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生産スケジューリングと生産統制に関するセミナーのお知らせ

来る2月18日(水)と19日(木)に、それぞれ大阪と東京で、有償セミナーの講師を務めます。
内容的にはかなり重なっており、日本に多い受注生産型の工場を主な対象に、納期遵守のための生産計画とスケジューリング、リードタイム短縮ならびに生産統制について、事例と演習を含めてお話しします。

拙著「革新的生産スケジューリング入門」や「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務)」をお読みになった方はご承知の通り、わたしは具体的なテクニック論のみならず、原理・原則に関する体系的な理解を重視しています。そのため、生産活動全般を『システム』としてとらえ、その生産システムをより良く運用するにはどうしたらいいか、より上手に設計するためには何に留意したらいいを考える『システムズ・アプローチ』をとります。したがって業種分野については、わりと間口を広くとってお話しできる点が特徴です(もちろん、ここでいうシステムとは仕組みのことであり、コンピュータのことではありません)。

普通の現場改善コンサルタントの講義に、飽き足りない気持ちでおられる技術者の皆さんのヒントになればと思っています。関心のある方のご来聴をお待ちしております。

<大阪>

日時: 2月18日(水) 10:00-17:00

テーマ: 「納期遅れを起こさない 生産統制のポイント
     ~ こうすればうまくいく、受注型生産工場の生産計画 ~」
主催: 公益財団法人 大阪府工業協会
     http://www.opmia.or.jp/
会場: 大阪府工業協会研修室
     大阪市中央区本町 4-2-5 本町セントラルビル
     (市営地下鉄御堂筋線「本町」駅8番出口すぐ)
セミナー詳細: 下記のPDFファイルをご参照ください(「受講申込書」も兼ねています)
     https://dl.dropboxusercontent.com/u/17787880/Osaka20150218.pdf


<東京>

日時: 2月19日(木) 10:30-17:30

テーマ: 「生産スケジューリングの基礎とリードタイム短縮のポイント 
     〜 デモ付 〜」
主催: 株式会社日本テクノセンター
     http://www.j-techno.co.jp
会場: 株式会社日本テクノセンター研修室
     東京都新宿区西新宿2-7-1 小田急第一生命ビル22F
     (都営地下鉄大江戸線「都庁前」駅または丸ノ内線「西新宿」駅)
セミナー詳細: 下記のURLをご参照ください(受講申込もここからできます)
     http://www.j-techno.co.jp/seminar/ID50L7N0O4H
by Tomoichi_Sato | 2015-01-22 23:03 | サプライチェーン | Comments(0)

在庫をどの形で持つか — 在庫管理論を再考する(2)

前回、このサイトでわたしは「在庫というものの意義をちゃんと積極的に評価して、そのコストやリスクに見合う適切な活用方法を考えるべき」だ、と書いた。「そのコストやリスク」のうち、『在庫のコスト』とは、前回も説明したとおり、保管費用と在庫金利に代表されるコストである。

それでは『在庫のリスク』とは何か。代表的なものは二つある。保管期限切れリスクと、不動在庫化のリスクである。在庫品目の中には、保管期限のあるものが存在する。電子材料系や化学品などに多いが、一定の有効期限がある。飲料・食品などでは賞味期限というかたちをとる。いずれにせよ、ある一定の期限を過ぎたら、在庫として無価値になってしまうのだ。したがって、基本的には保管期限が来る前に、使い切ってしまわなければならない。ちなみに生産スケジューリングの分野では、とくに中間在庫品に有効期限のある問題は、解くのが最も難しい部類に属する。これに保管スペースの容量上限などが組み合わさると、もう超絶技巧級の難物である。手作業ではまず解けないと思っていい。

そこまで難しくなくても、よく悩みの種になるのが、「3分の1ルール」というやつだ。大手流通チェーンではよく、「3分の1ルール」なる規則が納入業者に課されることがある。これは、「有効期限(賞味期限)が残り3分の2以上あるものしか受け取らない」というルールである。そもそも大手流通チェーンでは、有効期限付きの商品はロット逆順の納入を許さない。つまり、2月末の期限付き商品のロットが出荷された後で、1月末期限のロットを納めようとしても受け取ってくれない、という慣習である。「3分の1ルール」はこれに加えて、「有効期限が3分の2を切ったもの」、すなわち製造日から有効期限の3分の1以上が経ってしまった商品は、受け取らない、とする。さらに、「販売期限は、賞味期限の3分の2の時点までを限度とする」というルールも、しばしば同時に行われている。

たとえば有効期間が6ヶ月の商品を1月末に製造したとする。有効期限は7月末だ。ところがこのルールによると、4月に入ったら、もうその商品は大手流通チェーンは受け入れてくれなくなる。1/3経ってしまったからだ。そして、受け取ってもらった商品でも、もし小売店頭で5月以降まで売れ残っていたら、どうなるか。その場合は、残り期間が1/3を切ってしまったので、卸に返品されてしまう。当然、卸は廃棄せざるをえなくなる。これが「3分の1ルール」に伴う在庫リスクである。

この慣習は2000年頃から食品業界を中心に広まったと言われている。が、さすがに問題が多いので、最近はやや見直しの機運にある。問題が多いといっても、別に、サプライチェーンにおける『在庫リスク』が大きすぎ、経済の生産性阻害要因になるから、という観点ではない。主に「返品された食品を廃棄するのはもったいない」という価値観ないし道徳観(?)からである。もちろん、チェーン側からすれば「消費者の要求からこうなった」との説明がされるから、ことは消費者意識にまで問題の裾野は広がっている。

さて、もう一つの在庫リスクは、不動在庫化、いわゆる「死に筋在庫」化の可能性である。作ったはいいが、使われぬまま、いつまでも動かずに残ってしまう。広い意味では、品目の陳腐化のリスクもこれに含まれる。使えることは使えるのだが、もう仕様が古くなって、使いたくない。(なお、「不動在庫」のかわりに「不良在庫」という用語が使われることもあるが、後者は品質検査の結果、ロットアウトした在庫なども含んでしまうので、ここでは不動在庫と呼んでおく)

不動在庫になってしまった品目が見つかった場合、最終的には除却廃棄処分にするか、あるいは捨て値で見切り販売するか、ふつうは二つに一つである。まあ、製鉄やガラスなど素材産業の一部では、製品を原料の一部に戻すこともあるが、いずれにせよ会計上はコストが発生する。有効期限切れも同様である。

ところで、この件について、ある方からご質問をいただいたので、少しここで補足させてもらうことにしたい。それは、在庫を持つことによるコスト・メリットと、不動在庫化するリスクとの数値的比較の方法についてである。

一般に、リスクとコストを比較する場合には、

 (発生確率)×(影響金額)

で計算して比較する、というのが、標準的な考え方だ。これはプロジェクト・リスク・マネジメントでも、あるいは労働安全のリスク・アセスメントなどでも共通である。では、「不動在庫化する事態」の『発生確率』とは、どういう定義で、どうやって見積もるのか。

これは、計画上の意思決定をする際の、「計画のタイム・ホライズン内において、不動在庫化する確率」を意味している。つまり、在庫日数の期間内に、死に筋品目となってしまう確率である。たとえば、今、適正在庫量が1ヶ月分だという計算が成り立ったと仮定しよう。その場合、「向こう1ヶ月間に、その品目が(需要ストップのために)破棄せざるを得なくなるリスク」の確率を推定するのである(1ヶ月分のストックが無くなった時点で、再び製造手配をかけるのだから、1ヶ月以上先の心配はする必要が無い)。同じように、たとえば5日分が適正在庫量なら、向こう5日間に陳腐化する確率、1年分なら、向こう1年間に陳腐化する確率、ということになる——まあ、適正在庫量が1年分もあるという状況はふつう考えにくいが。

仮にこれが、向こう1ヶ月間に陳腐化する確率が10%くらいあるような、足の速い分野の製品や部品の場合、陳腐化リスクを金額に換算すると、年間売り上げの0.83%ということになる。これが大きいとみるか小さいとみるかは、その企業それぞれの事情や判断によるだろう。たとえばこの在庫を持つことによって、納期遅れ(欠品)リスクが減るとか、あるいはロットまとめ効果によって生産コストが低減するとか、そうした効果との比較になるわけだ。無論、こうした検討評価をするためには、過去、自社の品目が、どれだけの頻度で除却処分になったかを、分析しておく必要がある。不動在庫化が、きちんと定期的に検知されるような管理の仕組みも必須である。

しかし、比較検討において、在庫期間ではなくもっと長期間(たとえば年度内)での確率を考えてしまったり、あるいは「確率」という見方をせずに、その在庫品目の評価額それ自体を使って計算してしまうと、リスクは必ず過大評価になってしまうだろう。じつをいうと、リスクを論ずるときに、確率の概念に抵抗を示す人は、案外多い。確率がいくら小さくても、万が一起きたらどうするんだ、不確かな確率論などナンセンスだ、という訳である(これは余談だが、エネルギー問題や環境問題に関しては、市民活動家達の「絶対安全」論を批判するわりに、自分のビジネスの話になると、突如ひどくリスク回避的になる人も、まま見かける)。もちろん超長期的に見れば、どんな品目だっていつかは寿命が尽きる。つまり100%陳腐化するのである。だからといって、どんな品目も作るのはムダだ、生産は無常だ、となったら、ほとんど仏教の禅問答であろう。

