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お知らせ:納期遵守のための1日セミナー(11月25日・大阪)

来る11月25日(土)に、大阪府工業協会で納期遵守をテーマとした1日セミナー(有償)を行います。一昨年からはじめたセミナーもバージョンアップを重ね、今回で4回目の開催となります。

主に受注生産型の工場における納期遵守のための生産計画と統制(コントロール)について、製造業の実務家向けに、理論・事例と演習を含めてお話しします。

拙著「革新的生産スケジューリング入門」や「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務)」をお読みになった方はご承知の通り、わたしは具体的なテクニック論のみならず、原理・原則に関する体系的な理解を重視します。そのため、生産活動の仕組み全般を『システム』としてとらえ、その生産システムをより良く運用するにはどうしたらいいか、また仕組みをより上手に設計するためには何に留意したらいいか、を考える『システムズ・アプローチ』をとります(もちろん、ここでいうシステムとはコンピュータのことではありません)。

したがって業種分野については、わりと間口を広くとってお話しできる点が特徴です。普通の現場改善コンサルタントの講義に、飽き足りない気持ちでおられる技術者の皆さんのヒントになればと思っています。関心のある方のご来聴をお待ちしております。


<記>

日時: 2016年11月25日(金) 10:00-17:00

テーマ: 「納期遅れを起こさない 生産統制のポイント
     ~ 工程管理担当者の実務能力の強化 ~」

主催: 公益財団法人 大阪府工業協会

会場: 大阪府工業協会研修室
     大阪市中央区本町 4-2-5 本町セントラルビル
     (市営地下鉄御堂筋線「本町」駅8番出口すぐ)

セミナー詳細: 下記のPDFファイルをご参照ください(「受講申込書」も兼ねています)

by Tomoichi_Sato | 2016-10-27 22:41 | サプライチェーン | Comments(0)

生産システムとは、どういう仕組みだろうか

法政大学の西岡教授といえば、現在、「つながる工場」のための緩やかな標準づくりで、日本版インダストリー4.0として注目を集めるコンソーシアム"Industrial Valuechain Initiative”(IVI)https://www.iv-i.org/を率いている方だ。その西岡教授は、日本機械学会の研究分科会報告の中で、世の中にあるシステムは、二種類に大別できる、という興味深いことを書いておられる。

「自動車や携帯電話など、人がその外側にいるシステムを第一種のシステムと呼び、人がシステムの内部にいて、その構成要素となっているものを第二種のシステムと呼ぶことにしましょう。はたらく作業者である“私”にとって、私は生産システムの一部であり、システムの内側にいます。これまで工学の世界では、第一種のシステムを多く手掛けてきました。その反面、第二種のシステムは、挙動が自然法則のみに依存せず、なかなか理論化で きません。」(http://www.jsme.or.jp/fad/sig/cm/N008_industrial_valuechain_initiative.pdf
P.3-4より、筆者が語順を一部改変して引用)

これは非常に卓見であると思う。わたしの知る限り、これまで、この二つのシステムを区別して論じた工学者はほとんどいなかった。第二種のシステムは、従来の科学法則のみに立脚したシステム工学だけでは、うまくいかない。より新しいアプローチが必要なのだ。

わたしは前回の記事で、「生産のマネジメントとは、生産の仕組み(システム)をつくり・活かし・進化させ、それによって働きがいを創出すること」だと書いた。では、『生産のシステム』とは、具体的には何をさすのか?

もちろん(くどいようだが)ここでいう「システム」とはコンピュータ・システムのことではない。人間をその要素として含む、第二種のシステムである。

そして(当たり前だが)生産システムは人工物である。どこからか造物主の手により忽然と現れた訳ではないし、自然に生じたものでもない。誰かが作ったものなのだ。作ったのは、一個人ではないかもしれない。繰り返し、多くの人の手で少しずつ進化し、改良されたかもしれない。だが、そこには人工物としての設計意図がなければいけない。

この『生産システム』、普通の言葉では「工場」に相当するといってもいい。ただし「工場」という語は、建物とか場所を意味する場合もあるし、あるいは企業組織内の一部門を意味する場合もある。また、購買とか生産技術とか受注センターは、本社にあったり工場から離れていたりすることもある。だから「工場」と、わたしのいう生産システムは、つねにイコールではない。

さて、人工物であるシステムを理解するには、その目的・機能・構造を見れば良い。目的とは、
(0) 最終的に何をめざし、何の役に立つのか、
ということだ。

システムの機能とは、具体的には以下の6点で代表される。
(1) 直接的に何をアウトプットするのか
(2) そのためのインプットは何か
(3) その動的特性はどうなっている(どうあってほしい)のか
(4) インプットや取り巻く環境とのインタフェースはどうなっているのか
(5) その制約条件は何か
(6) そして、その性能(目的関数)は何でどう測るのか

またシステムの構造とは、
(7) 何の要素から成り立っているのか
(8) 要素間はどのような形状(空間的配置)で接合し合っているのか
(9) 要素間はどのようなインタフェースでつなげられているのか
で表現できる。ちなみにシステムの構成要素もまたシステムである場合は、「サブシステム」と呼ばれる。

あるシステムが何か、という疑問は、上にあげた10個の質問に答えることで、ほぼ記述できる。

では、生産システムの目的に関する、質問(0)からいこう。生産システム自体の目的は、生産という行為を通じて、永続的に付加価値を生み出し続けることである。これを達成できなくなった場合、つまり付加価値を生めなくなったとき、あるいは付加価値は生むが一過性で、将来まで継続できないときは、その存在理由が疑われる。

生産システムの機能の根幹とは、「(1)需要情報というインプットを、(2)製品というモノ(あるいは製品に実現された付加価値)に変換してアウトプットすること」である。このことは、このサイトでもすでに何度か述べてきた。そのサイド・インプットとして、原料・部品 や、用役・副資材 などがある。
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(3)動的特性は、製品の種類や業態により、さまざまだ。それは一般に、「生産リードタイム」という言葉で代表される、需要変化への追尾特性をいう。(4)主要なインプット(需要情報)とのインタフェース方式によって、いわゆる「生産形態」が分類される。生産形態は教科書にある4種類、つまり
- ETO (Engineer to Order):受注設計生産
- MTO (Make to Order):繰返し受注生産
- ATO (Assemble to Order):受注組立生産
- MTS (Make to Stock):見込生産(「需要予測生産」ともよぶ)
および、
- 下請け型受注生産
の5つからなるが、複数製品でこれらが混在することもある。なお、最後の「下請け型受注生産」はわたしが名付けたもので、日本の部品製造業に多く見られる特殊形態だが、普通の教科書には載っていない(たぶん欧米には存在しない)ものだ。詳しくは「“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない」第5章を見られたい。

生産システムの(5)制約条件として代表的なものは、「生産リソース」(つまり構成する人や製造機械類)を、すぐには増減できないことであろう。もちろん他に、資金的な制約もあるのが普通だし、それ以外にも労働基準法や環境規制などさまざまな法規制にしばられている。

生産システムの(6)目的関数(性能)については、すでに別のところで述べた(「システムとはいったい何を指すのか」http://brevis.exblog.jp/20878001/)。この話は奥が深いのでここでは詳述しない。

つぎは構造面だ。(7)構成要素(生産リソース)は以下のものから成り立っている:
- 働く人々(「組織」として構造化されている)
- ハードウェア(製造機械・物流設備・工具・金型・治具類)
- 建物(正確には、それによって作られる作業空間) →これは(8)空間的接合を主に決める

リソース間の(9)インタフェースでやりとりされる情報は、紙の伝票も電子データもあるが、これは指示系と実績系に分けられる(生産計画、製造実績など)。その中核には、「広義のBOMデータ」がある。広義のBOMとは、
- BOM(部品表)データ
- 品目データ
- 工順(工程表)データ
- 資源表
- BOQ(資源能力表)などなど
である。これらは、さらに、行き交う一過性のもの(トランザクション)と、繰り返し利用されるもの(マスタ)に分類される。とくにBOM・工順・BOQなどは、生産形態に応じて、マスタ化されている場合と、毎回、設計によってデベロップしていかなければならない場合がある。

わたしがこのような生産システムの全体像の認識にいたったのは、10年くらい前のことだったかと思う。キーポイントは、主要なインプットが「需要情報」であると気づいたことだった。というのは、わたしがエンジニアリング業界に入った頃は、いまだ高度成長期の工場観がずっと受け継がれていたからだ。それは、
「工場とは原材料をインプットとして、製品をアウトプットする仕組みである」
というものだった。今のわたしの認識との違いは、お分かりだろう。従来概念での主要なインプットは、「需要情報」ではなく「原材料」だったのだ。
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では、需要情報はどこにあるのか? もちろん、そんなものは、無くてもよかったのだ。高度成長期とは「モノは作れば売れる」時代だった。この時代の工場概念は、大量生産・薄利多売とワンセットだった。しかしバブル時代を経て、次第に世の中は成熟市場となり「モノあまり時代」になった。製品は必然的に多品種化し、気まぐれな顧客ニーズに合わせて生産しないと売れなくなった。つまり、主なインプットが交代したのだ。

こうした時代の変化にもかかわらず、生産システムの設計思想は、多くの企業で変わらぬままとなっている。そもそも、旧来の生産システム自体、誰かが意識してデザインしたものか、それとも、よその真似や「業界常識」でそうなったのか、よく分からぬ会社が少なくない。そして、海外に工場を建てるときも、無意識に「マザー工場」のあり方をコピーしていく。それでうまくいったら不思議である。

だから、「今こそエンジニアリング会社の出番です」、とはまあ、言うまい。ただせめて、工場のハードを更新したり建て増したりする際に、「生産システム」の設計の視点を、もっともってほしいと思う。わたしは工場見学が趣味の人間だが、あちこちで、あまりにも勿体ない事例を見てきた。もっとうまく設計し運用すれば、同じ費用でずっと付加価値の上がる工場になるのに、と感じるのだ。

それにしても(自分で書いていて思うのだが)、こんな抽象的な話、誰かの役に立つのだろうか? 生産管理のセミナーなどを聴きに来られる方は、ふつう、目の前の問題(ペイン)に悩む人ばかりだ。在庫過剰とか納期遅れとか。いや、赤字や売上不振など、もっと深刻な問題もあるはずだ。明日の米びつの心配が最優先だ、というのがふつうの感覚であろう。そんなとき、「生産システム」などという認識は、何かの役に立つのか?

