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適正在庫量をはかる三つのモノサシ--個数、金額、そして日数

物置とか押し入れは、たいていの家にあるが、モノを収蔵し保管するにはいささか不便な場所である。まず、出し入れする面が一つしかない。だから、最初にしまったモノは奥に入ってしまい、最近入れたモノが手前に並ぶ。つまりFirst-in last-outである。すると、どうしても古いモノは使われないままになりがちだ。倉庫は、使用側で取り出す口と、供給側で入れる収納口を別にする、というのが工場の物流設計の基本であるが、物置というのはその原則からほど遠い。

物置・押し入れのもう一つの問題点は、モノを積みかさねて置かざるをえないことだ。押し入れは元々、日本家屋で昼の間、ふとんをしまっておく仮置きの場所だから、せいぜい天地二段のがらんどうの空間があるきりである。これをモノの収蔵に使おうとすると、どうしても積みかさねることになる。すると、下にあるモノを直接取り出せないし、何があるかも見えにくくなる。ストレージの場所は、棚にして横から出し入れ可能にする、あるいは縦に区切って上から直接出し入れできるようにする、というのが良い物流設計の基準である。この点でも物置は失格だ。あるモノを取り出すために、他のモノをいったん動かさなければならないのは、まるきり作業のムダである。

なぜこんな事を書いているかというと、ついさっき、ちょっとした日用品を探すために、押し入れ一つ分を全部出して引っかき回したからだ。たしかにあったはずだと思ったのだが、結局スーパーに買い直しに行くはめになった。なぜこんなに余計なモノの在庫があるのに、肝心のモノが見つからないのか。そのために、どれだけ時間がムダになったか。

「モノが有り余っているのに、必要なモノがない」--これは拙著『BOM/部品表入門』導入部のテーマである。なぜ、部品表の本なのに、在庫管理めいた問題からはじまるのか。答えは簡単だ。BOMデータとは、製造業の情報系のかなめとなるマスタだが、BOMに登録すべき品目とは、「在庫を管理する必要のある品目すべて」というのが原則だからである。自社の製品も、外部から購買する部品材料も、自社内でつくるモジュールや半製品も、とにかく数を勘定すべきモノはすべてBOMの登録対象となる。

逆に言うと、BOMデータが正確でないと、在庫管理もおかしくなるということになる。米国の著名な生産管理コンサルタントであるオリバー・ワイトは、かつて「在庫精度が95%を切るような企業では、MRPなどの生産管理システムを入れたって機能しない」という名言をはいた。在庫精度とは、帳面の上での数量と、現地現物の数が一致する比率をいう。つまり、在庫の把握が企業の生産管理のキモになるわけだ。

しかしながら、工場や営業所が物置同然になっている企業は、残念ながら、数多い。モノを保管したり運んだりする仕事は誰もがかかわるが、工場設計や物流管理の基本は、大学でもめったに習わないからだろう。そのために、どれほど広い範囲で生産性の低下が起きているか、誰も知らないし、わたし達の社会では気にとめる人も滅多にいない。隣近所の新興国にコスト競争で負けかけても、向こうは人件費が安いせいだ、と皆ボンヤリ思っているらしい。

では、中小企業や中堅企業で、在庫をきちんと把握するためにはどうしたらいいか。それについては1年ほど前にも簡単に手順を述べたが(「在庫問題の構造を把握するために」参照)、もう一度ここで、より詳しく説明し直そうと思う。

(1)まず、在庫品を表に出すこと

表に出すというのは、文字通り、物理的に、日の当たる場所に取り出すという意味である。積み上がっているモノは上から順におろし、奥のモノも手前からとりだして、どこか床の上のスペースに並べてみる。何と、何が収蔵されていたのかを、目で見える状態にいったんする。すると、「あ、これってここにしまってたのかあ!」「なんだ、こんな所にあったんだ。」「うへ、わざわざ何でこんなモノ、とってあんの?」といった驚きと気づきが、皆を襲うだろう。(嘘だと思ったら、お宅の冷蔵庫について同じことをやってみればいい)

(2)その上で、モノの状態と数を確認すること

ひとつひとつ目で見て、それが何であるか、使える状態にあるか、破損したり使用期限が過ぎていないかを確認しながら、数をかぞえる。すると、当然のように「これもう、使えないな。」といったモノが出てくるので、それは脇に置いて、後で処分する。正常なモノと処分すべきモノの数を調べたら、一応元の場所に戻す。

昔の人は、(1)と(2)の作業をあわせて「棚卸し」とよんだ。文字通り、棚からモノを下ろすのである。おろして、状態を調べ、数を確認して、棚に戻す(ときどき、不要なモノをすてることを「棚卸し」だと思っている人がいるが、それは誤解である)。棚卸の作業の結果、在庫品のリストができる。

(3)在庫品のリストができたら、次にそれを金額に換算すること

上記リストに単価と金額の欄を追加し、それぞれの品目について、「その単価はいくらか」を調べ、個数をかけて、その品目の帳簿上の金額を求める。お金の話になると、人は急に厳密・正確を求めて、「これはいつ・いくらで買ったんだ?」と、数年前の過去にさかのぼって1円単位で調べたがったり、「他の品目とあわせて値引きしてもらったら、単価はどう設定するべきか?」「仕掛品の単価は?」「途中で購入価格が変わった場合は平均値にするのか」といった心配をしはじめる。しかしこの作業の目的は、財務会計ではなく、在庫管理である。だから、1円単位の帳尻はむりに合わせなくてもいい。だいたいの金額イメージが分かれば、それで十分である。

だいたいの金額が表の形で分かると、あらためて、「ウーン、合計100万円近い金額相当のモノが、こんな物置の中に眠っていたのか」という具合に、まともな人だったら考えはじめる。気づかなかったら、それこそ診断士として気づきをうながせばいい。個数だけの表だと、人はイメージがつかめない。お金にすると、突如として分かりやすくなるのである。しかし、これだけではまだ十分でないのだ。そこで、さらに次のステップをとってもらう。

(4)在庫品の数量を、日数分に換算すること

たとえば月に平均25個つかう品目があるとしよう。およそ、稼働日1日につき1個である。その品物が、倉庫に100個あったとすると、実働100日分、あるいはカレンダーでいうと約4ヶ月分も在庫があることになる。

それが多いか少ないかは、もちろん一概には言えない。しかし、同じ在庫品リストの他の品目が、40日~60日程度なのに、それだけが100日を超えていたとしたら、なんだかアンバランスなことだけは分かるはずである。

もちろん、このような換算をするためには、それぞれの品目が、「平均して月に何個使われているか」を調べる必要がある。これは、あまり簡単な作業ではないだろう。とくに作業実績の記録がきちんと残される習慣のない小企業では、なおさらだ。購買の記録などから追わなければならない。

それでも、この作業は、やってみる価値のある仕事なのである。在庫量のモノサシは、(a)個数(b)金額(c)日数、の三つがある。この順番で、把握するのがたいへんになる。たいていの小企業では、(a)個数さえ、実際に目の前に並べてみないと分からない。もう少し入出庫の記録をきちんとしている中堅中小なら、(b)金額くらいまでは、計算上でおさえられるだろう。しかし、(c)日数基準までとなると、上場企業でさえ、あやしいところはいくらでも出てくる。だが、たとえ一部の代表的な品目だけでも、日数基準で把握できるようになると、在庫管理の判断レベルが格段に上がってくる。

というのは、品目間の在庫量の多い少ないの比較は、個数では難しいからだ。小さなボルト1個と、大きなフランジ1個を並べても、意味はない。モノによっては個数ではなく、リットルだとか(溶剤などの場合)、メートルだとか(ケーブルなどの場合)、計量単位すら異なる。これを金額ベースに直すと、すこし比較のベースがはっきりするが、それでも高価なモノ・安価なモノがあるため、直接比較しにくい。日数基準というのは、そういう点で、異なる品目間を比較しやすくする点で共通性があり、非常に優れているのだ。

(5)最後に、リスト上のどこまでが意図して持つべき在庫かを、考えること

このサイトで繰り返し書いているように、在庫には、計画的に持つ意図在庫と、偶発的な『できちゃった在庫』とがある。在庫品のリストを見て、どれだけが意図して持つべき適正在庫かを考えてもらう。その時に、コンサルタントとしては、例えばWilsonの公式などを教えてあげるのもいいだろうし、そこまで行かなくても、自分達で適正な在庫水準について考えてもらえば、十分意義があるだろう。ちなみに、勉強したい意欲のある人には、在庫管理の参考書として、たとえば『適正在庫の考え方・求め方』(勝呂隆男・著)などを、わたしはよくすすめている。

小規模の企業の場合、計算で適正水準を求めるのはあまり現実的ではない。むしろ、「どれとどれは在庫不要と判断し、捨てるべきか」を決める程度でいい。で、じつはこれが結構難しいのである。というのは、現場の人には職業的心配症とでもいうべきマインドがしばしば蔓延していて、あれもこれも心配だから保存して置きたがるからだ。

