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「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(2014/01/16) 開催のお知らせ


と、いうわけで(?)、PM教育について、研究部会でお話することにしました。一方的な講演というよりも、双方向的な討議の場にしたいと考えています。この問題に関心のある方のご参加をお待ちしております。

ちなみに「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」 は、小生が主査を務めるオープンな研究会です。スケジューリング学会の下に位置していますが、学会員でなくても、どなたでも自由に参加できます。

以下の要領にて2014年第1回会合を開催いたします。新年のご多忙な折とは思いますが、ぜひよろしくご参加ください。

<記>
日時:2014年1月16日(木)19:00-20:30

場所:慶應義塾大学 三田キャンパス・北館・会議室2
 http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html
※キャンパスマップの【1】になります

テーマ:  「プロジェクト・マネジメントの教育について」

講師:佐藤知一 (日揮株式会社) 

内容:プロジェクト・マネジメントの教育はどうあるべきか。過去5年間にわたり、大学・大学院・自社・他企業などで試行し実践してきた教育カリキュラムの内容を概観するとともに、その課題について討議したい。 

参加費用:無料。
ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥1,000)は免除されます。

参加を希望される方は、確認のためできましたら当日までに佐藤までご連絡ください。

                         以上
by Tomoichi_Sato | 2013-12-24 12:54 | ビジネス | Comments(0)

オプションが多数ある製品のBOMは、どう構成すべきか

今からおよそ100年前、ヘンリー・フォードは世界で初めて自動車の量産をはじめた。それまで、自動車は富裕階級向けの特別な商品であり、ほとんどが注文生産だった。顧客は大きさや色をはじめ、様々な自分の好みをつけて注文する。メーカーはそれを受けて、個別に設計して製造する。当然ひどく高くつく。それでも買える人だけが顧客だった。ほとんど今の注文住宅のようなものである。

そのようなマーケットの常識を、フォードは完全にくつがえした。彼は黒色のT型フォードという、ただ一つの標準モデルを売ることに決め、そのための専用量産ラインを、当時としては画期的だった工程別分業体制とベルトコンベア方式によって実現した。この時に彼が言った、

 「顧客の望む色はどんな色でも売ります--それが黒色である限り」

という、有名な文句は一種の標語となった。モデルを一種類にしぼり標準化をはかることで大量見込生産を可能とし、安価な製品で大きなマーケットを獲得したのである。かくしてフォード・システムはアメリカ的経営の成功モデルとなった。

しかし、時代が下り、自動車が大衆社会におけるコモディティ商品となっていくにつれ、単一モデル販売ではもはや競争に勝つことができなくなっていった。外装の色やエンジンの排気量など、標準モデルにさまざまなバリエーションをつけることによって、次第に消費者の細かな好みに合わせる方向に、販売競争が進んでいった。その結果、インテリアの仕上げ、変速がマニュアルシフトかATか、エアバッグの装備、搭載カーナビ機器のグレードなどなど、かなりの種類のオプションを購入者が選べる状態が、現代では常識となっている。つまり、

 初期の個別受注生産 →普及期の大量見込生産 →成熟期の個別オプション生産

という風にマーケットの形(生産・販売形態)が変遷していったのである。

同じことはコンピュータ産業でも起きた。初期の汎用機は非常に高価で、注文生産だった。顧客はそれを買える大企業や国立の研究機関だけだった。しかし、やがてミニコンやオフコンといわれるクラスの普及型製品が出される。さらに「Apple II」や「IBM PC」といった、大衆向けの安価な単一モデルが消費者市場を席巻した。フォード・システムの再来である。そして今日では、多くの消費者はショップに行き、CPU速度やディスク容量・メモリ容量など、多数のオプションを選ぶようになってきている。

このようにオプションが導入されたのは、多様な消費者ニーズに柔軟に対応して、販売しやすくするためである。こうして、消費者の手元に届く商品はバラエティが増え、同じモデル名でも一つ一つが異なる別のものになってくる。こうした生産形態を、大量生産(マス・プロダクション)に対比して、マス・カスタマイゼーションと呼ぶこともある。

ところが、BOM(部品表)の観点から見ると、ここで一つの難問が生じる。BOMというのは、最終製品(英語でEnd productないしEnd itemと呼ぶ)を頂点とした、部品群からなるツリー構造になっている。一種類の最終製品に、一つのBOMが付随する、1:1の関係だ。たとえ同じモデル名でも、もし、トランスミッションの種類が違ったり、エアバッグの装備などが違ったりすれば、当然ながら部品の構成は変わるわけだから、別のBOMが必要になる。

たとえば、自動車のオプションが次のようにあったとしよう。

 ・外装の色 5色
 ・内装の種類 3種類
 ・変速方式 マニュアルまたはAT
 ・エアバッグ装備 3種類
 ・搭載カーナビ機器 4機種

すると、可能な組合せの数は5×3×2×3×4=360種類にものぼることになる。この場合、360種類ものBOMを作成し、マスタに登録して用意しなければならないのだろうか? 

それはとてもばかげた手間に思える。じゃあ、個別の注文を受けた際に、その時毎回、必要なBOMだけを登録することにしてはどうか。いうまでもなく、BOMは製造工程で必要とする部品の出荷指示の基準情報である。だから、工場倉庫からの部品在庫の払い出しは、その個別BOMに従う、とすればいいはずだ・・。

ところが、そうは問屋が卸さないのだ。BOMは材料の購買手配の基準情報でもあることを、忘れてはいけない。部品サプライヤーたちに、先々の数量を先行内示で与えるのが、自動車業界の慣習だ。このとき、すでに登録されている(つまりたまたま過去に注文のあったオプション組合せの)BOMだけで購買手配をかけたら、これまでなかった新しい組合せの注文が顧客から来ても、応えられなくなってしまうだろう。

このような矛盾をはらむ問題の解決法には、じつは定石がある。ここでの問題の根幹には、BOMが「部品購買手配の基準データ」と「製造の部品払出指示の基準データ」という二つの機能を併せ持っていて、その二つが両立しがたいことにある。こういう場合は、二つの機能を受けもつ要素を別にするのである。ちょうど、機械設計のとき、異なる機能を受けもつ部品には違う材質を用いるように。つまり、「部品購買手配の基準」であるマスタとしてのBOMと、「製造の部品払出指示の基準」としての個別BOMを、別のデータとしてシステムに持つのである。前者はマスタデータであり、後者はITの用語で言えばトランザクション・データである。

まず、前者のマスタとしてのBOMから説明しよう。こういうケースでは、BOMの親製品と子部品の間の数量関係(員数)を、整数ではなく、使用比率に応じた小数つきの値で持つ。こうしたBOMデータの形式を、「モジュラーBOM」(あるいは「縮約BOM」)と呼ぶ。モジュラー化したBOMでは、まず最上位の仮想的な最終製品として、製品ファミリーを定義する。その下に、基本モデル製品と、各オプションに対応するモジュールのサブ・アセンブリーに関するBOMを、登録する。

この際、親子関係の員数として、オプション選択の比率を使う。もしユーザが平均してマニュアルを30%、ATを70%選ぶことが過去の経験から知られていたら、製品ファミリーから変速装置への員数をそれぞれ0.3と0.7に設定するのでである。むろん、この員数は定期的に見直す。

