カテゴリ:考えるヒント( 92 )

技術リーダーの出現をはばむもの

「最近の日本の経済はどうですか?」——外国人と食事をしていると、よくたずねられる話題だ。先週、北米の関連会社から来たエンジニアと食事していた時も質問された。またその前の週にも、フランスで開かれたPM関係の国際シンポジウムの夕食会で、隣り合わせた顔見知りに、まったく同じ事をきかれた。彼は米国のビジネススクールの学部長だった。反対側に座ったインド人(彼は豪州の大学教授だったが)も、興味深そうに聞き耳を立てる。米国もオーストラリアも日本から見れば隣国のようなものだが、こちらの発信力が低いせいか、日本の状況はさっぱり分からないらしい。わたしは答えた。

--良くないよ。GDPは成長どころか、じり貧だ。株価は一応保っているけど、最近の報道によると、日銀と政府系の年金基金はなんと、上場企業全体の7%もの株式を買って持っているらしい。つまり買い支えているわけだ。

「それはあまり健全じゃないね。でも、かつて日本はあれほど元気だったのに、なぜこんなに長い間、不調なんだ?」

その問いに答えるのは、簡単ではない。経済学者が10人いたら、たぶん10通りの説明があるのだろう。銀行の不良債権のせいだ、というのがかつての説明だった。だがそれが収まっても治らない。少し前には、通貨供給量の不足だ、といって金利をマイナスにまで下げた。法人税率が高すぎるのだ、という解説も聞いた。別の日に、ホテルの部屋で寝転がってCNNを見ていたら、「アベノミクスはなぜ失敗するのか」という題名の解説で、米国のエコノミストが「生産人口の減少が原因だ」と主張していた。だがそれなら、似たような状況にあるはずの欧州、たとえばルクセンブルクは、一人あたりGDPをなぜあれほど高く維持できているのか?

--経済の専門家じゃないから真の原因はよく分からないけど(と、わたしは答えた)、ビジネスの世界にいる人間として、一つだけ言えることがある。

「なんだい?」

——日本企業の収益力が全体に落ちていることだ。日本企業はわりと技術志向で、製造業を中心に成功してきた。そして欧米の背中を見て、追いつけ追い越せ(catch up)で走ってきた。だが、日本が世界のほぼトップに立ったとき、「その先」をリードする新しい技術が、あまり生まれなかったように思う。優れた製品も、少しはあった。だけど多くは不況とコストダウン競争の中で擦り切れていったんじゃないかな。

「だが、どうして新しい技術を創れなかったんだ?」

その問いに対する答えは、わたしにはなかった。帰り道にあれこれ考えてみる。ベンチャーキャピタルの不在のためか、大企業の技術的保守体質のせいか。それもあるだろう。ただ、前回書いた英国のブルーネルのように、前人未踏の大きな構想を抱き、次々に実現していくタイプの技術リーダーが、'90年代以降のわたし達の社会には必要だったのではなかったか。もちろん小山稔氏(青色ダイオード)とか内山田竹志氏(ハイブリッド自動車)とか、幾人かはわたしも思いつく。だが、あまり多く育たなかったことは、たしかなようだ。そもそもそういう職種が必要なことさえ、あまり意識されていないのではないか。

ものづくりの世界では、エンジニアと職人と、どちらもいないと物ができない。ただ、技術リーダーがいないと、収益力のある、すぐれた製品やビジネスは生まれにくいのだ。もし技術リーダーが生まれにくいのだとしたら、エンジニアのマインドセットには、なにか欠けているに違いない。あるいは、企業の側のパーセプションに歪みがあるのか。

日本には大勢の技術者がいる。わたしもまあ、そのはしくれだ。では、技術者が目指すべきキャリアパス上の目標は、どのような姿であるべきか。その問題についてわたしはこのところ、ずっと考えている。「職人的であること、エンジニアであること」http://brevis.exblog.jp/24607574/ の中で、わたしは、[エンジニア] - [職人] - [技術リーダー]の三角形の領域を考えた。エンジニアのキャリアパスは、ある意味、この領域上にある。

三角形の領域の中で、右下から出発するエンジニアが、上の技術リーダーに向かわないで、多くの人がじつは左下の職人的なあり方に向かって、進んでしまう。ここで「職人的」というのは、別に肉体労働ではなくて、知的作業でも、職人的な働き方を好む人たちという意味だ。それは一体なぜなのか。なぜ、上辺に流れないのか。それを考える必要がある。

ただしその場合、この三角形の軸が一体何を意味しているのかを理解しなくてはならない。右の斜辺と、左下の職人の頂点を対比する軸はなにかというと、おそらくそれは、

 <個人> ←→ <組織>

だろう。右辺にいる人たちは、組織の中で働いて、組織というものの力をいわば信じている。しかし職人は基本的に、個人主義だ。日本の職人が個人主義というと、なんだか妙に聞こえるかもしれない。だが、あるいは過去20年間の不況と終身雇用制の崩壊を考えると、多くの技術者たちは、いつ自分が組織から切られても外で生きていけるように、自分個人の職能・商品価値を高める方向に動いた結果なのかもしれない。

では、左斜辺と右下の技術者を対比する軸は何か。意外かもしれないが、これは

 <感覚> ←→ <理知>

の軸だろう。つまり、技術リーダーとか職人的な人たちは、どちらかというと自分たちの感性を中心に物を考える傾向が強い。ところが技術屋とは、経験や勘もあるけれど、あくまでも科学原理にしたがって動くことを旨としている。だからこそ、技術とは移転可能だし、座学で教育可能なのだ。

ところで底辺と、上の頂点を対比する軸は何なのか? わたしはしばらく考えあぐねた。

こういう問題を考えるときには、三つの頂点の裏を考えてみると、ヒントが得られることが多い。裏とはつまり、三つの職種(技術者・職人・技術リーダー)が「行きすぎた形」「そこまで行ってはいけない形」を考えてみることである。

職人の「行きすぎた形」とは何か。それは『アーティスト(芸術家)』だろうと、わたしは思った。では技術者の「行きすぎた形」とは何か。それは『科学者』ではないか。アーティストと科学者は、それぞれこういう特性を持っている:

「アーティスト」
・創造性とひらめきを大切にする
・教育制度は信じない。むしろ敵だと思う
・自分が好きな仕事だけがしたい(夢に生き貧困に死す)

「科学者」
・普遍性と厳密性を大切にする
・多くは大学人で、教育制度の頂点にいる
・社会から身分と自由と研究費を与えられるべきだと願っている

では、上の頂点にある技術リーダーの裏の姿、こうあってはいけない姿とは何なのか? 考えてみるとどうやらそれは、『出世主義者』ということになりそうだと気がついた。出世主義者とは、こういう特性を持っている人たちだ:

「出世主義者」
・権力と統制を大切にする
・自分以外の人間は道具だ(さもなければ敵だ)と思っている
・大きな仕事を人にさせたい

現実的であるべき技術者や職人が、アーティストや科学者を気取ってもらっては、いささかこまる。だがアーティストも科学者も、世の中全体にはもちろん必要である。それだけの価値があるから、わたし達の社会は彼らを支えている訳だ。では、出世主義者は世の中に必要なのか? わたしはそう思いにくいが、ただ世の中に一定数いるからには、何らかの社会的必要があって存在しているのだろう、とも想像する。
e0058447_22361879.jpg
しかし、技術者が三角形の領域の上に向かって動こうとすると、どうもそこで出世主義者の像とかぶるような姿が感じられるのではないか。それが、技術リーダーの成長を難しくしているのではないか。

さて、三角形の底辺と、上の頂点を対比する軸は何だろうか。リーダーシップの軸? 地位の軸?
 
それは専門性(スペシャリスト)の軸ではないか、というのがわたしの仮説である。あるいは逆に、悪名高き<ジェネラリスト>の軸だといってもいいかもしれない。「自分の専門性を失うことに対する不安」が、おそらく技術者が上に向かう流れを阻害してるのに違いない。しかしわたしは、これを上向きに「インテグレーション能力の軸」と呼ぶことを提案する。ジェネラリストではなく、インテグレーション能力を持った人。事実、ブルーネルとはそういう能力を持つ人ではなかったか。

<インテグレーション能力>
<専門能力>

こう呼べば、技術リーダーも育成可能だとわかるし、自分で成長を目指すこともできる。なお、「リーダーシップの軸」と呼びたいと思う人もいるかもしれない。リーダーシップという言葉は受けが良く、人気が高いが、その内容については社会的・学問的合意がじつは存在しないので、わたしはあまり定義には使わないことにしている。あるいは「管理技術の軸」と呼びたい気持ちも多少あるが、この言い方だけでは誤解を招きかねないので、ここでは避けておこう。

わたし達の社会に必要なのは、このインテグレーション能力を明確にし、技術リーダーの職種を確立することだと思われる。

その職種名を何と呼ぶのか? 私だったら迷いなく、「プログラム・マネージャー」と呼ぶだろう。だが残念ながらこの呼び方は、日本ではほとんど普及していないし、理解もされないに違いない。じつは欧米には、別の候補の名前もあるのだが、長くなるのでここでは省略しておく。

この技術リーダー職種には、価値があるのだろうか? もちろんある。ただし、その価値は労働市場ですぐ取引出来るような価値ではない。だって個人個人で、その仕事の内容は大きく違うのだから。でも、あなたが19世紀英国の経営者だったら、ブルーネルをいくらで雇っただろうか? 相当な価値であることは間違いない。また、仮に、今のあなたの職場に、ブルーネルのような能力のある人がいたとしよう。彼を引き留めるために、あなたの会社はどうするだろうか? 彼のような人を育てるために、あなたの会社はどれだけの労力と投資を支払うだろう?

私たちの住む島国には、人しか資源はないと、小さい時からきかされてきた。だとしたら、わたし達はそういう人材を育てるために、どんな手を打つべきなのか、そろそろ考えるべき時なのではないか。


<関連エントリ>
 →「職人的であること、エンジニアであること」http://brevis.exblog.jp/24607574/ (2016-08-21)
 →「英国史上、最も偉大な技術リーダーに学ぶべきこと」http://brevis.exblog.jp/24622591/ (2016-08-28)


by Tomoichi_Sato | 2016-09-05 22:43 | 考えるヒント | Comments(4)

職人的であること、エンジニアであること

ちょっと贅沢をして家族3人でお寿司を食べに行った。ネタの新鮮さでは界隈で一番という店である。期待通りの、いや期待を超えた美味だったし、いつもは寡黙なメインの寿司職人さんが、珍しくいろいろ話をしてくれた。包丁の入れ方だけでイカはどれほど旨みが変わるか、雲丹は塩水保存とミョウバンを使ったものでは口どけが全く異なること、などなど。サンプルと実演を混ぜて教えてくれた。寿司職人の勤務時間や修業時代についても、語ってくれた。お盆の連休前で、リラックスしていたのかもしれない。

帰り道に、息子が感心したようにつぶやいた。「寿司職人て、なるのはやっぱり大変なんだね。時間も仕事もきつそうだし。でも、それだけ修行したら、あの人みたいな腕になるんだ。」就活が一段落したばかりの息子は、たぶん来年からの自分自身も重ね合わせて、感じ入ったらしい。「それに、あのイカの味の差! すごい技術だよね。」

——技術じゃなくて、技能だな。
わたしは、軽く訂正した。

「技術と技能って、何か違うの?」

——違うよ。技能ってのは、あの板さんみたいに、その人の目や腕にいわば染み込んだ能力のことをいう。これは人についていて、他人にすぐには伝えられない。『属人的』な能力といえるだろう。

「ふうん。」

——ところが、技術というのは違う。技術ってのは、基本的に人に移転可能なんだ。技術の基礎は科学法則とか、経験知だけれど、それは言葉や数式や道具にして、人に伝えることができる。ここが大きな違いだ。

「そうなんだ。」

息子は再生可能エネルギーに関係した仕事を志望している。一応理系の学部を出て修士課程で学んでいるが、工学部ではないのでエンジニアの教育は受けていない。かといって営業とか経理など、事務屋になる訳でもない。では、どういう職種になるのか。どういう風に、腕を磨くべきなのか。そこが関心事なのだろう。そこで、わたしは続けた(誰かにものをたずねられると、いい気になってしゃべり続けるのが、わたしのいつもの癖である^^;)

——職人技と技術の違いを分かっていない人は、世の中に珍しくない。もちろん、どちらも大切なものだ。だけど、自分たちの会社の強みが、どっちで成り立っているか自覚していない企業も多いんだ。たとえば、精密な加工で、高性能な製品を作っている会社がある。そこの技術者たちは、自分たちの設計が良いから、高性能だと思っている。だけど、その精密加工は、じつは現場の職人の技能が支えているんだ。彼らが退職してしまったら、もう設計図どおりに製品を作れない。たとえ作っても、元の性能は出ない。だったら、その会社が大事にするべきなのは誰か。分かるよね。

「現場の人でしょ?」

——うん。あるいは、こういう例もある。超高圧に耐える製品を出している会社だ。微細なずれも許されない。だけど、その中核となる部品は外注先の中小企業が製造していた。その外注先がつぶれたら、あるいは経営者が高齢化で会社をたたむことにしたら、どうやってその製品を作り続けるのか。たずねてもはっきりした答えはなかった。不思議だと思わないか。技術というのは再現性のある結果を出せるから、技術なんだ。生産の継続性が保証できないのに、技術と言えるだろうか。図面を引くだけが、技術じゃないんだ。

「職人の仕事は、再現性がないの?」

——人によって違うだろ。さっきの板さんと、下っ端じゃ、同じ材料の刺身を切っても味が違う。

「なるほど。」

——まあ、大学を出た知的職業の中にも、職人的な仕事はいくらでもある。弁護士だとか、外科医だとか、音楽家とかは、同じケースを扱っても人によって結果が全然違う。だから、職人仕事が低級だとか、まずいとかいってるんじゃないよ。ただね、技術者はそうであってはいけない。同じ条件で設計したのに、材料の量が人によって3倍も違う、というのは技術になっていないんだ。

