カテゴリ:サプライチェーン( 139 )

流れをつくる

とある大企業の工場管理棟の一室。客先から示された図面を前にして、私と同僚は少しの間、絶句していた。図面は新工場の平面レイアウト図。作成したのはトップクラスの建築設計事務所で、背後では有名なゼネコンが手伝っているらしい。ややあってから、私は口を開いた。「入荷した物の流れがよく分からないのですが、説明していただけませんか。」

工場を見学者に説明するときは、普通どこでも物の流れにそって順番に説明して歩く。原材料を入荷して、検品して、入庫・保管して、払出して計量・裁断して、製造の上流工程からラインに供給し、加工・検査をへて付加価値のついた製品として出荷されるまで、順に見ることになる。小さなサプライチェーンと言ってもいい。工場見学とは、製造業の社内サプライチェーンを簡単にたどるツアーなのだ。

ところで、今日の工場はどこも多品種少量化が進んでいて、きまった製品を大量生産し続けるような所はほとんど無い。コンベヤラインがあっても、品種は混流で流れていたりする。だから、物の流れも情報の流れも、錯綜しやすい。それをどうさばくかが、その企業の生産管理の実力の見せ所である。また、工場のレイアウトは、その企業の生産管理思想を体現したものでもある。製品に設計思想があらわれるように、工場にはサプライチェーン・マネジメントの思想があらわれる。

その思想性は、工場を見学すると一発で明らかになる。設計思想のない(あるいは貧弱な)工場では、製造ラインしか流れが見えない。製造にはさすがに崩せない順序があって、ふつうはその順に機械や作業区がならぶからだ。しかし原材料・中間部品・製品の物流にかんしては、無思想ぶりがあらわになる。現場を見るとごちゃごちゃにモノがあふれかえっているか、あるいは無駄にスペースがあるかどちらかだ。

私が見たその新工場のレイアウト図面は後者だった。入荷した物はフロアを半分横切って保管庫(自動倉庫)にいくらしいが、入荷検品やパレット移載の手順が見えない。そこでも仮置き・滞留は必ず起きるはずだが、漠然としたスペースがあるだけだった。入り口と出口は分ける、というのが工場設計の基本である。入口と出口を分けることで、モノの流れを作るとともに、FIFO(Fisrst in, first out=先入れ先出し)を確実にし、またロケーション管理の手間を省く。こうすると、必然的に滞留時間も目に見えるようになる。こうしたことが、そのレイアウト図には何もうかがえなかったのだ。

ところで、ここまで読んでこられたあなたが、仮に開発や製品設計にたずさわるホワイトカラーで、工場とは無縁の場所に座っておられるなら、“なあんだ、こんな話、自分に関係ないや”と思われたかもしれない。しかし、じつは関係大ありなのだ(私の話はいつも前半が長くて申し訳ない)。なぜなら、モノの流れにあてはまることは、ほぼ情報の流れにもあてはまるからである。

たとえば、あなたの机の上にあるメールボックスや書類箱は、FIFOになっているだろうか? いつでも最初にきた書類が最初に手にとれるだろうか。あなたのタスクやTo Doリストは、自動的に優先順位が決まるようにできているだろうか? あるいは一日のはじめにTo Doリストの優先順位を決めたら、その日のおしまいまで、それを守っているだろうか。

今日の設計や開発の仕事もまた、複数の事案をマルチでこなさなければならないようになっている。そのとき、情報の社内サプライチェーンにかんして、設計思想はあるだろうか。おそらく、大方の会社には欠けていると想像する。だから、ホワイトカラーの執務する場所は、どこでもごちゃごちゃな印象を与えるのである。紙を捨てて各人がノートPCをもち、ペーパーレス化をすすめれば、一見オフィスの中はすっきりする。しかし、その場合、今度はサーバの中がぐちゃぐちゃになるだけだ。工場のラインはきれいに整頓されているが、倉庫の中は混沌状態、というのに似ている。

え? 私の仕事はFIFO では処理できません? それはなぜですか。上司に呼ばれたり、電話やメールで割込みがかかってくる--なるほど。でも、なぜ、いちいちメールをあけて中身をチェックするのですか。仕事のできる人ほどメール処理の時間帯をあらかじめ決めている、という米国の調査結果もありますが。いや、そもそも、仕事に集中するために、時間帯を決めて「ノー割込みタイム」を実践している会社もありますね。その間は打合もしない、電話もかけない、とらない。これがオフィスワークの設計思想というものではないでしょうか・・

工場では、FIFOで処理できないモノを保管するには、ロケーション管理が必要になる。そのためには保管場所を決めて番号をふり、またモノにも現品票を貼ってIDをふる訳である。だとしたら、設計・開発タスクにも、きまったID(すなわちWBSコード体系)が必要だ。指示票としてのTo Doリストもいることになる。サーバのフォルダ名称だってファイル名称だって、規約にしたがってつけるべきだ。電子メールのタイトルだってそうだ・・

冒頭のケースでは結局、建築構造の制約は守りながら、入荷物の通り道を確保し、倉庫への入口と出口を分けてパレットをハンドリングする仕組みを提案することになった。フローですむ部分とストックにする部分を切り分ける。そして両者はそれぞれ適したコントロール方法を考える。これが「流れをつくる」ことの基本である。そして、以前『「設計管理」の必要性』(2006/06/22)でも書いたように、これが欠如しているオフィスでは、ホワイトカラーはいつまでも多忙の乱流状態から抜け出すことができない運命なのである。
by Tomoichi_Sato | 2007-03-18 22:52 | サプライチェーン | Comments(0)