それは、地球儀は何の役に立つのかという質問に似ている、と思う。地球儀は、町中で道に迷っている人に、直接は役に立たない。過去や未来をマクロに考えたい人に役立つだけだ。

あるいは、運転免許の講習に、自動車の構造説明なんて無用じゃないのか?という問いにも、似ている。ほとんどの受講者はきいていないし、きいても理解できないだろう。だが、考えてみてほしい。オイルは汚れ、タイヤの空気圧は低く、ラジエーターの水は足りないのに、ローギアのまま高速を走って、“この車は何で早く走らないんだろう?”と悩む運転手は、あなたの回りにいないだろうか? みな、毎日の運転でヘトヘトに忙しい。でも、その悩みは、すこしだけ「仕組み」の根本を理解することで、直せるのかもしれないのだ。

<関連エントリ>
 →「生産システム-その目的と機能は何か」 (2008-08-04)
 →「システムとはいったい何を指すのか」 (2013-08-01)
by Tomoichi_Sato | 2016-05-17 22:57 | サプライチェーン | Comments(0)

生産管理という仕事の目的は何か

以前、このサイトの読者の方から質問をいただいたことがある。「生産管理とはそもそもどういう仕事でしょうか?」という主旨だった。この方は製造現場から生産管理へ異動になった際に、仕事の全体像や目的をきちんと考えたく思い、本屋やネットを探して、わたしのサイトの「生産管理とはどういう仕事か」http://brevis.exblog.jp/7709373/ という記事にたどりついたのだそうだ。

上記の記事で、わたしは「生産管理とはあくまでサポーターであり雑用係といえる」と書いた。だが、この答えでは今ひとつ納得しきれない気持ちがあって、メールいただいたという次第だ。この記事は2008年4月、つまり今から8年も前に書いたものだが、いまだにそれなりのアクセス数がある。ということは、こうした問題を考えあぐねている人は、世の中にけっこう多いのだろう。

ただこの記事は、「サポーター、雑用係とはあんまりな言い方」というコメントも頂戴した。わたしは、プロジェクト・マネジメントの仕事は雑用の集積だ、などと考えている人間なので、『雑用』をムダだとか下層の仕事だという風には思っていない。むしろ一種の謙譲語として使っている。そうとらえることで、かえって仕事の本質、本来の目的が見えやすくなるのではないかと考えたのだ。だが、むろん雑用という言葉に引っかかり、ムッとされた方もいるだろう。自分の大切な仕事を雑用とは何だ、と。

でも、ちょっと考えてみてほしい。かりにあなたがジャズバンドのリーダーだったとする。仲間と一緒に音楽するのが純粋に楽しい。ところで、近々ライブを計画している。会場を手配し、曲目を決め、お知らせやチラシを作成して配り、必要ならゲストを呼んで、練習のためにスタジオも借りなければならないだろう。採算の心配もしなければならない。こうした面倒な仕事のほとんどは、リーダーであるあなたが采配する。そして、こうした仕事は、あなたや他のメンバーにとって、「雑用」に思える。なぜなら、あなた方にとって“本来の目的”は、楽器を演奏して音楽を楽しむことにあるのだから。

純粋に音楽を作ることにのみ心が向かう人にとって、それ以外の手配や環境作りは、雑用である。だから、バンドが成長し有名になったら、誰か「マネージャー」を雇って、そうした事は一切任してしまいたい。でもそれまではリーダーがまとめ、メンバーと分担して雑用を続けるしかない。ところで、雇われマネージャーにとって、会場手配や広報や会計などは、「本来の仕事」である。本人はもしかすると「雑用係です」と謙遜した言い方を、外部に向かってはするかもしれないが、その人自身にとっては、ちっとも雑用ではない。バンドに必要な、大事なことだからやっているのだ。

「製造部門」の仕事が音楽作りに相当するならば、いわゆる「生産管理部門」の業務は、雇われマネージャーの仕事に相当する。では、この雇われマネージャー、いいかえると生産管理の仕事の、目的・使命とは何なのか? それが今回の主題だ。

(ところで余談だが、最近、ノートルダム清心学園理事長でベストセラー『置かれた場所で咲きなさい』の著者・渡辺和子氏が講演の中で、
「この世の中に『雑用』というものはございません。わたし達が用を雑にしたとき、いい加減にしたとき、その用は『雑用』になります」
と発言されているのを知り、面白く思った。ちなみにこの方はカトリック修道会のシスターだが、この講演は鎌倉の禅宗の総本山の一つ円覚寺で行った夏期講座だったのが、また面白かった)

さて、生産マネジメントという仕事の目的は何か? この問題を考えるにあたって、まず言葉について整理しておきたい。わたしは「管理」と「マネジメント」という用語を、あえて区別して使っている。両者はイコールではない。日本語の「管理」に相当する英語は、Management、Control、Administrationの3つがあり、かなり別の領域をさしている。この英語の区別については以前も「マネジメントと管理はどこが違うか」http://brevis.exblog.jp/10625203/ に書いたのでここでは繰り返さない。

日本語の「管理」がまた、くせ者の言葉である。ビジネス社会で管理といえば、権限・権力・地位などを通常伴っている。ところが「生産管理」だけは、管理なのに地位・権力がない(まあ品質管理や在庫管理も同様だが)。もしも生産管理が“生産を管理すること”を意味するのならば、工場組織はピラミッドの一番下に製造部門がいて、その上に生産管理部門があり、そのトップはすなわち工場長である——ということになりそうだ。だが、そんな会社は見たことがない。

にもかかわらず、多くの会社では——ここが日本語および日本のビジネス文化の不思議なところだが——生産管理は「管理」だから“技術屋ではなく事務屋の仕事”とされ、しばしば文系の配属先となっている。そのことの是非はおくとしても、こうした事情がますます、問題を分かりにくくしている。だからここでは、あえて一番広義で、ハイレベルな(=抽象度の高い)言葉である「マネジメント」を使うことにする。一般に、問題を考える際には、より大きな視野から問題の位置づけをとらえる方が、局所的でおかしな習慣の枠にとらわれずにすむからだ。

で、そもそも生産のマネジメントの目的とは何なのか? わたしの答えは比較的シンプルである。それは、生産の『仕組み』(システム)を 、
1 生み出し 、
2 活かし 、
3 進化させる。 そして、
4 それによって働きがいを創出する
ことを使命としている。
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使命の中に「進化させる」ことが含まれているから、この使命は永続的で終わりがないことを示している。生産の仕組み(システム)とは、生産のための機械設備や、働く人々や、そのための空間(建屋)や、情報・データをやりとりする手順全てを含んでいる。なお、「システム」という言葉を使ったが、これはコンピュータとは直接関係がない。すべて紙と帳票で動かしていたって、それが『仕組み』である以上はシステムと呼べる。

いやいや、ちょっと待ってくれよ、と読者は思われるかもしれない。生産の仕組みを生み出す、つまり製造ラインを設計したり設置したりするのは、「生産技術部門」の仕事ではないか。“活かす”の部分の主役は、「製造部門」ではないか。だって彼らが製造機械を動かしているのだ。そして“進化させる”となると、たとえば「保全部門」「品質管理部門」の仕事もからむし、まして“働きがいの創出”なんて、経営者の仕事じゃないか!

そうかもしれない。だが、繰り返すが、上に述べたのは、もっとも広義でハイレベルな、『生産のマネジメント』のめざす目的、使命である。この中には、工場長がやるべきことから、現場の一担当者がやるべき事まで、すべて含まれている。そして個別の企業の生産技術・生産管理・資材購買・加工・製造・品管・保全・物流・・といった縦割り組織が、本当にこのような目的にふさわしい分業形態と目標設定になっているかどうかは、別問題である。

また、“活かす”という言葉にも注意してほしい。製造部門が機械を動かしているからといって、それを“活かし”ているとは、必ずしも言えない。もしかりにポルシェを町内の宅配便につかったら、ポルシェを動かしてはいるが、活かしていることになるだろうか? かりにもし製造部門が高機能な連続鋳造装置をフル稼働させて、その結果、使いもしない素材の在庫の山を築いたら、それは活かすことになるのか? それを生産管理部門が止める事の方が、活かすことになるのではないか。ある仕組みを、より価値の高い使い方に仕向けることこそ、“活かす”の意味なのである。

普通の工場における、いわゆる「生産管理部門」の中心的な仕事とは、計画・スケジュールの立案、作業の手配指示、進捗確認、そして問題発生時の対応などであろう。区別のため、これを狭義の「生産管理」と呼ぶことにする。ではなぜ、このような種類の仕事が必要なのか?

すべて一人でやる職人の工房には、「生産管理」はいらない。頑固親父が一人でやっている和菓子屋を想像してほしい。 材料の手配も、製造も、来客の注文さばきも、みな一人でやって、できている。

狭義の生産管理が要るのは、生産のスケールが大きくなって、分業が発生するためなのだ。一日に千人のお客が来る大店(おおだな)の御菓子司は、一人ではさばけない。売り子と作り手の分業、仕入れと仕込みと配達の分業、などが生じてくる。つまり店という「システム」になったのだ。かくして、販売(注文)と生産のすり合わせ 、製造と資材(購買)のすり合わせ、品質検査と出荷のすり合わせ・・・こうした調整が必要になる。 いいかえると、情報の交通整理である。こうした交通整理が、いわゆる狭義の生産管理の本質なのだ。

近代的な生産の仕組みにおいては、必ず「指示」と「報告」が行き合う。生産指示に対して、生産実績の報告が上がり、資材購買指示(発注)に対しては、納品書(納入報告)が上がる。こうした指示と報告情報のハブとして、全体の管制塔となること。それによって人や機械などの生産の仕組み・システムを「活かす」こと。 つまり、最小のインプットで最大の付加価値(スループット)を得られるようにすること。ただしそのことが労働条件の過酷化を招いて、「働きがいを創出する」障害とならないようにすること。効率の最大化だけに着目して、変化に適応し「進化する」ゆとりを無くさないようにすること。こうしたことが生産管理の仕事である。

これほどまでに大事な役割であるにもかかわらず、「生産管理」が余計な間接業務、事務作業だと思われているケースをときおり見かけるのは、なぜだろうか? たぶん、組織がどこかで目的意識や価値観を見失っているのだ。まるで売り子や配達の仕事をバカにして、「俺の菓子作りの腕があるからこの店があるんだ」とうそぶく職人のように。

まあ、世の中にはどんなに丁寧に説明しても、自分の抱えた仕事だけが偉くて、他はくだらぬと信じる手合いが一定数いる。彼らは自分がシステムの一員であることを知らない。大店全体がシステムとして機能し利益を出すから、職人も安心して腕をふるえるのである。システムでは、すべての要素がちゃんと機能して、はじめて全体が価値を生み出す。だから、要素間でどれが偉いの偉くないのという議論は、無意味なのだ。たとえどこかの要素(部門)が情報のハブとなり、そこが指示を出ししていても、それは「そうした役割」をおっているだけで、上下関係ではなない。たしかに生産管理は製造作業を直接する訳ではないから間接業務だが、大切な業務である。「大事な雑用」が、世の中にはあるのだ。

ものづくりをテーマとした展示会やサイトなどでも、取り上げられるテーマの中心は、製品の設計技術や、製造機械の生産技術・検査技術などであり、生産管理を真っ正面から取り上げたものは少ない。わたしは、このことを大変残念に思っている。それは生産管理が、生産システムの情報のハブである事を、多くの企業も技術者も認識していないことを示しているからだ。要素技術ばかりに熱中し、全体のシステムを見ないビジネス文化に、わたしは危惧を抱いている。ちょうど楽器をいじることのみに熱中し、それ以外はすべて「雑用」と貶めるジャズバンドのメンバー達のように。それは、「システムズ・アプローチ」の弱さを示しているのだろう。

最初の質問を寄せられた方には、こうお答えした:
「『そもそも生産管理とは何か』という問いを立てられたところがまず、素晴らしいと思います。“そもそも論”を考えようとする人は、少数です。100人中98人は、目の前の仕事や直接の成果だけを考えているのが現実です。これでどうして改善やら改革が可能でしょうか?
わたしのサイトは、『そもそも論』を自分の頭で考える人(=システムズ・アプローチの素質がある人)に役立つサイトを目指しています。」

そして、生産システムのマネジメント理解する糸口として、共著の「“JIT生産”を卒業するための本―トヨタの真似だけでは儲からない」をおすすめした。この本の第5章は、わたしが書いている。べつに(信じてもらえないかもしれないが)自著の宣伝のためにおすすめしたのではない。こういうアプローチで生産管理を論じた本が、滅多にないからなのだ。生産管理の仕事は、カンバン方式だとかMRPだとかのツール・手法の集合ではない。生産というシステム全体を見て舵取りをする、航海士やパイロットのように高度な技術専門職であることを、一人でも多くの人に知ってもらいたいからである。

<関連エントリ>
 →「生産管理とはどういう仕事か」(2008-04-09)
 →「マネジメントと管理はどこが違うか」(2009-07-15)
by Tomoichi_Sato | 2016-05-11 07:00 | サプライチェーン | Comments(0)