「設計の上手・下手っていうのはないの?」

——それは確かにあるよ。設計は与えられた条件の中で、科学法則に従いながら、問題を解決できる構造や形や機能を与える仕事だ。手際のよしあし、できばえの美しさや効率の良さ、というのは違いがある。とくに設計上の自由度が大きい、白紙のキャンバスに絵を描くような種類の仕事ではね。それでも、技術者はいつも普遍性を意識していなくちゃいけない。どんなときにも、一定のレベルで結果を出せなきゃプロとは言えないだろ? 経験知は言葉や式や道具にして他人に伝え、後輩の設計が下手なら、育成指導しなきゃいけない。そこまでやって、はじめてエンジニアの仕事は完結したといえる。

「ふうん。」

——ただ、一番良くないのはね、自己認識と、実際に自分がやっていることが、ずれている場合だ。たとえば、『自分はエンジニアだ』と信じながら、仕事のやり方はじつは職人的だ、という人がいる。職人は客観的な数字より、自分の五感を信じる。個人主義で、弟子以外の人に技を伝えるのを嫌う。原理や法則化も志向しない。だから、そういう自己認識のずれがあると、組織がだんだん歪んでいく。

・・そう説明しながら、わたしは職人的であることと、技術者であることの特徴的な違いを、頭の中で拾い出してみた。いろいろな類型化が可能だが、わたしがすぐに思いついた違いは、次のようなことだった:

「職人」
・五感を大切にする
・言葉による教育はしない
・自分が納得できる仕事がしたい(一に自負、二に報酬)

「エンジニア」
・科学的原理と経験知を大切にする
・知識と数式で教育する
・大きい仕事がしたい(組織人であることに抵抗がない)

わたしの連れ合いの父、つまり息子から見ると父方の祖父は、職人あがりだった。だからイメージがつかみやすい。職人は、自分の目で見、鼻で嗅ぎ、手触りによる判断を大事にする。自分の五感を最も信じるのだ。また、職人は徒弟制度の中で育つが、その基本は実地教育であり、懇切丁寧に教えたりはあまりしない。むしろ「親方から盗むこと」「先輩の背中を見て育つこと」を期待される。

そして、職人的であることの何よりの特徴は、仕事に対する態度だ。それは、「自分が納得できる良い仕事がしたい」と強く思うことだろう。職人はもちろん、報酬のために働く。昔は出来高制だったから、たくさん働けば、それだけ良い収入を得られた。しかし、お金より大事なのは、「納得できる、良い仕事」なのだ。職人にとっては仕事の成果が自分にとっての最大の報酬である。逆に、お金は二の次で、自分の興味ある仕事に打ち込んでいくのが、職人的な態度だ。

ところで、わたしの父親は技術者だった。父は早く亡くなったが、それでも大きな影響を受けた(エンジニアリング会社などというところで働いているのも、その影響の一つである)。父は数学や科学的原理を大切にしており、またよく勉強していた。ただ、自分もエンジニアになって分かったことは、科学が十分に説明できない経験知も、非常に大きな比重をしめていることだ。ただ、そうした知識と数式が、技術者教育の基本にある。「移転可能であること」が技術だからだ。

もう一つの技術者の特徴は、「大きい仕事がしたい」と考える人が多いことだ。大きい、は一種の比喩であって、物理的には「世界最小の製品」だって、意味的には「大きな仕事」である。とにかく、先端的な仕事で実績を上げ、名を上げたいという欲求が強い。そこは一種の競争心である。そして、大きな仕事をするに当たっては、技術的な分業体制が必要になる。そのため、組織人であることに抵抗がない点も、エンジニア達の特徴だろう。組織に属し、組織のルールや制約にも黙って従う。そこは、自立心の強い職人たちとは、少し違っている。

では、ものづくりの仕事に携わる人は、職人と技術者の2類型に分けていいのだろうか。なんだか足りないものがあるな・・と考えて、気づいたことがあった。連れ合いの父も、わたしの父も、後年は人の上に立ち、人をリードする立場になっていた。つまり単なる職人や技術者ではない、別の職種になったのだ。人を束ねて、ものづくりを進める。経営者というと身分の話になってしまうから、ここではあえて「技術リーダー」という言葉を使うことにしよう。そう、以前紹介した、ワインバーグの使った用語である。では、技術リーダーとはどういう人たちか?

「技術リーダー」
・直感と協調性を大切にする
・リーダーは教育と実地訓練で育てられると思っている
・価値がありお金も儲かる仕事がしたい

技術リーダーはとても実際的な人たちである。彼らは現実感覚、もっといえば自分の直感や見通しを大切にする。同時に、人を束ねる仕事だから、協調性も大事だ。協調性とはいいかえると、「感情やパッションを共有すること」である。また、彼らは後輩の育成指導も大事な仕事と心得ている。こういったリーダーは、たんに素質を見いだすだけではなく、言葉でも教育し、かつ実地訓練で育つと考えられている。

技術リーダーたちが望む仕事は、価値があり、かつ、ちゃんとお金も儲かる仕事である。価値がなければ人々はパッションを失ってしまい、ついてこなくなる。しかしお金が儲からなければ、人を養うことができない。人を大切にし、かつマネーにもこだわる。これが技術リーダーだ。(なお、わたしはこういう人たちを『プロマネ』という言葉でよびたい欲求もあるのだが、そうよんでしまうとかえって狭く受け取られかねないので、このままにしておく)。

こう考えると、ものづくりに携わる人たちには、三つの類型があるように思える。職人と、エンジニアと、技術リーダーだ。三つの頂点が作る三角形の中に、自分を付置してみるのも面白い。そして自分の目指す方向も描いてみる。たいていの理系大卒の人間は、右下隅のエンジニアの卵としてキャリアをはじめる(わたしもそうだった)。その後、エンジニアであり続ける人もいるが、科学原理は脇に置いて、リーダーとして人を動かし、世に認められる(商業的にも)仕事を目指していく者もいる。また科学原理を離れ、職人的になって自分の感覚を頼りに、守備範囲を孤独に掘り下げていく人もいる。どれを選ぶかは上等下等というより、価値観の問題だ。
e0058447_3325161.jpg

・・というようなことを考えつつ、さて、こういったややこしい図式を、ほろ酔い機嫌の帰り道で説明するのはなかなか至難だな、と思っていたら、しばらく黙っていた息子から質問があった。

「エンジニアに向いているか職人に向いているかって、会社ではどうやって決めるてるの?」

——それはね、本当はその人の資質で決めるべきなんだけど、たいていの会社ではいわゆる学歴で最初から振り分けているのさ。『技術員』と『技能員』という言葉で呼び分けている会社もある。技術員は大卒で、事務所で計算や図面引き、技能員は高卒で、現場で一生、力仕事、と。昭和時代には、大卒は「人事部」が管理して、高卒は「労務部」が相手する、という風に管理組織まで分けている会社があったくらいだ。

「え、人事と労務って、そういう違いだったの?」

——かつて、一部の会社ではね。そして、大卒はホワイトカラーとしてどんどん上がっていけるけれど、高卒は良くても課長止まり、という会社がほとんどだった。給料も全然違う。あんまりバカバカしいから、みんな子どもは大学に行かせるようになった。日本では90年代の初めに、高卒より大学進学者の方が多くなる逆転現象がおきた。結果として、現場で働く職人はだんだん減って、現場仕事の質は残念ながら、どんどん下がってしまった。その一方で、ホワイトカラーや営業職種は水ぶくれになって、生産性が上がらないことおびただしい。品質問題と生産性低下。これが平成不況の症状だ。明らかに、間違ってるだろ?

「何でそんな事になっちゃったのかな。」

——それはね、人間の職種を上下に分けて、それを学歴で振り分けたことだ。職人は肉体労働として卑しんだ。誰でもできて、代わりはいくらでもいると、高をくくった。自分たちの産業が、どれほど職人仕事に依存しているかも理解せずにね。そのくせ高学歴の自分たちは、無意識に職人的な仕事ぶりになって発展力を失っていった。

「技術の進歩で、職人仕事は減らないの。」

——ある種の単純な力仕事は、たしかに減ったさ。だけど確実に残る部分はある。さっきの板さんの仕事を、ロボットで代替できるかな? ああいう手先の細かな技能こそ、日本の宝なんじゃないかな。あの板前さんは大学どころか高校も出なかったみたいな話しだったけど、立派な技量を持っている。日本は学歴社会っていうけれど、じつは「入学歴」にすぎないだろ。

「そうだね。」

——18歳のある日の試験で、人よりたくさん正解を言えたからって、一生優遇されるなんて馬鹿げてる。お父さんの会社はさ、いろいろ問題はあるけれど、一つだけ自慢していいことがあるんだ。それは、大学を出ていなくても社長になれることさ。

「そうなの?」

——そうだよ。俺が入社したときの社長は、高専卒だった。それに、今から10年くらい前の社長も、たしか高専卒だったはずだ。それでいいんだよ、エンジニアリング会社なんだから。エンジニアは技術力がすべてだ。それは、その人が仕事でどれだけ学んできたかってことを示してる。さっきの板前さんの修行も同じさ。学歴ってのは、本当は『学んできた歴史』のことを言うべきだ。社会に出てから、どれだけ学んだかが、その人の本当の価値なのさ。


<関連エントリ>
 →「スペシャリストか、ジェネラリストか?」 (2016-04-18)
 →「組織のピラミッドはなぜ崩壊したか(2) 学歴社会の矛盾」 (2010-09-19)
by Tomoichi_Sato | 2016-08-21 03:40 | 考えるヒント | Comments(2)

見えない壁に突きあたった中堅エンジニアが学ぶべき、三つのこと

先週の4月2日(土)に浜松市で、合同シンポジウム「サプライチェーン戦略とプロジェクト・マネジメント」を開催した。主催はOR学会・日本経営工学会・スケジューリング学会で、その配下にある「サプライチェーン戦略研究部会」(主査・日本IBM 米澤隆氏)と、わたしが主査を務める「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」が実行主体だ。

講演者には、倉庫管理システムiWMSの開発元として有名な(株)フレームワークスの渡辺重光会長と、ヤマハの曽根卓朗主席技師のお二人をお招きした。お二人の話はどちらも非常に興味深いもので、渡辺氏はロジスティクスとIoTの広範な展望を話され、曽根氏は通信カラオケの製品開発を題材に、生々しい体験をお話しいただいた。最後にパネル・ディスカッションを行い、わたしもパネラーとして参加した次第だ。

幸い大勢の方に来ていただき、立ち見が出そうになったので椅子を補充したほどだった。製造業の街・浜松でのこうしたテーマへの関心の高さを感じるとともに、遠方からおいでいただいた方々にもお礼を申し上げる。

ところで、なぜ「サプライチェーン」と「プロジェクト・マネジメント」という二つのテーマで、合同シンポジウムを企画したのか、その理由について少しだけ補足説明しておきたい。それは、このところずっとわたしが考えている問題と関連しているからだ。その問題とは、

中堅エンジニアがモチベーションを保って成長するには、何を学ぶべきか

という問いである。わたしはたまに、頼まれて、社会人向けの研修セミナーをすることがある。対象者の多くは、中堅のエンジニアである。実際には技術系に限らず事務系の職種も混ざるが、ここでは「エンジニア」と総称しておく。

中堅とは、年齢で言うと30代から40代くらいまでが中心だ。そろそろ「リーダー」的なポジションにつく頃である。たとえ課長係長といった中間管理職ポストではなくても、自分一人だけでなく後輩や部下を采配し、あるいはときに上司や関連部署を動かして、仕事を達成していかなければならない立場になる。

それは同時に、自分の持つ固有技術だけで勝負できにくくなる年代でもある。20代の若い内は、技術が身につくこと自体が面白い。できなかった計算ができるようになり、分からなかったことを知るだけで成長を実感できる。しかし、同じ技術職を5年、10年とつづけるうちに、ふと不安に駆られるようになったりする。不安とは、今の職場から外に出ても、業界で【専門家】として十分通用するか、といったことだ。その年代はまた、人を使うことの難しさにだんだん気がつくときでもある。

それでも、ユニークな上司や、理解力あるトップに恵まれれば、面白い仕事ができ、力を尽くせる可能性はある。曽根氏の製品開発など、まさにその例であったろう。中堅エンジニアこそ、まさにイノベーションの担い手である。

ただ、それはいつでも、誰にでもあるチャンスではない。中堅の取り組みは、しばしば上司や会社の仕組みという壁につきあたる。あなたが今の仕事をもっと良くしたいと考え、たとえば外部のセミナーなどに聴きに行ったとしよう。刺激的で、ためになる話を聞き、感激して上司に報告する。するとどうなるか?

あなたの上司は、あなたから学びたいとは思わないものである。部下が外で学んできた知識は、むしろ自分の「指導力」にとって脅威となる、とさえ感じるかもしれない。どんなに素晴らしい知恵を仕入れたとしても、それが上司のものの考え方や世界観にあわなければ、はじき返されるだけだろう。かりに上司がそれを受け入れてくれたとしても、会社のルールや習慣にあわない可能性もある。かくて、仕事のやり方を良くしたいという、あなたの意欲は満たされぬままとなる。

では、中堅エンジニアがモチベーションを失わずに、成長するにはどうしたら良いのか。専門技術を掘り下げるだけでは十分でなさそうだと、この層の人たちは感じている。だったら「リーダーシップ」や「人間力」を身につけろ、というのが世間の答えらしい。だがそれは、どうやったら身につくのか?