安全在庫とは何か

企業のもつ在庫は、引当先の決まっているフロー在庫と、引当先が未定のストック在庫とに大別できる。ストック在庫は一種の「時間の缶詰め」であり、生産リードタイムを短縮するために見込みで調達ないし生産した結果として生じるものである。さらにこれは、意図してもつ在庫と、偶発在庫(『できちゃった在庫』)に区分できる。

意図的にもつストック在庫は、さらにその意図を分析すると、中期的な計画に沿った計画在庫(たとえば季節的な作りだめや定期補修対応のための作りだめ)と、変動を吸収するためのバッファー在庫に分けることができる。いわゆる安全在庫とは、この意図的な短期バッファー在庫を指す言葉である。

在庫-┬フロー在庫(引当先の決まっている在庫・滞留)
   └ストック在庫-┬偶発在庫
           └意図的在庫-┬中期計画在庫
                  └短期バッファー在庫(安全在庫)

JISでは安全在庫を、「需要変動または補充期間の不確実性を吸収するために必要とされる在庫」と定義する。手短で簡潔な定義だが、これだけだと若干舌足らずなことにお気づきだろうか? もう少しお節介に言葉をおぎなうならば、「欠品をさける目的で」と追加したいところだ。安全在庫とは、欠品を極力さけるために置くものなのである。欠品しても平気な商売だったら(そういう「売り切れ御免」のビジネスモデルだってたくさんある)、安全在庫など必要ない。

しかし、製品販売では機会損失につながることが多いので、一般に欠品をきらう。工場でも部品材料の欠品は計画混乱要因なので、きらわれる。そこで安全在庫の必要がでてくる。

手配(購入品の場合は購買オーダー)をかけてから補充されるまで、ふつうは日数がかかる。もし在庫がゼロになってから手配していたのでは、その期間内はずっと欠品状態がつづいてしまう。そこで、補充リードタイムの期間内に消費される分を見越して発注点をきめる。1日あたり需要量が平均20個で、補充リードタイムが2週間(実質10稼働日)かかるなら、発注点は200個と決めるわけだ。

ところが、需要には変動がつきものだし、補充期間も(機械のトラブルやトラックの遅れなどで)かわることがある。手配から補充までの間に、実際は187個消費されることもあるだろうし、210個の要求がある場合もあろう。後者の場合は、途中で欠品が生じることになる。

このような変動に対応するために追加でもっておく短期バッファーが安全在庫である。安全在庫の算出方法については古くから研究があり、いろいろな提案がある。たとえば、在庫理論のわかりやすい入門書である「適正在庫のマネジメント」(勝呂隆男・著)では、古典理論の計算式として

安全在庫=安全係数×単位期間あたり需要量の標準偏差×√(最大リードタイム)

を紹介している。最大リードタイムに√がついているのは、変動に正規分布仮定をおいた結果である。安全係数は、許容欠品率に応じて決まる。欠品率1%ならば安全係数=2.33、許容欠品率2%ならば安全係数=2.06という具合である。

上記の例でいえば、平均需要量が20個/日、その標準偏差が2個/日、最大リードタイムが12日、許容欠品率を2%とすると、安全在庫=14.3個と計算できる。

いうまでもないが、「欠品ゼロ」で計算することはできない(欠品ゼロのためには無限大の安全在庫が必要になる)。このことは、生産計画には必ず失敗のリスク確率がともなうことを意味している。欠品率2%とは、補充手配を50回くりかえしたとき、1回欠品が生じる確率になる。つまり、補充手配間隔が2週間なら、2年に1度欠品になる、ということだ。

この式でむずかしいのは、『単位期間あたり需要量の標準偏差』の算定である。入出庫の実績を分析すればいい、と思われるかもしれないが、現実には間歇的な需要もあり、季節変動もあり、販売キャンペーンの影響もあり、分析はそう簡単ではない。

ところで、今日の製造業はほとんどが計画生産である。古典理論はこの点を考慮していない。季節変動や販売キャンペーン対応などは、ふつう生産計画の中であらかじめ考慮されている。したがって、安全在庫は「計画上の予測値があたらなかった場合」に対応すればいいことがわかる。この場合、次の式で在庫量を決めるればよい。
 
 安全在庫量=平均需要量×予測誤差×計画変更不可日数

くわしくは、「生産計画 ワンポイント講義」の中の『計画生産における安全在庫量の設定』を参照してほしい。
by Tomoichi_Sato | 2007-03-06 22:48 | サプライチェーン | Comments(0)

使用者と補充者の分業

ずいぶん以前のことになるが、病院の中の調査を少し手伝ったことがある。目的は物品管理と物流動線の合理化だった。プラント・エンジニアリング会社に勤めているくせに、なぜかプラント以外の分野にしばしばかかわる巡り合わせになっているらしい。しかし、工場で用いるIE(Industrial Engineering、日本語では経営工学と呼ばれることが多い)の手法を病院内業務に用いて調べると、いろいろと面白いことがわかってくる。

