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E-BOM(設計部品表)とM-BOM(製造部品表)の関係を考える

拙著「BOM/部品表入門」(日本能率協会マネジメントセンター・刊)が、再び増刷になった。おかげさまで、累計8,900部である。本書は2005年1月の発刊だから、11年間にわたり現役のビジネス書ということになる。読者の皆様にあらためて感謝もうしあげたい。

ところで、この11年間、BOMをめぐる状況は変わったのだろうか?

正直に言うと、あまり大きくは進展していない印象である。相変わらず、いまだに多くの企業がBOMについて悩んでいる。いや、むしろ悩みは深まっているとさえ、いえよう。海外生産の進行やアジア市場への販売展開などで、サプライチェーンが海外まで確実に広がった。しかし、その現実にBOMの方がついていけていない。むしろBOMが、生産のグローバル展開の足かせにさえなっているようだ。

それだけではない。どうやら、BOMに関する基本的な認識さえ、まだあまり進んでいない気がする。たとえば、“ウチの会社にはまだ「BOM」がありません”、などと、かなりの大企業でも口にする。

BOMはBill of Material、すなわち部品表である。部品表のない製造業など、存在し得ない。部品表がなければ材料を調達できない。どうやって材料なしで製造するのか? 部品表がなければ材料費も計算できない。どうやって販売価格を見積もるのか?(個人営業の飲食店や職人の工房ならいざしらず)

こうした発言をきくと、世の中では、BOMを何か特殊なデータベースみたいなものだと、誤解しているらしい。BOMは製造業の中核データである。どんな製造業でもBOMはある。ただし、BOMをきちんとマネジメントしている企業は少ない。だから小著が11年間も現役で読まれ続けているのだろう。

かつてこのサイトで、「生産革新のためのBOM(部品表)再構築入門(2)」として、<設計部品表(E-BOM)と製造部品表(M-BOM)の乖離>問題をとりあげた。今回は、このテーマについて再度論じてみようと思う。これもひどく誤解の多いテーマだと感じるからだ。

乖離どころか、世の中には、「会社はE-BOMとM-BOMを二つ持つ必要がある」と信じ込んでいる人たちまでいる。「ウチの会社はいまM-BOMしかなくて、これからE-BOMを作らなくちゃなりません。」などとおっしゃる。冗談抜きで、きいて思わず頭がクラクラしてしまった。BOMが一つで済むなら、それで十分なのに。

上の記事では、設計部品表(E-BOM)と製造部品表(M-BOM)の乖離が生じる理由として、
(1)品目コードの不統一
(2)代替部品の使用
(3)副資材や包装材料の追加
(4)設計変更の発生と在庫切替タイミングの食い違い
の4つをあげた。このE-BOM, M-BOMの分断の背景には、設計部門(本社)と製造部門(工場)の組織的乖離が遠因にある。

もともと現代的なBOM概念、つまりストラクチャー(構造型)BOMの概念は1960年代にあらわれた。この概念はMRPという生産管理手法と一緒に確立された。つまり製造を強く意識したもの、今でいうM-BOMに相当するものである。

ではE-BOMの原型は、というと、機械組立図における材料表にさかのぼる。組立図には部品それぞれに引き出し線と、丸で囲った①②などの数字(俗に「風船」とよばれる)がついており、かつその図面の端っこに表が書いてあって、そこに①の品名と数量、②の品名と数量・・が並んでいる、あれである。製品を最終的に組み立てるにあたって、必要な部品の種類と名前と数量、位置を記した表だ。昔はB/Mと表記されることが多かった(今でもエンジ業界はB/Mとよんでいる)。これは親と子が一階層だけの、フラットなサマリー型が普通だ。

さて。会社組織では、誰が(どの部署が)BOMを登録、維持するのか? という問いが、しばしばついて回る。たとえば今、図のような製品があったとしよう。
(1) 製品SはアッシーXと部品A, Bとからなり
(2) アッシーXはサブアッシーYと部品Cからなる
(3) 部品Bは材料dを切削、研磨し表面加工したものである

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          <BOM(M-BOM)の全体像>

当然だれかが、製品S→アッシーX、アッシーX→サブアッシーY、部品B→材料d、という紐づけをBOMマスタに登録していかなければならない。なお、「アッシー」というのはAssemblyの略で、途中まで組み上がったアセンブリー(モジュール)のことを指す。

ところで当たり前だが、製造業では製品開発→量産準備→生産、という順序で仕事が進む。製品、アッシー、子部品は設計部門が図面を書く。製品やアッシーの組立図面には、品番の親子関係の表がついているだろう。つまりE-BOMが先に生まれる。製品S→アッシーX、アッシーX→サブアッシーY、はそれぞれ製品S・アッシーXの組立図に付随した「E-BOM」情報である。

別の言い方をすると、BOMの親子関係のうち、上位の階層は設計部門が定義する訳だ。

しかし、たとえば購入部品(汎用部品やボルト・ナット等)や、材料(たとえば丸棒)などは通常、図面は書かない。つまり、E-BOMの親子関係は途中で途切れてしまう。その先、外部購入品までの親子関係を定義するのは、工程設計を担当する部門(普通は生産技術)の仕事だろう。つまり、E-BOMは製造側の技術部門によって展開され、肉付けされることで、M-BOMとして完成するのだ。
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ところで、たとえば上記の例で材料dから部品Bまでは、切削→研磨→表面加工と複数の工程が必要だったとしよう。では、その間の中間状態の部品はすべてBOMに登録すべきなのか? 切削後段階の部品d'、切削研磨後の段階の部品D、そして切削・研磨・表面加工後の部品B、という風に。

答えはNOだ。

じつは、BOMに登録すべき品目には原則があるのだ。BOMに(いいかえればマテリアル・マスタに)登録するすべき品目とは、在庫管理の対象となるマテリアルである。

もしも、切削→研磨→表面加工がつねに一貫した工程なら、途中段階の品目登録は不要である。途中段階の品目は一時的に出現しても、すぐに次工程に消費されてしまうからだ。だが、材料dを切削→研磨した後、用途別にいろいろな表面加工で品種が別れたりする場合には、研磨後の中間部品Dをいったん保管したくなるだろう。ならば、中間部品DをBOMに登録するべきである。

こうした製造工程上の都合は、設計部門では分からないのが普通だ。だからBOMの定義も、生産技術や製造部門の判断になる。

業務系の情報システムでは、データの作成者がそのデータの登録者となり、オーナーシップをもって管理すべきだと一般に信じられている。この原則にしたがえば、BOMのマスタデータの登録作業は、複数部門によって分担されることになる。もっとも、情報源(作成者)と、マスタへの登録者を誰にすべきかは別問題という考え方もある。だから設計部門からのデータを生産技術部門が受けて、BOM全体の登録は生産技術がまとめて担当する、という取り決めだって可能ではある。

ただし、ここに一つの問題が生じる。多くの企業では、製品開発・設計部門が本社にあり、生産技術・製造部門が工場に所属する。場所が離れているのだ。両者は、別々の情報システムを使っていることが多い。サーバもデータベースも、物理的に別である。

こういうケースではどうしたらいいのか? E-BOMとM-BOMは統合不可能なのか?

答えは、単純だ。システムは物理的に別々でも良い。しかし、同じマテリアルは同じコードでよばれなければいけない。これが「BOM統合の原則」である。本社と工場が、同じモノを別々のコードでよんだり、モノの同一性について意見が分かれたりする状態があってはいけない。同じマテリアルの親も、同一でなければならない(そうでなければ構成管理の一貫性が崩れてしまう)。

このような形で、複数のシステム間のマスタデータ整合性が担保されているなら、BOMは統合されているといっていい。少なくとも、E-BOMとM-BOMの乖離問題は起きていない。

ちなみに設計用CADシステムの発達により、図面管理や構成管理など、設計用ツールにはPDM(Product Data Management)的機能が増えている。設計部門はその中で、「E-BOM」を管理維持したいと考えるだろう。部品共通化や設計情報の再利用などをはかりたい、とも望むだろう。それは当然である。しかし、E-BOMに登録される品目コードは全社共通のものを使うべし、が原則だ。

ただし、この話を推し進めていくと、異なる部門間で、モノの同一性について意見がくい違い、論争が生じるケースが出てくる。設計部門は、「これは内径X、外径Yの○○部品じゃないか」といい、製造部門は「いや、同じ形状の○○部品といっても、材質強度的に区別が必要なものが2種類あるんですよ」とか「仕入れ先が3社あって区別したいんです」とかいう要望が出てくる。この種の論争をどう解決するかが、じつはBOM統合にとって大切なのだ。だが、ちょっと長くなりすぎたので、この問題は項を改めて論じよう。


<関連エントリ>
 →「生産革新のためのBOM(部品表)再構築入門(2)」(2013-11-10)
by Tomoichi_Sato | 2016-02-21 18:12 | サプライチェーン | Comments(0)

講演のお知らせ:「生産スケジューリングの基礎とリードタイム短縮」(3月24日)

3月に、生産スケジューリングとリードタイム短縮をテーマとした研修講演を行います(有料です)。

わたしは長年、エンジニアリング会社で国内外の工場・プラント作りに関わってきました。また、それなりに数多くの工場も見てきましたが、しばしば疑問を感じるケースがありました。「なぜ、こんな所に在庫を持つのだろう?」「ここを工夫すれば、もっと効率よく、かつ楽に仕事ができるはずなのに」「どうしていらないモノはたくさんあるのに、必要なモノは欠品しがちなのか?」

それは端的に言うと、生産活動の仕組み=『生産システム』の基本デザインに問題があるからです。生産活動のシステム・エンジニアリングが欠けているのです。むろん、ここで言うシステムとは、コンピュータのことではありません。情報系も一要素ですが、むしろ働く人々と、機械設備と、それを包む建築空間のことをいっています。その生産システムは、さらに自社を取り巻くサプライチェーンの特性に応じて、適切な機能構成を選ばなくてはなりません。単に、業績の良い他社の物真似をしても、生産形態が違えば役に立たないのです。

このサイトに何年か前、「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」という記事を書いたのは、そうしたことを訴えたかったからです。さらに、これをふくらませた形で、中小企業診断士仲間との共著「“JIT生産”を卒業するための本」第5章に、生産システムの考え方を詳しく説明しました。この講演を引き受けたのは、これをより多くの方に直接、お伝えしたかったからです。

拙著「革新的生産スケジューリング入門」や「BOM/部品表入門」をお読みになった方はご承知の通り、わたしは具体的なテクニック論のみならず、原理・原則に関する体系的な理解を重視しています。そのため、生産システムをより良く運用するにはどうしたらいいか、より上手に設計するためには何に留意したらいいを考える『システムズ・アプローチ』をとります。したがって業種分野については、わりと間口を広くとってお話しできる点が特徴です。年1回行っているこの講演も5回目になりますが、今年はさらにバージョンアップしてお届けするつもりです。

普通の現場改善コンサルタントの講義に、飽き足りない気持ちでおられる技術者の皆さんのヒントになればと思っています。

生産スケジューリングの基礎とリードタイム短縮のポイント 〜演習付〜」(3月24日)

日時: 3月24日(木) 10:30-17:30
主催: 株式会社日本テクノセンター
     http://www.j-techno.co.jp
会場: 株式会社日本テクノセンター研修室
     東京都新宿区西新宿2-7-1 小田急第一生命ビル22F
     (都営地下鉄大江戸線「都庁前」駅または丸ノ内線「西新宿」駅)

生産計画とスケジューリング、リードタイム短縮について、事例と演習を含めてお話しします。

セミナー詳細: 下記のURLをご参照ください(受講申込もここからできます)
     http://www.j-techno.co.jp/seminar/ID54JQV6P41

関心のある大勢の方のご来聴をお待ちしております。
by Tomoichi_Sato | 2016-01-27 23:51 | サプライチェーン | Comments(0)

すべての製造業は受注生産かつ見込生産である

そんなバカな、なんだこの記事のタイトルは? と疑った、そこの貴方。はい、このエントリは、そんな貴方のためのものです。そもそも生産形態は見込生産と受注生産に分けられ、受注生産はさらに個別受注・繰返受注・受注組立生産などのバリエーションに分類される、というのが生産管理の教科書に書いてある常識ではないか! と思った、意識の高い方。貴方のような方が、日本の製造業を支えておられると思います。というのも、わたし達の社会で製造業に携わっている人はざっと1000万人くらいいるはずですが、自社の生産形態が何であるか、それが自社の競争力にどうつながっているかさえ、考えてみたことのない方が大半だからです。

・・と、「ですます調」ではじめてしまったが、ここから先はいつもの「である調」に戻させていただく(笑)。ですます調も好きなんですけどね、まあ、他のエントリとのバランス関係上。

バランス感覚は、いつでも大切である。製造業のよって立つ『生産システム』は、巨大で複雑なシステムだ。それを何か極端な理念で強引に動かそうとすると、見えないところに歪みが生じる。そしてその歪みは、たいてい、「在庫増」とか「欠品」だとか、あるいは「労働安全の低下」「離職率」みたいな現象につながっていく。

さて、在庫について考えてみたい。在庫とは何か。在庫にも、何か機能があるから、世の中に存在しているはずである。

かつてのアメリカの生産管理論では、在庫の主たる機能を分離(De-coupling)だとみた。在庫を挟んで機能が分離する。例えば、製品在庫を挟んで、製造と販売が機能分離する。あるいは原料在庫を挟んで、資材購買と部品加工が分離する。分離することによって、それぞれの機能が独立に動くことができるようになる。

そこで、工場の中の各工程を、複数の中間の在庫ポイントによって切り離し、それぞれの工程の効率化を追求する。また在庫のレベルについても、安全在庫と経済的ロットサイズの公式によって、最適化する。こうして、理想的な工場ができあがるはずである。