同じモノか、違うモノか? - マテリアルの同一性問題をめぐって

前回、「E-BOM(設計部品表)とM-BOM(製造部品表)の関係を考える」 を書いた後で、この分野の専門家の方々と少しやりとりがあり、わたしのつかったBOMという言葉に分かりにくい点があったかな、と気づかされた。そこで今回は補遺として、用語を明確にすることからはじめたい。

一般に、『BOM』という言葉は、三つの意味を持っている。それは「BOMデータ」「BOMデータベース」「BOMソフトウェア」だ。同じ一つの問題の、三つの側面といってもいい。

BOMデータとは、部品表(業界によっては「材料表」)の内容そのものである。データというのは、数字や文字の規格化・定型化された並びのことである。BOMデータとは、マテリアルの数量的な関係を示した一覧表で、たとえそれが手書きでも、Excelの表の形でも、きちんと業務でハンドリング可能な形になっていたら、BOMデータと呼べる。ただし、誰かの頭の中にあるだけで、形式化されていない状態では、まだデータとはいえない。(なお、データと情報の違いについては『ITって、何?』の「質問2: ITを理解している人を見分けるにはどうしたらいいの?」 を参照のこと)

BOMデータベース」とは、コンピュータの中に形式化されて保存されているデータを指す。データベースは、ご承知の通りマスタ・データと履歴(トランザクション)データに、さらに区分することもできる。BOMデータベースは、その両者の形態があり得る。

BOMソフトウェア」とは、主に上記BOMデータベースを処理する情報システムのことだ。製造業ではBOMはいろいろな業務に関係するから(設計・購買・製造・保守・原価など)、いろいろな業務系システムがBOMソフトウェアとなり得る。とくに、BOMデータベースの維持管理を主目的としたソフトウェアをつくる場合、それは「BOMプロセッサ」と呼んで区別することにしている。

このサイトでは今後、上記の三つを、可能な限り区別して使うことにする。たとえば前回「どんな製造業でもBOMはある。ただし、BOMをきちんとマネジメントしている企業は少ない」と書いた。これは、より正確には、次の意味である:
どんな製造業にもBOMデータはある。だがBOMデータをマネジメントしている会社は少ない。

たとえば、製品を自前で製造している会社なら、ふつうは必ずP-BOM(購買部品表)データをもっている。これがなければ部品材料を仕入れられないからだ。もしもその会社が、よくセットメーカーにあるように、部品は全て外部から購入し自社では最終組立・検査のみを行う業態の場合、
 P-BOMデータ=M-BOMデータ
でもある。自社内で加工・製造を行う業態の場合、工程ごとに展開されたM-BOMデータをもっているはずである。そうでなければ、各工程に製造指図書(製造オーダー)を発行できないからだ。ただし、その企業が構造型の「BOMデータベース」を持っているかどうかは不明だが。

また、設計機能のある会社なら、必ずE-BOMデータはある。それは組立図面の上のたんなる表かもしれないが、データではある。

(小うるさいことを書くようだが、念のために注釈。製造業の裾野は非常に幅広い。製品を自前で生産しないメーカーというのも存在する。製造を全て外部委託している会社だ。具体的には、一部の電子機械メーカー、開発型医薬品メーカー、そして多くのアパレルメーカーなど。出版社もこれに近い。また、自社で設計をしない製造業は、中小下請け部品メーカーに非常に多い。それから、化学・食品産業などではBOMという言葉はあまり使わず、「レシピ」概念がそのかわりにある。ただ、混乱を避けるため、わたしの話はデフォルトで「組立加工型・繰返し生産形態・生産管理中心」で書いている。日本ではそういう企業の裾野が一番広いからだ。読者諸賢は、ご自分の業種業態にあった形で翻案しながら、お読みいただきたい)

さて、BOMデータをきちんとマネージするためには、普通はBOMデータベースが必要だ。他方、上述のようにBOMソフトウェアは業務目的別に複数持つ場合もある。たとえば設計業務用ソフトと、生産管理用ソフトのように。もちろん両者が一つのソフトウェアで済むなら、それに越したことはない訳だが、現実にはなかなか難しい。そういう意味で、E-BOMソフトウェアとM-BOMソフトウェアが別々にあるケースは珍しくない。同一のBOMデータベースから、異なる表現形式としてE-BOMとM-BOMを取り出す例もあるだろうが、あるいは物理的に別々なDBかもしれない。

では、わたしが前回述べた、「E-BOMとM-BOMの乖離問題」とは何のことなのか? それは、データ内容の乖離の話である。設計部門と生産部門が維持・参照しているBOMデータの中身が、だんだんと食い違ってくる。それが社内で様々な問題を引き起こしているのである。たとえばユーザからクレームが入った。保守部門が対応すべくアクションを起こす。ところが調べてみると、設計図面とは別の部品が使われている。あるいは、工場内で部品の欠品が起きる。本社資材部門は正しく手配済みのはずだった。だが工場では当該部品とは別の部品を使用することが恒常化していた・・。こうした不便がいろいろと起こりうるのだ。

そしてBOMデータ内容の中心は、マテリアル・コードである。マテリアル・コードとは部品材料を特定するキー・コードのことで、会社によっては部品番号とか品目コードとよぶ場合もあるだろう。ある部品のマテリアル・コードは何か、その子部品のコードは何か、がBOMデータの中心部分である。BOMデータの乖離とは、同じ製品を構成するはずのマテリアル・コードが、設計部門と生産部門で次第に食い違っていく事態を意味する。甚だしい場合は、両者でまったく異なるコード体系をもっている。まあ、仮に異なるコード体系であっても、その間に1対1の対応関係があるなら、まだいい。その対応関係が次第にずれて1対NやN対Nになっていき、機械的な変換ができなくなるから、こまるのだ。

なぜそのような乖離が起きるのか? それは、異なる部門間で、ある品目が同一であるか、違うモノかで意見が異なってしまうからなのだ。

例を挙げよう。ここに、「岩手産の牛乳1ℓ瓶」と、「十勝産の牛乳2ℓパック」 があったとする。この両者は、同じモノなのか、違うモノなのか?

仮にあなたが、ある食品メーカーで、マテリアル・マスタの管理者だったとする。お好みなら、SAPのMMかなんかでもいい。そこにユーザから、上のような質問があった。どう判断するべきだろうか?

見た目に明らかに違う物品だから、別のコードで登録すべきだ、などと結論にジャンプしてはいけない。慎重なあなたは、ためしに、社内の関係者に質問してみることにした。

あなたの会社にはチーズ製造部門がある。そこの購買課に見解をたずねると、こう答えた。
「乳脂肪含有率が重要だ。産地が違えば区別が必要だ。いや、季節によっても品質は変動する」。
一方、あなたの会社はレストランもチェーン経営している。そこの仕入係の見解はこうだ:
「コップに注いでしまえば産地も容器も関係ない。要冷蔵かどうかだけが重要だ。」

片方は別のモノだと答え、もう一方は区別の必要はない、という。

二つのものが同一物かどうかは、会社によって違い、部署によっても違う。つまり、ものの見方によって違うのだ。そこには、第三者が客観的に決められる厳密な基準はない。では、『モノの見方』を規定するカギは何なのか?

こたえは単純だ。同一と見なせるかどうかは、「キーとなる属性」が同一かどうかで決まるのだ。キーとなる属性とは、業務上の要求仕様のことであり、マテリアルの使用目的によって決まる。チーズ製造部門にとってキーとなるのは乳脂肪含有率であり、レストランにとっては保管方法だった。だから、使用する企業・部署ごとに見方は変わるのである。どちらが正しい、どちらが間違っている、ではない。ただし、企業として統一したマスタを持つのなら、そこには基準が必要だ。そして、それは区分がむやみに増殖しないような基準であってほしい。

たとえば、「設計上は同じ仕様だが、サプライヤーが異なる物品」はどう扱うべきか? もしも製造組立でまったく互換性がある場合は、両者は同一のモノである。 でも、価格や納期が異なるとしたら? その場合、サプライヤーに依存する属性は、品目マスタではなく、「購買情報マスタ」に登録するのが定石なのだ( 「購買情報マスタ」は、マテリアル・コードと取引先コードを複合キーとするマスタである)。

あるいは、「設計上は同じ仕様だが、荷姿や入り数や保管方法が異なる物品」は?  その場合、物流側の情報システムで、SKU(Stock Keeping Unit)として区別するのが定石だ。

そのような形の工夫を重ねることで、マテリアル・マスタの品目数がずるずると膨張し、類似したデータが増えて1対N風の状態になることを防ぐことこそ、BOMデータをマネジメントする際の要諦なのである。

わたしの接してきた経験では、残念ながら多くの企業が、このような判断基準を社内的に確立していない。そもそも購買情報マスタだとかSKUだとかいうことさえ、理解されていない。こうした事情の背景には、部門同士の距離感があるのだろうと感じる。各部門がサイロのようになって、部門単位で最適化された業務フローを持ち、それに応じて情報システムを作ってしまう。結果として、本社設計部門の管理する部品マスタと、工場の製造部門のつかう品目マスタの対応関係が、乖離してくるのである。これを称して、E-BOMデータとM-BOMデータの乖離という。

これを防ぐためにはどうしたらよいか? 原因が単純である以上、解決法も単純だ。社内の複数部門を横断する「マテリアル・マネジメントのためのコミッティー」を形成し、そこで基本指針を定め、各種情報システムの要件にも口をはさむ。個別の事案の判定は、実務担当チームを任命してあたらせる。このようにすべきだろう。

拙著「BOM/部品表入門」では、社内の10以上の部門が横断的に集まるBOM検討ワークショップによばれた、外部アドバイザーの矢口先生が、各部門の担当者に順番に質問を発していくという形式で書いた。それは、上に述べたような問題意識があったからだ。マテリアル・マネジメントは、非常に多くの部門にまたがる課題である。だから、部門の垣根を越えて話し合う仕組みがどうしても必要なのだ。

単純だ。だが、難しい。単純なことほど実現の難しいのが、会社というものだろう。そしてそのために、マネジメントという機能が存在するのである。


<関連エントリ>
 →「E-BOM(設計部品表)とM-BOM(製造部品表)の関係を考える」(2016-02-21)
 →「『ITって、何?』質問2: ITを理解している人を見分けるにはどうしたらいいの?」 (2010-10-07)
by Tomoichi_Sato | 2016-02-28 15:56 | サプライチェーン | Comments(1)

E-BOM(設計部品表)とM-BOM(製造部品表)の関係を考える

拙著「BOM/部品表入門」(日本能率協会マネジメントセンター・刊)が、再び増刷になった。おかげさまで、累計8,900部である。本書は2005年1月の発刊だから、11年間にわたり現役のビジネス書ということになる。読者の皆様にあらためて感謝もうしあげたい。

ところで、この11年間、BOMをめぐる状況は変わったのだろうか?

