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マネジメントの仕事・地位・パワーを混同してはいけない

ある朝、目が覚めると、あなたはノルウェー国王になっていた。いったいどうしてこんな事になったのか。あなたは自分の名前も、生まれ育った日本の町も経歴も、全部ちゃんと覚えている。なのに、ノルウェー国王になったつい最近のいきさつだけは、すっぽりと記憶から落ちている。

呆然としながらも身支度を終え、質素ながらも立派な朝食を食べて人心地ついたあなたの前に、宰相がやってくる。彼は礼儀正しくあなたに挨拶をすると、いくつかの紙の束を取り出して、あなたの前に置く。「国王陛下。これが本日、発布いただきたい法律と政令です。どうか、ご署名ください。」

念のために言っておくと、北欧の国ノルウェーは、完全な民主主義国家である。法律は国民の選出した議員が国会で決める。だが、すべての法令は、国王の名前で公布するしきたりになっているときく。宰相があなたにサインを求めてきたのは、そのためである。あなたの前には、法令書類一式と、国王用の立派なペンが置かれている。

さて、ここで問題である。あなたは、法案にサインして交付することにした。あなたのしている事は、マネジメントだろうか?

・・これは、わたしが大学の授業でプロジェクト・マネジメントを教える際に、学生に問いかける質問の一つである。プロジェクト・マネジメントの講義であるから、最初はまず、プロジェクトとは何か、そしてマネジメントとは何か、について、簡単にレクチャーするところからはじめる。プロジェクトとは、(1)終わりのある仕事であり、(2)複数の人間が協力する必要があり、(3)失敗のリスクがともなうような種類の仕事である、とまず説明する(これはPMBOK Guideの”A project is an endeavoir …"という抽象的な定義を、わかりやすく言いかえたものだ)。

ついで、マネジメントとは多義語だが、その中核にある原義は、

 「人に働いてもらって、目的を達成する事」

だと教える。人を動かすことがマネジメントであって、自分の手を動かして何かを産出することは、(それ自体は尊い仕事だが)マネジメントとはよばない。

他に二つ、マネジメントとして大事な要件がある。それは、先読みとリスクテークを含む「決断」を必要とすることだ。不確実な状況下で決断しない人、決断できない人、先延ばしにする人は、マネジメントに向かない。また、計画を立て、現実との差異から学ぶことも、マネジメントに必須の仕事だ。 計画立案と現実の統率は「マネジメント」の車の両輪である 。だから、

「人を動かせない・決めない・見通せない・学ばない上司やボスに、皆さん方は将来、出会うかもしれません。だが、その人がたとえ立派な役職についていようとも、そういう人の仕事ぶりは『マネジメント』からはほど遠いというべきです」

という話をしてから、上記の質問をするのである。ある朝気がつくと、あなたはノルウェー国王になっていた。さて、法案にサインし交付するあなたの仕事は、マネジメントか? と。

こういう聞き方をすると、マネジメントではないと思います、と答える学生がほとんどだ。なぜ? とわたしは聞き返してみる。たいがいは、こう答える。
「だって、人を動かしている訳でもないし、自分で決断している訳でもないでしょう。」

でも念のため、わたしは意地悪く質問を重ねる。・・そうかなあ。法律を定めたっていうことは、ノルウェーのすべての人がそれにしたがって動くということじゃない? つまり、人を動かしている訳だ。それにあなたは、自分の意志でペンを取って、サインすると決めたんでしょ?

「でも、法案にサインしない、っていう選択肢はないんだとしたら、それは決断とは言えないと思います」

その通りだ。ノルウェー国王には、こんな法案は気に入らないから、別のものを持ってこい、と議会に命じる権限はない。拒否権はないのだ。それに、法律が人を動かすのは事実としても、それは国王が意図した目的のために作られる訳でもない。だから「人を動かして目的を達する」ことにはならない。

念のためにいうと、ノルウェー国王は、元首である。国内で、彼(彼女)よりも偉い人はいない。人々の上に立つ、トップリーダーだ。だが、人の上に立つということと、マネジメントをする事とは、まったく別である。この単純な事実を理解してもらいたくて、わたしはこんな変な質問を学生にするのだ。

というのは、「管理職の地位に就く」ことと、「マネジメントの仕事をしている」ことを、人はしばしば混同するからだ。何らかの地位にあるのは、英語で言えば to be 〜である。しかし、マネジメントをするのは、英語なら to do 〜だ。イコールにはならない。

さらにいうなら、マネジメントは、管理職になるよりずっと前から、たいていの人に必要となる仕事なのである。「人に働いてもらって目的を達成すること」である以上、入社後まださほど年数もたたない若手技術者が、仕様書を書いて外注先に発注し、仕事をしてもらったら、明らかにこの人はマネジメントをしている訳である。あるいは、同僚や先輩の協力を得て店を決め、得意先との楽しい飲み会をセットし幹事の仕事を全うできたら、マネジメントの初歩をしているのだ。いや極端に言えば、朝の食卓でお母さんに「そこのお塩とって」と頼んで、お塩をとってもらったら、その瞬間は母親をマネジメントしたのだ。

もっとも、「立っている者は親でも使え」の諺にしたがって、母親にお塩とってと頼んだら、「何いってるの、あんたが自分でとりなさいよ、この不精者!」と逆襲される可能性は多々ある。あなたには、母親を動かす『強制力』がないからである。上長はふつう、部下に命じて動かす強制力を持っている。なぜなら上司には、部下の査定と予算承認の権限があるからだ。部下が著しく不従順ならば、査定で給料を抑えたり他部門に飛ばしたりすることも可能だ。発注書だって管理職の判子がなければ普通は効力を持たない。

こうした強制力のことを、英語ではパワー(Power)とよぶ。いいかえれば、『権力』である。管理職は部下に対する権力を持っている。とくにアメリカ英語は簡潔かつ即物的だから、権力を持つ人のことをパワフル(Powerful)だと表現する。かつて黒人女性としてはじめて国務長官の地位に就いたライス女史のことを、有名誌が「世界で最もパワフルな女性」と表現したが、これは単に彼女がエネルギッシュであることを述べただけではない。実際に世界で(米国大統領を除けば)もっとも権力を持っていて、他国を否が応でも動かせる立場にいることを意味したのである。

