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花粉症の対策として、「蒸しタオル法」を試すことをおすすめします

昨年の4月に、「わたしが花粉症の薬を飲まずにすむようになった、1日3分の簡単な習慣」http://brevis.exblog.jp/24285190/ というエントリをアップした。今年も花粉が飛びはじめ、アレルギーの人間にはしんどい季節が始まったようなので、ここにその内容を再掲しておこう。とても簡単な方法だ。わたしは毎年、医者にかかってアレルギーの薬をもらっていたが、昨年は一度もその必要がなかった。その方法とは、

毎晩、寝る前に蒸しタオルで3分間、鼻を温める

というだけである。蒸しタオル(いわゆる「おしぼり」状のもの)をつくり、仰向けになって顔の真ん中にのせて、3分間、じっと鼻筋や目のあたりを温める。すると、なんとなく顔の緊張や目の疲れが和らいで、リラックスする。それだけで、あとは眠ればいい。

蒸しタオルといっても、じっさいには乾いたタオルを水に濡らして、電子レンジでチンすれば出来上がる。あまり熱くしすぎると顔に乗せていられないが、ぬるすぎると3分たつ前に冷めてしまうから、タオルと水の量とレンジの時間は、頃合をはかる必要がある。わたしの場合はやや熱めにしておいて、(理容師さんがよくやるように)両手でぽんぽんとはたいて、表面を少し冷ますようにしている。まあ、温度や鼻筋を温める時間については、あまり神経質になる必要はないようだ。気持ちいいと感じることが大切なのだろう。

この方法で万人の花粉症が予防できるとか、治るとか言うつもりはない。たぶんその人の体質や、日々のストレスにもよって違うだろう。わたしだって今年はどうなのか、まだ分からない。ただ、昨年の春、この方法を教えて、「確かに効いた」「楽になった」という方が何人かはいたので、ここに再度書く次第だ。さしてコストがかかる訳でもないし、ひどい副作用もないと思うので、一週間程度は試してみていただきたい。もっともわたしは医師もなんでもないので、at your own riskでお願いする、と書いておこう。また、重い症状の方は、専門医にかかることをお勧めする。ただ、たった一人でもいい、この方法でどなたか読者諸賢の春の悩みが少しでも軽くなるならば、望外の喜びである。


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by Tomoichi_Sato | 2017-02-19 09:21 | ビジネス | Comments(0)

結果オーライのマネジメントでいいのか? - 成果の予見可能性を高めるために

海外企業で経営者の一員として働く知人が、「利益額という結果だけで親会社から評価されマネージされるのではたまらん」と考え、Strategic Business Planを策定したという話を、前回書いた。彼は安定した成長の軌道を描くために、そして必要な経営資源を明らかにするために、苦心している訳である。では組織が「結果オーライのマネジメント」を脱して、成果の予見可能性を高めるためには、どうしたらいいのか?

答えはある意味、単純である。最終結果だけではなく、途中段階をコントロールする。すなわち、仕事を結果に至るまでの過程=プロセスに分解し、プロセスを構成するそれぞれのステップがきちんと働くようにすることである。たとえていうならば、長い釣り竿の先端を、ねらった位置にぴたりと当てるゲームを考えてみてほしい。根元だけ持って、先端の位置をコントロールするのは難しい。途中で勝手にしなるし、手元のブレや風の影響でブルブルゆれるだろう。だが、竿の途中の何カ所かに細い棒か何かで支えを入れて、その支えの位置をそれぞれ動かせれば、先端の位置決めははるかに精度が高くなる。そういうことだ。

仕事をプロセスに分解するとは、受注型営業ならば、商品説明→提案→見積→受注、という段階になるだろうし、設計作業なら要件確認→基本設計→詳細設計→試験確認、といった流れかもしれない。図では、仕事を直列な4つのステップに分けているが、べつに4でなくてもいいし、直線状ではなく分岐や並行があってもいい。
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各ステップには、それぞれの中間成果物や達成状態がある。そして各ステップには、そのパフォーマンスを左右するような、主要な導因(Key drivers)と、それを測るモノサシがあるはずだ。これが先ほどの釣り竿の例でいう、途中の支えに相当する。たとえば営業の商品説明なら、客先への訪問がKey driverだろう。それは訪問件数で測ることができる。そのステップの中間結果としては、次のステップ=提案まで持ち込める案件の比率が、達成度合いを示す。このようにプロセスを分解して、各ステップの状態を良く見分けることができれば、最終結果に至るずっと以前に、先行きの予想がつきやすくなる。つまり『予見可能性』が高まるのだ。

かりに営業の受注プロセスをよく見たら、商品説明から提案までは高い比率で進んでいくのに、その後、見積に行く段階で急に案件数が下がったとしよう。だとしたら、受注がふるわないのは、「商品力がないから」とか、「他社より価格が高いから」といった理由ではなく、「提案段階での内容・質に問題がある」ことが主要な原因だと分かるだろう。商品に興味は持ってもらえるのだ。だが、提案が顧客の期待にマッチしていない。だとしたら、提案力を上げるにはどうしたらいいかを考えることになる。

そして各ステップには、そのパフォーマンスに影響を与える環境要因がある。これもステップ毎に異なるはずだ。環境要因とは、担当者の意志や努力ではどうにも変えられない事象を指す。提案段階のパフォーマンスに影響を与えるのは、「世の中の景気」でもないし、「他社との競合の激しさ」でもあるまい。

提案力が低いのは、もしかすると設計部門が多忙すぎて提案営業に協力できない、といった内部環境なのかもしれない。あるいは単に、営業から技術部門への顧客ニーズの伝達が、うまくいっていないのかもしれない。ただ明らかなのは、「世の中の景気が落ち込んで競合が厳しくなったから受注高が上がりませんでした」という説明は、事実を正しく伝えていないということだ。こうした営業部門の言い訳は、プロセスに分解すると正当かどうか判断できる。

戦略とは、限られた経営資源をどこに集中し、どこは略すかを決めることである。だから上記のような状況では、提案能力を上げる部分に、人員や資金や技術を投入すべきだということになる。戦略は一種の賭けでもあるので、経営資源の投下が本当に期待した効果を上げているかを、Key driverと中間成果の数字で測って、適時検証しなければならない。

・・と、いうような話は、別にわたしの創意でもないし、取り立てて新しい考えでもない。結果だけを見るのではなく、結果に至るまでの段階と構成要素を見てコントロールすること、かつ全体を見て判断すること、必要ならばその仕組みを改良すること。これがシステムズ・アプローチである。原理自体はとりたてて難しいものではないし、図を見ればほとんどの人は「なるほど」と同意するだろう。プロジェクトという大きな仕事のまとまりを、構成要素であるActivityに分解するWBSという手法だって、その一例である。工場の人なら、工程単位に検査をしながら進んでいく「自工程完結方式」だな、と思うかもしれない。

だが、システムズ・アプローチを知っているということと、組織がいつでもそれを使いこなせるかどうかは、別物である。組織の構成員が無意識に従う、体系化された思考と行動の習慣を、わたしは『組織のOS』と呼んでいる。「結果オーライのマネジメント」が横行している組織では、システムズ・アプローチはまだOSレベルに至っていないな、と判断できる。そういう組織では、仕事の成果は人で決まるか、環境に左右されるか、だと信じられている。だから競争で人を選別するか、あるいは各人の頑張りで環境条件をはね返すしかない、という結論になる。

最近、とある著名な経営コンサルタントから聞いた話がある。この方は製造業の分野に強いのだが、日本企業の海外展開のあり方について気になることをいっておられた。海外に工場を建て、子会社を作るのはいいのだが、その子会社に対してまさに「利益額の結果だけで管理する」やり方をとっている企業がほとんどだ、というのだ。きいていて、ちょっとドキッとした。

かと思うと逆に、やれ稼働率だ資材購入単価だ生産性だと、部門別に細かなモノサシをたくさん指定して、それで海外工場同士を比較競争させる発想もけっこう強いらしい。「KPI経営」と、その方はよんでおられた。