正直に言うと、あまり大きくは進展していない印象である。相変わらず、いまだに多くの企業がBOMについて悩んでいる。いや、むしろ悩みは深まっているとさえ、いえよう。海外生産の進行やアジア市場への販売展開などで、サプライチェーンが海外まで確実に広がった。しかし、その現実にBOMの方がついていけていない。むしろBOMが、生産のグローバル展開の足かせにさえなっているようだ。

それだけではない。どうやら、BOMに関する基本的な認識さえ、まだあまり進んでいない気がする。たとえば、“ウチの会社にはまだ「BOM」がありません”、などと、かなりの大企業でも口にする。

BOMはBill of Material、すなわち部品表である。部品表のない製造業など、存在し得ない。部品表がなければ材料を調達できない。どうやって材料なしで製造するのか? 部品表がなければ材料費も計算できない。どうやって販売価格を見積もるのか?(個人営業の飲食店や職人の工房ならいざしらず)

こうした発言をきくと、世の中では、BOMを何か特殊なデータベースみたいなものだと、誤解しているらしい。BOMは製造業の中核データである。どんな製造業でもBOMはある。ただし、BOMをきちんとマネジメントしている企業は少ない。だから小著が11年間も現役で読まれ続けているのだろう。

かつてこのサイトで、「生産革新のためのBOM(部品表)再構築入門(2)」として、<設計部品表(E-BOM)と製造部品表(M-BOM)の乖離>問題をとりあげた。今回は、このテーマについて再度論じてみようと思う。これもひどく誤解の多いテーマだと感じるからだ。

乖離どころか、世の中には、「会社はE-BOMとM-BOMを二つ持つ必要がある」と信じ込んでいる人たちまでいる。「ウチの会社はいまM-BOMしかなくて、これからE-BOMを作らなくちゃなりません。」などとおっしゃる。冗談抜きで、きいて思わず頭がクラクラしてしまった。BOMが一つで済むなら、それで十分なのに。

上の記事では、設計部品表(E-BOM)と製造部品表(M-BOM)の乖離が生じる理由として、
(1)品目コードの不統一
(2)代替部品の使用
(3)副資材や包装材料の追加
(4)設計変更の発生と在庫切替タイミングの食い違い
の4つをあげた。このE-BOM, M-BOMの分断の背景には、設計部門(本社)と製造部門(工場)の組織的乖離が遠因にある。

もともと現代的なBOM概念、つまりストラクチャー(構造型)BOMの概念は1960年代にあらわれた。この概念はMRPという生産管理手法と一緒に確立された。つまり製造を強く意識したもの、今でいうM-BOMに相当するものである。

ではE-BOMの原型は、というと、機械組立図における材料表にさかのぼる。組立図には部品それぞれに引き出し線と、丸で囲った①②などの数字(俗に「風船」とよばれる)がついており、かつその図面の端っこに表が書いてあって、そこに①の品名と数量、②の品名と数量・・が並んでいる、あれである。製品を最終的に組み立てるにあたって、必要な部品の種類と名前と数量、位置を記した表だ。昔はB/Mと表記されることが多かった(今でもエンジ業界はB/Mとよんでいる)。これは親と子が一階層だけの、フラットなサマリー型が普通だ。

さて。会社組織では、誰が(どの部署が)BOMを登録、維持するのか? という問いが、しばしばついて回る。たとえば今、図のような製品があったとしよう。
(1) 製品SはアッシーXと部品A, Bとからなり
(2) アッシーXはサブアッシーYと部品Cからなる
(3) 部品Bは材料dを切削、研磨し表面加工したものである

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          <BOM(M-BOM)の全体像>

当然だれかが、製品S→アッシーX、アッシーX→サブアッシーY、部品B→材料d、という紐づけをBOMマスタに登録していかなければならない。なお、「アッシー」というのはAssemblyの略で、途中まで組み上がったアセンブリー(モジュール)のことを指す。

ところで当たり前だが、製造業では製品開発→量産準備→生産、という順序で仕事が進む。製品、アッシー、子部品は設計部門が図面を書く。製品やアッシーの組立図面には、品番の親子関係の表がついているだろう。つまりE-BOMが先に生まれる。製品S→アッシーX、アッシーX→サブアッシーY、はそれぞれ製品S・アッシーXの組立図に付随した「E-BOM」情報である。

別の言い方をすると、BOMの親子関係のうち、上位の階層は設計部門が定義する訳だ。

しかし、たとえば購入部品(汎用部品やボルト・ナット等)や、材料(たとえば丸棒)などは通常、図面は書かない。つまり、E-BOMの親子関係は途中で途切れてしまう。その先、外部購入品までの親子関係を定義するのは、工程設計を担当する部門(普通は生産技術)の仕事だろう。つまり、E-BOMは製造側の技術部門によって展開され、肉付けされることで、M-BOMとして完成するのだ。
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ところで、たとえば上記の例で材料dから部品Bまでは、切削→研磨→表面加工と複数の工程が必要だったとしよう。では、その間の中間状態の部品はすべてBOMに登録すべきなのか? 切削後段階の部品d'、切削研磨後の段階の部品D、そして切削・研磨・表面加工後の部品B、という風に。

答えはNOだ。

じつは、BOMに登録すべき品目には原則があるのだ。BOMに(いいかえればマテリアル・マスタに)登録するすべき品目とは、在庫管理の対象となるマテリアルである。

もしも、切削→研磨→表面加工がつねに一貫した工程なら、途中段階の品目登録は不要である。途中段階の品目は一時的に出現しても、すぐに次工程に消費されてしまうからだ。だが、材料dを切削→研磨した後、用途別にいろいろな表面加工で品種が別れたりする場合には、研磨後の中間部品Dをいったん保管したくなるだろう。ならば、中間部品DをBOMに登録するべきである。

こうした製造工程上の都合は、設計部門では分からないのが普通だ。だからBOMの定義も、生産技術や製造部門の判断になる。

業務系の情報システムでは、データの作成者がそのデータの登録者となり、オーナーシップをもって管理すべきだと一般に信じられている。この原則にしたがえば、BOMのマスタデータの登録作業は、複数部門によって分担されることになる。もっとも、情報源(作成者)と、マスタへの登録者を誰にすべきかは別問題という考え方もある。だから設計部門からのデータを生産技術部門が受けて、BOM全体の登録は生産技術がまとめて担当する、という取り決めだって可能ではある。

ただし、ここに一つの問題が生じる。多くの企業では、製品開発・設計部門が本社にあり、生産技術・製造部門が工場に所属する。場所が離れているのだ。両者は、別々の情報システムを使っていることが多い。サーバもデータベースも、物理的に別である。

こういうケースではどうしたらいいのか? E-BOMとM-BOMは統合不可能なのか?

答えは、単純だ。システムは物理的に別々でも良い。しかし、同じマテリアルは同じコードでよばれなければいけない。これが「BOM統合の原則」である。本社と工場が、同じモノを別々のコードでよんだり、モノの同一性について意見が分かれたりする状態があってはいけない。同じマテリアルの親も、同一でなければならない(そうでなければ構成管理の一貫性が崩れてしまう)。

このような形で、複数のシステム間のマスタデータ整合性が担保されているなら、BOMは統合されているといっていい。少なくとも、E-BOMとM-BOMの乖離問題は起きていない。

ちなみに設計用CADシステムの発達により、図面管理や構成管理など、設計用ツールにはPDM(Product Data Management)的機能が増えている。設計部門はその中で、「E-BOM」を管理維持したいと考えるだろう。部品共通化や設計情報の再利用などをはかりたい、とも望むだろう。それは当然である。しかし、E-BOMに登録される品目コードは全社共通のものを使うべし、が原則だ。

ただし、この話を推し進めていくと、異なる部門間で、モノの同一性について意見がくい違い、論争が生じるケースが出てくる。設計部門は、「これは内径X、外径Yの○○部品じゃないか」といい、製造部門は「いや、同じ形状の○○部品といっても、材質強度的に区別が必要なものが2種類あるんですよ」とか「仕入れ先が3社あって区別したいんです」とかいう要望が出てくる。この種の論争をどう解決するかが、じつはBOM統合にとって大切なのだ。だが、ちょっと長くなりすぎたので、この問題は項を改めて論じよう。


<関連エントリ>
 →「生産革新のためのBOM(部品表)再構築入門(2)」(2013-11-10)
by Tomoichi_Sato | 2016-02-21 18:12 | サプライチェーン | Comments(0)

講演のお知らせ:「生産スケジューリングの基礎とリードタイム短縮」(3月24日)

3月に、生産スケジューリングとリードタイム短縮をテーマとした研修講演を行います(有料です)。

わたしは長年、エンジニアリング会社で国内外の工場・プラント作りに関わってきました。また、それなりに数多くの工場も見てきましたが、しばしば疑問を感じるケースがありました。「なぜ、こんな所に在庫を持つのだろう?」「ここを工夫すれば、もっと効率よく、かつ楽に仕事ができるはずなのに」「どうしていらないモノはたくさんあるのに、必要なモノは欠品しがちなのか?」

それは端的に言うと、生産活動の仕組み=『生産システム』の基本デザインに問題があるからです。生産活動のシステム・エンジニアリングが欠けているのです。むろん、ここで言うシステムとは、コンピュータのことではありません。情報系も一要素ですが、むしろ働く人々と、機械設備と、それを包む建築空間のことをいっています。その生産システムは、さらに自社を取り巻くサプライチェーンの特性に応じて、適切な機能構成を選ばなくてはなりません。単に、業績の良い他社の物真似をしても、生産形態が違えば役に立たないのです。

このサイトに何年か前、「あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由」という記事を書いたのは、そうしたことを訴えたかったからです。さらに、これをふくらませた形で、中小企業診断士仲間との共著「“JIT生産”を卒業するための本」第5章に、生産システムの考え方を詳しく説明しました。この講演を引き受けたのは、これをより多くの方に直接、お伝えしたかったからです。

拙著「革新的生産スケジューリング入門」や「BOM/部品表入門」をお読みになった方はご承知の通り、わたしは具体的なテクニック論のみならず、原理・原則に関する体系的な理解を重視しています。そのため、生産システムをより良く運用するにはどうしたらいいか、より上手に設計するためには何に留意したらいいを考える『システムズ・アプローチ』をとります。したがって業種分野については、わりと間口を広くとってお話しできる点が特徴です。年1回行っているこの講演も5回目になりますが、今年はさらにバージョンアップしてお届けするつもりです。

普通の現場改善コンサルタントの講義に、飽き足りない気持ちでおられる技術者の皆さんのヒントになればと思っています。

生産スケジューリングの基礎とリードタイム短縮のポイント 〜演習付〜」(3月24日)

日時: 3月24日(木) 10:30-17:30
主催: 株式会社日本テクノセンター
     http://www.j-techno.co.jp
会場: 株式会社日本テクノセンター研修室
     東京都新宿区西新宿2-7-1 小田急第一生命ビル22F
     (都営地下鉄大江戸線「都庁前」駅または丸ノ内線「西新宿」駅)

生産計画とスケジューリング、リードタイム短縮について、事例と演習を含めてお話しします。

セミナー詳細: 下記のURLをご参照ください(受講申込もここからできます)
     http://www.j-techno.co.jp/seminar/ID54JQV6P41

関心のある大勢の方のご来聴をお待ちしております。
by Tomoichi_Sato | 2016-01-27 23:51 | サプライチェーン | Comments(0)

すべての製造業は受注生産かつ見込生産である

そんなバカな、なんだこの記事のタイトルは? と疑った、そこの貴方。はい、このエントリは、そんな貴方のためのものです。そもそも生産形態は見込生産と受注生産に分けられ、受注生産はさらに個別受注・繰返受注・受注組立生産などのバリエーションに分類される、というのが生産管理の教科書に書いてある常識ではないか! と思った、意識の高い方。貴方のような方が、日本の製造業を支えておられると思います。というのも、わたし達の社会で製造業に携わっている人はざっと1000万人くらいいるはずですが、自社の生産形態が何であるか、それが自社の競争力にどうつながっているかさえ、考えてみたことのない方が大半だからです。

・・と、「ですます調」ではじめてしまったが、ここから先はいつもの「である調」に戻させていただく(笑)。ですます調も好きなんですけどね、まあ、他のエントリとのバランス関係上。

バランス感覚は、いつでも大切である。製造業のよって立つ『生産システム』は、巨大で複雑なシステムだ。それを何か極端な理念で強引に動かそうとすると、見えないところに歪みが生じる。そしてその歪みは、たいてい、「在庫増」とか「欠品」だとか、あるいは「労働安全の低下」「離職率」みたいな現象につながっていく。

さて、在庫について考えてみたい。在庫とは何か。在庫にも、何か機能があるから、世の中に存在しているはずである。

かつてのアメリカの生産管理論では、在庫の主たる機能を分離(De-coupling)だとみた。在庫を挟んで機能が分離する。例えば、製品在庫を挟んで、製造と販売が機能分離する。あるいは原料在庫を挟んで、資材購買と部品加工が分離する。分離することによって、それぞれの機能が独立に動くことができるようになる。