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図:オプション構成とモジュラー化されたBOM (「BOM/部品表入門」第8章より引用)

このようなBOMを定義すれば、マスタ情報のメンテナンスが楽になるばかりではなく、MRPを利用する際にも、販売予測を360種類の最終製品に対して行なうかわりに、製品ファミリーに対して1種類行なえばすむようになる。

むろん、ユーザによるオプションの選択比率は、つねに定期的に見なおしていく必要がある。とはいえ、そ比率の見直し作業は、5+3+2+3+4=17種類のモジュールに対して行なえばすむ訳である。

そして、製造の部品払出指示に対しては、受注した個別オーダーのオプションから導出されるBOMを用いる。生産管理パッケージの中には、製造指図にBOMを添付する機能を持っているものもある(わたしの記憶では、SAPの生産管理モジュールもその機能を持っていたはずである)。ここで、添付するBOMは、元のマスタデータからコピーするが、顧客の指定したオプションに従って個別に修正したものを添付する。これが、製造BOMのトランザクション・データになる。

つまり、ただ一つのBOMデータでいろいろな業務機能をまかなおうとするから問題にぶつかるのである。BOMには、最低でもマスタとトランザクションの二種類が必要である。これは、わたしが拙著BOM/部品表入門で提案したことだ。より正確に言えば、トランザクションは「これで作れ」という指示系履歴データと、「これで作りました」という実績系履歴データに分かれるべきだから、BOMは合計、3種類必要だ、というのが、わたしのかねてからの主張である。

顧客の要望する機能や仕様は多様化しており、作り手がその流れを止めることはほとんど不可能である。そこで、いろいろなオプションや付属品をご提供することによって、なんとかニーズを満たしてもらう訳である。その無数に増え続ける組合せを、パターン化するための方法が、仕様に対応する「モジュラー化」の考え方なのである。モジュラー化とは、標準的なモジュールの組合せによって、選択のバリエーションを作りだす方法で、いわば注文住宅とプレファブ住宅の違いと言ってもいい。モジュラー化設計によって、必要な部品やサブ・アセンブリーのバラエティを減らし、ある程度見込をつけて生産しておくことができるようになる。そして、BTO生産方式(「ATO」とも)に近づくことができ、注文から納品までのリードタイムを劇的に短縮できるようになる。そのような生産革新のキーが、モジュラー化BOMなのである。


<関連エントリ>
 →「生産革新のためのBOM(部品表)再構築入門(1)
 →「工場計画論(5) BTOと製品アーキテクチャー
by Tomoichi_Sato | 2013-12-02 22:39 | ビジネス | Comments(0)

担当者が問題状況に陥ったら、プロマネがカバーに入るべきか?

プロジェクト・マネジメントの講義で、学生に進捗管理について教えていた時のことだ。進捗とは、これまで消化した予算の比率で計ってはいけない。「あとどれくらい仕事が残っているか」で計るべきものである。いつもの持論を、わたしは説いた。進捗管理の最大の目的は、“仕事はいつ終わるのか、あとどれくらいのコストで終わるのか”を予測することにあるからだ。

マラソンにたとえるなら、スタート地点からゴール地点まで約42kmあるが、そのちょうど中間、折り返し点のマイルストーンがある。ここに到達した人は、それまでまっすぐ走ってこようと、多少脇道にそれて余計な距離を走った人も、あるいは道に迷ってさんざん遠回りした人も、等しく進捗率50%だ。なぜなら、残りの距離は誰にとっても同じ21kmなのだから。もしも、仕事の進捗を問われて、「これまで自分はどれだけ努力したか」を答える人がいるならば、その人は進捗の意味を誤解しているか、ないしは遅れを自覚して言い訳しているか、どちらかだろう。--そう、説明した。

すると、学生から質問があった。「問題を起こして後ろめたいから、自分の努力を必死にいいつのる人は、たしかに見かけます。そういった状況になった場合は、プロジェクト・マネージャーが進捗のカバーに入るべきなのですか?」

これは面白い質問である。マネジメントの問題には一般に『正解』はない。だから答えは、プロジェクトの状況による。では、どのような状況の時にはプロマネがカバーに入り、どんな場合にはカバーすべきではないのか。

まず一つには、プロジェクトの種類による。種類とは、規模と専門分化の程度、という意味である。数人からせいぜい10人程度の、同等(同じ職種)の仲間によるチームの場合ならば、プロマネが問題状況に陥った担当者の仕事を、分担して手伝うこともあるだろう。同等の職種といっても、それが100人規模だったら、そうはいくまい。その規模になったら、マネジメントの仕事は専任でフルタイムでやっても追いつかないから、とても人の仕事まで手を出す暇はなくなる。

もうひとつ、専門分化が進んで、幅広い職種を要するタイプのプロジェクトでも、カバーは困難である。学生オーケストラを考えてほしい。かりにオーボエ奏者の練習が遅れていたからといって、指揮者がオーボエをかわりに吹く訳にはいかない。専門分化と職務分担がはっきりしているからである。

指揮者が直接、仕事を手伝えない場合はどうするか。もし予算にまだ余裕(=すなわち予備費)があるなら、外部からエキストラの援軍を連れてくる、あるいはコーチを短期間依頼するかで解決するだろう。もしスケジュールに余裕(=すなわちフロート日数)があるなら、少しでも練習とリワーク(やり直し)の時間を与えるだろう。

それでも、本番演奏で失敗する危険性はないのか? --そのリスクは、だれにでも、常にある。決してゼロにはできない。失敗のリスクは、「受け入れ可能なレベルまで下げる努力をする」しかないのだ。

そのためには、部下に育ってもらう必要がある。

だから、この学生の質問は、かなり奥深い問題を突いていることになる。結局、人の能力の制約によって問題状況が生じたら、リトライの機会を与えて、その人が育つことを優先すべきか、プロジェクトの早期・予算内の完成を優先させるか(その場合は担当者を入れ替えることになる)、二つに一つである。それを、個別の局面で判断しながら、進めていくしかない。もちろんそのためには、問題状況に陥ったActivityのコストやスケジュールの状況と、全体への影響度合いが、プロマネにちゃんと見えていなければいけない。

人が育つプロセスというのは、ほんとうに難しい。「這えば立て、立てば歩めの親心」という言葉があるが、自分で子どもを育ててみると、成長を心待ちにする心境はよく分かる。と同時に、「這えば立たせ、立てば歩ませ」ではない点にあらためて感心する。“何々させる~”という使役ではなくて、“何々する”という自動詞の期待形になっているところがポイントだ。子どもは、自分の体で学ぶしかないのだ。今どきの世の中は教育システムにご熱心だが、子どもに、歩き方を言語で伝達したり、ビデオやe-Learningシステムの画面を見せたりして、それで歩けるようになるだろうか? 