その一つは、ナースの業務時間の分析である。知ってのとおり、ナースの仕事は忙しい。しかし、その中身を調べてみると、じつはベッドサイドで患者に接している看護の時間は、決して比率が高くない。それ以外に、ナースセンターにおけるさまざまな業務の時間が多く、しかもその内容をいろいろと調べてみると、申し送りや看護記録の記帳以外に、伝票書きなど雑用ともいうべきクラリカル・ワークやモノ探しの時間がばかにならないのだった。

医療の現場では、医薬品以外にも衛生材料やディスポと呼ばれる使い捨て材料、リネンなどさまざまな物品が行き交っている。いわゆる多品種少量のモノの流れである。そうしたものの多くは、ナースセンターに「現場在庫」として保管され、使用され、補充されている仕組みになっている。

そして、たいていの日本の中堅規模以下の工場と同じように、その現場在庫の管理レベルは、決して高くない。まず、在庫量が把握できていない。いや、それ以前に、モノがどこにあるか場所が決まっておらず、いちいち探さなくてはならない。見当たらないと、払出し伝票を書いて、薬局や中央材料室にもらいにいく。当然、毎回少し多めにもらってくる。使用残がでたら、ナースセンターに余剰としてストックしておき、次回にそなえるわけだ。しかし、もらってきた担当者が勝手気ままな場所におくから、シフトがかわると別の担当者は見つけられない。そこでまた払出し伝票を書いて薬局に受け取りに行く。こうして、ただでさえ狭いナースセンターは雑多な在庫品であふれかえり、しかも気づかぬ内に使用期限が過ぎてしまったりする・・。

こうした状況下で、しばしば病院の経営者は、高価な薬剤の在庫管理がいいかげんになっていることを問題視する。しかし、我々の見たところ、もっと大きな問題があるのだった。それは、ナースの時間管理上の問題、すなわち、「直接時間比率の減少」である。本来、ベッドサイドで直接、患者の看護をすることがナースの最大の仕事であるはずだ。しかし、ナースの勤務時間が、そうした直接作業とは関係のない、伝票書きだの薬局までの往復などといった間接作業についやされてしまう。これは、看護レベルの確実な低下をもたらしているにちがいない。

それでは、どうすべきか。こと物品管理に関する限り、われわれの答えは明快である。工場と同じことをすればよろしい。それは、「使用者と補充者の分業」であった。

たとえば、自動車工場を見学した人ならご存じのように、組立ラインの近くには、組立作業に必要とする多種多様な部品が、棚や箱に整理され、あるいはセット組みされて並んでいる。組立作業の従事者は、そこから部品をとって使用する。そして、ラインサイドの部品が足りなくなると、組立工とは別に、補充係の担当者が間髪を入れずに補充する仕組みとなっているのだ。だから、組立工がモノ探しだとか伝票書きだとかで直接時間を減らさずにすむ。彼らは、組立作業だけに専念できるようになっている。

物品の種類や量が増えるにしたがって、使用者と補充者を分業させるのは、最初にふれたIEの定石である。病院において、われわれの設計した解決策も、これに準じたものだった。まず、ナースセンターに物品管理に適した機能的な棚とトレーを配置する。その中に、どの物品をいくつ配備すべきか、使用実績データを分析して(ま、これが大変なのだが)決める。そして、補充作業は中央材料室の責任とする。

ナースセンターの現場在庫の在庫管理は、「定数補充」とよばれる方式がもっとも適している。これも工場と同じだ。定数補充とは、定期・不定量発注による補充だ。もっと平たくいうと、担当者が週に1~2回巡回して、トレーやボックス内の物品の残数を調べて記録する。そして、消費して足りなくなった分だけ、そこに補充するのである。在庫定数が20個だとして、今日調べたら、12個残っている(つまり前回の補充日から8個使用したわけだ)。そうしたら、8個補充して、20個に戻してやる。7個消費だったら、7個補充してやる。つねに、ナースセンターの現場在庫は一定数を確保して、品切れにならないようにするのである。あるいは、フルに物品の詰まったトレーやボックスをあらかじめ運んできて、トレーやボックスごと交換してしまい、補充詰め合わせ作業は中央材料室に持ち帰ってからやってもいい(混み合って狭いナースセンターでやるより効率的だ)。

そして、機能的な現場保管の仕組みというのは、基本的にこうしたものなのだ。これは、たとえていうならばコンビニの飲料が並んでいる冷ケース(冷蔵庫)のようなものである。買い物客はドアを開けて手前から商品を取り出し、レジに持って行く。客が使用者である。店員は、冷ケースの裏側から商品を補充する。さらにいいことは、コンビニの冷蔵庫は入れる側と出す側が分かれているため、先入れ・先出し原則が守られることだ。だから、賞味期限切れのリスクが少なくなる。

これに対し、従来の在庫管理とは、家庭の冷蔵庫のようなものだった。自分が買ってきて補充し、自分で使用する。少量の場合は、これでもよかろう。しかし、最近の家庭用冷蔵庫は容量が増えてきている。中に何と何があって、いつが賞味期限で、どれをいつ使う予定かなど、当の主婦も覚えきれなくなっているのではないか。だから、家庭でも、もしかしたら冷蔵庫の仕組みを変えていく必要があるのかもしれない。