KPI経営のどこがまずいのか? 企業の部門というのは、営業・資材購買・製造・物流、という風に、仕事の機能単位に、まさにプロセスで並んでいるのだから、それぞれの機能をKPIでコントロールするやり方は、まさに上に述べたシステムズ・アプローチではないか、と思う人もいるかもしれない。

だが、両者は似て非なるものである。まず、プロセス全体を見ている者がいない。日本の工場を「マザー工場」に指定して、海外工場にならわせるマザー工場制度を取るところも多いので、実質的には日本の各部門が、子会社の各部門をそれぞれ個別に指導・管理しているだけだったりする。だから、現地にも工場長はいるだろうが、日本で適切だったはずのKPIが、海外工場に同じように該当するかどうか、誰もきちんと全体を見て検証していない。

それに、上述の各ステップのパフォーマンスを左右する動因の一つは、すぐ上流側から受け取る中間成果物の品質やタイミングなのである。いってみれば上流側プロセスが、各ステップにとって最大の『環境』に相当するのだ。それなのに、上流側が勝手にそれぞれ局所最適を目指したらどうなるか。

たとえば資材購買のKPIが購入単価だったとする。つまり安ければ安いほどいい、と。いきおい、入ってくる資材は品質や納期にリスクを抱えることになる。加工課のKPIは機械稼働率だったとしよう。そしたら、とにかく機械を遊ばせないため、遅れ気味の資材が、入るはしから部品に加工したがるかもしれない。低品質な部品が、使うかどうかも不明なまま大ロットで工場倉庫に積み上がる。ところで組立課のKPIは一人あたり生産性である。そこで、できるだけ部品を作業ラインの近くに置いておきたがる。かくて、工場はモノであふれかえっているのに、必要なモノは足りなかったり、出来上がった製品の品質はさんざんだったりする・・

おわかりだろう。各ステップのKey Driversというのは、プロセス全体をとりまく状況に依存するのである。だから、システム全体を見る目と、判断する能力が必要なのだ。中小零細の工場主なら、こうしたことは理屈で知らなくても体感でわかっている。むしろ中堅以上の、分業が進んだ企業組織ほど危ない。業務を機能別に分解してKPIで働かせるだけででは、マネジメントしていることにはならない。WBSをつくって各Activityに担当者を割り振ったら、あとはプロマネなしでもプロジェクトは成功するだろうか? そうはいくまい。つねに変わりつつある内部環境や内部環境に応じて、総合的に判断する役目が必要なのだ。「総員がその持ち場で最善を尽くせば、結果は必ずついてくる」などというのは、じつはマネジメントの不在を示している。

くりかえすと、組織全体の成果の予見可能性を高めるためには、プロセス(工程)によるマネジメントとコントロールが必要である。そのためには、

・プロセスを構成する各ステップのキーとなる導因とモノサシを見定める
・モノサシと、結果のパフォーマンス(コスト、時間、品質など)との関係を推定する
・全体プロセスがうまく働くように、適切に人員や予算などの経営資源の配分を判断する

という手順を踏むことになる。こうしたことは、皆がある程度、無意識にやっている事かもしれない。いわれてみれば当たり前、あるいは「そんなの知ってるさ」という事かもしれない。だが、それを形式化し、OS化することが大切なのだ。それによって、属人的な仕事の進め方(技能)が、標準化された技術になるからだ。

そしてもう一つ。こういった原則的な知識は、字で読んだだけでは身につかない。自分自身の状況に引きつけて応用問題を考え、少しずつ試しながら理解する必要がある。たとえば上記のプロセスに、ループや分岐があったらどうしたらいいのか。どうみても数値化しにくい中間成果は、どう扱うか。

一般にマネジメントの問題には正解がないといわれる。それは、現実の仕事には環境条件や不確実性が左右して、結果に必ずしも再現性がないためである。だが同時に、『全体を見て総合的に判断する』ためには、確固とした価値観を持たなければならないからでもある。そして、こうした総合的判断の訓練のためには、学ぶ仲間がいるほうがいい。現在、わたしが主宰する研究部会では「PM教育の新しいアプローチ」を構想中だが、そこで学びのコミュニティが必要であると考えているのは、このためだ。一人だけで問題を考えると、どうしても視野が限られるが、複数人なら「三人寄れば文殊の知恵」が働くからだ。

そしてわたし自身も、まだ学びの途中である。

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by Tomoichi_Sato | 2017-01-25 23:01 | ビジネス | Comments(0)

結果オーライのマネジメントでいいのか?

帰国した知人と久しぶりに会った。アジアの新興国で会社の経営陣の一員として働いている。日系ではなく純然たる現地企業だ。中堅規模でそれなりの業績も上げているらしい。知人の主な仕事はBusiness Development、すなわち事業分野の拡大と経営面の仕組み造りである。わたしも最近ずっと経営企画的な仕事をしているので、興味が重なり、いろいろな話を聞かせてもらった。

知人がその会社にヘッドハントされて着任したとき、真っ先に気になったのは、きちんとした中期的な経営の方針がないことだった。彼の会社は、その国の結構大きなコングロマリットの一部であり、子会社の位置づけだ。だが親会社からは、「何の指針も指示もなく、P/Lのボトムラインだけで管理されている」状態だったという。

P/Lとは財務諸表の『損益計算書』(Profit & Loss)の略称だ。損益計算書は一番上に売上収入が書かれ、その下に出費経費がずらずらとならぶ構造になっている。一番下の行には、差し引きの結果である経常利益が記載される。これを英語ではよく"bottom line"と称する。「P/Lのボトムラインで管理する」とはつまり、通期の利益額だけを見て、赤字だったら叱責され、黒字ならよしよしと言われるか、「まだ足りない」と言われるか、だけだったということを意味する。収益が大きければたぶん経営者はグループ内で地位が昇格し、赤字が続けばクビになって別の者にすげ替えられるのだろう。

だが、これだけでは、会社の経営陣として次にどういう手を打つべきか、さっぱり分からず、方向性が定まらないと知人は言う。そうだろうな、とわたしも思う。お前の会社はグループ内でこういう位置づけ、こうした役割を担っているのだから、こんな風な姿を目指せ、親会社として支援できるのはここまでで、判断基準ややり方はこうだ、というような指針が一切ない。ただ結果としての利益を出せ、と言われているだけだ。

きいていてわたしは、「甘えるな、結果が全てだ!」という標語を思い出した。わたし達の社会では、あちこちで出会うセリフである。経営者は結果が全てだ、利益を出せるかどうかだ。これは多くの株主が感じていることだろう。あるいは職場でも使う。営業は結果が全てだ、受注できるかどうかだ、という具合に。学校教育でもそうかもしれない。入試は結果が全てだ、いくら試験場で気張っても入試に通らなければ意味がない。スポーツも、参加したって勝てなければ意味がない・・

これは裏を返せば、良い結果さえ得られれば、その方法や途中経過は問わない、というメッセージでもある。そのやり方がどんなに属人的でも運頼みでも、とにかく結果さえ出れば、それで良いとほめられる。そして結果は、たいていリーダーの功績に帰せられる。だから優れた業績を上げた人は、どんどん引き上げて、より上位のポジションにつける。結果とは一種の人材選別のフィルターであって、優秀な人間を見いだしてリーダーに据えることですべてはうまくいく。そういう思想の表れである。そう考えると、わたし達の社会でやっている受験競争だとか就活だとかの大騒ぎの意味が、よく分かるではないか。試験で優秀な結果を出せた者が一流大学に進学でき、その中の成績上位者がさらに中央に引き立てられてエリートとして社会に君臨する。そのおかげで日本はここまで立派な大国になったのである、と。

でも、知人のケースに話を戻そう。結果を出すために、目の前の仕事を取りに行って、何とか完遂する。それをおえたら、また次の仕事を取りに行き、完遂する・・これの繰返しだけでは、会社は新興国の不安定な景気の波にもまれるだけで、真の成長はむずかしい。このままではまずいので、Strategic Business Planを作ることになった。それが彼に期待されたミッションの一つでもあった。ちなみに知人は元々、技術屋である。だが長らくプロジェクト・マネージャー職に従事し、さらに<マネジメント的な視点>を持っている人だ。経営関係の勉強もそれなりにしている。彼の上司にあたる社長も、技術者上がりだ(わたしは一度だけ挨拶したことがあるが、人柄を感じさせる立派な方だった)。だからこうした方面の役割を、その知人に期待したらしい。