そして、子どもが自分で歩き方を学ぶためには、二つ、大事な条件がある。

まず、大人や年上の兄姉たちはみんな、ちゃんと歩いたり走ったりできることを、子どもが見て、自分もそうなりたい、と感じることである。つまり、あこがれたり真似したりする対象、「ロールモデル」が必要なのである。

もう一つ、大事な条件がある。子どもは、一度も転ばずに、歩くことを学ぶことはできない。だから、学ぶためには、安全に転べる環境を大人が気づかってやることが必要なのである。

人が何かを学んで育つためには、安全に失敗できる環境がいる。前にも書いたことだが、スキーやスケートでは、初心者は安全に転ぶ練習を最初に学ぶ。転ばずに上達できる人はいない。最初は必ず何度も転ぶのだ。そのとき、頭や腰をひどく打ったりしないために、どんな姿勢で転べば安全か、まずそれを教えるのである。

「失敗は決して許されない」--そんな組織や環境では、人は育たない。減点主義や完全主義的な制度のどこがまずいかというと、人が育つことを阻害する点なのだ。もうだいぶん以前のことになるが、ある大手銀行の人が、人事評価の仕組みに関連して、ゴルフに喩えながら「最初のホールからOBを叩いた人には(出世競争から)どいていただく。あとに続く優秀な人はいくらでもいるのだから」と、経済メディアで語っていたことを、わたしは今でも忘れない。その銀行がバブル崩壊後の失われた20年を、どんなにもみくちゃになって過ごしたかは語るまい。ただ、そんな職場に働く身分でなくてよかったと思うだけだ。

プロジェクトにおていは、上に述べたように、コストも納期もまったく余裕が無い状況では、人は育たない。そういうキツい仕事も、無論、ときにはあるだろう。そういうキツさの中で磨かれる部分もあることは、認めよう。だが、転んだら最後、二度と立ち上がれない場所ばかりでは、子どもは歩くことを学べない。「転んでも立ち上がれる」状況をつくって、はじめて人は大きくなれるのだ。

キャリアパスだって、同じである。固定的でなく、複線型の方がいい。“最近の若い人は、一度でも失敗して、自分が描くキャリアパスのイメージから外れそうになると、もう職場で働く気力をなくすことが少なくない”と、人事系の専門家がボヤいているのを聞いたことがある。たぶん今の教育制度が、若い人にそういった観念を押し付けているのだろう。

そして、「ちゃんと元気に歩いたり走ったりしている、楽しそうな大人」(ロールモデル)がいなかったら、人は育たない。それはつまり、「生き生きと仕事をしている、楽しそうな上司や先輩」のことである。

自分が育たないような環境で、誰が働き続けたいだろうか? わたしはいやだし、自分の子供がそんな職場で働くのは、もっといやだ。現代の就活生に「即戦力」を求める組織は、このことをよく考えた方がいいと思う。


<関連エントリ>
 →「進捗管理とは何か?
by Tomoichi_Sato | 2013-11-23 22:25 | ビジネス | Comments(0)

生産革新のためのBOM(部品表)再構築入門(2)

<設計部品表(E-BOM)と製造部品表(M-BOM)の乖離>

BOM再構築の課題の中でも、もっとも多く見られる悩みが「設計部品表と製造部品表の乖離」だ。ふつう、前者はEngineering BOMを略してE-BOMと呼び、後者をManufacturing BOMの略でM-BOMと呼ぶ。

設計部品表(E-BOM)とは、設計部門が作成する部品表のことで、最終製品を構成する全部品をリストアップしたものである。製品の構成図(断面図)の各部品に①②③・・といった番号をつけ、その右側に番号・部品名称のリストをつけたものを、誰しも見たことがあると思う。この部品構成リストがE-BOMの原型である。

たとえば、『冷し中華』という製品を考えてみよう。冷し中華一人前は、図1左に示すように、茹で麺・たれ・錦糸玉子・チャーシュー細切・きゅうり細切から組み立てられる。

機械・電気など組立加工系の業種におけるE-BOMは、最終組立に使う部品のリストであるため、伝統的にはしばしば、部品間の階層構造を持たない「サマリー型部品表」の形をしていた。もっとも、現代のインテリジェントなCADシステムは、自動的に部品リストをE-BOMとして出力する機能もある。さらに必要ならば、製品→モジュール→サブモジュール→部品、という階層構造を定義することもできる。

ところが、工場はこのE-BOMだけでは仕事ができない。冷し中華の例で端的にいえば、材料の手配はどうしたらいいのか? まさか茹でたての麺を毎回買ってくるわけにも行くまい。購買には、図1右に示すような購入材料リストが必要である(これを購買BOMと呼ぶこともある)。

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 [図1 設計BOMと購買BOM]

E-BOMから、購入材料リストを作成するためには、それぞれの部品をどんな材料からどのような手順で製造するかを示す表が必要になる(図2)。これを製造部品表(M-BOM)と呼ぶ。製造部品表は、通常は生産技術部門による工程設計の結果として作成され、主に製造現場において生産管理で用いる。

M-BOMの特徴は、部品の親子関係を示す「ストラクチャー型部品表」の形になることだ。また、工順(Routing=加工順序)の情報が付加される。生産管理にMRPシステムを用いている企業では、さらに親子関係に「標準リードタイム」を設定し、生産スケジューリングに利用する。このM-BOMは、生産技術部門がE-BOMを元に作成するケースが多い。

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 [図2 製造部品表(M-BOM)]

それでは、なぜ多くの企業がE-BOMとM-BOMの乖離に悩んでいるのか。その理由は、大きく4つある。

(1)品目コードの不統一

本社設計部門では、部品コードを定めずに「部品の図番」や「部品規格番号」や「名称」だけで済ませる場合がある。一方、工場では購買先を決めてから品目マスタを登録するケースが多い。その段階で、はじめて部品に品目コード(Part Number)がふられる。この品目コードは、本来であれば本社設計部門に伝達され、図面やCADの属性に登録されるべきだが、部品点数は多いし、マスタ登録のタイミングはバラバラだし、おまけにしばしばマイナーチェンジが行われたりするので、実際にはなかなか簡単ではない。

その結果、全社で品目のコード体系の統一がとれなくなり、E-BOMからM-BOMへの「翻訳」作業が必要になってしまう。しかし、これでは手間がかかるし、誤りが入り込みやすくなる。

(2)代替部品の使用

材料手配の都合上、工場では一時的な代替部品を使用することがある。サプライヤー側や購買・外注の都合で素材・品番が変わることもある(この事情は、とくに海外工場に多い)。そのため、設計と現物に食い違いが生じてくるのである。

(3)副資材や包装材料の追加

製品設計図には、副資材や包装材料はふつう記載されないため、E-BOMにないことが多い。したがって、工場では手配が必要になる。したがって、独自にM-BOMに追加せざるを得ない。

(4)設計変更の発生と在庫切替タイミングの食い違い

設計部門において仕様改訂や品質改善のため設計変更が発生した場合、本来はM-BOM側も同期して修正すべきである。しかし、工場は仕掛りや部品在庫のために、M-BOMをすぐには切り替えられない。「手元にある在庫を使い切ってから修正しよう」などと考えている内に、次の設計変更通知が来たりする。


こうして、いったんE-BOMとM-BOMが乖離しはじめると、問題点がいろいろ発生してくる。まず、新製品導入スピードが遅くなる。また、品質クレームやアフターサービス対応が難しくなる。どのロットはどんな部品構成で作ったか、トレースできなくなるからだ。