さて、世の中のたいていの組織は、地位についてピラミッド型の階層構造を持っている。どうしてこういう形の組織が生まれるのか、本当にこうした位階秩序は合理的なのか。この問題については、ノーベル賞を受賞した経営学者ハーバート・サイモンをはじめ、多くの研究と説明があるが、ここでは省こう。ともかく、上に行けば行くほど椅子の数は少なく、職位が上の方が名誉も大きいとされている。人間には生まれ持った競争心があるから、組織人はつねに、上に行きたいという気持ちを抱いて働くことになる。

昇進への欲望をモチベーションにして、人を働かせるという方策は、たいへん良くできた仕掛けであって、これまで十分な効果をあちこちで示してきた。昇進もなく、将来への希望も全くない職場だと、どれくらい仕事の質や効率が落ちるか、容易に想像できると思う。

しかし、このような仕掛けには、まずい点が一つある。それは、地位・権力(=パワー)と、「人を動かし、見通しを持って計画し決断して、目的を達成していく」仕事(=マネジメント)とが、混同されやすい点である。くどいようだが、地位・権力は、"to be" とか "to have” で表現するもので、マネジメントは “to do”で語るべきものだ。

だが、管理職という地位・権限と、マネジメントという職能を等号で結びつけてしまったがゆえに、
「マネジメントは管理職がするもの」
「管理職だからマネジメントしているはず」
「自分は技術者だから(管理職じゃないから)マネジメントは関係ない」
といった誤解と錯覚が、あちこちで無限に増殖していく。

マネジメントは一種の専門的な技量であり、それをきちんと行うためには専門的技術(「管理技術」)を学ぶ必要がある、というような認識は、出世街道とピラミッドからなる組織図からは生まれにくい。まして、「プロジェクト・マネージャーとは、マネジメントという仕事を専任で引き受ける、一種の『役割』(Role)である」という概念など、非常に縁遠くなる。

プロマネとは一時的な(=有期性の)役割である、というのは、現代PM理論の世界では常識的な概念だ。ちょうど演劇で、今回の芝居ではこの人が国王役、と決めるように、そのたびごとに決める役割である。そして、いったん役割が決まったら、たとえそのプロマネが自分より年下であろうが、技術的には自分の方がずっと知識があろうが、最終的にはプロマネの計画や判断に従って動いていく(むろん、途中で意見のやりとりはあるだろう、当然だが)。なんとなれば、プロジェクトの最終的成果、価値への責任はプロマネが負っているからだ。責任を負うから、権限も委ねる。「権限=責任」の等式の両辺は一致させる。そのかわり、マネジメントのための管理技術の体系を学ばせる。これがまあ、現代流の(あるいは西洋流の)PM理論の考え方である。

ここでは、マネジメントをする「個人」と「ポジション」と「管理技術」が、それぞれ独立している(DB技術風にいうと、独立したエンティティになっている)。ところが、出世街道ピラミッド型の組織論で、すべてのマネジメントをまわそうとすると、
「優秀な個人」←→「上の立場・権力」←→「マネジメントの仕事」
という風に、ひとつながりになってしまう。

ここからさらに派生して、「部下を動かすのが上司の権限」=部下を不合理にいじめて上司風を吹かせるのも有能なる自分の特権の一部、と合点するパワハラ不心得者さえ、一定数、出現する。

ピラミッド型組織で、このような不都合を防ぐには、どうしたら良いのか。解決策は、二つある。一つは、管理職位ごとに、きちんと細かくルールを設定することだ。どういう人間ならばその職位につけるのかという、能力による品質基準(Qualification)。その職位がなすべき機能と権限の範囲。そして機能が要求する技術・知識・スキル。こうしたことを、個別に設定する。これを、ガバナンスとよぶ。

ただし、この処方箋の困難な点は、社内ルールを制定する権限もまた、上位職者が握っていることだ。だから「マネジメントには独立した管理技術がある」なんて意識がこれっぽっちもない方々が経営層に多い場合、こうしたルール制定は不可能だろう(そんなルールを敷いたら、まず自分たちが真っ先に不適格になってしまう)。本当は株主がガバナンスを要求すべきなのだ。だが、利益が出て株価が高ければ、あとは興味のない株主も多い。

もう一つの方策は? それは、「外を見る」ことである。自社のありようは自社のありようとして、外ではどうなっているのか。目前のライバルだけでなく、広く視野を世界に求めて、世の中ではどうしているのかを、学ぶ。これは日本企業が、これまで以上に海外と接するようになった今日、むしろ日々得られる体験でもある。

その昔、咸臨丸にのって米国を視察してきた勝海舟に、江戸城で幕府の重役がたずねた。かの米国と我が国の違いは何かと。海舟は、人間のすること古今東西同じもので、アメリカとて別に変わったことはありません、と答える。しかしそれでも何かの違いはあるであろう、と繰り返したずねた重役に対し、
「さよう、少し眼につきましたのはアメリカでは、政府でも民間でも、およそ人の上に立つものは、皆その地位相応に利口でございます。この点ばかりは、全くわが国と反対のように思いまする」
と答えた。するとご老中が目を丸くして、「この無礼もの。控えおろう!」と怒鳴ったという(「氷川清話」による)。

わたし達は勝海舟ほど剛胆ではあるまい。だが、米国の実情が彼のいう通りかどうかはともかく、他者を見て改めて我を振り返る、というのはわたし達に共通した特性である。勝自身、さまざまな身分の浮沈をくりかえし経験した人間であった。だからこそ彼には、地位と職務の違いが見えていたのである。

追記:
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ネットで検索すると、現在のノルウェー国王ハーラル5世は、この方である。Wikipediaによれば、なんでもノルウェー生まれの国王は、500年ぶりらしい。ときには自国の言葉もしゃべれない他所者を国王に招いたりするヨーロッパの人たちの王室感覚というのは、よく分からないものである。国王というのも、あるいは一種の『役割』なのだろうか・・?
by Tomoichi_Sato | 2016-08-11 18:21 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会 (2016年7月14日)開催のお知らせ

プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」の2016年第4回会合を、以下の要領にて開催いたします。