Strategic Business Planであるから、まずは会社が中長期的に目指す姿を明らかにすることからはじめなければならない。そのためには無論、ある程度のマーケットの読みが必要である。魚のいない海に船を出してもしかたがないからだ。アジアのその国では、長い政治的低迷時代を少し前に脱し、ようやく成長過程に入っていて、エネルギーやインフラなども市場が期待できる。ただし市場は大きくても、競争をどうしのぐかが次の問題になる。せっかく豊富な漁場に出ても、周りを見渡したら、(たとえば)中国漁船がうじゃうじゃ、というのでは始末に負えまい。それから、自社の強みを明らかにして、それを向上させる技術なり人材なりの方策が必要である。漁場も良く、回りにライバル船が不在でも、自分の船にGPSもレーダーもなく、古代さながらの投げ網だけでは、収穫はしれているというものだ。

こうした仕事を進めるにあたり、すべてを自分だけで我流でやらず、社内を動員し、また外部のコンサルタントを活用したそうだ。とくに遂行面での弱みを補強するために、欧米系の超有名な、「マ」ではじまるコンサル会社を雇ったりもしたのだが、ここは期待外れだったらしい。それはさておき、彼が目指すStrategic Business Planを一通りつくり上げることができた。外部コンサルも、自分たちの頭を整理してくれる点では役に立った。なぜなら、経営計画を策定するという仕事はどこの会社にも共通しているし、経営学という学問の蓄積も一応はある訳だから、自分でゼロから車輪を再発明せずにすむ訳である。

こうして海図と羅針盤は手に入れた。だが、これからPlanを実行する段になると、別種の難しさに向き合うことになる。それは環境変化だ。

ここでちょっと考えて見て欲しい。今、AとBの二人の経営者がいるとする。彼らの会社の利益は次の通りだ。あなたが投資家だったら、どちらの会社がより投資先として好ましいと思うだろうか?
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どうやらこの国では、第2期は景気が良く、第3期はその反動で不況だったようだ。こうした環境変化はつねに起こりうる。企業の業績も、それを反映して変わるのがつねだ。それはこの表にも現れている。そしてA社・B社とも、4期合計の利益額は180億円で、結果に違いはない。

だが、A社はいかにも、業績にムラがある。これにたいしてB社の方が、より安定している。あなたが投資家だったら、B社の方が好ましいと思わないだろうか。たしかに経営者は結果が大切で、たくさんの利益を出した方が勝ちかもしれない。だが、ある期は黒字、次の期は赤字で、先々の予測がつかない経営では、ジェットコースターに乗っているようなものだ。過度のスリルを楽しみたいギャンブル的投機ならともかく、投資としてはいただけない。

つまり、組織のパフォーマンスというのは、個別の結果の良し悪しだけでなく、『予見可能性』が高いことが、社会から信用を得るためには非常に大事なのである。それはある意味、個人でも似ている。天才肌で、仕事の業績が飛び抜けて良い日もあるが、別の日はさっぱりふるわない、では組織の一員として使いにくい。何年に一度かヒット作が出れば食っていける職種もあるかもしれないが、たいていの業種はそうではない。

では、組織として、環境条件の変化にあまり左右されずに、安定してパフォーマンスを上げるためにはどうしたらいいのか。長くなってきたので、この続きは稿をあらためて、また考えよう。
(この稿続く)



by Tomoichi_Sato | 2017-01-20 23:02 | ビジネス | Comments(0)

クリスマス・メッセージ:見えるコストと見えない価値

Merry Christmas!!


大学生にプロジェクト・マネジメントを教えるのは、むずかしい仕事だ。

わたしは現在、勤務先でのフルタイムの仕事のかたわら、大学で少しばかり授業を持っている。夏学期は東大の大学院、冬学期は法政の学部3年生に、それぞれ毎週プロジェクト・マネジメントを教えてきた。今年はそれに加えて、静岡大学の社会人大学院(MOT)も集中講義を冬に持つことになった。さらに単発的に大学や企業、JAXAのような研究機構などに講師として呼ばれている。科目はプロジェクト・マネジメントが中心だが、生産マネジメントやBOM/部品表などもある。そして、自分が主宰する研究部会でも、「PMの自己育成のシステム」の構想を共同で作り始めたりと、なぜかわたし自身にとって「教育の当たり年」みたいな年だった。

しかし、それらの中でも、大学の学部生にプロジェクト・マネジメントを教えるのは飛び抜けて難しい仕事だ、というのが実感である。理由は受講生たちの学力とか理解力の問題では、たぶん、ない。そもそも人と働いた経験のない学生に、「プロジェクト・マネジメント」というのは、ピンとこないのだ。だから、学びたいという切実なニーズが、受講生の側に生まれない。これが社会人相手だと全然違う。社会人は多かれ少なかれ、他者と協業して新しいことに挑戦する仕事が、いかに大変か身にしみて分かっているからだ。

ここにマネジメントに関する「学び」とか「教育」の根本的な難点が横たわっている。プロジェクト・マネジメントのような目に見えない仕組みや技術は、それが「無くてこまった」という経験をしない限り、その価値がピンとこないのである。

普通の商品・サービスというものは、目に見える。スマホであれ飛行機チケットであれ、それを買ったらどういう便益が自分にあるかが、分かりやすい。ところがプロジェクト・マネジメントとか生産マネジメントという種類の事柄は、それとは異なる。複数の職能を持つ人々が協力して何かを生み出す仕事を、上手に導くというのが、この種の仕事だが、それが本当に上手なのか実は下手なのか、傍からも当事者からも、よく見えない。見えるのは結果としての製品や成果物だけだ。

いや、「マネジメントという意識」にもとづく行為さえ、あるのかないのか、外部からはよく見えない。わたし達の社会はある意味、とても成熟していて、個々の成員は勤勉かつ有能、おまけに与えられた枠組みの中で互いに調整しながら仕事をするのにたけている。だからマネジメントという意識的な行為が無くても、組織はそれなりになんとか動いていく。学生達はサークル活動や学園祭などのイベントを通じて、そう学んでいく。もちろん、リーダー格の人間や、責任者としての管理職者は存在するだろう。だが、この人達は「精神論のかけ声を叫ぶだけ」、「お神輿に乗っているだけ」で、マネジメント的仕事と無縁というのも、ありがちな話だ。ではなぜ組織が動いていくかというと、期日や売上などのモノサシで測られるからだ。

マネジメント能力は必須ではない。あればベターだが、なくても何とかなってしまう。ただ、その結果として「見えない非効率」が生じるだけ。これが、マネジメントへの学びをむずかしくしている。少なくとも、人びとのレベルが高く成熟した、わたし達の社会では。

組織の失敗や成功の結果を、マネジメント能力ではなく、目に見える道具や、人材の質で説明するというのも、よく行われることだ。あの仕事がうまくいった理由? それは彼らが○○○という道具を使っているからさ。あの事業がダメになった理由? だってリーダーが無能だったものね(→これは現場レベルの人の説明で、幹部レベルの説明になると「あそこの地域の奴らはダメさ! ろくに働けもしないんだ」にすり替わる)。

こういう説明は俗耳に入りやすく、分かりやすい。そこで、「××問題を解決するには、○○○を導入すればいい」というセールス文句が、がぜん威力を発揮することになる(伏せ字にはERPから人工知能まで、好きな文句を入れてください)。わかりやすさの勝利である。分かりやすい説明は、脳に余計な負担をかけないので、多くの人が好む。

これに比べて、人材の方は雇ったり取り替えたりするのはそう簡単ではない。いかにグローバル化が進展したとはいえ、まだ人の首を切ってすげかえるのは、時間がかかるからだ。ただ、昨年米国に出張した際、ある会社の幹部(たまたま英国人だった)が、こう言っていた。