システムを個々の機能的要素に分解し、それぞれの要素を徹底的に効率化する。これはいかにもアメリカ的な、システムズ・アプローチである。そして全体は、スーパーマン的なリーダーが指示決定を行う。リーダーが全体を統合し、後の大勢の人間はリーダーに従うのだ。

複数置かれている在庫ポイントの中で、ちょうど顧客の注文に対応する工程が始まる出発点を、Customer-order decoupling point(略してCODP)と呼ぶ。それが完全な製品在庫だったら、見込生産(MTS)と呼ばれる。それがサブアッセンブリー化された中間部品であって、顧客の注文オーダーに応じて組み立てられ出荷されるならば、受注組立生産(ATO)と呼ばれる。

それが単純な部品材料で、顧客の注文と同時にそれらを加工し組み立て検査出荷するのであれば、繰返し受注生産(MTO)である。もしそのような在庫ポイントが社内になければ、それは受注設計生産(ETO)を行っているのである。このようにCODPの位置によって、その企業の生産形態を分類できるというわけだ。

さて、話は例によって、急に飛ぶ(いつもすみません)。

関東風の鰻の蒲焼きは、まず鰻をさばいて背側から二枚におろし、串を売って、白蒸しにする。その後で、こんどはタレにつけて炭火で焼く。所要時間はだいたい、30〜40分だ。だから関東でちゃんとした格式の鰻屋に入ったら、注文してから出てくるまで、かなり待たされる。お客の顔を見てから鰻を割く、というのが原則だからだ。完全なる注文生産である。客はその間、つまみで酒か何かを飲みながら、ゆっくり待つことになる。

しかし金と暇のある旦那衆はいざしらず、庶民の我々はもう少し、ご用とお急ぎの衆である。そこで格式よりも市場のボリュームゾーンのニーズを重視する町中の鰻屋さんは、もう少し略式の方法を生み出した。略式といっても、蒲焼きの作業の手順に変更はない。違いは、お客の注文をきいてから鰻をさばくのではなく、先にさばいて白蒸しにして置いておくのである。

そして注文を受けたら、タレをつけて焼くだけにする。こうすると、発注から納品までのリードタイムは劇的に短縮されて、まあ10分以内になる。そのかわり、蒸してからしばらく置いておくため、若干だが鰻の風味と歯ごたえが損なわれる・・といわれている。わたしは目隠しをされて食べ比べたら、違いを言い当てる自信はない。が、分かる人もいるのだろう。

私はこの鰻屋の話が好きなので、在庫ポイントの説明によく使う。

ところで(また話は元に戻るのだが)、日本の製造業は在庫の極小化を目指した。工場内のあちこちから、中間在庫のストックを取り去った。と言う事は、つまり工程同士を直接つなげると言うことだ。すなわち工場内を、粗結合から密結合に変えるということだ。

密結合なシステムとは、湘南新宿ラインのようなものだと以前も書いた。どこか1カ所で障害が起きると、全体のラインが止まってしまう。すなわち、在庫削減とは、トラブルを表に出すという事とワンセットなのである。いや、むしろ「潜在的な問題点を顕在化して改善すること」が主目的だと言っていい。この目的を抜きにして、各工程の担当者がトラブルを表に出さないよう、何とか隠して押さえ込むようでは、在庫ゼロ目標はむしろ無意味である。

在庫削減が徹底化された工場では、それぞれの工程の担当者が、自律的に判断して動く必要がある。そこにスーパーリーダーは不要である。

ただしそれでも、最低箇所は在庫が必要になる点が存在する。それは、
 顧客の要求納期 < 供給可能なリードタイム
となる点だ。

先程の鰻屋のたとえを思い出してほしい。30分も40分も待っていられない気短な一般客に対して、新しい鰻屋は、白蒸しにした鰻をストックすることで対応した。いや、昔風の鰻屋だって、さすがに飯は炊いていたし、うなぎだって仕入れていた。そうでなければ40分以内には出すことができない。炊いたご飯や、生け簀の中のうなぎは、やはり在庫ポイントなのである。

元・日立製作所で、現・早稲田大学教授の光國光七郎氏は、これを「カップリング・ポイント」と命名した。カップリングとは連結点である。先程の米国のDe-coupling (分離)点とは意味が逆になる点に注意してほしい。カップリング・ポイントは一つの品目(部品)では1点だけ存在する。それ以外の部分は極力在庫をへらし、リーン生産にする。

カップリング・ポイントは、顧客の受注オーダーを受け取る点でもある(その意味ではCODPと同じだ)。図を見て欲しい。そこより下流側は確定受注に紐付いた生産になる。そして上流側は、需要予測に基づいた生産になる。つまり、すべての製造業は、上流側の見込み生産と、下流側の受注生産がカップリング・ポイントによって連結されているのである。
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わたしは、たまに頼まれて人前で生産管理の話をすることがあるが、そのときは必ず、このカップリング・ポイントの説明をする。さらに、自社のカップリング・ポイントの位置を、どこに置くべきか考える練習を入れることにしている。製造業のたいていの人は、そう問われて初めて、さて自社の在庫ポイントはどこにあるべきなのかを考え始める。そしてそれが、自社の競争力(納期は明らかに競争力の一因子だ)とどうつながっているについて、初めて頭を巡らすことになる。現実には多くの場合、まあまあ適切な位置にカップリングポイントがあるのだが、それでも成り行きで決まるのと、自分で意図して決めるのでは天と地ほども違う

特に光國氏の卓見は、輸送中の在庫も「有効在庫」にカウントしたことであろう。これはグローバルなSCMでは必須の条件である。前回までも述べたとおり、海外生産して輸送すると1ヶ月近くは船上に在庫を持つことになるからだ。ちなみに光國氏は、カップリング・ポイントより上流側では、小刻みな在庫補充生産をすることを推奨している。これには十分な理論的根拠があるのだが、それでも季節性の強い商品の場合等は、別の考慮が必要であろう。

さて、ここまでの話が理解できたら、ようやく受注生産における生産計画の手法論に入ることができる。

そもそも計画作業の基本とは、先々のことについては大ぶりな計画の線を引いてプッシュし、直近の変動に対してはプルで細かく調整する、である。これは、どんな計画でも共通だ。

では具体的に、どうするのか。

まず、工場におけるデリバリー設計(リードタイムの設計)を見直し、カップリング・ポイントを決める。すなわち、原材料から製品までの流れの途中に置く、主要な在庫ポイントである。鰻屋なら、さばいて串を打って蒸しておく。あるいは寿司屋なら、すし飯とネタの塊までを開店前に仕込んでおく段階までが、上流側だ。

上流側は需要予測に基づく見込生産になる。カップリング・ポイントにおく在庫品目ごとに、基準在庫水準、有効在庫量(未引当て数量)、そしてタイムフェンス以後の需要量(消費量)予測をする。

需用量(消費量)予測は二通りのやり方がある。一つは最終製品の需要予測から、BOMと部品展開によって計算する方法。これは論理的でまっとうなアプローチだが、精度の高い先行内示をもらえる場合か、最終製品の需要予測がかなりうまく立たないと計算できない(そしてたいがいは、受注生産なので予測はうまく立たない)。

もう一つのやり方は、その中間在庫品自体の、過去の消費実績から推定する方法である。こちらの方が、普通はやりやすい。とくにカップリング・ポイントが共通性の高い部品材料にある場合は、最終製品の細かな変動が互いに打ち消し合って、需要傾向が安定するので読みやすいのだ。

下流側はどう計画するか。これは確定受注オーダーで動かす訳だ。このとき、すでに原料・中間在庫は上流側計画によって十分供給されるから、欠品の心配のない状態になっているはずである。必要なのは要員・機械・治具金型などのリソース手配計画と、より目の細かい順序計画=スケジューリングである。

まとめると、受注生産企業における生産計画の主眼は、カップリング・ポイントの在庫量推移をはさみ、上流側は数量の計画、下流側が順序計画におかれることになる。

実際には、たいていの製品のBOMはA型になっているので、一製品に対してカップリング・ポイントは複数設定しなければならないことが多い。また工場は複数の製品を作っており、同一の工程に複数の品目が流れるため、同じ工程に需要予測生産と確定受注生産が混在してしまう可能性がある。そのときに何を優先し、どうコントロールするのか。そこが生産計画マンの腕の見せ所になるわけだ。

それだけではない。工場とは単に、「設計したとおりのモノを作るだけ」「営業が指示した数量や納期で作るだけ」のコストセンターである、という思想にしばられている企業はいまだに多い。しかし、低コスト・短納期のバランスから、「カップリング・ポイントをここに置く以上は、BOMの形はこうでなくてはならない」、という風に技術設計部門が考え、「競争力を強めるために、こういう注文の取り方をすべきだ」、という風に営業は考える。それこそが、本当に全体が統合された組織のあり方ではないか。

望むらくは、わたし達の社会の製造業全体で、ここで述べたような基本的な知識が誰にも共有され、その上で各社が、生産計画や生産システムのデザインに腕を競い合う、という状況になってほしいと思う。どこの部門が強いとか弱いとかではなく、受注から納品までの全体の競争力向上のために、どの部門も協力し合う、そういう良さを日本企業は本来、持っていたはずなのだから。

<関連エントリ>
 →「受注生産企業に生産計画は必要か?」 (2015-11-18)
 →「Pushで計画し、Pullで調整する」 (2014-02-24)
by Tomoichi_Sato | 2015-11-25 23:36 | サプライチェーン | Comments(2)

受注生産企業に生産計画は必要か?

随分前のことになるが、 ある部品材料メーカーの 生産管理システムを見せてもらったことがある。 その分野では大手のメーカーで(A社と呼んでおこう)、 全国の製造業の顧客に対して、 部品材料を納入していた。 ほとんどが、顧客仕様による受注生産品である。 品目数は数千種類あり、常時、数百種類を毎月作っては顧客に納入していた。 原材料には共通性が高く、同種の原材料から多数の品目が生まれる。BOMのトポロジーでいうと「V字型」のタイプである。

典型的な受注生産であるにもかかわらず、面白いことに、A社の生産計画作業は「需要予測」の集計から始まっていた。全国の営業拠点の営業マンが、担当する顧客・品目ごとに、向こう3ヶ月間の需要予測を立てる。正確には月間ではなく旬単位の予測である。それを本社のコンピュータで集計した表が、生産計画立案の基礎となる。

工場の製造工程は大きく3工程に分かれている。正味の製造リードタイムは、製造ロット数量にもよるが、3工程の合計で数日から10日程度だ。ただし多品種を切り替えて生産しているので、顧客から注文をもらってから納入するまで、普通は半月から1ヶ月程度はかかる。しかもしばしば、納期や数量に変更がある。そのたびに、生産計画マンが営業と工場の間をとりもって調整しなければならない。とくに金型に特殊な制約条件があり、スケジューリングには熟練したエキスパートの経験が必要だった。

A社はS社のERPを導入していた。ただ、このような製造特性のため、単純なMRPでは役に立たない。そこでどうすべきか、という相談だった。ついでにいうと、この会社の購入する原材料は汎用的で、工場のすぐ隣の原材料サプライヤーから毎日運んでくることができる。長納期品がないため、材料調達にはあまり悩みがない。

それにしても、受注生産なのに、なぜ需要予測から計画が始まるのか? 受注をもらってから作るのではまずいのか? 答えは、イエスである。

理由は、多品種を切り替えて作るからだ。いや、もっと正確に言おう。数多くの受注(オーダー)を正確にさばかなくてはならないからだ。各オーダーは、品目と納期がキーになっている。工場の生産の効率性からいえば、同種の品目はまとめて作った方が良い。段取り替えも少なくなるし品質も安定する。しかし、そうすると納期に間に合わぬオーダーが出てくる可能性がある。かといってすべてを最早納期のオーダーに間に合わせて作ることは難しいし、仮にできたとしても在庫の山になってしまう。

さらにいうと、A社は全国の顧客をカバーするために東西に複数工場を持っていた。どのオーダーをどの工場に振るべきか。輸送費と納期と切替ロスの間に、複雑なトレードオフが生じる。

これらをうまくバランスさせるためには、予測を含む生産計画が必要になる。オーダーが入ってきた順番に《手なり》で作っていくわけにはいかないのだ。そして、この種のケースで計画の眼目になるのは、生産順序、すなわちスケジューリングになる。

生産計画は見込生産形態をとる消費財メーカーのためのものだ。受注生産の企業には必要ない——そんな風に信じている人も、世の中にはときどきみかける。だが、それは間違いである。そういった人たちは、「生産計画」という言葉を、「計画生産」(=見込生産)とごっちゃにしているのかもしれない。“あたりもしない予測に基づいて計画生産をするより、実需に応じて出荷し、足りなくなった分を補充生産すればいいのだ。必要なモノだけを、必要なときに、必要な量だけ生産する。これがJIT(ジャスト・イン・タイム)の考え方だ”、と主張をする『JIT生産コンサルタント』は、世の中に大勢いる。

別のある企業(B社と呼んでおく)は、こうした主張をそのまま取り入れて、工場のオペレーションを根本から変えようと考えた、という。これはわたしが直に接したケースではなく、伝聞を紹介するのだが、B社が作っているものは部品だが汎用品に近く、品種数は前述のA社よりはずっと少ないようだ。そこで、工場の都合で毎月の生産品目を決め、工場の作りやすいロットサイズで製造し作りだめする方式を長年とってきたらしい。しかし、従来のやり方は「在庫のムダ」が生じ、問題が多い。

そこで、月次サイクルの「計画的な生産」をやめて、販売店で毎日売れた分だけを物流センターから補充することに決めた。物流センターは出荷した数量を工場に毎日連絡し、工場は不足した分だけを小ロットで組立生産して、センターに送り込んでやる。すなわち、工場を「計画なしの受注生産」で動かそうという訳である。正味の製造リードタイムはかなり短いから、やろうと思えばできない話ではない。