そこで、工場の中の各工程を、複数の中間の在庫ポイントによって切り離し、それぞれの工程の効率化を追求する。また在庫のレベルについても、安全在庫と経済的ロットサイズの公式によって、最適化する。こうして、理想的な工場ができあがるはずである。

システムを個々の機能的要素に分解し、それぞれの要素を徹底的に効率化する。これはいかにもアメリカ的な、システムズ・アプローチである。そして全体は、スーパーマン的なリーダーが指示決定を行う。リーダーが全体を統合し、後の大勢の人間はリーダーに従うのだ。

複数置かれている在庫ポイントの中で、ちょうど顧客の注文に対応する工程が始まる出発点を、Customer-order decoupling point(略してCODP)と呼ぶ。それが完全な製品在庫だったら、見込生産(MTS)と呼ばれる。それがサブアッセンブリー化された中間部品であって、顧客の注文オーダーに応じて組み立てられ出荷されるならば、受注組立生産(ATO)と呼ばれる。

それが単純な部品材料で、顧客の注文と同時にそれらを加工し組み立て検査出荷するのであれば、繰返し受注生産(MTO)である。もしそのような在庫ポイントが社内になければ、それは受注設計生産(ETO)を行っているのである。このようにCODPの位置によって、その企業の生産形態を分類できるというわけだ。

さて、話は例によって、急に飛ぶ(いつもすみません)。

関東風の鰻の蒲焼きは、まず鰻をさばいて背側から二枚におろし、串を売って、白蒸しにする。その後で、こんどはタレにつけて炭火で焼く。所要時間はだいたい、30〜40分だ。だから関東でちゃんとした格式の鰻屋に入ったら、注文してから出てくるまで、かなり待たされる。お客の顔を見てから鰻を割く、というのが原則だからだ。完全なる注文生産である。客はその間、つまみで酒か何かを飲みながら、ゆっくり待つことになる。

しかし金と暇のある旦那衆はいざしらず、庶民の我々はもう少し、ご用とお急ぎの衆である。そこで格式よりも市場のボリュームゾーンのニーズを重視する町中の鰻屋さんは、もう少し略式の方法を生み出した。略式といっても、蒲焼きの作業の手順に変更はない。違いは、お客の注文をきいてから鰻をさばくのではなく、先にさばいて白蒸しにして置いておくのである。

そして注文を受けたら、タレをつけて焼くだけにする。こうすると、発注から納品までのリードタイムは劇的に短縮されて、まあ10分以内になる。そのかわり、蒸してからしばらく置いておくため、若干だが鰻の風味と歯ごたえが損なわれる・・といわれている。わたしは目隠しをされて食べ比べたら、違いを言い当てる自信はない。が、分かる人もいるのだろう。

私はこの鰻屋の話が好きなので、在庫ポイントの説明によく使う。

ところで(また話は元に戻るのだが)、日本の製造業は在庫の極小化を目指した。工場内のあちこちから、中間在庫のストックを取り去った。と言う事は、つまり工程同士を直接つなげると言うことだ。すなわち工場内を、粗結合から密結合に変えるということだ。

密結合なシステムとは、湘南新宿ラインのようなものだと以前も書いた。どこか1カ所で障害が起きると、全体のラインが止まってしまう。すなわち、在庫削減とは、トラブルを表に出すという事とワンセットなのである。いや、むしろ「潜在的な問題点を顕在化して改善すること」が主目的だと言っていい。この目的を抜きにして、各工程の担当者がトラブルを表に出さないよう、何とか隠して押さえ込むようでは、在庫ゼロ目標はむしろ無意味である。

在庫削減が徹底化された工場では、それぞれの工程の担当者が、自律的に判断して動く必要がある。そこにスーパーリーダーは不要である。

ただしそれでも、最低箇所は在庫が必要になる点が存在する。それは、
 顧客の要求納期 < 供給可能なリードタイム
となる点だ。

先程の鰻屋のたとえを思い出してほしい。30分も40分も待っていられない気短な一般客に対して、新しい鰻屋は、白蒸しにした鰻をストックすることで対応した。いや、昔風の鰻屋だって、さすがに飯は炊いていたし、うなぎだって仕入れていた。そうでなければ40分以内には出すことができない。炊いたご飯や、生け簀の中のうなぎは、やはり在庫ポイントなのである。

元・日立製作所で、現・早稲田大学教授の光國光七郎氏は、これを「カップリング・ポイント」と命名した。カップリングとは連結点である。先程の米国のDe-coupling (分離)点とは意味が逆になる点に注意してほしい。カップリング・ポイントは一つの品目(部品)では1点だけ存在する。それ以外の部分は極力在庫をへらし、リーン生産にする。

カップリング・ポイントは、顧客の受注オーダーを受け取る点でもある(その意味ではCODPと同じだ)。図を見て欲しい。そこより下流側は確定受注に紐付いた生産になる。そして上流側は、需要予測に基づいた生産になる。つまり、すべての製造業は、上流側の見込み生産と、下流側の受注生産がカップリング・ポイントによって連結されているのである。
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わたしは、たまに頼まれて人前で生産管理の話をすることがあるが、そのときは必ず、このカップリング・ポイントの説明をする。さらに、自社のカップリング・ポイントの位置を、どこに置くべきか考える練習を入れることにしている。製造業のたいていの人は、そう問われて初めて、さて自社の在庫ポイントはどこにあるべきなのかを考え始める。そしてそれが、自社の競争力(納期は明らかに競争力の一因子だ)とどうつながっているについて、初めて頭を巡らすことになる。現実には多くの場合、まあまあ適切な位置にカップリングポイントがあるのだが、それでも成り行きで決まるのと、自分で意図して決めるのでは天と地ほども違う

特に光國氏の卓見は、輸送中の在庫も「有効在庫」にカウントしたことであろう。これはグローバルなSCMでは必須の条件である。前回までも述べたとおり、海外生産して輸送すると1ヶ月近くは船上に在庫を持つことになるからだ。ちなみに光國氏は、カップリング・ポイントより上流側では、小刻みな在庫補充生産をすることを推奨している。これには十分な理論的根拠があるのだが、それでも季節性の強い商品の場合等は、別の考慮が必要であろう。

さて、ここまでの話が理解できたら、ようやく受注生産における生産計画の手法論に入ることができる。

そもそも計画作業の基本とは、先々のことについては大ぶりな計画の線を引いてプッシュし、直近の変動に対してはプルで細かく調整する、である。これは、どんな計画でも共通だ。

では具体的に、どうするのか。

まず、工場におけるデリバリー設計(リードタイムの設計)を見直し、カップリング・ポイントを決める。すなわち、原材料から製品までの流れの途中に置く、主要な在庫ポイントである。鰻屋なら、さばいて串を打って蒸しておく。あるいは寿司屋なら、すし飯とネタの塊までを開店前に仕込んでおく段階までが、上流側だ。

上流側は需要予測に基づく見込生産になる。カップリング・ポイントにおく在庫品目ごとに、基準在庫水準、有効在庫量(未引当て数量)、そしてタイムフェンス以後の需要量(消費量)予測をする。

需用量(消費量)予測は二通りのやり方がある。一つは最終製品の需要予測から、BOMと部品展開によって計算する方法。これは論理的でまっとうなアプローチだが、精度の高い先行内示をもらえる場合か、最終製品の需要予測がかなりうまく立たないと計算できない(そしてたいがいは、受注生産なので予測はうまく立たない)。

もう一つのやり方は、その中間在庫品自体の、過去の消費実績から推定する方法である。こちらの方が、普通はやりやすい。とくにカップリング・ポイントが共通性の高い部品材料にある場合は、最終製品の細かな変動が互いに打ち消し合って、需要傾向が安定するので読みやすいのだ。

下流側はどう計画するか。これは確定受注オーダーで動かす訳だ。このとき、すでに原料・中間在庫は上流側計画によって十分供給されるから、欠品の心配のない状態になっているはずである。必要なのは要員・機械・治具金型などのリソース手配計画と、より目の細かい順序計画=スケジューリングである。

まとめると、受注生産企業における生産計画の主眼は、カップリング・ポイントの在庫量推移をはさみ、上流側は数量の計画、下流側が順序計画におかれることになる。

実際には、たいていの製品のBOMはA型になっているので、一製品に対してカップリング・ポイントは複数設定しなければならないことが多い。また工場は複数の製品を作っており、同一の工程に複数の品目が流れるため、同じ工程に需要予測生産と確定受注生産が混在してしまう可能性がある。そのときに何を優先し、どうコントロールするのか。そこが生産計画マンの腕の見せ所になるわけだ。

それだけではない。工場とは単に、「設計したとおりのモノを作るだけ」「営業が指示した数量や納期で作るだけ」のコストセンターである、という思想にしばられている企業はいまだに多い。しかし、低コスト・短納期のバランスから、「カップリング・ポイントをここに置く以上は、BOMの形はこうでなくてはならない」、という風に技術設計部門が考え、「競争力を強めるために、こういう注文の取り方をすべきだ」、という風に営業は考える。それこそが、本当に全体が統合された組織のあり方ではないか。

望むらくは、わたし達の社会の製造業全体で、ここで述べたような基本的な知識が誰にも共有され、その上で各社が、生産計画や生産システムのデザインに腕を競い合う、という状況になってほしいと思う。どこの部門が強いとか弱いとかではなく、受注から納品までの全体の競争力向上のために、どの部門も協力し合う、そういう良さを日本企業は本来、持っていたはずなのだから。

<関連エントリ>
 →「受注生産企業に生産計画は必要か?」 (2015-11-18)
 →「Pushで計画し、Pullで調整する」 (2014-02-24)
by Tomoichi_Sato | 2015-11-25 23:36 | サプライチェーン | Comments(2)

受注生産企業に生産計画は必要か?

随分前のことになるが、 ある部品材料メーカーの 生産管理システムを見せてもらったことがある。 その分野では大手のメーカーで(A社と呼んでおこう)、 全国の製造業の顧客に対して、 部品材料を納入していた。 ほとんどが、顧客仕様による受注生産品である。 品目数は数千種類あり、常時、数百種類を毎月作っては顧客に納入していた。 原材料には共通性が高く、同種の原材料から多数の品目が生まれる。BOMのトポロジーでいうと「V字型」のタイプである。

典型的な受注生産であるにもかかわらず、面白いことに、A社の生産計画作業は「需要予測」の集計から始まっていた。全国の営業拠点の営業マンが、担当する顧客・品目ごとに、向こう3ヶ月間の需要予測を立てる。正確には月間ではなく旬単位の予測である。それを本社のコンピュータで集計した表が、生産計画立案の基礎となる。

工場の製造工程は大きく3工程に分かれている。正味の製造リードタイムは、製造ロット数量にもよるが、3工程の合計で数日から10日程度だ。ただし多品種を切り替えて生産しているので、顧客から注文をもらってから納入するまで、普通は半月から1ヶ月程度はかかる。しかもしばしば、納期や数量に変更がある。そのたびに、生産計画マンが営業と工場の間をとりもって調整しなければならない。とくに金型に特殊な制約条件があり、スケジューリングには熟練したエキスパートの経験が必要だった。

A社はS社のERPを導入していた。ただ、このような製造特性のため、単純なMRPでは役に立たない。そこでどうすべきか、という相談だった。ついでにいうと、この会社の購入する原材料は汎用的で、工場のすぐ隣の原材料サプライヤーから毎日運んでくることができる。長納期品がないため、材料調達にはあまり悩みがない。