じつは、このような定数補充方式は、わが国でははるか昔からあった。「VMIとウォールマートと富山の薬売り」(2006/10/20)でも書いたとおり、いわゆる富山の薬売り方式がそれである。しかし、そのメリットや、成立条件については、あまり正確な分析がなされてこなかったように思われる。もう一度いうが、いちばん重要なことは、使用者の直接作業時間比率が向上することなのである。在庫管理は、それ自体が自己目的化してはいけない。どれだけエンドユーザ(病院ならば患者さん)に対する付加価値生産性の向上に資するかで、判断すべきなのである。
by Tomoichi_Sato | 2007-02-13 22:55 | サプライチェーン | Comments(0)

「マイナス在庫」の意味

サプライチェーンにおける在庫問題を考えるとき、だれしも一番違和感を感じるのは『マイナス在庫』という用語に突き当たったときではないか。「マイナス在庫を許すべきか、どうか」というような問題で、大のおとなが議論をたたかわすのは、奇妙な光景といえなくもない。だって許すも許さないも、在庫の量なんてマイナスになりようがないはずではないか。

たしかに、在庫量を「倉庫にある現物の量」と理解すれば、ゼロになることはあっても、マイナスになるはずなど無い。しかし、在庫の話は、そう単純ではないのだ。なぜなら、そこには二つの要素、帳簿在庫と引当の概念がかかわっているからだ。

まず帳簿在庫の話からしよう。これは理論在庫とも言う。“帳簿在庫”とは“実棚在庫”と対比される概念である。実棚在庫(現物在庫)は文字通り、倉庫の棚の上に実際にある数量だ。これに対し、理論在庫の方は、帳簿上の入庫と出庫の差し引きから、「現在これだけの数量があるはず」と計算された結果である。先月のおわりに、部品Xは2個あった。今月、さらに3個、サプライヤーから仕入れた。しかしすでにこれまで4個、製造に使用した。だから、

 理論在庫=前期末の在庫量+供給量-使用量
 
で、つごう2+3-4=1個残っているはずだ、と考える。ところが、たまにおかしな事が起こる。たとえば、「じつは今週さらに製造ミスで2個よけいに使用しました」という報告が追加で上がってきたりするのだ。なぜ!? そうしたら在庫量は2+3-4-2=マイナス1個になってしまうではないか。あなたはあわてて倉庫に確認に行く。すると棚にはまだ現物が2個残っていて、あなたは狐につままれたような気分になる。

こうなるケースのほとんどは、「前期末の在庫量」が正しくなかったためだ。ほんとうは、前期末には4個残っていたのだろう。上の式の表記はじつは不十分で、「前期末の理論在庫量」とすべきだ。そして、理論在庫(帳簿在庫)は実棚在庫とは必ずしも一致しない。これがいかに一致するかは、在庫精度という尺度で測る。そして両者を一致させるために、定期的に棚卸を行なうわけである。

むろん、これ以外に、供給量や使用量の数字に誤差があって、帳簿上のマイナス在庫が生じるケースもある。たとえば材料の使用量は製造ラインで機械がリアルタイムにカウントして行くが、補充による供給量は手書き伝票の転記入力で1日遅れる、などというのはよくある話だ。こうなると、その1日間は理論在庫がマイナスになってしまう。

マイナス在庫が発生する第二の要因は、『引当』である。引当とは、“今後消費する予定です”という、一種の予約行為だと思えばよい。予約であるから、現物としてはあいかわらず棚の上にある。しかし、見かけ上は12個あっても、そのうち8個は、すでに来週の生産に使う予定かもしれない。したがって、「未引当在庫」は4個という事になる。ところが、何か緊急の事態が起こって、棚の上から部品を10個出庫して、使用にまわしてしまった。このとき、現物は2個、棚の上に残っているが、未引当在庫はマイナス2個、ということになってしまう。このままでは、来週の生産に支障がでることになる。

在庫品のコントロールをコンピュータ・システムでやっているとき、もしマイナス在庫を許さなかったら、どうなるだろうか(コンピュータは帳簿の一種であり、その中の在庫数値は理論在庫量であることに注意してほしい)。そうすると、目の前に現物があっても、製造に使用できないという事態が生じる。と同時に、未引当在庫にマイナスを許したら、どうなるか。すると、製造予定を無視して出庫できることになるから、製造現場が欠品で混乱することになる。どちらもうまくないようだ。

このような矛盾が起こる根本の理由は、在庫という量を1点で、すなわち現時点で考えているためだ。じつは「引当」という行為は、その中に『未来の在庫使用』を考えている。すなわち、時間軸を伴う未来在庫の概念を内包しているのである。

在庫は時間で計るべきだ、と「時間を在庫する」(タイム・コンサルタントの日誌から、2006/12/12)で書いた。かりに在庫を数量で計る場合でも、それは時間軸に沿った数量として考える必要がある。先ほどの例でも、もしかしたら来週頭にはさらに3個、補充される予定かもしれない。だとしたら、べつに10個出庫しても、来週の生産には困らないのだ。このように、マイナス在庫の問題は、時間の視点から考えてみて、はじめて正しい方針が決められるのである。
by Tomoichi_Sato | 2007-01-27 23:26 | サプライチェーン | Comments(0)

VMIとウォールマートと富山の薬売り

VMIという言葉を聞いたことがあるだろうか。Vendor Managed Inventoryの略だ。日本語に訳せばベンダー管理在庫だが、これでは何のことだか分からない。ベンダー側、つまり納入業者側が使用者の在庫の管理を引き受け、補充作業をするやり方を指す。もう少し具体的にいうと、流通業(チェーンストア等)が使用者で、メーカーが納入業者の場合、チェーンストア側の商品在庫量を、メーカー側がウォッチして、在庫が無くならないよう責任を持って補充するのである。チェーンストア側は、補充された分だけ、支払いをする。これがVMIである。