もっと年配層のベテラン達なら、「そんなのは理屈じゃない」「俺の背中を見て育て」、みたいなことを言いそうである。そいつはご遠慮するとしても(笑)、じゃあどうすべきか。ドラッカーでも読むべきなのか。だがそれも、一足飛び過ぎる。経営者でもないのに、経営論を読むのは面はゆい。それに、世に流通するリーダー像は、有名企業の経営者か、あるいは外資系コンサルタントとかベンチャー経営者ばかりだが、コンサルや起業家をめざすだけが人生なのか? あるいは、出世して経営者にならない限り、面白い人生はやってこないのか。誰もが社長になれるわけではないのに、経営者にならなければやりがいは満たされない、だから出世を目指せ、という人生観は、どこか間違っていないだろうか?

よく会社のトップは、「T字型人材」を求めるという話も聞く。T字型とは、縦と横の二本線からなる形だ。縦の棒は専門分野を狭く深く身につけ、横の棒はいろんな分野を広く浅く知っている状態を表す。つまり、一つの専門分野をきちんと習得しスペシャリストになった上で、異なる分野についてジェネラリストたるべし、ということらしい。これは(理由は長くなるので書かないが)日本の組織が求める一つの典型的人材像である。だが、横の棒を張り出すための勉強は、どうやるのか? まさか百科事典を、はしから読むわけにもいくまい。
e0058447_21193615.jpg

これが、現代の日本の中堅エンジニアが直面している、典型的な問題ではないだろうか。自分は個人として成長し、また組織人としてもキャリアを伸ばしたい。だがなんとなく、仕事で見えない壁に直面している。自分は何を、どう学ぶべきなのか。

日本の産業を実際に支えているのは、中堅エンジニア層である。日本を元気にしたかったら、この人たちに元気になってもらうことを考えるべきだ。モチベーションを維持し、成長する方途を示す必要がある。

わたしは、中堅エンジニアが学ぶべき二つのことがあると考えている。

一つ目は、仕事に対するマクロな視点、「仕組み」の理解を持つことである。自分の専門領域というミクロな視点だけではなく、自部署や自社を含んだ、モノとサービスと情報の流れる大きな仕組みを、理解する能力。すなわちサプライチェーンの理解である。わたし達が問題や壁に直面したとき、目を近づけてミクロに解決の穴を探すより、ずっと上から大きな視点で問題構造を理解し、無意識に抱えていた余計な制約条件を外した方が、より根本的な解決策を得ることが多い。だから、サプライチェーン(生産管理や生産計画なども含む)を知ることで、マクロな仕組みを見る力を養うべきである。

もう一つは、仕組みの変え方、人の動かし方の視点だ。こちらは、プロジェクト・マネジメントの理解である。プロジェクトとは、新しいことにチャレンジする際の、人と協働するための方法論である(もっと厳密に言うと、「プログラム・マネジメント」の領域も関連するが、その話は省略する)。ちなみにヤマハの曽根さんは社内的に不本意な状況にあったとき、通信カラオケという(ある意味で卑俗に思われる)製品開発プロジェクトに取り組むことで、自分のモチベーションを維持した。そしてパートナー企業からプロジェクト・マネジメントの技術を学んだことで、自らのリーダーシップを強化できた、という。

サプライチェーンと、プロジェクト・マネジメント。エンジニアは、固有技術を一通り身につけたら、この二つを学ぶべきなのだ。だからこそ、この二つをテーマとする合同シンポジウムを、製造業の街・浜松で企画しようと思い立ったのである。

さらにいうと、三つ目の要素もある。それは、一種のソフト・スキルで、わたしが「チャレンジのOS」とよぶものである。OSとは、体系化された思考と行動の習慣、という意味だ。近著「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書 ~グローバルなチャレンジを成功させるOSの作り方」では、これを「S + 3K」と表現したが、中核のSは『システムズ・アプローチ』である。
e0058447_2121227.jpg

ただし、こうした知識は、読む・聞くだけでは十分ではない。実践しないと身につかないからだ。実践すれば、必ず問題にぶち当たるだろう。それをどう超えていくか、ここをサポートする方法論が必要だろう。目に見えづらい問題、正解のない問いに取り組んでいくためには、自分の問題を言語化して、他人と共有する場があった方がいい。問題を他人に話せるくらいに自分の頭を整理できれば、解決に半分近づいたようなものだから。つまり、中堅エンジニアのための、互いの学びの場が必要だということだ。

シンポジウム開催は、その一つの取り組みだった。わずか半日のシンポジウムで得られる知識の量は、限られているが、むしろいろんな人と出会える機会の方が貴重である。こうした場を作り続ける努力が必要なのだろう。高井英造先生が東工大CUMOTで主催されてきたサプライチェーン・マネジメントに関する社会人研修コースも、その取り組みの一つだろうし、わたしが今年度から客員教授としてお手伝いすることになった、静岡大学の大学院MOT(事業開発マネジメントコース)もその一つではある。

ただし、継続的に大学などに通うには、時間も金銭的にも負担が大きい。こうした形以外にも、もう少し取り組みやすい形が必要なのではないか。また以前も書いたように、成長のための仕組みには、『報償系』の存在も大事である。MOTによる修了証書授与以外に、なにか考えられないか。

それがどのような仕組みであるべきかは、わたし自身もまだ模索中だ。ただ、わたしのこのサイトが、なぜプロジェクト・マネジメントとサプライチェーンの二つのテーマを中心としているのかは、お分かりいただけると思う。わたし自身もまあ、会社員として何度も壁にぶち当たる経験をしてきた訳だが、このサイトで文章を編み出しながら自分の考えをまとめることで、少しずつではあるが自分を精神的に保ってこられたように思う。

わたしのこのサイトは、そうした意味で、これから新しい仕組み作りにチャレンジする人、仕事のあり方をかえたいと願っている中堅エンジニアのために、役立つものとなっていきたいと考えている。そのためには、本サイトの構成も、さらに変わっていくべきかもしれない。SCMもPMも裾野の広いエリアにもかかわらず、具体的に、生産管理とは何かとか、WBSはどう作るかといったコンテンツを提供しているサイトは、意外なほど少ないからだ。

そしてシンポジウムの最後でご紹介したように、わたし達は研究部会で「PM教育のためのシステム」構想にとりくむつもりである。わたしが『システム』 というときは無論、コンピュータ・ソフトだけではなく、それを含む大きな「仕組み」のことである。こうした模索に対し、心ある方々の応援や協力をいただけるならば、これほど心強いものはない。
by Tomoichi_Sato | 2016-04-04 21:24 | 考えるヒント | Comments(0)

魚心あれば水心 − 最適なペアを決めるマッチング・アルゴリズムの話

Apple初期にMac OSを開発した中心メンバーに、アンディ・ハーツフェルドという伝説的なプログラマがいた。Appleを退社後、独自にSwitcherというユーティリティ製品を開発するのだが、これはシングルタスクだったMacOS上で、複数のアプリを同時に動かせるという独創的なソフトだった。ところで以前、彼のインタビューをよんでいたら、彼が人生で最初に作ったプログラムが、高校のダンスパーティーの男女ペアを自動算出するものだったと書いてあり、笑ってしまった。世界中どこにいたって、魚心と水心の組み合わせは、つねに揉め事の種なのだ。

男女のお見合いから、研究室の配属、そして就活の就職先選びまで、世の中には「求める側」と「与える側」の組み合わせ問題に満ちている。あるいは、デマンド側サプライ側、と言いかえてもいい(男女のどっちが供給側かはともかく)。その典型は、サプライチェーンであろう。需要と供給をどうマッチングさせるのが最適なのか。最適とは、ここでは「お互いに満足度が高い」という風に規定しておこう。

「部分最適から全体最適へ」というのは、SCMの標語でもあった。では、最適なマッチングを具体的に決めるには、どうしたら良いのか? こうした問いに答える研究分野があることを、恥ずかしながらわたしはつい最近、初めて知った。

それを学んだのは昨年11月に、沖縄で開催された経営情報学会に参加したときである。たまたま「マーケットデザインとその周辺」というオーガナイズドセッションに講師として呼ばれ、そこでご一緒した大阪大学の安田洋祐先生と、電通大の岩崎敦先生から、「マッチングメカニズム」論の初歩と、ゲール=シャプレイ・メカニズムとよばれる仕組みのお話しをきくことができた。さらに、こうした研究の業績によって、シャプレイ教授は2012年にノーベル経済学賞を受賞したこともうかがった。そこで今回は、その時の印象的な講義をふりかえりながら、おさらいのために少し一緒に勉強してみたい。

ゲール=シャプレイ・メカニズムとは、マッチング問題を解くための基本的なアルゴリズムである。マッチング問題は、パーティでの男女の組み合わせに象徴されるように、デマンド側とサプライ側が互いに相手への好みを持つ場合に、より満足度の高い組み合わせは何か、という問題だ。ゲール=シャプレイ(GS)メカニズムは、その最適解を生成する手順である。

ここで、まずマッチング問題の前提を少し整理しておこう。まず、何らかの場があって、そこに
- デマンド(需要)側
- サプライ(供給)側
が同数いる。ここでは仮に、男の子がデマンド側で、女子がサプライ側としておこう。それから、誰もが相手に対する好みの順番(『選好順序』)をもっている。が、それは相手側には直接、分からない。また、この選好順序は、ジャンケンのような循環順序ではない、とする。満足度は数値化できないかもしれないが、とにかく優劣は決められるのだ。そして、他に特段の制約条件はない、とする。つまりお金持ちの子が最初に相手を選べるとか、貧乏人はペアを組めない、といった例外はもうけない、フェアな世界だとする。

GSメカニズムの基本的手順は、以下の通りである:
 デマンド側が、自分にとって最高順位のサプライ側にマッチングを申し込む
 サプライ側は、自分にとって最高順位のデマンドを「キープ」し、あとは拒否する
 デマンド側は、拒否されたら次の順位のサプライ側にマッチングを申し込む
 サプライ側は、より選好順位の高いデマンドが来たらキープ相手を変更する
 デマンド側がすべて受け入れられた状態になったら完了
この手順が最後まで行き着いたら、結果は自動的に最適状態になっていることが、数学的に証明されている。最適状態とは、どのペアを取り替えても、これ以上満足度の増える組み合わせが存在しない、というほどの意味だ。

非常に単純・明快な手順ではないか?

ゲールとシャプレイは、「大学入学と結婚の安定性」(1962)という、ちょっとふるった名前の論文で、最初にこの研究成果を明らかにした。この問題は、学問の地図でいうと、経済学という大国の中の、ミクロ経済学州にある、ゲーム理論という大都市の中に位置する。そこには数学国出身の賢そうな人々が多く住んでいる。わたしのように化学工学という小国出身で、今はプロジェクト・マネジメント論というもっとマイナーな地方都市にうつり住む者にとっては、縁遠い土地柄である。ま、自分が知らなかったことへの妙な良い訳はともかく、50年も前の知見を、今ようやく学んでいる訳だ。

このGSメカニズムは、現実の制度への豊富な適用事例をもっているのも特徴だ。たとえば日本では、2003年度から、臨床研修医を病院へ配属するためのマッチングの仕組みとして実際に使われている。また、 早稲田学院から早稲田大学の各学部への配分メカニズムも、そうなのだという。もっとも、わたしはGSメカニズムの仕組みをきいて、思わず触媒表面上の活性点で起きている分子レベルの化学反応メカニズムを連想してしまった。とういことは、自然界でも、これに似た仕組みがあちこちで動いているように思える。さすがである。

なお、マッチングが1対Nで、定員があったりする場合、GSメカニズムは次のような手順になる。
2 サプライ側は、定員まで「キープ」し、あとは拒否
4 新たにデマンド要求があった場合、サプライ側は選好順序に従って「キープ」を入れ替える

ところで上記の手順、きいてしまえば当たり前な内容、にも思える。どこが独創的なんだ? 数学的な証明はたしかに簡単じゃなさそうだけれど、普通、こうしてるじゃないか?

ところが普通は、上記のGSメカニズムとは、ちょっとだけ違うことをやっているのである。そして、そのちょっとだけの違いが、大いなる影響を生み出しているのだ。

世の中で普通にやられているのは、希望順位優先方式とよばれる方法である。別名を、「ボストンメカニズム」ともよぶ。ここでは、就活生の企業への就職を例にとって説明しよう。簡単のため、世の中に学生は全部で5名、企業は3社だけとする。世の就職関連業者がきいたら泣き出しそうなほど、シンプルな社会である。 学生の名はA・B・C・D・Eで、成績もこの順番である。企業はX社、Y社、Z社とする。なお、X社は大企業なので、募集定員は3名である。YとZ社は1名ずつだ。

希望順位優先方式(ボストンメカニズム)では、次のような手順で、就職者を決める。
1 全学生の第1希望において定員を満たすまで、企業は成績順に内定を決める
2 内定されていない学生と、定員の残る企業で、次の希望順位について1を繰り返す
シンプルだし、現実に、ほとんどのケースではこのようなマッチングが行われている。

だが、この手順ではまずいことが起きるのだ。それを「戦略的選好」とよぶ。

いま、学生の就職したい企業の順番(選好順序)は、以下のようだったとする。
Aさん、Dさん、E君:  X>Y>Z
B君、Cさん: X>Z>Y

ボストンメカニズムを適用すると、こうなる。
第1ラウンド:全員がX社を志望する。そこでX社は上位3名の、A・B・Cの採用を決め、内定を出す
第2ラウンド:DさんとE君は、第二志望のY社に志願を出す。Y社は、成績が上のDさんを内定する
第3ラウンド:E君がZ社に内定して、完了。
この結果、E君は、自分の希望順位では最低のZ社に就職することになる。

それが競争原理・弱肉強食のこの世の宿命だろう、って? ところが、である。E君はここで奸計を思いつく。彼は内心を隠して、自分の選好順位は「Y>X>Z だ」という風に振る舞うのである。

するとどうなるか? 上記の手順をあてはめると、こういう結果になる(読者の皆さんも紙の上で、ご自分で追いかけてみてほしい)。
X社:Aさん、B君、Cさん
Y社:E君
Z社:Dさん
おわかりだろうか? E君は次善のY社に就職し、正直だったDさんが割をくうのだ。