それにしても、受注生産なのに、なぜ需要予測から計画が始まるのか? 受注をもらってから作るのではまずいのか? 答えは、イエスである。

理由は、多品種を切り替えて作るからだ。いや、もっと正確に言おう。数多くの受注(オーダー)を正確にさばかなくてはならないからだ。各オーダーは、品目と納期がキーになっている。工場の生産の効率性からいえば、同種の品目はまとめて作った方が良い。段取り替えも少なくなるし品質も安定する。しかし、そうすると納期に間に合わぬオーダーが出てくる可能性がある。かといってすべてを最早納期のオーダーに間に合わせて作ることは難しいし、仮にできたとしても在庫の山になってしまう。

さらにいうと、A社は全国の顧客をカバーするために東西に複数工場を持っていた。どのオーダーをどの工場に振るべきか。輸送費と納期と切替ロスの間に、複雑なトレードオフが生じる。

これらをうまくバランスさせるためには、予測を含む生産計画が必要になる。オーダーが入ってきた順番に《手なり》で作っていくわけにはいかないのだ。そして、この種のケースで計画の眼目になるのは、生産順序、すなわちスケジューリングになる。

生産計画は見込生産形態をとる消費財メーカーのためのものだ。受注生産の企業には必要ない——そんな風に信じている人も、世の中にはときどきみかける。だが、それは間違いである。そういった人たちは、「生産計画」という言葉を、「計画生産」(=見込生産)とごっちゃにしているのかもしれない。“あたりもしない予測に基づいて計画生産をするより、実需に応じて出荷し、足りなくなった分を補充生産すればいいのだ。必要なモノだけを、必要なときに、必要な量だけ生産する。これがJIT(ジャスト・イン・タイム)の考え方だ”、と主張をする『JIT生産コンサルタント』は、世の中に大勢いる。

別のある企業(B社と呼んでおく)は、こうした主張をそのまま取り入れて、工場のオペレーションを根本から変えようと考えた、という。これはわたしが直に接したケースではなく、伝聞を紹介するのだが、B社が作っているものは部品だが汎用品に近く、品種数は前述のA社よりはずっと少ないようだ。そこで、工場の都合で毎月の生産品目を決め、工場の作りやすいロットサイズで製造し作りだめする方式を長年とってきたらしい。しかし、従来のやり方は「在庫のムダ」が生じ、問題が多い。

そこで、月次サイクルの「計画的な生産」をやめて、販売店で毎日売れた分だけを物流センターから補充することに決めた。物流センターは出荷した数量を工場に毎日連絡し、工場は不足した分だけを小ロットで組立生産して、センターに送り込んでやる。すなわち、工場を「計画なしの受注生産」で動かそうという訳である。正味の製造リードタイムはかなり短いから、やろうと思えばできない話ではない。

これぞ正しいJIT生産のあり方だ! といさんで改革に取り組みはじめたのだそうだ。だが、途中ではたと問題に気がついた。いったい、サプライヤーへの原料資材の発注は、誰がいつ、どう決めるのか。

工場で消費した分だけ、毎日注文して翌日もってこい、といいたいところだ。だが、サプライヤーはそんなやり方にはついてこれない。どこでもそうだが、鋳物屋にも塗装屋にも材料屋にも、それぞれ釜や色替えや素材配合の都合があって、毎日ころころとは切り替えられないのだ。「来月どれくらいの量を納めればいいのか、事前にいってください。そうでないと納期はお約束できません。」あるいは、端的に「この値段ではきびしいです。」——資材部がこの種の抵抗に直面するに及んで、はじめてB社は気がついたらしい。つまり、「ジャスト・イン・タイム生産の実現には、先行内示が必須だ」という原理にである。

周知の通り自動車業界の慣習では、発注側が向こう3ヶ月分の先行内示をサプライヤーに示し、同時に毎日の納入量には「かんばん」(トヨタ系列以外は別の名前を使うが)で調整するやり方だ。かんばんは発注書ではない。一種の分納の指示なのだ。来月はトータルで200個納入してもらう予定だ、とまず内示で告げる。ただ、それだけでは毎日均等に10個ずつ作るべきなのか、上旬に50個・下旬に150個を納めればいいのかはわからない。その量とタイミングは、日々の「かんばん」で伝達されてくる、そういう仕組みだ。

かんばんの受領から納品までのサイクル(納期)はきわめて短い。かんばんを受け取ってから作り始めるのでは間に合わない。だから、サプライヤーは内示を受けて、生産準備に入るのである。また各サプライヤーのサブ・サプライヤーにも内示が出される。

B社は、いわば自社の物流センターと工場との間、また工場とサプライヤーとの間で、この「かんばん」による納入指示の仕組みを動かそうとした訳である。ところが、物流センターは工場に「先行内示」などは出せないし、工場だってサプライヤーに出せない。だから、たとえ自社工場は短納期・翌日即納が実現できたとしても、B社のサプライヤーまではついてこれなかった、という訳である。

では、B社が工場を受注生産型で動かすためには、どうすべきだったか。簡単である。自社で出荷量の予測をたてるしかないのだ。それを元に、部品表と所要量展開をして、サプライヤーに先行内示を与える。これだったら、(その先行内示がある程度ぶれずに信頼できるなら)なんとか動くであろう。

つまり、言いかえれば内示とは「需要予測」のことなのである。こう考えると、じつは最初のA社のケースと相同だと分かる。すなわち、受注生産でも計画が必要で、その起点は需要予測なのである。自社で立てれば需要予測と呼び、顧客から与えられれば先行内示と呼ぶ。ここで大事になるのは精度の高い数量の計画である。

ちなみに、最初のA社のケースでは、この企業自身が一部の大手顧客から「JIT納品」を要求されていた。日単位・納入時刻指定の納入指示票を、直前に受け取る。ただし、先行内示は出してもらえないか、あっても量のブレが大きく、あてにならなかった。

そこでA社はどうしたか。その大手顧客の会社の近くに自分で営業倉庫を借りて、翌月分の需要予測の0.5ヶ月分を、つねに積んでおくよう計画するのである。翌月の需要予測・先行内示が1000個だったら、「用心のために」500個分を在庫にキープするよう、生産するのだ。

わたしはこの話を聞いて、パレット1枚あたり何円くらいの在庫コストになるか、頭の中で概算してみた。バカにならない金額だ。そのコストを、A社は負担している。ということは、もちろん、利益を出すためには、その在庫コストを売値に乗せるざるをえない。だから、「JIT納品」を要求していた大手顧客は、じつは少しばかり高い買い物をしていたことになるのだ。

サプライヤーに対しては、数量をまとめて、予期しやすい納期(余裕のある、あるいは前準備しやすい納期)で発注をする方が、安くなるし品質も良くなる。これは自明の理だ。先行内示とかんばんを組み合わせた本家トヨタの方式は、この原理で成り立っている。そして、この原理にたつ限り、トヨタは自分で需要予測を立て、月度生産計画を回す必要がある。だから、彼らはそうしているのだ。

ただし、トヨタの系列サプライヤーは、自分では需要予測はしない。トヨタからの先行内示がベースとなるからだ。与えた内示に対して、勝手に「0.5ヶ月分」などの余裕率を加味することを、トヨタは嫌う。高コストを招くからだ。だからトヨタは、サプライヤーに対しては「需要予測などするな」と説く。どうも、この点が誤解の元となって、「かんばん方式による受注生産では、計画も予測もいらない」という神話が流布するようになったらしい。

受注生産企業に生産計画が必要な理由を、「多品種(多数オーダー)のコントロール」「サプライヤーへの資材手配の必要」の2点にしぼって説明してきた。

むろん、多品種や資材手配だけが、生産計画の必要理由ではない。一般に、顧客の要求する納期よりも、自社の生産リードタイムが長い場合は、なんらかの事前の用意・手当が必要になる。これが計画の要る所以である。かりに顧客が明示的に納期を定めていなくても、競合関係の中で納期が競争要因になっていたら同じである。つまり、

要求納期 < トータルの供給リードタイム

だったら、生産計画が必要なのである。ここでいう《トータルのリードタイム》とは、自社内の製造リードタイムの合計だけではない。工程間の滞留や輸送の時間も含む(だからA社のように多品種になると滞留による待ち時間が増える)。さらに、生産が常備品在庫だけで間に合わない場合は、資材手配のリードタイムを加えなければならない(B社のケース)。あるいは、資材ではなく要員や金型など、別のリソース手配がネックになる場合も、トータルのリードタイムに加味しなくてはいけない。

逆に言うと、受注生産企業で生産計画が不要な場合とは、
(1) 世界でオンリーワンの製品を作っていて、顧客は行列をなし、どんな納期でも待ってくれる
(2) 工場の製造能力にはふんだんに余裕があり、どれだけ受注が集中してもさばいていける、あるいは
(3) 作る製品はごく少数で、それぞれ専用の製造ラインを持っている
などの条件が満たされる企業である。こういう素晴らしい状況を経営者が作り出しているならば、生産計画担当者などという存在は不要であろう。

以前も書いたことであるが、日本の製造業の9割は受注生産である。見込生産の消費財メーカーが1社いれば、その背後に部品材料のサプライヤーが9社いると思っていい。そして、その9割の受注生産企業も、ほとんどが生産計画を必要とするのだ。なぜなら、たいていの製造業は、じつは確定受注生産と見込生産(需要予測生産)の混合だからだ。一つの製品であっても、下流側は確定受注生産で、上流側は見込生産になる。ただ、その混合の仕方と比率によって、生産計画の主眼が数量の計画になるか、あるいは順序の計画になるかはかわってくるのだ。

では、どのような場合にどんな計画手法が大事になるのか。例によって長くなってきたので、それについては項を改めて、また別に書こう。
by Tomoichi_Sato | 2015-11-18 23:16 | サプライチェーン | Comments(0)

トマト・ケチャップから考える米国のリショア(製造回帰)現象

ハインツ(ヘインズ)のトマト・ケチャップの瓶を見るたびに、“なんて米国的なモノなんだろう”といつも思う。あの、8角形のガラス瓶で、内容量がたしか11オンス(oz)だかのやつだ。わたしの小さな手で握ると、周囲が余る。もっと手のでかい、白人サイズなのだろう。白い金属のふたの下には、広口瓶のような何の変哲も工夫もないネックが現れる。これを手に持って逆さにして振って、ケチャップを出すのだが、なにせケチャップはどろどろしているし、瓶の口は直径が3/4インチ(2cm弱)くらいあるから、振ってもちっとも出ないか、あるいはドバッと出過ぎるか、どちらかなのである。その大ざっぱさがまた、ある意味アメリカ的だ。
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驚くのは、そのシェアの大きさと均質性だ。全米のどこに行っても、食堂ではこれが出てくる(家庭用に樹脂製容器を売り出したのは、何と今世紀に入ってからである)。瓶のサイズも全く同じ。もっといろんなサイズがあっていいと思うのだが、見かけない。ガラスも厚くて、ある種の重みがある。もっと薄手の方が輸送費が少ないはずと思うが、大量輸送で乱暴な扱いにも耐えるよう、強度が大事なのだろう。工場では自動ガラス製瓶機に、同一金型をずらりと並べて作っているに違いない。均一サイズ、大量生産。まことに工業生産向けだ。内容物であるケチャップの味自体、ひどく無個性である。香りも酸味もあまり強くない。

ハインツがどこでこのトマトケチャップを生産しているのか、わたしはよく知らない。一つ頭の体操として、あなたがハインツの社長だったら、この製品のサプライチェーンをどのように設計するか、考えてみてほしい。製造リードタイムを短縮し受注即応、注文があったら、当日製造・翌日配送できるようにするか? まあ、そんなことは考えないに違いない。スーパーの棚に、ずらりと並べておいておける商品だ。当然、見込生産であろう。賃金の安い海外、たとえばメキシコで生産して輸入するか? それも考えにくい。そんなことをすれば、人口の多い東部や西海岸の都市まで運ぶのに、物流費がかかりすぎる。また、この種の食品製造プロセスは一種の装置産業であり、人件費比率はたかがしれいてる。