「ここテキサス州では、社員の首を切るのに時間がかからない。“お前はクビだ”と通告して、オフィスからシャットアウトし、自宅待機を命じる。そして1週間分の給料を払えば、それでおしまい。あっという間に終わる。英国では、そうはいかなかった。1ヶ月以上前に事前説明する義務がある。」

そして、こう付け加えた。「テキサスでは、従業員は上司の命令にとても忠実に従う。いつ首を切られるか分からないからだ。英国では、クビにするのは簡単でない。だから、部下も上司に問題があると思うと、口に出して意見する。」

米国企業ではトップダウンで物事が進む、トップのリーダーシップが強い。それにひきかえ日本企業では・・、という説明を外資系コンサル達からよく聞くが、その背後には、じつはこうした雇用事情があったのだ。従業員を機械の部品か何かのように、取り替え可能なモノとして扱う。これが米国流の経営思想らしく、今や大きな潮流として世界を覆いつつある。

そういうことを学生達も感じているから、いかにして企業に雇ってもらうかが大学生活での第一関心事になるのである。大学3年生は年明けになると、就活で気もそぞろになる。授業にネクタイやスーツ姿で参加する学生が目立つようになる。そして百の単位のエントリーシートを手書きして送り、数十の単位の会社で面接を受け、というような今風の光景に身を投じていくのである。大学で何を学ぶかなど問題ではない。だって企業は大学名(と採用向け共通テストの点数)しかほとんど見ないからだ。こういう状況の中で、「学ぶ」だとか「教える」だとかに腐心するのは、ほとんどナンセンスであろう。

そして、こういう修行のような(あるいは拷問のような?)就活プロセスを経て社会人になった人たちが、「学び」に関して独特な考えを持つようになったとしても、不思議はない。教育とは、選別(セレクション)のための仕組みである。学ぶとは、学校や会社が期待する正解を覚えるためのプロセスである、と。一歩間違うと、すぐに首を切られて放り出されちゃうんじゃないか。・・人材育成に悩む企業は多いが、問題の背後には、じつは企業の「人材」観の変化があるように感じられる。

従業員は部品のように取り替えのきくものである。人を見たら人件費と思え。人は数字である。人はコストである。できる限り削減する方が企業経営には良い・・。

こういう考え方を一掃できる方法がある。それは、会計の方法を変える事だ。

具体的には、人件費を一種の繰延資産として資産計上するよう、ルールを変更する事である。

企業は、従業員を部署に配属するにあたり、業務プロセスを教えて仕事を覚えさせ、訓練する必要がある。つまり業務というのは、その中に一定量の「学び」を含んでおり、研修をも兼ねているともいえる。実際、OJTという言葉で、ほぼ一切の教育研修をバイパスしている企業も見かけるほどだ。

である以上、人件費の一部は労働の対価ではなく、職務能力のビルドアップ投資と考えてもよい訳である。そこで、企業の人件費の20%程度を、経費ではなく設備費として計上するよう会計ルールを変更することを提案したい。人が増え、また勤続年数が重なっていくほど、貸借対照表の上の試算額も増えていく。つまり、株主から見た企業価値が増大していく訳だ。

たとえば人件費が年間500万円だったとしよう(従業員がもらう手取りではなく、企業の側が負担する人件費の話である)。すると、1年に100万円分の資産が形成される。100人なら年に1億円である。平均10年勤続だったら10億円の資産価値になる。

この資産額は従業員一人ひとりの名前に紐づいている。だから、もしこの100人の首を切ったら、会社は10億円の除却損を計上しなければならない、という事を意味する。これは小さな金額ではない。1万人を削減したら1000億円である。しかし、仕事に慣れて能力のある従業員を切って、もっと廉価な別の従業員をどこからか雇い入れたとしても、彼らが仕事のレベルを上げるまでにはかなりの時間がいるのだから、会計上こう考えるのもおかしな話ではない。

そして、このように金額をつけて「見える化」することで、はじめて人材が財産だと実感する経営者だっているにちがいない。こういう数字の裏付けがあれば、「人財」という最近はやりの当て字も、生きてくるだろう。(ただし余談だが、「材」という漢字は、つくりの部分に「才」を含んでいることで分かるように、もともと貴重な木を意味していた。白川静によれば「才」は聖化されたものを言う。「人材」ではまるで人を材料のように扱っているから、「人財」という字にかえよう、と言い出した人たちは、最初に漢字辞典を調べるべきだった)

もちろん、わたしのこんな提案に、現実の会計士たちが乗ってくるとは思えない。「継続性の原則」を持ち出して説教されたり、国際会計基準にもそんな考え方はないと言われて一蹴されるのは、目に見えている。だが、思考実験としては意味があるだろう。働く人という存在を、単なる経費とみるか、見えないが価値ある資産とみるか、それはマネジメントのあり方を、いや最終的にはわたし達の企業文化までを左右する、大きな分かれ道なのだ。

いつもなら、ひととき平和になるはずの、この年末の季節でさえ、地球のあちこちで血なまぐさい出来事が続き、洋の西でも東でも、ヘイトの連鎖が多くの人々を駆り立てている。そうした事情の背景には、人をコストと見、取り替えのきく部品のように見る考え方が、影響を与えているように思える。だが機械部品は成長しないが、人は成長する存在だ。成長とは学びによって、新しい能力を得ることである。わたし達が部品のように扱われてお仕舞いにならないように、ぜひ学びのアンテナを研ぎ澄まし続けよう。

そして読者の皆さんの上に、平和なクリスマスがありますように。



by Tomoichi_Sato | 2016-12-23 15:36 | ビジネス | Comments(1)

見えない非効率 ー 今、動いているんだからいいじゃないか

新任の取締役が、あるとき担当する事業部の支社を見に行った。一通り見学し、支社長らと懇談した後、かえろうとしたら、ある部署だけ灯りがついているのを見つけた。現場仕事はもう終業しているのに、管理部門の1セクションだけ、忙しそうに机にむかって仕事している。

「何をしているの?」と彼がたずねたところ、「本社に送る書類を作成しているんですよ。毎月、数字をまとめて送らなけりゃいけないんで、残業になるんです。」との答えだ。資料を見て、さらにたずねる。「本社は、この統計資料を見てどう役立てるんだろう?」「・・存じません。本社にたずねてください。」

その取締役は本社に戻ると、早速、送付先の企画部門にいって、その書類のことをきいてみる。すると、「ああ、その書類ですか。工場が毎月送ってくるんでね、ファイルして保管しているだけです」という。「でも、なんで工場はその書類を送ってくるのかな?」「さあ・・。」

いろいろ調べた結果、事情が分かった。彼の前任者が、ある時、工場に指示して数字をまとめさせたのだ。それは投資か何かの判断材料だったのだろう。その時は役に立った。しかし、工場側はそれを毎月作成すべきものだと理解して、担当者が残業して送り続けてきたのだった。そして本社側も、彼が気づいてやめさせるまで、誰も止めなかったという訳だ。

役に立たないものに努力を費やすことを、非効率という。上の例は、経営学者のC・N・パーキンソンの本にあったエピソードである。無駄な作業をやめれば改善効果は明らかだから、この例は分かりやすい。だが、現実はいつでもそうとは限らないのだ。

N社の工場を見学に行った。ハイテク産業向けに部品材料を作っている工場だ。高度な機械エンジニアリングの工夫を凝らした、自慢の製造装置を見せてもらった。下流側の加工・出荷工程も拝見する。どうしても手作業が介在するが、人々は忙しそうにキビキビと働いている。

ところで、見ているうちに奇妙なことに気がついた。自慢の製造装置から作られた品目は、いったん中間部品として在庫されるのだが、その倉庫がレイアウト上、いやに遠い所にあるのだ。なぜあんな、中途半端な位置にあるのか。いったんそこまで運んで保管し、また取り出して加工工程まで運ぶ。移動時間としては数分程度だろうから、コスト換算ではたいしたことがないが、なんだか無駄ではないか。なぜ、そんな半端な場所に倉庫があるのか? たずねてみたが、「さあ・・前からあそこにありましたから」という答えが返ってくるだけだった。