中でも、もっとも深刻なのは(1)の品目コードの不統一である。企業のマテリアル・マネジメントが混乱し、モノが有り余っているのに必要なモノがない、という状態が生じてくる。コードが無ければ設計の標準化も困難だ。モジュール化や、前回述べたATO生産方式(Assemble to Order=受注組立生産)の実現は夢物語になる。

それでは、どうすべきか。この背景には、開発設計と生産現場の乖離がある。マネジメント・レベルで、まず問題認識が必要であろう。その上で、BOM維持体制と責任分担の確立、品目コード体系の統一、そして適切なBOMプロセッサの導入などの施策が必要になるのである。


<BOM再構築プロジェクトのために>

市場が回復中の機をとらえ、今日、多くの企業が生産の革新にチャレンジしている。その鍵がBOMの再構築にあることを、これまでの話でご理解いただけたと思う。

需要は増えてきたのに、思ったように増産できない企業がある。第一の理由は、仕様の個別対応の手間が多くて、設計部門がボトルネックになっためである。第二の理由は、部品マスタの無秩序な増大や変更で、資材購買と在庫管理が混乱するからだ。材料が無ければ工場はモノを作れない。第三の理由は、標準モジュール化の欠如で、工場の負荷平準化が困難なことにある。これらはすべて、BOMに関わる問題だ。

BOMの問題は、生産のグローバル展開の足かせにもなってきた。なぜ、国ごとに違う図番体系や品目コードになってしまうのか? マスタが欠如していたからである。あの自動車産業でさえ、国別仕様と供給可能部品によって生じたバラエティに悩んできた。いまから10年近く前、トヨタは社内に4種類のBOMをかかえており、その一元化と再構築のために、驚くほど巨額の費用と工数をかけてとりくまざるをえなかった。

ちあみに、正確に言うとBOMは『部品表』ではない。部品表という日本語は、何となく組立加工産業のみを連想させる。しかし「部品」に縁のない食品・素材・化学・電子材料・医薬品・アパレル業界などでも、BOM(Bill of Material=マテリアルの集計表)は存在するし、同じように重要なのである。

それでは、どうしたらBOMの再構築が進められるのか。

まず、第一に、これは情報技術だけの問題ではない、と強調しておきたい。複数のデータベースをつなぐツールや、ERP・PDMパッケージ等の導入で、事足れりと考えないこと。むしろ、BOMの運用ルールこそ問題なのだ。誰が、何をいつ登録するのか。どうメンテしていくのか。いつ廃止にするのか。いかに標準化をはかるのか。設計(E-BOM)と製造(M-BOM)の乖離をどう防ぐのか。運用ポリシーがあって初めて、必要なITツールが決まる。

もうひとつ重要なことは、あるべきBOMのマスタと、現実のBOM履歴データを区別することだ。設計はBOMのあるべき姿を規定する。これはマスタだ。しかし、製造の現実では、様々な理由から代替部品を使ったり、歩留りのために予定以上の材料を使ったりする。顧客サービスや在庫管理のためには、個別の履歴をとっておく必要がある。つまり、製造指図や製造報告に付随したBOMのトランザクション・データを、マスタとは別に持つべきなのだ。

そして、何よりも大事なことは、中心となる『マテリアル・マスタ』の再統一だ。これを部品マスタ、あるいは品目マスタなどと呼ぶ会社もある。呼び名はどうあれ、設計・購買・生産技術・工務・製造・物流・・すべての部門が使用し関係している基準データだ。これがバラバラの状態を放置してはいけない。

BOM再構築プロジェクトのあり方は企業の状況や生産形態によって様々だが、その流れの一例を、図3に示す。いずれの場合でも、最初に着手すべきは、何のためにBOMを再構築するのか、どのような問題を解決し、どんな能力を得るために行うのかを明確化する事である。これを、経営トップや企画部門が中心になって社内に宣言する。そして、遂行体制を確立する。

いうまでもなく、BOM再構築には、クロス・ファンクショナルな活動=プロジェクト・チーム体制での取り組みが必要になる。プロマネを任命し、スタッフと時間と費用を与えて、これを推進していくべきだ。誰かの片手間で済む仕事ではないのだから。

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 [図3 BOM再構築プロジェクトの流れ(例)]

つぎに、BOM活用の現状と課題を、関連する各部門(製造業ならば営業を含むほとんどのライン部門が関係すると思っていい)で調査し、把握する。そこから、あるべきBOMデータの設計に進む。マテリアルのコード体系、BOMに付随すべき属性項目等を整理するのである。このとき、主要ユーザ部門を相手に、テスト収集を行い、実用に耐えるデータ設計となっているかを検証しながらすすめる方がいいだろう。

そして、BOMデータの収集と整理のフェーズに進んでいく。データを、マテリアル、マテリアルの親子(階層)関係、工順(=加工手順、レシピ)にしたがって整理していく。このとき活躍するツールがBOMプロセッサだ。またモジュール化設計を進めている場合は、モジュールの組合せで実現できる製品仕様・性能との関係を定めていく。これは受注用コンフィギュレータの基礎になるから、営業部門の参画も望ましい。

データが収集できたら、クレンジング作業や整合性チェックを経て、ターゲットとなる情報システムのデータベースに登録する作業となる。ここは特にIT部門に活躍してもらうべきステップだ。

そして最後に、BOMの運用フローと保守体制の構築を行う。BOMは生き物である。今後も長い間、データを維持・登録・修正しながら使っていかなければならない。その体制と責任分担を決めて実行するのである。

そして、ひとつ助言させてもらえるなら、このプロジェクトには外部の目を取り入れた方が良い。さもないと声の大きい部署の「部分最適」で終わる可能性が大だろう。BOMを再構築し、生産システム全体を生まれ変わらせる仕事を成功させるためにも、全体最適を目標に高く掲げるべきだ。そうして、日本のより多くの企業が、活気と余裕を取り戻すことを祈ってやまない。


<参考図書>
 「BOM/部品表入門 (図解でわかる生産の実務)」 佐藤知一・著、日本能率協会マネジメントセンター
by Tomoichi_Sato | 2013-11-10 16:03 | ビジネス | Comments(0)

生産革新のためのBOM(部品表)再構築入門(1)

数年前、三菱電機から依頼を受けて、「e-F@ctory」という同社のWebサイトに、BOM(部品表)に関する文章を書いた。今はそのurlはリンク切れになっており、同社のサイトを検索しても見つからない。サイトのリフォームにともない、この種の一般解説的文章は削除されたのだろう。そこで、当時の文章を、一部ブラッシュアップして、ここに再掲することにする。内容的に、とくに古くなってしまった部分も見あたらないと思う。製造業におけるBOM(部品表)の構築と改善は、いつでも古くて新しい課題なのである。なお、ここでは分量の関係で2回に分けて掲載する。


<今、なぜBOMが問題なのか>

不況の長いトンネルを抜けて、いま日本の製造業は元気を取り戻しつつある。そして多くの企業で、この機会に生産全体のあり方を見直したい、という気運が高まっているようだ。

製造業とは、物品(マテリアル)を産出・加工し、付加価値をつけて販売するビジネスだ。その資材調達から出荷までの加工と物流の仕組み、ならびに受注から納品までの情報の流し方を総称して、「生産システム」と呼ぶ。