ところで、もう一点だけ、補足しておきたいことがある。前回の記事でのべた在庫活用論を、なぜか『製品在庫』という文脈のみで受けとめた方が、ある程度おられたようだ。もちろん違う。在庫には、製品在庫も、中間部品の在庫も、そして原材料の在庫もある。それを、どの形で(どの位置でと言ってもいいが)ストックしておくべきか。これは生産システムの設計・運用上、とても大事なポイントである。

図を見て欲しい。工場では、最上流の原材料の形から、部品、中間製品を経て、自社の最終製品まで、モノは形を変えていく。主なストック・ポイントを最終製品の形で持つのが、いわゆる『見込生産』(英語でMTO = Make to Stock)形態である。Dell Computer社のBTO方式に代表されるような『受注組立生産』(ATO = Assemble to Order)では、中間製品やモジュール単位でストックし、受注と同時に組立作業に入る。一般の『繰返し受注生産』(MTO = Make to Order)では、ふつうさらに上流側の部品や原材料でストックを持つ。『個別受注生産』(受注設計生産とも言う:ETO = Engineer to Order)は都度手配品のみでストックは通常もたない。

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そして、どの生産形態であれ、主要なストック・ポイントまでの上流側は、需要見込み(需要予測)で製造し、下流側は確定受注にひもづいた製造になる。もし、主要なストック・ポイントを上流側にもっていけば、受注から納入までのリードタイムは長くなるだろう。リードタイムが長いと言うことは、生産計画(需要見込み)の誤差も大きくなる。ただし、汎用的な原材料のストックだから、在庫の不動化・陳腐化リスクは小さくなる。逆に、ストック・ポイントを下流側に移すほど、納入リードタイムは短縮され、計画誤差も小さくなるが、在庫品の汎用性は失われ、陳腐化リスクは大きくなる。

このようなトレードオフ状態の中で、主要なストック・ポイントをどの形で持つのかは、生産活動全体のシステム・デザインと運用にとって、とても大事な判断なのである。一製品には複数の部品が関わるのが通例だから、話は決して単純ではない。さらに生産のサプライチェーンが地理的にも広がっている場合、それぞれどこに配置するのか、冷静で合理的な見きわめと、そのための原理原則が必要になる。

そして最後に、もう一言だけ付け加えさせていただこう。中間部品・原材料の不動在庫化リスクがいやなので、自社では一切、主要な在庫を持たず、すべてサプライヤーから都度調達することにしている、という企業も、ときおりある。いわゆるJIT調達化である。しかし、考えてみてほしい。もし、あるサプライヤーから仕入れる部品・材料が、特定の顧客向けで汎用性がなく、他に転用も転売もできない種類のものだとしたら、そのサプライヤーだって、その部材(=彼らにとっての製品)の不動在庫化リスクを抱える点では同じである。結局、自社のリスクを、サプライヤーに押しつけているだけで、サプライチェーン全体のリスクはちっとも下がっていない。それはまるで、机の引き出しを整理して、見つけたいらないモノを、他の引き出しにしまうのと似ている。サプライヤーは、その在庫陳腐化コストを、結局は価格に乗せて請求してくるだろう。

もし買い手側の企業がそれなりの企業規模なら、そんな無意味なJIT調達などはやめて、むしろ自分で部品在庫のリスクを引き受ける代わりに、毎月一定量の発注をして、部品メーカー側が平準化生産をできるように、手助けするべきだ——これは畏友・本間峰一氏の主張だが、まったくその通りと思う。生産効率を上げ、生産コストを下げる一番の定石は、生産量の平準化なのだ。セットメーカーである大企業がリスクをとって、中小の部品メーカーには作りやすい平準化生産の環境を与えてやる。こんな風に、多くの業界が動いてくれれば、わたし達の経済だって、もっと活性化すると思うのだが。


<関連エントリ>
 →「在庫は本当に悪なのか — 在庫管理論を再考する」 2015-01-11
 →「ATO、BTO、CTO」 2007-11-09
by Tomoichi_Sato | 2015-01-18 23:04 | サプライチェーン | Comments(0)

在庫は本当に悪なのか — 在庫管理論を再考する

少し前、生産管理に関して人前でお話しさせていただいたときのことだ。“納期遅れを防ぐために、もっと積極的に在庫を活用しよう”という趣旨の説明をしたあとで、ふと心配になって、セミナーの受講者の方にこう質問した。——皆さん、在庫は悪だと思いますか? 

すると、40名近い受講者がほぼ全員、「悪だと思う」という答えの方に手を上げた。わたしはちょっと驚いて、前に座っていた方にたずねた。

——どうして、悪だと思うのですか?
「だって、置いておけば、コストがかかるでしょう。場所代とか。在庫がなければかかりません。」というのがその人の答えだった。
——たしかに、どこか倉庫を借りておいておけば、保管費用がかかりますよね。でも、失礼ですが、御社の工場は借地ですか? もし自社の敷地だとしたら、工場の隅っこに置いておいておけば、1円もコストはかかりませんよ?
「それは、そうかもしれませんけれど・・金利がかかります。」

これはもちろん、とても正しい指摘だ。在庫というのは、キャッシュをモノの形に変えて、寝かせてあるものだと解釈できる。材料費と工賃で合計100万円分の製品や半製品を、1ヶ月間もムダに寝かせたら、それは何の利息も生まない。その100万円分を、銀行に預けるなり別の形で運用するなりすれば、利息を生む。つまり、在庫というのは、生み出せたはずの利息を失っているのである。それどころか、もしその100万円が借金ならば、その分の金利がかかることになる。これを『在庫金利』とよぶ。

——つまり、在庫金利という形のコストがかかっていると、おっしゃるわけですね。とても正しいご指摘です。ところで、現在の金利は、いくらですか? 100万円のお金を1ヶ月寝かせたら、いくら損するのです?
「え? ・・さあ。考えたことありません。」
——そうですか。日本は過去10年以上にわたって、いわゆるゼロ金利政策をとっており、金融機関の利率は非常に低いのです。定期預金だって、いいとこ年0.2%程度ですから、月0.02%以下ですよ。100万円分の在庫を寝かせたって、月に200円足らず。仮に1億円分を在庫しても、月に2万円弱。車1台の駐車場代より安いくらいです。それでも、在庫は悪ですか?

「在庫は作りすぎのムダです!」という声が、ほかの人から上がった。助け船ということなのだろう。わたしはその方に聞いた。
——作りすぎは、なぜいけないのですか?
「余計な加工や運搬を発生させますし、人員過剰や不良など他の問題も隠してしまうから、作りすぎは最悪のムダなんです。」
——外から買ってきた部品を資材倉庫に置いておくだけなら、別に作りすぎのムダは発生しませんよね。金利もほとんどゼロだ。それでも最悪のムダですか?
「・・・。」その方は、それでも釈然としない顔つきで、席に座った。他の人たちも、同様である。

どうやら、『在庫は悪である』という“常識”のすり込みは、わたしの思った以上に製造業では強烈なようだ。とにかく在庫は減らさなければいけない。そういう強いドライブが、つねに意識にかかっているらしい。そうなると、どれくらいの納期遵守率に対して、どれくらいの在庫量レベルが適切なのか、という問題設定自体が、聴衆の思考のフレームワークに受け入れられなくなってしまう。わたしは次に、Wildonの公式を使って、最適なロットサイズと在庫量のバランスを説明するつもりだった。そして欠品率と安全在庫水準のバランスへと、論旨を展開する予定だったのだ。

しかし、在庫は「必要悪だ」くらいの認識ならまだしも、「絶対悪だ」と信じられていると、在庫量と他のリスクとのバランスをとる、という発想自体が成り立たなくなってしまう。一種の思考停止ポイントである。在庫を無制限に持っていいというのは、明らかに間違いだ。だが、在庫はつねにゼロであるべし、というのも非常に硬直した発想であり、生産システム全体の運用を、ゆがめてしまう。

そもそも在庫は、なぜ発生するのか? それは、累積需給曲線で考えると、分かりやすい。累積需給曲線とは、横軸に時間(日付)をとり、縦軸に、着目している品目の数量をとったグラフである。これに、2本の線を引く。一つは「累積需要曲線」で、これは販売量、すなわちそれぞれの日までに、需用側(=使用者)に納入すべき数量の累積値をとる。数量の単位は、個数でも、重量でも容積でも、扱いやすい単位でいい。もう一つの線は「累積供給曲線」だ。これは、その日までに、生産され出荷可能になった数量の累積値をとる。累積の基点は、月初でも、年初でも良い。ただし累積供給曲線の方は、もし期初に何らかの在庫量があったら、その値を切片としてプラスする。

もし、ある日までに累積需要量が100個あったとする。それに対し、累積供給量が120個の予定だったら、それは120 - 100 = 20個の在庫が発生していることを示す。すなわち、累積需給曲線における、供給線と需要線の差(縦の高さ)は、その時点での在庫量を示している。

また、たとえば累積需要量が80個になる日付が15日で、累積供給量が80個に達する日が10日なら、そこには15 - 10 = 5日の納期余裕があることを意味する。つまり累積需給曲線における、供給線と需要線の日付の差(横の幅)は、その数量における納期余裕を示している。

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ちょっと待った。それは消費財を売っているようなメーカーの話だろ? ウチは受注生産で、注文を受けてから出荷するんだ。だから製品在庫なんて基本的にないし、供給線が需要線を上回るなんてことはない——そう、反論される方も大勢おられるだろう。