工場をよく見ていると、うっすらとその事情が推測できた。おそらく、昔はその製造装置自体が、工場全体のボトルネックだったのだ。製造は難しく、不良も発生しがちだった。そして、できた中間品目はすぐに加工工程に送られたに違いない。だから中間在庫はほとんど発生しなかったのだ。しかし、技術力が上がるに従い、装置の製造能力も上がった。不良も減った。

他方、形態の多品目化や、顧客の短納期要求のために、加工・出荷工程の方が小ロット化した。そのために、いったん中間在庫の取り置きが必要になってきたのだろう。だが、工場を作ったときは、そういう発想がなかった。だから、スペースの空いた端っこに中間倉庫を置くしかなかったのではないか。

工場全体をよく見ると、自慢の製造装置より、加工・出荷工程の方が稼働率が高い感じだ。つまりボトルネックが移動したのであろう。だとしたら、ボトルネックに合わせて、中間在庫の量を見ながら製造装置を動かすべきである。そうしないと作りすぎで在庫の山ができてしまう。しかし、肝心の中間倉庫が遠くの場所にあるから、その無駄が見えにくくなっているのだ。

むろん、これは推測に過ぎない。本当ならば工程別の稼働率や在庫変動を調べて検証すべきだろう。だが、そのときは別にコンサルとして呼ばれた訳ではなかった。だから、推測があたっていたかどうかは分からない。とはいえ、そんな変な場所に中間在庫があったら、何かシステム全体に非効率が隠れているとみて、間違いはない。

本人達は一所懸命に働いているのに、端から見ると非効率なことが、よくあるものだ。日本の産業の生産性が欧米に比べて低いことは、つとに問題になっている。よくサービス業がやり玉に上げられるが、製造業だって決して威張れたものではない。では、なぜ、そうした非効率が放置されがちなのか。わたしは以前は、主に分業病のためだと考えていた。つまり、部門単位に仕事がサイロ化されていて、システム全体を見て気づく人がいないため、という理由である。気づきが足りないから、改善されないのだ、と。最初の例などは、まさにその典型だ。これはまあ、経営層の人間が怠慢だ、ということもできる。

しかし最近は、もう一つ別の障害もあるのではないかと、考えるようになった。それは、実務層に起因する問題である。実務層が無能だから、ではない。逆だ。実務層が勤勉で真面目すぎるから、仕事のシステムが多少おかしくても、一所懸命にカバーして動かしてしまう。その結果、かえって問題が隠れて見えなくなってしまうのだ。ボトルネックが下流工程にうつって、中間在庫が沢山発生するようになっても、空きスペースに倉庫の棚を作ったり、搬送のパレットを集めたりして、仕事を回してしまう。

仕事が今ちゃんと動いているんだから、いいじゃないか。どこの現場も、ギリギリまで人減らしが進んでいるから、他のことなんか落ち着いて考えている暇もない。そのことが、本当の問題を隠してしまうのである。

図を見てほしい。業務改善とは、今ある姿(現状業務)から、新しい業務の姿(改善後の業務)に、変えていくことだ。改善後の姿は、現在よりもパフォーマンスが高い。図の縦軸はパフォーマンスである。ただし、改善のためには、時間や、労力や、コストがかかる。また、現状動いている業務を変える訳だから、リスクもありそうだ。横軸は、そうした現状からの変化のためのコスト・リスクである。
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現状から新しい姿にうつるための改善の経路は、いくつか考えられる。コンサルタントだったら、ゴールのイメージを示すのみで、途中の経路は関知しないかもしれない。それが点線で描いたルートXである。だが現実は、こんな直線的に行きはしない。

では、Aのようなルートは可能か。先にパフォーマンスの成果が上がって、それから変化の労力を費やす。だが、こんなルートは現実にはあり得ない。なぜなら、何も変化しないうちにパフォーマンスが上がるはずはないし、第一、仮にそれが可能だったら、その先わざわざコストを費やして図の右に移動する必要はないからだ。つまり、図で、<上→右>という経路はあり得ないのである。

であるから、ふつうはルートBのように、最初に変化のための労力を費やし、後でパフォーマンス上の効果が現れてくるはずである。つまり<右→上>という経路だ。じつは、これは心理的に困難な経路だ。だって、何も成果は上がらないのに、仕事のやり方だけは変わり、やりにくくなるからである。「いつかそのうちにパフォーマンスが上がるから」と説明されても、ついて行ける人ばかりではない。

まして、実際に一番多いのは、ルートCのように、業務のやり方を変えたために、いったんパフォーマンスが下がってしまうパターンである。その後、皆が新業務になれて、システムが落ち着いたら、きっと成果は上がるだろう。だが、こういう話を聞いたら、皆は何というだろうか。「なぜ、自分がそんなリスクを背負わなければいけないの? 現に今、仕事は一応動いているんだから、何も変える必要はないじゃないか!」 とくに、やり方を変える部署と効果の出る部署が異なる場合、抵抗は大きい。設計側で属性データをCADに入力すれば製造側システムで活用できる、みたいな例はよくあるが、そうした「フロントローディング」に対して、設計部門がこころよく協力するとは限らない。

だって現に今、動いているんだからいいじゃないか? これが、多くの組織で改善をはばむ最大の心理的障害なのだ。たとえ出来のわるい業務の仕組みでも、現場の人たちが真面目で優秀だと、なんとかだましだまし動かしてしまう。もしかしたら効率は低いのかもしれない。だが、現に今、動いているんだ。何の文句があるんだ? それを変える時間などないほど、忙しいんだし。

これはちょうど、よくある「木こりジレンマ」のたとえ話と同じである。ある日、旅人が森の中で木こりに出会う。木こりは必死に木を切り倒しているが、その斧は錆びついて刃こぼれがしている。そこで旅人が、「斧を研いだらどうですか?」というと、木こりが「俺は毎日必死に働いているんだ。斧を研ぐ暇なんて無い!」と怒鳴る、という話だ。少し手を止めて、道具を改善すれば、ずっと効率は良くなる。だが、「少し手を止める」ことで仕事量がいったん下がるのを怖れて、木こりは無駄な苦労を重ね続けるのだ。

現代の組織はご丁寧なことに、『時間管理』と称して、日々の作業の稼働率まで監視したがる。稼働率低下への恐怖心は大きい。それが個人の業績評定にまで結びついたりする。稼働率が下がれば、人減らしも始まる。そうなればますます、手を止めて斧を研ぐことへの抵抗が高まるだけだ。そのくせ管理職は、なぜウチの組織は生産性が低いのだろう、なぜ皆、改善がヘタなのだろう、などとなげいたりする。挙げ句の果ては、Karoushiなどという不名誉な言葉が英語の辞書に載ったりする。

必要なことは、「システムの不備」を現場の頑張りでカバーすることではないのだ。不備を見つける視点を持つことである。そしてもう一つ。大事なのは、目の前の仕事を懸命に支えることではない。いったん仕事の手を止めてでも、あるべき姿を考えて、問題解決に向かう勇気を持つことなのである。

by Tomoichi_Sato | 2016-11-13 23:09 | ビジネス | Comments(0)

私の名前をドアからはずす時(レオ・バーネットの言葉)

レオ・バーネットという広告会社をご存じだろうか。元はアメリカ・シカゴを発祥の地として、今は世界各国に支社を持っている。

わたしはこの会社のことを、パトリシア・ジョーンズとラリー・カハナー著「世界最強の社訓―ミッション・ステートメントが会社を救うという本の中で知った。この本では主に米国企業が約40社選ばれ、その社訓や経営理念などが、簡単な解説とともに紹介されている。大企業も小企業も、製造業からリテールまでカバーされている中で、レオ・バーネット社だけは、抜群に異色だった。多くの企業が、Mission Statement だとかManagement Policies といったテーマのもと、きれいな言葉を論理的に説明口調で並べているのに対し、この会社だけはひどく直截的だった。いわく、

「われわれの使命は、すぐれた広告をつくることにある。創業者のレオの言葉を借りれば —
 われわれのそもそもの存在意義は、世界中で文句なくベストの広告を作ることにある 。

