷と同じですか?」と欧米人が口に出して質問したくなるような状況が、ときどき存在するからだ。

さて、第二原則の「自由度が責任範囲を決めること」とは何か。これは、当事者は自分に許された自由度の範囲を超えて、無限に責任をとらされないようにすべきだ、という意味である。前回、「おまかせ」と「お好み」の寿司屋の話を書いた。「お好み」では製品の選択の自由度は買い手側にある。だから注文した結果が自分の好みに合わなかった場合、客は追加でお金を払って別のものを買い直さなければならない。逆に「おまかせ」の場合、客は出されたものを食べるしかない。そのかわり、代金は一定金額で納まるのである。むろん、出した寿司の品質が明らかに低ければ、寿司屋の側が責任をとって作り直す必要がある。

言いかえるならば、不確実性のリスクは自由度を持つ側が負担すべきだ、というのが第二原則である。さらに、免責条項の中の『不可抗力』として何をあげるかも、この原則から考えるべきだ。たとえば、原材料市況全体が急変して、(たとえば)平均指標が3割以上も上がったら、それは不可抗力として価格再交渉の条件としてあげておくべきかもしれない。むろん、相手が合意するかどうかは、分からない。しかし第一原則「対等」を思い出して、まず主張はしてみるべきなのだ。

じつは契約の論理の根底には、「自分と相手は別の存在であること」との認識が横たわっている。自分と相手は他人であって、一心同体でも以心伝心でもないから、権利義務関係はできるかぎり明確化・文書化する、ということだ。また他人であるから、責任範囲には限界がある、ということでもある。

さて、つぎに第三原則「強制力があること」に進まなければならないが、また長くなりすぎたようだ。この続きは、さらに次回書こう。
by Tomoichi_Sato | 2008-07-26 23:59 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

お知らせ:PM Conference 2008で講演します

きたる8月1日、翔泳社主催「PM Conference 2008」で、『プロジェクトのスケジュールと進捗をはかる ~エンジニアリング業界のベスト・プラクティス公開』と題する講演を行います。ご興味のある方、よろしくご来聴ください
by Tomoichi_Sato | 2008-07-21 23:25 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

契約なんかこわくない

ちょっと、考えてみていただきたい。あなたは、ある受託プロジェクトのプロマネだとする。受注前には顧客提示の要求仕様案を慎重に吟味し、複数の外注先にも引合した上で、顧客に見積金額を提示し、ネゴシエーションを経て無事受注に至った。ところが、スタート後半年たち、設計がほぼ終わった段階で、あらためて外注先に製造の見積を依頼したら、当初の予算の5割増の金額が出てきてしまった。理由は(例によって)仕様の増大と、昨今の原材料費高騰の影響である。3社引合いを出したが、いずれも同じような回答だった・・・

この状況の時、あなたならどうするだろうか?

(1)予算がないので、意中のベンダーに対し「指し値」で交渉する
(2)発注経験はないが、安いと評判の新規ベンダーをみつけて発注する
(3)中国企業に引合いを行い、オフショア製作にチャレンジする
(4)3社の中から発注先を選び、客先には追加予算を請求しない
(5)顧客に窮状を説明し、もっと追加予算をくださいと要求する

実際に人にたずねてみると、答えはまちまちだ。多いのは(4)か(2)で、(3)は最近、人気がない。属する業界や職種でもちがうのだろう。(1)という答えは口に出さないが、現実には指し値交渉はあちこちで見うけられる。昨今の偽装問題の根っこはここらへんにあるのかもしれない。

ところで先日、関西のあるワークショップでこの問いを出したところ、(5)という回答が思ったより多かったのでビックリしてしまった。関東人である私の身の回りでは、あまり出てこない発想だからだ。契約で金額が決められている限り、身勝手な「お願い」はできない(少なくとも自分はしたくない。営業の人が代わりにやってくれるなら別だが・・)。そういう関東武士の矜持(?)があるようだ。だが、どうやら大阪では文字通り『浪花節』がまだ生き残っているのかもしれない。ま、お互い長いつきあいやないか。

困ったら取引先が助けてくれるという関係は、「契約は契約ですから」という“水くさい”関係とはずいぶん違う。そういう浪花節だけでこの世が回っていくなら、ある意味でリスク管理などいらない。泣きつけばいいわけだ。そのかわり、義理人情は「無限責任の世界」でもある。そうした息苦しい世界には、住みたくても住めない時代を私たちは生きている。

さて、そこで冒頭の問題である。じつはこの問題には正しい答えがあるのだが、おわかりだろうか?