たしかに、その通りだ。受注生産形態では、受注量で累積需要曲線を引くと、累積供給曲線よりも上側(左側)に来る。そして、受注の時点から納入の時点までの差(横の幅)は、すなわち納入リードタイムを指している。では、縦の差は? それは、ある時点での受注残高(注残)を示しているのだ。

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また、消費財などの見込生産形態で、もし、供給曲線が需要曲線を下回ることになったら、何が起こるのか。それは「欠品」である。すなわち、その時点で、注残(=納期遅れ)が生じるのだ。

これでお分かりだろう。在庫圧縮とリードタイム削減は、まったく同じ問題の両面なのである。何の問題かって? それは、「需要曲線と供給曲線の不一致」という問題だ。言いかえると、生産管理の第一の課題とは、需要曲線と供給曲線をうまく一致させることにある。「生産管理の目的は、最小の在庫で最短のリードタイムを実現すること」と言う人も、ときどきみかける。それも、同じ事を言っている。つまり需要曲線と供給曲線が、どちらが上でもなく下でもなく、つまり一致させるべきだという意味だ。

ちなみに同じようなグラフは、対象が中間部品でも、原材料でも描ける。中間部品の場合、需要量とは、下流側の工程による使用量(消費量)を意味し、供給量とは、上流側工程での製造量を意味する。これが原材料のように、外部から調達する資材の場合は、「供給量」とはサプライヤーからの納品予定数量になる。たとえ受注生産の企業であっても、部品や原材料はある程度、在庫を持っているものだ。ボルト・ナットの果てまで一切、受注してから手配しますという企業は、たとえ個別受注生産でも少ないはずだ。ましてカンバンで引っ張られている繰返し受注生産形態(多くの部品メーカーなど)では、なおさらである。以前も書いたことだが、カンバン方式の調達というのは、内示でPushし、カンバンでPullする方式だ。内示で材料の手配をかけるわけだから、必ず材料の供給線は需要線よりも左側(上側)にくる。

それで、なぜ、この二つの線を一致させることは難しいのか? 理由は大きく言って、二つある。

第一に、わたし達の予測能力に限界があるからだ。需要線の側は、顧客の気まぐれでぐるぐる変わりうる。一方、供給線は、ある程度の予測と計画(生産計画や調達計画)を立てて進める必要がある。そして計画には一種の慣性があって、そうクルクルとは変えられないのだ(変えると、今度は生産効率が下がってしまう)。だから、予測と実際に乖離が生じて、二本の線がずれてしまうのだ。まあ、トヨタ自動車のようにサプライチェーンで販売チャネルを握っている企業は、販売力をフルに行使して顧客の気まぐれをうまく誘導し、需要曲線の側もコントロールしてしまうことを目指しているが、すべての企業が同じようにできるわけではない。

そして第二の理由は、もっと単純だ。顧客が、十分なリードタイムをくれないのだ。もし原材料の手配から最終製品の完成検査まで30日かかる製品があったとして、顧客が注文後30日間も鷹揚に待ってくれるなら、工場の中に一切、在庫はいらない。注文を受けてから、原材料を手配しても間に合うからだ。しかし、顧客が20日しか待ってくれなかったらどうか? まして、一般消費財のように、目の前に商品がなかったら、すぐ別の競合商品を買われてしまう場合は? その差に相当する分、すなわち10日分とか、30日分は、先回りして作っておかなければならないはずだ。先回りして作っておいた品物、それは在庫である。在庫とは、だから「時間の缶詰」なのだ。在庫に投資することで、企業は時間を買っているのだ。

そこから逆に言うと、在庫というのは、需給のギャップの結果うまれるものだから、ある一部門の判断だけではなかなかコントロールしがたいのである。世の会社に「生産管理課」や「品質管理課」はあまたあれど、めったに「在庫管理課」が存在しないのは、このためである。ということは、在庫問題のオーナーシップも、曖昧だという事態を意味する。「在庫は悪」だといいながら、マクロに取り組む組織を持たず、単に『在庫責任』をどこかの部署に押しつけ合っているケースも、ままある。

それくらいならば、在庫というものの意義をちゃんと積極的に評価して、そのコストやリスクに見合う適切な活用方法を考えるべきじゃないか。これが、かねてからのわたしの考えである。今のところ幸い、日本では、まだゼロ金利に近い状態が続いている。できるうちに、“最適な在庫の配置”を検討しておくべきだと思うのである。

もっとも、ここまで書いても、まだ在庫を増やすことに懐疑的・消極的な読者は多いことと想像する。それは、そもそも『在庫』というものを、無定義に、ひとくくりにして考えているからだろう。正確に言うと、在庫には、四種類がある。そのうち、積極的に削減すべきなのは、一種類だけなのだ。だが、この話ははじめるとまた長くなるから、稿を改めて論じよう。

需要曲線と供給曲線の一致は、繰り返すが、生産管理の第一の課題である。これは一種の理想状態であって、現実にはいろいろな変動による乖離が避けられない。しかし、まず、上手な計画によって大筋を一致させること、その上で、生産に支障が出ず、かつ顧客に迷惑がかからぬよう、在庫活用とスケジューリングで細かな調整を可能にすることが、望ましい方策であろう。それを、具体的にどう進めるべきかについては、来月、大阪と東京でそれぞれ1日ずつセミナーを開催する予定である(2月18日・大阪府工業協会、19日・日本テクノセンター)。詳細については追って当サイトでもご案内するつもりだが、この問題に関心のある方のご来聴を期待する次第である。


<関連エントリ>
 →「Pushで計画し、Pullで調整する」 (2014-02-14)
by Tomoichi_Sato | 2015-01-11 22:43 | サプライチェーン | Comments(3)

受注型ビジネスにおける業務量の予測法

前回述べたように、ビジネスの基本形態は大きく、見込型受注型に分かれる。別の言い方をすれば、「Push型」と「Pull型」という風にも考えられる。市場の需要に対するスタンスが、前者の見込型では、自分から需要を想定して事前準備(生産)し、市場に対して"Push"していくのに対し、後者では実際の顧客の注文を起点として、製品やサービスをつくり提供していく、受け身("Pull")的な動きをする訳である。もちろん、別にどちらがよい、わるい、という事ではない。市場と製品の性質にしたがって、適不適があるだけである。客の注文を聞いてから魚を釣りに行く料理屋はないし、先にプラントを建ててから買い手を探すエンジニアリング会社もありえない。そして住宅のように、建売と注文住宅が共存するような市場も存在する。

ところで受注型ビジネスにおいては、見込型ビジネスに比較して、一点、難しいところがある。それは、先々の受注量(=業務量)が予測しづらい点である。製品やサービスを生みだすためには、人員や設備や原材料・金型等をあらかじめ手配する必要がある。急に受注が増えたからといって、人も設備も、今日頼んで明日からすぐ増やせるものではない。人の採用にはかなりの時間がかかり、教育もしなければならない。かりに外部からの派遣に頼るとしても、やはりアレンジし面接して適性を評価して、とやっているうちに、すぐ数週間たってしまう。設備・金型などの増強も同様である。手配するのに数週間から数ヶ月、ときには1年以上もかかることがある。

だから、受注が年間を通じてきわめて安定しているような理想的ケースは例外として、受注型ビジネスを営むたいていの企業は、先々の業務量をなんらかの形で想定した上で、要員や設備の手配計画、すなわち『リソース計画』を立てている。このリソース手配計画は、ふつう3ヶ月とか半年に一回行われ、向こう1年~2年程度の期間をタイム・ホライズンとして見るような計画である。したがって、生産計画や生産スケジューリングなどよりはずっと単位とする時間軸が長いが、予測にもとづく計画であることに変わりはない。

では、この業務量予測を、どのように行うべきか。これはいうまでもなく、すでに受注して抱えている業務量(受注残の分)と、これから受注するつもりの業務量(受注予想の分)の合計になる。受注ビジネスでは、この二つをしっかりとウォッチしていかなければならない。既受注分の業務量予測は、技術・製造部門の責任範囲である。そして新規受注の予想はむろん、営業部門の責任範囲になるのが普通だろう。

既受注分は、すでに受注し確定しているんだから、今さら何を「予測」するんだ、などと問うなかれ。予測は必要なのである。たとえば1億円の案件を3ヶ月前にすでに受注していたとしよう。全体の工期は6ヶ月で、約束の納期は3ヶ月後である。半分は済んだ勘定である。したがって、残る業務量は5千万円分だ、などと計算できないことはすぐわかる。まず、仕事は毎月均一のペースで進む訳ではない。最初は基本設計があり、それから詳細設計や購買手配があり、後半になると製造・テストなど大幅な力仕事になる。だから、時間が半分たった時点での進捗率が50%ということは、普通はない。オーダー別の個別スケジュールを見た上で、あとどれくらい仕事量が残っているかを計算しなければならない。

おまけに、仕事なんて予定どおりはなかなか進まぬ。当初のスケジュールでは3ヶ月後に作業の40%までが進むはずだった--でも、顧客の度重なる変更要求や、それにつられて起きた設計のミスなどで遅れが生じ、実際は32%しか進んでいません。業務量はまだ68%残っている。しかも、このままで行けば納期を5週間は遅れてしまいそう・・などという事態がよく起きるではないか。そうしたことを、(かりにここまで細かく数値化はしないとしても)適時勘案し、受注残の業務量を「予測」する必要があるのである。それはまさに、工程管理者の仕事である。