従来のビジネスのやり方では、在庫レベルのウォッチと発注手配はチェーンストア側の作業だった。販売量を見て売れ方を予測し、どれだけ在庫を持つべきか決定する。そして発注書を切り、納入予定をチェックし、納品されたら検品作業をして、支払う。ところがVMIでは在庫量の決定と補充作業はベンダー側の作業になる。発注書も検品作業もなくなる。そして、在庫切れも(おそらく)少なくなるはずだ。使用者が製造業の工場で、部品材料のサプライヤーが納入業者の場合も、同じである。

このようなやり方をして、どんなメリットがあるのだろうか? 何回か書いてきたように、在庫管理には人と手間がかかる。モノの数量を数え、記録し、不足しないよう発注をかけ、モノが届いたら数と品質を発注書に照らし合わせてチェックする。つまり在庫管理にはコストがかかるのだ。しかも、発注量を間違えると、欠品や過剰在庫になる。販売見込みの読みに、正確さが要求される。

こうした作業を、かつては個々の店舗が各メーカーに対して行ってきた。しかし個店レベルではストックできる店頭在庫に比べて、需要の変動が大きく、読みが難しい。また検品等の人手も足りない。チェーンストアは、本部側がある程度この作業を代行するようになった。地域の複数の店を束ねると、需要変動は相対的に小さくなる。そこで地域単位で流通センターをかまえ、そこから店舗に補充するようになってきた。使用者と補充者が分業してきたのである。VMIはそれをさらにおし進めて、メーカーがストア側の在庫補充を受け持つようにしたわけだ。

VMIは、90年代に米国でウォールマートとP&Gが紙おむつで始めたのが最初だといわれている。米国の国土は広い。工場から全国の店舗まで、陸上トラック輸送で4日から1週間程度かかる。店舗在庫が無くなったからといって発注をかけていたのでは、しょっちゅう品切れに悩むことになる(パンパース紙おむつの1/4近くはウォールマートで売れていたので、これは両社の頭痛だった)。そこで、P&Gの側が、在庫の補充を受け持つようにしたのだ。

ただし、ここには重要なポイントが一つあった。それは、ウォールマートがPOSによる販売データをP&Gに開示したことである。これにより、P&Gは迅速で正確な予測が可能になった。逆に言うならば、こうした販売データのリアルタイムな開示がなければ、VMIは補充作業の負荷とリスクをベンダーに押しつけるだけの仕組みになってしまう。

ところで、我が国にははるか昔から、これとは別にVMIのビジネスモデルがあった。富山の薬売りである。富山の薬売りは行商であるが、各家庭に薬箱を置いて無料であずけておく。家庭では必要に応じてそこから薬を出して使う。薬売りは定期的に家庭を巡回し、薬箱から減っている量に応じて料金を請求し、そして不足分を在庫補充していくのである。これは立派なVMIモデルだ。

富山の薬売りはPOSデータもないのに、なぜ成立したのか? それは家庭常備薬が、定常的な使用量は(物量として)小さいけれども、欠品すると非常に困るという特性を持っているからだ。だから、在庫量を半年分も1年分も置いても平気だったのである。もし紙おむつを同じ方式でやろうとしたら、四畳半一部屋全部を在庫置き場にしてもらうか、さもなければ3日おきに各家庭を巡回しなければならない。

このように、VMIがビジネスモデルとして成立し、使用者と補充者がともにメリットを出すことができるためには、商品特性や物流量・輸送時間などさまざまな条件を満たす必要がある。現代の経営論は、なぜか一つの目立った解決策があると、右へならえと皆がまねる奇妙な傾向があるようだ。しかし、何度も繰り返すように、生産管理や在庫管理には理屈があるのだ。正しく理論を学んで、正しく用いなければ、効果も得られないということを知っておいてほしい。
by Tomoichi_Sato | 2006-11-07 23:45 | サプライチェーン | Comments(0)

在庫精度とは何か

在庫量を調べるには人手と時間、すなわちコストがかかる。この単純な事実がしばしば忘れられるようになったのは、コンピュータが製造現場に普及して、在庫管理にも利用されはじめてからのことに違いない。それ以前の生産管理技法は、在庫量を調べるにはコストがかかることを前提に組み立てられていた。だからダブルビン法などのように、在庫量が発注点を切ったかどうかだけを見るような仕組みが工夫されたのだ。

コンピュータ以前の製造現場では在庫管理をどうやっていたかというと、倉庫番の持つ入出庫台帳で追いかけるしかなかった。入庫・出庫の手書きの数字を足し引きするわけだから、在庫量はすぐには分からない。品目別にページや欄を分けて記入すれば、個別の現在庫量は把握できたが、増減の傾向や、あるいは複数品種の合計値などをつかむのは至難のワザだ。またどうしても誤差が多かった。

そのために、きちょうめんな現品棚卸作業が要求されることになった。保管棚にある物品をいったん全部取り出して、数をかぞえ直す作業である。帳簿と数字が合っていなければ、帳簿の方を修正する。帳簿と現物の差を、在庫差異とよぶ。在庫差異を現在庫量で割った比率が『在庫精度』である。

