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WBSのつくり方

WBSは、「仕事のBOM」である。私は最近、そう説明することにしている。プロジェクトという、始まりと終わりがある仕事の全体像を表現するには、それを構成している仕事の部分品ひとつひとつに分解して、どういう構成になっているかを示すのが一番分かりやすい。それがWBSである、と。

WBSはWork Breakdown Structureの略である。プロジェクト・マネジメントで使う用語だ。このWorkという英語はいささか多義語で、仕事(人の作業)のこともさすが、加工対象物(モノ)のことをも意味する。そのせいかどうかしらないが、WBSの作り方には従来、二通りの考えがあった。

まず、WBSは人の作業の構成表である、とする考え方がある。システム開発プロジェクトという仕事は、「要求分析」「設計」「実装」「テスト」「移行作業」などとブレークダウンしていく。「設計」はさらに「基本設計」「詳細設計」「実装設計」に分けることもできるだろう。これはある意味で、仕事の進む順序=プロセスを表現しているとも言える。別の例で言えば、製品開発プロジェクトという仕事のWBSは、「製品企画」「市場調査」「設計」「試作評価」「量産準備」というわけだ。

もう一つの流儀は、WBSを、プロジェクトの成果物の構成にしたがって作るやり方だ。在庫管理システムの開発ならば、「入出庫機能モジュール」「保管機能モジュール」「棚卸機能モジュール」「マスタ管理モジュール」といったサブシステム別にブレークしていく。入出庫機能モジュールは、さらに「入庫」「出庫」「返品」といったサブモジュールに分けられるかもしれない。これはまさに、成果物の構成部品表をイメージしているわけで、WBSは仕事のBOM、という表現にぴったり来ると感じられるかもしれない。

ところで、後者のやり方では、一つまずいことがある。それが何か、おわかりだろうか。

成果物単位にWBSをつくると、成果物全体に共通の作業が、抜け落ちがちになる弱点がある。たとえば、典型的な例は「プロジェクト・マネジメント」というタスクがそれである。プロマネの仕事は、ふつう、どれか個別のモジュールには従属しない。あるいは、製品設計ならば、「製品企画」や「市場調査」などもそれである。

前者の方式を、Functional WBS (F-WBS)と呼び、後者をProduct WBS (P-WBS)と呼んで区別することがある。そして、両者の間には、長い論争の歴史があった。

最近、Gregory T. Haugan著「WBS入門」(翔泳社・刊)という本が出版されて話題になったが、著者はP-WBSの流派の人だ。彼は長らく米国国防総省の調達対象となるような航空宇宙産業のプロジェクト・マネジメントにタッチしてきた人だから、作るべきモノが最初から明確になっている世界の人だ。航空機は胴体と主翼と尾翼とエンジンからなり・・という風に。

その彼も、この問題点は意識しており、「WBSでは『プロジェクト管理』を必ずプロジェクト直下の第1階層に置け」という意味のことを書いている。これは一種の現実的な妥協策であろう。もっとも、F-WBS流儀で仕事の構成を作る人たちの中でさえ、ときどき『プロジェクト管理』のタスクが置き忘れられていたりする。だから、これは本質的な弱点とは言えないかもしれない。

私の目から見ると、P-WBSの本当の弱点は、「WBSのマスタを作りにくい」ことにある。WBSはプロジェクトのBOMだと考えられる。そして、BOMは普通、マテリアル・マスタの中から選び出された品目の組合せによって構成される。生産管理の世界では、マテリアル・マスタがまずあって、それからBOMができるのだ。ならば、WBSを作る場合だって、"Work"のマスタから選び出して組み合わせるべきだ。

成果物は個別プロジェクトでみな異なる。だから、その要素のマスタというのは想像しにくい。しかし、仕事のプロセス自体は、開発対象が在庫管理システムであろうが受発注システムであろうが、大筋にかわりはない。したがって、要素業務のマスタがつくりやすいのである。

要素業務のマスタが作れると、どういう利点があるか。それは、仕事の標準的なデータベースを作れることを意味している。すなわち、プロジェクト計画に置いて最も重要な、工数見積や期間見積に、過去のデータが活かせるということなのだ。これが、F-WBSを用いた場合の最大のメリットなのである。

Haugan氏の「WBS入門」の最大の問題点も、そこにある。この著者は、WBSにマスタが必要であり、それは構築可能だという認識がない。いや、彼だけではない。じつは米国PMIは、そのものずばり"Work Breakdown Structure"というPractice standard(モノグラフ)を出版しているのだが、この中にも、WBSのマスタという考え方が欠落している。

WBSを作るならば、マスタが必要である。そうでないと、WBSの作り方は、プロマネ各人の恣意性にまかされてしまう。このことは、広く理解されるべきであると、私は考える。
by Tomoichi_Sato | 2005-10-14 00:01 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