では、営業部門が担当すべき、受注予測の分はどうか。

わたしが想像するに、多くの企業では、「見込案件リスト」を営業部門がまとめているはずである。案件リストには、それぞれ案件別に、顧客名、案件名、案件内容、受注金額(想定)、受注確度、受注時期、営業担当者、などが並んでいる。これをExcelで作っている会社もあるだろうし、もっとスマートなところは、SFA(Sales Force Automation)とかCRM(Customer Relationship Management)と呼ばれる種類のソフトウェアでデータベース化しているかもしれない。

そして、この案件リストは、まず「受注確度」によって、ABCランク、あるいは松竹梅、呼び方は何でもいいが、ランク別にソートされるだろう。Aランクは「受注確実」とか「必注」と考えられている案件である。Cランクは「とれないかもしれないなあ」となかば諦めている案件で、Bランクはその中間領域に属する。このような案件別の受注確度の評価も、必ず営業部門はしているはずだ。

その上で、営業部門の責任者が、Aランクの表は真剣に、Bランクはそれなりに、Cランクはまあ適当に、じっくり眺めた上で、案件ごとの受注確度などを個別に推定・調整し(いわゆる「鉛筆を舐め」て)、最終的な受注量を推定する、という手順である。受注確度についても、担当者の評価とは別に、営業トップの査定があり、大事な案件の場合は、担当者をてこ入れしたり支援しながら、受注確度を上げるよう努力を払う。とにかく、普通の企業の営業部門は受注金額が最大の評価指標である。だから、この作業は定期的に、かつ真剣に行われる。そこで最大限に活かされるのが、営業トップのエキスパートしての経験と判断である。

ところが。

わたしがたまたま知っている欧米系企業の中には、これとはかなり違うやり方で、受注量予測をしているところがある。彼らのやり方は、どんな方法か。

「見込案件リスト」を集成し、それが予測のベースになるところまでは、もちろん同じである。だが、その先の手法が、ぜんぜん違う。彼らは、個別案件の受注予測額を次のような数式で評価する。

受注予想額 = 案件想定金額 × 受注確率
      = 案件想定金額 × (案件実現確率 ÷ 競合社数)

ここで案件実現確率は、次のようなステップで決められている。
 (1) 構想段階 10%
 (2) 事業化検討(Feasibility Study)段階 25%
 (3) 基本設計段階 40%
 (4) 投資決定(Investment Decision)段階 70%
 (5) 引合い・入札段階 80%
 (6) 金額交渉段階 90%
 (7) 受注決定 100%
このように、案件の実現する確率を、その案件が顧客内部でどのような段階まで「成熟」しているかで、自動的に推定するのである(ただしここに掲げたのは一例であり、段階や数字は企業により異なる)。

案件実現確率から受注確率を導く際は、ごく単純に、競合相手が1社ならば50%、相手が2社ならば33%、4社競合ならば25%、という風に考える。自社を含めてN社の競争ならば1/Nの確率である。ウチが有利だとか、相手が強そうだとか、競争に裏がありそうだとか、そういったいわゆる「営業マル秘情報」は一切加味しない。

そして、リストにある全案件に、上記の数式を機械的に当てはめて計算し、受注推定時期に応じて、四半期ごとに積み上げて行く。それが彼らの経営計画の基礎数値となるのである。直近の業務量負荷計画は、この数字を用いる。

このようなシステマティックな、しかし機械的な予測方法には、違和感を感じる向きも多いと思う。そこには営業マンたちの持つ、生々しい情報や経験に裏打ちされた判断が、ほとんど取り込まれないからだ。前述の通り、普通の日本企業の場合は、営業案件リストを見ながら、営業部門の責任者たちが、なるべく蓋然性の高い受注予測をつくって、業務量負荷計画のベースとする。ここの工夫が一切、数字に反映されないことになってしまう。

それではなぜ、このような方法を彼らはあえて取るのか? そこには、基本的な考え方の差があるからだ。それは、重要な仕事のプロセスを、属人性に頼る形でデザインすべきかどうか、の差である。上に書いたような方法をとる企業は、経営資源(要員は大事な経営資源だ)のベースを決めるような仕事について、誰もが客観的に説明可能なやり方をすべきだと信じている。そして、そうしなければ、まず株主が納得しないはずだ、とも考える。

なんでこのような数字で経営計画を立てたのか? と株主にたずねられたとき、「セールス担当副社長のジョン・某の長年の経験と勘で・・」では通らない。なぜなら、ジョン・某が来月、急にライバル会社に転職したら、誰がこの会社のリソース計画を裏書きするのか。--まあ、こんな問答は極端としても、彼らには“業務プロセスは誰がやっても結果の品質にむらがないようにすべき”という発想が強いのだ。この点、“品質は熟達した職人がつくる”と無意識に考えている多くの日本企業とは、ずいぶん違う。

また、計画のベースとなる予測数値に、個人や部署の「思い入れ」だとか「やる気」だとかいった主観的願望を入れるべきではない、という思いもある。これもまた客観性の担保である。

さらに、上記のような計算方式をとることで、リソース計画を審議するマネジメント層の議論のあり方が、まったく変わってくることに注意してほしい。彼らは、過去の推計値と実績値を比較分析することで、たとえば
「(4)投資決定段階にある案件の実現確率は、40%よりも45%とする方が、事実をより正確に反映するようだ」とか、
「直近2年間の案件履歴を見ると、わが社は(4)段階から(5)段階に至る間に、相当数の案件がリストから消えてしまう。これはすなわち、引合い入札前の事前審査対応に何か問題があるのではないか」
といった議論をする訳である。他方、“個別案件鉛筆舐め方式”では、どうしても案件単位の議論、それも願望や情熱を含めた議論に終始しがちだろう。

むろん、機械的計算方式をとるからと言って、個別の営業局面での仕事に大きな違いがある訳ではない。彼らだって営業情報は必死になってとっている。どこが競合相手なのか、自社はどれくらい有利なのか。失注したら、どこが勝ったのか、なぜ自分たちは勝てなかったのか、どれくらい値差があったのか、なんとかして探り出そうとするのは、我々と同じだ。営業マンの査定方法まではわたしは知らないが、やはり受注額がモノサシになる点に違いはないだろう。ただ、その査定にしても、
「ジェームズ君。計算式で言えば君の今期の受注額予測は40万ドルだったが、実績は46万ドルと上回っているな。昨年同時期に比べると絶対額は減ったとはいえ、その分の努力は評価できる」
くらいの会話は成立しそうな気がする(ま、ここは想像である)。

念のため言っておくが、わたしはすべての欧米企業が上記のようなやり方をしている、などというつもりもないし、まして日本の受注ビジネス型企業が明日から全員真似すべきだ、などとも思ってはいない。まさにそれこそ「経営判断」で決めるべきである。ただ、繰り返しになるが、重要な業務プロセスを属人型でやるか客観型ですすめるかは、大きな思想の違いである。属人型の場合は、人を育てる(ないし、素質のある人を選抜する)しかない。客観型の方は、それを技術として継承し改善していく事が可能である。それがすなわち、わたしの好きな用語で言えば、「マネジメント・テクノロジー」となる訳である。

ともあれ、受注型ビジネスの企業においては、業務量の予測とリソース手配計画という重要な仕事があることは頭にとどめておいていただきたい。

え? そんな「リソース計画」などという小洒落たものはない? --それってあれですか。「手前どもは身の丈にあった以上の注文は受けるな、という先代からの方針でして」という、老舗らしいディセンシーあふれる経営方針ですか。あ、違うと。「とれてもいない仕事の心配なんかしてどうなる。とれてから考えればいい! 人が足りなきゃ外に丸投げしたっていい。やり方なんて仕事についてくる」が、社内の合い言葉ですか? そりゃたいへん失礼いたしました。それなら、ここに書いた話なんて、みんな忘れていただいて結構です。


<関連エントリ>
 →「基本的フレームワークで4種類のビジネスモデルを理解する」 (2014-08-30)
 →「進捗管理とは何か?」 (2012-02-26)
by Tomoichi_Sato | 2014-09-07 19:32 | サプライチェーン | Comments(0)

なぜ納期に遅れるのか

日本の製造業の9割は、受注生産の形態だろうと、以前書いた。確たる統計を知っている訳ではない。経験にもとづく感覚的なものである。だが、一般の人の常識とは異なっているので、こういうと驚く人が少なくない。いつかも、ある企業にお邪魔したとき、そこの部長さんが「ウチは受注生産なので特殊です」と胸を張っておられた。他所のコンサルなんかに、わが社の仕事の難しさが分かってたまるか、という雰囲気も、少し込められていたかもしれない。貴方の会社はぜんぜん特殊でも例外でもありませんよ、とお答えしたが、相手は半信半疑だった。

なぜなら、世間でいう製造業とは自動車とか、家電・パソコンとか、カメラ、飲料・食品、日用雑貨などであり、そこに共通したイメージがあるからだ。すべて、自社で開発した製品を、需要を見込んで生産し販売する「見込生産」の形態で動いているメーカーである。だから、そうした生産形態が普通であり、受注生産は例外的だという思い込みが、いつの間にか広まったのだろう。ついでにいうと、いずれもTVコマーシャルをさかんに打つ業種であり(消費者相手に製品を売る商売だから当然だが)、知名度も高い。経済メディアも、取り上げる頻度がどうしても高くなる。そもそもメディアにとっては重要な広告出稿主、という事情もある。