 すなわち、テーマやアイデアがかぎりなく大胆で、斬新で、魅力的で、ヒューマンで、真実みがあり、焦点がはっきりしていて、思わず見てしまうような広告 。
 長期的には会社の名声を高め、同時に、いますぐ収入をもたらすような広告をつくることにある」

非常に分かりやすい。言葉は少ないが、ぎりぎりまで選び抜かれている。ただ単に、わが社は「ベストな広告」を作る、と言うのは、気楽で簡単だ。だが「世界中で文句なくベスト」の広告、と言い切るのは簡単ではない。良いプロダクトをつくることこそ、自社の存在意義である。そしてこの文章は長期的な視点にも、ビジネスにとって大事なお金を得ることにも、目配りがきいている。

だが彼らは、実際には、どんな仕事ぶりなのか。ためしにネットで調べてみた。下の写真は、Leo Burnett社が英国のマクドナルドのために制作し、賞を受賞した広告である。

なかなか良いと、わたしは思う。広告デザインは、感性に訴えるため、どうしても見る人の好みで判断される。だがハンバーガーショップの宣伝をするのに、商品も見せず、味についても言わず、ファミリー向けの親しみやすさも訴えないのは意外だ。画面は暗く、写真は重い。都会のオフィスで夜更け、ただ一人デスクに向かう人。あるいは、深夜の路上で客に応対するタクシーの運転手。

孤独な彼らに対して、”If you’re awake, we’re awake”(あなたが眠らずにいるとき、わたし達も眠らない)とだけ訴える。それは終夜営業のショップの価値訴求である。あたりまえだが、そこの食べ物はけっして贅沢でも上質でもない。だが開いていて助かった、という一瞬を想起させる。これ以上、知名度を向上させる必要もないハンバーガーチェーンの売上を、深夜枠だけ少しでも上げることにつながる、優れた広告であろう。

創業者のレオ・バーネットは1891年生まれで、まだアメリカが恐慌の余波にあえぐ禁酒法時代の直後に、シカゴに広告会社を作った。経営の才にも恵まれていたと思うが、上に述べたように「良い広告」への強いこだわりを持って、あまり拡大志向をせずに同社を育てた。彼が自社のために作った、有名な標語とポスターがある。それは

『星にむかって手を伸ばせ。
 必ずしもつかまえられるとは限らない。
 だが、泥をつかむことにもならない』

というものだ。また中西部育ちの彼は、顧客を迎える自社の受付に、赤い、良く熟した、甘酸っぱい香りのする、つやのあるリンゴを、いつも鉢に山盛りにしていた。そして訪問者に自由にとって食べてもらう。バーネット社のリンゴは、名物になった。リンゴを商標にした有名なレコード会社やコンピュータメーカーが登場する、ずっと前のことである。

バーネットは1967年に社長をやめて会長職に退く。このとき彼は、引退にあたって有名なスピーチをする。「私の名前をドアからはずす時」というのが、その題だ。いうまでもなく、レオ・バーネット社という社名は、彼自身の名前である。スピーチの最初に、彼は言う。

「君たちの後継者は、私の名前をドアからはずし、自分たちの事を『トゥエイン・ロジャーズ・ソーヤ&フィン』(笑)とか『エイジャックス・アドバタイジング』とか何とか、呼びたくなるかもしれない。」

ちなみに前者はマーク・トゥエインの児童小説の名前のもじりだ。そして彼は続ける。

「もし君たちにとってそれがよければ、私は一向に構わない。だが、私のほうから『どうしても私の名前をドアからはずせ』と要求するのはどういうときかを、話しておきたい。

 それは君たちが広告を作るために費やす時間より、金儲けに費やす時間が多くなったときとか、

 我々の会社を作っている特別な人たち、ライターやアーティストやビジネスのプロフェッショナルたちにとって、広告を作るという純粋な楽しさや心の昂ぶりというものが、お金と同様にとても大切なんだということを忘れたときとか」

そして彼は、以下、会社として危惧すべき状況を一つひとつ、まるで連祷のように述べていく。

「自分の仕事をさらに良くしようとする、絶え間ない努力の意識を君たちが失ったときとか、
(中略)
 もはやあのヘンリー・ソローがいう『良心のある会社』でなくなった時とか、
(中略)
 事務所で最後までたった一人でタイプライターをたたいていたり、デザイン・ボードに向かっていたり、カメラを構えていたり、ブラック・ペンシルで何かを書き付けていたり、夜遅くまでメディア・プランを作っていたりする、そうした孤独な人たちへの尊敬の念を、君たちが失くした時とか、

 我々の会社の今日を作り上げてきた、そうした孤独な人たちへの、深い感謝を忘れたときとか、

 そうした人こそ、より一層の努力をしているから、例え一瞬であろうと熱くて手が届きそうにもない星を、実際につかんだのだ、ということを忘れたときとか。

 ・・こんなとき、私は君たちに、私の名前をドアからはずすよう強く求める。断じて、私の名前をはずしてほしいのだ。たとえ死んだ後でも、私はあの世から甦ってきて(笑)、夜中にオフィスの全てのドアから私の名前を削り取る。

 そしてあの世に戻る前に、私の名前の入った全ての文房具を焼き払い、たぶん、通りすがりにいくつかの広告を破り捨て、忌々しいりんごは全部、エレベーターの穴の中に投げ込んでやる。

 すると次の朝、君たちはもうここがどこかわからない。君たちは別の名前を探さなければならないのだ。」

ここには、仕事というものに対する強い信念がある。それは、良い仕事をするということ自体が、働く労苦に対する最大のリワード(勲し)であり、モーメンタムである、という信念だ。お金という報酬は、その結果でしかない。優れた仕事の次が、お金であって、その逆ではない。

だから彼は、夜更けの事務所で、最後までたった一人でタイプライターをたたいている孤独な人への敬意と感謝を忘れてはならない、と主張する。働く人が、いつでも交換可能な、単なる消耗品になりさがった組織は、もはや自分の名前にはふさわしくないのだ、と。その主張はまさに、上に紹介したマクドナルドの広告に、奇しくも対応しているではないか。レオ・バーネットの魂は、彼が引退した50年の後にも、まだ生きているのだ。

これが、理念の力である。

人々を束ねて率いていくのは、むずかしい。それが創造的な仕事にたずさわる人たちであれば、なおむずかしい。それは権力や、金銭や、おどしや、皆が因循と従っているおかしな行動習慣であってはならない。人を動かすのは、なによりも「世界中で文句なくベストな仕事」をしたいという、自負に満ちた欲求であるべきだ。上司は部下の心の中に、何よりもその気持ちを探して光らせなければならない、と。

だが、そのためには、「何がベストか」についての、確とした理念を持つ必要がある。だから、ともすれば怠惰と徒労に流されがちな日常の中で、わたしもつねに自問自答しなければならないのだ。お前は果たしてベストな仕事をしているのか、と。


<関連エントリ>
 →「企業のミッション・経営理念を日米比較する」(2016-03-27) http://brevis.exblog.jp/24255070/

(注)
レオ・バーネットの引退スピーチの画像は、YouTubeで見ることができる:

またスピーチの日本語訳全文は、ネットでは(誰による翻訳か不明だが)以下のURLで読むことができる。上の文中ではここから一部改変して引用させていただいた:

by Tomoichi_Sato | 2016-10-22 18:12 | ビジネス | Comments(2)

B2B企業にイノベーティブなITは可能か

あなたは、ある中堅SIerの開発部長だ。会社は受託システム開発をなりわいとしており、有名ではないが堅実な経営を続けている。そんなあなたはある時、突然社長に呼ばれて、こう言い渡される。

「君には明日から、わが社のCIOになってもらいたい。これまで外の顧客の仕事をずっとしてもらってきたが、明日からは経営者の一員として、わが社の情報システムを見てもらうつもりだ。紺屋の白袴じゃないが、我々の社内IT利用は、十分とは言えない。君には是非とも、これまでの外販の経験を活かして、イノベーティブなITの仕組みを作ってもらいたい。単なる業務の効率化だけではなく、新しいビジネスを生み出せるようなITの仕組みを、だ。」

