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アメリカ製造業の衰退

その写真を見た者は全員、目を疑った。火炎バーナーのついたフレアスタックの高い煙突の先端が熱で溶融し、まるでロウソクのように日を追って短くなっていたのだ。中東でプラント建設に従事して帰国したエンジニアは、製造元である米国の某メーカーを名指しして、『顧客の指定でしかたなく発注したけれども、もう二度と使うべきではない』と報告会で叫んだ。

フレアスタックとは、プラントで随時発生する、可燃性だが品質が低くて利用できないガスを燃焼し無害化して大気に放出する、バーナー付きの煙突である。プラントで先端に炎が燃えている煙突を見かけたことがあると思う。その煙突が、自分の燃焼熱でどんどん溶けて短くなったら、とても使えたものではない。明らかに不具合である。だが、彼の話では、メーカーは決して自分の非を認めず、まとまに誠意を持って対応しないままだった。契約納期に追われているので、結局仕方なく、日本のメーカーに再製作を依頼せざるを得なかったという。

そのエンジニアが怒ったのは、むろん、設計/製造における不具合もある。しかし、それ以上に腹立たしかったのは、クレームに対する応対のわるさであった。やりとりの詳細はきかなかったが、私も自分の体験から、どんな木で鼻をくくったような返事が返ってくるか、容易に想像がつく。契約の文言だけを盾にとり、黒を白と言いくるめつつ、他者のみを非難する。技術者と話しているというよりも、弁護士と話しているような感じなのだ。

アメリカという国が、製造業に対する興味を失って、大分たつ。かつてはあの大国の国民経済を支えた製造業が、今やGDP比率で14%以下しかない。雇用面で見ても、製造業で働く人間は、10人中1人ちょっとしかいない。私の友人には技術者が多いが、彼らはもはやかなり少数派の、マイノリティ的存在である。米国APICSの会誌も、年々薄くなっていき、もはや同封の広告程度になってしまった。

それに平行するように、製品リコールも増大している。記憶にあるかぎりでも、制御弁、PLC(機械制御用のロジック・コントローラ)、液体用安全弁、などなど様々な製品が欠陥が見つかり、回収対象になった。われわれプラント・エンジニアリング会社はそうした製品をつかって作った工場の顧客にたいして、きちんとした情報提供をする義務がある。しかしそうした欠陥製品を生み出す米国メーカーはたいがいどこかに買収されており、ひどく事務的な木で鼻をくくったような対応しかしない。なぜかって? ちょっと考えてみてほしい。働いている人間は、いつ首を切られるか分からないのだ。だとしたら、顧客よりも経営者の方だけを見て動かざるを得なくなる。

マネジメントを科学する」に書いたように、アメリカはテイラーの科学的管理法の理論を生み出し、さらにフォードの流れ作業方式による大量生産工場を生み出した。その二つは、米国を製造業によって世界第一の大国に押し上げる力をもたらした(それ以前の米国はむしろ農業国だった)。しかし、'80年代に入る頃には、米国製造業にはさまざまな問題が発生していた。ワシントンの政治家たちは、海外企業のダンピングだとか為替のせいにしたがったが、明らかに製造業の経営自体に、何かおかしな点があったのだ。どこでどうしてこうなってしまったのか?。

その答えは、アメリカの経営思想の中にあるはずだ。とくに、本社重視・現場軽視の思想の中に。それは、製造現場を単なるコストセンター、単なる道具と見なす考え方につながっていく。おかげで、80年代から米国企業は安い製造コストを求めて、どんどん海外に工場を移転していった。'90年代の初め頃、米国の友人が「In this country, 'production' means buying something that looks productive」と手紙に書いてきたのを思い出す。

その結果、何が起こったか。技術の空洞化である。技術とは、(私もエンジニアのはしくれだから書くのだが)科学の理屈だけでなく、現実からのフィードバックによって確立していくものである。その現場を、すべて自分の外に出してしまったのだ。「お前はおれの設計図と契約書の通りに作ればいい」という風に指示することがエンジニアの仕事になってしまった。そうなると、現場の問題から生まれる知恵や改良は、外注先のものになる。こんな状態が3年も続けば、賭けたっていい、自分の技術勘が無くなっていくのだ。