しかし、自動車メーカー1社の後ろに、「系列」と呼ばれる部品メーカー数百社がつき従っていることを考えれば、受注生産形態の企業の方が、数としては圧倒的に多いことは理解できよう。自動車部品メーカーは典型的な「繰返し受注生産」と呼ばれる形態である。製造する部品の仕様は、納品先である顧客が決める。決められた仕様の部品を、いつまでに、何個、どこそこに納入してほしい、と注文を与えられて、製造しておさめる。これは電子部品メーカーや、材料メーカー、容器メーカーなど、非常に幅広い業界に共通である。企業の大小では別に決まらない。端的に言って、製鉄所でさえ、受注生産で動いているのだ。

その受注生産における最大のポイントの一つが、納期である。もちろん、コストも大事だ。品質も大事だ。だが、とくに繰返し受注生産の企業は、継続的な供給体制の一環として、サプライチェーンに組み込まれて動いている。値段は(たとえば)半期単位で決められており、また品質だって顧客仕様で定まっている。いきおい、指定された納期の遵守率が、競争上の要点になる。

(ところで、『遵守』は“じゅんしゅ”と読みます。従い守る、の意味ね。先日、東大の授業で、何人かの東大生がこの漢字を“とんしゅ”と読んでいたけれど、それじゃ『頓首』だかんね)

さて、ところがこの納期、守るのがなかなか難しいのである。--ときくと、首をかしげる人もいるかもしれない。個別に顧客の注文をきいて設計するような「個別受注生産」なら、納期遅れもあるだろう。とくに顧客がぐずぐずと迷って決めない場合など。しかし、決まりきったものを、同じ仕方で作るだけの繰返し生産で、何で納期を守れないのか? 単純な力仕事ではないか。そう、思われる方もおいでだろう。

しかし、それは製造という仕事の実態を知らないまま、頭の中だけで考えるから、そう見えるのである。実際には、工場では多種多様な品物が流れている。今日の製造業で、同じ一品種をずっと作り続けていればいい、などという企業はほぼ存在しない。ふつうは多品種を、切り替えながら生産している。同じ製造装置や道具でいろいろな品種を加工製造するから、切り替えが必要なのである。そのためには、各工程に、「何々を、いつから着手し、いつまでに作れ」という指示(製造オーダーとか製造指図と呼ぶ)を的確に出さなければならない。

おまけに、需要は納入先の都合で、勝手に変動する。さらに、原材料・部品の手配の問題もある。工場内に鉄鉱石の鉱脈があるならいざしらず、どんな工場も原材料や部品は外部から調達するのである。とうぜん、いつ、何を、どれだけ注文すべきかという問題が出る。足りなくなれば、生産が止まってしまう。余りすぎれば、コストになるし、置き場所を圧迫する。

つまり、工場というものを一つのシステムと見た場合、かなり高度な制御を、連続して的確にやらないと、思った通りに機能しないのである。需要という予条件(インプット)がある。工場が抱える製造機械や道具や人びとの数と種類、というリソースの制約条件がある。外部調達にかかわる制約もある。こうした変わりやすい環境と制約条件の中で、複数品種(それぞれ異なる数量と納期を持つ)の製造を継続的に行った上で、さらにコストを最小化せよ、というのがシステムの運転に求められる要請である。工場の生産管理が、そう簡単な仕事でないことは、お分かりいただけると思う。

では、納期遅れはなぜ、起きるのか。一言でまとめると、「平均リードタイムが要求納期より長い」ということになる。しかし、じゃあリードタイムをむやみに短縮すればいいかというと、そうではないのだ。納期遅れが生じる原因が、工場ごとに異なっており、同じ対策が全てに当てはまる訳ではない。そこで、Structured Approachを応用してみよう。分析的な観点に立ち、直接の原因、そのまた原因、という風に列挙してみるのである。

まず、「需要が読めない」という原因が考えられる。

え、需要? 受注生産の話じゃなかったの? 注文を受けてから作るのが受注生産なんだから、需要の読みなんか、関係ないはずだろう? ・・はい、そこの方。とっても論理的ですね。でも、ふっふっふ。それは考えが甘い。わたし達の社会は、そんな論理では動いていません。「部品Aを100個、丸ペケ工場まで持ってこい。納期は明日の夕方、5時。」--これが、現実の姿です。部品Aを、組立て研磨し検査して包装し、トラックで運ぶだけで精一杯。部品Aを作るための材料を手配する時間なんてゼロ。粗材を切り出し加工する前工程だって、やっておかなかったら、そんな短納期に間に合う訳がない。そうした事前作業は全て、需要を読んで行われる、というのが繰返し受注生産の現実なのである。

自動車業界など一部の業界では、「先行内示」というものをサプライヤーに開示する。来月は何個、再来月は何個、注文する予定でいる、と書かれている。しかし、内示書は確定注文ではない。確定値は、「かんばん」などと呼ばれる納入指示書でようやく決まる。だから、先行内示が実需と合わない可能性はつねに残っている。

次に、「適切な指示が出ない」という原因も考えられる。工場の指示系統(生産計画系統)に問題があって、すべての工程にタイムリーに指示が出ない。しかたなく、現場がそれなりの判断と読みと慣例で作業せざるを得ない。そんなケースも、たしかにある。

需要は一応読めて、指示も出るのだが、「指示どおり作れない」という状況も、もちろんありうる。というより、たぶん実態はこれが一番多いだろう。

なぜ指示どおり作れないか。理由はいろいろだ。まず「図面がない」という問題。これは、完全な繰返し受注生産では起こらないが、仕様・性状に変更要求やオプション指定があり、そのために技術部門で設計図面を起こすときに、生じる問題だ。モノもある。製造機械も空いている。だが図面がないので作業できない。情けない、とお思いか? そういう方は、宮崎駿の「風立ちぬ」で、主人公が工場に着任したときのシーンを想い出すとよい。あの場面では、別の同僚が上司に向かって、「現場への出図が間に合いません!」と訴えるのだ。(飛行機はもちろん、受注生産である)

それから、人・道具・設備が能力不足、という状況も考えられる。まず、人が足りない。あるいは、機械設備の能力が足りない。それから、ツール・治具が足りない。さらに、人も機械も道具もあるのだが、生産性が低い。いずれの場合も、納期遅延が生じる。

それ以外にも、材料・部品が足りない(欠品)という状況だってある。モノが無ければ現場は動けない。なぜモノが無いのか? 理由は三つだ。適切なタイミングに注文をしていなかったのか、注文はしたが数が足りないのか、あるいは、あるはずなのに見つからないのか(最後のが一番くやしいが)。

そして、指示どおり作れたのだが、検査したところ不良が出て、作り直しになってしまった、という状況。

以上を樹形図的にまとめると、図のようになる。一番下のレベルの原因だけを図から拾い上げると、12種類になる。納期遅れの、12の原因である。もっと細かく分類することも可能だが、まあこの程度で実務的には十分だろう。

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したがって、納期遅れ問題を解決するためには、上記の12種類の原因のうち、どれが起きているかに応じて、対策を考えるべし、ということになる。たとえば
「適切な指示が出ない」 →製造指示システムを構築する。
「人が足りない」 →人を増強あるいは教育する。
などなど。Structured Approachにふさわしく、きわめて論理的で、シンプルである・・

ところが、これだけでは問題は解決できないのだ。

なぜなら、納期遅れ問題が起きている工場では、上の12の状況が複数、同時に発生しているからだ。人も足りず、機械設備も古く、だから生産性も低いのに、内示と実需が合わないおかげで、工場は余計なモノがあふれかえって、必要な材料部品がすぐ見つからない。せっかく作っても不良で作り直しになる。結果として指示系統が混乱して、適切な指示が出なくなる・・。これが、システムにまつわる問題のややこしさ・難しさだ。

では、どうしたら良いのか。

こういう時には、とるべきアプローチに順番がある、とわたしは考える。その話を、17日の大阪府工業協会のセミナーでは説明するつもりである・・のだが、それでは本サイトの読者諸賢にあまりに不親切だろうから、最初にすべきことだけは書いておこう。

それは『不良を減らす』である。最低限、満たすべき品質を上げて、不良による作り直しを、まず防止する。なぜなら、「予期せぬ作り直し」ほど、生産スケジュール全体をかく乱するものはないからだ。人の不足、設備能力不足、欠品問題などは、ある工程単位には遅れを生じさせるだろう。もちろんその影響は連鎖的に波及していくのだが、まだしも読みが可能である。しかし作り直しは、どの工程まで後戻り・リワークが生じるか、全く見えない点が一番問題だ。このような、スケジュール担当者にとってもっとも読みにくいかく乱要因を、まず抑えること。

しかも不良問題は、工場が見逃して出荷し、納品先で発見された場合、顧客に与える迷惑度が非常に大きい。納期遅れの比ではない。信用失墜も大である。

何もわたしは、「品質がつねに一番」だから、できる限り品質を上げろ、などと主張しているのではない。最低限、満たせる水準でいい。不良ゼロ・歩留り100%を、などといっているのではない。歩留り80%でもいいから、まずは、予期できる水準に抑え込み、予期せぬリワークを防ぐべきだ、と申し上げている次第である。

では、その次は? 二番目にとるべきアプローチは、「在庫を活用する」である。だが、そろそろ紙数が尽きたようだ。この話の続きは、いつか、また語ろう。


<関連エントリ>
 →「Structured Approachができる人、できない人
 →「映画評:『風立ちぬ』
by Tomoichi_Sato | 2014-06-15 22:35 | サプライチェーン | Comments(1)

BOMに関するセミナー講演のお知らせ(7月3日・東京)