今回は、グローバル企業のマネジメントのあり方・手法そして人材について、ドイツ系企業の日本社長であるへレウス株式会社・土屋淳様にご講演いただきます。 土屋様は元々技術者で機能性材料の開発等に携わられましたが、日本企業を振り出しに、その後、米国企業・ドイツ企業の経営者を経験され、
「欧米のグローバル企業といっても、いろいろな違いがある。その中心にはエトス(納得感)のあり方の差がある。実はグローバル化は外資企業にとっても難しい」
という趣旨の論文を昨年『化学工学』第11号・12号に発表されています。

実際のグローバル・ビジネスの世界で活躍中の経営者から、具体的で臨場感のあるお話が聞ける、またとないチャンスです。ぜひご参加ください。


<記>

■日時:2016年7月14日(木) 18:30~20:30

■場所:
慶応大学 三田キャンパス・北館・会議室3(地下1階)
    アクセス (http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html)
    ※キャンパスマップの【1】になります

■講演タイトル:
グローバル人材に求められるもの

■概要:
日本企業、米、独外資系企業での経験、体験から、グローバルビジネスにおいて相互理解のための総合的なコミュニケーションスキルの重要性を言及する。コミュニケーションによって得られる納得感こそが組織の価値向上のために不可欠な要素であり、違う文化を背景に持つ者同士が同じベクトルを向くことができると思う。

■講師:土屋 淳(へレウス株式会社・代表取締役社長)

■講師略歴:
1952年生まれ。 1981年東京大学工学部合成化学科博士課程卒業、工学博士
職歴:1981-1984 米国国立研究所
    1984-2002 三菱化学 (1989-2000年米国駐在)
    2002-2006 米国企業 Rohm and Haas Japan 取締役
    2007- ドイツ企業 Heraeus Japan 代表取締役社長

■参加費用:無料。
ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥1,000)は免除されます。

参加を希望される方は、確認のため、できましたら当日までに佐藤までご連絡ください。なお会場には定員があるため、場合によってはお断りせざるをえないケースも考えられますので、ご了承ください。


佐藤知一@日揮(株)
by Tomoichi_Sato | 2016-06-29 18:37 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

講演のお知らせ(6月16日)

直前のお知らせで恐縮ですが、今週の木曜日・6月16日の夜に、OR学会サプライチェーン戦略研究部会に招かれて、

海外プロジェクトへのシステムズ・アプローチ ー 理論・技法・展望

と題する講演を行います。
これは基本的に、この3月に東京工業大学CUMOT「ストラテジックSCM講座」でお話しし、好評をいただいた発表のアンコール講演です。ただ、先週フランスのリールで開催された、国際的PM標準を比較評価するGAPPS Thought Leadership Forumの参加報告などもおりまぜて、大学での講義とはまたひと味違った雰囲気のものにするつもりです。

ご期待ください。

<記>

題目:海外プロジェクトへのシステムズ・アプローチ ー 理論・技法・展望
講師:佐藤 知一 (日揮株式会社 経営戦略室 室長代行、静岡大学 客員教授)
日時:2016年6月16日(木) 18:30から20:30まで
場所:青山学院大学 総研10階18会議室

・会場アクセス・講演要旨は下記ホームページをご参照下さい。
 http://scsr.jp/

・参加希望者は、前々日正午(6月14日正午)までに下記から事前申し込みをお願いします。
 http://scsr.jp/form.html
by Tomoichi_Sato | 2016-06-12 17:57 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(5月27日)開催のお知らせ

** お知らせ **
本日(5/27)の研究部会は、昨日までにすでに当初の想定をはるかに超えた参加申込があり、会議室の定員を大きく上回る満員の状況になりました。
大変恐縮ですが、事前連絡なしの当日参加はお断りせざるをえなくなりましたので、ご了承ください。


プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」の2016年第3回会合を、以下の要領にて開催いたします。

今回は、プロジェクトの納期を劇的に短縮するCCPM(クリティカルチェーン・プロジェクト・マネジメント)の手法について、実際に導入して成果を上げた大和ハウス工業株式会社の松山竜蔵様にご講演をお願いすることにしました。

CCPMとは、「ザ・ゴール ― 企業の究極の目的とは何か」などの著者であり、TOC理論で有名な故ゴールドラット博士の提案した、画期的な方法論です。納期を短くするために各アクティビティの所要期間の見積手法を見直したり、個別期限を撤廃したりするやり方はそれなりに知られています。しかし、そうしたテクニック以上に、プロジェクト・チーム員のモチベーションを上げるためのいろいろな工夫が大事になります。

IT部門の基幹業務でCCPMを実践しておられる松山様から、その勘所を教えていただきますので、ぜひご期待ください。

<記>

■日時:2016年5月27日(金) 18:30~20:30

■場所:慶応大学 三田キャンパス・北館・会議室3(地下1階)

   アクセス http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html
   ※キャンパスマップの【1】になります

■講演タイトル:
クリティカル・チェーン法を機能させるマネジメント

■概要:
CCPMはPMBOK第5版でも、タイム・マネジメントの技法として取り入れられていますが、一般的になかなか実行することが難しいと思われています。せっかくCCPMでバッファをとったスケジュールをプランニングしても、実行の段階であっという間にバッファは使い果たされ、納期が守れなくなっていき、何でCCPMの効果が出なかったのかと振り返った時に、契約の問題や評価の問題があって、クリティカル・チェーンにリソースが集中できないからだ、ということも言われます。

もちろん契約の問題がないわけではないでしょうが、それよりもまず、アグレッシブな計画がアグレッシブなものとして実行できるような、メンバーが意欲的にチャレンジできる残日数のアクティブな管理の方法について考えてみたいと思います。

■講師: 松山竜蔵 (大和ハウス工業株式会社)

■講師略歴:
大和ハウス工業で本社・事業所の経理を歴任。2010年4月から会計分野へのSAP導入プロジェクトのプロジェクトリーダ。

■参加費用:無料。
 ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥1,000)は免除されます。

 参加を希望される方は、確認のため、できましたら当日までに佐藤までご連絡ください
by Tomoichi_Sato | 2016-05-27 09:11 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