これぞ正しいJIT生産のあり方だ! といさんで改革に取り組みはじめたのだそうだ。だが、途中ではたと問題に気がついた。いったい、サプライヤーへの原料資材の発注は、誰がいつ、どう決めるのか。

工場で消費した分だけ、毎日注文して翌日もってこい、といいたいところだ。だが、サプライヤーはそんなやり方にはついてこれない。どこでもそうだが、鋳物屋にも塗装屋にも材料屋にも、それぞれ釜や色替えや素材配合の都合があって、毎日ころころとは切り替えられないのだ。「来月どれくらいの量を納めればいいのか、事前にいってください。そうでないと納期はお約束できません。」あるいは、端的に「この値段ではきびしいです。」——資材部がこの種の抵抗に直面するに及んで、はじめてB社は気がついたらしい。つまり、「ジャスト・イン・タイム生産の実現には、先行内示が必須だ」という原理にである。

周知の通り自動車業界の慣習では、発注側が向こう3ヶ月分の先行内示をサプライヤーに示し、同時に毎日の納入量には「かんばん」(トヨタ系列以外は別の名前を使うが)で調整するやり方だ。かんばんは発注書ではない。一種の分納の指示なのだ。来月はトータルで200個納入してもらう予定だ、とまず内示で告げる。ただ、それだけでは毎日均等に10個ずつ作るべきなのか、上旬に50個・下旬に150個を納めればいいのかはわからない。その量とタイミングは、日々の「かんばん」で伝達されてくる、そういう仕組みだ。

かんばんの受領から納品までのサイクル(納期)はきわめて短い。かんばんを受け取ってから作り始めるのでは間に合わない。だから、サプライヤーは内示を受けて、生産準備に入るのである。また各サプライヤーのサブ・サプライヤーにも内示が出される。

B社は、いわば自社の物流センターと工場との間、また工場とサプライヤーとの間で、この「かんばん」による納入指示の仕組みを動かそうとした訳である。ところが、物流センターは工場に「先行内示」などは出せないし、工場だってサプライヤーに出せない。だから、たとえ自社工場は短納期・翌日即納が実現できたとしても、B社のサプライヤーまではついてこれなかった、という訳である。

では、B社が工場を受注生産型で動かすためには、どうすべきだったか。簡単である。自社で出荷量の予測をたてるしかないのだ。それを元に、部品表と所要量展開をして、サプライヤーに先行内示を与える。これだったら、(その先行内示がある程度ぶれずに信頼できるなら)なんとか動くであろう。

つまり、言いかえれば内示とは「需要予測」のことなのである。こう考えると、じつは最初のA社のケースと相同だと分かる。すなわち、受注生産でも計画が必要で、その起点は需要予測なのである。自社で立てれば需要予測と呼び、顧客から与えられれば先行内示と呼ぶ。ここで大事になるのは精度の高い数量の計画である。

ちなみに、最初のA社のケースでは、この企業自身が一部の大手顧客から「JIT納品」を要求されていた。日単位・納入時刻指定の納入指示票を、直前に受け取る。ただし、先行内示は出してもらえないか、あっても量のブレが大きく、あてにならなかった。

そこでA社はどうしたか。その大手顧客の会社の近くに自分で営業倉庫を借りて、翌月分の需要予測の0.5ヶ月分を、つねに積んでおくよう計画するのである。翌月の需要予測・先行内示が1000個だったら、「用心のために」500個分を在庫にキープするよう、生産するのだ。

わたしはこの話を聞いて、パレット1枚あたり何円くらいの在庫コストになるか、頭の中で概算してみた。バカにならない金額だ。そのコストを、A社は負担している。ということは、もちろん、利益を出すためには、その在庫コストを売値に乗せるざるをえない。だから、「JIT納品」を要求していた大手顧客は、じつは少しばかり高い買い物をしていたことになるのだ。

サプライヤーに対しては、数量をまとめて、予期しやすい納期(余裕のある、あるいは前準備しやすい納期)で発注をする方が、安くなるし品質も良くなる。これは自明の理だ。先行内示とかんばんを組み合わせた本家トヨタの方式は、この原理で成り立っている。そして、この原理にたつ限り、トヨタは自分で需要予測を立て、月度生産計画を回す必要がある。だから、彼らはそうしているのだ。

ただし、トヨタの系列サプライヤーは、自分では需要予測はしない。トヨタからの先行内示がベースとなるからだ。与えた内示に対して、勝手に「0.5ヶ月分」などの余裕率を加味することを、トヨタは嫌う。高コストを招くからだ。だからトヨタは、サプライヤーに対しては「需要予測などするな」と説く。どうも、この点が誤解の元となって、「かんばん方式による受注生産では、計画も予測もいらない」という神話が流布するようになったらしい。

受注生産企業に生産計画が必要な理由を、「多品種(多数オーダー)のコントロール」「サプライヤーへの資材手配の必要」の2点にしぼって説明してきた。

むろん、多品種や資材手配だけが、生産計画の必要理由ではない。一般に、顧客の要求する納期よりも、自社の生産リードタイムが長い場合は、なんらかの事前の用意・手当が必要になる。これが計画の要る所以である。かりに顧客が明示的に納期を定めていなくても、競合関係の中で納期が競争要因になっていたら同じである。つまり、

要求納期 < トータルの供給リードタイム

だったら、生産計画が必要なのである。ここでいう《トータルのリードタイム》とは、自社内の製造リードタイムの合計だけではない。工程間の滞留や輸送の時間も含む(だからA社のように多品種になると滞留による待ち時間が増える)。さらに、生産が常備品在庫だけで間に合わない場合は、資材手配のリードタイムを加えなければならない(B社のケース)。あるいは、資材ではなく要員や金型など、別のリソース手配がネックになる場合も、トータルのリードタイムに加味しなくてはいけない。

逆に言うと、受注生産企業で生産計画が不要な場合とは、
(1) 世界でオンリーワンの製品を作っていて、顧客は行列をなし、どんな納期でも待ってくれる
(2) 工場の製造能力にはふんだんに余裕があり、どれだけ受注が集中してもさばいていける、あるいは
(3) 作る製品はごく少数で、それぞれ専用の製造ラインを持っている
などの条件が満たされる企業である。こういう素晴らしい状況を経営者が作り出しているならば、生産計画担当者などという存在は不要であろう。

以前も書いたことであるが、日本の製造業の9割は受注生産である。見込生産の消費財メーカーが1社いれば、その背後に部品材料のサプライヤーが9社いると思っていい。そして、その9割の受注生産企業も、ほとんどが生産計画を必要とするのだ。なぜなら、たいていの製造業は、じつは確定受注生産と見込生産(需要予測生産)の混合だからだ。一つの製品であっても、下流側は確定受注生産で、上流側は見込生産になる。ただ、その混合の仕方と比率によって、生産計画の主眼が数量の計画になるか、あるいは順序の計画になるかはかわってくるのだ。

では、どのような場合にどんな計画手法が大事になるのか。例によって長くなってきたので、それについては項を改めて、また別に書こう。
by Tomoichi_Sato | 2015-11-18 23:16 | サプライチェーン | Comments(0)

トマト・ケチャップから考える米国のリショア(製造回帰)現象

ハインツ(ヘインズ)のトマト・ケチャップの瓶を見るたびに、“なんて米国的なモノなんだろう”といつも思う。あの、8角形のガラス瓶で、内容量がたしか11オンス(oz)だかのやつだ。わたしの小さな手で握ると、周囲が余る。もっと手のでかい、白人サイズなのだろう。白い金属のふたの下には、広口瓶のような何の変哲も工夫もないネックが現れる。これを手に持って逆さにして振って、ケチャップを出すのだが、なにせケチャップはどろどろしているし、瓶の口は直径が3/4インチ(2cm弱)くらいあるから、振ってもちっとも出ないか、あるいはドバッと出過ぎるか、どちらかなのである。その大ざっぱさがまた、ある意味アメリカ的だ。
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驚くのは、そのシェアの大きさと均質性だ。全米のどこに行っても、食堂ではこれが出てくる(家庭用に樹脂製容器を売り出したのは、何と今世紀に入ってからである)。瓶のサイズも全く同じ。もっといろんなサイズがあっていいと思うのだが、見かけない。ガラスも厚くて、ある種の重みがある。もっと薄手の方が輸送費が少ないはずと思うが、大量輸送で乱暴な扱いにも耐えるよう、強度が大事なのだろう。工場では自動ガラス製瓶機に、同一金型をずらりと並べて作っているに違いない。均一サイズ、大量生産。まことに工業生産向けだ。内容物であるケチャップの味自体、ひどく無個性である。香りも酸味もあまり強くない。

ハインツがどこでこのトマトケチャップを生産しているのか、わたしはよく知らない。一つ頭の体操として、あなたがハインツの社長だったら、この製品のサプライチェーンをどのように設計するか、考えてみてほしい。製造リードタイムを短縮し受注即応、注文があったら、当日製造・翌日配送できるようにするか? まあ、そんなことは考えないに違いない。スーパーの棚に、ずらりと並べておいておける商品だ。当然、見込生産であろう。賃金の安い海外、たとえばメキシコで生産して輸入するか? それも考えにくい。そんなことをすれば、人口の多い東部や西海岸の都市まで運ぶのに、物流費がかかりすぎる。また、この種の食品製造プロセスは一種の装置産業であり、人件費比率はたかがしれいてる。

さらにいえば、ハインツは市場を圧倒するブランド力である。わざわざ安値で売る必要がない。仮にもし参入を試みる業者が現れても、そのときその地域だけ、集中的に安値で売って圧倒すればいいだけだ。こうした王者の戦略を『コスト・リーダーシップ戦略』という。また、そもそも、海外に工場を持っていけば、米国内での付加価値(=製品価格-外部コスト)が減ってしまい、その分はメキシコ国内に移ることになる。つまり米国のGDPが少し減って、その分メキシコのGDPが増えることになる。米国は経済効果をGDPの金額でなく、いちいち「雇用数」で測る国である。何万人分の雇用を創出した、みたいなことを政治家も言いたがる。原料のトマトを含め、全部米国内で生産できるのに、わざわざ海外生産したら雇用が減るではないか。

公的統計によると、米国では2001年に中国がWTOに加盟して以来、320万人の雇用が中国に流れた。その3/4は製造業である。流通販売業には局地性、サービス業には同時性の原理が働くから、海外に移転しにくい。だから、ハインツほど盤石の競争優位性を持っていない製造業が、一番外に流れ出たのだろう。その分、失業率が上がるわけだから、米国政府は苦々しく思ったろうが、個別企業の経営判断なので口は挟めない。その分、利益が上がって税収が入ればいいか、と上は考えるであろう。

しかし、中国・アジアの低賃金国への工場移転が利益をもたらした期間は、思ったほど長くなかった。現地の賃金が上がってきたからである。おまけに、アジアで生産して米国に船積み輸送すると、輸送期間はかるく1ヶ月はかかる。その1ヶ月分、企業は保有する在庫が増える勘定になる。輸送期間が長くなるほど、サプライチェーン内の在庫量は増えるのだ。これは資金的にも重荷だし、需要変化への対応能力をかなり落としてしまう。

(余談だが、在庫管理システムを下手くそなSEが設計すると、自社内の在庫転送にともなって工場Aから出荷し工場Bに入荷するまでの間、よく全社の総在庫保有量が減ってしまうことがある。出荷で在庫を引き、入荷で在庫を足すから、輸送中在庫が消えてしまうのである。しかし、正しくは輸送中だって立派な在『庫』であるから、これが減るようなシステム設計はおかしい)

米国ではすでに、海外生産は再考の時期に入っている。いったん海外に移転した雇用を、国内に戻すことを英語でリショア(Reshore)とよぶ。オフショア(Offshore)の反対語である。"Made in USA News" 2015年10月1日付記事によると、オバマ政権下の2010年2月から2014年5月までの期間に、米国内の製造業は45%成長し、64万6千人の雇用が生まれた。さらに、まだ24万3千人分の求人があるという。これが、製造のリショアの流れの背景にある。

そして米国はすでに、2013年に“転機の年”を迎えた。この年、とうとう米国から海外に移転する雇用数を、米国に回帰する雇用数が上回ったのだ。米国にとって、すでに海外移転と空洞化の時代は終わったのである。このニュースは、今回半月ほど米国に出張した中で、わたしが接した最も驚くべきニュースだった。

リショア=製造の国内回帰のメリットは何か。大きく、4つあろう。まず、製造品質である。日本人の目から見れば米国製品もずいぶん粗放だが、それでも中国や新興国よりはレベルが高い。品質問題による顧客信用の失墜と機会損失は、製造や販売の現場にいる人間は肌身で感じている(ただ問題なのは、それが本社の財務屋の目には見えにくいことだが)。第二は、知的財産権の保護である。知財流出問題には日米ともに頭を抱えている。正直、人の知恵をコピーして何とも思わない連中が、新興国にはあまりに多い。

第三は、先ほど述べたように、輸送中の在庫量がずっと削減できること。これは財務諸表的にも明らかだ。第4は、輸送在庫量の減少にも絡んでいるが、サプライチェーン全体の即応性が上がり、コントロールがききやすくなることだ。これは、需要変動が大きく、競合商品の多い業界ほどメリットになる。前にも書いたとおり、広大な米国ゆえ、人件費の安さよりもむしろ消費地への近接性がカギだ。はるか東アジアから1月もかけて荷物を引っ張ってくるより、米国内で生産する方が利益になるソロバン勘定になる。複数国をまたがるサプライチェーンをマネージしたことがある人は、この即応性のメリットを痛感するだろう。