もう一つ、お知らせです。

来る7月3日(木)に、BOM/部品表に関する有償セミナーの講師を務めます。場所は東京・新宿です。

ご承知のとおりBOM/部品表の構築と保守は、製造業にとって古くて新しい問題です。とくに近年は、
 ・新製品開発・投入のサイクルが早くなったことと、
 ・製造のサプライチェーンが国境をまたいで海外に伸びたこと、
 ・企業買収や提携が進んでいること
などの要因が相まって、BOMの維持運用を難しくしています。

この問題は10年ほど前に一度注目を集めた時期があり、わたしもその頃、拙著「BOM/部品表入門」を上梓しました。それから10年がたちましたが、根本の問題はまだ多くの企業で未解決のまま残っているようです。ただ、昨今多少は情報化投資の余裕が出てきたことと、データ・マネジメントに関心が集まったことで、ふたたび注目されているのかもしれません。

この問題に関心のある方のご来聴をお待ちしております。

<記>

日時: 7月3日(木) 10:30~17:30

テーマ: 「BOM/部品表の基礎と効果的な活用ノウハウ・応用例 ~演習付~」

主催: 日本テクノセンター

会場: 〒163-0722 東京都新宿区西新宿二丁目7番1号
     小田急第一生命ビル22F

セミナー詳細: 下記をご参照ください
     →詳しい開催案内


 よろしくお願いします。
               (佐藤知一)
by Tomoichi_Sato | 2014-06-12 00:03 | サプライチェーン | Comments(0)

講演のお知らせ(6月17日・大阪)

6月17日(火)に大阪で、有償セミナーの講師を務めます。
主に受注生産型の工場における、納期遵守のための生産計画・統制について、事例と演習を含めてお話しします。


<記>

日時: 6月17日(火) 10:00-17:00

テーマ: 「納期遅れを起こさない 生産統制のポイント
     ~ こうすればうまくいく、受注型生産工場の生産計画 ~」

主催: 公益財団法人 大阪府工業協会
     http://www.opmia.or.jp/

会場: 大阪府工業協会研修室
     大阪市中央区本町 4-2-5 本町セントラルビル6F
     (市営地下鉄御堂筋線「本町」駅8番出口すぐ)

セミナー詳細: 下記のPDFファイルをご参照ください(「受講申込書」も兼ねています)
     https://dl.dropboxusercontent.com/u/17787880/Osaka0617.pdf


直前のお知らせで恐縮ですが、この問題に関心のある方のご来聴をお待ちしております!
by Tomoichi_Sato | 2014-06-02 23:20 | サプライチェーン | Comments(0)

Pushで計画し、Pullで調整する

わたしが以前から所属している「生産革新フォーラム」(Manufacturing Innovation Forum、通称「MIF研」)は、中小企業診断士を中心とした生産系コンサルタントの集まりである。毎年2回、工場見学を実施することをモットーとしており、昨年夏には慶応大学管理工学科の学生さんたちと合同見学会を実施したりした。製造現場をほとんど全く知らない学生と、それなりに経験を積んだ診断士では当然、同じ工場を見ても目をつけるポイントが違う。しかし学生さんにも素人ならではの意表を突く着眼点があり、交流してみるとなかなか楽しい。

そのMIF研で、もうけっこう前になるが、九州までの工場見学旅行があった。二日がかりでトヨタと日産の工場を一日ずつ回って見学し比較する、という興味深い企画で、わたしも行きたかったのだが、諸事情で参加できなかった。ただ、行ってきた仲間の報告が、とても面白い。トヨタと日産の生産方式は、用語は違うが、似ているところもたくさんある。自動車という複雑かつ大量の機械製品を扱う以上、当然のことかもしれない。そして両者とも、顧客の需要に合致したプル型生産を行っている。トヨタはこれをジャスト・イン・タイム(JIT)と呼び、日産は同期生産と呼ぶ。だが、同じプル型生産といっても、じつは根本の思想がかなり違う、というのが、見てきた仲間が語ったことだった。

では両社は、どう違うのか。ふつう、プル型生産とは、次のように理解されることが多い:需要に応じて、消費された分だけを補充して作る方式である。プッシュ型生産は、需要を予測し、生産計画を立てて製品を市場に送り出し(Push)する「見込生産」であるのに対し、確定した需要に応じて引きとられた(Pull)消費分を補充していく「受注生産」である、と。トヨタの有名な「かんばん」(引き取りかんばん)方式は、これを後工程から順次、最上流の部品材料投入やサプライヤーまでさかのぼって適用したものであり、自動車各社は呼び方は違えども似たような方式をもっている。

したがって、プル型生産を徹底するとなると、生産計画などは廃し、少量の製品在庫や中間在庫を要所要所に積んでおき、その消費された分だけを補充生産する、ということになる。事実、そういう風に部品メーカーを指導している、いわゆる「JIT生産」コンサルタントも多い。

ところが、このやり方を全社で貫こうとすると、非常に困った問題点が一つ出てくる。その問題に対するスタンスが、トヨタと日産ではほとんど正反対だ、というのが、見学してきた仲間たちの報告であった。その問題点とは何か。

それは『内示』の出し方である。プル型補充生産を徹底するためには、サプライヤーからも、「必要なときに必要なモノを必要な量だけ」納品してもらう必要がある。トヨタ風用語で言うと、ジャスト・イン・タイム納品(JIT納品)である。しかし、サプライヤーは、ドラえもんのポケットではないのだから、いわれたものをすぐ次々と宙から取り出してみせる訳にはいかない。事前の準備が必要なのだ。このために、自動車メーカーは通常、本生産の前月、2ヶ月前、3ヶ月前というタイミングで、部品別の発注量の「内示」を出す。

ところが、この「内示」とは、需要の読み(見込み)に他ならない。自動車の納入リードタイムは、ディーラーで内容・オプション等の細かな仕様が確定し注文してから、組立・製造・輸送(陸送)を含めて、最短でも10日程度だといわれている。書類手続きがはいるため、ユーザの手元に届くのは1ヶ月近くなるが、いずれにせよ、3ヶ月よりはずっと短い。だから、内示情報をサプライヤーに与えるためには、どうしても「需要の先読み」行為が不可欠になる。

ところが、当然ながらこの「先読み」には誤差が伴うわけだ。そこで3ヶ月前、2ヶ月前、前月、というタイミングで少しずつ修正をかけていくのだが、それでも、受注が確定するのはラインオフ(工場出荷)のわずか数日前である。どうしてもずれが生じる。別の言い方をすると、在庫や欠品のリスクが出てくる。そのリスクを、どうヘッジするのか。これが、トヨタと日産で逆方向なのである。

日産の場合、生産側でなんとか誤差を調整しようとするらしい。もとより在庫はミニマムだから、部品在庫や中間在庫で需要変動を吸収することは、難しい。頑張って、全工程に渡ってプル型補充生産を実行し、それをサプライヤーにも要請する。サプライヤーに手配する納入リードタイムも、いきおい短く設定せざるを得ない。リードタイムが長くなるほど、読みの誤差が大きくなるからだ。事実、別の時に、あるサプライヤーの工場見学できいた話では、96時間ほしい所を、どうしても日産は72時間しか与えてくれない、ということだった。それだけ努力しても、先行内示と、現実の発注量には、やはりけっこうな差が出てしまう。これが悩みらしかった。

ところが、トヨタのやり方は全く違う、という。まず、トヨタは意図的にバッファー在庫を持っている。自動車工場は、(1)ボディショップ→(2)ペイントショップ→(3)最終組立工程、というのが大きな工程の流れだが、彼らはペイントショップと最終組立工程の間に、バッファー在庫を置いているらしい(らしい、というのは、この部分は決して外部に見学させてくれないからである)。それ以外にも、いくつか、意図してバッファーを持っているところがある。そして、受注が確定したら順序計画で引き当てていく。まるで、デル・コンピュータのBTO(Build to Order)方式である。

日産はかんばん方式、トヨタはBTO方式」というのが、行った仲間の結論だった。日産は確定受注に同期して生産する、という思想なので、生産計画というものは予測ないし目安に過ぎず、位置づけが弱い。ところが、トヨタは工場に入ると、生産表示板に「今月の生産計画」が機種と台数で掲示されている。計画生産なのである。では、どこで計画と実需のアジャストをするかというと、大きくは月間生産・販売計画(最後は旬単位になる)で合わせて、細かな差は直前の引取かんばんで制御する、という仕組みになっている。だから生産計画の位置づけが重い。

トヨタ自動車社友(OB)で、現在は九州工業大学客員教授である黒岩惠氏は、このようなトヨタの思想を、端的に「内示でPushして、かんばんでPullするのがTPS(トヨタ生産方式)だ」と表現されている。まことに至言である。ここにあらわれているように、トヨタは決して、日産のように“100%受注生産”を志向していない。彼らは、ある部分は見込で、プッシュ生産である、と割り切っている。そして、必要とあれば、販売側に引取義務も課している。それは、トヨタ生産方式の最大の眼目である“平準化”を実現するためなのだ(これは別の機会に、トヨタの技監の方から直接うかがった話である)。

結果として、日産のやり方では、需給ギャップのリスクは生産側が負うのに対して、トヨタのやり方では、販売側が負うことになる。日産は全面的にプル型生産であるが、トヨタは実はプッシュ+プル生産だと言えるだろう。プッシュで計画し、プルで制御(調整)するのが、トヨタのやり方なのだ。

両者のどちらがベターかについては、議論もあろう。ただ、生産側と販売側と、どちらが市場に近く、どちらが需要(の変動)に敏感かといえば、やはり販売側ではないかと、わたしは考える。だとしたら、敏感な側に、より責任を持ってもらう方が合理的なのではないだろうか?