プロジェクト・マネジメントの目的とは何か

中堅エンジニアが壁を破って成長するには、何を学ぶべきか。そういう問いに関連して、ここ何回か書いている。初級の仕事を一通りおえて、とりあえず一人前のことはできるようになっても、その先にしばしば壁がある。そこを乗りこえて面白い仕事をしていくためには、もう少しマクロにものを見て、人を動かせるようになっていく必要がある。

今年の1月に、静岡大学と浜松ソフト産業協会の共催によるプロジェクト・マネジメント講座に呼ばれて、初日の講師を務めさせていただいたときも、その話から始めた。集まった方はほぼ全員がIT技術者だった。IT分野は勉強会も盛んで、知識欲に燃えた熱心なエンジニアも少なくない。わたしはたずねた。
「この中で、現在プロマネの仕事をされている方はいらっしゃいますか?」

手を上げた方は全体の1/3もいなかった。ある意味、予想通りではある。プロマネの仕事をばりばりこなしている人は、こうした講座を聴きに来る必要がないし、第一、忙しくて聴きに来る暇もないだろう。わたしは受講者の方に申し上げた。

「すると、ここにいる過半数の方は、SE的な仕事をメインにされているソフトウェア技術者だと思います。じゃあ、もう一つおうかがいします。今やっている仕事が楽しい人、手を上げてください。今の仕事が楽しくて楽しくて仕方がない人は?」

結果はご想像に任せよう。少なくとも、全員からはほど遠かった。「つまり、楽しくない仕事をしている人が、結構いらっしゃる訳ですね。では、今の皆さんの状況を打破するためには、どうしたらいいでしょう? 充実した、面白い仕事をするためには? ——たしかに皆さん、勉強熱心でいらっしゃる。しかし、あるレベルに達したら、そこから先はソフトウェア技術だけでは、充実した仕事はむつかしいのです。」そう、わたしは続けた。

「たった一人でプログラムを書いて、世界を転換させる、そんな夢を抱いて業界に入った人もいるでしょう。ただ、それで成功する人は、たぶん百万人に一人。それ以外の人は、他人と協力して、チームで仕事に取り組まなければなりません。そして面倒なユーザを説得し、上司を動かして、目的を達する必要があるのです。一つの目的のために、人を動かす技術。それがプロジェクト・マネジメントです。良い仕事をしたければ、プロジェクトの動かし方を知るべきなのです。」

仕事を良く理解したければ、仕事の『なぜ』=目的をしっかり把握する必要がある。プロジェクトとは、一つの目的のために、チームを動かして進める仕事だ。プロジェクトの目的とは、たいていはシステムなどの成果物と、そのアウトカムである。そこは、はっきりしている。

では、プロジェクト・マネジメントという仕事の目的はなんだろうか。

え? それはプロジェクトの目的と同じじゃないか。つまり成果物としてのシステムだよ——という答えは、じつは答えになっていない。もしそうなら、コーディングやテストという仕事が、プロジェクト・マネジメントの内部になければいけないことになる。もしかりにチームがプロマネ抜きでちゃんと仕事を果たして、システムを納品したら(理屈の上では可能だ)、プロジェクト・マネジメントの役割は何なのか? いや、理屈の上どころか、チームの足を引っ張る無能なプロマネだって、実在する。じゃあ、上手なプロマネと下手なプロマネの違いはどこから生まれるのか。有能なプロマネは何に奉仕し、無能な奴は何に失敗しているのか?

答えは簡単だ。プロジェクト・マネジメントの目的は、プロジェクト価値を最大化することなのだ。

え、それだけ? ——そう。それだけだ。この目的を分かっているプロマネは、良い成果物が短期間にできるよう、チームの目標を明確化し、チームが働きやすい場や状況を作り上げ、問題を適時解決していく。ときには余計な管理で手間取らせないよう、手出しを控えたりする。逆のプロマネは・・言わなくてもお分かりだろう。

以上。

ま、ここで終わりにすれば、最近やたら長い傾向にあるわたしの記事の中では、画期的に短いエントリになるな。そうすれば省エネだし、地球環境にも優しい(?)かもしれない。が、ちょっとだけ補足を付け加えることにする(だから長くなるのだが・・)。

前々回の記事によれば、生産マネジメントの目的は、「生産の仕組み(生産システム)をつくり、活かし、進化させ、それによって働きがいを創出すること」だった。だったらPMだって、「プロジェクトの仕組みをつくり、活かし、進化させ、働きがいを創出する」という風にならないのか? 生産とプロジェクトはある意味、兄弟ではないか。そう感じられる読者もおられるかもしれない。

だが、そうではないのだ。プロジェクトを立ち上げ、場や組織を作るのは、プロジェクト・マネジメントの目的ではなく、「本来業務の一部」である。チーム作りは、手段に過ぎない。レンガを積むことは、レンガ職人の仕事の目的ではないことを思い出してほしい。本来業務は、仕事の目的ではない。

そして、プロジェクトはその定義上、一度限りの仕事であり、プロジェクト組織は一過性のものなのだ。生産マネジメントは永続的な仕事だが、プロジェクト・マネジメントは一過性の仕事である。そこが根本的に違う点である。

じゃあ、進化させるのは? つまり、プロジェクトで得た知見や教訓を、他のプロジェクトの改善に結びつけること。もっと別の言い方をすれば「組織のプロセス資産」の強化だ。これはPMの目的ではないのか?