つまり、希望順位優先方式(ボストンメカニズム)は、嘘に弱いのだ。嘘をついた者が得をして、正直者が損をする。これを「戦略的選好」の問題とよぶ。この例では、嘘をついたことによる利得は所詮たいしたことが無いが、もっと深刻な例だって考案することができる。このような制度設計をしてはいけないことは、社会的に明らかだろう。

ところがGSメカニズムでは、「本音を言う」のが最適戦略になるのだ。ためしにGSメカニズムで上の例を追いかけてみると、E君が本音を言おうが嘘をつこうが、結果としては
X社:Aさん、B君、Cさん
Y社:Dさん
Z社:E君
となることを確かめてほしい。

GSメカニズムでは「戦略的操作」(つまり嘘)は有効にならないことが、数学的に保証されている。なぜ、その違いが生まれるかというと、GSメカニズムでは「仮にキープ」するが、後になってひっくり返すことを認めているからである。つまり、『内定取り消し』が公式に許容されているのだ。ボストンメカニズムでは、決定は先着順であった。ここが違うのである。

もっとも、GSメカニズムにも、弱点が無い訳ではない。たとえば、意図して嘘をつく訳ではないが、自分の選好順位とは反する選択をするような、非合理な人間が出てくると、うまく機能しなくなる。好みに反する選択をするとは、すなわち、自分が何を志望し、何をしたいのか、自分でもよく分からない人たちである。

いや、若い内には、そもそも自分が本当に何をしたいのか、何に向いているのかなど、自分でも分からないのが当たり前なのだ。いわゆる「自分探し」である。そして、むしろ周囲の方がよほど客観的に、向き不向きを見抜いていたりする。しかし、当たり前のことだが、いつまでも「仮決め」でふらふらしていると、肝心のパーティーでダンスが踊れなくなる。誰とも踊らないうちに、歳をとってしまうだろう。それに魚心あれば水心、一緒に踊っている内に、相手への選好順序がせり上がったりするのも、人間の心理なのだ。

ゲール=シャプレイのアルゴリズムはすばらしい数学的成果である。だが、それは各人の選好順位が固定したものだという前提の上に成り立つ、一種のスタティックな最適化手法だといえよう。わたし達が現実からいろいろなことを学び、それによって価値観が変化していくような、ダイナミックな場合の最適なメカニズムデザインは、まだまだこれから考え抜いていかねばならないのだ。


参考
安田 洋祐:「経済学で理想のパートナーを探そう! ゲール=シャプレーアルゴリズムを合コンのマッチング問題から考える」 東洋経済オンライン 
上田 俊(九州大学):「ゲーム理論 アドバンスドトピック
by Tomoichi_Sato | 2016-01-31 20:32 | 考えるヒント | Comments(0)

クリスマス・メッセージ:平和のレジリエンシー

Merry Christmas !!


以前、社内のPMO(Project Management Office)にいた頃は、毎月、社内のプロジェクト・マネージャーから上がってくるPMレポートをレビューするのが仕事の一部だった。レポートは形式が決まっており、最初にナラティブな文章による状況報告がある。それからスケジュール・進捗・リスクなど各種の計量的なステータスがついている。

このレポートは本来、プロマネが、自分の後見人であるプロジェクト・スポンサーを経由して、経営層に提出するものだ。そして上の人は助言をつけて返す。だが同時に、ラインの横にいるPMOにも配布し、PMOがレビュー・コメントを行う。その目的は、縦のレポーティング・ラインだけでは見逃されそうな予兆や問題点をウォッチするとともに、別のプロジェクトで発生している問題点などをプロマネにフィードバックして、対応策を社内的に共有・横展開することにある。さらに、社内のプロジェクトに関する実績データをPMOが集積する目的もある。同じようなことは、わたしの業界内では広く行われている。

ところで、PMOとしてレポートを読んでいるうちに、気がついたことがある。それは、プロジェクトは二種類に分かれやすい、ということだ。どんどん良くなっていくプロジェクトと、だんだん悪くなっていくプロジェクトである。いい方のレポートを読むと、前々月は設計でこういう進展があった、前月はこうして問題を事前に防止できた、今月はサプライヤーにうまく発注できて予算を抑えられた、という具合に、毎月明るいニュースが並ぶ。一方、まずい方のレポートは逆である。前々月は、こういう障害で設計が進まなかった、前月は思いもかけぬ問題が発生し対応に追われた、今月は発注先からのクレームで赤字がさらに膨らんだ、という具合で、毎月、読むたびにため息が出る。

不思議なのは、良くなったり悪くなったり、というレポートがあまり無いことだ。前々月はよかった、でも前月はまずいことになった、今月はまた良くなった、といった風にアップ・ダウンのあるプロジェクトには、滅多にお目にかからない。これは一体、どういう訳だろうか?

ひとつには、レポーティングに関する心理的態度というものも、関係するかもしれない。プロマネだって皆、会社員だ。普通は、なるべく良いことだけを上に報告したい。そうすれば上の覚えもめでたく、自己の評価も上がるだろう。だからしばらく良いレポートが続く。しかし、プロジェクトの途中で次第にトラブルが大きくなり、やがて増員などの面で、上の支援を仰ぐ必要が出てくる場合がある。危険性をアピールしないと本気にされない。そこからは問題レポートが続く、と。

だが、PMOは文章だけでなく、計数的な部分もチェックしている。そして他の類似プロジェクトの実績値や、社内的な標準数値とも比較し、おかしなことが起きていないか見ている。最初の楽観的な文章と、後半の数値に齟齬があれば、PMOとして先に矛盾に気づく。自分も、そう心がけて仕事をしてきた。だとしたら、プロマネの心理的態度以外に、何か理由があるはずだ。

わたしが次第に持つようになったのは、「プロジェクトのダイナミクス(動力学)は、本質的に不安定なものだ」という仮説だ。プロジェクトはある目標を目指して進められる、活動の総体である。納期や予算、スコープ(責任範囲)といった制約条件の中で、それを進めなければならない。そしてプロジェクトを構成する設計とか調達とかテストだとかいった活動(Activity)は、互いに連鎖し関連し合っている。つまり、プロジェクトというのは一種の動的システムであり、それを制御するのがプロマネの仕事だ。

プロマネがきちんと計画を立案し、上手にチームをコントロールしていれば、諸活動はほぼ予定通り進んでいくだろう。ところが、人間はすべてのことは予期できない。予期せぬ問題が一部の活動で発生した際、それをうまく抑え込めないと、関連する活動間の調和を壊してしまう。するとその影響は伝播し拡大していって、さらに大きな問題となっていく。

たとえばボールを凹んだ谷間の底に置いたとしよう。多少の外乱があってボールの位置がずれても、ボールはまた元の位置に戻っていく。これを「安定」な状態と呼ぶ。ところがボールを山の頂上に置くと、外乱でボールが左右どちらかに揺れた場合、元には戻らずに、左右どちらかの方向に加速度的に転げ落ちていく。
e0058447_13335979.gif

プロジェクトとは、山頂に置いたボールのように不安定な存在だ、というのがわたしの仮説だった。ただし、まったくの不安定なシステムかというと、そうではない。ある程度の外乱の範囲内ならば、プロマネは乗り切っていける。そのときにカギとなるのが、予算でいえば予備費の存在、スケジュールでいえばバッファー(フロート日数)、さらに余裕ある遊撃手的な配員の存在だ。専門用語でいえば、Contingency Reserveである。

予見しなかった問題が発生したとき、担当者やプロマネは、自分が持っている予備費やバッファー日数の範囲内で、遊撃手を動かして対応策をとることができる。いや、むしろ予算や時間に余裕があるときは、問題が起きる前に、予防的対策が打てるのだ。こうして、プロジェクトは良い方向に進んでいく。

だが、外乱があまりにも大きかったとき、あるいは、出発時の制約条件がきつすぎて、プロマネの持つ予備費やバッファー日数や配員があまりに乏しいときは、発生した問題を抑え込めなくなる。そうすると負の連鎖反応が起きて、プロジェクトはもっと大きなトラブルに直面することになる。

プロジェクトでは必ず問題が発生する、というのが長年このビジネスに関わってきたわたしの実感だ。どんなに最善の計画を立てても、思いもよらぬ外乱(あるいは、ミスなどの内発的問題)が発生する。これを乗りこえていくためには、なんらかの余裕・あそびが必要である。そして余裕に比べて外乱があまりに大きいと、コントロール可能な範囲を超えていって、プロジェクト全体が制御不能になる。ただ惰性で前に進むだけの存在になってしまう。ちょうど、金属製のバネのようなものだ。バネを引っ張ると、弾性の力で元に戻る。しかし、材料の「降伏点」を超える力をかけると、バネはぐにゃりと延びきってしまって、もう元には戻れなくなる。

レジリエンシー』という新しい言葉をあちこちで見かけるようになったのは、この数年のことだ。Resiliencyという英単語は翻訳しにくいが、「復元力」とか「抵抗力」みたいな意味を持つ。3.11の恐ろしい災害で東日本のサプライチェーンが寸断され、それが国内産業全体に少なからぬ影響を及ぼして以来、この概念が注目されるようになった。

以前、統計数理研究所の丸山宏副所長によるレジリエンシー研究の講演を、自分の主宰する研究部会できかせていただいたところによると、
「レジリエンシー = Resistance(事前対策) + Recovery(事後対策)」
といった理解になるらしい。

<関連エントリ>
 →「稀な危機 vs ありふれた失敗-リスク対策の優先順位を考える」 (2013-10-14)

トラブル事象が小さい内は、Resistance(事前対策)の方が費用が小さくすむが、あまりに大きな「想定外」のトラブル事象に対しては、もうRecovery(事後対策)を考える方が経済的である、というのが丸山博士の説明であった。それならば、どこかで最適な組み合わせがあるはずだ、との予測が成り立つ。

その最適な組み合わせや、プロジェクトの「降伏点」は、プロマネが持っている予備費やバッファー日数などのContingency reserveから導き出せるのではないか、ということを当時は思った。

しかし、その後わたしの考え方は、少しかわった。まず、プロジェクトの降伏点というのも、一点ではなく、多段階あるのではないか。いったんは大きく乱れても、また何とか復元する力が働くときもある。

もう一つ。いったんはトラブルを経験しても、そのことが「人材が育つ」結果をもたらす事もあるのだ。むろん、それは程度にもよるだろう。だが、まったく問題を経験せずに、温室栽培か無菌培養のような環境下で育つより、ある程度の問題に否が応でも巻き込まれ、立ち向かった経験の方が、はるかに人は成長するのだ。むろん、トラブルが過酷すぎて、人をつぶしてしまうこともあり得る。ただ、そうした「人材の降伏点」は、決してその人が持つ資金だの時間だのといった、機械的なファクターだけで決まるのではない。

では、何で決まるのか。それは、その人の持つマインドセットであり、また、その人を支えて協力する周囲の態度やマインドセットでもある。その周囲がちゃんとしていれば、問題経験はむしろ、人を育てるのだ。

野口整体の創始者である野口晴哉氏は、「健康とは、風邪を引かないとか、病気にかからないことではない。健康とは、病気になってもちゃんと回復する力を身体がもっていることである」という意味のことを、たしか名著「風邪の効用」で書いていたと記憶する。この発言も、最初読んだときにはよく分からなかった。しかし、この頃、もしかしたら野口晴哉という人は、「健康」を、無病という静的な状態ではなく、「身体のレジリエンシー」という動的な感覚でとらえていたのかもしれないな、と思うようになった。

プロジェクトというのは、人間がやる営為である。プロジェクトには確かに、費用や時間や生産性など、計数管理できる・計数管理すべきテクニカルな尺度がいろいろある。そして計画し事前対策できる範囲が大きい。だが、それと同時に、問題が起きたときに乗りこえていく力、火が吹いても消火していく能力として、やる人たちの目的意識がそろっていること、感情がメンバー間で共感されていること、などの面も大きい。テクニカルとマインドセットは車の両輪である。どちらが欠けていても、人々が一緒にやる仕事はうまくいかない。

そして、日々の仕事から目を外に向けていくと、戦闘状態の続く西アジアでも、その他の地域でも、わたし達の社会はいろいろな問題によって挑戦を受けていることに気がつく。人々が争わず、お互いに事を荒立てずに暮らせれば、一番いい。しかし、たとえ一度は対立し火が噴いたとしても、それを短期間のうちに鎮火し、お互いに解決できる仕組みと能力を持つことの方が、ずっと現実的で重要だ。それはもちろん、兵器の数だとか予算だとかいった、テクニカルな尺度だけで測ることはできない。喧嘩をしても冷静に戻る能力、お互いの目標と感情を共感できる仕組み、が必要なのだ。

たとえトラブルに巻き込まれても、人間がそこから学んで成長できると期待し、信頼を置くこと。難しいことだが、こうした態度をつちかうことこそ、世界がひととき静かになるこの季節、平和のレジリエンシーを高めるために、わたし達一人ひとりに求められることではないだろうか。
by Tomoichi_Sato | 2015-12-20 13:59 | 考えるヒント | Comments(0)

ハラールとは何か、何ではないのか

結婚して間もない頃、米国の留学生寮に1年近くすんでいたことがある。主にアジア太平洋地域の各国から来た留学生や、米国の遠くの州から来た若者が一緒にすみ、キッチンは共同だった。独身者と、子どものいないカップルが10数組ずつ、キッチンをシェアする。お互い顔見知りになるから、ときどき招待し合って一緒に食事したり、あるいは学期試験の終わったころにはキッチン全員が持ち寄りパーティを開いたりする。そういうときには、近くの同じスーパーから食材を買ってきているはずなのに、ものすごくバラエティの大きな各国料理がそろい、楽しかった。