そこで、第三者の冷静な目が必要になる。ちなみに、冒頭の物置の例でいえば、あるリビング・コンサルタントの人に言わせると、「不要品を捨てるには、配偶者に判断させるのが一番良い」のだそうだ。自分では不安やら愛着やらで捨てられずにいるモノも、パートナーだと「これって2年も使ってないわよね。場所ふさぎだし、全然不要じゃない」という調子で、すっぱりと断捨離を実行できる、からなのだという。(だが、この調子でやられた日には喧嘩になる確率もかなり高いと思うので、だれかやってみて実効性が検証されたら、わたしも追随しようと思う)

もっとも、念のためにつけ加えておくと、在庫というのは少なければ少ないほどいい、と思っている人がいるが、それは間違いである。たしかに意図せざる『できちゃった在庫』は、できるかぎりゼロに近づけるべきだろう。しかし、需給の不一致を調整するためのストック在庫や、工程間のアンバランスを吸収するためのフロー在庫は、適正な量を持っておく必要がある(そうしないと、生産全体が急な変動やトラブルに対応する能力を失ってしまう)。その適正さというのは、大げさに言えば経営判断だが、ふつうは現場をじっと見ているミドルマネジメントが決めるべきものだろう。

「標準なければカイゼンなし」というトヨタ流の標語があるが、在庫も同じだ。『適正な在庫水準』を定め、それで業務を回す努力をした上で、次に、いかにその水準自体を下げるかについて工夫する。標準も無しに、むやみに減らせ減らせというのは、マネジメントの手順として、間違っている。当初の質問をされた方の意図はともかく、「在庫削減」ありきの表現の中に、すこしだけ懸念を感じたのである。

たしかに在庫はお金を寝かせているに等しい。しかし日本は今のところまだ低金利状態にあるし、企業も自前の資金を持っているところも多い。最近、『社長が「在庫削減! 」と言い出した会社は成長しない』という、いたって刺激的なタイトルの本を書かれた畏友・本間峰一氏も指摘するように、日本では上場企業の約半数が、無借金経営状態に近づいているのである。つまり、手金で投資できる訳である。ならば、適正な在庫というモノの形に投資するのも、賢いあり方の一つではないだろうか。


<関連エントリ>
 →「在庫問題の構造を把握するために
 →「超入門・在庫管理 在庫ゼロは危険な目標
by Tomoichi_Sato | 2013-10-27 18:58 | サプライチェーン | Comments(0)

講演のお知らせ(10/30, 11/3)

直前のお知らせになってしまいましたが、東京と沖縄で講演を行います。いずれもサプライチェーン関係のテーマです。

1.「生産システム見える化展」

日時:10月30日(水) 16:00-16:40
場所:東京ビッグサイト東3ホール内 特設ステージ

演題:「サプライチェーンの強者戦略を考える
~ あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない5つの理由」

上記「生産システム見える化展」は、『ものづくりNEXT↑ 2013』という大きな展示会の一環です。
そこで、NPO法人「ものづくりAPS推進機構」(通称"APSOM":わたしも理事を務めています)が、『計画・同期化とITカイゼン・コーナー』という企画を持っており、初日のセミナーの一コマを担当いたします。

 http://www.jma.or.jp/next/attendance/program.html#ItKaizenSeminer

ご都合がつくようでしたらぜひお立ち寄りください。
なおセミナー自体は無料ですが、一応定員があるため、可能でしたら上記URLから事前登録をお勧めします。


2.日本経営工学会 生産物流部門 第1回国際ワークショップ

日時:2013年11月3日(日) 11:00~11:30(予定)
場所:ホテルムーンビーチ 沖縄県国頭郡恩納村字前兼久1203

演題:「サプライチェーンの形態分類と強者戦略

こちらは学会の国際ワークショップです。下記URLの案内は英語になっていますが、わたしの口頭発表は日本語で行うつもりです。
 http://www.jimanet.jp/news/workshop/20131025/4663

わたしの発表以外にも、慶応大学の山口高平教授によるオントロジー工学の話(これがなぜ生産物流に結びつくのかは聞いてのお楽しみ)、渡辺幸三氏によるオープンソフトウェアの生産管理システムの発表、座長である慶応大学・松川弘明教授によるサプライチェーン・リスクマネジメントのための可視化システム、など興味深い発表が沢山あります。
場所が場所だけに、ふと思いたって立ち寄れる方は少ないと思いますが(^^;)、一応お知らせしておきます。
参加費: 10,000円

以上、ご案内まで。


佐藤 知一
by Tomoichi_Sato | 2013-10-25 14:14 | サプライチェーン | Comments(0)

セミナー講演のお知らせ:「生産スケジューリングの基礎と海外工場を含むリードタイム問題の解決」

お知らせです。

11月5日(火)10:30-17:30 に、ほぼ1日かけて有償セミナーの講演をいたします。

「生産スケジューリングの基礎と海外工場を含むリードタイム問題の解決
~生産・在庫計画、グローバル・サプライチェーン、ジャスト・イン・タイムの定石を学ぶ~」

というテーマで、文字通り生産スケジューリングの基礎とジャスト・イン・タイム生産システム構築の定石についてお話します。詳細は、下記をご参照ください。

  http://www.j-techno.co.jp/infos/view/6841/

わたしのセミナーですから、当然「トヨタの真似をすれば万事解決」というような事は言いません。生産の問題に魔法の杖はない、というのがわたしの考えです。

したがって、在庫理論の入門からはじめて、各業界のサプライチェーンの特性に根ざした『生産システム』の設計を“そもそも論”から考え直し、自社に適用してみよう、というお話になります。多少、手を動かした演習も交える予定です。

有償で恐縮ですが、一日仕事場を離れてじっくり学び考えてみたい、という方におすすめできるセミナーにするつもりでおります。ちなみに今年は3回めで、昨年はトヨタ自動車の方も参加されたのでちょっと驚きました。

こうした問題に関心のある方々のご来聴を、心よりお待ちしております。


佐藤知一
by tomoichi_sato | 2013-10-09 04:54 | サプライチェーン | Comments(0)

製造業とITをつなぐミッシングリンク - BOM(部品表)の問題

最近、拙著「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務)」の重版の知らせを出版社から受け取った。累計7,400部になるらしい。発刊が2005年初頭だから、8年間かかってやっとこれだけの数字だ。でも、ビジネス書は3千部売れれば及第点のレベルと言われから、まあまあの部類ではあるだろう。多くの方に受け入れていただけたことに、感謝したい。それに、編集担当の方によると、8年以上もの期間にわたってジワジワ売れ続けるのは、こうした分野では珍しいらしい。

それにしても、最近、あらためてBOMが関心を集め直しているのではないか、と感じることがある。今年は二回もBOMに関して講演の依頼を受けているし、本書の増刷もある。もっと驚いたのは、数ヶ月前だが、電車ですぐ隣の人が「BOM/部品表入門」を読んでいたことである。本は何冊か書いているが、初めての体験だ。思わず、「著者ですが」と挨拶をしてしまった(^^;)。相手の方は、SI業界の方で、BOMに関して勉強するため読み始めたとのことだった。

本を書き始めた2004年の頃は、BOMに対する関心が産業界で高まっている時期だった。自動車会社が膨大な労力と費用をかけてBOMを再統一するプロジェクトをはじめたり、電機メーカーが大変な苦労をして部品の品番統一を行ったり、というニュースが報じられた。また本書に前後して、やはりBOM関係の著書や訳書が刊行されたりしていた。

ところがその後、しばらく鎮静期というか、BOMがあまりメディアに取り上げられなくなる時期が続く。そして最近になってまた、再び注目が集まっているように感じられる。これは、何故だろうか?

その答えを考える前に、ちょっとここで読者諸賢にクイズを出してみたい。以下の問に、みなさんならどう答えられるだろうか。いずれも、日本の製造業の姿をあらわす数字だ:

 GDPに占める製造業の割合 = ? %
 製造業ではたらく就業者数 =  ? 万人
 製造業の従業員あたりIT費用 = ? 万円/年

これらの質問は、今年3月に開催した「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」でBOMに関する講演をしたとき、イントロに使った問題である。さて、日本全体のGDPに占める製造業の比率は、何%か。“ものづくり日本”と謳われ、製造業が日本の産業をリードする、あるいは輸出の主軸である、と考えられているわたし達の経済で、さてどれくらいの割合を占めているのか。半分? 7割? それとももうちょっと小さく4割程度?