このようなサプライチェーン観をさらに敷衍していくと、前回紹介したようなDistriubuted Manufacturingのような概念に至るのだろう。複数企業間で、工場の余力を随時取引し、互いに製造や物流を引き受け合って、柔軟性と効率性を両立させる「つながる工場」のシステム。まだ普及はこれからだが、おそらくドイツなども、同じ発想を持って進んでいるのだ。

もっとも、過去5年間で米国内の雇用が増えたのは、いわゆるシェールガス革命によるおかげの部分もあった。オイル&ガス業界はしかし、過去1年間の石油価格低迷で、かなりの痛手を受けた。独立系のシェールガス生産企業は、当初予想よりはかなり長くつぶれずに頑張ってきたが、さすがに生産量が落ちてきている。石油メジャーも、Chevronは7,000人弱を、BPは4,000人を、Shellは7,500人を削減するといっている(いずれも米国内だけでなく全世界の雇用者数)。石油業界の首都であるテキサス州ヒューストンでは、コスト・カットと人減らしの風が吹き荒れていた。

ただし、コインにはつねに表裏の両面がある。石油・天然ガスの値段が安いと、よろこぶ業界もあるのだ。精製された石油やガスを主原料とする化学業界や、電力業界である。あたりまえだが、原料ガスの価格が安いほど、化学製品は利幅が増える。電力会社の中には、火力発電のガス購入価格が安くなったから、コストの高い原子力発電所は廃炉にすると宣言したところまで現れた。

いや、そもそもむしろ、石油業界の方が不思議な業界なのである。どんな製造業だって、普通は原料が安くなれば儲かる。ところが彼らは、原料であるはずの地中の原油や埋蔵ガスの価格が上がる方が、業績がいいのだ。なぜか。それは、彼らの保有する原料の資産評価額が増えるからだ。そして、石油業界は製品への価格転嫁がつねにたやすく行われる。だから原油高=好業績なのだ。しかし他の普通の製造業から見れば、原材料費や電力価格が安くなるほど、競争力が上がるに決まっている。だから(という訳でもないが)わたしの勤務先が米国で現在建設中のプラントは、化学プラントだったりする。

米国におけるリショア=製造回帰の流れが、上記のようなDistributed Manufacturingの動きと結びつくと、サプライチェーンも従来米国で主流だった見込生産的なあり方(Forecast driven)から、より日欧的な受注即応型生産のあり方(Demand driven)へと変化するだろう、と予測する論者もいる。 本当にそこまで行けば、パラダイム・シフトだといっていい。そして企業経営にとって、最も重要な出来事とはパラダイム・シフトのゆっくりした動きである。

最初にあげたハインツのような寡占メーカーにとって、ケチャップ市場への新規参入者はたいして怖くない。怖いのは、「ケチャップという調味料をつかった料理全体の退潮」というパラダイム・シフトなのである。かつて米国を代表する庶民的食い物だったホットドッグは、今では探さないと食べられなくなってきた。ハンバーガーはまだ旺盛だが、健康志向とともに挽肉料理や揚げ物自体が減っている。だとしたら、ケチャップ屋はどこで生き延びるのか。四半期決算の数字以上に経営者が考えるべき点は、市場全体のゆっくりしたパラダイム・シフトなのである。それがどこに向かっているかを察知するには、世界で最も社会変化の先導が起きやすい米国で事業をするのが一番分かりやすい。

わたしは昨年、知人の田尻正滋氏と共同で、“米国こそ工場立地の適地である”という趣旨の記事を書いた。
 →「お知らせ:ITmedia/MONOistに『実は穴場!? 製造業が米国に工場を設置すべき8つの理由』を公開しました」(2014-09-09)参照
 →「なぜアメリカに海外工場を展開しないのか?」 (2014-04-06)
そこで、エネルギー価格・原材料価格・物流コストの安さと言った、比較的自明な利点から、離職率の低さ・機械修理の得意な人材といった(常識的通念とは異なる)利点、そして工場組織における改善やイノベーションへの抵抗の薄さ、などをあげた。こうした利点は、原油価格崩壊後の現在、薄まるどころかむしろ強まっている。

そういう観点から、今後も日系企業による米国進出の好機は続くのではないかと思われる。もちろん、米国社会にだって問題はいろいろある。所得格差、麻薬、銃所持、そして隠れた人種差別など。理想社会というのは、わたしの知る限り、この地上には今のところない。だからこそプラスとマイナス、リスクとチャンスをはかりながら、工場立地を決める仕事が面白いのである。


<関連エントリ>
 →「産業用IoTが実現する(かもしれない)、新しい『つながる工場』のコア技術とは」 (2015-11-03)
by Tomoichi_Sato | 2015-11-11 08:56 | サプライチェーン | Comments(0)

産業用IoTが生み出す(かもしれない)、新しい『つながる工場』のコア技術とは

IoTInternet of Things=モノのインターネット)という言葉は、現代のIT関連業界では最大の流行語だろう。デジタル的に接続可能なデバイスが全て、インターネットを介して通じ合う。そんな世界像から様々な技術や市場が生まれる、という期待感が世の中にあふれている。

その事情は米国でも変わらない。たまたまこの文章は米国ヒューストンのホテルで書いているが、雑誌やWebなどで見てもIoTの記事の注目度は高いようだ。先週もEmerson社(工場自動化メーカーの大手)が新しい顧客提案を発表したとか、SAP社がIoT部門を新設したとか(これはドイツ企業だが)、かまびすしい。

IoTには、スマホなど一般消費者向けデバイスをビジネスにつなげる面と、産業用途としてIoTを利用する面とがあり、後者を区別のためにIIoT(Industrial IoT)と呼んだりしている。調査会社ARCの発行するIIoTニューズレターには、EMCがDellに買収された真の原因は?、という記事があって、IIoTとどう関係するのかと興味を持ってよんだら、Amazon AWSの伸びが高級ストレージ市場を奪ったという話だった。そこまでIoTの話題にするのは、ちょっと牽強付会すぎるんじゃないだろうかと思う。

じっさい、ガートナー社が8月に発表した2015年の「ハイプ・サイクル」の図によると、IoTは今やまさに『過剰な期待のピーク』 にあると位置づけられている。ガートナーのハイプ・サイクル論というは、あらゆるIT系の新技術や新概念は、最初は小さな期待から始まり、ヒットしはじめると急速に注目度が高まるが、それを過ぎると幻滅の谷底に落ち、そこからあらためて着実な現実解へとまたゆっくり成長していく、というモデルである。どうやらIT業界は流行に弱い業界らしく、何かが現れるといったんは救世主の如くあがめられるが、すぐにうち捨てられ、その後ようやく真の普及が始まる、というものらしい。前述の図を見ると、たとえば機械学習(人工知能の要素技術)はすでにピークを過ぎつつある。Hybrid cloud computingは今、谷底に急落中の例であるらしい。

たしかに、産業用IIoTの技術的核心は何かと思って調べてみても、センサーデータをVPN経由でクラウドに送るだけ、みたいなことしかまだ読み取れぬ。クラウドに送れば、あとはビッグデータ・アナリティクスや機械学習など、他のバズワード要素技術が料理してくれる、ということらしい。そして現実の応用例は、現在のところ工場の予防保全に集中している。たしかに、機械の稼働状況をリアルタイムにモニタリングして、いつ部品交換や定期補修を行うべきかを予測するか、というのは実用的であろう。

ただし、言いたくはないが、その程度のことはプラント業界ではもう15年以上前から取り組んできたことだ。わたしが1999年に南米におさめたプラント用MESでも、その程度の保全用機能は実装していた。それどころかプラント全体で数万点の運転計測データを1秒周期に取り込んで、それを2年分圧縮蓄積し、WAN経由でどこのオフィスからでも見えるようにしたのだ。無論、当時に比べればデータ解析技術は進んだろう。しかし、今更どこがビッグデータだよ、という気持ちがどこかある。

この予防保全の話の出所は、GEの回転機モニタリング技術であろう。GEは世界トップのタービン機器メーカーである。こうした産業用大型回転機は、震動検知が重要だ。震動検知は1秒周期どころかミリ秒単位でデータを監視する。監視データはPCでリアルタイム処理して、異常診断に用いる。この分野でトップだったのが米国のBently Nevada社だったが、GEは2002年にそこを買収して傘下に収めた。GEのIoT技術の下回りは、ここが基点になっている。

それはともかく、IoTの産業応用はまだ始まったばかりである。そして、この「過剰な期待」の火に油を注いだのが、ドイツ発の『インダストリー4.0』であった。Industrie 4.0は技術的シーズではなく、産業ニーズから出発した概念である。ドイツらしく製造業が中心だが、流通その他の分野もねらっている。Industrie 4.0はIoTなどの要素技術を元に、"Horizontal and vertical integration"をねらうと標榜している。これは政府主導のイニシアチブだが、背後にはドイツ大手企業でGEのライバルであるSiemens社と、ERPで世界を制覇したご存じSAP社が控えている。ちなみにSiemens社の強みとは、PLCのデバイスレベルから火力発電装置まで、世界的技術を垂直統合で持っていることで、ここがGEや日本企業に欠けている点だ。

さて、この動きを見てあわてたのが、われらが経済産業省である。そもそも工場の海外移転を「グローバル戦略」の美名で奨励してきた上に、“もう日本は製造業の時代じゃないし”みたいなことまで内心思っていたフシがある。日本は頼みの電機業界が惨憺たる有様で、あとは自動車業界ぐらいしか世界的な競争力がない。ところがドイツ政府は新しい概念をひっさげて製造業を強化し、EUを束ねようという勢いである。そしてドイツの製造業は、自動車のみならず重電・化学・産業機械などの分野で相変わらず強い。週35時間しか働かないし夏休みはたっぷり取るくせに、何だこの差は!?--と霞ヶ関の人達が思ったかどうか知らないけれども、政府としても何らかの対抗策が必要である。そのキーワードに、Horizontal and vertical integration=製造の垂直・水平的な連携統合、すなわち「つながる工場」が浮上してきた訳だ。

ところでGoogleで「つながる工場」を検索すると、最初に日本機械学会の研究分科会が出てくる。このリーダーは法政大学の西岡靖之教授だが、この6月に経産省のバックアップもあって、「Industrial Value Chain Initiative」(略称IVI) という標準化のためのコンソーシアムを立ち上げられた(ここもGoogle検索ですぐ下に出てくる)。企業メンバーはトヨタ・日産・ソニー・富士通・三菱重工、とそうそうたるものである。そしてこの配下で20のプロジェクトを動かし、提案している日本版インダストリー4.0としての「つながる工場」IVI標準モデルを実証していくことになっている。このIVIという略称、よく見ると製造(Manufacturing)のMの文字になるのだが、実はここがドイツのIndustrie 4.0研究の日本の公式なカウンターパートの一つになっている。

西岡靖之教授は、じつは昔からの知人である。わたしが現在、法政大学デザイン工学部で講師としてプロジェクト・マネジメントを教えているのも、西岡先生のご縁による。西岡先生は革新的生産スケジューラAPSの研究者でもあり、APSを他のAPSや基幹系システムと連携するためのXMLベースの標準言語仕様「PSLX」を開発されてきた。そして、PSLXの普及のために、「ものづくりAPS推進機構」(略称APSOM)というコンソーシアムを立ち上げられたのだが、わたしはそこの理事でもある。APSOMもまた、IVIのリエゾン団体になっている。

では、「つながる工場」=製造の垂直・水平的な連携統合とは、何を意味するのか。ここから先は、IVIの孫引きではなく、わたし個人の考えになる。

工場の水平垂直連携と言っても、それには三つのレベルがあるはずだ。まず一番下の層として、機械・装置・センサー間のレベルの統合である。次に中間として、部門間ないし同一企業の工場間のレベルにおける統合がある。そして最上位に異なる企業間レベルの統合があると考えられる。ただし、企業間レベルの統合というのは、単なる受発注の関係や、製造委託を指すのではなく、生産計画レベルでの連携調整がなされている状態を指す。

次に区別しなくてはいけないことがもう一つある。それは対象とする工場の生産方式が、ディスクリート型かプロセス型かの区別である。この二つの生産方式によって、実は連携の仕方が大きく異なるからだ。わたしの勤務先が得意としている、いわゆる「プラント」(石油・ガス・化学・発電など)はプロセス系の産業に属する。そしてプラントというのは、機械・装置レベルにおける統合が非常に発達している。それはプラントが『密結合』なシステムだからだ。これに比べて、機械加工組立系のディスクリート型工場は、どうしても工場全体が一種の『疎結合』なシステムになっている。なぜ、プロセス系の工場が密結合になるのかの説明は、長くなるので今回は省略する。

そしてもう一つだけ考えるべき因子がある。それは文化的な違い、ないしは物づくりに対するとらえ方の違いである。典型例として、日本とドイツをとろう。

ディスクリート型工場で活躍する工作機械、その制御盤に入っているシーケンサーには、当然ながらCAD/CAMのプログラムを送り込んで動かすことになる。ところで「ものづくりAPS推進機構」の研究会で最近知ったことだが、日本ではその制御盤の通信インタフェースは、いまだに何と、RS232Cなのだそうだ。このようなシリアル通信をいまだに使っている理由は定かではないが、ともかく、このために各工作機械が、具体的なワーク(加工対象)のどこを削っていて、全体の切削加工の進捗はどれほどで、いつ加工が終わる見込みなのか、監視するのは技術的に簡単でない。

ところが聞くところによるとドイツでは、この工作機械の制御盤に対するインタフェースがデジタル化され、さらにオープンな業界標準化されているらしい。このため、どのワークを今どこまで削っていて、いつ終わりになるのか、といった製造作業の状態監視がリアルタイムにできるようになっているらしい。日本で工作機械の制御盤を作っているのは、事実上たった一つのメーカーなのだが、多くのユーザーが要求すれば、もっと標準的で高速なデジタル・インタフェースにかえることが技術的に難しいとはとうてい思いがたい。したがって業界全体のこの差は、すなわち使うユーザー側の意識レベルの差だと解釈せざるを得ない。

以上を元に、ざっくりと対比してまとめてみたのが、次の表である。
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機械・装置・センサー間レベルでは違いが明瞭である。部門間、同一企業の工場間については、日本は(一部の優秀な企業を除いて)一般に壁が高く、サイロとサイロの間に在庫の山がある状況だ。ドイツはどうかというと、これは証拠がなく印象論なのだが、あの国の企業もずいぶんと縦割りになっているが、まあ本社権力が強いので、多少はマシという程度ではないか。ただプロセス系では、国がどこにあるかを問わず、かなり連携がとれている。

異なる企業間の連携について言えば、日本では例は殆ど聞かない。唯一の例外は、自動車業界の「かんばん方式」的なPull型システムで、それは(系列にもよるが)それなりに機能している。ドイツは、わたしは分からない。ただ、米国では日系自動車会社でさえ、カンバンではなく週次確定オーダーで動かしているから、ドイツも似たようなレベルだと想像する。

ところが、プロセス系には昔から「つながる工場」の実例がたくさんある。『コンビナート』とよばれる工場群がそれである。原料・中間品や水素、ユーティリティまで、お互いに配管で結んで融通し合っている。垂直連携の実例を見たければ、化学工業を見ればいいのだ。

では、そもそも製造業における水平・垂直連携とは、どのようなメリットを業界にもたらすのだろうか?