仲間の中には、パキスタンからきたイスラム教徒、インドやネパールのヒンズー教徒、タイやスリランカの上座部仏教徒もいる。だから、お互いの食物のルールなどにも気を遣いながら、一緒につくったり食べたりした。ヒンズー教徒の夫婦は厳格な菜食主義で、鰹節のだし汁も使えない。だから昆布でだしを取った。そのかわりお酒はOK。ところがパキスタン人の夫婦になると、ムスリムなのでお酒は御法度。それどころか、料理に使うみりん(英語ではSweetening wineになる)もダメ。日本料理は醤油+みりん(あるいは酒と砂糖)で甘辛に味付けするものが多い。だから味のバランスをとるにに苦心した。できあがったら、一緒にジュースで乾杯した。

ハラールという言葉が注目されるようになったのは、最近のことだ。イスラム教徒の許容する食事に関して、人々が関心を持つようになったのは、2020年の東京オリンピックで大勢の外国客を迎え入れる予定だからだろう。その際、観光業や飲食業は、なるべく多くのお客様を受け入れたい。そこでにわかに勉強しなくては、となった次第らしい。

念のために書いておくと、わたしはイスラム教徒ではない。だからHalal(ハラール)とは何かについて、書く資格は本当はない。ただ中東・イスラム諸国で多少仕事をし、またイスラム教徒の知人・友人も何人かいる者として、これまで学び、気をつけてきたことについて多少書いてみたい。

「ハラール・フード」という言葉に代表されるように、これはイスラムで認められる食べ物に関する、規則ないし規格だと思っている人は多い。しかし医薬品にも、化粧品にもハラールはある。人が経口ないし皮膚経由で何かを体内に取り込む時に、何が許されるかを判断する基準なのである。その基準になるのはイスラム法(シャリーア)であるが、元々そこに明文規定されていない物事もあるため、基準が必要になるのだ。

ハラールの基準について、今日一番厳密な規定を国家レベルで制定しているのは、中東諸国ではなく、東南アジアの国・マレーシアである。これは、華人が多くすむ地域なので、(あとで述べるように)禁忌とすべき豚肉などが広く流通し、生活圏の中でコンタミネーション(汚濁)の心配が高いからだ。逆に、中東諸国、たとえばサウジアラビアなどでは、そもそもハラールな食品しか原則として流通していない。だからあまり神経質な基準が必要とされなかった、という事情がある。

そのマレーシアの国家規格を読むと、ハラールについてかなり細かく規定しているが、大事な点は「何が許されるか」よりも「何が許されないか」だとわかる。禁止リスト方式なのだ。原則として天地万物は神の創造物であり、天然自然は許容されているが、その中に一部、注意して避けるべきものがある、という理屈になっているからだ。

その典型例が豚肉であり、あるいはその誘導品であるラードそのほかの食材である。しかし、禁じられているのは豚肉だけではない。犬の肉もそうだ。日本では犬を食べる習慣がほとんどないので、とくに心配の必要はないが、知っておいた方が良い。

ちなみに中東では、豚は軽蔑すべき動物だ(ま、たいていの国ではブタは侮蔑語である)が、ユダヤ教の昔から、野犬も軽蔑の対象だった。牧羊犬くらいはいたのじゃないかと思うが、聖書にも犬はあまりいいイメージでは出てこない。「神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない」といった具合だ。

イスラム教で許されないもう一つの代表例が、酒・アルコールである。上にも述べたように、みりんの中に含まれる酒精分さえ避けるべきである。ただし、経口ではなく皮膚経由で吸収されるものは、許容される。化粧品の中にはアルコール成分を含むものもあるが、許されているのはこのためだ。「飲めば酔っ払う可能性のあるもの」を避けるのである。

ただ、だからといってハラールを「ノー・ピッグ、ノー・アルコール」という風に単純化して理解するのは、いささか問題があると思う。じつは、避けるべき禁忌には二種類ある。「汚物」だから避けるべきものと、「誘惑」だから遠ざけるべきものである。豚は汚物の典型だから、食べるべきではない。しかし、酒は人間を惑わせるから、遠ざけるべきなのだ。外国や、人の見ていないところで酒を飲むイスラム教徒は、じつは時々いる。だが、どこの国に旅しようと、豚は食べない。もしまちがって食べたら、(一種の汚物だから)生理的に気持ち悪いと感じるだろう。そういう風に、接する態度が異なるのである。

ちなみに「汚物」に相当するものをNajsとよぶ。豚や犬、その肉や派生品はNajsである。さらに、人や動物の糞尿・嘔吐物などもNajsになる。こうしたものは、食品に入っていてはならない(豚肉以外は、誰にも当たり前に思えることだろう)。

さらにいうと、牛や鳥など許容される家畜の肉であっても、アッラー(神)の名で正式に屠られたもののみがハラールである。「だから私たちは、ほんとはスーパーで売ってるこんな肉を食べちゃダメななのよ。」と、寮のキッチンでパキスタン人の女性は言っていた。ただそんな事を言っていたら、留学生は非イスラム地域では飢え死にしてしまう。だからまあ、妥協して食べているのである。

医薬品の中には、豚由来の酵素を利用しているものがいくつもある。こうした製品も、原則としてハラールではない。だから摂取すべきではないのだが、ただし、その薬に代わるものがなく、かつ命に関わる場合は、人命優先の観点から許されている。そういう点では、イスラム法というのはきわめて合理的かつ実際的にできている。なお、人工的に作られた化学物質は基本的にすべて、ハラールである。だから合成原薬からの医薬品は(アルコールを除いては)問題ない。

マレーシアの国家規格にも明確に定義しているように、Najsだけでなく、一般に不潔なものの混入はハラールの観点から許されない。そういう意味では、ハラール遵守は、エンジニアリングでいう清潔管理や、清汚動線の分離などに非常に近い概念である。また規格には「ハラール・マネジメント・システム」という言葉も登場するが、これは一般的な品質マネジメント・システムと非常に相似な仕組みである。

ハラールは現在、外国人観光客受入(インバウンド)の観点から議論されることが多い。だが、上に述べた点を考えると、ハラール対応はむしろ、日本企業が海外に製品やサービスを輸出する「アウトバウンド」のカギになるのではないだろうか? インドネシア、マレーシアをはじめ、中東諸国、そして中央アジアを含め、世界の新興地域に住むイスラム教徒の人口は3億人以上である。「ハラールな商品」は、この巨大なる未来市場に対して、参入する絶好の機会を与えてくれる。

なんといっても、日本製の製品の品質面での信頼感は非常に高い。とくに化粧品や医薬品は、日本が強い業界でもある。幸いにも、「正直であり、また精確であること」は、日本人が持つ優れた能力であり、他の諸国に比べれば、普通ははるかにまさっている。これはわたし達が父祖から受け継いだ大切な宝物であり、次の世代にも引き継がせるべきことだ。そこにハラールであるという付加価値がつけば、鬼に金棒というべきであろう。

ハラール認証の仕組みが世界的に少しずつできあがってきていることも、追い風だろう。認証は基本的に製品に対して与えられるものだが、製造プロセスや品質保証体制なども審査項目の一つである。製造過程で要求される清潔管理や動線管理などは、新興国の企業ではまだ難しいかもしれないが、まっとうな日本企業なら、ごく普通に実践していることだ。医薬品業界のGMPや食品業界のHACCPを思い出せばいい。工場のエンジニアリング面においては、いくつか注意すべき点があるので、イスラム地域の経験のある会社などに相談する方がいいだろう。ただ、いったんシステムを構築してしまえば、それを守って操業運転することはそう難しいことではない。「5S」が実践できている工場だったら、かけてもいいが、必ずできる。

ただし、ハラール認証は最終的には宗教機関から得なければならない。国家規格というのは、「認証の必要条件」を満たしていることを証明する、必要条件である。また現時点では、ある国で取得したハラール認証が、他国でも自動的に受け入れられるような、万国共通の相互認証制度はまだない。マレーシアが規格や認証に熱心なのは、自国をハラール商品の製造基地にして、中東イスラム圏への輸出ハブにしたいという国家戦略があるからだ。

繰り返すが、ハラールの基本は清潔管理である。ただ、何を禁忌とみなすかについて、我々の通念と少しだけ違っている。それだけのことだ。あまり特殊な要求だと思わない方がいい。

まあ、たしかに食物禁忌というのは理解しにくい。たとえば今日の我々は犬を食べないし、その習慣を広く持つ韓国や中国を侮蔑する人々もいる。だが、現実には、日本人は戦国時代まで犬を食べていたのである。ただ、五代将軍徳川綱吉が「生類憐れみの令」を発し、とくに犬を勝手に殺すことを厳禁したから、この風が廃れたのである。わたし達が今日、犬を食さないのは、「犬公方」とあだ名された一権力者のためだといってもいい。

ついでにいうと、わたし達が刺身で生の魚を食べる習慣は、もともと中国から入ってきた。ところが本家中国ではその後、風習が変わり、火を通さない食物は原則として食べなくなった。今日、生魚を食する日本人を内心バカにする中国人もいるが、彼らの父祖だって歴史的には刺身を中華風にアレンジして食べていたのだ。だから、食習慣を元にした他民族への侮蔑は、案外、近世的なことだとも言える。そうした弊風は、いずれ世界各国がより近づいて緊密になるにつれ、ゆっくりとではあるが無くなっていくはずである。

若いときに1年間、留学生寮で多くの文化・習慣に触れる機会を得られたことは、わたしにとって、とても幸運だった。おかげで、少なくとも、互いの風習に寛容であるという態度を、少しは身につけることができた。イスラムはたしかにわたし達からは縁遠い宗教だ。だが、他人の伝統や価値観を、分かりにくいからといって軽々しく詮索したり批判したりすべきではない。他人に向けた無思慮な刃は、結局自分に跳ね返ってくるのだ。そのことは、ひどく攻撃的で尊大な一部のイスラム原理主義者たちの姿が、鏡のように逆転して映し出している。

かつて戦国時代や幕末、明治時代に日本を訪れた外国人は、口々に日本人が誠実で礼儀正しいこと褒めたたえた。誰も日本人が、喧嘩早くて議論好きで尊大な人達だ、などと書いたものはいない。ならば私たちも、父祖の残した美点と伝統を守ろうではないか。

ハラールというのは「儲かるために」目指すべきことではない。それは、他者に対するリスペクト、尊重のためにすることである。わたし達が彼の地を訪れるときに、同様に尊重してもらいたいからでもある。そしてなにより、お互いへのリスペクトこそが、長続きするビジネスの前提条件だからである。


<関連エントリ>
 →「R先生との対話 — 受注ビジネスにおける顧客満足とは何か」 (2015-02-01)
by Tomoichi_Sato | 2015-12-03 23:19 | 考えるヒント | Comments(0)

“仕事が面白くない”症候群とたたかう三つの方法

まず、絵をちょっとご覧いただきたい。モネの傑作「日傘を差す女」(1891年)である。
e0058447_12284854.jpg

陽光の降り注ぐ戸外に、すっと立つ若い女性を下からのアングルで描いている。青空と白い雲をバックに、白いドレスと青いスカーフの立像。背景と人物に同系色を使いながら描き分けて、全体にちょっとドラマチックな階調を生み出している点が、この画家の手腕だ。顔はわざと表情を描いていないので、登場人物の内なる情念ではなく、ただ光と風の中に立つ喜びだけが、肌身の感覚として伝わってくる。

ところで、足元の草をよく見てほしい。もし手元の端末で拡大可能なら、画像を大きくして見てみるとよく分かるが、全体として夏草のように見えながら、個々には赤や水色や紫や緑など、ずいぶん原色に近い色彩が、まちまちな形に、ほとんど粗っぽい筆遣いで置かれているだけだ。そして彼女の来ているドレスも、よく近寄って見ると、本当の白地はほとんどなくて、赤や青やその中間色が多彩に塗られていることが分かる。

それでも、普通の距離を置いて絵の前に立つと、ちゃんと白いドレスを着た女が草原の上にいるように見える。クローズアップして見ると、バラバラな原色なのに、カメラを引くと、ある色調があらわれる。このことを、モネという画家は意識して描いている。

ここで話は(例によって)飛ぶ。あれは入社して何年後のことだったろう。まだわたしが中堅と呼ばれるようになる前、ほんの駆け出しだったころだ。部の忘年会で、今年のふり返りや来年の抱負などを、皆が順番にしゃべっていた。そこでわたしは、「来年はまた面白い仕事がしたい」と言ったのだ。面白い仕事。それは、2、3年に一度くらいはめぐってくるはずだ。わたしはその時、そう考えていた。前回の面白い仕事から、もうしばらくたつ。だから来年はまた面白い仕事に巡りあいたいと願ったのだ。

前回の面白い仕事とは何か。それは、病院の患者数予測システムを作る仕事だった。わたしの勤務先は主にプラントや工場を作る仕事だが、病院とか研究所とかいった技術的に複雑な建物も作っている。病院を建てたときの来院患者数の予測は、計画と設計の基礎だ。そこで入手可能なデータの分析を行って 予測モデルをつくるのがわたしの仕事だった。別に医療は専門でも何でもないが、そこは素人の蛮勇、なんとか現実データを説明できるモデルを見いだした。そして地図情報システム(当時はまだホスト・コンピュータに高価なグラフィック端末をつないで表示した)の上で、地域の人口分布をメッシュに切り、交通工学の手法で移動時間を算出して、来院数を計算するシステムを開発したのだ。

その仕事は幸い、ある東北の小さな新設病院の仕事に結実したし、それ以降、わたしの勤務先が顧客を開拓するツールになった。これはちょっとした、わたしの誇りだった。たしかに途中はかなり労力も使い、数値のモデル化に迷いもして大変だったが、最終的には「面白い仕事」に感じられたのだ。

しかし、面白い仕事がしたい、と考えることは、現在の仕事はつまらないと思っていたことの裏返しだ。いや、その時、自分が「今の仕事は面白くないな」と意識してはいなかったかもしれない。だが、忘年会の席上で、ふとそうした感情が泡のように浮かび上がってきたのだろう。普段は意識下に押さえ込んでいたはずなのに。

さて。話は、再度飛ぶ(す、すまない・・)。

今月初めのことだが、PMAJのシンポジウムで、慶応大学大学院システムデザインマネジメント(SDM)学科の専攻長である前野隆司教授の講演を聴いた。教授は元々キヤノンのロボット技術者で、後にアカデミアの世界に転じた方だ。昔、脳科学と認知をテーマとした本を1冊読んだことがあった。結論は必ずしも納得できないが面白い考え方の本だった。しかし、講演によると、前野教授はロボティクスの研究から始まって、しだいに認知論や脳科学に範囲を広げ、イノベーション方法論を経て、さらに最近は「幸福学」の研究もされている、といい、著書も紹介された(幸せのメカニズム 実践・幸福学入門 (講談社現代新書))。

人間の幸福感情については、心理学を中心にこれまで多くの研究が積み重ねられてきた。その知見から、物・金・地位による幸福感は、たいして長続きしないことが分かっている。金や地位を得れば、一瞬は幸せになるが、やがてすぐにもっと欲しくなって飢餓感が生まれてくるのだ。前野教授は長続きする幸福の事例をいろいろと分析し、「成長・自己実現」「人とのつながり・利他」などの4つのカテゴリーからなることを見いだしたという。

非常に面白い見方だ。とくに、人間が幸福感を感じるメカニズムを解明し、それを最大化できるような社会システムや組織デザインを考えようという工学的アプローチは、わかりやすい。

しかし、家に帰って反芻し考えるにつれ、また少しずつ分からなくなってきた。そもそも感情というのは移ろいやすい。今、恋人と一緒で幸福でも、離れたらすぐ孤独や猜疑心にさいなまれる。そして会えばまた幸せになる・・そんなものではないか。だとすると「幸福である」とは、どの瞬間に測ったものなのか?