じつは、日本のGDPの中の製造業の比率は、2008年に19.8%となり、すでに2割を切ったのである。意外に思われる方も多いだろう。モノづくりが倒れたら日本が滅びる、みたいな論調をよく聞かされるが、ちょっとオーバーなことが分かる。メディアも感覚論だけでなく、こうした数字をおさえて報じてくれるといいのにな、と思わないでもない。

なお、ドイツの製造業GDP比率=25%、米国=12%、EU平均=20%である。ドイツはさすがに今でも製造業大国だと分かる。米国の製造業の衰退は、残念ながら数字から見ても本当である。日本はEU全体の平均に近い。

ただ、2割を切ったといっても、日本はGDP規模でまだ世界第三位の経済大国であり、他国と比較すると、やはり大きい。ちなみに日本のGDPは約480兆円。計算がしやすいように、だいたい500兆円と覚えておこう。製造業はその2割だから、毎年100兆円も稼いでいるのだ。ちょっとした国の経済規模より、ずっと大きい。

では、二番目の問は? 研究部会では「5万人くらいかな」と答えた方がおられたが、それでは少なすぎる(トヨタ一社だってそれより多い)。こういう問題を考えるには、概算と類推を活用する必要がある。いわゆる「フェルミ推定」である。GDPに占める製造業の割合は、2割だと分かった。日本の人口は、1億2千数百万だ。ここも、計算が簡単なように、1億2千5百万人と記憶しておこう。そうすると、その2割=1/5だから、2千5百万人が製造業のカバー範囲か。ただし、これは赤ん坊からお年寄りまで、全人口が入っている。就業者となると、生産年齢で、失業者ものぞかなくてはならない。エイヤっと半分にして、1,250万人でどうだ!

ま、惜しいところである。実際の答えは、1,030万人なのだ(2010年度の統計)。ちなみに日本全体の全就業者数は、6,246万人である。総人口の約半分で、ここのエイヤは合っていた。どこが違ったかというと、GDP比率と比例していない点だ。6,246万人中の1,030万人は、16.5%にあたる。製造業は、GDPでは全体の1/5だが、就業者数では1/6しかいないのである。

GDP比率よりも就業者比率の方が小さい。これはすなわち、製造業の方が一人あたりでは余計に付加価値を稼いでいることを示している。経済効率が高いのである。他の産業、すなわち流通業やサービス業などの方が、一人あたりの生産性が少し低い。

それでは第三問、製造業の従業員あたりIT費用は年間でいくらか? 答えをいってしまうと、43.2万円(2010年)である。これは多いと思われるだろうか、それとも少ないだろうか? これも、他と比較すると分かる。全産業平均のIT費用=57.8万円/人・年なのである。「いや、俺、そんなに使ってないから」などといわないでほしい。これは、配備パソコンの購入代金から、基幹システムの開発運用費、保守その他の労務費外注費、デジタル通信費用まですべて含めた金額なのだ。ユーザの目に見えない費用が全部含まれていることに注意してほしい。

さて、全産業の平均に比べると、製造業は75%、つまり3/4しかIT費用が使われていないことが分かった。問題は、これを、どう見るかだ。製造業はITを効率よくつかっているから、一人あたりの費用が少ない? わたしは、そう見ない。工場現場労働者というブルーカラー職種の人数まで入っているから、平均値が下がっている? だが、流通サービス業だって、相当に単純労働者を抱えている。他業種は派遣や外注など非正規雇用者を多用しているから、分母が小さい? いや、分母は正社員数ではなく就業者数であることに注意してほしい。

わたしの見方は、もっと単純である。製造業は、必要なIT費用を十分に使っていないのだ。どれだけ必要かは、無論、業態による。業種の中で最高なのは金融保険業の163.2万円だが、製造業はそのわずか1/4である。では、製造業の業務は金融や流通よりもずっと単純なのか? そんなことはない。むしろ、業務プロセスの幅でいうと、製造業は流通やサービス業よりも、ずっと大きい。受注・設計・製造・検査・物流・保全・販売・購買・在庫・経理・人事・・・(流通業は、これらの内、販売以降の部分だけをカバーすればすむ)。つまり、製造業の情報化は、業務が多くて複雑なのだ。

製造業にIT化費用の支払い能力がない、単価が安い、という訳でもない。わたしの経験では、流通業よりもむしろ発注の査定はリーズナブルである。だったら、なぜSIerはもっと製造業をターゲットにしないのか? いい顧客ではないか。

その大きな理由は、じつは「製造」という業務に対する敷居の高さにある、とわたしは見ている。会計や、販売管理や、発注検収システムを得意とするIT会社はたくさんある。しかし、製造となると急に出足が止まる。なんだかややこしいし、製造現場はうるさくて煙臭くて縁遠い。だいいち工場なんて妙に不便な田舎にあるじゃないか。

おかしなことに、肝心の製造業の情報システム部門の人たちも、しばしばそう感じているらしい。本社でERPやCADシステムを導入することには熱心でも、工場の製造実行システム(MES)などは案外、製造部門任せだったりする。製造部では、若手でちょっとパソコンに詳しいような技術者が、見よう見まねで設計書を書いて開発したりする。これできちんと情報化が進むわけがない。その結果が43.2万円なのだろう。

そのようなやり方は、そろそろ限界に近づいている。なぜなら製造の海外展開が近年急速に進んで、部品・製品のサプライチェーンが工場の壁をまたいで海外まで伸びてしまったからだ。おかげで、どこに何がいくつあって、どれをいくつ作ればいいか、ひと目で分からなくなってしまった。製造業の計画の鍵、中心となるマスタデータはBOM(部品表)である。この部品表という革袋が古くなって、海外展開という新しい酒を入れることができなくなってきたのである。

だったらば、そろそろITのプロに任せればいいじゃないか。製造業が全産業の平均並みにIT費用を使うとすると、57.8―43.2=14.6万円/人・年の潜在需要がそこにあるはずだ。就業者数1,030万人をかければ、毎年約1.5兆円の市場である。これは、IT産業から見ても、非常に良いマーケットだろう。大丈夫、製造業は年間100兆円のGDPを生み出している。念のためにいうが、売上100兆円ではない。付加価値額の合計が100兆円なのである。1.5兆なんて、そのわずか1.5%にすぎない。もし、1.5%のIT投資をして、それで年間3%の生産性アップが得られるなら、ものすごく引き合う話ではないか。

じつは、その素晴らしい見合い話で問題となるのが、BOM/部品表なのだ。多くのシステム屋さんの「躓きの石」が、部品表らしい。なんだか構造もややこしいし、数も種類も多くて訳わからない・・。

別に、そんなことはないのですよ。たしかに見かけはややこしいけれど、それは顧客のデータモデルがしっかりしていないだけかもしれない(だってITのプロが作ってこなかったのだから)。だから、そこさえきちんと押さえれば、あとは論理的に展開できる。そして、製造業のいいところは、業務が理屈どおり進むことなのだ。

わたしは自分の本が売りたくて、こんなことを書いているのではない。日本の製造業は今、明らかに質的転換の曲がり角に来ている。贅肉体質の企業はすでに淘汰が進み、よく考えて行動しているところが(規模の大小にかかわらず)生き延びる時代に入っている。そのボトルネックは、製造・物流のIT化なのだ。わたしはぜひ追加の1.5兆円市場が生まれて、それがGDP全体の拡大に寄与するようになることを望んでいる。その動きに、拙著がちょっとでも貢献できれば、望外の喜びなのである。
by tomoichi_sato | 2013-09-29 17:03 | サプライチェーン | Comments(1)

トヨタ生産システムとは、じつはトヨタ生産&販売システムである

数年前、中東のある国で、大手自動車ディーラーを訪ねたことがある。そこで働く日本人の方のお話を聞くためだった。名前をS氏としておこう。その会社はトヨタ車の販売も多く手がけており、トヨタのOBであるS氏を社内指導に招いていたのである。訪問の主目的は当該国のビジネス事情と官庁との関係をヒアリングすることだったが、氏がご自分がしてこられた事について、淡々と話されるのを聞くうちに、次第に驚嘆の気持ちがわたしの中でふくらんでいった。以下はその時に聞いた話だ(ただし差し障りがないよう、本質的でない点は少し変えてある)。

S氏はもともと、人材育成と社内教育のために、その2年ほど前に呼ばれたのだった。車のディーラーは、業容が拡大すると、売ったらそれで終わり、では済まなくなる。まず、補修用のサービスパーツを自分で手がける必要が出てくる。さらに売上が増えると、自社で保守点検の修理工場を持つことになる。他の不慣れな整備屋に直されて下手に故障されるより、正規ディーラーが修理を手がける方が車の寿命も伸び、結果としてビジネスの評判も良くなるからだ。

かくして、その会社も全国に何箇所かメンテナンス・ショップを持つことになった。そうなると、整備工の教育訓練が大事になってくる。本社に教育研修のためのセンターを作り、きちんとしたプログラムのもと、全国から集めた整備工を育てることになった。そのセンター長として、S氏が招聘されたのである。