私は、米国人の技術屋の友人たちの顔を思い起こすたびに、こんな状態を残念に思う。彼らだって、エンジニアらしく、良い仕事をして満足したいのだ。しかし、経営がそれを許さない。

とはいえ、ふと我に返って思うこともある--はたして我々の国でも、それは他人事なのだろうか、と。
by Tomoichi_Sato | 2007-09-30 23:49 | ビジネス | Comments(2)

外注のスケジュール・コントロール

カミカゼ・タクシーという言葉があるなら、その運転手にこそふさわしい呼び方だった。ある外国企業とジョイント・ベンチャー・プロジェクトを始める打合せのために、我々は空港からタクシーを拾ったのだった。目的地まで何分かかるかたずねたら、運転手は答える代わりに猛スピードで走り出した。高速道路を時速120km以上で飛ばしながら、混み合う車の列を、ほんの10cm間隔ですり抜けて走る。

「寿命が縮むかと思ったよ。」目的地について、助手席からふらふらになって降りた営業部長はそう言った。「ガイドブックには約40分って書いてあったが、たった15分で来たものな。」

初顔合せの相手と組んでプロジェクトを始める時の気分は、初めての外国でタクシーに乗る時の緊張に、少し似ている。道は分からず、言葉はロクに通じず、しかも荷物も時間も相手に任せきるしかない。ひどい回り道をされて、余計な運賃を請求されるケースも多い。かのカミカゼ運転手は、最短経路を最短の時間で運んでくれて、メーター通りしか請求しなかったのだから、まだ良心的な部類だったと思うべきだろう。

私の勤務先・日揮はエンジニアリング会社だが、プロジェクトの8割近くが海外向けである。国も場所も毎回異なるため、初顔合わせの相手とパートナーを組んだり、初めてのベンダーから重要な資材を買ったりしなければならないことが多い。相手を選ぶときは会社が定めた手順に従い、慎重にも慎重を期するし、契約書や調達仕様書には成果物も納期も品質も支払い条件も、事細かにしばりを入れている。

だが、それでも、予定通りに満足すべきアウトプットが出てくるかどうか、勝手に余計な回り道をされて、追加の手間や費用が発生しないか、ひやひやしながらつき合わなければならない。相手に支払うコストや役務のスコープは、状況を見て増減できる。しかし、時間はいったん失ったら二度と戻ってこない。身柄をあずけてタクシーに乗るのと、同じ気分なのだ。

気心の知れた相手と、くり返し同じ種類の仕事をする時と比べて、初顔合わせのプロジェクトでは、過去の経験値がない分、プロジェクトの進め方に注意が必要となる。では、初顔合わせの相手とのプロジェクト・スケジュールを立案する時は、どうやって期間(納期)の見積をすべきだろうか?

答えは簡単で、相手に聞くしかないのだ。--タクシーと同じである。旅行ガイドブックには目安の時間が書いてあるだろうが、混雑状況次第でいくらでも変わりうる。自社内で仕事をやる場合や、系列企業に発注する場合は、「これこれの期間内でやってほしい」と依頼することができる。しかし、未知の相手と初めて組む場合、過去の経験値の蓄積がないから、向こうの納期回答をまず聞く必要がある。

大事なのは、この時の聞き方である。単に納期をたずねるだけでは不十分だ。必ず、結果に至るプロセスをたずね、そのステップごとに工期を分解して聞く。そして、どこでチェックポイントを入れるか、考えてみる。

たとえば、エンジニアリング業界で資機材を調達する場合、ベンダーに発注書を出してから、納品まで腕組みをして待っているようなことは絶対にしない。資機材のほとんどが個別受注生産品であるため、発注の後にも、
 (1)キックオフ・ミーティング
 (2)設計図面の提出と承認
 (3)主材料の購買手配
 (4)工場での製造開始
 (5)工場立合い検査
 (6)工場出荷
 (7)納入先到着
といったマイルストーンを定めて、それぞれの予定期日をたずねる。このように分解すると、従来経験した類似のケースから見て、相手の見積の妥当性を部分的には検証できるようになる。

