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納期短縮三か条

私はタイム・コンサルタントである。「時間の悩み」を抱えるクライアントに対して、解決へのアプローチを示すことで、プロフェッショナルとしてのビジネスを成立させている・・・と、自己紹介には書きたい。できれば。

しかしまあ、現実はなかなかそう甘く行かない。タイム・マネジメントの仕組みを提案するだけでは、なかなかビジネスにはならないのだ。生産スケジューリングやプロジェクト・スケジューリングの仕事をしていてつくづく感じるのは、『やっぱりコスト削減が優先』という圧力の強さである。製造業や流通業向けのSCMシステム構築の課題は、物流費の削減が真っ先にくる。納期短縮は、「それもできたらやりたい」であって、部分目標でしかない。だから私は、パート・タイム・コンサルタントという存在だ。

コスト競争はすでに行き着くところまで行ってしまった。あとは非価格競争力の問題で、性能だとか品質だとかも大事だろうが、納期で勝負すべきだ。"Time is Money"にも書いたとおり、私の主張はこの点にある。

ところで、うっかり作りすぎてしまった製品は、在庫となって財務諸表に現れる。それも不思議なことに、さも資産であるかのように。ところが、納期を遅れて売り損なった注文は、財務諸表のどこにも現れない。だから、それは見えないコストとなり、経営の関心の外になる。こういう心理的メカニズムが、どこかで働いているにちがいない。

それではもし、そうした心理的な霧が晴れて、納期短縮が重要だと気づいたら、どうしたら良いのか。私だったら、3箇条の処方箋を書く。

(1)「隘路に集中すべし」

クリティカル・パス(隘路)を見つけ、その短縮に集中すること。いうまでもないが、クリティカル・パス以外の作業をいくら努力して短縮しても、全体の納期は早まらない。この原理を、皆が理解する必要がある。これはとくに、新製品開発の納期において大事だ。むろん、設計に手こずりがちな受注生産形態でも共通の処方だが。

全員の目標を、納期短縮に向けることが、何よりも重要である。設計部門は性能を、購買部門は資材コストを、製造部門は作業効率を第一に動いていたら、誰が納期に責任を持つのか?

(2)「進捗を皆に見せるべし」

進捗が見えると、事前に準備できる。じつは、これが大きいのだ。バトンリレーも、事前の助走が大事だろう。人間は賢い存在で、先読みができる。言われたことだけをやるロボットとは違う。多くの企業では、部門の壁や、事業所の地理的な分散によって、他の仕事の進捗が見えて来ない。これを見えるようにしてやるだけで、納期は1-2割程度短くなると言っても過言ではない。

進捗がいったん後退したら、その事実を直視することも重要だ。とくに設計業務は、環境変化や客先の気まぐれで、いったん決まったはずのことが元に戻ってしまうことが多い。「こういう手戻りが生じる業態では、プロジェクト・スケジューリングの道具など使えますか? 使えないでしょ?」などとセミナーで反論されたこともあるが、無論、使えるのである。

進捗というのは、“これまでどれだけ工数をかけたか(努力したか)”ではなく、“あとどれだけ仕事が残っているか”で測るべきものだからである。もし手戻りしたら、進捗率は下がるべきなのだ。それが事実なのだから、仕方がない。この質問者は、「進捗は下がってはいけない」という理屈(願望?)と現実把握を取り違えておられるのだろう。マネジメントというのは、客観的な事実認識からスタートすべきものなのだから。

(3)「時間はお金で買うものと思うべし」

納期短縮にはコストとリスクがつきまとう事を理解すること。納期を短縮するためには、ある程度先読みをして、準備や手配をかけておく必要がある。ここには推測が入るため、ずれや手戻りのリスクも生じる。急いだ分、余分なコストがかかってしまうのだ。これを逆に表現すれば、お金を節約しようとすると、時間がかかる、ということになる。

時間とお金との間には、トレードオフの関係がある。お金を取るか時間をとるか、マネジメントが指針を下すべきなのだ。「繁忙期には納期優先で考え、閑散期にはコスト優先で行こう」という顧客がいたが、これはとても立派なポリシーである。トレードオフの状況でどのような判断を下すべきかを定めた指針を、企業の「戦略」ないし「ポリシー」と呼ぶ。

そして、困ったことに、戦略もポリシーも持ち合わせていない会社が、じつはとても多いのだ。選ぶとなると必ず、目に見える「お金」になってしまう。だから私は、いつまでたっても、パート・タイム・コンサルタントでしかないのである。
by Tomoichi_Sato | 2005-09-21 23:25 | サプライチェーン | Comments(0)

南蛮のみちⅠ 司馬遼太郎

「街道を行く」シリーズの1冊。この人の小説は、地の文章に解説や余談が多くて随筆みたいになりがちだが、随筆の方は多少の演出があってフィクティシャスに感じる。不思議な小説家だ。

日本人にとって、ながらく日本・唐・天竺の三つしかなかった文明世界に、突然飛び込んできたのが「南蛮」文明だった。しかも、面白いことに、その伝道の中心人物フランシスコ・ザビエルは、フランスでもスペインでもなく、バスクの人だった。そこで、この旅路の前半は、バスクという国をめざしてパリからフランス南西部を横切って進む。

そのバスク文化を理解するための第一の資料として、司馬遼太郎があげるのは、近代日本に宣教師としてやってきた、バスク出身のS・カンドウ神父の著作だ。「バスクは風と水と光の国だと形容される」とカンドウ神父は書く。そして、起源未詳のピレネー山脈先住民であるバスク民族の世界を、いとも魅力的に描き出す。騎士道精神と熱烈な信仰に支えられたザビエルは、その光輪の中に定置される。

バスク人は、見かけはフランス人やスペイン人とさほどちがわない。バスク名物のベレー帽も、フランス人の象徴のように思われている。彼らのアイデンティティを支えるものは、その気質と、バスク語だけである。スペイン語とは、バスク語の音韻の上に乗ったラテン語なのだが、そのスペイン王国からも、国民国家論を信奉するフランス共和国からも、存在を無視され迫害された歴史がある。

しかし、この旅行記は、そうした剣呑な雰囲気をうまく筆先でさばいて取り払い、ひたすら純朴で美しい「常世の国」バスクを描き出している。これを読んで、バスクに行きたくならない人は少ないだろうと思う。それだけ、司馬遼太郎が楽しんでいる旅行記と言えるだろう。
by Tomoichi_Sato | 2005-09-18 15:18 | 書評 | Comments(0)