プロマネの鍵、貸します

往年の名画『アパートの鍵貸します』に、忘れがたいシーンがある。終幕近く、主人公(ジャック・レモン)が上司に、いつものとおりアパートの鍵を貸してくれ、とたのまれる。彼は鍵を渡すのだが、上司はそれを見て、叫ぶ。「これは役員用バス・ルームの鍵じゃないか!」。

アメリカの会社には、どうやら役員専用のトイレがあるらしい。社長が平社員に混じって、社員食堂で平気で食事をする日本では、想像しにくい話だが、その鍵は、役員であることの象徴なのである。米国で暮らすと、あちこちに鍵が要るので、すぐ鍵束がじゃらじゃらと重くなってゆく。ことに自宅の鍵は、外敵から物理的に身を守る盾であって、決して人に貸すものではない。

そのアパートの鍵を、不倫の密会用に上司に貸すことで、主人公は代償として出世を手に入れてきた。そんな行き方がリスキーであることは、うすうす感じていただろう。しかし、その彼も、自分の部屋で、若い女性(シャーリー・マクレーン)が睡眠薬を飲んで倒れているのを発見したときに、はじめて潜在的な「リスク」が具体的な「イシュー(問題)」になって、身に降りかかったことを知るのである。

プロマネを数人、貸してくれませんか” --そんな依頼が、ときどきある。中には、“できれば派遣社員の単価で”という虫のいいオマケまでついたりする。腕のいいプロマネは利益の源泉であって、それを安い費用で貸し出したら、私の勤務先は干上がってしまう。プロマネを貸すことは、自分のアパートの鍵を貸すのと同じくらい重大なことなのだ。

それでは、プロマネの適正な価格はどのように決めるべきだろうか。これについて明確に書いた本は、まだ読んだことがない。私の会社の経営者は、腕の良いプロマネをどこからか連れてこられるのなら、1億円払っても惜しくないと考えるだろう。エンジニアリング業界では、大きなプロジェクトは予算額が1千億円を超える。プロマネがヘタをうったら、赤字だって数十億円に迫るだろう。これが仮に半分で済んだら、プロマネ代1億円だって安いものではないか。

アパートの扉や壁が、住人を外敵から物理的に守ってくれる存在なら、プロマネは巨大なリスクから会社を守ってくれる、扉の鍵にあたる存在なのである。古代の中国人は、万里の長城という途方もない壁をこしらえたが、この防護壁の機能は、門を守る将軍の一人が外敵に対して門を開いてしまったことで、完全に無に帰した。鍵は掌に握れるくらい小さい。材料でいえば原価は数百円だろう。しかし、リスクの観点から言えば、その価値はきわめて大である。プロマネも同じで、人件費単価で貸し借りできるものではない。

「プロジェクト・ダイナミクスの構造」にも以前、書いたとおり、プロジェクトの問題発生には階層的な構造がある。問題事象が最初に発見される場所は、コストである。しかし、その原因は、たいていスケジュール遅延かスコープ漏れである。それらは品質・調達・人的リソースの問題から引き起こされる。そして、遠因は、たいていリスク対処とコミュニケーションの失敗にある。リスクの感覚は、プロジェクト・マネジメントの根底課題なのである。

では、リスク感覚はどのように磨かれるのか。それは何よりも、経験の蓄積を通じて磨かれるのだ。プログラマの世界には若い天才がときどき現れるが、プロマネには若い天才は存在し得ない。それにくわえて、プロジェクト対象となる分野の固有技術についての一通りの理解がなければならない。そうでなければ、この先何が起こりそうか、どうして分かるだろうか。

プロマネに必要な三要素は、経験から得たリスク感覚と、固有技術への理解と、管理技術である。最初の二つは、組織の中で時間をかけて育てていくしかない。最後の一つだけは、座学でもある程度は身に付くし、たとえば「e工程マネージャー」のようなツールの形で借りてくることもできる。

こうしてみると、借り出したプロマネを、ぽーんと一人で見ず知らずの組織に放り込んで、プロジェクトが機能する訳がないことが分かる。プロジェクトとは複数の人間が共同して行なう仕事だ。周囲とのコミュニケーションのポイントも分からず、固有技術も分からず、過去の経験もなければ、リスクをマネージしようもない。

『アパートの鍵貸します』は、人生の危機を乗り越えたジャック・レモンが、地位や金銭を捨てて真実の愛情を手に入れるシーンで終わる。ビリー・ワイルダー監督は、その場面を繊細で美しい白黒の映像で撮っている。彼にとって一番大事なものは、貸し借りでは決して手に入らないものなのだ。
by Tomoichi_Sato | 2005-10-07 22:56 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)