それは、より機敏で柔軟性の高いサプライチェーンの実現という言葉につきよう。部門間連携で考えてみれば分かる。生産・販売・物流の部門間が「つながらない」メリットとは、各部が自律分散・局所最適化で動けることである。そのかわり、在庫の山と部門の壁(非効率)が生じやすい。「つながる」メリットはその逆だ。つまり、在庫削減とリードタイム短縮を同時に実現したかったら、部門間連携は必須なのである。そのかわり、会社の中に中央管制塔が必要になる。トヨタがその良い例である(これについては下記リンク参照)。

同じ事は、企業間連携でも言える。現状の日本の、いや、米国やドイツを含む殆どの国のサプライチェーンは、企業間の、広域的でオフラインで非同期的な「発注と交渉」によって調整されている。つまり疎結合である。サプライチェーンの需給調整のキーとなるのは、価格と在庫の圧力であり、つまり市場原理を介したゆっくりした受動的な調整になる。必然的に、大量見込み生産と値引き交渉こそが利益の源泉、との発想に人を導く。

他方、密結合のシステムでは、需要と供給の推移予測に基づく能動的な制御が可能になる。すなわち地域的でオンライン的で同期化された、ダイナミックな連携の姿である。そこでは需要と供給の可視化と、変動に即応するリアルタイムなスケジューリングが利益の源泉になる。企業間がつながるメリットは、日本の自動車産業である程度実証済みとも言える(ただし電子化はまだこれからだが)。あるいはDellのBTO方式をあげてもいい。Dellはサプライヤーの製造工程まで監視しているが、これはつまり供給予定と生産余力を見ているのである。

疎結合と密結合の違いは、首都圏の人にとっては「湘南新宿ライン」を例に取ると分かりやすい。以前は東北線・高崎線・東海道線・横須賀線そして埼京線が別々のラインとして非同期に動いていた。そこには必然的に「乗り換え」という手間が発生した(サプライチェーンで言えば工程間の在庫に相当する)。それを連結し、また山手線東側(上野・東京)に集中していた物流を西側にも分散することによって、需給のミスマッチを防ぎ、顧客の利便性を向上したのである。

そのかわり、密結合にしたことによって、一箇所の事故や故障がライン全体の停止につながるケースが増えた。水平連携することで、以前は「在庫に隠れていた」問題が水面上に浮かび上がってきた、とも言える。密結合なシステムは、各要素の高信頼性と共に、コア部分の冗長化・複線化が必要なのである。そしていうまでもなく、各サブシステムが、透過的に中央管制塔から見えていなくてはならない。

従来、企業間連携が止まってしまったのは、この透過性が壁になったためである。各社が隠そうとしたという面もあるが、上で触れたように、そもそも工場内でも機械レベルで何がどう進行しているのかよくつかめていないのだ。

産業用IoTという新しい技術は、このような工場間のダイナミックな連携を可能にするイネーブラーとして、大きな潜在的価値を持つとわたしは考えている。今後、企業系列の枠を超えて、サプライチェーンが水平・垂直連携する姿が広がるだろう。工場が互いに製造委託を拡げ、生産余力を取引する時代へと進だろう。こうした構想を、Distributed manufacturingとよぶ。

いずれ遠からぬ将来、工場内がデジタル的に可視化されていないとモノが売れない時代が来るかもしれない。そうなると、工場の(本来の意味での)プロセス・システム・エンジニアリングが必要になるだろう。疎結合と局所最適な工場の時代は終わりが来るのだ。では、そのような「プロセス・システム・エンジニア」という技術職種を組織的に抱えている業種はあるのだろうか?

それは、すでに存在する。それはエンジニアリング会社とよばれる業種だけだよ、というお話でした。


<関連エントリ>
 →「トヨタのグローバル・サプライチェーン・マネジメントを理解する鍵」 (2015-07-01)
by Tomoichi_Sato | 2015-11-03 13:00 | サプライチェーン | Comments(1)

なぜ生産管理システムはちゃんと機能しないのか

ずいぶん刺激的なタイトルではある。まるで佐藤は、生産管理システムを作って販売している大手の全ITベンダーを敵に回しているようではないか。だが、趣旨はまったく逆である。生産管理システムを使おうとしているユーザ企業(つまり製造業)の無意識に持っている前提や期待が、現今の生産管理システムのよって立つロジックとかけ離れている点を指摘しよう、というのがねらいだ。そうして、もっとユーザが不満を持たずにちゃんとITツールを使いこなせるようにできたら、と思ってこの文章を書いている。

もっとも、こう書くと今度はユーザ側から、「滅多なことは言わないでくれ。ウチはちゃんと生産管理システムを使っているぞ」と反論されるかもしれない。とくに結構な金額のソフトウェアを購入した現場ほど、そうであろう。社長に導入効果を聞かれて、いや、まだうまく動いていませんとはまさか答えられない。

経営者の側だって同じである。「はい、当社は最新式のシステムを工場に入れましたので、これでコストダウンと在庫削減を確実にはかれます」と、外部に説明しているはずだ。多少まだ運用でごたごたしている部分はありますが、それは入れたばかりで現場が慣れていないからです。——こんな説明を社長が顧客や銀行にしている最中に、「いや、もう導入から半年もたっていますが、計画系の機能は使えてません」なんて、口を挟めるはずはない。

その通り、たいていの現場ではシステムは使えているし、使っているのだ。ただしそれは、伝票印刷システムとして、である。今日の多品種化した工場では、よほど零細規模でもない限り、手書き伝票だけで全部を回すことなど無理である。だから工場では、製造指示書も、購入伝票も、発注伝票も納品書も、全部プリントアウトされたものを使っているはずだ。

あるいは半期ごとの生産実績集計表(よく「管理帳票」と呼ばれている)もシステムから出てくるかもしれない。製造原価表だって、出しているところは少なくないと思う。つまり、管理系機能も使っているわけだ。もしかしたら、半期ごとの棚卸し伝票も出力してくるかもしれない。ここまでくれば上出来である。なぜなら、きちんと在庫管理機能まで使えていることの証明だからだ。指図系、管理系、原価系、そして在庫系機能——十分、使いこなしているではないか。だったらなぜ佐藤は、こんな喧嘩をふっかけるようなエントリを書いているのか。

なぜなら、それだけでは「ちゃんと」使えていることにならないからである。今日の主流の生産管理システムには、MRP(Material Requirement Planning = 資材所要量計画)と呼ばれるロジックが中核に組み込まれていて、それによって生産を最適化しようとの狙いで設計思想ができあがっている。生産の最適化とは何か。それは、最小の在庫で、納期遅れのない生産を実現し、なおかつ製造原価も最小に抑える、というものである。

そのような設計思想に合致した形でシステムを運用して、実際に「これこの通り、システムの指示するとおり作業を進めたおかげで、毎年みるみる在庫は減って工場内は倉庫もスカスカ、納期遵守率は99.7%で、かつ製造原価率も60%を切りました!」というなら、たしかに『ちゃんと使っている』。

だが、もしそうでないなら——つまり、実際の作業順序の指示や調整は人間系でやっていて、欠品は多いのに在庫品は通路まではみ出し、納期遅れが頻発、サプライヤーへの臨時督促も年中で、全員へとへとになるまで働いてるのに「ウチは高コスト体質でこまる」と営業や経営者に言われているのだとしたら。その場合、どこかで、何かがズレている訳だ。そのズレは、どこから来るのか。それは(工場外の連中が胸の中で思っているように)工場の従業員が無能だからか、それとも別に原因があるのか? という話なのである。あー、イントロが長い(^^;)。

MRPのロジックとは大まかに言えば、各製品ごとに、最終納期と納入数量と手持ち在庫量から逆算して、工程別の製造作業や材料購買の最適数量と着手タイミングとを決め、その生産スケジュールに従って指図書や発注書を発行して現場を動かす方式である。ロジックが具体的にどのようなものかは、すでに解説も書いたし、あるいは自著でも細かに説明しているので、そちらを参照してほしい。
 <関連エントリ> 「MRPとは何か」 (2008-05-15)
 <著書> 佐藤知一・山崎誠著「BOM/部品表入門
    佐藤知一著「革新的生産スケジューリング入門

では、MRPの計画系機能が使えないとは、どういう事象を言っているのか。簡単である。実行できない生産指示が出てくるのだ。たとえば、製造機械の能力ではとうてい処理しきれない量の指示が出る。あるいは、機械が故障で止まったのに指示が出てくる。さらに、サプライヤーからの納入予定が遅れていて(あるいは品質欠陥が出て)材料が欠品しているのに、作れという指示が出てくる。さらに、前工程の完了から次工程の着手指示までがひどく間延びした間隔になっていて、仕掛品の置き場にこまる、などなど。しかたなく、製造指示は伝票としては出しておくが、その着手タイミングは別途、人間が判断したりExcelで線を引いたりして決めなければならない・・では、なぜこのようなことが起きるのか?

イントロが長かったから、先に結論を言おう。多くの企業がMRPをベースとした生産管理システムを《ちゃんと》使えていないのは、実は工場の努力が足りないせいではない。納入したITベンダーが、仕事を間違えたからでもない。MRPの最適化ロジックの根幹を活用するための条件を、当の工場も、販売(営業)側も、そして経営者のブレーンであるはずの会計部門も、理解していないからである。もう少し言えば、MRPがよって立つロジックの背後にある前提条件と考え方が、今日の多くの国内製造業の期待と合わないからだ。(米国の製造業にはちゃんと合っていて、事実グローバルにMRPを使っている企業も多い)。

MRPのロジックの前提とは何か。それは、三つの原則からなる。

第一は、「バックワード・スケジューリングの原則」である。最終納期からさかのぼって(バックワードで)着手タイミングと正味所要量を計算する。これは納期遵守と、過剰在庫削減を目指したロジックだ。必要なモノを、必要なときに、必要な量だけ、生産する。いいかえるならばジャスト・イン・タイムである。

第二は、「経済的ロットまとめの原則」である。これは原価低減をめざしたロジックだ。経済ロットとは別名、Wilsonの経済ロット数量ともいう。機械にはどうしても品種切り替えに伴って、段取り替え作業が必要になる。これは1個作ろうが1000個作ろうが、同じロス時間(つまり切替コスト)が発生する。そういう意味では、1000個まとめて作った方が得なのだが、そのかわり1000個分の保管スペースのコストが大きくなる。そこで、切替コストと保管コストの合計が最小になるようなロットサイズで作るのが一番経済的だとわかる。これを計算するのがWilsonの経済ロット公式である。部品材料の調達においても、似たような関係が成立するので、経済的発注ロットで買うのがコスト最小となる計算だ。

そして第三の原則が、「計画生産の原則」なのである。製造業は計画ありき。計画性のある物作りが重要との考え方だ。作るモノが毎日猫の目のように変わるより、生産計画に従って粛々と準備し手配し作業する方が、生産効率は高まる。そこで、MRPの場合では、製品単位で期間別の生産数量を決める(これを基準生産計画:MPS = Master Production Scheduleとよぶ)。そして基準生産計画をきちんと守るよう、生産側と販売側が対等な協力をする。

さて、上記の三つの原則には、それぞれ裏面がある。バックワード・スケジューリングの着守備計算をするためには、各工程における「標準リードタイム」という固定値を設定しなければならない。この標準リードタイムを決める仕事は難物だ。なぜなら、リードタイムは作る数量や、その時点の工程の混み具合に依存するからだ。いや、その前に、製品から各部品の製造指示に展開するためには、部品表(BOM = Bill of Material)のマスタデータが、計画時点できちんと完備していなければならない。だが、細かなオプションや顧客の個別仕様がある製品は、受注時点では部品表が細部まで決まり切らない。

「経済的ロットまとめの原則」とは、いいかえるなら、必要最低限よりもたくさん作りだめする、という意味である。今月納期の注文が10個、来月納期の注文が10個あったとする。経済的ロットサイズが20個だったら、来月の分もまとめて作る。とうぜん、10個は1ヶ月間、在庫になる。「余計な在庫」ではないが(来月には出荷される)、棚を占有するのは事実だ。材料発注についても同様。