在庫差異にはプラスとマイナスがあるため、単純に足し算をすると打ち消し合ってしまう。したがって工場全体で評価する際には、絶対値の合計をとる。通常は工場全体で1-2%以内におさえられる(そうでなかったら入出庫と保管のやり方にどこかおかしな点があるはずである)。また、扱う品種数の多い工場では、全品種をすべて棚卸ししていると膨大な作業になる。そこで、循環棚卸といって、一部の品種を順繰りに毎月チェックしていき、在庫精度を一定に保つような工夫がされてきた。

こうした手作業の現場に、コンピュータによるリアルタイム在庫が導入されたことの衝撃は大きかった。それまでは在庫数量といっても霞の向こうに朦朧とした姿があるだけだったのに、いきなり全ての数字が鮮明な写真のごとく見えるようになったのである。総在庫量の計算だって一瞬だ。しかし、このために、かえって在庫精度のことが忘れられるようになったように思える。

そもそも在庫差異が発生する理由はいくつかある:

(1)入出庫の伝票記入漏れ
 伝票を書かずにいきなり物を動かせば、数が合わないのは当たり前である。記入漏れの中には、保管場所を変更したのに、それを訂正しなかった、なども含まれる。

(2)減耗・破損
 物品の中には、有効期限や賞味期限などがあって使えなくなるもの、あるいは保管中に破損する物があり、これらは在庫差異の原因になる。

(3)盗難
 日本ではあまり心配が(今のところは)無いが、きわめて高価な物品や、あるいは外国の工場などでは常に注意が必要である。

(4)品質管理上の区分移動
 不良品はふつう在庫に計上しない。しかし、良品と信じて受入れ入庫した物が、品質検査の結果はねられることはときどきある。この際に、在庫量からの差し引きを忘れるのである。

(5)移動中
 同じ社内で、資材をA工場の倉庫からB工場の倉庫に横引き移動するとき、A工場から出庫処理をして在庫が減り、一方まだB工場では入庫計上されないと、在庫が一時的に見えなくなってしまう。荷物として車上にある物に、ともすると起こりがちなことだ。

(6)支給品在庫・預かり在庫
 外注先に対して支給した材料は自社の資産だから、在庫量に計上しなければいけない。これが見えなくなることがある。また逆に、客先からの預かり在庫(製品として所有権は客先に渡して代金ももらったが、まだ自社倉庫に保管しているもの)も在庫差異をうみがちなポイントである。

米国の生産コンサルタント、オリバー・ワイトは'80年代のはじめに、「在庫精度が5%を切れないような会社では、MRPなどの生産管理システムは使えない」と書いている。在庫精度の向上維持は、一見当たり前のことに思えるが、当たり前のことを当たり前に実行することは、案外、努力のいるものなのである。
by Tomoichi_Sato | 2006-10-21 19:37 | サプライチェーン | Comments(0)

ホワイトボードの謎 - 在庫の「見える化」の効用

私は世界中のオフィス事情を知っているわけではないが、「電子黒板」は他国に比べて日本が圧倒的に普及率が高いように感じる。米国のオフィスはあいかわらずフリップ・チャート(flip chart)が主流だ。フリップ・チャートとは、油絵のイーゼルみたいな台木の上に、白い紙を何枚も重ねたもので、1枚書き終わるとめくって次の紙を出すようになっている。なぜか彼らはこのローテクで安価な道具がお好きだ。フランスとか、ヨーロッパではホワイトボードをよく見かけたが、複写機能がないので、結局それをまたノートに写さなくてはいけない。せっかくきれいな図を書き終えて、さて、と思ったら複写できないのに気づき、がっかりしたことは一度や二度ではない。

それにひきかえ、わが国では電子黒板(正確には電子白板か)がよく普及している。何年か前、米国の自動化システムベンダーが私の勤務先に来て、あちこちで電子黒板を活用しているのに感心して帰った。しばらくしてから彼らのオフィスを訪問したら、真新しい電子黒板をうれしそうに見せて、“これでやっと俺達の会社も21世紀に仲間入りだ”とジョークを言っていた。

ところで、これほど便利なホワイトボードだが、私はその米国のオフィスで実際に打合に使おうとして、日本と全く同じ問題点を発見して、びっくりした。フェルトペンが、書けないのだ。書こうとすると、すぐにインクがかすれてしまう。別のペンを手に取ってみるが、そちらも同じだ。5,6本おいてあった中で、まともに書けたペンは1本もなかった。

このホワイトボード用ペンのインク切れ現象は、わが日本でもいたる所で遭遇する。どこかの秘密結社の陰謀か嫌がらせではないかと思うくらいだ。電子黒板を用いた打合の生産性は、おそらくインク切れ問題のために、どこでも2割くらい低下しているのではないか。日本でもアメリカでも、なぜ、この問題を放置しておくのだろうか? 不思議である。というのも、この問題を解決する、ごく簡単な方法を私は知っているからだ。

その方法だが、まず、透明なビニール袋を用意する。それを、電子黒板の枠にぶら下げる。そして、インクが減って書けなくなってきたペンは、そのビニール袋の中に、即座に捨てるのだ。そして、事務用品の担当者は、毎日、各部屋の電子黒板を見て回り、袋にペンが捨てられていたらそれを回収し、同じ色の新品のペンを置いておくのだ。ペンは、各色2本ずつ電子黒板に置いておく。こうすれば1本が書けなくなっても、まだ残りの1本は使える状態にある。