ちなみにS氏は、長く海外営業畑を歩いてこられ、アジアの関連会社にも何年かおられたとのことで、英語に関しては全く問題ないようだった。中東では大学教育は英語でやるから、社内でホワイトカラーと仕事をする際には大きな不便はない。もちろん、S氏は技術者ではないから、実際の技能訓練は部下の指導員たちに任せることになる。そして、技能工以外の、社員各層への教育育成もS氏の責任範囲だった。

わたし達は、S氏のオフィスで話を伺った。ミーティングもできるような細長い部屋の隅にデスクをおいて仕事をされている。背面の壁には、模造紙大の大きな紙に、工程表のバーチャートが描かれていて、縦にイナズマ線が引かれている(これが実は毛糸をピンで留めたもので、進捗を確認し、イナズマ線を引き直すのが簡単にできるようにになっている。まことに典型的な、「目で見る管理」である)。

ところで、S氏が着任直後にやったのは、社長のところに直談判にいくことだった、という。なぜか。--S氏の最初にすべきことは、育成のプログラムを作り、指導員たちをまず育成指導することだ。そのため、自分の部門の方針を立てる必要がある。ところが、「驚いたことに、この会社には各部門の方針がなかったんです。それというのも、会社全体の年度方針を社長が出していないからです。つまり、経営をしていなかった。」 そこで、まず社長に、方針管理の重要性を説いて聞かせ、何度か説明し説得し懇願した結果、ようやく全体方針ができた。それを元に、教育研修センターの方針も具体的に作ることができるようになった。

その次にS氏は、センターの方針を部下の指導員や中間管理職たちに下ろして、それぞれの担当セクションの方針と目標をつくらせた。むろん、これがまた一苦労。誰もいままでそんなことをしたことが無かったからだ。右から入ってくる顧客の注文や上司の命令を、左にふって指示すれば、それで仕事をした気になる人たちばっかりだった。S氏はしかし、倦まずひるまず、方針管理を彼らにも貫徹する。年度目標ができたら、今度はそれを時間軸に沿って、どういう手順でどれだけ達成していくかを決めさせる。その結果が、S氏の背中に貼ってあった工程表なのだ。

さらにS氏は、(たしか2週に1度だったと思うが)定例ミーティングで全員を招集した。進捗状況と問題点を報告させるためだ。ただし、ミーティングの冒頭には必ず、このセンターのミッションを全員に大声で復唱させる。ミッション・ステートメントは英語でわずか2行程度の簡潔なもので、部屋の入り口の上に紙で貼ってあった。もちとん、S氏も一緒に大声で唱える。知的な読者諸賢にとって、こんなやり方はひどく体育会的に見えるだろう。しかし、こうすれば、必ず全員の頭の中に、「自分たちの仕事の目的、役割は何か」が刷り込まれる。議論がもつれた際には、このミッションに立ち戻って、何が一番大事かを再確認する。

進捗が2回以上滞っている場合は、何か大きな問題か障害が起こっていると判断し、工程表のイナズマ線の該当箇所に、赤い大きな印をピンで留める。わたしが見たのは2年目の終わりで、ピンの数は2箇所だけだったが、きっと初年度のイナズマ線はもっとぐちゃぐちゃだったに違いない。そして問題点を分析し、解決策をこうじる。「この、問題原因の分析というのも、正しいやり方があるんです」とS氏はいう(原因分析は、有名な「なぜなぜ5回」をやるのだと想像するが、たしかにこの「なぜなぜ分析」は、下手にやると、意味ある分析結果が出てこない)。

S氏はもちろん、自分でも研修の講師をする。営業、輸送、保全などの社員に、小さなオモチャのようなキットを使い、グループで演習をさせながら、トヨタ生産方式の中核である平準化生産の意義を教える、という。やってみればわかるとおり、多くの製品をかためて一度に作るより、少しずつ平準化して作る方が、販売も物流も生産も、ずっと効率がいい。その分、とうぜん安くなる。だから儲かる。「営業がどいういうふうに売れば、生産コストが安くなるのか、ゲームで皆が納得するのです。」

この話を聞いたとき、つくづくトヨタとは空恐ろしい会社だと思った。この方は営業畑の人なのだ。それが、自社の生産システムをきちんと、他人に伝わるように、説明できる。では、日本の製造業で、営業マンが自社の生産の仕組みを外部に説明し、なおかつ、「生産コストが安くなるような売り方とは何か」を語れる企業がどれだけあるだろうか? 営業は営業、生産は生産。それは二つの別の組織。そう思っている会社がほとんどではないのか。

営業は、工場が作ったものを売りさばくのが仕事。技術のことに口出すべきではない。--それが、高度成長期の感覚だった。時代は下り、今は逆に、「工場は、営業がとってきた案件を文句言わずにこなすのが仕事。急な追加も変更もお客様あってのこと、微妙なセールスのことに口を出すんじゃない」、という会社も増えた。だが、両者に壁があるのは変わりない。営業は大げさな販売計画を立てる。工場はその数字を信用せずに、鉛筆を舐めて別の数字で生産計画を立てる。そういう会社を、わたしはいくつも知っている。

ライバルと目される、あるメーカーにいたっては、「自分のとこの営業マンは、トヨタほどセールス力がないから、平準化してなんか売れない。だから、どんな注文がいつ飛び込んできても、すぐに対応できるよう生産側だけで工夫するのだ」と発言する人までいる。トヨタからみれば、こんな状況はお笑い種のはずだ(もちろん、口には出すまいが)。その方針のおかげで、どれだけサプライヤーが振り回されることか。結果、どれだけ生産コストが上がっていることか。

トヨタが成長したのは、カリスマ的なリーダーが衆愚を統率したからでも、ユーザーにしびれるようなエクスペリエンスを与える画期的新製品を連発したからでもない。アメリカ市場で現地生産を始めたのも、大手の中では一番遅かった。今の経済メディアがふりまく「企業の成長に必要なのはカリスマ・リーダー、画期的製品、グローバル化だ」という論調は、どれも当てはまらないのだ。

彼らの真の強さとは、営業と生産がちゃんとかみ合って動いていることにある。このことに、多くの人は気づいていない。それは、ある意味、大野耐一氏が「トヨタ生産システム」と名付けたことに始まるのではないか。これが「トヨタ生産&販売システム」と名付けられていたら、もっと世の中の理解は進んでいただろう。そしてまた、いわゆるJIT生産コンサルタントたちも、その意義を十分宣伝していないように思われる。というのも、JIT生産コンサルの多くは、トヨタ系列のサプライヤー指導で生計を立ててきたからである。トヨタ本体の販売が、きちんと計画通りに売って、ブレの少ない先行内示を保証してくれるから、部品メーカー側も安心して、小ロット生産やシングル段取りなどの現場カイゼンに精を出せるのである。まともな販売があってはじめて、生産のあるべき姿が決まるのだ。

それにしても、S氏の仕事ぶりを見て、改めてその徹底ぶりに感じ入った。わたしは決してトヨタの崇拝者ではない(車も別の会社のものに乗っている)。ただ、尊敬はする。あの会社は、上から下まで、販売の末端から製造の最上流まで、どこまでも首尾一貫しているのである。それが、「システム」というものの強さなのだ。そのことを、世の中の営業系の人たちも、もっと知って欲しいと思う。トヨタ生産システムとは、トヨタの生産&販売システムなのである。


関連エントリ:
→「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由
by Tomoichi_Sato | 2013-08-25 13:03 | サプライチェーン | Comments(0)

日本のメタン・ハイドレート活用をはばむ(かもしれない)陸上側の課題とは

日本近海には天然ガス資源の一種である『メタン・ハイドレート』が大量に眠っている。メタン・ハイドレートとは、メタン分子を水分子が取り囲むような形で固体化した包接化合物で、低い水温と高い圧力のもとで生成する。一種の透明な氷に似ているが、メタンが閉じ込められているので火をつけると燃える。このメタン・ハイドレートの採掘を実用化すべく、国の後押しを受けて研究者たちが最近活発にチャレンジしていることは,新聞報道などで見た人も多いだろう。エネルギー資源をほぼ100%近く輸入に頼っているわたし達の社会にとって、自国内に未開発資源が大量にあるというニュースは心強い限りである。

さて、半年ほど前だが、東大柏キャンパスで開かれた日本船舶海洋工学会の秋期講演会に呼ばれて、「石油・ガス開発における国内産業界の取り組みについて」の題で講演をした。これは『我が国の海洋産業について考える』というオーガナイズド・セッションの一部で、メタン・ハイドレートなど海洋での非在来型エネルギーを、陸上側における石油・ガス産業などが利用する際の課題について話してもらいたい、との要請であった。船舶海洋工学会に集まる参加者は、いわば海の人々で、陸上の事情にはあまり詳しくない。だから課題があればともに考えていこう、とのご趣旨である。