そしてBOM(Bill of Material=部品表)とは、その生産システムのDNAである。BOMとは、製品がどの部品資材から成り立ち、どのような手順をへて組み上げられるかを規定する、生産の基準情報だ。生命がDNAの遺伝情報をもとに細胞や体を組み立てていくように、製造業は基準情報としてのBOMにしたがって、資材から製品を組み立てていく。

ところが近年、そのBOMデータの内容に問題がある、と考える会社が増えている。数万点に及ぶBOMと部品マスタを作り直した電子機器メーカー、2年近くかけて配管材料コード体系を再構築したプラントメーカー、設計思想に立ち戻ってBOMを再構成しようと奮闘中の機械メーカー等、多大な時間と労力をかけて見直す動きが、業界を問わず進んでいる。いったい、なぜだろうか。

それは、生産のDNAであるべきBOMの情報が混乱し、社内のあちこちに、複数の相矛盾するBOMが乱立したり、あるいは基準の役を果たせずに毎回使い捨てにされたりする事象が起きているからだ。

なぜBOMが分裂するのか。皮肉なことだが、BOM情報を必要とする部門がきわめて多いからだ。BOMとマテリアル・マスタには、部品構成以外に工程や原価やリードタイムや購入先やオプションや保守履歴など、多種多様な情報が関係している。いわばBOMは企業内の情報のハブなのである(下図)。にもかかわらず、縦割り組織や分業病の影響で、社内にBOMを統一的に保守する責任部署が存在しないケースが多いのだ。

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BOMが混乱してくると、新製品の投入や設計変更の実施スピードが、確実に遅くなる。そればかりか、工場の生産量を拡大したり、海外にグローバル展開をはかったりする際に、とんでもない副作用が出てくる--部品点数と部品在庫量の無秩序な増大である。工場の中はモノが有り余ったいるにもかかわらず、必要なものが見つからない、という状態になる。企業内のサプライチェーン・マネジメントが運用不能になるのだ。こうして、直接製造作業に関わらない間接工数ばかりが増えていく。結末は、原価上昇による赤字である。


<ERPパッケージはBOM問題を解決できるか>

この状態を解決するために、ERPなど基幹情報システムの導入に期待する人もいる。たいていのERPパッケージの生産管理機能は、MRP(=Material Requirement Planning)の考え方がベースになっており、その中核にはBOMマスタがあるからだ。

だが、ちょっと待ってほしい。そもそも製造現場で一度も働いたことのない若き“ERPコンサルタント”たちに、BOMの作り方や生産システムの動かし方など本当に分かるのか? じっさい、多くのプロジェクトで、「BOMデータの作成はお客様の責任です」と言われ、導入直前の1ヶ月間で急ごしらえのBOMをばたばたと登録するだけで終わっている。

そもそもMRPは規格品見込み生産・大ロット・余裕ある標準リードタイム・豊富な機械設備などを前提とした、'70年代米国の生産思想の産物だ。個別仕様・超短納期・ぎりぎりの工場設備、そして受注/見込み生産混在の自分の会社に、どうフィットしたらよいのか?

生産管理の観点から日本とアメリカの企業を比べてみると、その違いにしばしば驚かされる。米国製造業の特徴は、抜きがたい大量見込み生産指向である。標準品・大ロット生産による生産効率をあくまで追求したがる。これに対してわが国の特徴は、小ロット・プル型を中心としたリーン生産方式であり、また顧客要求へのきめ細かな対応である。個別対応の傾向は、とくに消費財よりも生産財において明瞭だ。生産財の取引においては、産業機械であれ電子部品であれ化学素材であれ、買い手は際限ない個別仕様を要求してくるのが常である。サプライヤーはしたがって、受注生産の形態を強いられる。

そこで受注生産の業界では、ユーザが浜の真砂のごとく出してくる個別要求に応えるため、個別設計のサービス能力が決め手になる--多くの人が、そう信じている。いかにも日本得意の「すりあわせ型」文化である。しかし、個別設計を続ける限り、企業の中のBOMの数は無際限に増えていく。なぜなら、BOMというのは、一種類の最終製品につき、一つずつ必要だからだ。「あとは類推で考えてくれ」という訳にいかないのが、生産システムのDNAたるBOMの宿命だ。まして、個別設計ということは、見積や受注の時点ではBOMが確定しておらず、BOMの作成と資材発注が並行して進むということだ。従来のMRPではとても対応できない流れである。


<受注生産とBOMのあり方>

ところで、生産システム効率化のための定石は、いうまでもなく「標準化」と「平準化」にある。設計における部品構成や図面の標準化、生産における能力や負荷の平準化によってこそ、生産性の向上が計れるのだ。しかし毎回、設計図面からBOMを起こすやり方では、標準も平準も困難で、とても競争力が保てない。それでは、どうすべきか。

先進的な企業は、その答えを、モジュール化とATO生産方式に求めている。

モジュール化とは何か。それは、製品を機能単位の要素(モジュール)に分解し、その組み合わせによって仕様のバリエーションを実現する考え方である。たとえば、パソコンは筐体・マザーボード・CPU・HDD・モニタ・キーボードなどから組み立てられるが、CPUの速度、HDDの容量などの組合せにより、膨大な仕様のバリエーションが生まれる。

そこで、無限にも思える要求仕様を、比較的少数のモジュールから組立てられれば、中間部品レベルでの標準化が可能になる。これを『バリエーション・リダクション』の発想と呼ぶ。

さらに、素材部品ではなくモジュール(中間部品)の形で在庫を持っておき、注文を受けたら即座にモジュールを組立てて出荷する方式が考えられる。これなら、モジュール製造工程の平準化も可能になる。これが、ATO(Assemble to Order)生産方式である。

すなわち、受注生産と一口に言っても、じつは下記の3種類があるのだ。
(1)設計から始まる、ETO(Engineer to Order)=個別受注生産、
(2)受注後に部品手配からはじめる、MTO(Make to Stock)=繰り返し受注生産
(3)モジュール化が前提の、ATO(Assemble to Order)=受注組立生産
さらに、これに消費財で普通行われる見込み生産が加わる
(4)需要予測にもとづき製品を作りだめする、MTS(Make to Stock)=見込生産

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そして、今や少なからぬ先進的企業が、ATO生産方式を目指そうとしている。理由は、ETOやMTOでは受注リードタイムが長くなりすぎ、また標準化・平準化ができないため競争力が上がらないからだ。逆にMTSでは製品在庫のリスクが大きくなりすぎる。だから、生産財・消費財を問わず、ATOに向かう潮流があるのだ。

無論、モジュール化とATOを実現するためには、各モジュール間で組合せのインタフェースを規格化することが大事な条件である。したがって、その実現のためには、設計を根本から見直す必要があり、結局、BOMの姿にも改革が求められるのである。
by Tomoichi_Sato | 2013-11-03 23:44 | ビジネス | Comments(0)

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」 (10月29日) 開催のお知らせ

プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」の本年第5回会合を、以下の要領にて開催いたします。
よろしく参加ください。

<記>
日時:10月29日(火)18:30-20:00
場所:慶應義塾大学 三田キャンパス・旧図書館・小会議室 
http://www.keio.ac.jp/ja/access/mita.html
キャンパスマップ・【2】

