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工場の性能とは何か

エンジニアリング会社で工場作りの仕事に従事していると、ときどき、工場の生産能力というものに関する、奇妙な誤解に遭遇することがある。ご承知の通りエンジニアリング会社というのは、顧客のために、顧客に成り代わって工場を設計し、実現する仕事を請け負う。ある意味では、製造業における生産技術部門、あるいは工務部門のアウトソーシング先だから、しばしば顧客の新製品づくり、あるいは新製造プロセスづくりのプロジェクトに協力することになる。

エンジニアリングは具体的なモノを売っているわけではなく、あくまで工場の設計・調達・プロジェクト管理能力などの、目に見えない『能力』を商品として売る行為だ。当然ながら、仕事の成果について、どれほどの実力があるのかが問われることになる。もっと具体的に言えば、「はたして新工場は必要な量だけ製品を作る能力を持っているのか」が問題になる。これを工場の性能保証と呼ぶ。

プロセス産業の世界では、しばしば製造プロセスの特許技術を海外先進企業から有償で導入することがある。たとえば、いまや世界の主要な産油国はあらそってLNGプラントを作っているが、その中核となる深冷熱交換器とガスタービンは、事実上、米国企業が技術を握っている。LNGプロセスの性能(生産能力)が年産300万トンの計画だとすると、エンジニアリング会社は、その性能保証を求められる。その保証の根本は、中核となる深冷熱交換技術のライセンサーに依存することになる。

ところで、LNGプラントというのは、ある意味で極めて特殊な工場で、そこで生産する製品はLNG1種類しかない。単品大量生産の工場なのである。それでは、多品種少量を志向した工場(つまり、現在では殆どの工場)では、生産能力は保証できるのだろうか。そもそも、多品種少量生産工場では、何を「生産能力」として定義するのだろうか。

意外にも、この問題は生産工学の教科書などを見ても、あまり書いていない。“明白すぎる”と思われているのかも知らないが、私にはそれほど自明なこととは思えない。連続生産の化学工場ならば、たしかに化学工学が計算式を教えてくれるが、ちょっとでもバッチ操作や切替が介在すると、話は簡単ではなくなる。まして機械組立加工や、食品・医薬品その他のディスクリートの世界では、どう定義すべきなのか。

私の答えは、こうだ。工場は生産資源の集合である。そこで、もし、ある製品が原材料から最終完成型になるまでに、1個当たり平均τ時間だけ、生産資源を占有すると仮定しよう。工場内の生産資源の総量をCとする。すると、この工場がその製品だけを製造した場合、その生産能力Pは、

 P=C/τ (個/時間)

となるはずだ。この式は、生産能力は製造資源の量(たとえば加工ラインの数)に比例し、純粋な製造リードタイムに反比例することを教えている。もっとも、正確には、工場の始業・終業の効果を計算に入れなければならないが、ここでは省く。

では、複数の製品が流れるときはどうなるのか。品種間の段取替え時間を無視すれば、製品iがτiづつ製造資源を占有すると考え、積和を計算することができる。

 C=ΣPiτi

この式をよく見れば分かるとおり、工場全体の生産能力(ΣPi)というのは、どの製品をどれだけの割合で作るかによって変わってしまう。リードタイムの長い製品の割合が多ければ、能力は全体として下がるし、その逆も真なりだ。まして、品種切替の段取り時間は、現実には決して無視し得ない。

ということは、複数品種を生産する工場の「総合性能」は、生産計画に依存するわけだ。そして、工場の設計者は、もはや総合性能など保証できなくなる。なぜなら、生産計画は(誰でも知っているとおり)需要という外界の影響によって、どんどん変わりうるからだ。工場の性能は動的属性なのである。

これは、自動車の問題に置き換えてみるとよく分かる。自動車の走行速度は保証できるかといわれたら、テストコースでの最大速度だったら保証はできる。機械的性能の検証はできるからだ。しかし、町中での平均走行速度を保証しろと言われても、それはできかねる。とうぜん、道がどれくらい混んでいるかに依存するからだ。

したがって、エンジニアリング会社の立場に戻ると、できるのは単体製品の製造能力の保証だけ、ということになる。工場という物は、機械設備と作業者と空間からなる、巨大なシステムである。そのシステムの総合的パフォーマンスは、環境と運用方針によって変わる。それは静的なものではないので、せいぜいできることは、仮定をおいてシミュレーションをしてみせることなのだ。