海底に眠るメタン・ハイドレートをどうガスとして採掘し取り出すか。たしかにこれは技術的に非常にチャレンジングで面白い課題だ。とくに安全かつ効率的に取り出すのは難しい。メタン・ハイドレートはある意味、不安定な物質で、下手に刺激すると爆発的な乖離を引き起こすらしく、北欧の深海底には自然に引き起こされたらしい大規模爆発の跡が残っている。しかし、かりにうまく海の真ん中でメタンガスを効率よく採取できたとして、それをどう利用するのか。エネルギーが足りないのは日本の本土なのだから、船の上で燃やしても何の役にも立たない。陸まで持ってこなければならないのだが、わたしの考えでは、そこに4種類の課題がありそうだ。

課題その(1)は、ガスの前処理と輸送方法の適切な決定である。普通に考えるなら、ガス・パイプラインによる陸地への輸送が第一の選択肢となろう。ただ、パイプラインは相当の距離を、それなりの深度の海底に敷設することになるので、コストと安全性の両面で不安がある。ガス中の水分・CO2などは、パイプラインに送り込む前にある程度除去しておくことが望ましい。これは採取地点のあたりに浮体構造の処理設備をおくことでなんとか解決するだろう。

もう一つの選択肢は、LNG化によるLNGタンカー輸送である。浮体構造の天然ガス液化プラント(F-LNG)で液化し、LNG船で輸送する方法だ。ただし、これを実現するためには、産出ガス量がある程度必要であり(あまり少量だとLNGプラントの効率が上がらない)、当然それなりの投資額となる可能性がある。

陸上まで無事に運んだとして、次なる課題その(2)は、陸上側での受入基地の設置である。受入基地の目的は、ガスの精製・貯蔵・陸上出荷だ。産出されるガス組成と輸送形態にもよるが、我が国の厳しい環境規制に適合したガス精製・貯蔵設備と広い土地が必要になる。メタン・ハイドレートでいま注目されているのは南海トラフだが、そうなると和歌山や四国・九州南岸あたりに立地が必要である。また、通常の天然ガス精製技術はある程度確立しているが、ハイドレート由来ガスに関してはチャレンジも生じるだろう。

しかし、活用における最大の障壁は、課題その(3)の「販売のサプライチェーン整備」にあると考えられる。受入基地まで運び込まれた天然ガスは、当然ながらその先に販売チャネルが必要である。ところが、ここにエネルギー・サプライチェーンの分断という問題が立ちはだかるのだ。

周知の通り、我が国のエネルギー業界は消費者への供給形態にしたがって、「石油業界」「ガス業界」「電力業界」という風に分かれている。資本関係も互いにほぼ独立である。これは日本の特色と言っていい。本来エネルギーというのは互いに転換可能であり、じっさい日本では天然ガスの国内用途の約7割が電力(火力発電所)に使われている。そのため海外では、同一企業グループが石油もガスも発電も取り扱う形態が多い。石油メジャーや韓国の財閥などはその典型である。

しかも日本の電力ならびに都市ガス業界は、地域独占事業の形態をとっている。全国区でエネルギーを販売しているのは石油業界だけである。ガス業界はさらに、導管供給主体の「都市ガス」業界と、「液化石油ガス」(プロパンガス)業界に分かれる。都市ガス業界は、東京・大阪・東邦・西部の大手4社の他に、中小規模の地域会社が多数存在する構造だ。というわけで、消費者用・事業用を問わず、ガスの販売業者は地域性が強い。

この問題をさらに難しくているのは、日本におけるガス・パイプライン網の欠如である。我が国には米国のような広域ガス・パイプラインが存在しておらず、また将来も引けないだろうと予測される(理由はここには書けないが、この予測に同意する業界人は多いはずである)。このため、ある地域で受け入れたガスを、他地域のユーザーに輸送供給するのは困難だ。だからメタン・ハイドレート由来の天然ガスを、どの地域の基地に受け入れるかは、各社にとって死活的に重要となる問題なのである。

せっかく日本近海でメタン・ハイドレート採取が実用化しても、それはごく一部の地域しか恩恵をもたらさない可能性がある。その根本原因は、わたし達の社会に総合的・全国的なエネルギー・サプライチェーンが存在していないことにある--物理的なインフラの意味でも、業界構造や地域独占の壁という意味でも。理想をいえば、いろいろな地域で、自由な発想を持った供給業者が競争し、それを他地域の消費者が自由に選べる形となることが望ましいのだが、残念ながら一朝一夕には実現するまい。

では、どうしたらよいのか。

一つの方法は、ガスを採取する洋上プラントで、同時にガソリン・灯軽油化することである。天然ガスを物理的に冷却・圧縮するLNG化と異なり、化学反応によって石油中間留分に転化する技術をGas to Liquid(GTL)と呼ぶが、これはすでにカタールや南アなどで実用化されている。そして、ガソリンや灯軽油ならば、通常の安価なタンカーによって、日本のどこにでも輸送が可能である(LNG船はそれ自体が高価な上、LNG受入基地は日本に少ない)。さらに、石油製品の輸送網は全国化しているため、サプライチェーンの問題も小さい。

もう一つの方法は、天然ガスとして陸上に受入れ、その場所でエネルギー複合供給ビジネスを起こすやり方だ。単に都市ガスとして域内に供給するだけでなく、同時に発電ならびに地域熱供給事業も行う。電力ならば、一応、電力網を超えて販売することも可能だ。供給の安定性や操業の自由度から考えた場合、このように都市ガス・発電・熱のコンビネーションで複合供給ビジネスも構想しうるだろう。先の方法と組み合わせて、GTLをメニューに入れるのも一案だ。無論、こうした取り組みには、地域と業界の規制の壁を超えるための様々な工夫が必要かもしれないが。

いずれにしても、海底のメタンをうまく掘り当てたとしても、それを本土に持ってきて活用するまでには、かなりいろいろなチャレンジが想像される。事業費もかなりかかるだろう。だとすると、最後の課題その(4)として、ファイナンスとリスクの克服をあげなければなるまい。海洋資源開発事業は巨額の投資を必要とし、リスクも大きい。リスクの中には、国内あるいは国際的なガス価格の下落なども含まれる。そう言う意味で、たとえば石油天然ガス・金属鉱物資源機構など公的資金の最大限の活用が望まれようし、もちろん賢明なるわれらが政府は、すでにその方向に向けて課題を整理中、だと信じたいところである。
by Tomoichi_Sato | 2013-05-06 16:46 | サプライチェーン | Comments(1)

コストセンターとは何か

コストセンターというのは奇妙な用語である。多義的だ、とか、意味が確定しにくい、とかいう訳ではない。コストセンターとは「費用だけが集計される部門単位」という定義が明確にあり、その点では、ほぼゆらぎがない。にもかかわらず、この用語は様々な価値判断や感情的評価を込めて使われている。ネットをちょっと調べてみれば分かるが、「もうコストセンターとは呼ばせない!」とか、「コストセンターからプロフィットセンターへの脱皮を」といった風に、ネガティブな意味合いで使われることが多い。あるいは「所詮コストセンター子会社だから」とか。いったい費用だけが集計される会社とは、どういう意味だろうか。収入がない会社が存在するのか?

もともと「コストセンター」とは、会計学から発した言葉だった。日本語では「原価中心点」という、いささかぎこちない訳語があてられている。意味は先ほど紹介したとおり、費用集計の部門単位である。企業の中には部門がたくさんあり、どこでも費用が発生するから、コストセンター(つまり中心点)がたくさんある、ということになる。なんだか幾何学的にはヘンな気もするが、まあ気にせず通り過ぎることにしよう。たとえばSAPの導入コンサルだったら、コストセンターは主にこうした会計的意味で、会社の組織定義のプロセスで使っているはずだ。

これに対となる用語がある。それは収入だけが集計される部門単位で、こちらは「レベニューセンター」と名付けられている。ところが、現実にはどんな仕事だって、人が動けば(最低でも人件費は)発生する。特許収入のように座っていればお金が流れ込んでくる種類の仕事でも、最低限の知財事務は必要なはずである。だから、純粋なレベニューセンターは実際の会社には存在しない。

そこで、コストも収入も発生し集計される部門単位が登場する。これを「プロフィットセンター」と呼ぶ約束になっている。

さて。ここまでは会計学(とくに原価管理)の概念である。会計学の特徴として、きわめて厳格に定義されているが、価値判断からは中立だ。会計士は、この製品は好ましいだとか、あの部門はアホだとかは言わないのである(少なくとも表では)。ではなぜ、コストセンターという語に、価値と感情がからみつくことになったのか。それは、会計学に隣接する別の学問、経営学の世界にこの語が取り込まれたからだ。経営学では(とくにサイエンス志向のあまり強くない経営学者の間では)、用語は厳密性より「説得力」が求められる。まして経営学のさらなる隣接地、経営コンサルやメディアの分野では、概念の「物語性」が最大の価値となる。