内容:  「開発途上国の交通インフラプロジェクト

講師:花岡 伸也 (東京工業大学 大学院理工学研究科 国際開発工学専攻 准教授) 

講演概要:開発途上国の交通インフラ整備は,長期にわたる大規模プロジェクトである。
プロジェクトマネジメントの視点から,交通インフラプロジェクトの特徴や途上国特有の問題について解説する。

講師紹介:
 花岡伸也先生は東北大学大学院情報科学研究科博士課程を終了された後、(財)運輸政策研究機構運輸政策研究所、タイ王国アジア工科大学助教授を経て、現在は東工大国際開発工学で活躍中の気鋭の研究者です。
 交通開発学(開発途上国交通計画)、航空政策・空港計画、国際物流・ロジスティクス、そして交通社会資本マネジメントを専門とされています。
 本講演では、交通インフラ系の海外プロジェクトの課題について、最近の研究成果も交えたお話をうかがう予定です。ご期待ください。

参加費用:無料。
ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(¥1,000)は免除されます。

参加を希望される方は、確認のため当日までに佐藤にご連絡ください。
by Tomoichi_Sato | 2013-10-03 02:02 | ビジネス | Comments(0)

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」(8/30) 開催のお知らせ

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」 は、小生が主査を務めるオープンな研究会です。スケジューリング学会の下に位置していますが、学会員でなくても、どなたでも自由に参加できます。

本年第4回会合を、以下の要領にて開催いたします。直前の案内になってしまい恐縮ですが、非常に興味深い講演になりますので、ぜひご参加ください。

<記>
日時: 8月30日(金)18:30-20:00
場所: 慶應義塾大学 日吉キャンパス・来往舎・小会議室  (←いつもとは別のキャンパスですのでご注意ください!)
〒223-8521 神奈川県横浜市港北区日吉4-1-1

内容:  「システムズ・レジリエンス -- 想定外を科学する」
講師: 丸山 宏 (統計数理研究所 副所長)

講演概要:
 レジリエンスとは,環境の大きな変化に対して,一時的に機能を失ったとしても柔軟に回復できる能力を指す概念であり,生態学等ではよく知られたものである.生物,生態系,国家や企業などの社会システム,人間の心理など,レジリエントな性質を持つシステムは多くある.我々は,これら多様な分野におけるレジリエンスを調べることによって,レジリエントなシステムを構築・運用するための共通な知識体系を構築することを目標に,研究を行なっている.
 本講演では,このプロジェクトの狙い,方針,それに現在の研究活動について述べる.

講師紹介:
 丸山宏先生は元・日本IBM基礎研究所所長として、またキヤノン株式会社開発本部副本部長として、長年にわたり計算機科学とソフトウェアの分野で活躍されてきた著名な研究者です。2010年に統計数理研究所に移られてからは、「システムズ・レジリエンス~想定外を科学する」という研究プロジェクトを組織し、生物・工学・社会などのシステムに共通するレジリエンスの原理について、多方面から研究を進めておられます。
 本講演では、『想定外』と称されるようなリスク事象と、それに対する備えの原理としてのレジリエンスについて、最近の研究成果も交えたお話をうかがう予定です。ご期待ください。

参加費用:無料。
ちなみに本研究部会員がスケジューリング学会に新たに参加される場合、学会の入会金(1,000円)は免除されます。

============================================
参加を希望される方は、人数確認のため、 できれば当日までに研究部会主査にご連絡ください。
よろしくお願いいたします。

研究部会 主査  佐藤知一(日揮株式会社)
by Tomoichi_Sato | 2013-08-22 10:18 | ビジネス | Comments(0)

研究部会(8/30)と講演(9/5)のお知らせ

直前のお知らせになってしまいましたが、案内が2件あります。

「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」は、来る8月30日(金)6時半から、統計数理研究所副所長(元・日本IBM基礎研究所長)の丸山宏先生に「リスクとレジリエンスの科学」(仮題)のテーマでご講演いただく予定です。場所は慶応大学日吉キャンパスになる見込みです(参加費無料)。
 講演タイトルと場所の詳細は決まり次第、追ってご案内します。

 また、来る9月5日(木)10時より、東洋大学白山キャンパスで開催されるプロジェクトマネジメント学会秋季大会で、わたしが「海外プロジェクトのリスク戦略を考える」と題する基調講演をいたします。

両テーマに関心のある方のご来聴をお待ちしております。


佐藤知一
by Tomoichi_Sato | 2013-08-20 08:59 | ビジネス | Comments(0)

人事評価におけるトレードオフ問題--業績と能力のどちらを重視すべきなのか

将棋の第54期王位戦は、羽生善治・現王位の先手・第一勝ではじまった。第2戦も羽生が勝ったが、第3戦は挑戦者の行方尚史八段が逆転勝利。第4戦はまた羽生が制して、まさに王位に「王手」をかけた状態にある。さて、羽生と行方八段は、どちらの方が能力が上だろうか?

将棋という競技は、ポーカーや麻雀などと違って、偶然性に左右される部分がまったくないゲームである。そこでは純粋に知力だけが勝負を決める。麻雀のように偶然が支配的なゲームの場合にも、もちろん上手下手は存在するが、その能力はただ1回の勝負だけでは決められない。下手がその時だけ運にめぐまれて勝つことがあるからだ。しかし、囲碁や将棋はちがう。だったら、なぜプロの将棋のタイトルは7連戦もするのか。放映権を持つTV局の陰謀なのか。

もちろん、ファンはその理由を知っている。たとえプロの棋士といえど、その日その時々での調子のブレがあるのだ。将棋は盤面が狭く、紙一重の差で勝敗が決する。わずかな体調、疲れ、気負い、おごりなどで集中力を欠いた手を打つと、それが結果に現れる。だから、そうしたブレの影響がならされるように、7回もの(ある意味では長丁場の)戦いによって、その能力の優劣を決めるのだ。

ここから教訓にできることが一つある。どんなに純粋に能力だけの勝負であっても、短期的には結果のブレが生じるということだ。それは天候や開催地などの外部環境、そして体調や気分といった内部環境からくる微妙な攪乱で引き起こされる。まして、もっとずっと環境要因に左右されやすいビジネスの世界では、これが顕著になる。人の能力は、短期的な業績だけでははかれないのだ。

ここで「短期」というのは、3日くらいのことをいうのか、それとも3週間なのか、3ヶ月なのか? 答えは、仕事の種類による。タクシーの運転手なら、3日あれば十分に成果を測ることができそうだ。セールスなら、業種にもよるが、案件は1~2ヶ月でだいたい決するだろう。もちろん、職位にもよる。営業部門長だったら、単発案件ではなく部門全体の受注額がモノサシになるから、3ヶ月では短期だと思うかもしれない。ちなみに、わたしが普段関わっているエンジニアリング系のプロジェクトとなると、終わるまで平気で3年も4年もかかるから、1年だってある意味、短期だ。

どんな職位の仕事にも、安定した結果が出るまでにかかる期間の目安がある。(理系の人向けに分かりやすくいうと、制御工学の用語でいう固有の『時定数』があるわけだ。時定数とは、ごく簡単にいうと、あるシステムが外乱を受けてから安定した状態に戻るまでの時間である。そして時定数より短い時間を「短期」と考える)。業績は短期でも測れるが、それは能力だけで決まるわけではない。ちょうど将棋の第1戦だけで王位を決めないように。