無論、こうした方法をとっても、相手の納期回答を完全に信頼して良いものか、確証はできない。そこで、初顔合わせの相手を選ぶときは、納期だけでなく、相手のスケジュール管理能力自体を評価する必要が出てくるのである。

たとえば、「チーム員は毎日、工数実績と進捗を記録していますか」という質問をしてみる。日報や週報を、勤怠管理の一環として、記録させている会社は多い。しかし、たいてい実態は、週1回まとめて書き込むだけだ。実績工数の集計結果が出るのは月1回だったりする。しかも進捗状況までは記録していないケースが多い。理由は、進捗の測り方(業務プロセスやWBS)が標準化されていないからだ。

これでは、プロジェクトが今どこまで進んでいるのか、あとどれだけ工数(費用)が必要なのか、リアルタイムに把握できない。たとえて言えば、たまにメーターを見るだけのタクシーの客と同じで、なりゆきまかせだ。これで予定通りプロジェクトが完了したらおなぐさみである。

ところで、最近はGPSとカーナビを積んだタクシーも増えてきた。自分の位置がリアルタイムに把握でき、到着時刻も見積もりやすい。ならば、現代のホワイトカラーが集まって進めるプロジェクトだって、GPS的な仕組み=進捗マネジメント・ソフトウェアが必要だと、そろそろ気づくべきだろう。

ただし、いかに精密なGPSを積んでいても、偶発的な渋滞が起こるのを防ぐことはできない。プロジェクトでは必ず、計画外のリスク事象が起こる。プロマネはそれを事前に察知して、『渋滞』を避けるよう進路を変える能力を持たなければならない。

そこで、私は、初顔合わせの相手から見積をもらったときに、上記とは別に、相手のプロマネに対して、必ずこう質問することにしている:

 「あなたのスケジュールのクリティカル・パスは何ですか。そして、スケジュールのリスク要因は何と何ですか?」

これに満足に答えられない相手とは、原則として仕事をするべきではない。たとえ仕事をするとしても、こちら側がスケジュール・コントロールにかなり工数を割かなければならないだろうと、覚悟して実行予算を決める。

理由は明らかだろう。クリティカル・パスとリスクを読むこと--これがスケジュール管理能力の最大のポイントだからである。
by Tomoichi_Sato | 2007-09-23 23:42 | 時間管理術 | Comments(0)

マネジメントを科学する

マネジメント論の系譜をさかのぼると、いまからちょうど100年前、アメリカのF・テイラーが提唱した『科学的管理法』にいきあたる。鉄鋼会社の技師長であったテイラーが考えたのは、工場における労働者の生産性を上げるにはどうしたらよいかという問題だった。テイラーは労働者の作業動作を時間の観点から分析することからはじめた。ストップウォッチを片手に、どのような動作をおこない、どのようなタイミングで休憩をとるのが一番生産性を高めるか、さまざまな観察と実験をおこなう。そして、そこからベストの作業手順を編み出すのである。

彼が実際に示した有名な例は、工場で銑鉄(ズク)のかたまりを運搬する作業だった。それ以前の現場では、労働者がどんなに頑張っても一人一日あたり12.5トンが限界だった。しかしテイラーは時計で時間を計りながら観察と実験をくり返し、作業を改善していく。そしてその結果、労働者の運搬量はなんと1日47トンまで増大した。しかも彼は休憩の頻度と長さについても改善し、1時間のうち働いている時間が平均25分、休んでいる時間が35分がベストであることを見いだした。つまり、労働時間の半分以上は休憩しているのである! 究極の時間管理術だといえよう。

テイラーの時代、労働者の賃金は日給や時間給ではなく、出来高払い制が多かった。すなわち、彼の科学的管理法のもとでは、労働者は前よりも多く休んで、かつ高い賃金をもらうことができるようになったのだ。また経営者の側も、4倍もの生産性向上を得ることができたのである。今で言うWin-Winの関係だ。

テイラーの手法は、タスク(Task=課業)の概念、作業の分解と標準化、そして計画と実行を分離した機能組織からなっている。とくに時間研究と作業研究は科学的管理の中心手法として発展した。これを、IE=Industrial Engineeringと呼ぶ(日本語では「経営工学」とよばれる分野である)。そして、この手法は米国産業が大量生産時代に突入するとともに、どんどん普及していった。

ところで、ここまで読んだ人の中には、「マネジメントとは、単なる動作の改善よりももっと広い仕事だろうに」と思った人もいるにちがいない。そのとおりだ。では、その広い仕事とは、いったい何をさすのか。どうすればうまくいくのか?