さて、経営学の分野ではマネジメントが主題である。そのため、部門をマネジメントする際に、その部門の性格、ならびに管理目標が問題になる。そこで、コストセンターは費用だけが集計される部門であり、費用で管理するべきだし、プロフィットセンターは収入と費用の両面で(つまり収入-費用=利益で)管理すべきだ、という見方が誕生する。

ちなみに、営業機能と開発・製造機能の双方を併せ持つ「事業部制」という仕組みを発明したのは、GMの社長スローンだったと言われている。それまでのGMは、開発・製造・販売・・と機能別に縦割り型の部門が、すべての車種を面倒見ていた。彼はそれを変えて、製品ファミリごとに、開発から販売まで自己完結・一気通貫で動く組織をつくった。この事業部は製品ごとの特性に応じて意思決定も資源配置も迅速に行えたため、大きな成功をおさめた。おかげでGMも成長したし、彼の名はMITのビジネス・スクールの名前に残った。このような事業部は、まさに収入と費用の両方を自己管理できるという意味で、プロフィットセンターと呼ぶにふさわしい。

ところで、用語というものは流通していくうちに、しばしば本来の意味から離れていく。いつの間にか、事業部制をとらぬ通常の企業でも、営業部門は収入を集計するから「プロフィットセンター」で、製造や物流や研究開発部門は(そして人事経理など本社部門も)、「コストセンター」と呼ばれることになった。これは、元の会計学的な意味では正しい。しかし、経営学的には正しいだろうか? 製造をコストだけで管理する--それはどういう意味だろうか。

コストだけが部門の評価尺度と言うことになれば、向かう方向は必然的に「コストダウン」しかなくなる。コストは小さいほど良い。だから、コストセンター部門は必要かもしれないけれど、会社から見れば重荷でしかない、一種の必要悪である、という事になってしまった。このような見方は、コストセンター部門の子会社化による切り離し、という動きにつながり、'90年代後半から加速していく。その典型は物流子会社であろう。また工場の製造子会社化も広く行われるようになった。その背景には、わたしが以前から指摘している「サプライチェーンにおける生産から販売へのパワーシフト」があった。

ところで、よく考えてみてほしい。コストセンターを子会社化するというのは、その対象部門に「売上が立つ」事を意味する。そうでなければ会社として成り立たない(税務署だって認めまい)。工場を製造子会社化する場合、営業部門はそこから製品を価格付きで仕入れる事になる。今まで一つの会社だったときには意識されなかったモノの途中段階の値段が、急に浮上してくる。これを「移転価格」と呼ぶ。

この移転価格はどうやって決まるのか? 本社の販売側は「安ければ安いほどいい」から、製造原価で出せと要求するかもしれない。しかしそれでは利益ゼロで、子会社の経営が成り立たぬ。他方、原価よりずっと高い価格をつけたらどうなるか。本社側のマージンがその分減少する(無論、減った分は子会社に計上されるが、連結決算ではプラスマイナス・ゼロになる)。だからここは駆け引き、交渉になるのだが、まあ通常は本社の立場の方が強い。本社としては、製造原価とまでは言わぬ、子会社だって間接部門を維持し研究開発だって少しは必要だろう、だから原価+販売管理費の分までは負担しよう、と言うはずだ。

だが、もし子会社が100%親会社への内販だけでビジネスをしていたら、これはつまり会社として内部留保も成長余地もないことを意味する。あなたがこのような「コストセンター子会社」の経営者だったら、どういう将来展望を描き、どうやって従業員のモチベーションを高めるだろうか? ずいぶん難しい課題ではないか。

そうなると、残された道はただ一つ、親会社以外への外販比率を高めて、そちらで儲けていくしかない。だが、これは口で言うほどたやすいことでない。それは世の中に数多くある物流子会社を見ればよく分かるはずだ。営業人員だって不十分な機能子会社に、どうやって顧客を捜してこいと言うのか。一部の例外を除けば、多くは内販に頼っている現状がある。こうした会社は会計的にはプロフィットセンターだが、親からは相変わらずコストセンターと呼ばれている。

話を少し戻す。かりに子会社ではなく社内の機能部門だったとしても、コストというものは、本当にそれ単体で管理できるものなのだろうか? コストのみに責任を持つ組織というが、ここには何か欠けている要素がないだろうか?

コストの高低を言う場合、大事なことがある。それは、比較のベースである。製品コストならば、数量と、品質と、納期があってはじめて、比較可能になる。クラウンとカローラを比較して、カローラの方が安いといってよろこぶ愚か者はいない。また、同じものを作るにしても、1個作るのと100個作るのでは、当然値段は違ってくる。自分が外からモノを買うときを考えればすぐ分かる。

いいかえるなら、「コストだけに管理責任を持つ組織」では、マネジメントとしては全くの片手落ちである。いわば借方に対する貸方、つまり方程式の等号の反対側に、管理項目がなければならない。製造のようにマテリアルを供給する機能の場合は、品質・納期になる。物流のようにサービスを提供する機能の場合は、誤配率に代表される物流品質ということになる。言いかえるなら、サービス・レベルである。つまり、コストセンターは、サービス・レベルとコストに大して管理責任を持つ組織であるはずなのだ。品質が高ければ、コストもそれなりにかかる。納期が正確なら、それなりに費用もかかる。これが道理というものだ。もちろん数量も大事なコストの因子だ。だが、数量はむしろ需要側(販売側)が責任を持つべき項目であろう。

繰り返すが、経営学的にコストセンターをとらえるならば、サービス・レベルを規定した上で、コストを管理目標としていかなければならない。そうしてこそ、初めて他社との比較も意味を持ってくるのであり、また適正な移転価格レベルについても議論可能な状態となるのである。

(追記)英語版Wikipediaによれば、「プロフィットセンター」という用語をマネジメントの世界に最初に取り入れたのはドラッカーだったらしい。しかし彼は後にこの用語がおかしな意味で一人歩きしたのを見て後悔し、「企業内にあるのはすべてコストセンターだ。唯一プロフィットセンターと呼ぶべきは、不渡りでない小切手を切ってくれる顧客である」と述べている。
by Tomoichi_Sato | 2013-03-11 23:07 | サプライチェーン | Comments(1)

お知らせ:「モノづくりIT Expo」で基調講演を配信します

ITメディア社が主宰する、ネット上のバーチャル・エキスポである「モノづくり IT Expo 2013」で、

 『サプライチェーンと生産マネジメント~モノまね『JIT生産』を卒業するために

と題する基調講演(特別セッション)の画像を配信します。約25分間。わたしのしゃべる画像と、PowerPointのスライドが同期して表示される形式です。
配信期間は2月19日(火)~3月8日(金)で、Expoに登録すれば視聴できます。

主な内容は、1年前に上梓した「“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない」でわたしが執筆した第5章のエッセンスともいうべきものです。一部は、このサイトでも部分的に書いてきたことと重なります。
エンジニアリング会社の仕事を通して、いろいろな工場計画にたずさわった中で考えてきた問題提起で、「マクロな状況を理解して、自分の頭で考えよう」という、ある意味では当たり前のことを言っているにすぎないのですが、この当たり前を飛び越して、“正解”に飛びつこうとする傾向へのアラームのつもりでもあります。

ご興味がありましたらぜひご試聴下さい。


日揮(株) 佐藤知一
by Tomoichi_Sato | 2013-02-09 23:32 | サプライチェーン | Comments(0)

BtoB企業とサプライチェーンの強者 ~これから就活をする大学3年生へ

先月、ある国立大学のお招きで、工学部の3年生・約100人を相手に、1コマ講義をする機会をいただいた。テーマは「サプライチェーンとスケジューリングの基礎」である。学生たちの感想を読むと、比較的多くの人の興味をひいたようなので、ここにその最初の部分だけを紙上収録させていただく。内容の一部は以前、日経産業新聞や「“JIT生産”を卒業するための本」に書いたこととも重なるが、新しい話題も含んでいるのでご容赦いただきたい。

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ご紹介にあずかりました日揮株式会社の佐藤知一です。今日はこれから皆さんと一緒に、「サプライチェーンとスケジューリングの基礎」というテーマで1時間半ほど勉強したいと思います。が、本題に入る前に一つお伺いします。皆さんの中で、『日揮』という会社名を聞いたことがある人、いますか?

(1-2名だけ手を挙げる)

はい。ほとんどの方はご存じないようですね。でも、別に全然かまいませんよ。実はわたし自身、皆さんの年齢だったときには、まだ日揮を知りませんでしたから。では、ためしにもうちょっと別の会社名をたずねてみましょうか。皆さんのうち、アマダという会社を知っている人はいますか?

(誰も手を挙げない)

ご存じの方はいないようですね。それじゃあ、日東電工はいかがですか? あるいは、森精機は? 東洋製罐は? せめて、信越化学は? 