では『能力』とは一体なにをさすのか? これは逆から考えてみるとわかる。能力とは、確率なのである。ある目標値を、どれだけの確率で達成できるかを示す言葉が、能力なのだ。将棋なら、勝率と言ってもいい。野球だったら、打率や防御率(これも一種の確率的な指標だ)。「彼はここぞという時にホームランを打つ能力がある」というのは、「一度ホームランをうった実績がある」でも「100%ホームランを打つ」でもなく、そうした状況でホームランを打つ確率が(他に比べて)、有意に高いことを言っている。

このように、能力を客観的に測るのは、時間がかかるし難しい。本当のプロならば、他人のスイングフォームや1打席のバッティングを見ただけで、およその能力評価はできるかもしれない。だが変転目まぐるしいビジネス界では、本当のプロがそうそういる訳でもない。

そこで登場したのが、人事評価における『成果主義』であった。成果主義にはいろいろなバリエーションがあるが、多くは「成果に結びつく行動を評価する」という考えをとる。こうすれば、潜在的で測りにくい能力の評価にたよらず、外部に見える行動で評価できる、と考える(まあ、中には、単なる業績結果だけで測る『結果主義』評価もあるが)。ちなみに余談だが、この発想の背景には、アメリカの行動主義の影響があるようにわたしは感じる。行動主義とは、「心理学は記憶や感情といった主観的なものを研究対象とするのをやめて、行動という客観的で目に見えるものだけを研究対象とする科学になるべきだ」、という主張である。

ところで、この成果主義による人事評価が、様々な批判にまみれたのは周知の通りだ。Wikipedia にも解説があるから詳細は略すが、成果主義には根本的な課題が二つあった。
(1) 成果はどうしても短期的な変動にさらされやすく、運・不運を排除できない
(2) 組織的な仕事においては、個人の成果と組織全体の業績の関係が判然とせず、結果として「成果」のモノサシの置き方が恣意的になりやすい

この(1)については、またちょっと理科系的な説明を加えておこう(自分は根っから文系だと思う人は、以下数行はとばし読みしてもいい)。上で述べた考え方は、いわば次のように定式化できる:

 個人の短期的な業績 = f(個人の能力、制約条件、環境の変動)

ここで制約条件とは、その人に与えられた権限の範囲(自由度)や予算などを示し、また環境の変動は、仕事に降りかかってきた外乱や内部攪乱因子を指す。もしfの関数型が正確に分かれば、能力と成果はどちらか一つを測ればいいわけだが、むろん簡単ではない。(理系風説明おわり)

かくして、われわれは前回の最後に紹介したトレードオフの問題にたどり着く。能力は潜在的で測りにくい。成果はばらつきが大きい。人事評価ではどちらを重視すべきなのか。

この問題を解決するためには、そもそも「人事評価」の目的は何だったかを考える必要がある。人事考課は、賞与の査定や昇級・昇格などに用いられる、と前に書いた。ところで、「ある人の賞与を決める」ことと「ある人のポジションを決める」のは、じつは別のことではないか。賞与というのは、個人が直近の過去に行った貢献への報酬である。他方、ポジションを決めることは、未来の可能性について個人に賭けることを意味する。(ここでいうポジションとは、課長と係長とかいうグレードのことだけでなく、どの職種や役割をまかせるかという一般的な意味で使っている)。未来と過去と、二つのことを同じモノサシで測ろうとするから、矛盾が生じるのだ。

である以上、答えは明白だ。

「過去に属すること、すなわち賞与の査定においては、個人の業績によって報いる。未来に属すること、すなわちポジジョン決定においては、個人の能力によって決める。」

運がよくて業績を上げることができた人の場合は、報奨を与える。企業全体は業績(利益)を求めて活動しているのだから、貢献に報いるのは当然である。他方、もし能力があり努力したのに、運が無くて業績につながらなかったら--そのときは、能力の評価を記録し、将来のポジショニングに用いる。

このような制度設計の下では、武運つたなく失敗した人にも、次の機会が与えられることになる。失敗をも許容する、「チャレンジ精神の可能な組織」になるわけだ。よくあるような、“運がよい人はさらに報い、運の無い人はさらに罰する”評価の仕組みだと、社内は「勝ち組」と「負け組」に分断され、大勢のモチベーションが削がれていく。こうしたおかしなことは、起こらなくなる。

その上で、もし、どうしても人事的な「総合点」をつけたければ、以前「逆張りで成功した部下は、どう評価すべきか」に書いたように、その職位によって「業績」と「能力」のブレンド比率を変えればよい。上に行けば行くほど、「業績」のウェイトを高くする。下の方の職位では、定められたプロセスやフォームをどれだけ身につけているか(=能力)の比重を大きくする。

ところで、C:A:PモデルのA(態度)は、どこに行ったのか? じつは態度とは、より一般化するならば、「個人の行動の方向性が、組織の目指す方向性と合致する程度」をあらわす指標である、と考えられる。すると(また理科系的な説明を我慢していただくとして)

 組織の業績 = g(各人の能力、各人の態度、組織レベルの制約条件)

と定式化したとき、態度は、個人の業績と組織の業績をむすびつけるファクターになる。このgは合成的な関数で、単なる足し算Σではないが、態度がバラバラだと全体の業績が上がらないような形になっているはずである。

そして、わたしがこのところずっと個人的に研究してきたのは、プロジェクトとかプログラムといった種類の仕事の業績が、それを構成する各アクティビティの貢献とどう関係するかであった。たとえていうなれば、g関数の構造を考えてきたわけだ。その研究の萌芽的な成果は、「プロジェクトにおけるタスクの価値を計算する」「プロジェクト貢献価値の理論」などでかつて簡単に説明したが、まだまだ解明すべき問題はたくさんある。とても一人で解ききれる問題とも思えない。

だからわたしは、こういうサイトに書いたり、あるいは「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」などの活動を通して、一緒に考えてくれる同志を探しつづけているのである。


関連エントリ:


逆張りで成功した部下は、どう評価すべきか
プロジェクトにおけるタスクの価値を計算する
プロジェクト貢献価値の理論
by Tomoichi_Sato | 2013-08-18 21:36 | ビジネス | Comments(0)

人事評価とはどういう仕事か--『C:A:Pモデル』による分析の試み

中間管理職になってからそれなりの時間がたつが、人の評価というのはいまだに不得手である。毎年回ってくる、人事評定と呼ばれる仕事のことだ。部下を面接し、その目標や達成度や希望やら不満やらを聞いて、それからおもむろに机に向かって、その人の評点をつける。面接自体はそれほど苦にならないが、評価がいつも難しい。その昔、面接で自分が上司に訴えるだけですんだ頃に比べると、とても気の重い仕事である。自分の評価した結果が、直接、その人のボーナス査定や昇進につながるからだ。

まあ、わたしの職場の場合、自分の決めた評点が最終値となるわけではなく、さらに上司やもっと上での調整・決定が行われるので、少しは責任が軽いと言えるかもしれない。ただ、査定が決まった後、今度は管理職は部下にそれを伝えなければならない。当然、(なぜ自分の努力はこれしか報われないのですか?)と、全員の目が訴えてくる。自分だってそうだったのだから、もちろん気持ちはよく分かる。