ここに、アンリ・ファヨールというフランスの鉱山会社の社長が登場する。この人はテイラーとほぼ同時代の、手腕ある経営者だったが、抽象思考も得意だったらしく、『管理過程論』という考え方を提唱する。マネジメントの仕事とはプロセス、すなわち「何を」でなく「いかに」を組み立てることだ、とファヨールはいう。そのために彼は、今日でいうPDCAに相当するマネジメント・サイクルを定義する。さらに、組織における「ライン」と「スタッフ」の分化を明らかにし、また、マネジメントにおいて従うべき原理原則を定義した。

エンジニアリング(工学)的観点にたつテイラーに対し、ファヨールは組織とルールという社会科学的な切り口から問題をみている。しかし、この二人に共通しているのは、「マネジメントは科学的でなければならない」という意識だ。経験や慣習や勘や度胸だけでなく、合理的なアプローチで改良されるべきだ、という信念だ。トップの出身階級や性格や人徳だけでは、人はうまく動かないと、彼らは考えた。だからテイラーとファヨールは、今日の経営学の創始者とよばれている。

ちなみに、テイラー以前のアメリカの産業界では、マネジメントとは労働者を命令と賃金と罰則で動かすことと同義語だった。これはすなわち、奴隷制のプランテーション経営の発想である(アメリカの産業革命を支えた労働力は、南北戦争の結果として奴隷状態から「解放」されて都市に流入してきた黒人労働力だった)。このような奴隷労働的な経営思想は、現代に至るまで米国流マネジメント観の底に流れていてることも忘れてはならない。彼はこうした思考法に変革を起こそうとしたのである。

さて、戦後日本は、機械や電子など要素技術の導入には熱心だった。が、管理技術には(統計的品質管理を除けば)あまり関心がなかったようだ。だから今でも、IE屋が全く居ない工場、原理原則を学ばないプロジェクト・マネージャー、管理過程論のことを何も知らない経営者が少なくない。

今日のマネジメントは素人がやっている」と100年前のテイラーはなげいた。それから1世紀たった今、我々はどれだけ前進したのだろうか。世間の経営流行をおって右往左往していないか。彼らの残した宿題を、我々はまだやり終えてはいないのである。
by Tomoichi_Sato | 2007-09-15 23:57 | サプライチェーン | Comments(0)

クールなSCM専門企業ベスト10社とは

ARC Advisory Groupは、米国の製造業向け調査会社の老舗である。とくにオートメーション業界の動向に強い。そのARCが7月に、ちょっと面白い記事を流していたので紹介しよう。それは、"10 Coolest SCM Boutique Consultants" すなわち、「今、一番クールなサプライチェーン・マネジメント専門企業10社」という内容だ。

SCM関連業界を洋服業界にたとえるならば、IBMのような大型百貨店、SAPやi2 Technologiesのような大手メーカーがいる。しかし、記事を書いたSteve Banker氏が対象に選んでいるのはboutique、すなわち専門店に相当する、小粒だが個性のある企業だった。どの会社とどの会社が選定されているのか、くわしくは原文を見ていただくとして、ここでは興味深い何社かをあげてみよう。

たとえば、Clarkston Consultingというコンサルティング会社がある。Clarkston社は、特定業界にフォーカスすることで特色を出している。得意分野は消費財とライフサイエンス分野である。これらの分野では、SCMそれ自体の確立に負けず劣らず、製品戦略の策定が重要になる。それは商品企画やイノベーションの領域までを含む。彼らはしかし戦略を策定するだけでなく、システムの導入までもおこなう。実績で一番多いのはSAP(APOを含む)だが、CASやOracleが選ばれることも多いという。コンサルタントとしてベンダー中立な点がポリシーの一つであるようだ。