正しい答え--それは、「とるべき選択肢は契約の内容による」である。もし、あなたの契約が、一括請負契約(Lump Sum Turn Key = LSTK Contract)だったら、(5)は普通、選べない。しかし、実費償還契約(Cost Reimbursable Contract)だったら、あなたは胸を張って客のところに行き、追加分を請求できる。

一括請負と実費償還は、受託プロジェクトにおける契約の、二大方式である。前者はいわば、「おまかせ」型であり、後者は「お好み」型である。寿司屋に入って、「おまかせ」で食べたら一定の料金だけ払えばよい。そのかわり、あなたは好きなものを勝手に食べるわけにはいかない。「お好み」なら、自分の側に自由度があるが、そのかわりかかった費用は相手側の手間賃を乗せて支払わなければならない。

実際にはこの両者の間にはさまざまなバリエーションがあるのだが、日本では圧倒的に一括請負契約が主流である。だから最初の問題を聞いたたいていの人は、無意識に(5)は避けるのである。一括請負ならば(5)の選択肢をとる権利はないからだ。

それでも、一括請負契約で(5)を主張できるようにするためには、契約書を設計するときに、明記しておかなければならない条項がある。私は今、意識して「契約を設計する」と書いた。契約の方式と内容を考えること--それは、プロジェクト・マネージャーの最も大切な仕事の一つなのだ。それなのに、とくにIT業界では、「契約は法務か営業の仕事」「契約書なんて読んだこともない」などというプロマネが多すぎる。プロマネは技術者あがりで、契約やら法律はわからないから、人に任せてしまう。あんな日本語離れした変な文章、見るのもやだ、というわけだ。

浪花節だけでは成り立たぬ今日、契約は、あなたを顧客の気ままから守る、ほとんど唯一の有効な手段である。そして、契約の設計は、べつに法学部出身でなくてもできる。いや、やらなければならない。契約を知らないプロマネは、6割しか役に立たないといってもいい。そこで知っておくべき原則は、基本的に三つしかないのだ。だが、いつもの私のくせで、前段が長くなりすぎたようだ。契約書なんて別にこわくない。この続きは、次回書こう。
by Tomoichi_Sato | 2008-07-17 23:32 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

受注生産という名前の見込生産

生産管理の教科書をひもとくと、最初に「生産形態と生産方式」という話が出てくる。そして、製造業は『見込生産』と『繰返し受注生産』と『個別受注生産』に分類できるとの説明がある。いうまでもなく、見込生産は自社が需要を見込んで、先に生産してから販売する形態である。受注生産は逆に注文を受けてから(=需要が確定してから)生産する形態で、それはさらに、すでに設計済みの製品を受注に応じて繰り返し作るケースと、設計自体から個別に着手するケースとにわけられる。

見込生産品は一般消費者向けの製品が多い。家電だとか自動車だとか日用雑貨品など、TVでコマーシャルをうって名の知られている企業の製品だ。そこで、つい生産形態というと見込生産が中心のように感じている人が多い。しかし、自動車一つとってみても、車両メーカー1社の下に、多数の部品メーカーがぶら下がっている。家電なども同様だ。つまり、見込生産よりも受注生産(とくに部品メーカーなどの場合は繰返し受注生産)をとる企業の方が、数としてはずっと多い。少なくとも日本では、受注生産企業が製造業の主流である。

生産形態の区分は、じつは製品の企画(仕様決定)を誰が主導するのか、という話とも重なる。見込生産では、自社で企画・設計した製品を作る。そして自社製品としてカタログにのせている。一方、受注生産では、顧客の指定した仕様に応じた製品設計となる。内部機構等は自社技術かもしれないが、少なくとも外部仕様は顧客側の要求に応じるわけである。もっとも、中には、製品の需要がきわめて限られていて間歇的なため、自社のカタログに載せてはいるが、実際の製造は注文があったときのみ行うケースもありえよう。とはいえ、これは例外であって、受注生産は顧客仕様に従う、というのが暗黙のルールだ。