(あいかわらず誰も手を挙げない)

そうですか。実は、いま名前をあげた会社は、いずれもその分野では日本を代表する、世界でもトップレベルの会社ばかりです。年商も千億円規模で、かなりの大企業です。業績はその時々で多少の浮き沈みがありますが、基本的には立派な製造業の会社ばかりだと思ってください。そういう優良な会社を、工学部の学生である皆さんが知らない。知らなければ、就活の対象にも考えないでしょうね。もったいない話です。

でも、なぜそんな素晴らしい会社が、皆さんに知られていないのでしょうか? 答えは、簡単です。TVコマーシャルをしていないからです。日揮も殆どしません。なぜしないかというと、これらは“ビー・トゥー・ビー”と呼ばれる企業だからです。

(黒板に B to B と大書する)

BtoBとは、Business to businessの略。Businessとは会社のことです。会社対会社の取引を、BtoBと呼びます。BtoB専門の会社の場合、顧客はすべて企業です。たとえば日揮はエンジニアリング会社とよばれる業種で、わたし達は製造業のお客さまのために、工場を作って差し上げる仕事を専門にしています。工場を設計し、資機材を調達し、建設工事を管理する。そのProject Management能力を売っているのです。私どもにお仕事を下さるのは、すべて製造業の会社で、個人ではありません。だから、TVコマーシャルで「工場を作りたかったら、どうぞ日揮へ」なんてうたっても意味がないのです。普通の人がコマーシャルを見て、「うん、そうだ。ウチも工場を持とうか」なんて思ったりはしません。

先に名前をあげた他のBtoBの会社は、いずれも企業向けの製品=生産財を作っています。工作機械とか電子材料とか。そうした製品は、顧客企業が選んで買うとき、きちんとした技術評価を経るので、メディアにイメージ広告を打っても効果はないのです。

ではBtoBの反対概念は何でしょうか。Businessの反対は、Consumer(消費者)です。一般消費者向けの商売を営む業態を、BtoCと呼びます。みなさんがよく名前を知っている有名企業は、たいていがBtoCの会社です。自動車とか、家電、飲料、化粧品などはすべて消費財で、BtoCですね。消費者向けの製品ですから、さかんにメディアに広告宣伝を打つ必要があります。だから皆、名前を知っている。名前を売っている訳です。有名=大企業、と思っている人がいますが、いつでもそうとは限りません。でも、新聞やTVではとりあげられやすいですね。就活も、知名度の分、人気が集中しがちです。

しかし覚えておいてほしいのですが、現在の日本において、業績を上げて元気がよい企業はむしろBtoBに多いのです。ご存じのとおり家電業界はこのところ不調つづきですし、飲料・食品などもあまりさえません。成熟市場だからとか、安い輸入品に押されて、とかいろいろ言われていますが、元気なBtoB企業を見ると、話はそう単純じゃないはずだと気がつきます。

そもそもBtoBとかBtoCとか、会社はどうやって決まるんでしょうか。皆さんは、『サプライチェーン』という言葉を聞いたことがありますか?

(少数の学生が自信なさそうに手を挙げる)

サプライチェーンとは文字通り<供給の連鎖>で、モノが消費者の手元に届くまでのつながりを示す言葉です。たとえばこのiPhoneですが(と手に持つ)、わたしがこれを買ったのは家電量販店です。量販店は、Apple社から仕入れている。Apple社は中国かどこかの委託製造先にこれを組立させた。その部品はまた、たとえば日本や韓国から入り、さらにその材料は・・という風にさかのぼって、最後は石油だとかアルミナ鉱石だとかを地面から掘り出すところに至ります。これがサプライチェーンで、原料に近い方を「上流側」、消費者に近い方を「下流側」と呼ぶ習慣です。

BtoC企業というのは、この長いサプライチェーンの最下流、消費者に一番近く位置している会社なのです。BtoB企業は、それより上流側のいずれかの位置を占めている会社です(だからBtoBの会社の方が、数は多そうな気がしますよね)。またサプライチェーンはモノの流れですから、モノの種類により、業種ごとに別々に存在しています。

このサプライチェーンですが、基本的に上流側から来るモノの流れと、下流(消費者)側から来る需要の流れを、調整するためにあります。消費者は気まぐれですから、日々変わりやすい需要に対し、サプライチェーン全体が機敏に即応することが求められます。そしてこの能力が、企業や、業種全体の収益力を、大きく左右するのです。

たとえば、トヨタ自動車を考えてみましょう。リーマンショックや米国でのリコール・訴訟問題などで多少つまずきはありましたが、大きな利益を上げ続けている、日本を代表する企業です。このトヨタの強さはどこから来るのでしょう? 「カンバン方式」や、ニンベンのついた「自働化」などの技法が利益の源泉? たしかに同社がこうした技法に多大な努力を払って来たのは事実です。しかし、わたしが見るに、トヨタに代表される自動車業界の真の強さは、そのサプライチェーンの姿にあるのです。

(図1 自動車業界のサプライチェーン)
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皆さんはカー・ディーラーが、自動車会社ごとなのをご存じですね? トヨタのディーラーに行って、マーチを買うことはできません。自動車業界のサプライチェーンは、真ん中に自動車メーカーがおり、その上流側(部品サプライヤー)も下流側(販売会社)も、系列化しておさえている点に特徴があります。サプライチェーンで需給調整のための計画を立案する機能を持っているのは、真ん中の自動車メーカーのみです。しかもサプライヤーは、自動車メーカーの生産計画に同期化するための仕組み(カンバン)をもっています。また需要の季節変動が少なく、短期的な流行も少ないのが、商品の特徴です。最後に、店頭在庫がなくても、消費者は1週間や2週間は黙って待ってくれます。

こうした特徴があるため、自動車業界は、きわめて平準化生産に向いた効率的な体制を組めるのです。とくに、上流・下流の系列をコントロールする力が強いほど、収益力も高い。

これに対して、電機業界のサプライチェーンは、こんな形をしています。

(図2 電機業界のサプライチェーン)
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皆さんは家電品をどこで買いますか? 最近は量販店で買う人が多いでしょう。量販店では、ソニーもシャープもパナソニックの製品も並んで置いてあり、その場ですぐ値段を比較することができます。家電メーカーは量販店をコントロールできません。だから、量販店と電機メーカーは独自に計画を立てているのです。

しかも電機業界は面白くて、部品を同業他社から仕入れたりすることがあります。日立の製品をあけると、中に東芝のチップが入っていたりします。そうなると、一つのサプライチェーンで、需給計画を立てている会社が二つも三つも存在することになる。それぞれ別の見込で動きます。おまけに、新製品のサイクルが短く、季節性の商品も多い特性があります。さらに消費者は、店頭に在庫がないと別の商品を買ってしまいます。このため、過剰在庫をまねく傾向が強いのです。

皆さんが家電会社の社長さんだったら、この図を見て頭が痛くなりませんか。どうやったら、最終消費者の好みに即応して製品を出荷できるのか。とても難しいですよね。

では、ちょっと応用問題を考えてみましょう。農産物のサプライチェーンです。皆さんの中で、ご実家や知りあいに農業をやっていらっしゃる方はいませんか?

(ごく少数が、気恥ずかしげに手を挙げる)

はい。結構です。農業って、大変ですよね。なぜ、大変なんでしょうか? 力仕事だから? いえ、近頃は結構、機械も進歩してきました。問題は、やはり需要と供給にあるのです。野菜類はあまり在庫がきかない特徴があります。自動車や家電製品との大きな違いですね。おまけに、消費者はバックログ(受注してから仕入れる事)も許しません。え、キャベツが品切れなの? じゃあ、今日は別の料理にするわ、という訳です。

(図3 農産物のサプライチェーン)
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しかも、工業と違い、農作物の生産量は天候等に左右されて変動しやすいものです。在庫もできない、供給も安定しない、かつ消費者は気まぐれ・・当然、需要と供給にギャップがしばしば生じますよね。需給バランスが合わないとき、しかし農産物のサプライチェーンには在庫調整機能が無いため、価格変動が生産者を直撃する仕組みになっているのです。だから豊作貧乏が起きたりして、農業というのは引き合わない仕事と言われるのですね。頑張ってたくさん作ったのに、自分に全部はね返ってくる業界なのです。これを解決するためには、長期契約とか、直販とか、別な販売チャネルを構築しなければなりません。

ちょっとまとめてみましょう。

サプライチェーンにはつねに、需給ギャップのリスクが存在します。需給にギャップが生じたら、一番良い解決法は、需要に合わせて即座に供給(生産)調整する能力を持つ事です。ただ、これは簡単ではない。そこで次なる手段として、「在庫」による調整機能をもちいます。普通は供給が多くなれば在庫の形で、需要が高まれば納期(マイナス在庫)の形で、変動リスクの吸収と調整が行われます。

即応能力も在庫能力も無いと、需給調整は「価格」によって行われるしかありません。その結果、どうなるかというと、農業のようにちょっとした需要の変動が価格の乱高下につながります。ちなみに農産物のうち、コメは在庫がきくが、国策で価格を高めに決めています。だから在庫が無尽蔵に増えてしまうのです。