あるいは、Chainalyticsも面白い。この会社は主にサプライチェーン・ネットワークのデザインを主力としている。すなわち、どことどこに物流拠点を置き、どのような輸送手段を用い、どこにどれだけ在庫を持てば最適か、といった問題を専門にするのだ。これは広大な米国では、中規模以上の企業にとって、つねにつきまとう悩みである。(この種の問題は私たちもトライしたことがあるが、日本は狭くて道路網が発達しているため、アジア広域で水平分業しているような大企業を除けば、ニーズが少なくてビジネスとして成り立たない)。同社の強みは、全米および海外での、ロジスティックスに関するコスト・データをかなり持っていることである。

enVista社は、SCEシステム(サプライチェーン実行ソフト)導入の専門企業だ。SCEシステムが何であるかについては、『SCE(Supply Chain Execution)ソフトとは何か』(生産計画 ワンポイント講義)を参照されたい。いわゆるWMS(Warehouse Management System=倉庫管理システム)や輸送管理・作業者管理などのソリューション構築にたけている。彼らもまた輸送コストに関する独自データベースをもっていて、顧客の実際の物流コストをオーディットし、どれくらいの節約が可能かを分析するサービスもおこなっている。

しかし、一番おどろいたのは、リストにOliver Wight Internationalが入っていたことだ。故オリバー・ワイトといえば、'70年代に「MRP十字軍」の名前のもとに、全米の製造業にMRP Ⅱの思想を普及して回った人物ではないか。彼の、米国における生産管理思想への貢献はきわめて大きい。その彼のコンサルビジネスを継承して、計画系のプラクティスを支援する会社が30年後にも生き残っているのだ。これは、米国におけるMRP Ⅱが、ERPに支えられながら、いまだに主流として継承されていることを意味している。

こうした専門コンサルティング・ビジネスの会社が米国で成り立つことは、日本とは大きな違いだと言えるだろう。日本では、コンピュータ・メーカー、大手会計系コンサル、金融系SI総研などが、大企業の信用力とブランドで市場を系列化してしまっており、知恵だけでビジネスを立ち上げて伸ばすのは容易なことではないからだ。

とはいえ、よく考えてみると、それは米国産業のあり方の変化にも、関係しているのかもしれない。たとえば、別の老舗調査会社AMR Researchが最近の記事に書いているように、3PLやロジスティクスの世界にも、業界内合併や投資銀行による買収の波が押し寄せてきている。たとえばSchenkerによるBAX Global買収($1.2B)、Deutsche Post/DHLによるExel Logistics買収($6.6B)などは前者の例だし、Apollo ManagementがTNT logisticsとEGL Global Logisticsを買収したのは後者だろう。

こうした合併や買収の後には、必ず物流ネットワークの整理、拠点の集約化、情報システムの共通化、そして人員削減などがおこなわれる。そのとき、プランを出すのは誰だろうか。合併や買収をリードするのは本社にいるMBAあがりのマネージャーや財務マンたちで、彼らは現場の状況をよく知らない。しかも米国企業はある意味でトップダウン、上意下達の組織であって、現場の知恵に上層部が耳を貸す風習はない。そうなると、呼ばれるのは外部のSCM専門家たちである。かれらが現場に分け入ってデータを収集し、分析検討の結果、案を出す。

かくして米国では、複数の企業・地域のデータを保有するコンサルビジネスが成立する、という具合である。たしかに、これにより横断的な比較とベンチマーキング、ベスト・プラクティス確立が促進されるといっていい。それは一つの知恵ではある。日本企業にときおりあるように、自社内の経験知だけでものを考える内向きなスタイルには、いらいらさせられるのも事実だ。しかしその一方で、エンジニアとしての私は、現場の知恵を計画や設計にフィードバックできる、統合された組織の姿に、より大きな価値を感じるものだ。スマートでクールなコンサルが軒を並べる米国の姿に、多少の違和感をぬぐえないのである。
by Tomoichi_Sato | 2007-09-06 21:51 | サプライチェーン | Comments(0)