経営者の一員、すなわち役員に抜擢された訳だ。とても誇らしい気持ちになる。しかし社長室を出て自分の席に戻ると、あなたはだんだんと大変な役回りを引き受けたらしいことに、気づき始める。わが社にとってイノベーティブなITの仕組みとは、いったい何を意味するのか。

あなたの会社は、造船業を中心に、重機や鉄工所などの業界を得意先として、基幹系情報システムを構築してきた。その分野の業務知識は、確かなものだ。船舶特有のさまざまな規制、複雑な業界構造や商慣習。そうした経験を組み込んだシステムでは、他社に負けないと思う。またIT技術の面でも、先進的なトレンドを、(真っ先にとは言えないにせよ)それなりに取り入れてきた自負はある。たしかにいくつかの案件では手ひどい赤字を被ったが、全体としては確実に利益を残してきた。

「しかし、今の分野の市場だけでは、先細りだ」との社長のセリフを、あなたは思い出してみる。「君も知っているように、SIビジネスはだんだんと難しくなってきている。かといってSE派遣だけで食っていくのも無理だ。新しいビジネスを創出しない限り、わが社の未来はない。」社長はそう断言した。あなたも、同感ではある。だが、自社にとっての新しいビジネスとは、何だろう? 流行のビッグデータやIoT、あるいはWeb技術だろうか。受託開発で生きてきた自分たちに、そういった技術の蓄積はない。やってできないかというと、なんとかなりそうな気もする。だが「気もする」だけの技術を売り込んで、買ってくれる顧客はいるだろうか。

あなたは自社の顧客リストを眺め直してみる。20〜30社が、主要顧客だ。過去にさかのぼれば数百社になるが、業界再編もあり、今は限られている。その代わり、比較的継続して仕事を受注してきた。その半分ちょっとは、大手コンピュータメーカー、いわゆる「ITゼネコン」からの下請けだ。他に自社が直接営業をかけてとってくる案件が3割程度。営業部門の人数も限られているので、そう手広く回れない。

あなたはビジネスメディアや業界セミナーなどで情報を集めることにした。IT業界の著名人、外資系コンサルタント、調査会社などの言うことには、一つの共通点があった。それは、米国のイノベーションの成功例を引きあいに語り、ふりかえって日本のIT業界の不調を批判する、というものだ。シリコンバレーにはグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルなど錚々たる大企業がひしめき合っていて、しかも小規模なベンチャーが活発に新技術を開発、提案し続ける。その中にはUberやAirBnBなど、飛ぶ鳥を落とす勢いの成長株がいる。ベンチャーキャピタルの出資や買収も活発だ。

すごいなあ、とあなたは思う。たしかにイノベーションの生きた事例だ。だがそれを、どう自社のヒントにしたらいいのか。日本と違って米国では、7割のIT技術者がユーザ企業にいて、それでビジネス開発とシステム構築を同時並行に進められるのだ、という話も聞いた。だが日本の構造は急には変わらない。あなたの会社のSEたちを、顧客側に派遣して、いやたとえ移籍したとしても、すぐにビジネスを開拓できるだろうか。そもそも何のビジネスをか。Uberを真似て、船を手配するスマホアプリ? まさかね。

まあ、あなたの会社は9割がIT技術者だ。だから自社のビジネス開発に自社リソースを活用するのは、ありだ。それにしても自社システムの弱みはどこか。会計システムは2年半前に更新したばかりだ。プロジェクト管理システムは自社製で、UIが使いにくいし、人月コスト集計が翌月10日過ぎになって遅いという不満はある。だがこれを改良したとしても、社長の言う「単なる業務の効率化」に過ぎないではないか。では顧客管理とCRMか? しかしたった30社程度だったら、Excelでも十分だ。

自社内のシステム改革に手がかりがないのなら、せめて顧客のイノベーションをIT面で支援し、ともに手がけるというのはどうだろうか。船自体のUberは無理でも、ドックが空いたら、互いに貸し借りする仕組みはどうか。・・しかし所要時間わずか数十分のタクシーと、数十ヶ月間も占有するドックを、同列には考えられないし。

あなたは次第に焦りを感じ始める。せっかく役員に取り立てられたというのに、どう采配を振るったらいいのか分からないのだ。そんなある日、あなたは、会社を中途退社し経営コンサルタントとして独立した先輩と偶然、出先で会う。久しぶりに酒を酌み交わしながら、あなたは愚痴ともつかぬ最近の課題と悩みを口にする。するとその先輩は、意外なことを言う。「新ビジネスで急成長することをイノベーションと呼ぶのだとしたら、B2B企業に、イノベーティブなITなんてありえないよ。」

−−どういう意味ですか?

「B2Bというのは、Business to Business、つまり企業相手に商売をしている企業だ。これに対して一般消費者を相手にしている会社は、Business to Consumer、略してB2Cと呼ぶ。」

−−それくらいは、知っています。

「じゃあ、君のところの顧客筋である造船業や鉄工業、重機械なんかはどちらだ?」

−−えーと、B2B、ということになりますね。普通の一般人が、ふらっときて船を作ってくれとたのむようなものじゃありませんから。重機・鉄工も同じです。

「そういう顧客企業で、イノベーティブなCIOの人を見たことはあるかい?」

−−うーん。そりゃ、会社にもよりますね。たとえばA社のCIOであるKさんなんか、尊敬できる方ですよ。業務のことも分かっておられるし、ITの理解も確かです。ユーザを上手く説得して動かす力量もあります。あの方がいたから、A社の基幹システムはうまく収まったんです。

「なるほど、立派だ。だけど、その基幹システムはA社にとって『業務の効率化』の道具だろう? 新しいビジネスを生み出すような、イノベーティブな仕組みじゃない。」

−−じゃあB社の例はどうですか。Hさんは情シス部長で、CIOというポストじゃないですが、E-BOM管理とWebEDIとをうまく統合して、サプライヤーを束ねるサプライチェーン・マネジメントのシステムを作ったんです。おかげで製造納期が1ヶ月近く短縮できるようになりましたよ。

「けっこう。だがそれも『業務の効率化』だろう。新ビジネス創出とはいえないね。」

−−そうなりますか。そうすると、ほかにいい例を思いつかないですね。そもそも顧客の中でCIOって肩書きのある会社は3割くらいですよ。あとは情シス部長が、IT系の役職では一番上です。それも大方の人はIT部門上がりなので、発想がIT技術よりで、あまりビジネス創出的な人材がいないんです。いっちゃなんですが、みな人材が小粒なのかな。

「なんでも問題を人材のせいにしちゃいけない。人材のせいにすれば、どんな問題だって説明できてしまう。人の資質が理由じゃないんだ。そもそも、ITシステムの活きるメリットは何だと思う? 人の仕事をITが置き換えるときの、アドバンテージを知っているかい?」

−−今さらわたしに向かって、何ですか(あなたはちょっとむっとして、答える)。まず、高速性です。大量のデータを高速に処理できます。そして繰返し性。機械は同じ単調作業を繰り返させても、飽きません。それから、正確性ですね。計算機はミスをしません。ですが、これと今の話と、どうつながるんです。

「ごめんごめん、怒らせたようなら、あやまる。まさに君が言った三つの点が、ITシステム導入のメリットだ。だから、会計業務だとか、給与計算とか、設計計算だとかが、真っ先にIT化の対象になった。大量・単調、だが正確な処理だ。これが金融だとか保険だとか、多数の消費者と直接やりとりするB2C企業の場合、勘定系や顧客とのトランザクション処理まで広がる。そしてWebの登場とともに、流通販売というもう一つのB2C業界も、お客と直接やりとりする仕組みをつくるようになった。」

−−はあ。

「とにかくB2Cでは、お客の数が多いんだ。一つひとつの取引は単純だが。だから、ITシステムを顧客に直接使ってもらうメリットが生じる。大量・単調、だが正確な処理のね。そして顧客がITを使ってくれるようになると、次は、そのチャネルを活かして、新しい商品を売り込むという、マーケティングの道具になるようになった。わかるね。」

−−ですが、それと今の話とどうつながるんです?