私はこのことを、もっと多くの、製造業にたずさわる人が理解して欲しいと思う。工場の総合生産能力とは、それを運用するポリシーによって変わる。それは他人に保証させるべきものではない。どんなに高速なエンジンを積んだ車でも、10mごとに信号で止まるような環境で使っていたら、それは無用の長物というべきものなのだ。
by Tomoichi_Sato | 2005-11-08 21:27 | ビジネス | Comments(0)

生産技術というお仕事

製造業にとって、製品開発のスピードは競争力のキーになる。製品開発は一般に、核となる要素技術の発明、ないし市場における新しい動向がきっかけになって始められる。むろん、業種によっては、毎年定常的に多数の新製品を出し続けるところも少なくない。そうしたケースでは、製品開発までの期間がきちんと「読める」状態にまで、管理レベルを上げていく必要がある。

プロジェクト・スケジューリングの技術に関わっているおかげで、最近は製品開発プロジェクトの相談に乗るケースが増えてきた。従来、製品開発とは「固有技術」だけの世界と思われていた。ところが、近年わずかづつではあるが、プロジェクト管理という「管理技術」も必要なのだと認識される企業が増えてきたようだ。

製品開発となると、BOMの話題に触れることも多い。今年のはじめに「BOM/部品表入門」という本を上梓したこともあって、いかにスムーズに新製品のBOMを構築できるかが議論のトピックになったりする。ことに、設計部品表(E-BOM)と製造部品表(M-BOM)が別立てになっている会社では、とくにその問題意識が強い。

ところで、製品開発プロジェクトの進め方を考える場合も、企業内のE-BOMとM-BOMの統合を進める場合も、どうやらキーになる部署があることに、最近気がついた。それが「生産技術部」である。名称は「生産企画課」だったり「製造技術センター」だったり、まちまちだが、ようするに製造工程を準備する職務をもった部署である。たいていの場合は本社ではなく工場にあり、しかも一種のスタッフ部門として扱われている。

この「生産技術」という職種が、その企業の中でどのように位置づけられているかが、どうやらスムーズな新製品開発や、BOMマスタ情報の信頼性確保に、大きく影響しているようなのだ。なぜか。それは、生産技術というお仕事の本質が、量産方法の設計と実現にあるからだ。

量産方法の設計とは何か。そもそも、新製品の青写真は、製品設計部門(たいていは本社機能にある)が図面に作る。この段階では、「何をつくるか」(What)が決まっているだけだ。しかし、製造業は、製品を低価格で安定して量産できてナンボの世界である。「いかにつくるか」(How)が大事なのだ。

そして、それを決めるのが生産技術である。ここの段階であらためて、どの材料をどう加工して、いかに組み立てるかを検討する。そして、試作品をつくって性能や加工性を評価する。標準作業時間を決めて製造単価を割り出す。ついで主要な部品のサプライヤーを決め、外注する部分を決め、必要な製造装置の仕様を決めてメーカーに発注し、それを工場に据え付ける。

そして量産試作が行なわれる。これが品質的にも経済的にもパスして、はじめて製品は「商品」になるのだ。これが生産技術の主要な仕事である。副次的な仕事として、既設の工場設備の保全とか、据付け工事などの工務管理、製造工程の改善、標準作業の見直しなどがある。

そして、残念ながら、日本の多くの企業では、この生産技術部門の地位が、決して高くないのだ。嘘だと思ったら、あなたの会社で経営工学科出身の学生をどこに配属するか、考えてみるといい。経営工学は生産技術の主要な基礎学問である。そのキャリアパスが定まっていないとしたら、それは生産技術の位置が曖昧なのだ。あるいは、生産技術部門出身の取締役の数を数えてほしい。大抵の製造業の会社では、出世するのは製品開発か営業か財務部門出身者だ。トヨタ自動車のように、生産企画がエリートコースで、出身者が社長になれるような会社は、極めて例外である。

製品開発を重視するというのなら、設計図を現実に落しこむための生産技術を重視していなくてはならない。餅の絵を描くのがいくら上手でも、食べられなければ役に立たない。そして、美味しい餅をつくのは、生産技術部門の役割なのである。
by Tomoichi_Sato | 2005-06-15 13:49 | ビジネス | Comments(0)