以前も書いたとおり、生産システムとは需要情報をモノの供給に変換するための仕組みであり、生産管理のゴールは需要と生産を同期化することである。受注生産では確定した需要を起点にできるのだから、少なくとも、作りだめと在庫ストックは不要となる。そのかわり、部品・材料製造の業界は利幅が薄くても我慢できる--はずなのだ。

さて、以前、ブレーキパーツの保安上重要な部品をつくっている会社を訪問した。この会社は自動車メーカーが主要顧客だ。その経営者と話していたら、こんな悩みを打ち明けられた。「うちの工場は、プッシュ生産とプル生産が混在するので困っている。どうしたらいいのかアドバイスしてほしい。」

ここでいうプッシュとかプルとかは、すなわち見込生産と受注生産を指すらしかった。ちなみに、自動車会社へのサプライはカンバンないし電子カンバンでの発注/納入が主流だった。カンバンの引き取りの納期はわずか1日、つまり翌日納入である。注文が来たら問答無用、言われた数量分を納めなければならない。ところが、この経営者は具体的会社名は伏せながらも、「愛知向けは前月・前々月に受け取る発注内示から、当月の引取量がそれほどぶれない。しかし、愛知以外は精度が低いので難儀している。2万個必要だ、と前月言っていたのに、当月になると急に2万5千個納めるように、と指示がくる」という。

このような状況で、いったい何をすべきとアドバイスすべきだろうか? いうまでもないが、月に5千個も数量がくるうならば、その分だけあらかじめ作りだめして、製品在庫としてとっておくしかない。その自動車メーカーの内示予定がどれくらいブレるかによって、積み増すべき在庫量を決める必要がある。欠品すれば取引に重大な支障が出る以上、それ以外にとるべき道はない。

さて、それとはまた別の機会に、飲料大手向けに納入している容器製造メーカーを訪れた。ご存じの通り、飲料大手はたいてい容器をJIT納品するよう要求している。納入は日のみならず時間指定だ。そして、おかしなことに、容器メーカーは受注生産であるにもかかわらず、飲料大手の側は、なぜか発注書を切らないのだ。納品した数量だけ、事後に単価精算する。これが業界慣習らしかった。そして、営業への口頭指示にもとづいて、容器メーカーは工場を動かしていく必要がある。事前の発注内示量は、あまりあてにならない。

この容器メーカー向けに生産システムを設計していた私は、あるとき、はたと気がついた。「なんだ。これは受注生産ではない。サプライヤーの側が納入量を想定して、前もって生産しているのだ。つまり、これは顧客仕様品の見込生産ではないか!」

部品メーカーや容器メーカーは、典型的な繰返し受注生産だと思われているし、私もずっとそう信じていた。しかし、考えてみると、確定した数量の内示もなく、十分な製造リードタイムも与えず、直前になるまで納入量もタイミングも決まらない状況では、受注生産の形をした見込生産しか、対応する方法がないのだ。顧客仕様品だから、他への転売もきかない。読みが当たらなければ、ストックをかかえ続けるだけである。

なぜ、こんなことが起きるのか? 答えは、簡単だ。使用者(つまりセットメーカーや飲料大手など消費者の手に届く最終製品のメーカー)の側で、生産計画がふらふらしているからだ。気まぐれな需要に応じて、いつでも計画を替えたい--そう、彼らは考えている。しかし、そのために部品在庫を自分で持つことはしない。部品サプライヤーに言えば、すぐに持ってきてくれるからだ。

このために、サプライヤー側はどうするか? むろん、見込をたてて作りだめをするのである。あれほどJIT生産方式では避けるべきと言われている「作りすぎのムダ」を、じつは知らないうちに下請けに強制しているのである。それは、当然コストを伴う。

これがすなわち、確定できない世界における、計画変更のコストである。では、そのコストはだれがもつのか? セットメーカーの営業側費用では、なかろう。何らかの形で、製造原価にもぐり込んでくる。そして、そのツケは隠微な形で販売価格の裏側にまわされてくる。