<関連エントリ>
 →「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由
 →「ATO、BTO、CTO

追記:
部外者のわたしの説明では信用されない方は、富野貴弘「日産生産方式と受注生産 ―トヨタとの比較を通じて―」(東京大学ものづくり経営研究センター、2010年) も、参考までにご覧いただくといいと思う。この論文は最後に、日産はマーケットイン的な色彩が強く、トヨタの場合は「販売が安定的な生産動向に合わせる」プロダクトアウト志向が強い、と結論づけている。


by Tomoichi_Sato | 2014-02-24 22:51 | サプライチェーン | Comments(0)

モジュラー型 vs. インテグラル型--設計のアーキテクチャ再論

3年前に書いたサイトの記事「モジュラーとインテグラル - 製品アーキテクチャーの二つの方法」に、最近、読者の方から質問が寄せられた。良い質問だと思うので、ここでとりあげ、あらためて自分の考え方をご説明したい。

ご質問は、つぎのとおりだ(やや長いが、全部引用させていただく):

「車がインテグラル型アーキテクチャということは多方面で言われていることなのですが、すんなり納得ができません。

確かに、ボディ形状は独自設計ではありますが、ヘッドライトは他車種でも移植可能なものもありますし、内部のランプ単体については明かな標準規格品です。

また、ハンドルの入れ替えも(日本国内法は別として)置き換え可能ですし、ワイパーやウィンカーレバーはメーカー内で汎用品になっていることが多いです。
タイヤは規格品ですし、ホイールやサスペンションも変更可能です。確かに社外メーカーが純正品規格に合わせて作っているからであるかもしれませんが、事実上ある一定の規格があるので、市場に製品を出せているのだと思います。
カーナビやカーステレオ、スピーカーについては、配線を通じて、社外品が十分に対応していると思います。

ですので、必ずしもメーカーに閉じたインテグラルクローズもしくは、モジューラークローズであるわけではないと思うので、、、いつもすんなりと納得できずにいます。

明確な規格が存在しないからというだけで、インテグラル型だと考えるべきでしょうか?
もしよろしければ、ご助言・ご教示頂けませんか?」

最初にわたしの答えを言ってしまうと、“両者の区分は設計思想によります”、ということなのだが、これだけだと分かりにくいので少し補足させていただこう。

世の中の製品は、単純なものから複雑なものまで、いろいろある。製品が単純で、ほぼ均一の材料からなり、部品で組み立てられていない製品(たとえばモノサシだとか、まな板だとかを想起されたい)では、誰も設計アーキテクチャーについて論じたりはしない。アーキテクチャーが問題になるのは、主に後者である。つまり、複数の部位・部材ないし部品から構成されるもので、想定される機能も複数持ちうるものだ。自動車はもちろん、その代表格である。

ちなみに機能とは、製品と使い手の意思との関係で決まる。だからモノサシのような単純な道具でさえ、長さを測る以外に、紙に直線を引く定規として使う、紙を直線的に千切るのに使う、背中をかく、人の尻を叩く、など様々な「用途」で使える。このうち、設計者が想定する機能は、たぶん最初の二つ程度であろう。それ以外の使用条件は、たぶん『想定外』となる(そのことの是非は別の議論なのでここでは論じない)。ここでは、機能というものが、何か客観的な実在ではなく、製品と使用者の間で相対的にしか決まらない、ということだけ頭に置いておこう。

さて、設計とは、すこぶる単純化すると、「機能を構造に落としこむ」作業である。たとえば椅子というものを考える。椅子は、人がその上に一時的に腰掛けるためのものだ。すなわち、一定の高さに座面を提供することが、その機能である。野良仕事に行った先の、木の切り株だって腰掛ける用には足りるが、その目的で設計されたものではない。椅子を設計するとなると、まず座面と、それを支持する脚部からなる「構造」を考える。次に、座面の広さ・高さ・材質を検討するだろう。それから、その座面を支える脚をどんな形で何本にするのか、地面とはどう接するのかを決めていく。こうして構造の大枠が決まっていく。

木の切り株には構造はない。ムクの木材が均質に詰まっているだけだ。構造とは、ある全体が、均質ではない部分から成り立っているときの、その成り立ち方を指している。目に見える個体製品の場合は、その部品群の相対的な位置と接合関係で記述される。

むろん、椅子は手で持ち上げられる重さでなければならないとか、耐荷重は100kg必要だとか、回転できるようにしたいとか、背もたれも必要だとか、さまざまな設計の『制約条件』がある。この条件を満たすように、要素の成り立ち、組合せを考える。そして、個々の要素が満たすべきサブ機能や仕様を決める。

ここまで来ると、座面と支持脚をどう接合(固定)するかという、インタフェースの問題が出てくる。一体型で同じ一つの素材から削り出すという設計方針もありえるし、接着・溶接する、金具や釘で固定する、取り外し可能にする、等々、インタフェースの実現方法は様々だ。

ここで、接合箇所の形状や固定方法を社内で標準化して、いろいろな座面と支持脚の組合せを可能にしよう、と考えると、その設計はモジュラー型アーキテクチャーだということになる。これに対して、個別の座面に最適な脚の接合方法を個別に設計しよう、というのがインテグラル(すり合わせ型)アーキテクチャーである。そのどちらを選ぶかは、複数の視点からの評価が必要である。

(1)強度(頑健性):一体型が一番、強度が高い。逆に取り外し可能にすると、どうしても強度が弱くなるため、それだけの余裕シロ(安全率)を設計にみなければならない。

(2)部品材料コスト:上記の理由で、インテグラルの方が最適設計となり、ムダがないため材料コストは抑えられる。

(3)製造コスト:組立加工の手間自体は、一概に甲乙は言えないが、モジュラー型の方が同じ作業の繰り返しとなるため、習熟度は上がりやすい。

(4)設計コスト:概して、モジュラー型の方が設計の工数は少なくてすむ。インタフェース回りは毎回流用できるし、なによりモジュラー型の方は、座面だけ、脚だけという風に、独立して設計をすすめることができる。インテグラル型だと、設計も相互調整が必要だ。

(5)技術進歩のスピード:モジュラー型の場合は、ある部品要素だけを設計上で入れ替えることがやりやすいため、技術進歩が早く、次々と取り替えて製品のバージョンアップを図ることが容易となる

(6)サプライヤーの選択肢:インテグラルの場合、自社で設計した詳細図面に基づき、外部調達することになる。モジュラー型の場合、インタフェースと基本仕様だけで引き合いが可能なため、(その業界がそういう仕組みになれていれば)幅広く調達先を探すことができる

(7)ビジネスモデルとの整合性:たとえば本体価格は安く抑え、周辺付属品や消耗品を売って儲けるという方式(ジレット社がカミソリの替え刃で最初に導入した方式なので「ジレット・モデル」と呼ばれる)の場合、その部分の付け外しは可能になっていなければならない。

以上のような複数の視点から、長短を比較しながら、どちらを選ぶべきかを選択することになる。なお、(4)で書いたように、インテグラル型かモジュラー型かは、設計作業の体制にもそのまま影響する。モジュラーの方が分業と平行作業がやりやすく、また設計の流用や標準化も進めやすいのは言うまでもない。

そして、ここまで書いたように、インタフェースを社内で標準化するかどうかと、それを社外にも公開・共有するかどうかは別問題である。前者はクローズド、後者はオープン戦略と言ってもいい。モジュラーだがクローズド、という戦略も当然あり得る(ジレット・モデルはその例である)。

結局、ある製品がモジュラー型かインテグラル型かは、その製品の中核的な機能と構造が、どのような設計思想で作られているかによって分類される訳である。モノコック構造の自動車の場合、エンジンやトランスミッション、ボディなどがそれにあたる。逆に、ヘッドライトやランプ、ホイール、AV機器などは、顧客要望を取り入れやすいように取替可能となっているが、これらは自動車の周辺要素である。その部分だけ取り出せばモジュラー型に見えるが、全体構造はインテグラルである。ある部分だけ、使い分けているわけだ。

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もちろん、言うまでもないが、以上は設計思想が明確にある場合の話である。設計思想とは、設計上の判断が必要になったとき(つまりトレードオフが生じたとき)に、決断するためのガイドラインのことだ。だが、残念ながら、少なからぬ企業では、その設計思想自体が不明確だったり、部署・部位により混沌としていたりするのが実情である。その結果、従来はこうだったとか、業界の慣習ではこうだ(概して言えば電機部品業界は標準化・モジュラー化に慣れている)、といった判断がまかり通る。そして何型ともいえぬ製品ができあがる。

モジュラー型とインテグラル型を意識して使い分けるなら、それはそれで(車の場合にみるように)メリットはある。もしそれが意図した結果でないのなら--今からでも遅くない、本来あるべき設計の姿を、あらためて考え直すべきなのだろう。


<関連エントリ>

→「モジュラーとインテグラル - 製品アーキテクチャーの二つの方法
→「設計思想(Design Philosophy)とは何か
by Tomoichi_Sato | 2013-12-16 22:03 | サプライチェーン | Comments(0)

海外工場のサプライチェーン問題を考える

OKY」という言葉がある。「前が ってみろ」の略だ。日本企業の海外拠点で働く人たちが、本社の無理解に対して感じる不満とボヤキを表す隠語である。以前は一部地域で使われていたのだろうが、経済メディアなどにとりあげられて以来、全国的(全世界的?)に広まったらしい。もちろん語感としては、数年前に流行した「KY」(=空気読めない)をふまえている。ちなみに、「KY」はもともと『危険予知』活動の略語として、製造現場などで使われていた言葉だったが、今やそれを知る人は、製造業や建設業の一部だけになってしまった。