人間の感情は重層的だ。「面白い」とか「うれしい」とか「やりがいがある」という感情は、個別の局面ではすぐに阻害されやすい。たとえば上に述べた、わたしの最初の本格的な仕事は、実際には大変な作業も多かった。患者数の予測など、本当にできるかどうか、誰にも保証はない。山ほどのデータを解析するのに、(今では信じられないだろうが)ホスト・コンピュータでいちいちプログラムを書くしかなかった。当時はPCなどというしゃれたものはなかったし、そもそもExcelというソフトの誕生以前の話だ。

終わってみて、それなりに無事成功したから、ふりかえって「あの仕事は面白かった」と思う。それは、多少の距離を置いたから言えることだ。そのさなかにいる時は、面白いと感じる瞬間は少ない。だとすると、「面白い仕事」であっても、実際には数%の面白さと、90数%の徒労感のまじった、まだら模様の時間ではないか。結果が失敗したら、その数%の時間だって記憶の前面から消えてしまうかもしれないのだ。

しかも、こまったことに「面白い仕事」とは、失敗するかもしれない仕事でもあるのだ。なぜなら、そこにチャレンジの要素があるからこそ、自分の成長につながり、やりがいやおもしろさを感じるのだ。結果が見えてしまうような、何のリスクもない仕事は「つまらない仕事」でもある。

だからといって、仕事に対する感情は、かりそめのものに過ぎない、などと言うつもりはない。感情は、わたし達の時間を豊かにし、人間に生きる価値を与える一つの源泉である。そのことは、事故などで感情機能を喪失した人の症例を見ればわかる。働く者の感情を無視して、ただ命令と統制だけで動かそうとする組織は、必ず長期的にパフォーマンスが落ちていく。「仕事は会社として必要なんだから、面白い・面白くないなどと言わずに働け」と上司が命じたら−−そんな感情を押し殺したような灰色の続くシステムに、誰も長く耐えられるわけはない。

それでは、どう考えたらいいのか。わたし達は、仕事に対する感情に、どう向き合ったらいいのか? 

そこで、冒頭のモネの絵を思い出してほしい。足元の草も、ドレスの色も、じつは単色ではなかった。ローカルには赤や青などの原色が置かれながら、全体としては、ある形と光の階調が生み出される。モネはこれを、「網膜上での混合」と呼んだ。当時すでに、白い光は異なる色の混合であることは知られていた。しかしパレット上で色絵の具を混ぜ合わせても、鈍い灰色になるだけだ。逆に原色を斑点のように置くことで、見る者の眼の中で、あるいは脳内で、光が感じられるようになる。モネの発明したこの技法が、印象派の「明るさ」を生み出したのだった。

この一筆ごとの原色を、その時点その時点での自分の感情だと思ってみてほしい。個別には喜怒哀楽の、いろいろな感情がある。だが、全体の中でそれがうまく位置づけられ、形と意味を持てれば、より高次な「面白さ」を感じられるようになる。人間の感情は認知によって方向が与えられ、形が作られていく。こういう意味で、人間の感情は重層的なのだ。ただし、そのためには、いったん「目を遠ざけて」見る努力が必要になる。

わたしは以前、古代の異国に生きた一人の女性についてふれて、「幸せであることと、価値があることとは、すこし違う」と述べた(「クリスマス・メッセージ:幸せな人」2014-12-23 )。動乱と困難の時期を生きた女性が、自分の人生を不幸だと感じなかったとしたら、それはなぜなのか。幸せであることは大切だが、自分のしていることに価値があると思う方が、もっと大切だと。

そこで、わたしは自分への自戒も込めて、こんな風に考える。仕事に対する感情を、よりポジティブに保つためには、三つのことをすべきだと:

第一に、自分の感情に気づいて向き合うこと。自分の感情を押し殺したり否定してはいけない。つまり、感情をバカにしてはいけないということだ。そうすれば、退屈や嫌悪を含めて、個別にはいろいろな感情を自分が持っていることを知るだろう。自分の感情を対象化し言語化できれば、人はその感情に対処しやすくなる。これほどつまらないのはなぜだ。どうしたら面白く、あるいはせめて楽になるのか。そういう工夫の余地が生まれる。感情を言語化できないうちは、人はその感情に支配されて奴隷状態になりやすい。それは議論の場などで、けっこう怒っているくせに、自分は論理で話しているだけだと思い込んでいる人を見れば、よくわかる。

二番目に、少し離れた視点から、現在の仕事の意味や価値を考えること。これは、なかなか難しいことだが。仕事の渦中にいると、どうしても離れがたくなる。その時には、自分の信頼できる先輩なり上司なり、あるいは家族友人でもいいが、そういう人たちと話してみるのがいい。すると、自分で気づかなかった仕事の全体像や、意義に気がつくこともある。むろん、そんな良い上司に恵まれないから、こんなに不幸なんだ、と思う人もいるだろう。ただ少しずつでも、億劫さを乗りこえて、話す努力を続けることは、決して無駄にはなるまい。

それでも誰とも話が通じず、壁に囲まれていると感じたらどうするか。そのときにおすすめしたい第三の方法がある。毎日、ありがたいと感じたことを日誌に3つずつ書くことだ。これを、3週間続ける。それだけである。わたしはこれを、ショーン・エイカーという人の「幸福と成功の意外な関係」 (TEDTalks) というエントリーで学んだ。あの震災の直後のことだったろうか。それ以来、毎日実行している。どんなつまらないことでもいい、必ず3つ書く。今日は昼食が美味しかった、iPodがシャッフルで好きな曲を続けて選んでくれた・・何でもいい。

この習慣は、わたしが自分の毎日を見る認知の仕方を、確実に変えてくれる。エイカーは、わたし達が「成功したら幸せになれる」と考えているのは逆で、幸せに感じることこそ成功の源である、という。そして、上記の簡単な習慣化で、脳の認知の仕方をかえることができると主張する。

これを知って以来、4年あまり実行してきて、成果はどうだったのか? 佐藤は少しでも楽天的になったのか? 自分では、それはよくわからない。ただ、苦虫をかみつぶしたような、近寄りづらい自分はやめて、せめて少しは「にこやかな自分」であろうと思うようになったのは事実だ。実現できたかどうかは、周囲の評価に任せよう。ただ、知性だけではなく、そういう感情面が大切だと考えるようになってきた。だからこんなあやしげなエントリを書いているのだろう。

理知的な働きのすごさを、人は「頭がいい」とよぶ。しかし、感情的な働きも伴ってこそ、はじめて「賢い」とよばれるのではないか。わたしは自分が成功したかどうかは知らない。ただ、少しでも「賢さ」に近づきたいと、願うようにはなったのだ。
by Tomoichi_Sato | 2015-09-30 12:36 | 考えるヒント | Comments(5)

忘れない、という行き方

ある日、あなたは福島県から来た企業家に会って、こんな話を聞く。
「震災から4年余りが経ったが、地域の復興はなかなか進まないばかりか、世間の人はもう忘れたがっているようにさえ見える。あなたは東大で環境の研究をしておられるそうだが、東北の環境浄化や自然エネルギー活用のための斬新な案をお持ちではないだろうか。もし良いアイデアがあれば、わたしも事業の傍ら応援したいし、資金獲得のお手伝いくらいはできると思う。」

あなたは「環境再生ないし自然エネルギー活用による、東北地域復興プロジェクト」の案を考えて提案することを約束した。
プロジェクトの総予算は3億円とする(ちなみに復興庁の今年度予算は3.9兆円で、「再生可能エネルギー」関連だけで計23億円ある)。また、必要に応じてクラウドファンディング(「セキュリテ被災地応援ファンド」等)でも公募できる。

・・これは、東大の大学院・新領域創成科学研究科でわたしが教えている「プロジェクトマネジメント特論」の、グループ最終課題として今年出題した問題である。受講する院生はほとんどが環境学系の所属のため、このようなテーマ設定にしてある。グループ編成は、5〜6名。班の中で、プロマネ・APM(アシスタントプロマネ)・チーフデザイナー・プロジェクトコントローラーなどの役割分担を決めて、約1ヶ月半で事業構想とプロジェクト計画を作る。発表は、8分間の動画ファイルを作り、それを皆の前で提示してもらう。

なお、これはプロジェクト・マネジメントの授業なので、事業コンセプト(概略イメージ)だけでなく、予算・期間を提示してもらう。プロジェクト計画は、以下の図表と説明を入れるよう義務づけている:
・ActivityリストとWBS構造図
・ネットワーク・スケジュールとガントチャート
・予算表 (自分たちの人件費は時間あたり2,000円。他の費用は「月刊積算資料」などを参考にする)

採点はわたしがするのではなく、出席者全員に採点表を渡して、他の班を採点してもらう仕組みにしている。内容の良さ、そしてプレゼンテーションの上手さ。両者の評点を集計して、総合評価を決める。プロジェクト・マネジメントは知識だけあってもしかたがないので、学期末のペーパーテストやレポート提出ではなく、グループ課題での発表にしているのだ。

今年の最終発表会で一位になったグループの案は、『阿武隈ダイヤモンド・ チャコールプロジェクト』というタイトルのものだった。プロジェクト実施の場所は福島県浜通地方にある川内村。この村は1960年代までは、豊かな森林資源を活かし、日本一の木炭生産量を誇っていた。しかしエネルギー革命で電気や石油が燃料の主役になってからは、住民は里山を捨て、原発産業などに従事するようになった 。そこに、東日本大震災である。現在の川内村は、仕事を失い、人が戻れない状況にある(村の東部は避難指示地域)。そこでこの班は、製炭業を復活させ川内村を再建するプロジェクトを提案する。

そのキーとなるのが、高品位な木炭(チャコール)という訳である。これを『阿武隈 ダイヤモンド・チャコール』と名付け、世界一のブランドを川内村から作る!という。この班は実際に教室に木炭を持参して、皆の前で簡単な実演をした。炭と炭を打ち合わせると、高級な木炭はカンカンという硬質な良い音がするのに対して、量販店で売っているBBQ用の安い炭はボソボソッという音しか出ないのだ。百見は一聞に如かず、である。単なる木炭にも、ずいぶんと品質ランクに差がある事が分かる。良い木炭は当然、用途も広いし単価も高い。

この班は製品の試作・分析から量産準備までをプロジェクトとしてとらえ、3億円の投資で、IRR=10%が可能であると試算した。経済性評価ではちゃんと感度分析をしている。またスケジュールも、クリティカル・パスを求めただけでなく、モンテカルロ・シミュレーションを実施して、工期の達成の幅まで検討している。まあ限られた期間内の院生の仕事だから、計画の精度は高くないが、プロジェクト計画のアプローチは、下手な上場企業よりもずっとしっかりしている。

2位になった班は、畜産廃棄物(家畜糞尿)からのバイオガス発電のプランを出してきた。売電による収益で畜産農家を支援するという案だ。プレゼンテーションは地味だったが、他の受講生からの評価はなかなか高い。きちんとPREET/CPMでスケジュールを作成し、コンティンジェンシー・リザーブ(予備費)によるリスク対策もみている。ほかにも面白い案がたくさんあったが、紹介しきれないので割愛しよう。

こうしたプロジェクト・プラン立案のグループ演習を課すのは、班で共同作業すること自体がちょっとした「プロジェクト体験」にもなるからだ。そのためには、アイデアが宙で空回りしないよう、予算規模の制約をつけるとともに、地に足がついた具体的な地域性が必要になる。だから福島県を選んだのだ。

いま、なぜ福島県か。それはもちろん、「忘れないため」でもある。

課題発表会の直前、わたし自身も東北を旅行した。震災から4年後の現在、現地がどうなっているのかを、少しでも見ておきたいと思ったのだ。最初に福島県の郡山に入り、それから二本松、土湯温泉、さらに飯館村を通って福島県の浜通地方に出る。そして国道8号線沿いに、被害の最もひどかった太平洋岸の浜通地域を通る。このときはボランティアのバスに同乗させてもらい、カリタス原町センターのスタッフの方に案内していただいた。そのあと、岩手に抜け、最後に宮城県の涌谷町・仙台市を通って帰ってきた。