いつも不思議に思うのは、使えなくなったペンを捨てずにトレイに残しておくことだ。だから毎回、使おうとしても使えない問題に皆が遭遇する。たぶん、インクがある時点からすっぱり無くならないで、少しずつかすれていくから、捨てにくい心理が働くのだろう。だから捨て場と、補充の流れを作ってやれば、問題は解決する。

しかし、この問題の根本は、ペンに残っているインクの「在庫量」が見えないことにある。もしもインクの残量を外から見えるように何か工夫したら(フェルト式だから難しいとは思うが)、たぶんインク切れのペンがトレイに残っていることはなくなるはずだ。

「見える化」という言葉はトヨタ自動車が使っているおかげで、ずいぶんと普及した。しかし、ホワイトボードの謎を見ると、まだまだ本当の意義は浸透していないのかな、とも感じる。たとえば、見えない在庫量を見えるようにしてやれば、それだけでいくらでも工夫の余地が生まれてくるのだ。見えないと、誰も改善しない。

いや、もう少し正確に言おう。「見える化」の効用は、在庫削減や生産効率の向上もさることながら、イライラ感の減少にたいへん役立つのだ。ちょうど書けないペンを持ってイライラすることが減るように。それはカッコよく言えば、リスクの減少である。事実を見せれば、人間は馬鹿ではないから、落とし穴は避けて通れるのだ。

リスクのある環境では、われわれは余計な思考の労力と心配を必要とする。それを無くすることは、単なる能率の向上以上に、価値があるのだ。それは、以前ここに書いた「静寂の価値」にも通じることだ。在庫の「見える化」は何よりもまず、この点に意義を見いだすべきなのである。
by Tomoichi_Sato | 2006-09-15 23:32 | サプライチェーン | Comments(0)

MRPは受注生産形態に適用できるか

日本の製造業の9割は、受注生産形態である。たしかに自動車や家電・情報機器といった花形産業の製品は見込生産品で、メーカーはいずれも世界的に有名な大企業だ。また、われわれが日常生活で触れる食品や衣料なども見込生産品だから、日本では見込生産形態が主流のように思えるかもしれない。

だが、こうした産業を支えている膨大な数の部品・材料製造業は、ほとんど受注生産の形態で運用されている。それらはしょせん中小の系列あるいは下請け企業だと勘違いしている人もいるが、巨大な製鉄所だって受注生産形態で運用されている。企業規模の大小の話ではない。“メーカー”というと、最終消費者の手に届く品物を作るスター企業で、あとは部品製造の中小下請けだ、だから受注生産は特殊な例外だ、という奇妙な錯覚は、生産管理の世界では、まず捨てた方が良い。

さて、生産管理の世界では、もう一つ奇妙な神話ないし誤解がある。それは、MRPは生産管理をコンピュータの仕組み上にのせるための、ベスト・プラクティスである、というものだ。これは、主にERPパッケージを販売するIT企業のSEたちに信奉されている。もうちょっと気の利いたSEだと、この上にAPS(革新的生産スケジューラ)という上級コースもあるが、通常の顧客にはMRPで十分だ、と割り切って考えている。

現在のERPパッケージのほとんどは、MRP(もう少し正確にいうとMRPⅡ)をベースに生産管理機能をつくっている。そして米国生まれのMRPは計画生産の思想、つまり見込生産形態の考え方が濃厚にある。むろん、MRP自体は、きちんと慎重に運用すれば受注生産でも立派に使えるし、それは米国でも実証済みである(米国だって受注生産企業はいくらでもある)。

しかし、受注生産の企業、とくに製番管理で工場を動かしている企業にMRPを導入するにあたっては、必ず注意しなければならない点が二つある。それは、購入部品の在庫ポリシー、ならびに個別設計と先行手配の関係だ。いずれも購買に関係していることに気づいてほしい。

MRPは、各部品に標準リードタイムを設定する。購入部品の場合は、外部に発注してから納入されるまでのリードタイムを設定する。この納入リードタイムがくせもので、我が国の取引慣行では月締めが原則だから、じつは発注タイミングによって納入までの期間は案外変動する。そこでいきおい安全サイドにとって、最大値を設定することになる。だから製造全体の標準期間が長くなる。

するとどうなるか。MRPでは出荷日から逆算してすべての手配スケジュールを決めるから、部品手配のリードタイムを長く取ると、とうぜん、設計に使える期間が短くなる。しかし顧客の個別仕様は昨今、ぶれてなかなか決まらない。購買手配しようにも、設計が決まらなくては手配できない。もう一つ困ったことに、MRPはBOM(部品表)ありき、の発想でできている。設計が完了して、部品表がすべてそろわないと、MRPは購買手配オーダーを発行してくれない。一部の長納期品だけ先行手配、という運用がきかない。

その結果、一部の部品がどうしても当初の予定通りに工場に納入されなくなる。工場は、材料のモノがそろわなくては製造できない。にもかかわらず、MRPは元の予定通りに、製造オーダーを現場に対して発行する。こうして、不可能なミッションを与えられて現場の班長は円形脱毛症になってしまう。

もともと日本の製番管理は、あまり常備品在庫を持たず、毎回、個別手配をかける方式である。一方、MRPは常備品在庫とロットまとめの思想を前提としている。だから、購買品が届かないために製造スケジュールをフォワードでずらす、という仕組みがない。BOMの完成を待たずに、部分的に先行発注する発想もない。