さらにいえば、ハインツは市場を圧倒するブランド力である。わざわざ安値で売る必要がない。仮にもし参入を試みる業者が現れても、そのときその地域だけ、集中的に安値で売って圧倒すればいいだけだ。こうした王者の戦略を『コスト・リーダーシップ戦略』という。また、そもそも、海外に工場を持っていけば、米国内での付加価値(=製品価格-外部コスト)が減ってしまい、その分はメキシコ国内に移ることになる。つまり米国のGDPが少し減って、その分メキシコのGDPが増えることになる。米国は経済効果をGDPの金額でなく、いちいち「雇用数」で測る国である。何万人分の雇用を創出した、みたいなことを政治家も言いたがる。原料のトマトを含め、全部米国内で生産できるのに、わざわざ海外生産したら雇用が減るではないか。

公的統計によると、米国では2001年に中国がWTOに加盟して以来、320万人の雇用が中国に流れた。その3/4は製造業である。流通販売業には局地性、サービス業には同時性の原理が働くから、海外に移転しにくい。だから、ハインツほど盤石の競争優位性を持っていない製造業が、一番外に流れ出たのだろう。その分、失業率が上がるわけだから、米国政府は苦々しく思ったろうが、個別企業の経営判断なので口は挟めない。その分、利益が上がって税収が入ればいいか、と上は考えるであろう。

しかし、中国・アジアの低賃金国への工場移転が利益をもたらした期間は、思ったほど長くなかった。現地の賃金が上がってきたからである。おまけに、アジアで生産して米国に船積み輸送すると、輸送期間はかるく1ヶ月はかかる。その1ヶ月分、企業は保有する在庫が増える勘定になる。輸送期間が長くなるほど、サプライチェーン内の在庫量は増えるのだ。これは資金的にも重荷だし、需要変化への対応能力をかなり落としてしまう。

(余談だが、在庫管理システムを下手くそなSEが設計すると、自社内の在庫転送にともなって工場Aから出荷し工場Bに入荷するまでの間、よく全社の総在庫保有量が減ってしまうことがある。出荷で在庫を引き、入荷で在庫を足すから、輸送中在庫が消えてしまうのである。しかし、正しくは輸送中だって立派な在『庫』であるから、これが減るようなシステム設計はおかしい)

米国ではすでに、海外生産は再考の時期に入っている。いったん海外に移転した雇用を、国内に戻すことを英語でリショア(Reshore)とよぶ。オフショア(Offshore)の反対語である。"Made in USA News" 2015年10月1日付記事によると、オバマ政権下の2010年2月から2014年5月までの期間に、米国内の製造業は45%成長し、64万6千人の雇用が生まれた。さらに、まだ24万3千人分の求人があるという。これが、製造のリショアの流れの背景にある。

そして米国はすでに、2013年に“転機の年”を迎えた。この年、とうとう米国から海外に移転する雇用数を、米国に回帰する雇用数が上回ったのだ。米国にとって、すでに海外移転と空洞化の時代は終わったのである。このニュースは、今回半月ほど米国に出張した中で、わたしが接した最も驚くべきニュースだった。

リショア=製造の国内回帰のメリットは何か。大きく、4つあろう。まず、製造品質である。日本人の目から見れば米国製品もずいぶん粗放だが、それでも中国や新興国よりはレベルが高い。品質問題による顧客信用の失墜と機会損失は、製造や販売の現場にいる人間は肌身で感じている(ただ問題なのは、それが本社の財務屋の目には見えにくいことだが)。第二は、知的財産権の保護である。知財流出問題には日米ともに頭を抱えている。正直、人の知恵をコピーして何とも思わない連中が、新興国にはあまりに多い。

第三は、先ほど述べたように、輸送中の在庫量がずっと削減できること。これは財務諸表的にも明らかだ。第4は、輸送在庫量の減少にも絡んでいるが、サプライチェーン全体の即応性が上がり、コントロールがききやすくなることだ。これは、需要変動が大きく、競合商品の多い業界ほどメリットになる。前にも書いたとおり、広大な米国ゆえ、人件費の安さよりもむしろ消費地への近接性がカギだ。はるか東アジアから1月もかけて荷物を引っ張ってくるより、米国内で生産する方が利益になるソロバン勘定になる。複数国をまたがるサプライチェーンをマネージしたことがある人は、この即応性のメリットを痛感するだろう。

このようなサプライチェーン観をさらに敷衍していくと、前回紹介したようなDistriubuted Manufacturingのような概念に至るのだろう。複数企業間で、工場の余力を随時取引し、互いに製造や物流を引き受け合って、柔軟性と効率性を両立させる「つながる工場」のシステム。まだ普及はこれからだが、おそらくドイツなども、同じ発想を持って進んでいるのだ。

もっとも、過去5年間で米国内の雇用が増えたのは、いわゆるシェールガス革命によるおかげの部分もあった。オイル&ガス業界はしかし、過去1年間の石油価格低迷で、かなりの痛手を受けた。独立系のシェールガス生産企業は、当初予想よりはかなり長くつぶれずに頑張ってきたが、さすがに生産量が落ちてきている。石油メジャーも、Chevronは7,000人弱を、BPは4,000人を、Shellは7,500人を削減するといっている(いずれも米国内だけでなく全世界の雇用者数)。石油業界の首都であるテキサス州ヒューストンでは、コスト・カットと人減らしの風が吹き荒れていた。

ただし、コインにはつねに表裏の両面がある。石油・天然ガスの値段が安いと、よろこぶ業界もあるのだ。精製された石油やガスを主原料とする化学業界や、電力業界である。あたりまえだが、原料ガスの価格が安いほど、化学製品は利幅が増える。電力会社の中には、火力発電のガス購入価格が安くなったから、コストの高い原子力発電所は廃炉にすると宣言したところまで現れた。

いや、そもそもむしろ、石油業界の方が不思議な業界なのである。どんな製造業だって、普通は原料が安くなれば儲かる。ところが彼らは、原料であるはずの地中の原油や埋蔵ガスの価格が上がる方が、業績がいいのだ。なぜか。それは、彼らの保有する原料の資産評価額が増えるからだ。そして、石油業界は製品への価格転嫁がつねにたやすく行われる。だから原油高=好業績なのだ。しかし他の普通の製造業から見れば、原材料費や電力価格が安くなるほど、競争力が上がるに決まっている。だから(という訳でもないが)わたしの勤務先が米国で現在建設中のプラントは、化学プラントだったりする。

米国におけるリショア=製造回帰の流れが、上記のようなDistributed Manufacturingの動きと結びつくと、サプライチェーンも従来米国で主流だった見込生産的なあり方(Forecast driven)から、より日欧的な受注即応型生産のあり方(Demand driven)へと変化するだろう、と予測する論者もいる。 本当にそこまで行けば、パラダイム・シフトだといっていい。そして企業経営にとって、最も重要な出来事とはパラダイム・シフトのゆっくりした動きである。

最初にあげたハインツのような寡占メーカーにとって、ケチャップ市場への新規参入者はたいして怖くない。怖いのは、「ケチャップという調味料をつかった料理全体の退潮」というパラダイム・シフトなのである。かつて米国を代表する庶民的食い物だったホットドッグは、今では探さないと食べられなくなってきた。ハンバーガーはまだ旺盛だが、健康志向とともに挽肉料理や揚げ物自体が減っている。だとしたら、ケチャップ屋はどこで生き延びるのか。四半期決算の数字以上に経営者が考えるべき点は、市場全体のゆっくりしたパラダイム・シフトなのである。それがどこに向かっているかを察知するには、世界で最も社会変化の先導が起きやすい米国で事業をするのが一番分かりやすい。

わたしは昨年、知人の田尻正滋氏と共同で、“米国こそ工場立地の適地である”という趣旨の記事を書いた。
 →「お知らせ:ITmedia/MONOistに『実は穴場!? 製造業が米国に工場を設置すべき8つの理由』を公開しました」(2014-09-09)参照
 →「なぜアメリカに海外工場を展開しないのか?」 (2014-04-06)
そこで、エネルギー価格・原材料価格・物流コストの安さと言った、比較的自明な利点から、離職率の低さ・機械修理の得意な人材といった(常識的通念とは異なる)利点、そして工場組織における改善やイノベーションへの抵抗の薄さ、などをあげた。こうした利点は、原油価格崩壊後の現在、薄まるどころかむしろ強まっている。

そういう観点から、今後も日系企業による米国進出の好機は続くのではないかと思われる。もちろん、米国社会にだって問題はいろいろある。所得格差、麻薬、銃所持、そして隠れた人種差別など。理想社会というのは、わたしの知る限り、この地上には今のところない。だからこそプラスとマイナス、リスクとチャンスをはかりながら、工場立地を決める仕事が面白いのである。


<関連エントリ>
 →「産業用IoTが実現する(かもしれない)、新しい『つながる工場』のコア技術とは」 (2015-11-03)
by Tomoichi_Sato | 2015-11-11 08:56 | サプライチェーン | Comments(0)

産業用IoTが生み出す(かもしれない)、新しい『つながる工場』のコア技術とは

IoTInternet of Things=モノのインターネット)という言葉は、現代のIT関連業界では最大の流行語だろう。デジタル的に接続可能なデバイスが全て、インターネットを介して通じ合う。そんな世界像から様々な技術や市場が生まれる、という期待感が世の中にあふれている。

その事情は米国でも変わらない。たまたまこの文章は米国ヒューストンのホテルで書いているが、雑誌やWebなどで見てもIoTの記事の注目度は高いようだ。先週もEmerson社(工場自動化メーカーの大手)が新しい顧客提案を発表したとか、SAP社がIoT部門を新設したとか(これはドイツ企業だが)、かまびすしい。

IoTには、スマホなど一般消費者向けデバイスをビジネスにつなげる面と、産業用途としてIoTを利用する面とがあり、後者を区別のためにIIoT(Industrial IoT)と呼んだりしている。調査会社ARCの発行するIIoTニューズレターには、EMCがDellに買収された真の原因は?、という記事があって、IIoTとどう関係するのかと興味を持ってよんだら、Amazon AWSの伸びが高級ストレージ市場を奪ったという話だった。そこまでIoTの話題にするのは、ちょっと牽強付会すぎるんじゃないだろうかと思う。

じっさい、ガートナー社が8月に発表した2015年の「ハイプ・サイクル」の図によると、IoTは今やまさに『過剰な期待のピーク』 にあると位置づけられている。ガートナーのハイプ・サイクル論というは、あらゆるIT系の新技術や新概念は、最初は小さな期待から始まり、ヒットしはじめると急速に注目度が高まるが、それを過ぎると幻滅の谷底に落ち、そこからあらためて着実な現実解へとまたゆっくり成長していく、というモデルである。どうやらIT業界は流行に弱い業界らしく、何かが現れるといったんは救世主の如くあがめられるが、すぐにうち捨てられ、その後ようやく真の普及が始まる、というものらしい。前述の図を見ると、たとえば機械学習(人工知能の要素技術)はすでにピークを過ぎつつある。Hybrid cloud computingは今、谷底に急落中の例であるらしい。

たしかに、産業用IIoTの技術的核心は何かと思って調べてみても、センサーデータをVPN経由でクラウドに送るだけ、みたいなことしかまだ読み取れぬ。クラウドに送れば、あとはビッグデータ・アナリティクスや機械学習など、他のバズワード要素技術が料理してくれる、ということらしい。そして現実の応用例は、現在のところ工場の予防保全に集中している。たしかに、機械の稼働状況をリアルタイムにモニタリングして、いつ部品交換や定期補修を行うべきかを予測するか、というのは実用的であろう。