OKYという言葉は、海外の子会社と日本の本社とがギクシャクしている状況を象徴している。本社側は、海外子会社のパフォーマンスに不満を持っている。そして、あれこれと助言や指図をする。他方、海外子会社の側には、日本から派遣されてきた駐在員たちが大勢いて、日夜、悪戦苦闘している。しかし海外は(それが先進国であれ新興国であれ)日本の常識が通じない状況が多い。“なのに本社の奴らは勝手なことばかり言ってくる。まるで俺たちが無能だといわんばかりじゃないか”との感情が、OKYの隠語に込められている。

しかも、実際に海外に出て仕事をしてみると痛感することだが、今や日本という国は、海外でのプレゼンスが非常に弱くなっている。「日本抜きでもビジネスは進む」「日本を手本にしなくても国は発展する」と、途上国の多くの人はもはや考えている。『ジャパン・パッシング』(日本素通り)と呼ばれる状況である。このことが、本社側ではなかなか伝わらない。日本企業はいまだに発言力(購買力)もプレスティジ(技術的威信)も高いと思っているらしい--ここがまた、意識のギャップを痛感するポイントなのだろう。

日本企業の海外工場進出は'80年代からあったが、広まりはじめたのは'90年代後半以降のことだ。一時は中国に工場を建てるのが、ブームのようにもてはやされた時期もあった。そのブームはリーマン・ショックの前後から、多少の反省期に入り、“製造業の日本回帰”などの言葉も言われるようになった。しかし、現在でも海外生産に依存している企業は非常に多い。2011年7月の「海外事業活動基本調査」によると、製造業の海外生産比率は18.1%であり、全体の2割近くを占めている。売上高の合計は183.2兆円で、前年度比11.4%増と、まだまだ伸びる趨勢にある。海外への設備投資比率も17.1%と、ちょうど生産比率に近い数字となっている。

では、これらの海外工場は、企業のサプライチェーンの中でどのような位置を占めているのだろうか? 同調査によれば、製造業の現地・域内販売比率は、その立地によって違い、北米93.8%、ヨーロッパ86.8%、アジア75.3%となっている。つまり欧米に作った工場は、作った製品をその域内で販売する(あるいは取引先工場に納入する)ことがメインの役割である。もともと欧米への工場立地は、大量輸出による貿易摩擦の緩和対策としてはじまった面が強い。他方、アジアの工場は、元々の進出動機が「安価な製造拠点」づくりとの意識が強かった。したがって1/4は域外市場へ出荷される。

逆に、現地・域内調達比率はどうかというと、北米が65.0%、アジアが69.4%、ヨーロッパが55.6%となっている。アジアの工場の収支を見ると、部品・材料の約7割は域内で調達し、そこで作った品目の7割5分強を域内に出荷する。それ以外は、おそらくは日本から素材を持ってきて加工製造し、また日本に輸出するのであろう。

海外工場の自社内サプライチェーンにおける位置づけは、その分業の仕方によって大きく2種類に分けることができる。「垂直分業」と「水平分業」である。この用語は会社によって逆の意味にとられるケースもあるが、ここでは経産省の用法に従っておこう。「垂直分業」とは、サプライチェーンにおいて上流側に位置する、部品加工段階と、下流側(市場に近い側)に位置する製品製造段階とを、海外と日本で分担するタイプである。多くのケースでは、部品加工を海外で、製品製造を日本で行う。製品は日本から世界の市場に出荷される。

これに対して「水平分業」では、それぞれの地域で、部品加工から製品製造までを平行して行う。地域市場に密着した生産を行える点が水平分業の特徴だ。

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両者の違いは、日本と海外で持つ工場の機能の差にも表れる。垂直分業では、作るモノが違うのだから、工場の機能や工程も違っている。水平分業では、基本的に同じ機能を備える必要がある。ただし、この場合は、技術的ノウハウもかなり海外工場に移植しなければならない。

垂直分業にはもう一つのパターンがある。コアとなる部品は日本で製造し、それを海外工場にも供給するやり方だ。ノン・コアの部品材料は現地で調達するが、技術の中核となる部品は、高い技術力とスキルを持つ日本の工場がおさえておく。建設機械で有名なコマツは、この方式をとっていることで知られている。技術流出を防ぎながら、各国の地域市場に対応できる優れた方式であろう。

とはいえ、現実の多くの企業では、すでに上記の類型におさまりきれない混沌的分業パターンに近づいている。最初は垂直分業で部品加工だけの拠点だったはずが、日本市場の停滞と現地市場の成長により、現地でも次第に簡単な製品製造をはじめる。水平分業化のはじまりである。しかし、日本側は部品加工段階を海外に出してしまったために、人や設備が弱体化し、逆に垂直分業に頼らざるを得ない。だから日本への部品供給も続ける。と同時に、現地市場の成長とともに高度な製品の需要がふえるから、日本からの製品輸出も増えて・・

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というような状況だから、当然ながら工場で扱う製造品目も次第に多品種少量化が進んでいく。当初は決まった品目の部品を、そこそこ大量に加工するべく設計していた工場だから、段取り替え作業も手間がかかる。おまけに需要見込や確定受注も、本社や地域営業や顧客など、あちこちからバラバラに入ってくる。こうした中で、本社から「納期が遅い、品質も低い、コストも思ったより高コストだ、そもそも子会社自体が赤字なのをなんとかしろ」などと攻められたら、そりゃあ“OKY(お前が来てやってみろ)”とも言いたくなるだろう。

海外工場のサプライチェーンの悩み(長納期・高コスト・低品質)は、大きくいって以下の4つの原因から起こると考えられる。

(1)サプライヤーに起因する問題、
(2)顧客・販売チャネルに起因する問題、
(3)物流期間・物流品質に起因する問題、そして
(4)本社側に起因する問題(契約・規制・慣習への無理解、リスク・マネジメント原則の不在等)

そして、原因に応じた対策を講じる、というのがもちろん王道である。

しかし、問題がこじれてしまっている場合、つまり納期もコストも品質も人員も問題だらけの時は、根本原因の同定は必ずしも簡単ではない。それに、想定される根本原因が大きすぎて手をつけにくい、ということもあるだろう。本当は、サプライチェーン全体の構造をきちんと設計して、どこで需要予測情報をインプットし、どこに主なストック在庫を置き、どこから先は確定受注に紐づけて動かすか、といった方針が必要なのに、なりゆきでスパゲッティ状のサプライチェーンができてしまっているようなケースである。

この場合、まずは、サプライチェーンの状況を可視化して、問題発生を把握しやすくする、という対策が必要になる。これは本社側と海外工場側が協力した取り組みである。ただ、海外工場側が現地企業との合弁会社であったりすると、工場の内部情報をそのまま日本側に開示するのは抵抗が出てくるはずである。

したがって、共有するのは、互いのサプライチェーン的な界面に限られることになる。すなわち、需要と供給、いいかえれば、発注と納品(と出荷可能な在庫)の情報である。「見える化」というと通常、モノの動き(供給側)だけを追いかけがちであるが、じつは発注(需要側)情報とペアで扱い、どの納品がどの発注に対応しているのか、需要と供給の累積カーブはどういう関係になっているのかまでを「可視化」するべきである。ここでいう発注情報は、見込生産(MTS)や繰返し受注生産(MTO)の場合だと、『需要予測(先行内示)情報』と、『確定需要(納入指示)情報』の二種類がセットで必要になる。また、在庫情報の中では、船の上などの移動中の在庫量も、きちんと把握できなくてはならない。

こうしたシステムを構築するのは、もちろん簡単ではない。しかし、このような『サプライチェーン可視化システム』は必須だとしても、これと同時に、進めるべきことがある。

それは品質問題の可視化である。もっと簡単に言うと、「良品のみを出荷する」体制を作ることだ。海外工場の納期やコストを言う前に、まず品質を最低限確保すべきなのである。もし出荷されたモノの中に不良が多数混じっていて、下流工程で使い物にならなかったり修理再加工が必要だったりしたら、リードタイムや在庫データに、どんな意味があるだろうか? 

もしも日本側の受入検査で不良を発見できるなら、その検査機能は海外工場の出荷側に置くべきだし、さらにいえば部品加工の各工程で、不良を見つけたらその場でラインからとり除けるよう、『不良箱』か何かを設置すべきなのである。そして、不良の数をかぞえ、補修を行い、原因を分析する。それを、現場の作業者たちが自分で自覚し、できれば責任感を持つように、うながしていく。地味だが、こうした努力は製造業として欠かすことができないだろう。

たしかに工程の種類によっては、不良をゼロにするのは技術的に難しい場合もあるだろう。その時はせめて、ある目標パーセンテージまでは安定化をめざす。そして、不可避な不良リスクの分は、安全在庫でカバーするのである。サプライチェーンの可視化システムは、そうした工夫があって、初めて生きてくるはずなのだ。海外と日本、その両者の努力と協力がなければ、「お前が来てやってみろ」症候群は解決するまい。


<関連エントリ>
 →「品質とは(本当は)何だろうか - (1) 問い
 →「品質とは(本当は)何だろうか - (2) 応答
by Tomoichi_Sato | 2013-11-17 22:44 | サプライチェーン | Comments(0)