あいにく、知見やL&Lや組織の資産は、プロジェクトの波及効果(アウトカム)の一部である。良いアウトカムを生み出すことは、プロジェクト価値を高めることの中に、すでに含まれている。という訳で、プロジェクト・マネジメントの目的は、生産の場合より、ずっとシンプルな文章で表現できるのである。

もともとプロジェクト・マネジメントは、直接の成果物を生み出さない、「間接業務」である。だからもし、プロジェクト・マネジメントに全体の1割のコストがかかり、それが全体に対し1割以上の価値向上をもたらさなかったら、そんな作業は引き合わないのだ。

ただし念のため書いておくが、価値(Value)とは、利益(Profit)とイコールではない。ここを間違える人は、受注型ビジネスの業界に多い。プロジェクトの価値とは、受注金から原価を差し引いた値だろ、と。だが、それだけではないのだ。価値は、金銭的価値と、非金銭的価値とからなっている。受注型プロジェクトではたしかに、利益という金銭的価値はとても大事だ。だが、たとえば、その顧客やその分野での実績を得られたとか、プロジェクトで人が育ったとか、そうしたお金に換算しにくいアウトカムもまた、プロジェクトの価値の一部なのだ。

だから、「プロジェクト・マネジメントの目的はプロジェクト価値を最大化することだ」という定義は、すなわち「価値とは何か」という大きな問題を考えることを、プロマネに要求しているのだ。金銭的価値、そして複数のお金に換算しがたい価値があるとき、どれをとるのか、どれを優先するのか、そうした問いに、自覚的なプロマネは答えなければならない。

もともとマネジメントが決断能力を持つためには、価値観が必要である。「決断」はマネジメントの中心にある行為だ。そして、何が「良い」状態であり、どうなれば「価値が高い」かが明確でなければ、適切に「決める」ことはできない。ただし残念ながら、現在のプロジェクト・マネジメント理論には、こうした適切な価値論が欠けている(唯一、英国OGCのガイドライン"Management of Value"だけが、この問題への一つのアプローチを与えていると思う)。

もう一つだけ付け加えておこう。それは「プロジェクトは見えないシステムである」ということだ。プロジェクト価値の向上は、その見えないシステムの設計や運転からもたらされる。そこがこの仕事のむつかしさなのだ。

現代プロジェクト・マネジメントの考え方は、1950年代の『クリティカル・パス法』の誕生とともに生まれた。これはプロジェクトというものを、複数のアクティビティ(要素作業)から構成されるシステムととらえた、システムズ・アプローチの産物であった。つまりモダンPMとは、「プロジェクト=システム」という視点の上に立っているわけだ。

それ以前までは(つまり古代のピラミッド建設や万里の長城の時代から20世紀初頭の帝国覇権主義の時代まで、えんえん数千年にわたって)、人間はプロジェクト全体を「かたまり」としてしか見ていなかった。大きなかたまりのまま計画したり操作しようとしたりしてきたが、決してうまくいかなかったのだ。デュポン社の化学プラント建設スケジュールや、ポラリス潜水艦ミサイルの納期の予測のために、クリティカル・パスやPERTの手法が開発されてはじめて、人類はやっとプロジェクトに対する科学的理屈を手に入れたのである。
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ところで、プロジェクトをシステムとしてみた場合、生産システムや交通システムなどとは歴然とした違いが一つある。それは、「実在」か「過程」かの違いだ。

生産システムは、空間的にも実在しているし、それに属する機械や人間も目に見える。永続的な仕組みである。しかしプロジェクトは、同じシステムではあるが、目に見えない。全体が同時に実在している訳ではないからだ。個別の瞬間には、その時点で走っているいくつかのアクティビティが動いているだけで、全体像を「見る」ことはできない。

たまにIT産業の方から、「プラント・エンジニアリングの業界はうらやましいですね。プラントが出来ていく姿は目に見えますから。ソフトウェアは目に見えないから大変なんです」といわれることがある。どういたしまして! それはものごとを表層的に見ているだけである。現場に組み上がっていくプラントは目に見えるかもしれないが、結果でしかない。プロジェクトの成否を決める大事な部分は、その現場に資材を届けるサプライチェーンであり、工事図面を作成するエンジニアリング・チェーンである。こうしたアクティビティは世界中に散らばっているし、よく目にも見えないのだ。

プロジェクトは目に見えないシステムである。それは(哲学者のホワイトヘッド風にいうならば)永続的な「実在」ではなく一過性の「過程」である。それを設計し運転していくのが、PMである。途中で後戻りできない。だから大変なのだ。

そして、プロジェクトは人間をその構成要素として含む「第二種のシステム」である。機械的な構成要素だけからなる「第一種のシステム」は、科学法則だけで予測可能だ。だが、自分で勝手に判断する人間を含む第二種のシステムでは、予測や制御がはるかにむずかしい。そして、だからこそ面白いのだし、上手くいった場合には価値が高いのだ。プロジェクトは放っておくと混沌に陥りやすい。それを束ねて、ある目的成果物やアウトカムを生み出す。放置した場合と統合した場合の価値の差が、プロジェクト・マネジメントの良否を測る尺度である。

価値観と、システムズ・アプローチの視座。これの二つが、プロジェクト・マネジメントの目的、すなわちプロジェクト価値の最大化を実現するために、必要なのである。こういうことは、輸入版のPM教科書にはあまり書いていない。いや、じつをいうと、わたしがこのことに気がついたのも、ほんの数年前のことだった。それまでは自分でもうまく言語化できていなかったのだから、いつも偉そうなことを書いているわりには、お恥ずかしい次第だ。

言葉にすること。それはマネジメントの第一歩である。マネジメントとは(少なくともその中核の意味は)人を動かすことにある。人を動かすには、テレパシーが使えない限り、言葉で伝えるしかない。だから言語化はとても大事なのだ。そして動かすべき「人」の中には、じつは未来の自分も含まれる。いや、正直にいうと、未来の自分ほど、動かしがたく、迷いやすく、忘れっぽい存在はいない。だから目的の言語化とは、何よりもぶれない自分自身への、道しるべなのである。

<関連エントリ>
 →「見えない壁に突きあたった中堅エンジニアが学ぶべき、三つのこと」(2016-04-04)
by Tomoichi_Sato | 2016-05-25 22:56 | プロジェクト・マネジメント | Comments(1)

お知らせ:プロジェクト・マネジメントの一日研修セミナーを行います

研修講演のお知らせです。

新著『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書』発刊を記念し、来る6月16日に、日本テクノセンターで

プロジェクトを成功させるための実践的マネジメント技法とそのノウハウ ~演習付~

と題する1日研修を行います(有償です)。

周知の通り、産業構造の変化や競争激化に伴い、プロジェクト的な業務の比率は業界を問わず高まっています。受託システム開発や建設分野に限らず、製造業の新製品開発や個別受注生産、そして新サービスや海外事業の展開など、多くの場面で「一度限りのチャレンジ」=プロジェクトのより良いマネジメントが求められています。