最近私が見聞きした経験では、こうした生産形態の違いに無自覚なまま、生産管理分野にMRPを導入しようとするケースが目立つように思える。ようやく不況を脱しつつある我が国の製造業では、10年以上にわたった投資の空白期間を埋めるために、ERPパッケージの適用分野を生産部門にも広げようとする動きが多い。しかし、繰り返すが、MRPを受注生産に適用するには、かなりの注意と、業務の変更が必要なのだ。それは、“パッケージのベスト・プラクティスに業務を合わせ、BPRを推進する”といったカッコいい主張とは、まったく別の次元の話である。
by Tomoichi_Sato | 2006-08-19 10:56 | サプライチェーン | Comments(0)

納期短縮三か条

私はタイム・コンサルタントである。「時間の悩み」を抱えるクライアントに対して、解決へのアプローチを示すことで、プロフェッショナルとしてのビジネスを成立させている・・・と、自己紹介には書きたい。できれば。

しかしまあ、現実はなかなかそう甘く行かない。タイム・マネジメントの仕組みを提案するだけでは、なかなかビジネスにはならないのだ。生産スケジューリングやプロジェクト・スケジューリングの仕事をしていてつくづく感じるのは、『やっぱりコスト削減が優先』という圧力の強さである。製造業や流通業向けのSCMシステム構築の課題は、物流費の削減が真っ先にくる。納期短縮は、「それもできたらやりたい」であって、部分目標でしかない。だから私は、パート・タイム・コンサルタントという存在だ。

コスト競争はすでに行き着くところまで行ってしまった。あとは非価格競争力の問題で、性能だとか品質だとかも大事だろうが、納期で勝負すべきだ。"Time is Money"にも書いたとおり、私の主張はこの点にある。

ところで、うっかり作りすぎてしまった製品は、在庫となって財務諸表に現れる。それも不思議なことに、さも資産であるかのように。ところが、納期を遅れて売り損なった注文は、財務諸表のどこにも現れない。だから、それは見えないコストとなり、経営の関心の外になる。こういう心理的メカニズムが、どこかで働いているにちがいない。

それではもし、そうした心理的な霧が晴れて、納期短縮が重要だと気づいたら、どうしたら良いのか。私だったら、3箇条の処方箋を書く。

(1)「隘路に集中すべし」

クリティカル・パス(隘路)を見つけ、その短縮に集中すること。いうまでもないが、クリティカル・パス以外の作業をいくら努力して短縮しても、全体の納期は早まらない。この原理を、皆が理解する必要がある。これはとくに、新製品開発の納期において大事だ。むろん、設計に手こずりがちな受注生産形態でも共通の処方だが。

全員の目標を、納期短縮に向けることが、何よりも重要である。設計部門は性能を、購買部門は資材コストを、製造部門は作業効率を第一に動いていたら、誰が納期に責任を持つのか?

(2)「進捗を皆に見せるべし」

進捗が見えると、事前に準備できる。じつは、これが大きいのだ。バトンリレーも、事前の助走が大事だろう。人間は賢い存在で、先読みができる。言われたことだけをやるロボットとは違う。多くの企業では、部門の壁や、事業所の地理的な分散によって、他の仕事の進捗が見えて来ない。これを見えるようにしてやるだけで、納期は1-2割程度短くなると言っても過言ではない。

進捗がいったん後退したら、その事実を直視することも重要だ。とくに設計業務は、環境変化や客先の気まぐれで、いったん決まったはずのことが元に戻ってしまうことが多い。「こういう手戻りが生じる業態では、プロジェクト・スケジューリングの道具など使えますか? 使えないでしょ?」などとセミナーで反論されたこともあるが、無論、使えるのである。

進捗というのは、“これまでどれだけ工数をかけたか(努力したか)”ではなく、“あとどれだけ仕事が残っているか”で測るべきものだからである。もし手戻りしたら、進捗率は下がるべきなのだ。それが事実なのだから、仕方がない。この質問者は、「進捗は下がってはいけない」という理屈(願望?)と現実把握を取り違えておられるのだろう。マネジメントというのは、客観的な事実認識からスタートすべきものなのだから。

(3)「時間はお金で買うものと思うべし」

納期短縮にはコストとリスクがつきまとう事を理解すること。納期を短縮するためには、ある程度先読みをして、準備や手配をかけておく必要がある。ここには推測が入るため、ずれや手戻りのリスクも生じる。急いだ分、余分なコストがかかってしまうのだ。これを逆に表現すれば、お金を節約しようとすると、時間がかかる、ということになる。

時間とお金との間には、トレードオフの関係がある。お金を取るか時間をとるか、マネジメントが指針を下すべきなのだ。「繁忙期には納期優先で考え、閑散期にはコスト優先で行こう」という顧客がいたが、これはとても立派なポリシーである。トレードオフの状況でどのような判断を下すべきかを定めた指針を、企業の「戦略」ないし「ポリシー」と呼ぶ。

そして、困ったことに、戦略もポリシーも持ち合わせていない会社が、じつはとても多いのだ。選ぶとなると必ず、目に見える「お金」になってしまう。だから私は、いつまでたっても、パート・タイム・コンサルタントでしかないのである。
by Tomoichi_Sato | 2005-09-21 23:25 | サプライチェーン | Comments(0)