「計画生産の原則」の裏面とは、つまり特急の注文や割り込みには対応しない、という意味だ。MRPでは「計画のタイム・ホライズン」という考え方をする。これは、向こう2週間なら2週間、計画をフリーズ(固定)して、一切の追加変更を許さない、という期間だ。顧客が泣きつこうが脅そうが一切お断りする。また、計画外の突発的事象、たとえば機械の故障やサプライヤーの納期遅れによる欠品なども、考慮しない。計画サイクルが一巡したら、その期間内に完了できなかった製造指示や仕掛品リストを、次回の計画にとりこむ。このときやっと、「もう一度やり直せ」という指示が出るのである。

MRPのロジックにはこうした不都合があるのに、本家の米国では、なぜ動くのか。それは、MRPを運用するための知恵ないし習慣があるおかげだ。それは、まず長目の「タイム・バケット」設定だ。タイム・バケットとは計画における最小時間単位で、日でも週でも、あるいは時間でもいい。とにかく、そのバケットの中は均等とみなす。たとえば週次バケットの場合、月曜日にやろうが金曜日になろうが、区別しない。そこで、バケットを長目にとることで、生産量の特定日への集中を避けて平準化をはかるわけだ。故障が起きてもその間に直せばいい。リードタイム設定も、比例して長めになる。

アクション・メッセージも、もう一つの運用上の知恵である。たとえばサプライヤーからの納入遅れがあり、欠品が予測されるときには、「納入を1週間早めるように督促せよ」といったメッセージが、システムから自動的に出される。こうして計画と現実の乖離を防ぐわけだ。

そして、安全在庫の確保がある。もともと、ロジスティックスの補給線が長い大陸のアメリカ人は、欠品という事態を反射的に嫌う。そこで、たっぷりと安全在庫を持つ。これと、経済的ロットまとめとが相まって、工場内ではめったに欠品が起きないようになっているのだ。だから、BOMも細かな購入部品までは設定管理する必要はなくなる。

ところが、上記の前提は、日本企業ではほとんど無意識に否定される。保管コストの高い日本では、経済的ロットサイズはかなり小さくなるため、むしろ段取り替え時間の短縮が志向される。「在庫=ムダ」というドグマの浸透によって、安全在庫も極小化される。欠品が起きても、電話一本で翌日にはサプライヤーが持ってきてくれるのだ。

そして何より、数日間の短納期しか許さず、しかもつねに気が変わりやすい顧客の存在。これに追随することが、いつの間にか営業部門の至上命題になっている。また、目に見えるコストの計算には細かくこだわるくせに、そうした「臨機応変生産」が隠れたコストを生じていることには無頓着な会計部門の存在。かくして、わたし達の社会では、MRPベースの生産管理システムの計画系機能は「使えない」という烙印を押されることになる。

だが、それは「使えない」のではなく、「どんな使い方に向くのか、よく知らない」のである。
たとえていえば、アメリカ製のダンプカーか巨大トレーラーで、日本の街角の狭い小路をちょこちょこ運ぼうとするようなものだ。もちろん、うまくいくはずはない。もし宅配便のような小口搬送を時間指定でしたければ、トラックを小型に変えて(小ロット化)、回転半径を小さくし(段取り最小化)、かつ高精度なカーナビ(生産スケジューラ)を使うなどの工夫がいる。

じっさい、生産管理システムの計画系機能とは、車のカーナビのようなものである。自動車で移動する場合は、どういうルートを取るか、どんなスピードを出すかで、コスト(燃費)も納期(移動時間)もほぼ決まる。だから、いかに賢いルートを見つけるか、またルートから外れたり、交通規制がかかったりした際に、代替ルートをすぐ見つけられるか、がポイントになるのだ。

生産管理システムの、指示帳票系機能は、いわば車のハンドルやブレーキに相当する。たしかにこれがなければ車は運転できない。だが、一応運転できたからといって、人の判断が最善のルートである保証はない。また実績管理系機能は、車の走行キロを示すメーター類に相当する。あった方がもちろんいい。だが、それは過去を示すだけだ。これから先、どの道を通るべきかは教えてくれない。

ただ、MRPの計画系機能は、たしかに日本の現場要求から見ると、大ざっぱすぎる。なんだか新幹線の路線図を見ているようだ。GPSを積載した最新型のカーナビに相当するのは、先進的生産スケジューラ(APS = Advanced Planning & Scheduling)である。

そして日本は、幸いにもAsprovaFlexscheをはじめ、PC上で動作する優秀な生産スケジューラ製品がいくつもあって、世界のこの分野をリードしているのだ。もしMRPだけでは不便なら、車にカーナビを乗せるように、生産管理システムのパッケージに、生産スケジューラを組み合わせて使えばいい。ずっと目の細かい制御ができるようになる。むろん、そのためにはマスタデータの整備から、営業との納期回答の取り決めまで、いろいろと知恵を絞る必要はある。だが、すでにそこに道具立てはあるのだ。あと必要なのは、経営者の理解と、現場の勇気である。
by Tomoichi_Sato | 2015-10-07 07:20 | サプライチェーン | Comments(0)

在庫のデータ構造を考える

「わたし」は新米のエンジニアである。最近、先輩からオフィス備品類の在庫管理を手伝うようにいわれた。ペンだとかノートだとかフォルダとかいった文具類が中心である。これまである意味、ルーズな管理だったが、経費節減の折、きちんと在庫数量を管理した方がいい、と部長が方針を出したとのことだ。今まで、各人が勝手にネットからモノを注文して取り寄せ、請求伝票だけが部の庶務係に回される。これをやめて、部で必要数量を考え、集中的に購入し、部のキャビネに保管しておく。そして各人が必要時に庶務係に申請して受け取る、という管理方式にかえることになった。その、キャビネの在庫管理の仕組み作りが、「わたし」の仕事だ。

在庫管理の仕事ははじめてだ。だからいきなり部の仕組みを作り始める前に、たとえば自分の家のモノを在庫管理するとしたらどうするかを考えてみることにした。題材は何でも良いが、出入りの多い食べ物にしてみよう。

在庫管理というのだから、何よりもまず、「在庫の表」が必要なはずだ。何が何個ある、そういう台帳のようなものだ。そのイメージは、表(1)のようにするのが良さそうだ。まず、品番がある。次に品名が来る。そして在庫数量と、数量単位だ。ここでは、いろいろなモノに品番をふって管理するのがポイントだ。たとえば「玉ネギ」ならば品番A12がといった風だ。こうすると、いかにも“プロが管理してる”っぽい感じがするではないか。うん、これがいい。

ところで、この表の中では、品番と品名は一対一に対応している。していないとこまる。同じA12が、ある行では「玉ネギ」で、別の行では「ほうれん草」では何が何だか分からなくなる。ということは、品番と品名の関係は、別の表で管理して、両者を関係づけるのが良さそうだ。つまり、在庫量のデータを表す(2a)「在庫テーブル」と、品名を登録する(2b)「品目マスタ」である。こういう風に、依存関係が混乱しないように独立させるやり方を、『正規化』と呼ぶんだと先輩が言っていたな。ま、この程度は初歩だよ、ワトソン君。
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ん? でも、ちょっと待てよ。考えてみると、同じ食べ物でも、家の中の置き場所はいくつかあるな。まず、冷蔵庫。それと冷凍庫か。一方、物置に近い場所にストッカーもあって、腐りにくい野菜類はそちらに置いたりもしている。うーん。じゃ、在庫テーブルには、保管場所の欄も必要らしい。同じ品番が、複数の保管場所に存在することもあるからな。となると、本当は台帳は(3)の「保管場所別在庫テーブル」みたいな形をしているべきなのか。そして、(2a)の「在庫テーブル」は、それを集計サマリーした結果の表ということになりそうだ。うむ。これでいいだろう。
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「わたし」はリラックスしようと思い、冷蔵庫からジュースの1Lパックを取り出し、コップについだ。そして無意識のうちに、このジュースはいつ買ったかなと、パックの賞味期限を確認した。そのとき、ふと自分が大事なことを一つ見落としていたことに気がついた。

在庫量というのは、日々、変動しているではないか。たとえばこのリンゴジュースも、自分が買ったときには1リットルあったが、飲んでいくうちに少しずつ減っていく。ただ、それを毎日まさか測ったり確認したりはできない。だって手間がかかりすぎるもの。ということは、在庫数量のデータを台帳に登録したら、その登録日も同時に記録しないとまずいのだ。となると、あるべき台帳の姿は(4)の「保管場所別在庫テーブル・登録日付き」みたいなイメージになりそうだ。
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これでいいのだろうか? なんだか「わたし」は少し自信がなくなってきた。そもそも、部の備品を管理したいんだったよな。庶務係がまとめて注文を出す。文具が会社に届く。それを部のキャビネにしまう。各人が、たとえば「わたし」が、ペンを必要なときに、庶務係に伝票を書いてペンを1本払い出してもらう・・。

そうすると、ペンの在庫量のデータというのは、いつの時点で登録するんだろう? キャビネの中にペンが何本はいっているのかを登録するのは、ペンが文具屋さんから到着したときなのか、それとも各人に払い出すときなのか・・。

「わたし」は急に、驚くべき真理に気がついた。いや、革命的なアイデアと呼ぼうか。「在庫は登録すべきデータではない!

業務のプロセスを考えてみると、実際に人が把握しているのは、保管場所にモノが出入りする数なのだ。保管場所にいくつモノが入っているか、ではない。表(5a)の入出庫テーブルを見てほしい。家の食べ物の例で行くと、たとえば8月12日に玉ネギを1個、冷蔵庫に入れました。結果、冷蔵庫の中の在庫量は1個になりました。さらに14日に、八百屋から6個、玉ネギを買ってきてストッカーに置きました。結果、ストッカーの在庫は6個になりました。ところが翌日、冷蔵庫から1個、出して料理に使いました。すると冷蔵庫の中はゼロ個になり、今度は20日にストッカーから1個、玉ネギを取り出して冷蔵庫に移しました・・

自分たちが把握し、きちんと登録すべき実体は、入出庫のデータであって、在庫量はそこから計算で導出されるデータなのだ。そして入出庫の種類は、供給による入庫、消費のための出庫が基本だが、ある保管場所から別の保管場所に移動するための入庫と出庫もある。移動の場合、全体の在庫量は変化しない。
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そして、考えてみると、部の備品在庫量も、月単位の記録が必要になりそうだ。そのためには(5b)のような「月別在庫サマリーテーブル」を、(5a)から計算して作成すればいい。表には月初材料量と、最新の在庫量を、それぞれ日単位で集計して更新する。過去の月については、最新在庫量=月末在庫量、ということになる。じつにスマートじゃないか。ああ、自分はなんて優秀で頭が良いんだろう!「わたし」は仕事の進み具合に満足した。

これで完璧だろうか? もう、見落としていることはないか?

慎重な「わたし」は、もう一晩だけよく考えてみることにした。そして夕食のために豚肉の玉ネギ炒めを作っているときだった。なぜか冷蔵庫に玉ネギが見当たらないのだ。たしか残っていたはずなのに。わたしは冷蔵庫の中をひっくり返し、中身をほとんど空っぽに出して探したところ、ようやくケースの後ろに引っかかって、つぶれかかった玉ネギが見つかった。あーあ、これじゃ食べられないや。

そしてなぜかふと、自分が研修のために工場見学をしたときのことを思い出した。その工場では、ちょうど資材倉庫で「棚卸し作業」というのをやっていた。半期に1回の作業ということだった。部品類を全部棚から出して、数を数え直すのだ。なんでそんなことをやるのですか?とたずねたところ、「帳簿の数と現物の数が合っているか確認しているのさ」、という答えだった。「そして、傷んだり古くなって使えない部材は捨てるんだ」と。

部の備品キャビネでも、同じ作業をやらなければいけないかもしれない。棚卸しかあ。そのデータは、どう扱うんだろうな。「わたし」は(6)のような「棚卸しテーブル」を想像した。品番と、保管場所ごとに、棚卸し作業日を決めて、確認できた在庫量、そのうち廃棄すべき数量を入力する。結果として現在庫数量が導出される。

でも、もしかしたら棚卸しというのは、入出庫の一種として扱うこともできるかもしれないな。でもまあ、作業のサイクルが別だから、別の表にした方が便利かもしれない・・。
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せっかく夕方に感じた自信と高揚感が、夜のうちに傾きかけたばかりではない。翌朝、「わたし」はもっと面倒なことに気がついた。工場では確か、「ロット管理」というのをやっていた。これ、部の備品でも必要になるだろうか? 工場でなぜロット管理が行われているかは、一緒に見学に行った同僚の質問に、工場の人がこう答えていた。「不良が見つかったとき、それがロット固有の不良ならば、そのロットだけを破棄すればいい。もしロット管理していなかったら、全品を検査して破棄しなければいけない可能性が高まる」と。

まさかペンやノートにロット管理が必要だとは思わないけれど。でも、もしロット管理が必要だったら、(7)のような「ロット別受払テーブル」がいるんだろうか。それを集計サマリーして在庫量のデータを作るのかな。でも、ロットがいつもひとまとめで扱われるとは限らない。ロットの中から一部だけ払い出したら、それはどうするんだろう。それと、もしかりにロット不良が出たら、それは在庫量のデータとしてはどう扱うんだろう・・「わたし」は頭がくらくらしてきた・・

・・というのは、むろんフィクションである(最初から分かっていたと思うけど^^;)。ただ、この例を通して、在庫のデータモデルについて、いくつか教訓を学ぶことはできる。

(1) 在庫は実体データではない。入出庫から導出されるデータである。
(2) 在庫量は日時と紐づいてはじめて意味を持ち、通常はその履歴も必要だ
(3) 在庫管理には棚卸し業務が必須である。(棚卸し業務を経てはじめて実在庫量が確定し、それが収支決算のベースになる場合も少なくない)
(4) 在庫をロット管理する場合もある。