ただし、言いたくはないが、その程度のことはプラント業界ではもう15年以上前から取り組んできたことだ。わたしが1999年に南米におさめたプラント用MESでも、その程度の保全用機能は実装していた。それどころかプラント全体で数万点の運転計測データを1秒周期に取り込んで、それを2年分圧縮蓄積し、WAN経由でどこのオフィスからでも見えるようにしたのだ。無論、当時に比べればデータ解析技術は進んだろう。しかし、今更どこがビッグデータだよ、という気持ちがどこかある。

この予防保全の話の出所は、GEの回転機モニタリング技術であろう。GEは世界トップのタービン機器メーカーである。こうした産業用大型回転機は、震動検知が重要だ。震動検知は1秒周期どころかミリ秒単位でデータを監視する。監視データはPCでリアルタイム処理して、異常診断に用いる。この分野でトップだったのが米国のBently Nevada社だったが、GEは2002年にそこを買収して傘下に収めた。GEのIoT技術の下回りは、ここが基点になっている。

それはともかく、IoTの産業応用はまだ始まったばかりである。そして、この「過剰な期待」の火に油を注いだのが、ドイツ発の『インダストリー4.0』であった。Industrie 4.0は技術的シーズではなく、産業ニーズから出発した概念である。ドイツらしく製造業が中心だが、流通その他の分野もねらっている。Industrie 4.0はIoTなどの要素技術を元に、"Horizontal and vertical integration"をねらうと標榜している。これは政府主導のイニシアチブだが、背後にはドイツ大手企業でGEのライバルであるSiemens社と、ERPで世界を制覇したご存じSAP社が控えている。ちなみにSiemens社の強みとは、PLCのデバイスレベルから火力発電装置まで、世界的技術を垂直統合で持っていることで、ここがGEや日本企業に欠けている点だ。

さて、この動きを見てあわてたのが、われらが経済産業省である。そもそも工場の海外移転を「グローバル戦略」の美名で奨励してきた上に、“もう日本は製造業の時代じゃないし”みたいなことまで内心思っていたフシがある。日本は頼みの電機業界が惨憺たる有様で、あとは自動車業界ぐらいしか世界的な競争力がない。ところがドイツ政府は新しい概念をひっさげて製造業を強化し、EUを束ねようという勢いである。そしてドイツの製造業は、自動車のみならず重電・化学・産業機械などの分野で相変わらず強い。週35時間しか働かないし夏休みはたっぷり取るくせに、何だこの差は!?--と霞ヶ関の人達が思ったかどうか知らないけれども、政府としても何らかの対抗策が必要である。そのキーワードに、Horizontal and vertical integration=製造の垂直・水平的な連携統合、すなわち「つながる工場」が浮上してきた訳だ。

ところでGoogleで「つながる工場」を検索すると、最初に日本機械学会の研究分科会が出てくる。このリーダーは法政大学の西岡靖之教授だが、この6月に経産省のバックアップもあって、「Industrial Value Chain Initiative」(略称IVI) という標準化のためのコンソーシアムを立ち上げられた(ここもGoogle検索ですぐ下に出てくる)。企業メンバーはトヨタ・日産・ソニー・富士通・三菱重工、とそうそうたるものである。そしてこの配下で20のプロジェクトを動かし、提案している日本版インダストリー4.0としての「つながる工場」IVI標準モデルを実証していくことになっている。このIVIという略称、よく見ると製造(Manufacturing)のMの文字になるのだが、実はここがドイツのIndustrie 4.0研究の日本の公式なカウンターパートの一つになっている。

西岡靖之教授は、じつは昔からの知人である。わたしが現在、法政大学デザイン工学部で講師としてプロジェクト・マネジメントを教えているのも、西岡先生のご縁による。西岡先生は革新的生産スケジューラAPSの研究者でもあり、APSを他のAPSや基幹系システムと連携するためのXMLベースの標準言語仕様「PSLX」を開発されてきた。そして、PSLXの普及のために、「ものづくりAPS推進機構」(略称APSOM)というコンソーシアムを立ち上げられたのだが、わたしはそこの理事でもある。APSOMもまた、IVIのリエゾン団体になっている。

では、「つながる工場」=製造の垂直・水平的な連携統合とは、何を意味するのか。ここから先は、IVIの孫引きではなく、わたし個人の考えになる。

工場の水平垂直連携と言っても、それには三つのレベルがあるはずだ。まず一番下の層として、機械・装置・センサー間のレベルの統合である。次に中間として、部門間ないし同一企業の工場間のレベルにおける統合がある。そして最上位に異なる企業間レベルの統合があると考えられる。ただし、企業間レベルの統合というのは、単なる受発注の関係や、製造委託を指すのではなく、生産計画レベルでの連携調整がなされている状態を指す。

次に区別しなくてはいけないことがもう一つある。それは対象とする工場の生産方式が、ディスクリート型かプロセス型かの区別である。この二つの生産方式によって、実は連携の仕方が大きく異なるからだ。わたしの勤務先が得意としている、いわゆる「プラント」(石油・ガス・化学・発電など)はプロセス系の産業に属する。そしてプラントというのは、機械・装置レベルにおける統合が非常に発達している。それはプラントが『密結合』なシステムだからだ。これに比べて、機械加工組立系のディスクリート型工場は、どうしても工場全体が一種の『疎結合』なシステムになっている。なぜ、プロセス系の工場が密結合になるのかの説明は、長くなるので今回は省略する。

そしてもう一つだけ考えるべき因子がある。それは文化的な違い、ないしは物づくりに対するとらえ方の違いである。典型例として、日本とドイツをとろう。

ディスクリート型工場で活躍する工作機械、その制御盤に入っているシーケンサーには、当然ながらCAD/CAMのプログラムを送り込んで動かすことになる。ところで「ものづくりAPS推進機構」の研究会で最近知ったことだが、日本ではその制御盤の通信インタフェースは、いまだに何と、RS232Cなのだそうだ。このようなシリアル通信をいまだに使っている理由は定かではないが、ともかく、このために各工作機械が、具体的なワーク(加工対象)のどこを削っていて、全体の切削加工の進捗はどれほどで、いつ加工が終わる見込みなのか、監視するのは技術的に簡単でない。

ところが聞くところによるとドイツでは、この工作機械の制御盤に対するインタフェースがデジタル化され、さらにオープンな業界標準化されているらしい。このため、どのワークを今どこまで削っていて、いつ終わりになるのか、といった製造作業の状態監視がリアルタイムにできるようになっているらしい。日本で工作機械の制御盤を作っているのは、事実上たった一つのメーカーなのだが、多くのユーザーが要求すれば、もっと標準的で高速なデジタル・インタフェースにかえることが技術的に難しいとはとうてい思いがたい。したがって業界全体のこの差は、すなわち使うユーザー側の意識レベルの差だと解釈せざるを得ない。

以上を元に、ざっくりと対比してまとめてみたのが、次の表である。
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機械・装置・センサー間レベルでは違いが明瞭である。部門間、同一企業の工場間については、日本は(一部の優秀な企業を除いて)一般に壁が高く、サイロとサイロの間に在庫の山がある状況だ。ドイツはどうかというと、これは証拠がなく印象論なのだが、あの国の企業もずいぶんと縦割りになっているが、まあ本社権力が強いので、多少はマシという程度ではないか。ただプロセス系では、国がどこにあるかを問わず、かなり連携がとれている。

異なる企業間の連携について言えば、日本では例は殆ど聞かない。唯一の例外は、自動車業界の「かんばん方式」的なPull型システムで、それは(系列にもよるが)それなりに機能している。ドイツは、わたしは分からない。ただ、米国では日系自動車会社でさえ、カンバンではなく週次確定オーダーで動かしているから、ドイツも似たようなレベルだと想像する。

ところが、プロセス系には昔から「つながる工場」の実例がたくさんある。『コンビナート』とよばれる工場群がそれである。原料・中間品や水素、ユーティリティまで、お互いに配管で結んで融通し合っている。垂直連携の実例を見たければ、化学工業を見ればいいのだ。

では、そもそも製造業における水平・垂直連携とは、どのようなメリットを業界にもたらすのだろうか?

それは、より機敏で柔軟性の高いサプライチェーンの実現という言葉につきよう。部門間連携で考えてみれば分かる。生産・販売・物流の部門間が「つながらない」メリットとは、各部が自律分散・局所最適化で動けることである。そのかわり、在庫の山と部門の壁(非効率)が生じやすい。「つながる」メリットはその逆だ。つまり、在庫削減とリードタイム短縮を同時に実現したかったら、部門間連携は必須なのである。そのかわり、会社の中に中央管制塔が必要になる。トヨタがその良い例である(これについては下記リンク参照)。

同じ事は、企業間連携でも言える。現状の日本の、いや、米国やドイツを含む殆どの国のサプライチェーンは、企業間の、広域的でオフラインで非同期的な「発注と交渉」によって調整されている。つまり疎結合である。サプライチェーンの需給調整のキーとなるのは、価格と在庫の圧力であり、つまり市場原理を介したゆっくりした受動的な調整になる。必然的に、大量見込み生産と値引き交渉こそが利益の源泉、との発想に人を導く。

他方、密結合のシステムでは、需要と供給の推移予測に基づく能動的な制御が可能になる。すなわち地域的でオンライン的で同期化された、ダイナミックな連携の姿である。そこでは需要と供給の可視化と、変動に即応するリアルタイムなスケジューリングが利益の源泉になる。企業間がつながるメリットは、日本の自動車産業である程度実証済みとも言える(ただし電子化はまだこれからだが)。あるいはDellのBTO方式をあげてもいい。Dellはサプライヤーの製造工程まで監視しているが、これはつまり供給予定と生産余力を見ているのである。

疎結合と密結合の違いは、首都圏の人にとっては「湘南新宿ライン」を例に取ると分かりやすい。以前は東北線・高崎線・東海道線・横須賀線そして埼京線が別々のラインとして非同期に動いていた。そこには必然的に「乗り換え」という手間が発生した(サプライチェーンで言えば工程間の在庫に相当する)。それを連結し、また山手線東側(上野・東京)に集中していた物流を西側にも分散することによって、需給のミスマッチを防ぎ、顧客の利便性を向上したのである。

そのかわり、密結合にしたことによって、一箇所の事故や故障がライン全体の停止につながるケースが増えた。水平連携することで、以前は「在庫に隠れていた」問題が水面上に浮かび上がってきた、とも言える。密結合なシステムは、各要素の高信頼性と共に、コア部分の冗長化・複線化が必要なのである。そしていうまでもなく、各サブシステムが、透過的に中央管制塔から見えていなくてはならない。

従来、企業間連携が止まってしまったのは、この透過性が壁になったためである。各社が隠そうとしたという面もあるが、上で触れたように、そもそも工場内でも機械レベルで何がどう進行しているのかよくつかめていないのだ。

産業用IoTという新しい技術は、このような工場間のダイナミックな連携を可能にするイネーブラーとして、大きな潜在的価値を持つとわたしは考えている。今後、企業系列の枠を超えて、サプライチェーンが水平・垂直連携する姿が広がるだろう。工場が互いに製造委託を拡げ、生産余力を取引する時代へと進だろう。こうした構想を、Distributed manufacturingとよぶ。

いずれ遠からぬ将来、工場内がデジタル的に可視化されていないとモノが売れない時代が来るかもしれない。そうなると、工場の(本来の意味での)プロセス・システム・エンジニアリングが必要になるだろう。疎結合と局所最適な工場の時代は終わりが来るのだ。では、そのような「プロセス・システム・エンジニア」という技術職種を組織的に抱えている業種はあるのだろうか?

それは、すでに存在する。それはエンジニアリング会社とよばれる業種だけだよ、というお話でした。


<関連エントリ>
 →「トヨタのグローバル・サプライチェーン・マネジメントを理解する鍵」 (2015-07-01)
by Tomoichi_Sato | 2015-11-03 13:00 | サプライチェーン | Comments(0)