本講座では、プロジェクト・マネジメントがカバーすべき主要な機能について解説します。とくに、プロジェクトの成功をしばる三大制約条件であるスコープ・コスト・スケジュールと、それらをコントロールする技法であるWBSEVMSPERT/CPMについて、演習を交えてしっかりと学びます。また「海外型プロジェクト」の特性と進め方に関しては、講師自身の長年の経験に基づく実践的な解説を行います。

ただし、プロジェクトの成功はプロマネ個人の知識レベルや、スキルだけでは決まりません。組織がもつ思考と行動習慣(いわば組織の「OS」)に応じて人を動かすことが大切だからです。たとえば、

 ・計画がきちんと立てられず、行き当たりばったり
 ・だれが何を決めるのかわからず、意思決定が遅れる
 ・以心伝心・暗黙の了解で動いて、言葉にしない
 ・契約感覚に乏しく、地雷を踏んでしまう

といった項目に、もし一つでも思い当たることがある方、そして中小規模のプロジェクト実務に携わっていながら世間のPM標準では満たされぬ思いを感じておられる方々には、ぜひ受講していただきたいと願っております。単なる外国の教科書の解説ではなく、実践的で身につく知識とスキルを学べる講習ですので、とくにこれから海外系のプロジェクトに取り組もうとされる方に、おすすめします。

お申し込みは案内サイトから行えます。大勢の方のご参加をお待ちしております。

佐藤知一
by Tomoichi_Sato | 2016-05-08 21:13 | プロジェクト・マネジメント | Comments(2)

『なぜ』からはじめよう - 仕事の目的を設定する

たしか林達夫の西洋史に関する論考だったと思うのだが、「古代ギリシャは豊かなイメージがあるが、社会的な生産性はじつはかなり低かった。ギリシャ社会を支えていたのが、奴隷労働だったからだ」という説明を読んだことがある。林達夫はわたしの尊敬する思想家で、平凡社の『世界大百科事典』の編集長をやった博学の人だ。

人を動かすということが、技術リーダーとして面白い仕事をする必要条件だと、前回書いた。では、具体的に、人は何で動くのだろうか?

一番すぐに思いつくのは、給料などのお金だろう。お金という報酬で、人を動かす。会社というのは、そうなっている。業務上の命令通りに働けば、給料がもらえる。上司の覚えも良くなる。そむけば、叱責されて給料が下がったり、首になったりするかもしれない。つまりアメ(給料・昇進)と、ムチ(罰則・失職)で動かす訳だ。

ここで人を動かすために使われているのは、「強制力」(権力)である。強制力を使うことができるのは、マネージャー職種(=上司)という立場にあるときだ。動かす相手は、部下である。部下以外には、この手はきかない。業務命令と、統制。このような仕組みで組織を動かすことを、英語で"Command and control”という。軍隊が、その典型だ。そして組織の成員が、この中で仕事の代償として期待することは、給料と生活の維持である。

部下でない他人に対しては、直接の命令権はない。給与を左右することもできない。しかし、もう少し別の報酬で動かす方法がある。それは、「貸し借り」で動かす方法だ。人に仕事上やプライベートでの貸し(恩義)を作っておく。そして、あとで「借りを返して」もらう。これは「影響力」と呼んでもいい。職場で上手に貸し借りを利用する人は、あなたの周りにもいると思う。

ほかに人を動かす方法はないだろうか? ある。それは、仕事を通じた成長や、自己実現への期待によって動かすことだ。「この人についていけば、自分も腕が上がるかもしれない。いい仕事ができるかもしれない」、と思えば、命令や貸し借りなしでも、人は動いてくれるだろう。これは、同種の職能から現れるリーダーや、上司という立場にはないプロマネが、もしもそれなりの腕前の人であれば、ふるえる力だ。これも影響力の一種だから、第二種の影響力とよんでおこうか。この場合、チーム員が期待するのは、自分の能力向上や、仕事の成果への満足感である。

そして、さらにその上がある。それはリーダーの信念や、他人への貢献意欲で人を動かすことだ。これはもう、カリスマか教祖の域であろう。そこに加わる人の期待は、他人を助けるという仕事への使命感・達成感だ。

かくして、人はいろいろな理由で動く。まあ、一番最初のレベルというか、デフォルトは「言われたから」「命じられたから」やることである。その最低次元が奴隷労働だ。これに、どれだけ他の要素が混ざるかで、パフォーマンスに差が出る。それはちょうど、三人の職人のたとえ話のようなものだ。

三人の職人の話をご存じだろうか? いくつかのバリーションがあるが、ともかく出だしは旅人が働いている職人たちのそばを通りかかるところから始まる。旅人は職人の一人に、何をしているのですか? とたずねる。最初の職人は、答える。
「見ればわかるじゃないか。レンガを積んでいるのさ。」
旅人がさらに、なぜレンガを積んでいるのですか、とたずねると、その職人は面倒くさそうに
「親方に言われたからさ。そのとおりにすれば、給金がもらえる。さあ、どいた、どいた!」

旅人はつぎに、別の職人に同じ事をたずねる。何をしているのですか?
二人目の職にの答えは、こうだ。
「壁をつくっているんです。どうです、立派でしょう? 親方のところに来たすぐの頃は、こんな風にまっすぐ積めなかったけれど、いまはここまでできるようになった。壁の高さは、この街で一番ですよ。」

さらに旅人は、三人目の職人にたずねる。何をしているのですか?
年老いた職人は、こう答える:「大聖堂を作っているんじゃよ。これが完成した暁には、大勢の信者が集まって、日照りの夏も寒い冬も、一つ屋根の下で祈ったり、ありがたい神様の話をきいたりして過ごせるじゃろう。尊い仕事じゃないか! まあ、完成までにはあと百年近くかかるかもしれんがの・・。」

なぜその仕事をしているのか? —それが出発点である。わたし達が新しいことにチャレンジするとき、まず目的を明確にすることからはじめよう。そう、わたしはPMの授業などで教えている。それが賃金や貸し借りのためなのか、自分の成長のためなのか、あるいは他人や信念のためなのか。べつに給料のために働くことを卑しむつもりはない。それは最低限必要なことだ。だが、それ以上の成果を上げたかったら、「言われたこと以上」を考えて自分から動いてもらわなくてはならない。