皆さんに覚えておいてほしいのは、「需給ギャップ(リスク)を、自ら調整する能力を持つ者が、そのサプライチェーンの支配力を持つ」という事です。逆に調整能力の最も小さい者には、つねにリスクが押しつけられることになります。こうしたサプライチェーンの性質を意識しながら、自らのポジションをうまく確立できた企業が、持続した成長力を持つのです。

日本では、「大事なのは製品開発力だ」という常識がはびこっています。Appleの成功などが刺激となったのでしょう。
「ヒット商品が生まれれば会社は成長できる」
「日本のものづくりが復活できないのは、魅力ある新製品を作れないからだ」
・・・こういう話はメディアに蔓延しています。『なぜ日本でiPhoneが生まれなかったのか』という題の本さえ出版されました。

たしかに魅力的な新製品の開発は大事です。成功すれば大きい。しかし、製品開発という仕事は、失敗確率も非常に高いものです。作ったものが次々ヒット、ということは滅多にありません。

他方、皆さんはこの車をご存じでしょうか。そう、トヨタ・カローラですね。カローラは「偉大なる平凡」などと揶揄されながら、長年にわたり販売台数トップの座を守りつづけました。偉大なる平凡を作り続けたトヨタ自動車の収益は、『供給力』に源泉があります。『供給力』とは、サプライチェーンの中で、需要にぴったりマッチした生産を行う能力です。「必要なモノを、必要な時に、必要な数だけ」=ジャスト・イン・タイム生産がこの会社の基盤でした。

では、製品開発力で有名なApple社が、供給力で犯した知られざる大失敗のお話しをしましょう・・。
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ということで、供給力の話題から、得意分野のスケジューリングの講義になっていくのだが、この先は専門的になるし演習も入るので、紙上収録はここらで切ることとさせていただこう。
by Tomoichi_Sato | 2012-11-28 22:47 | サプライチェーン | Comments(0)

在庫問題の構造を把握するために

先日、中小企業診断士の勉強会で講師に呼ばれて、在庫管理に関する簡単なレクチャーをする機会があった。在庫問題は、製造業にも小売業にも広く共通する悩みといっていい。在庫に頭を悩ませないでいいのは、完全個別受注生産(英語でいうとETO=Engineer to Order)の形態をとる航空機・造船・プラントなど、設計してからモノを買えばいい業種と、あとはホテル・鉄道・医療・金融などの、そもそも商品の作りだめや在庫ができないサービス業だけである。

モノがありすぎる。それなのに、必要なモノが必要なときに限って、手元に無い。これが典型的な在庫問題だ。モノがありすぎればスペースをくう。保管や出し入れに余計な手間も費用もかかる。保管中に破損したり、有効期限を過ぎたり、へたをすれば陳腐化して無用になってしまうリスクもある。それに、お金を無駄に寝かせていることになる(運転資金を固定化してしまっているため、その分、じつは知らぬうちに金利を余計に払っているのである。これを「在庫金利」と呼ぶ)。これが会社の損益や資金繰りを圧迫する。在庫がありすぎていいことはないのである。

それなのに、なぜ在庫が多いのか。一つの理由は、「たくさん買うと安くなる」からだ。いや、「そう信じられているからだ」と言い直そうか。資材購買部門のモチベーションは、“いかに安く買ったか”に集中していることが多い。購買の仕事は、営業の仕事のちょうど対称型になっている(これはサプライチェーンにおける売りと買いの位置を考えてみれば当然のことだ)。営業が売上を目指して走る姿を、ちょうど鏡に映したみたいに、購買は単価低減を手柄に思う(ちなみに、どちらも「文系」の仕事だと思われている点でも似ている)。ここで頼られる原理の一つが、“1ダースなら安くなる”=ボリューム・ディスカウントなのである。だから、つい購入ロットが大きくなる。

しかし、責任は買う側ばかりにはない。作る側だって、“作りすぎ”によって仕掛や製品在庫を積み増している。なぜ作りすぎるのか。それも一つには、「一度にたくさん作った方が安くなる」からだ。たしかに、その局面の作業効率や品質だけを見れば、製造ロットが大きい方が作りやすいのは事実だろう。こうして、購買部門も製造部門も、コストダウンを最優先に置けばおくほど、買いだめ・作りだめに走ることになる。

でも、その結果として在庫が増えれば、収益を圧迫することになる。だったら、部門のコストダウン目標とは矛盾しないのか? --ところが、たいていの場合、本人達にとっては矛盾しないのである。なぜなら、保管費や入出庫工数アップは物流部門の問題だからだ。それに、在庫金利(これが本当は一番深刻なのだが)は、工場長の問題ですらない。本社の財務部門が支払う金利にかくされているからだ。ここに、分業化された機能型組織の問題がある。

もちろん、会社全体としては在庫過剰は課題と認識されだろうるし、在庫削減の号令も、何度となく繰り返して下されてきたはずだ。そのたびごとに、不要品を廃棄したりして、工場側は“対応”してきた。だが、コストダウン目標が取り下げられた訳ではない(そんなことはあり得ない)。コストはいつでも最優先課題である。コストはコスト、在庫は在庫。両者の間に微妙なトレードオフ関係があろうとは、本社の側ではあまり認識されていないようだ。

それでは、どうしたらいいか。出発点は、在庫問題を事実として正確に把握することからはじめるべきだ。最初に書いた在庫理論のセミナーでは、出席された銀行の人から質問があって、「中小企業に指導に行ったとき、在庫問題についてはどう言えばいいか」と問われた。それに対するわたしの答えは、「ツー・ステップあります」であった。

(1)まず、在庫を表に出すこと。どれがいくつあるのか、品目と数量を調べてみることである。在庫量をきちんと把握できていない企業は、案外多い。またこれは、文字通りの意味も含んでいる。つまり、(小企業などでは)倉庫の奥に寝かしてある在庫品を、まず見えるところに出してみるのである。表に出してみると、「こんなものがこんなにあったのか!」と驚くことが、必ず出てくる。それだけでも、かなり学習効果がある。棚卸作業は毎期やっているはずなのだが、工場管理者が人任せにしていて現場を見ないでいると、気づきが起きないからだ。

ちなみに、品目別の数量がわかったら、それを金額ではなく、日数分でカウントさせることが大事だ。「10万円分」ではなく「150日分」と把握させる。そのためには同時に、その部品の平均的な使用量を把握しなければ、日数を計算できないことになる。財務上は、たしかに金額で表示される。しかし、無駄か無駄でないかは、むしろ日数分の方がずっとビビッドにわかる。月平均30個使うなら、150個だと150日分だ。「こんな部品が5ヶ月分もあるのか・・。」 すると、あとは自分たちで考えはじめるようになる。コンサルタントの一番重要な仕事は、クライアントが自分で考えるよう、しむけることにある。

(2)上記が一応できたら、つぎに、在庫量のうち、どれだけが意図した在庫で、どれだけが意図せざる偶発の結果かを考えてもらう。意図在庫とは、文字通り、組織が意思を持ってそこに一定量おいて確保しようと決めた在庫である。これは組織の意思であって、個々の担当者の意思や気まぐれではないから、その量も、当然ながら一定のルールに基づいて決め、組織が定期的に見直す。一方、偶発在庫とは、その意思に反して(あるいは何ら明確な意図がないために)生じたもののことだ。その多くは買いすぎ、作りすぎによる『できちゃった在庫』である。また工程のトラブルで生じる一次的な滞留なども含まれる。

ちなみに、前回「その在庫はストックですか、フローですか?」で述べたように、在庫は下流側消費予定の有無によって「ストック在庫」と「フロー在庫」に分類できる。したがって、在庫は全体として4種に分類できることがわかる。

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いうまでもなく、たいていの中小企業にとっては、「意図在庫」などはゼロで(明確な在庫計画の意図がないから)、全部が「偶発在庫」である。そこで、偶発在庫と意図在庫の比率を、なるべく後者が大きくなるようにした上で、Wilsonの経済ロット公式などを教えつつ、さらに意図在庫を適正な量まで削減(ときには増大)させていくのである。

サプライチェーンのリスク・マネジメント」でかつて書いたように、漠然と生じた余計な冗長性は省いて(在庫は冗長性そのものだ)、要所要所に必要最小限の冗長性を意図して追加することは、サプライチェーンの効率性と安定性(レジリエンシー)を同時に確保するための手順でもある。そしてまた、「問題とは、漠然と期待していた状態と現実とのギャップをいい、課題とは、『あるべき姿』と現状とのギャップを指す」ということも、このサイトでは何度も書いた。在庫についても同じである。在庫問題というのは、在庫について漠然としか考えていないときに、生じる。「あるべき意図在庫の量」が明確なら、そこには課題があるだけなのである。
by Tomoichi_Sato | 2012-06-10 16:49 | サプライチェーン | Comments(0)