以前、OR学会の研究会で、サプライチェーン・マネジメントに必要なことは、作り手の「コミットメント」と「リスクテーク」だ、と説明したことがある。先行内示の量を決めること。決めたら守ること。それがサプライチェーン全体からムダを排除する、最大の鍵である。すなわち、不確定な環境下で、需要を先読みして決断すること。そのために、何らかの仮説をもつこと。それを他社に伝えて共有すること。--これら一切は、従来の安定指向(大量生産)型日本企業では、許されない、存在してはならない行為だった。その証拠に、「コミットメント」も「リスクテーク」もカタカナ言葉で、しっくりくる日本語は存在しないではないか。

受注生産だが見込生産。これが、今日の産業において、どこにでもある「ありふれた矛盾」である。これを意識して解決しない限り、最終セットメーカーの競争力は本当には向上しないにちがいない。
by Tomoichi_Sato | 2008-07-08 23:46 | サプライチェーン | Comments(1)

あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由

この10年間というもの、日本の生産管理思想をリードしてきたのはトヨタだったといってもいい。長かった不況の間も、ほぼかわらずに大きな利益を上げ、東海地方をはじめ日本の多くの製造業をひっぱってきた。その地位と威光は誰も侮れまい。おかげで、トヨタ生産方式も多くのメーカーの範と仰がれてきた。大手電機メーカーなどもきそって著名なJITコンサルタントを迎え入れ、「生産革新」の名の下にトヨタ生産方式を導入しようと努力してきた。

ところでごく率直に言うと、トヨタ生産方式を導入しようとして、かえって生産状況を混乱させてしまうケースを私は何度かみかけた。どうもそれは、トヨタの真似をしようとして、いくつかの前提条件を忘れてしまうために起きているらしい。そこで今回は、あえてその条件を5項目にまとめ、チェックリストの用に供しようと思う。名付けて、「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」である。では、まず第一の条件:

1 最終消費者への販売量が官庁統計から正確にわかる

自動車は消費者の手に渡ると、かならず国交省陸運局に登録し、ナンバーを発行しなければならない。むろんメーカーからディーラーに出荷しただけの段階では、ナンバープレートはいらない。官庁の側は、毎月、どの車種が何台登録されたかを、正確な統計情報としてつかんでいる。つまり、最終消費者への販売量が官庁統計としてわかるのである。これは自動車業界の特徴と言っていい。パソコンや家電や飲料食品では、こうはいかない。どうしても販売店へのヒアリングや調査会社を使っての間接調査に頼ることになる。

最終需要をいかに素早く、正確にとらえるかが、生産方式決定の起点である。なぜなら、生産システムとは需要情報を製品に変換するための仕組みだからだ。自社工場から、卸や販売会社に渡ったら、あとはさっぱり分からないようでは、かなりアバウトな、目の粗い需要情報しか手に入らない。そんな状態で、どうやって「カンバン」や「一個流し」や在庫低減を実現できるというのだろうか?

2 商品の季節性がほとんどない

これも自動車産業の特徴である。むろん正確に言うと、自動車販売自体は月別にそれなりのパターンがある。しかし、「夏仕様」と「冬仕様」で製品自体が違う、というようなことはない。旺盛な年末商戦の需要に対応するために、秋から初冬にかけて作りだめする、などということもない。まして、暑夏か冷夏かを占うために長期予報にたよる必要もない。自動車産業というのは、年間を通じて、きわめて「平準化」に向いた商品特性をしているのである。

3 販売チャネルの店頭で異なるメーカーの商品が競合しない

あなたが大型カメラ店にいけば、ソニーと東芝と松下の製品をじかに触って比較できる。値段の違いも一目瞭然だ。店員は違いや優劣について、公平に教えてくれる。公平じゃないと、むしろ客の側から疑われる。ビールや雑貨や書籍も同様である。こうした世界では、需要の決定力は、メーカーではなく、顧客に接している販売チャネルやチェーンストアの側がもっている。