だいたい、“自分は会社から十分に評価されています”なんて感じているサラリーマンは、めったにいないのだ。いや、経営者だって、“自分は株主や世間から十分に感謝されていない”と思っているのかもしれぬ。それどころか、たとえ総理大臣になった人でさえ、経験者に聞けば十人が十人、「自分は不当な評価しか受けなかった」と言うにきまっている。人間とは、そういう生きものなのだろう。

だから、人事評価というのは決して感謝されず、尊敬もされない仕事なのだ。だったらいっそのこと、面倒な査定なんか全廃して、全員に同じ評点をつけてやれば、ずいぶん仕事のムダが減って効率アップではないか。

だが、そうならないのには理由がある。人事評価は、サラリーマンの世界では、人を動かす最大のウェポン(武器)だからだ。口先でいくらいっても、部下はなかなか動かない。皆、それぞれに意見があるからだ。しかし、“この方針にしたがえば査定で有利になる”というメッセージが伝わると、ほぼ全員がそろって従うようになる。人を動かす力として、リーダーシップがくり出すのは「影響力」や「統率力」だが、人事評価は「強制力」なのである。このため、どの組織でも人事評価の方法には非常に神経を使っている。

ところで、わたしの考えでは、人の評価にはふつう三種類の指標(モノサシ)が用いられる(なお、これ以降はわたし個人の考察であり、べつに勤務先の事情を述べているのではない。念のため)。
そのモノサシとは、以下の三つだ:

(1)能力
(2)態度
(3)業績

用語については、バリエーションがいろいろある。能力は、最近では「コンピテンシー」と呼ぶのがはやりである。態度は、「勤務態度」が普通の呼び方だろうか。「業績」のかわりに「実績」とか「成果」「結果」「成績」「パフォーマンス」などと呼ぶ職場もあるだろう。対応する英語もいろいろだが、ここでは (1)Capability, (2)Attitude, (3)Performance results としておく。頭文字をとるとC, A, Pである。

人事評価のあり方は、この3つのモノサシにかける比重の違いであらわせると、考えられる。たとえば、能力(C)が40%、態度(A)と業績(P)が30%ずつのウェイトならば、C:A:P=40:30:30ということになる。もっと能力点の比重が高いところは、C:A:P=60:20:20になるだろう。かりにC, A, Pそれぞれを頂点にとって三角形を描けば、各評価制度はその内部の一点として表せる。そこで、これを人事評価のC:A:Pモデル、と呼ぶことにする。

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ところで、『年功』というモノサシはどうするのか? と疑問を持つ方もおられるかもしれぬ。じつは日本の年功序列制は、「能力は学歴と勤続年数だけで決まる」という、ひどく特殊な信憑の上に成り立っている。だから、一種の極端な能力主義なのである。ただし、能力を客観的に測定・検証しようという意識や仕組みを欠いている点が、いささか不都合と言えよう。また、歳をとると、勤務態度も多少は穏和に、組織順応型になっていく。だから年功序列制はC:A:P=90:10:0 くらいのポジションに位置すると考えていい。

近年、一時もてはやされた、いわゆる『成果主義』とは、従来の年功序列の欠点を反省し、業績(P)のウェイトを大きくして、個人のモチベーションを高めようという考えであった。ただし、これは建前で、本音のところは、高齢化する一方の社員の給与総額をなんとか抑え込むことだった、との批判もしばしば耳にする。とはいえ、成果主義は多くの企業に取り入れられたし、マッキンゼーのように「成果主義は、リーダーシップ育成のための必須の要件である」と信じるコンサルティング会社もある。

成果主義的な評価の一つの極端な例は、歩合制や出来高給である。実績(P)が100%で、あとは0%だ。聞くところによると、タクシーの運転手などは、こうした評価が多いらしい。いや、それだけではない。営業、それも個人営業中心で、あまりチーム・セールスなどを行わない業種では、しばしば営業成績一本やりで評価されるケースをよく耳にする。たとえば受注額とか売上高とかで、毎期の評定が決まる仕組みである。

では、勤務態度に大きな重心を置く評価制度はあるだろうか。わたしはあまり詳しくないが、軍隊、特に兵卒の評価などはそうかもしれない。軍隊組織では、上官の命令は絶対である。それに従うかどうかが兵卒の最大の要件だ。「前に進め!」と号令をかけられたら、頭で是非を判断する前に、反射的に足が前に出る--そういう風に軍隊では訓練を行う。どんなに能力があり、あるいは過去の実戦でたとえ戦果を上げていても、命令に不服従では話にならぬ。こういった評価体系になっているはずだ。

ただし、「能力」「態度」「業績」のモノサシで評価せよ、と言われても、そのままでは漠として手がつけにくい。そこで、気の利いた査定制度では、それぞれの指標(モノサシ)を、さらにサブ指標に要素分解するだろう。たとえば、
 能力:「技術的能力」「計画能力」「コミュニケーション能力」「問題解決能力」など
 態度:「協調性」「勤勉性」「積極性」など
 業績:「受注率」「売上高」「新規顧客獲得数」など(営業職種の場合)
・・などに分けて、それぞれ採点するといった具合だ。このように、対象に対する多角的・階層的なアプローチを行うやり方は、以前も説明したStructured Approachの応用である。

読者諸賢も、ためしに、自分の職場における評価軸のあり方は、CAP比率がどれくらいで、上記の三角形のどのあたりに位置するか、考えてみられたい。たとえば、皆さんの近くに、仕事はできるが、勤務態度は最低だ、という同僚もいるだろう。そう言う人は、どういう処遇を受けているだろうか。

さらに、もし自分が社長だったら、三角形のどのあたりに人事評価のポジションを位置づけるかを想像してみるのも、面白いだろう。

以前、「豹のリーダーシップ、狼のリーダーシップ」にも書いたとおり、組織のマネジメントのあり方は個人主義的なスタイルと集団主義的なスタイルに分かれる。そして人事査定制度のあり方は、組織をどのようにマネジメントしていくかに直結するのである。個人主義的なスタイルは、業績(P)や能力(C)にウェイトが置かれるだろう。集団主義では、態度(A)が重きを置かれる。ただ、今日の企業ではオフィスワーカーが多いため、態度点の比重は軽くなりつつある。ホワイトカラーは考えることが仕事であり、命令されたことに従うだけでは会社が成り立たないからだ。

したがって、現代では能力主義(C)と成果主義(P)の二頂点を結ぶ辺のどこかに、評価制度を位置づけることが多い。ところで、能力は潜在的な特性である。だから、なかなか測りにくい。他方、実績は見えやすいが、外的環境変動(つまり運・不運)の影響を受けやすい。どちらにも人を評価するモノサシとして欠点がある。両者の間のバランスは、とても悩ましいのである。

では、このトレードオフを解決する方法はないのか。じつは、あるのだ。だが例によって長くなってきたので、続きは次回また書こう。


関連エントリ:
→「豹のリーダーシップ、狼のリーダーシップ
→「書評: 『採用基準』 伊賀泰代
by Tomoichi_Sato | 2013-08-10 23:18 | ビジネス | Comments(0)