浜通地方の原発事故被害にあった地域は、今もまだ多くが避難指示区域で、立入り制限ないし居住制限下にある。居住の制限された区域は、昼間のみ、地域に入れる。実際、多くの除染作業従事者が入って働いており、除去した表土などは黒いビニール袋(通称「トン袋」)に詰めて、空き地などに並べている。わたしたちの乗ったバスは国道8号線を走ったが、「帰還困難地域」に入ると、道の両側に鉄のバリケードが並ぶ。国道からそれて、中に立ち入れないよう制限しているのである。山野も町も、道の両側の建物も、ほぼそのままの姿で残っている。青葉は陽光に輝いている。だが、住む人がいないのだ。この異様さは、実際に走ってみないと分からない。制限区域をすぎて、南相馬市の人の暮らす地域に入ると、なんだかほっとする。人がいることが、こんなにも安心するものなのか、と思う。

福島県ではあちこちに、空間線量計が立っている。二本松市の幼稚園の庭に立っているのを見たときは、なんともいえぬ困惑を感じた。幼稚園の庭には砂場があるのだが、鶏小屋のような屋根とプラスチックの囲いがつけられている。子ども達はどうしても砂遊びがしたい。砂はもちろん新しいものに入れ替えてあるが、周囲を取り囲む山野は除染ができない。だから、砂が風雨にあたらないようにつけてあるのだ。線量についていえば、わたし達の通った国道8号線で最も高い場所は、8μSv/hr以上あった。一応参考までにいうと、従来の放射線管理区域の目安は、約0.5 μSv/hrである。周知の通り、放射線の健康影響にはいろいろな議論がある。だが、8μSv/hrとなると、率直なところあまり無用な長居をしたい気分になる場所ではない。

写真を2枚だけあげよう。上は、常磐線富岡駅前の光景だ。4年前の津波にえぐられたままの商店街の建物が、今も手つかずで残っている。ここらはまだ除染作業も進んでいないため、撤去修復にも戻れないのだ。下の写真は、南相馬市の常磐線小高駅の自転車置き場である。4年前の3月11日の朝、通勤・通学の人達はここに自転車を駐輪して、常磐線に乗っていった。そしてそのまま、誰も取りに戻れずに日々が過ぎたのだ(かりに帰還しても、自転車は汚染している可能性が高いから引き取れないだろう)。列車もその日以来、動いていない。ここではまだ、時間が全く止まってしまっている。
e0058447_2324034.jpg
e0058447_233232.jpg

郡山市では、「ふくしま心のケアセンター」所長で、精神科医の昼田源四郎先生にお目にかかった。昼田先生とお会いするのは2年ぶりである。震災後、岩手・宮城・福島の3県にそれぞれ「心のケアセンター」組織が立ち上がった。昼田先生は福島大学を退任されたあとすぐ、所長として臨床心理士などの職種のスタッフを集めて組織されてきた。しかし震災後3年経ち、4年経っても、まだ相談件数は目に見えて減っていない。そればかりか、「ハサミ状格差」「支援疲れ」などの具体的な事例をあげて、まだ困難が続いている事を語られた。

こうした心のケアセンター組織は、阪神淡路大震災以来の教訓として作られたものである。昼田先生によると、阪神・中越大地震のいずれのケースも、心のケアセンターは約10年で役割を終えたという。そして、岩手県や宮城県も、おそらく10年程度で完了できる。しかし福島県の場合は、自分の見たところ30年か40年かかるのではないか、と言われた。長年、精神科の臨床に携わってこられた専門家の洞察とはいえ、まるきり一世代分の時間である。福島の問題の難しさが浮き彫りになっているといえるだろう。

このような困難を抱える地域に対して、わたしが復興のために何かとびきりの名案を持っている訳ではない。たぶん、誰にもないだろう。学生達の示した案もまた、かりにフィージブルだとしても、福島県全体を救える訳ではなく、広大な東北地方から見れば「点」のようなものである。

しかし、小さな点と点をつないで、少しずつ状況を改善し続けるしか、道はないのだとわたしは思う。だから昼田先生は30年かかるといわれたのだろう。

ただ、有用な策を考えるためには、現実がどうだったのか、そして現在どうなっているかを知る必要がある。ところで震災後4年もたったのに、あの東日本大震災は何だったのか、その被害状況はどうだったのか、具体的な全体像を多面的・客観的にまとめた書籍や研究は、いまだに決定版がほとんど見当たらない。たしかに、途方もなく大きな事象ではあった。だが、個別の専門家達による、群盲象をなでるかのような分析やレポートはあるが、全体像が分からない。全体像が分からないと、どこから優先して解決に手をつけるべきかも見えないことになる。ポートフォリオ・マネジメントもなく、プログラム・マネジメントもなく、ただ個別のプロジェクトが動いているきりなのだ。

どうやらわたし達の社会は、大きな出来事を、カメラを引いて全体を冷静に認識・理解する能力が、欠けているのではないか? わたしの中で、そんな疑問が大きくなってきた。リスク・マネジメントの語は、震災前後から流行語になった。しかし、リスク・マネジメントの中核にあるのは、「学ぶ能力」である。自分たちの過去の経験を直視し、教訓を学び取る能力。自然災害はいつでも起きうるし、人為ミスの災害も完全には防ぎ得ない。である以上、わたし達は、痛い思いをした経験に学んで、少しずつ賢くなるしかないのだ。その賢さを、次の世代に伝えなければならない。

もちろん経験の中には、あまりに傷が大きすぎて、思い出すことさえ苦痛であるような記憶もあるだろう。だからといって当事者が、それを忘れられる訳でもない。そうした記憶は、おそらく他の多くの人が共有することでしか、薄めることができないのだろう。深く傷ついた人びとは、周囲が支えなければならない。他者がかわりに記憶することで、たぶん当事者は心にふたをしていけるのだ。

福島の人達が、「忘れないでください」と言い続けているのは、そういう意味なのだと思う。わたし達は、忘れやすい。過去は水に流して、未来志向に生きていく方が、ポジティブでカッコいい。だが、マネジメントを学生達に教えている以上、忘れない工夫と技術も、わたし達には必要なのだ。


<関連エントリ>
 →「まだ何ひとつ終わっていない」 (2013-09-16)
by Tomoichi_Sato | 2015-08-13 23:10 | 考えるヒント | Comments(0)

好き嫌いということ(を論じて、知的理解の枠組みに至る)

わたしは残念ながらモーツァルトが嫌いだ。ファンの人には申し訳ないけど、めったに楽しく聴けない。自分はまあ比較的、クラシック音楽を聴く方の部類だと思う。聴き始めたのは十代の頃からだが、その頃は一応素直な人間だったので、先輩先人の教えに従い、偉大なる天才作曲家モーツァルトもいろいろ聴いてみた。

だが2、3年ほど経ったのち、いつまで聴いてもちっとも楽しくないことに気がついた。気づくならもっとサッサと気がつけばいいのに、そんなにかかるのが、わたしの鈍感なところなである。あるいは、伝統的な教導の強さと言うべきかもしれない。ただし、わたしは心の広く公平な人間であるから(笑)、モーツァルトにもたまには良い曲があることは認めてよう。たとえば晩年のクラリネット協奏曲とか、同じ楽器だがクラリネット五重奏曲は素晴らしいし、あるいは音楽劇「魔笛」などにも良い部分がある。

ともあれ、自分の好みに気がついて以降は、彼の音楽を聴くのを避けるようになった。音楽好きの知人とも、モーツァルトの話はしない。好き嫌いのことでケンカしても仕方ないからだ。それは、こんな風になる。

「佐藤さんは、どうしてモーツァルトが嫌いなの?」
--彼の音楽は、なんだか内容のないツマラナイお喋りを、耳元で延々と続けられるような気がするんです。
「なんてことを。楽しい音楽が嫌いなの?」
--ぼくにはちっとも楽しくないです。
「あんなに純粋で、天上的な美しさにあふれているのに! それに旋律がきれいでしょう?」
--旋律の美しい作曲家は他にもたくさんいますよ。彼の旋律は息が短い。それに、カンタービレが決定的に欠けていると思いませんか。
「そうかなあ。純正で調和がとれているし、その上にウィーン的な洒落っ気もある。」
--ウィーン古典派ならハイドンの方が好みです。それにオシャレって言うけど、あの半音階的でおしゃまな装飾はカンベンしてほしいです。
「あれがいいんじゃない。 趣味の分からない人!」

という訳で、平行線である。どうして平行線になるかというと、こちらは好き嫌いをいっているのに、相手は良し悪しの同意を求めているからだ。

音楽や美術にとって、何が「良い作品」であるかを言うのは簡単ではない。その問いのために、美学という学問の全体系があるといってもいい。それでも、ごく大雑把にまとめてしまうと、「より多くの人々、より長期の時代に、鑑賞に堪える」ことと関係する。シェークスピアだってJ・S・バッハだって、死後は何十年も忘れ去られていた。それでも復活して、今は広く好まれ、典範として仰がれてている。秀れた点が多いからだ。

「じゃあ、どうしてモーツァルトが嫌いなのか? 良い作曲家だと皆が認めているじゃないか。」--だから、好き嫌いは理屈ではないのだ。わたしが鴨肉は好きだがネギは嫌いだというとき(事実だ)、それを十分に言語化して伝える方策はない。理屈をつけて説明しようと努力することはできる。だが、完全には説明できない。その証拠に、相手は納得しない。事実は(たとえば「2015年5月3日は東京は晴天だった」というなら)他人は同意できる。だが、5月3日は気持ちいい日だったというなら、それは感受性の問題で、説得力が薄い。

好き嫌いと良し悪しは別である。良否は議論可能だが、愛や嫌悪は説得も押し付けもできない。それは個人単位の感覚だからだ。こんな当ったり前の事を今さら書いているのは、この「当たり前」が学校で教育されていないばかりか、社会で共有もされず、ときには蹂躙されているように、思えるからである。

姫野カオルコ氏はエッセイに、タレント誰某はハンサムだと思う、と人にいうと、「えっ、あの人が好きなの?」と聞かれてこまると、たしか書いていた。美醜の判断=好き嫌い、と直結している人が多いからだ。モーツァルトのファンと話をしたくないのも、そのためである。わたしが嫌いだと言うと、たまに怒りだす人がいる。作品の出来がひどいと言ってる、と誤解するためだ。短絡的なのである(全員ではない。たまに、である)

逆に言うと、短絡的でない人、心の広い人とは、「自分の好き嫌いとは別に、相手の良い点を認める度量」のある人だ。公平な人、といってもいい。たとえ自分が嫌っている、いや戦っている相手であっても、秀れた点は認めらる人は、器量が大きい。自分の感覚や感情をいったんカッコに入れて保留し、他の見方もあると受け止める能力。

図に書く方が分かりやすいかもしれない。横軸に、自分の好き嫌いをとる。縦軸に、良い・まずいの判断をとる。そして、いろいろな作品や対象や事柄について、その人の好き嫌い感覚と判断結果をプロットしてみる。散布図である。短絡的な人々は、「好き嫌い=良し悪し」だから、すべての点が斜め45度の直線状に並ぶ(図左)。判断は手軽で、効率もいい。だが度量が広がるにつれて、両者はあまり相関しなくなり、しだいに点はばらつくようになるだろう(図右)。両者が全く無相関な人は、さすがにいないと思うが、点の広がりが、見る目の公正さを示している。自分の主観をいったん離れて、物事を客観的に見る能力を示している。
e0058447_23464112.gif

好き嫌い=良し悪し、という態度は、とても無邪気でいい。だが、人が無邪気であって良いのは、15歳までだ。15を過ぎたら、人を動かす必要が出てくる。あるいは、その前に、他人が自分を動かそうとするのを、やり過ごしたり押し返したりする必要が出てくるだろう。そのとき、コミュニケーションのスキルとともに、客観性・公平さの能力が大事になる。

人を動かそうとするときの論拠は、事実・ルール・価値などである。「日曜から開店だよ」は事実。「下校時にゲームセンターなんか寄っちゃいけない」がルール。「学生の本分は勉強だろ」が価値観。そして反論の難しいのも、この順である。「だって、好きなんだもん」では自分の好き嫌いをいっているだけで、反論にならない。好き嫌いは人によって違う、のが大人の常識だからである。

個人差を超えた共通性の高さが、論拠の強さを示す。だから「事実」の説明力が最強で、「ルール」がそれに続くのだ。である以上、自分がなんとか他者と対抗する武器にできるのは、価値しかない。価値観には、多少のゆらぎがあるからだ。「よく学び、よく遊べ、って言うじゃない。人間には瞬間的な決断力が必要なんでしょう? ゲームは判断力を育てるんだよ。」

人間の心は、一種の同心円構造になっている。中心には、単純で原始的な、快・不快の感覚がある。これを囲むように、好き・嫌いがある(ここらへんは脳の中の扁桃体が決めているらしい)。非常に個人差の大きい領域である。勝ち負けや、損得、敵味方の感覚も、この愛憎に密着している。その周縁には、より複雑な感情がある。そして、感情を内部にくるむように、知的な働きがあるのだ。客観的な認知や、自己の好き嫌いへの反省は、知的な機能である。ものごとを、自分の好き・嫌い、愛憎の面だけでなく、少し異なる善し悪しの面からとらえ直す能力だ。そして言うまでもないが、言語というのはこの知的な働きの上に成り立っている。

短絡的な人は、たとえば批評とか分析といったことが理解できない。批評とは褒めるか・けなすか、どちらかの行為だと思っている。中学生がラジオを聞いたら、番組のDJが自分の好きなミュージシャンを批評していた。あいつはほめなかった、けなしたといって、いきり立つ。これが短絡である。