ところが、自動車ディーラーの世界は、いまだにメーカーの系列で縦割りになっている。ディーラーの店頭で、トヨタとホンダと日産のコンパクトカーを直接比較して乗り比べる、などということはありえない(ま、中古車は別として)。おわかりだろうか。シェアは直接の商品力ではなく、チャネルの販売力に依存しているのだ。それゆえ、トヨタは生産・販売両者が統一した生産数量の計画で動くことができる。

それどころか、トヨタでは販売計画へのコミットメントとひきかえに、販売側に一定数量の製品引き取り義務を課すことさえしている。私の知っているトヨタのOBは、「車種も値段も納期も客のいうままに売るのなら、誰だってできる。そんな営業は仕事してないのと同じ事だ」とまで言っていた。これが安定した向こう3ヶ月の購買発注内示のベースなのだ。だから、安定した販売計画をもちえない他の自動車メーカーは、内示がひどく変動する。そんなところで無理矢理カンバンを動かしたら部品サプライヤーが疲労するばかりである。

4 トップマネジメントが生産管理を理解している

つぎは(ようやく)生産管理のことだ。

トヨタは生産管理出身者が社長になれる、いまや珍しい会社である。というのも、今日のたいていの製造業では、企画畑とか営業畑とか財務畑出身者が出世街道の主流を占めていて、生産管理出身など工場長止まりというケースが多いからだ。そういう会社では、生産管理というものは「現地・現物」から離れた、なんとなく抽象的な思想としてのみぼんやり理解されていて、真の問題解決指針がトップから降りてこない。

というのも、現代の生産管理における最重要問題は、需要(販売)と生産の両者をいかに同期化させるかにあるからだ。販売の要望に応じて生産側が一方的に同期化する、ではないことに注意してほしい。だから、ここまでの3条件は販売と商品のことばかりを書いてきたのだ。トップが生産調査部出身で、どうやってセル生産や一個流しで変動に機敏に対応するか、といった技術の悩みを理解してくれるようでなければ、どうしてうまく生産方式が回っていくだろうか(まあ、そもそも『生産調査部』なんて部署がある会社の方が少ないが)。

5 仕事のやり方を変えること自体が仕事の重要な目標である

他の会社からトヨタに2年ほど出向した経験者から異口同音にきいたことが、これだ。つまり、あの会社は仕事のやり方を変えることに抵抗が少ないのである。

「変えないことは悪いことだ」
「変革に反対するものは、せめて横で黙っていてくれ」
「トヨタの敵はトヨタだ」

これはみんな、会社が従業員に発信しているメッセージである。そして、これがトヨタ生産方式を支える最大の条件なのだ。だからこそ、「なぜなぜ5回」などという根本原因の探求に耐えられるのだろう。たいていの会社では、3回目くらいで『因習』にぶつかって、あとは口を閉ざすしか無くなるのがオチだ。ましてや、あえて問題を顕在化させるために、「アンドン」をあげて最終組立ラインをストップさせる、などというとんでもない芸当が正当化されるわけがない。むしろ生産ラインを止めたら大目玉を食らう、というのが世間の常識であろう。

仕事のやり方を変えることに心理的抵抗が多いまま、むりやり「トヨタ生産方式」を形だけ導入することほど、矛盾することはない。これこそ仏作って魂入れず、の典型である。

念のため書いておくが、(あの徹底ぶりには敬意を感じるものの)私自身は必ずしもトヨタの礼賛者ではない。むしろ、トヨタ生産方式が無条件にここまで権威を持って仰がれることに危惧を持つものだ。なぜなら、しばしばそれは錦の御旗ないし御印籠として、人を思考停止に導きかねないからだ。たぶん、あなたの会社は(そして私の会社も)トヨタではない。それだけではなく、立脚しているビジネスの前提条件も、違うのだ。違う土地には、違う樹木が育って、ことなる実を結ぶ。それがどのような形のものかは、あなたと私が自分で必死に考えなければならないのだ。

蛇足:
応用問題として、「あなたの会社にDell生産販売方式(BTO)が向かない5つの理由」も、考えてみるのをおすすめしたい。
by Tomoichi_Sato | 2008-07-01 00:15 | サプライチェーン | Comments(5)