そして、この新米君のケースでは省略したけれども、在庫金額(=単価×数量)、消費期限、シリアル番号、引当処理と有効在庫、品質検査結果による減損やロットアウト、倉庫間移動などなど、数々の業務要件があるのが普通だ。また、例に挙げたテーブルだって、まだまだ改良すべき余地もある(長くなるからもう書かないが)。だから、たかが在庫管理システム、などとあなどると、結構痛い目にあうこともある。在庫管理は奥が深いのだ。

世間で言うモノの管理(わたしの用語では、マテリアル・マネジメントないしマテリアル・コントロール)というのは、なぜか会社の中で単純業務と軽んじられるケースがある。モノを設計したり加工したりする方が本質だ、と思う人々や、お金の管理の方がずっと大切だと信じる人々などに囲まれて、仕事をしている。そして、在庫量は見えて当たり前、在庫はちゃんと管理できて当たり前、みたいに扱われたりする。このような風潮は、少しは反省されてしかるべきだと考える。そういったマインドセットのまま、自社のサプライチェーンが国境を超えて広がると、あっという間に仕事のプロセスが混乱してくるのは目に見えている。

それと同時に、在庫データを扱うシステムについて、システム屋さんたちももう少し腕を磨いたらどうかと思うことがある。上の例でも分かるとおり、ちょっとした在庫管理でも、それなりのエンティティとリレーションの組立が必要になるのだ。むろん、こうしたデータ構造の問題に決まった『正解』はない。データ・モデリングという仕事は、客観的・科学的な面もある半面、どうすればエレガントで美しく作れるかという、技芸(英語で言うArt)の面も併せ持っているからだ。そして、この両面を磨くのに、在庫のデータモデルほど、格好の例題はないと思うのである。
by Tomoichi_Sato | 2015-08-30 22:26 | サプライチェーン | Comments(0)

広域サプライチェーンのためのPSI(生産・販売・在庫)計画と、その立案手法DRPとは

ときどき感じるのだが、「広域」という言葉でどれほどの距離をイメージできるかは、その人の育ってきた社会によって、かなり異なる。もう20年以上も前になるが、はじめて北海道の帯広から札幌まで、夜、鉄道で移動したことがある。特急で確か5時間程度の距離だったと思うが、途中、かなりの間、両側に全く人家のない漆黒の闇を走る。窓の外に見えるのは、車内灯からかすかに照らし出される大きな蕗の葉ばかり。まことに広漠な大地という感じで、都市に近づき人家の光が見え始めると、どこかほっとする。北海道の人は内地の人よりも大陸的だ、といわれるのも当然かな、と思った(古い世代の北海道人は、今でも本州以南を「内地」と呼ぶ)。

しかし、その北海道人だって、シベリアの鉄道や、北米の横断道路などを何日も何日も走り続ければ、「広域」とはこういう意味かと思うに違いない。たしか50年代の米国映画「ジャイアンツ」だったか、テキサスっ子が東海岸から花嫁を連れて故郷に戻る際、鉄道がテキサス州境を超えたので「もうすぐつくわね」と花嫁がいうと、「いや、まだあと二日かかる」(Two more days.)と男が答えるシーンがあったと記憶する。列車であと二日。この距離感は、ただ飛行機にのって一気に飛んだだけではピンとこない。

これだけ広大だからこそ、米国人は、いや米国に限らず大陸の人間はおおむね、補給とかロジスティクスといったことに関心が高くなるのだ。それは製造業とて同じである。電話一本で何でも翌日に届く日本国内にいると、モノが足りなくなる心配は売り手にとっても消費者にとっても、あまりシリアスではない。しかし大陸国で欠品が生じたら、それを手配するのに1週間かかるなんてのは、ある意味、ザラである。

仮にあなたが全米相手の消費材を作る会社の社長だったとしよう。たとえば、何でもいいが、出版社としようか。米国の出版事情に詳しい訳ではないが、少なくとも米国には再販制度という便利な仕組みは、存在しないはずだ。本は自分のリスクで製造(印刷)して、売れそうな全米各州の書店に自分の判断で配本しなければならない。書店の店頭になければ、消費者はたぶん別の本を買ってしまうだろう(よほどのベストセラーや特殊な専門書でない限り)。だから店頭在庫は必須だ。しかし再販制度がないから、書店では、仕入れた本が一定期間売れずに不良在庫化したら、赤札付き値下げ商品として叩き売るしかない。その在庫水準の決め方はむずかしい。

この事情は食品・飲料だろうが、家電製品だろうが、自動車だろうが、ほぼ同じである。流通在庫を維持できるよう、販売量(需要)を読みながら、供給(プッシュ)していく。生産拠点(工場)と流通の末端を結ぶ、長いサプライチェーンの途中に、物流センターやデポを持つケースも多いだろう。では物流センターを、全米50州の、どことどこに配置するべきか。なにせテキサス州の端から端までだって陸送で2日かかるのだ。消費者ニーズに即応、などといっていた日には、全米に100ヶ所くらい建てなきゃならない。実際、Amazon.comはそれくらいの数を持っていて、あの会社が巨大なくせにあまり儲かっていないのは、この投資負担もあるのだ。ところが、じつは物流センターというのはある程度集約した方が、需要のぶれが小さくなって、在庫効率が高くなる。輸送のリードタイム短縮を狙うのか、それともトータルな在庫削減を狙うのか。これも難しい判断である。

だから広域サプライチェーンを抱える企業は、サプライチェーン全体の生産・販売・在庫を一括して計画する仕組みが必要になる。これを生産(Production)・販売(Sales)・在庫(Inventory)の頭文字をとって、PSI計画とも呼ぶ(日本語では『生販在計画』だが、こちらは気をつけないと仮名漢字変換がとんでもない誤変換をしてくる^^;)。これは営業と生産を統括する機能である点に注意してほしい。よくある話だが、営業と工場が不仲で、営業本部は営業本部でチャレンジ目標なんだか需要予測なんだかわからない『販売計画』を立て、工場側は工場側で、「どうせ営業の数字なんてあてにならないから」勝手に割り引いて『生産計画』をたてる、なんてことをしていた日には、あっという間に欠品と不良在庫で会社は回らなくなってしまうだろう。

そのPSI計画の立て方だが、大別して、集中型と分散型がある。集中型は、本社1ヶ所で、全体の計画を立てる方式だ。分散型は、販売拠点や物流センターなどが一定の権限を持ち、拠点や地域単位で、それぞれ計画を立てる。両者は、一長一短であろう。需要に地域差や季節性が強い場合、現地の感覚を肌身で感じる場所で需要を読んだ方が、正確だ。需要の変化にも即応性が高くなる。そのかわり、サプライチェーンの中で複数階層の計画機能を持つと、どうしてもブルウィップ効果が生じやすくなり、上流側の生産量のアバレが大きくなってしまう。在庫の無駄も増えてくる。

全体の在庫や生産効率の最適化を求めるなら、集中型の方が有利である。ただ、集中型が通用するのは、需要にあまり地域性や季節性などのムラが少ない商品だ。あなたが小説やビジネス書の出版社主なら、きっとこちらに該当する。この集中型で使われる手法の一つが、DRP = Distribution Requirement Planningである。日本語では流通資源計画などとも訳すが、これでは何のことだかちょっと分かりにくいだろう。

DRPは、生産計画におけるMRPと対比すると理解しやすい。

DRPでは、BODというデータを中心的に用いる。BODはBill of Distributionの略で、マテリアルに所在情報を付加したリストである。日本語には対応する適当な言葉がないので、ここでは「物流表」と仮に呼ぶことにしておくが、MRPでいうBOM(部品表)に相当する。製造の世界では、同じマテリアルはどこにあっても同じマテリアルだが、広域物流と輸送機能を考えた場合は、たとえ同じマテリアルであっても、テキサスにある物とニューヨークにある物を同一視できない。テキサスの工場で製造したマテリアルをNYのデポにもってくるには、輸送という作業が必要になるからだ。

BOMとは、(著書「BOM/部品表入門」でもこのサイトでも何度も書いているように)、相互に関係を持つマテリアルと数量のリストである。製造の世界では、一連の作業(工程ないし工順)にしたがって、インプットのマテリアル(つまり子部品)から、アウトプットのマテリアル(親部品)が作られる。
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広域サプライチェーンの視点に立つと、物流・輸送も広い意味で製造と並ぶ供給活動の一環である。したがってテキサスの工場の部品資材を、製品としてニューヨーク市場に供給するためには、両者を区別して、その間に輸送という活動をはさむ必要がある。DRPでは、以下の手順に従って生産・輸送量を決める。

(1)各地域別に独立需要を予測し、これをベースに地域別販売数量(地域別総所要量)を定める。
(2)地域別の総所要量から、各地域の物流センター/デポに保有している引当可能在庫を差し引いて、地域別正味所要量を計算する。この際、各地点で安全在庫量を定めている場合は、それを加味した上で所要量を算出する。
(3)地域別の供給ルートと、標準輸送リードタイムにしたがって、供給元における総所要量を計算する。
(4)このようにして求められた生産工場における従属需要(所要量)が、その工場の基準生産計画(MPS=Master Production Schedule)に相当する。あとはMRPの手順に従って生産計画・購買計画を立案する。
(5)なお、生産自体を海外に出している企業では、海外工場への手配計画も必要であるし、主要資材を海外から調達する場合にも、その手配計画も作成する。
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DRPを利用している企業は、日本では非常に少ないと思われる。今日の日本では物流網が発達し、だいたい1日あればどこにでも品物を送れるからだ。このため、大げさな輸送計画は不要なのである。また、物流と生産のタイムバケットがうまく整合できない(物流は1日、生産は1週など)という技術的な問題もあるだろう。

ただ、日本企業でも、中国や東南アジアを含むグローバルなサプライチェーンをかかえて、本社で集中的計画を立案している企業では、DRP的なニーズがあるし、前々回紹介したトヨタ自動車などは、まさにその例である。今後、望む・望まないに関わらず、サプライチェーンが国境を越えて広がる企業が増えていくと思う。その際、営業と生産の二元論的な経営を超えて、統合的な計画を立てられるようになるかが、試されていくだろう。


<関連エントリ>
 →「ブルウィップ効果とは何か」 (2009/03/23)
 →「トヨタのグローバル・サプライチェーン・マネジメントを理解する鍵」 ()
by Tomoichi_Sato | 2015-07-25 19:10 | サプライチェーン | Comments(0)

トヨタのグローバル・サプライチェーン・マネジメントを理解する鍵

「生産革新フォーラム」の6月例会では、明治大学の富野貴弘教授を迎えて「トヨタのグローバルSCM」について、講演していただいた。全世界に生産と販売の拠点を持つ巨大企業・トヨタのSCMの全貌について、非常に分かりやすく、かつ示唆に富む解説をしていただいたので、おさらいをかねてここでご紹介したいと思う。もちろん聞き書きであるので、間違いがあれば責任はわたしにある。ちなみに「生産革新フォーラム」(通称『MIF研究会』)は、生産情報系に関心を持つコンサルタントや企業内診断士の集まる会で、わたしも幹事の一人を務めている。

富野教授の講演は、「生産システムの第一の目標は、納期短縮と在庫削減の両立にある」という点から始まる。一般的な理想は、短納期型受注生産である。

だが、それは生産側が「顧客の注文を言われるままに必死に作る」だけで実現できるわけがない。自動車は多数の複雑な部品群からなる製品であり、その生産には一定の時間がかかるからだ。作る時間の方が買い手の望む納期よりも長ければ、何らかの形で「読み」が必要であり、また需要のコントロールが求められる。そのためには生産と販売の連携が大事になる。にもかかわらず、製販連携は、「リーン生産研究でわりと手薄だった」と富野教授は指摘する。今までの研究者は、生産なら生産、マーケティングならマーケティングをそれぞれ専門家的に研究し、システムの全体像を把握しようとする視点が薄かったのだ。

自動車業界は、グローバルに広がった生産販売の姿の典型である。ちなみに統計によると、2013年度における各社の国内生産に占める輸出分の比率は下記の通りだ:
トヨタ 55%
日産  58%
ホンダ 10%
マツダ 81%
富士重工業 77%
全体で 46%
つまり、世界で作り売っているといっても、じつはかなりまだ日本国内で製造し輸出しているのである。

ただ、上の表を見て、「トヨタはホンダに比べて、かなり海外生産へのシフトが遅れているから、問題だ」と考えるのは早計である。それについては後で述べる(それどころか、ホンダは必死になって日本生産に戻している)。

「海外生産、現地生産が進めば進むほど、グローバル化した良い企業だ」と考える単純な経営観の持ち主も、日本には多い。そういう人たちは、トヨタの生産リードタイムが、現地で生産しても日本生産と変わらないくらい長いと聞いて、驚くに違いない。以下の表は、富野教授の調査結果である:

生産地→消費地
・日本→日本 1ヶ月
・日本→米国 3ヶ月
・米国→米国 3ヶ月
・中国→中国 3ヶ月
・日本→南ア 3ヶ月
・南ア→南ア 4ヶ月

ここでいう生産リードタイムとは、ディーラーの注文を受けて基準生産計画を立ててから、ディーラーに納品されるまでの期間をいう。日本→日本が最短なのは当然として、米国や中国で売る車は、現地生産でも日本生産でも変わらない。それどこから、南アの場合は現地生産の方が日本で作ってえんえん船で運んでいくより、長くかかる!

この理由は、部品手配がネックになるからだ。現地生産と言っても、すべての部品を現地で調達できるわけではない。品質の問題もある。とくにハイブリッド系の部品は日本から作って配っている。だから結局、船積み輸送期間は同じようにかかる訳だ。では、このようなサプライチェーンを、トヨタはいかにマネジメントしているのか?