批評とは、より深い理解を得るための、補助線のようなものだ。対象を他と比較し、あるいは過去と比較し、良い点はこれこれで、まずい点はこれこれだ、その理由はこうだろうと推定する。これが優れた批評だ。優れた批評は、複眼的である。だが、わたしたちの社会では、中等教育で「自分の好き嫌いをいったん脇に置いて、対象を理解し評価する」という作業をあまり訓練しない。その結果、いつまでも中学生みたいに短絡的な大人が大勢、世に出てしまう。そういう人たちがビジネスを動かすようになると、ひどく単純で短絡的な論理ばかりが世の中にはびこることになる。これはなんとか防ぐべきではないか。

ダイバーシティというカタカナ言葉が、ビジネスの世界で流行っている。多様性を意味し、性別とか人種国籍とか年齢など従業員構成にバラエティを拡げるのが「良い」ことだとのニュアンスで使われる。ビジネス界は不思議なところで、「違法行為はいけない」と言うかわりにコンプライアンスなる言葉を使い、「あるべき姿を目指そう」と言うかわりにリスク・マネジメントなどと言いたがる。まともで通じやすい日本語は恥ずかしいから避けて、カタカナを使うのである。ダイバーシティはだから、「男女や肌の色での差別は良くない」と口にしないで済むように広まったのだろう。そう、推論したくなる。

それはともあれ、ダイバーシティ=多様性はもちろん、公正さの証である。ただし、多様性はそれ以上の積極的な意味を持つ。創造とは異種のものの組み合わせから生じる事を思い出してほしい。単一化した人間集団からは、新しい発想は生まれない。それに多様性はコミュニケーション能力を、否応なしに高める。すべてが阿吽の呼吸で通じる社会には、良質なコミュニケーターは育ちにくいからだ。

そして最後に、多様性の増大は、われわれの物事に対する知的な理解のベースを強めるだろう。たかが音楽談義なら「モーツァルトが嫌いなんて、変わり者ね」で済ませていい。だがことが複雑化した世界の行方に関わることなら、なるべく多面的な見方を持つことが必要なのだから。
by Tomoichi_Sato | 2015-05-04 23:51 | 考えるヒント | Comments(0)

ロボットとして生きないために

フィリップ・K・ディックのSF小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(1968年)は、映画「ブレードランナー」の原作にもなった名作だ。小説の舞台は『最終世界大戦』後の、人間以外の生物がすべて稀少となった2020年の地球(あとたった5年だ)。主人公リックは、逃亡したアンドロイドを破壊してお金を稼ぐ、賞金稼ぎである。この時代、人間はアンドロイドを使役しながら、なんとか社会を維持している。アンドロイドは機械製だが、人間そっくりの外観と、知性、そして意思までを持つ。ただ一つ違うのは、アンドロイドには感情が全く無い点だった。主人公リックは、火星から逃亡してきた6人のアンドロイドを見つけて破壊し、賞金を得ようとする。彼はその賞金で、本物の生きた羊を買うのが夢なのだ。生物が稀少なこの地球では、ふつうはロボットの動物しか飼うことができないからだった・・。

この小説の妙味は、アンドロイドを識別するのに、『感情の有無』しか主要な手がかりが無い事だ。物語の中で、主人公はしだいに協力者や取引相手が、本物の人間であるかを疑いはじめる。この小説にはさらに「感情オルガン」という機械もでてくる。ダイヤルをあわせれば、自分の心理的ムードを明るくも暗くもかえられるのである。だがそれは結局、人間が他人に持つ共感力を減じていく。だから次第に、主人公自身も、自分が本当に人間なのかアンドロイドなのか、自信がなくなってくる。彼が本物の羊を所有する夢にこだわるのは、命を持つ生き物に対する愛着こそ、人間をアンドロイドの領域から区別する、最後の砦だからだ。

アメリカのSFは、奇妙でねじくれた架空の世界を、確固とした意思を持つ主人公が戦い抜く、という物語が多い(「スター・ウォーズ」がいい例だ)。客観的でリアルな世界像と、強固な自我。そして主人公を助け、あるいは敵対する、組織とシステム。これがアメリカ人の好むストーリーなのだろう。だが、P・K・ディックは、そもそも自分を取り巻く世界が、はたして本当の現実なのか、誰かの主観の外延なのか分からず、混沌状態に陥る話をよく書く。その中で、自分の信じる価値や善悪や感情も、はたして本当に自分のものなのか、定かでなくなるような話を。だから彼の小説は、決して単純な勧善懲悪にならない。

わたし達を取り巻く社会は、とてもがっちりとしたシステムとして、できあがっている。就活では、「自分はどういう仕事をしたいか、何になりたいか」ではなく、「たくさんある企業のどこを選ぶか(どこが選んでくれるか)」という形の問いしか、今は存在しない。わたしが社会人になったのはもう、はるか昔だが、その頃すでに「自分で仕事をつくり出す」ではなく「できあがった仕組みのどれを選ぶか(選ばれるか)」になっていた。社会は自分の外側に厳然と存在していた。学生アントルプルナー(起業家)は今も昔も、ごく少数だ。大半は組織の中に組み込まれ、競争して生きるわけだ。「どうせ歯車になるのなら、せめてギザギザな歯車になってやろうぜ」という広告が流れたのは、いつ頃だったろうか。

このサイトは『計画とマネジメントのための技術ノート』である。マネジメントという視点から言うと、組織の仕組みやシステムというものは、(繰り返し書いていることだが)誰が担当してもまあまあの及第点がとれるように、仕事の手順ややり方、インプットやアウトプットを設計していくのが、望ましい。もちろん、能力のある人にぱっと任せてしまう方が楽だし、効率的なのは確かだ。だが仕事のあちこちが属人的で、誰か特定の人がいないと定常業務も先に進まないようでは、システムとしての頑健性がおちる。だから、多少余計な手がかかっても、仕事をマニュアル化し、主観的な部分を排除していくように、システムは「進化」していく。ルールが規定され、ルール集は次第に分厚くなっていく。

だが、そのような十分に発達した組織のシステムは、その中にいる人間を交換可能な「部品」として扱うようになる。命じたことだけやればいい存在としてしか、見なくなる。古風な言葉を使えば、『人間疎外』が起きるわけだ。部品化された人間の側は、「言われたことだけやってりゃいいんだろ」という雰囲気になる。少なくとも、そんな組織の中から、自発的で斬新なアイデアやイノベーションなど、生まれようがない。ロボットに創造性など、要求されないからだ。

ここで、経営学の用語を一つだけ勉強しよう。「X理論とY理論」だ(あ、二つの単語だった)。D・マグレガーという米国の経営学者が、1950年代に提唱した用語で、世の中のマネージャー達が抱いている漠然とした仮説・思い込みを、二つの類型に分けて、それぞれに「X理論」「Y理論」と名付けた。

「X理論」では、労働者は基本的に怠け者だ、と考える。だからアメと鞭、報酬と罰則でしばらないと働かない。また、平均的な人間は命令されることを好み、自己責任を回避することを望んでいる。したがって、組織はルールと規律、命令と統制(Command & Control)で動かす必要がある。逸脱したら罰するか追放(失業)で脅す。人を働かせるためには脅し続けること。これがX理論だ。

「Y理論」は対照的である。人は生まれつき労働が嫌いなわけではない。それがもし自己実現に結びつくなら、自発的に働き、自分で責任を引き受ける。そして目標へのコミットメントと努力を惜しまないだろう。だから組織の目標と個人の目標の統合(Integration)が必要である、と考える。そしてマグレガーは、伝統的に信じられてきたX理論よりも、新しいY理論の方がよいと考えた。彼が活躍したのは、米国の経営学がモチベーション理論に熱中しだした時期でもあった。

さきほど説明したように、組織のシステムが進化すると、機能分化が進み、しだいに構成員を命令と統制で動かすようになっていく。つまり、企業が成功し大きくなっていくと、必然的にX理論がはびこるようになってしまう。それは、空前の発展と成長期にあったアメリカ経済界の姿でもあったろう。だがその成長の中には、必然的に従業員をロボット扱いにする疎外と空洞化がひそかに広がっていく。それを、目標管理で乗り越えようとしたのが当時の主流派経営学の思想であった。この目標管理は、やがて『成果主義』人事制度につながっていく。

ところで日本ではよく、X理論とY理論を、「性悪説」と「性善説」にたとえて説明される。わたしも最初に学んだとき、講師からそう聞いた。東洋では二千年も前から知っていたことを、アメリカ人は20世紀の半ばになってやっと気づいた、とも。だが、ずっと後になって、その説明は間違っていたことに気がついた。少なくとも、部分的にしか正しくない。X理論は、単純な性悪説ではないのだ。

X理論は、たしかに労働者は強制しないと働かない存在だと考える。監視しなければ怠けたり盗んだりする、性悪だと。こうした労働者間には、かつて黒人奴隷を使ってプランテーションを経営していた頃の米国の価値観さえ、うっすらと感じさせる。だがX理論には例外があるのだ。東洋の性悪説は、「すべての人間は性悪だ」と信じる。一方、西洋のX理論では、労働者を使う側、マネージする側については何も言わないのである。むしろ組織を動かし、システムを考える側の人々の追求するものは、善であると考えている風情さえある。それを総称して『リーダーシップ』と呼ぶ。

もし自分に強い意志があり、できあがった社会の中で勝利を得たければ、部品として使われる側ではなく、リーダーの側になりなさい。それがロボットとして生きないための唯一の道だ。−−これが、上記の思想が導く結論である。そして、有象無象の群衆の中から抜け出してリーダーになるための学校として、ビジネス・スクールがある。そこでは、生まれついて優秀なものだけがリーダーになる資格がある、と教えられる・・

あなたは、この思想に賛成だろうか。

わたしがひとつだけ言えるのは、こうした考え方と、日本人の伝統的な感受性とは、どこかで決定的に食い違うということだ。日本文化は情緒的なものを重んじる文化で、その性格は良かれあしかれ、この社会で育った者に深く刻み込まれている。大多数の人間がロボットのように感情の乏しい生活を送り、せいぜい享楽的なショッピングか賭博か宗教に救いを求める日々、といった状況は耐えがたいに違いない。たとえ経済全体がいかに裕福であろうとも。

そこで、スーパーエリートでも業界リーダーでもないわたし達は、どう考えるか。ロボットとして生きないために、いいかえれば、「あきらめて生きないために」どうしたらいいのか。世界はもう、できあがっている。すべての組織が明日からY理論に変わってくれるなど、望み薄だ。多くはX理論で動いているくせに、成果主義だけは強制されている・・。

ここで鍵となるのは、問題の立て方だろう。すなわち、「存在し出来あがっている社会と、意思を持つ個人との対峙」という問題の立て方自体が、ずれていなかったか。そうした問題では、支配する側に立つか、支配される側に立つか、二つに一つだ、との答えしか出てこない。

わたし個人の経験を考える。わたしはずっと、プロジェクトばかり仕事にしてきた人間だ。成功したものも、失敗したものも、楽だったのも辛かったのもある。だが、自分のキャリアの変曲点、自分にとって勉強になった、成長したなと感じられたプロジェクトでは、必ず他者の協力と助けがあった。プロジェクトは自分一人でやるものではないからだ。たとえプロマネの地位にあっても、単にチーム・メンバーを命令し統制しただけではなかった。設計に悩んだとき、問題が生じたときに、良い知恵を出してくれたり、心理的に助けてくれた仲間があったのだ。プロジェクトとは、複数の人間が協力しながら共に成長するための枠組みなのである。そしてプロジェクトとは、毎回毎回が、ユニークな存在であり、チャレンジである。

だから、出来上がった社会と個人、という問題ではなく、変わりうる社会と自分たち、という見方が必要なのだ。あたりまえだが、 周囲の人が変わらない限り、自分の境遇や感情が変わるわけがない。ユーザーや顧客を変えない限り、自分たちの仕事が好転するわけがない。では、世界を変えるために一番確実で、早い方法は何か。それは自分が変わることなのだ。だが、おかしなことに、人は自分自身だけで変えることができない(それができるくらいなら、古今東西、宗教なんていらない)。自分が変わるためには、人の手助けが必要なのだ。だからこそ、誰とつながるか、が大切になってくる。

そしてもう一つ。自分が変わるため、自分が成長するためには、現在の延長とは違うところに、未来のビジョンをもたなくてはならない。月に行こうと思ったら、飛行機に乗り続けてもダメなのだ。ロケットを開発し、テスト飛行や月の周回飛行を経て、月面に降り立つまで、順序だったチャレンジがいる。飛躍的なビジョンを持つこと。そのビジョンを夢見るだけでなく、一つ一つの行動で勇気を発揮すること。そうした勇気は、自分一人では持ちづらいが、協力する他者がいれば維持しうる。

複数の人間が協力して行うチャレンジには、定石があり、一定のやり方、いわば『OS』がある。それについてはここでは説明しきれないし、別に本も準備しているところだから、今回は略す。だが、覚えておいてほしい。一個人が出来ることには限りがあるし、それを無理に拡大しようとすれば、大勢の人間をロボット化することになるだろう。その結果、自分の希望や感情を奪われた人々は、表面的にはショッピング・賭博・宗教などに生きがいを求めるかもしれない(いずれも個人単位で熱中する点に注意してほしい)。だが、いつしかリーダーに(漠然とした)復讐心を持って生きるようになる。そんな社会が長続きするわけがない。

ちょっと大げさな話になった。だが、本心である。ロボットとして生きないためには、良きつながりを他者と得る必要がある。それは職場でたまたま隣り合った人かもしれないし、あるいは職場とは全く関係のない場でのことかもしれない。そして協力して、何か新しいことに取り組む。それを通じて、成長できることを実感する。

人間にできてロボットにできないのは、成長することである。それはP・K・ディックの小説にもあるとおりだ。そうでなければ、どこに働く意味があるだろう。

というわけで、新社会人の皆さん、入社おめでとう。どうか働くことが、成長の機会となることを祈る。これが、ずいぶん長い間、会社員をやってきた人間からの、正直な期待なのである。
by Tomoichi_Sato | 2015-04-04 18:56 | 考えるヒント | Comments(1)