目的とは、なんのためにその仕事をするのか、つまり英語の”Why”を示す。どのような期待や価値観によって、一人ひとりが動くのか。よく組織の壁だとか「サイロ化」といったことが問題になるが、Whyを皆で共有することは、サイロ化を防ぐはたらきがある。大きな目的を共有すると、自分や自部門を守ることよりも優先すべきことがある、と分かるからだ。

じつはプロジェクトで一番恐ろしいのは、ゴールが自己目的化することである。ゴール地点にたどり着くこと、決められた成果物を作ること、それが最終目的になってしまう。大学に進学する目的は、大学に入っていろいろ新しい学問を身につけ、成長することであるはずだ。だが、大学受験の勉強を続ける内に、いつの間にか大学合格自体が目的になってしまう。その大学になぜ入るのか、入ってから何をしたいのか、考えないまま、ただ点数競争に駆り立てられる。そうして、自分の適性と大して関係もない学部に、点数ランクの都合だけで進んでしまう。ばかげたことではないか。

同じように、組織で一番恐ろしいのは、存続が自己目的化することだ。組織はもともと、なんらかの目的のために結成されたものであるはずだ。「組織は戦略に従う」という言葉もあるくらいだ。だが、組織ができあがり、大きくなると、いつの間にか「組織を守る」ために仕事を作ったり、仕事をねじ曲げたりするようになってくる。あちこちの官庁や公共団体で、そういう例を見かけないだろうか?

手段が目的化する、というのは、あまりにも陥りがちな罠であろう。ゴールは遠い目的地への、中間地点にすぎない。プロジェクトが何かの成果物を作るとき、それはふつう、なにかの手段なのである。成果物が新製品なら、それはマーケットを拡大するための手段である。成果物が新工場なら、それは生産能力を拡大するための道具であり、成果物が情報システムなら、業務を刷新するための手段であるはずだ。より遠い目的を目指すためにプロジェクトを進めないと、おざなりな成果物を形だけ作って、ユーザが気に入ろうが気に入るまいが一件落着、といったへんてこなことが起きるのだ。それでインパクトのある、面白い仕事ができるはずがない。

目的を明らかにし、皆で共有することが大事である——それは、わかった。だが、具体的に、どうしたらいいのか? 我々は(少なくともわたしは)カリスマではない。仕事だって、大聖堂を建てるような崇高な仕事ばかりではない。そういう時、どうしたら人の心をつかみ、同じ方向に動かせるのか?

Simon Synekという人は、ゴールデン・サークル=『黄金の輪』というモデルを使ったコミュニケーション論を提案している。モデルは単純で、三つの同心円からなる。一番外側はWhat、その内側がHow、そして一番中心にWhyがくる。

Synekによれば、普通の人や企業がやりがちなアプローチは、外側から内側に向けた順番で、物事の意義を説明することだという。つまり、
(1) What「こういう製品です」
(2) How「こんな風にすごいんです」
で、多くのプレゼンや広告は(3)のWhyまでは説明しない。

しかし、本当に人の心を動かしたいのなら、順番は逆で、中心から外側に向けた順序にコミュニケーションしなければならない。それは、
(1) Why「我々はこうあるべきと信じます」
(2) How「だからこんな風にしたんです」
(3) What「それが、この製品です」
である。傑出したリーダーや、優れた企業はこういう話し方をする。
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Synekはその例として、たとえばジョブズ時代のアップルや、キング牧師や、ライト兄弟とそのライバルだった男をとりあげる。彼はこの理論をわずか18分間にまとめてTED Talkで講演しているが、非常にプレゼンの巧い人だし、翻訳字幕もついているので、試しにぜひ見ることをおすすめする。
「サイモン シネック: 優れたリーダーはどうやって行動を促すか」
http://www.ted.com/talks/simon_sinek_how_great_leaders_inspire_action.html

Synekは、このゴールデン・サークルを、人の脳の構造から説明している。つまり一番外側に大脳新皮質があり、ここが言語や理知で「What」を判断している。しかし、一番真ん中には古い大脳辺縁系があり、そこは言語化されないが、人の信頼感や行動を決定する。人が決断し行動するのは、理性ではない。もっと深い場所にある、感動や信念が一番強いのだ。(それはたとえば異性に惹かれる時を考えてみれば分かる)。ただ、人に理由をたずねられたら、理屈を後付けすることはできる。(「だって、優しい人だから。」)

まあ、Synekはプレゼンが上手すぎるので、ライト兄弟のライバルの例など、後からよく考えてみると本当に彼の理論で説明できるのかな、という気もするけれど、説得力があるのは事実だ。コミュニケーションは、Whyからはじめる。なぜ、この仕事が必要なのか。なぜ、これには意義があるのか。イノベーターとよばれる人々(100人に2.5人しかいない)は、そうした信念を共有することによって、彼の言う”Early Adaptor”(人口の13.5%)を集める。そして賛同者が20%を超えれば、あとは勢いがついてくる。それによって全体を変えていくことができるのだ。

もし、わたし達がイノベーティブな成果を生みたかったら、なぜその仕事に意義があるのかを知らなければならない。そして、その目的を高く掲げるのだ。今、もし自分のやっている仕事のWhyが明らかでないなら、よく考えて他人と共有するべきだ。考えるのに遅すぎるという時はない。ぜひ、明日からでも考えよう。


<関連エントリ>
 →「スペシャリストか、ジェネラリストか?」 (2016-04-18)
by Tomoichi_Sato | 2016-04-27 07:00 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

お知らせ:PMIのPodcastでわたしのインタビューが公開されました

お知らせです。

米国PMI(Project Management Institute)のPodcastシリーズ「PM Points of View Podcast: Advances In PM II - Beyond the PMBOK®」の最新の回で、わたしがインタビューを受けて話しています。内容は、わたしの博士論文のテーマである『リスク基準プロジェクト価値』(Risk-based Project Value)のイントロダクション的紹介です。

Podcastは、iTunesで“PMIWDC”で検索するか、あるいは下記のURLから入手可能です
https://www.pmiwdc.org/pm-pov/2016/04/advances-in-pm-part-2