ここで、(順序がやや逆になったが)富野先生について少しご紹介する。明治大学の商学部で、主に経営学を教えておられる。専門は自動車業界の仕組みであり、とくに「生産システムの市場適応力」が研究テーマだ。同名の著書も出されている(「生産システムの市場適応力 -時間をめぐる競争-」)。富野教授は世界各地の自動車メーカーを、ていねいに実地訪問していて、トヨタについても社員が驚くくらい、内実を正確に調査しておられる。

じつはトヨタ社員でも、トヨタのグローバル・サプライチェーンの全貌を知っている人は、ほとんどいないらしい。計画は日本本社が集中的に立案しコントロールしているのだが、担当者は地域別に分担しているためである。

ついでに、世界の自動車市場について理解すべき事をいくつか書いておく。日本の常識が必ずしも世界の常識ではないからだ。たとえば日本では、個別仕様を顧客が決めてから納車を待つのが普通だ。だからディーラーでの店頭在庫はほとんど不要である。(もっとも例外として、トヨタ系の大手ディーラーの中には、色は白ですべてトヨタから仕入れ、自社の塗装工場で顧客の望む注文に色を仕上げる所がある。こうした企業は在庫を多少持っている)

ところが米国・中国などでは、基本的に店頭販売である。顧客はディーラーにやってきて、そこにおいてある車をその場で買って、乗ってかえる(米国の場合、ナンバープレートはあとで送り届けられる)。もし、店頭に気に入った車がなければ、ぷいっと別の店に行ってしまうだろう。だから、ディーラーはたっぷり店頭在庫を持つ必要がある。これはいいかえると、見込生産で作りだめが必要だということである。「作りすぎのムダ」を避けるよう、系列企業に対して口を酸っぱくして説いているトヨタ本体が、外国では見込みで生産し、在庫しているのだ。

さらにいうと欧州(ドイツなど)では、社用車の市場が非常に大きい。これは、給与以外の目に見えないフリンジ・ベネフィットととして、社用車を管理職に支給する慣習があるからだ。こうなると、市場に入り込むには相当な労力がいる。トヨタをはじめとして、日系メーカーが欧州で今ひとつ振るわないのは、この理由による。

さて、トヨタの世界生産拠点は27カ国、52拠点にのぼる(部品メーカーは別) 。年間販売台数を見ると、日本228万、米国208万、アジア168万、欧州80万である。米国での生産は、1988年からケンタッキーで開始した。直近ではメキシコ新工場が2019年に生産開始予定だ。販売面で言うと、米国はリーマンで落ちたが、最近また少し復活している。

このトヨタのグローバル生産システムを理解するにあたっては、まず日本国内での仕組みについておさらいしておこう。

トヨタには「月度生産計画」と呼ばれるものがある。多くの会社では月間生産計画と呼ぶものだ。ただし生産計画という名前だが、これは同時に販売計画でもある。そしてこれは、トヨタ社内で一番重要な計画である、という。

富野教授によると、月度生産計画を作るおおよその手順はこうだ:
(1) 月初に、向こう3ヶ月分の販売予測値を販売会社から入手する。この数値は、製品の大分類(製品ファミリー)単位で入ってくる。
(2) つぎに、メーカー自身の予測などを加味して、基準となる計画を立案する。ここで、販売側の情報だけでなく、メーカー自身の意思が入ってくる点が重要である。
(3) その後、トヨタが旬毎に配車台数枠(=ファーム)をディーラーに提示し、引き取り台数をすりあわせる。ただ、この時点では色やシートなどオプションはまだ決まっていない
(4) ここに海外輸出分が加味される。輸出分は、この時点でほぼ確定受注(最終仕様展開)が多い。
(5) 車種別の生産計画を、予測にもとづいて最終仕様まで展開し、部品サプライヤーへの内示の基本材料になる
(6) 直近1ヶ月分に関しては、毎月20日過ぎに、車種別生産枠(工場別・ライン別)を決定する。
(7) ディーラーは、最終仕様レベルでの旬間オーダーを、見込み発注する。ただし、一部の小さなディーラーと車種は、随時発注(デイリーオーダー)を許している。その場合は、トヨタ自身が在庫を持つ。
(8) なお、生産日の3日前までは、仕様変更が可能(デイリー変更)。この先は仕様固定となる。

では、アメリカではどうなっているのか。米国はトヨタの稼ぎ頭である。トヨタのシェアは14%だ。その7割が現地生産、3割が日本生産である(レクサスブランドは7割が日本製)。北米の完成車生産拠点は
カナダ、ケンタッキー、インディアナ、ミシシッピ、テキサス、メキシコにある。販売についてみると、カリフォルニアのトーランス市にTMSという販売統括会社がある。トーランス市はいわゆる西海岸のモータータウンで、日本人も多い(ただしTMSは近い将来、テキサス州のダラスに移る予定らしい)。

販売側を見ると、全米を12地域に分け、1,468ディーラーを抱えている。ディーラーはすべて独立系で、基本的に1ディーラー1店舗、という点が米国風だ。上に述べたように、その日のうちに買って帰る客が8割である。だから店頭在庫を多く持っている。トヨタで40日分の店頭在庫がある(日本ではせいぜい2週間分)。でも ビッグスリーは3ヶ月~半年分も持っているから、これでもかなり善戦している方だろう。

米国市場では、販売の3ヶ月前に計画を立案している。その手順を下図に示す。ディーラーからの発注をTMSが統括会社としてまとめ、トヨタに伝える。その後のプロセスは現地生産車と、日本生産車に分かれるが、いずれも日本からの物流に1ヶ月かかる点がネックになり、2ヶ月かかって生産され現地に配車される。ディーラーの発注というのは、まだ顧客がついていない段階での見込発注であるから、その翌月までは、色やオプションなどの仕様変更は受け付ける。その後は確定である。トヨタはディーラーの注文をそのまま受けるのではなく、ある程度の調整を加えた上で、部品・完成車の生産計画に展開していく。
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ご存じの通り、日本ではトヨタはサプライヤーに対して先行内示を向こう3ヶ月分与え、これに対して当月はカンバンで分納の量とタイミングを指示していく。では米国生産の場合はどうかというと、先行内示を与える点は同じだが、カンバンによる引っ張りではなく、週次のバケットによる確定注文になっている。納期も、日本のような納入時間指定ではなく、工場出荷(FOB)である。国内輸送に1日〜数日かかるのがザラで、日時指定など非現実的だからだろう。日本に比べるとのんびりしている。

富野教授はもう一例として、中国の広汽トヨタを説明された。この会社のスタートは2004年9月で、中国で一番新しい。現在は2つの生産ラインだが、第3ラインを増強中で、2017年生産開始予定である。生産能力は38万台。187万m2の面積に従業員1万人を抱える巨大工場である。ここはサプライヤーパークが工場に隣接して立地している点が特徴で、現地調達部品の輸送リードタイムは短い。なお現地調達率は約70%(一次部品)であるが、それでもエンジン、ミッション、そしてボルト・ナットは日本から持ってきている。ボルト・ナットのたぐいが日本製というのが面白いが、それだけ品質や長期耐久性などがまだ低いと言うことだろうか。

中国では「SLIMシステム」と呼ばれる、サプライチェーン可視化のための情報システムが動いている。これは豊田章男氏の肝いりで作られたもので(ちなみに氏はMBAだ)、2008年4月から稼働している。ほぼ壁いっぱいの大きさに液晶パネルが並んでいるシステムで、縦に販売店、横軸にサプライチェーンが上流から下流までならんでいて、そこに星の光のごとく多数の点が表示されている。点の一つ一つが、個々の車のオーダーに対応する。中国では車にRFIDがついていて、これで生産から流通まで、すべてをトラッキングできるようになっているのである。どこで滞留しているかも、すぐわかる。そこで中国トヨタでは、週1回、幹部がこの前に立って会議する「SLIM会議」をやっている(詳細は「日経情報ストラテジー」2010年4月号に紹介されている)。

もう一つ、TOSS(Total Order Support System)と呼ばれるシステムも特徴的だ。こちらは2009年1月から稼働している。TOSSはディーラー別に、販売実績からみた適正な基準在庫量を算出し、現在庫量との差を見せてくれる。そして、車種別の推奨オーダーを出してくれる。中国のディーラーは米国などと比べて経験が浅いため、適正な販売予測に基づく発注ができないため、トヨタ側でそれを支援する目的で開発したのだ。ちなみに中国でも店頭在庫販売が主流で、現金販売である。TOSSのような情報収集の仕組みが可能だったのは、中国の広汽トヨタが、生産と販売の同時立ち上げをしたからだ。ディーラーは320社で、車種も5車種のみに限られている。

このTOSSは、セブンイレブンの発注システムを参考にしたと言われている。セブンイレブンは、各店舗の側に仕入れ発注権があるが、店の仕入れ発注をサポートする情報を、たくさん本部から送ってくる。その日の天気や気温から始まり、運動会や道路工事などのイベント情報まで。

中国においては、2ヶ月前に、月度生産計画をたてる。米国よりは1ヶ月短い。それでも2ヶ月前なのは、主要部品を日本から持ってくるためだ。生産計画後のプロセスは上図の米国と似ており、ただ生産や物流のリードタイムが半分の2週間になっている姿である。なおディーラーから見ると、発注後の仕様変更は可能だが、店頭在庫販売なのであまり多くない。仕様変更後、日本支給部品を出荷する。

部品のリードタイムが2週間のため、2週間の計画サイクルである。トヨタとしては週次のサイクルにしたいが、その場合は部品在庫を抱えることになる。部品メーカーに対してはかんばんとは別に、2週間分のまとめロットのオーダーを流している。

この中国の仕組みは、トヨタのSCMの基本形である、と富野教授はいわれる。基本的な発想は、プロダクトアウトで見込生産である。販売店には引き取り枠と在庫責任を持たせる。在庫責任を持つ部署が発注権を持つ、というのがトヨタの思想だ。ただしメーカー側からディーラーに対する発注支援と仕様変更の仕組みを提供している。これにより、予想と実需の乖離をできるだけ防ぐ。「超インテグラル」なプロセスだ、と表現できるだろう。

そして、日本本社で作る月度生産計画は、世界中の工場のための計画になっている。この点がトヨタのグローバルSCMの最大の特徴である。「月度」は英語でもGetsudoと呼ばれており、すべての計画の要である。マクロに見ると、プッシュ的な面が強い。その方が作りやすいし、安く作れるからだ。そしてトヨタの「市場適応力」は、生産と販売の泥臭い調整によって支えられている。プッシュを支えるために営業力がある。「客に言われたとおり作るなら、営業はいらない。」と、トヨタの別のOBからもきいたことがある。客がほしいという商品ではなく、トヨタの売りたいものを買ってくれるよう誘導する。これが営業の仕事だと。

ここでちょっと注釈を入れると、先に述べたように、日本の自動車工場ではどこも国内向けと海外向け製品が混在している。これは言いかえると、見込生産と受注生産の混在である。純粋に個別仕様の受注生産ばかりを受けると、工場が平準化できず苦しい。そこで自動車メーカーでは、海外分(見込生産分)に自由度があるため、生産の平準化と効率化のために、海外分を潤滑油として使っているのである。だから、ホンダのように国内生産比率を下げてしまったメーカーが苦戦することになる。単に、ホンダは円安にふれたから苦しいという単純な話ではない、とMIF研の本間峰一会長は指摘している。

それにしても、なぜトヨタの正しい姿が世間につたわらないのだろうか。トヨタのグローバルSCMの仕組みをまとめると、次の3点に集約されると思う。

(1) トヨタ生産システムとは、じつは「トヨタ生産・物流・販売システム」である。
10年ほど前から、「トヨタ生産物流システム」という言い方を社員から聞くことはあった。だが、上図を見ても分かるように、三つの機能をすべてカバーしたSCMとなっている。

(2) 営業と生産が共通の月度計画で協力して動いている。
営業と生産の連携が、SCMの鍵となっている。トヨタ自身はよく「ウチは営業と生産に壁があって」などと言うが、これは例のトヨタ節であって、「トヨタに壁があるなら、他の普通の会社など、営業と生産は別会社も同然」と富田教授は言われる。

(3) トヨタのグローバルSCMははDRPシステムである
これは講演を聴いたわたしの所感である。本社がグローバル全体の計画を立てて、プッシュしていく。これはトヨタが中央集権思想だからというより、コア部品を日本から供給せざるを得ない現状から生まれた姿かだろう。(DRP=Distribution Requirement Planningとは何かについては、すでに長くなりすぎたので、項を改めて解説したい)

トヨタ自身は、計画中心で見込生産で、世界中に在庫を持ってビジネスをしている。にもかかわらず、「自分で妙に計画など立てて見込生産するな。作りすぎのムダを省け。受注に即応できる生産体制を作れ」と、トヨタは系列企業にずっと説いてきた。おそらく、ここが世間の誤解の源なのだろう。トヨタの作り上げた自動車のサプライチェーンとは、唯一メーカーのみが計画立案し、それに沿って販売側と生産側を動かす仕組みだ。そのためにリアルタイムで正確な情報を、メーカーに集中しなければならない。少なくとも、これがトヨタにとっての、現時点での現実解なのだ。

だがもちろん、あなたやわたしの業界における現実解が、これと似た姿になるかどうかは、分からない。MIF研による共著のサブタイトルにあるように、「トヨタの真似だけでは儲からない」のだ。答えはわたし達自身が、自分の頭をつかって考えなければならないのである。

<関連エントリ>
 →「Pushで計画し、Pullで調整する」(2014/02/25)
 → 富野教授の論文「トヨタのグローバル・サプライチェーンマネジメント」(東京大学ものづくり経営研究センター ディスカッションペーパー No.463)
 →生産革新フォーラム・著「“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない
by Tomoichi_Sato | 2015-07-01 12:31 | サプライチェーン | Comments(0)