このシリーズは、PMIのワシントンDC支部のKendall Lott氏が中心になって作成しているもので、PMOBK Guide® の枠を超えて最新のPM理論や手法を紹介するものです。PMIはいうまでもなく、全世界で40万人以上の会員を擁する、世界最大のプロジェクト・マネージャーの団体です。

この回では、わたし以外に、
Mike Hannan : 「the lean, single tasking PM」について
Joe Sopko : 「Managing Successful Programs (MSP)」のアプローチについて
のお二人のインタビューによる解説が含まれています。どちらも非常に興味深いものです。

わたしの部分は18分弱、全体で約1時間で、これを聴くことによって1 PDUが取得できます(登録方法についてはPodcastの中で説明しています)。

下打合せなしで、いきなりのSkypeインタビューだったため、たどたどしい英語でしゃべっていますが(ちょっと言い訳^^;)、わたしがお伝えしたいエッセンスが見事な編集によってくくり出されています。BGMの使い方もえらくカッコいい。他の二人の内容も素晴らしいので、最新のPMの進歩について関心を持つ方々に、おすすめします。無料です。
by Tomoichi_Sato | 2016-04-13 07:20 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会の合同シンポジウム(4月2日・浜松市)開催のお知らせ

お知らせです。

スケジューリング学会「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(主査:日揮株式会社・佐藤知一)は、 OR学会「サプライチェーン戦略研究部会」(主査:日本IBM株式会社・米沢隆)と共同で、

 『サプライチェーン戦略とプロジェクトマネジメント

のシンポジウムを開催いたします。日本企業が業容を変革し、これからの市場と競争力を獲得するためにかかせない二つの重要な柱について、聴き応えある講演とディスカッションを行う予定です。どうぞご期待ください。

場所は日本の製造業のメッカの一つ、静岡県浜松市です。
大勢の方のご来聴をお待ちしております。

<記>

日時: 2016年4月2日(土)13:00-17:00
場所: 「アクトシティ浜松」  コングレスセンター43会議室
    〒430-7790 静岡県浜松市中区中央3-9-1  http://www.actcity.jp/
    JR浜松駅に隣接したコンプレックスのDゾーン、「楽器博物館」の上階です。

講演プログラム:
 13:00-13:15 オープニング
 13:15-14:15 講演1 渡辺重光 様(株式会社フレームワークス 会長)
 14:15-15:15 講演2 曽根卓朗 様(ヤマハ株式会社 主席技師)
 15:15-15:30 (休憩)
 15:30-16:45 パネル・ディスカッション
  パネラー:渡辺重光様、曽根卓朗様、
   高井英造(サプライチェーン戦略研究部会・顧問)
   佐藤知一(プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会・主査)

講演内容:

講演1:サプライチェーン戦略を支えるIOTロジスティクス
渡辺重光様 (株式会社フレームワークス 代表取締役会長)
IOT時代を迎えた今、サプライチェーン戦略の実効性を高めるために「高度なロジスティクス」を実行する事が必要不可欠となっている。本講演では、話題のオムニチャネルリテイリングや新しいB2Bビジネスを支えるロジスティクスについて、最新事例やIOT等の最新技術を交えて解説する。

講演2:通信カラオケシステム新規開発に見るプロジェクトマネジメント
曽根卓朗様 (ヤマハ株式会社 音響技術開発部 主席技師)
経験のない新たなジャンルの商品をスクラッチから新規開発した当時を振り返り、ソフトウェア開発プロセス、トップマネジメント等にフォーカスしてプロジェクトマネジメントの観点から現代に繋がるエッセンスを考察する。

主催:
 日本経営工学会・スケジューリング学会・OR学会
協賛:
 経営情報学会 東海支部

参加費用:
シンポジウムは無料です。
ただし浜松までの交通費、ならびに懇親会費用は各自ご負担願います。
ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥1,000)は免除されます。

懇親会:
講演会終了後、懇親のため宴会を開催します。ぜひあわせてご参加ください。
場所:「マインシュロス」 http://www.hamamatsu-soko.co.jp/ms/
    〒430-8691静岡県浜松市中区中央3丁目8番1号
    TEL: 053-452-1146  会場より徒歩2分
 料金:¥5,000 (飲み放題)

参加を希望される方は、人数確認のため、できれば前日までに、懇親会の参加可否を含めて研究部会主査にご連絡ください。
よろしくお願いいたします。


日揮(株) 佐藤知一
by Tomoichi_Sato | 2016-03-13 07:50 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)

お知らせ: 東工大ストラテジックSCMコースで講演します(3月6日)

直前のお知らせになり恐縮ですが、来る3月6日(日)午後2時から、東京工業大学で

 「海外プロジェクト・マネジメントへのシステムズ・アプローチ − その理論と技法」

と題して講演します(無料・事前登録必要)。
これは東工大イノベーションマネジメント学科が主催する、キャリアアップMOT(技術経営)コースの「サプライチェーン戦略スクール・ストラテジックSCM講座」今期(第12期)修了発表会での事例講演です。
(→詳しい案内) http://www.mot.titech.ac.jp/cumot/sss/scm/

開催場所は、東京工業大学 大岡山キャンパス 西9号館2階 デジタル多目的ホールです。
 東京都目黒区大岡山2-12-1(東急目っっっっf黒線大岡山駅前)

本講演では、10月に出版した『世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書 〜グローバルなチャレンジを成功させるOSの作り方』の内容とも連動し、以下のような内容をお話しする予定です:

「現代のプロジェクト・マネジメント理論は、1950年代のクリティカル・パス法に始まる。それはプロジェクトを、Activityからなる『システム』と捉えたアプローチの産物であった。本講演では、なぜ海外プロジェクトではシステムズ・アプローチが特に重要になるかを類型論から分析し、現代PM理論の中心技法を概観する。その上で、日本企業が準備すべき組織体勢・行動習慣を解説するとともに、プロジェクト評価に関する最新の研究について紹介する。」

日曜日の開催ですが、ご興味のある大勢の方のご来聴をお待ちしております。


日揮(株) 佐藤知一
by Tomoichi_Sato | 2016-02-24 12:29 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)