「いいかい。『新しいビジネスを創出する』というのは、マーケティングの仕事そのものだ。正確に言うと、マーケティングと商品企画の二つの仕事だね。新規顧客の開拓と、新しい商品の開発。B2Cでは、それをWebなどのITシステムを通して、直接できる。そして、B2Cビジネスのもう一つの特徴は、ボラティリティが高いことだ。」

−−ボラ・・何ですって?

「ボラティリティ。当たり外れの大きさのことさ。もとは株式の値動きの大きさを指すのに使われた用語だ。ボラティリティの高い市場では、一発あてると大きく成長できる。ヒット商品で急成長する会社の話は、よくニュースに取り上げられる。逆に言うと、ニュースになりやすいのは、ヒット商品の現れる、B2C企業だ。おまけにB2C企業は消費者相手に広告宣伝を打つ。だからメディアとの関係も強い。ますます、メディアに取り上げられやすい。」

−−はあ。

「それでだね。君がさっきあげていた米国のイノベーティブな企業、アップルだとかグーグルだとか、それからUberなんてのは、みんなB2Cの会社なんだ。一部は企業向けサービスもしているが、メインは消費者向けだ。企業向けでも、アマゾンのAWSなんて非常に多数の企業向け、B to many Bだな。だからB2Cに近い。そして、多数の顧客相手だからこそ、ITがビジネス創出のカギとして役に立つ。
 ひるがえって君の得意先の、鉄工・重機・造船みたいな分野は、特定少数の企業相手のB2Bビジネスだ。多くは受注産業。営業プロセスも長くて複雑。だからセールスをWeb経由でやっている会社なんていないはずだ。営業でITをフル活用している例があるかな?」

−−まあ、ありませんね。ITは、社内業務の効率化がメインです。・・あれ? とすると。

「社長さんのおっしゃる新ビジネスの創出というのは、マーケティングと商品企画だ。ただ誤解してほしくないんだが、マーケティングと営業機能は別だよ。営業は、なんなら代理店にアウトソースすることも可能だ。だがマーケティングは、自社で考えなくてはならない。ドラッカーはある本の中で、“企業に真に必要な機能はマーケティングと商品開発だけで、あとは全てアウトソースしてもいい”と書いているくらいだ。だが、B2BではITをマーケティング手段に直接活かすことが難しい。いや、そもそもB2Bの受注産業には普通、マーケティング部門すらない。ITは営業にさえ、活かしにくい。仕事が大量・単純でなく、少数・複雑だからだ。」

−−すると、B2B企業ではイノベーションにITを使うのが難しい、ということですか。

「もしもイノベーションという言葉が『新ビジネスの創出』という意味だとしたら、そうだ。少なくとも、マーケティングにITを活用するのは難しいだろう。新商品開発にITを使うことはありうるかもしれない。たとえばGEのビッグデータみたいに。まあ、あの会社もB to many Bだがね。また、社内ベンチャーで、ITを活用した全然別のB2Cビジネスをはじめる、というケースはあり得る。だがそれは今の会社をどう成長させるかとは、別の話だ。
 さて、では、君の会社のようなSIerは、B2Bかね、B2Cかね?」

−−それは・・B2Bです。

「そうだ。日本のたいていのSIerは、大手コンピュータメーカーを除けば、そうさ。だから社長さんの望むような、イノベーティブなITの仕組みをつくるのは、難しい。」

−−じゃ、わたしはどうしたらいいんですか。SI市場は先細りです。わが社は座して死を待て、とおっしゃるんですか!

「そうは言っていないよ。マーケティングにITを直接活用するのは難しい、と言っているだけだ。マーケティング自体が不要だ、などとは言ってない。むしろ逆だ。今まで受注ビジネスのB2B企業は、営業部門は持っていたが、マーケティング機能を持たないところが多かった。それは顧客の注文を待つ、御用聞きで生きていけたからだ。だがこれからはそうじゃない。マーケティング機能をちゃんと確立しなければならない。」

−−マーケティング。でも、それをウチの営業部長に期待できるかなあ。

「そこが誤解なんだ。マーケティングは営業じゃない。その二つは、設計と製造現場が違うくらい、違う仕事だ。中堅企業や中小企業では、マーケティングは社長がリードすべきなんだ。それこそ経営の中心的仕事なんだから。それを、IT企業だからってCIOに丸投げしちゃいけない。
 君も『イノベーション』という、カッコいい言葉に踊らされてはダメだよ。それは急成長と同義語ではない。ボラティリティの低いB2B分野では、画期的新技術が出たって、会社の急成長に結びつくことは珍しいんだ。新技術が上手なマーケティング戦略と組み合わされると、少しずつゆっくりと、目立たぬうちに、ニュースに報じられないまま、いつのまにか市場を侵食していく。そして着実に、利益を上げていく。そういう実例は、じつは日本には数多い。日本はB2B企業が製造業を支える国だからね。」

−−そうなんですか。

「生き残りたかったら、アメリカの派手な会社の真似ではなく、日本の、目立たないが技術とマーケティングで利益を出している会社の経営に学ぶことだ。技術力だけでも、マーケティング力だけでも、利益は出せない。その両者をつなぐことが、経営なのだから。」


<関連エントリ>

by Tomoichi_Sato | 2016-09-18 23:21 | ビジネス | Comments(1)

英国史上、最も偉大な技術リーダーに学ぶべきこと

イザムバード・ブルーネルIsambard Brunel(1806-1859)の名前をご存じだろうか? 19世紀前半の英国を生きたエンジニアだ。生まれは今から210年前。その時代、英国は産業革命の成功を背景に、猛烈な勢いで勢力を伸ばし、北西ヨーロッパの島国から、世界最大の強国に成長しつつある時代だった。

BBC放送は2002年、「歴史上最も偉大な英国人」100人を選出した。1位はウィンストン・チャーチル。そして第2位がイザムバード・キングダム・ブルーネルだった(日本では「ブルネル」と表記されることも多い)。ちなみに、3位はダイアナ妃、4位がチャールズ・ダーウィン、5位シェークスピア、6位アイザック・ニュートン、7位エリザベス一世・・という具合だ。偉大な科学者や文芸家たちをおさえて、第2位の地位を占めた技術者ブルーネルとは、どんな人物だったのか?

1835年、首都ロンドンと、大西洋に面する英国西海岸の港町ブリストルをつなぐ、「グレート・ウェスタン鉄道」の建設事業が始まる。ブルーネルはその主任技師だった。当時まだ29歳。彼は路線候補地を自分で調査した上で、高低差や急カーブの極力ないルートを選び、さらに走行安定性と乗り心地を保証するため7フィートという広軌の鉄道を設計・建設する。建設ルートの中には世界最長のボックス・トンネルも含まれていたが、見事にこれをやり通す。さらに彼は自ら蒸気機関車の仕様を決めて作らせ、当時世界最高速の時速100kmの走行を実現する。

しかしブルーネルの構想はこれにとどまらなかった。彼は、ブリストル港から米国へ汽船航路をつくり、ロンドンからニューヨークまでをつなぐ、文字通り"Great Western"な輸送実現を考えていた。この当時、まだ蒸気船で大西洋航路を渡った実績はなかったし、船のサイズと必要な石炭や水の量から考えて、そんなことは不可能だと信じる人も多かった。しかし彼は周到な計算の上、船体を大きくする方が相対的に抵抗が少なくなることを示し、世界最大となる72m長の蒸気船「グレート・ウェスタン号」を作る。木造船だったが、骨格を鉄で補強した船だった。蒸気機関には最新鋭の復水器を装備し、高効率と水の消費量の削減を実現。そして1839年、見事に大西洋航路横断に成功するのである。

ただしこの船は、まだ船体の横に外輪をつけたパドル型だった(ペリー総督が乗ってきた黒船のタイプである)。ブルーネルはこの構造を刷新し、1843年には「グレート・ブリテン号」を就航させる。これは98m長、3,400トンの鋼鉄船で、推進力は外輪ではなくプロペラだった。今日の近代船舶の祖型となった船である。これによって、英国は北大西洋航路における独占的な地位を築く。
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ブルーネルはさらに1852年には、210m長・2万2500トンという途方もなく巨大なGreat Easter号をつくる。構造的には二重底や防水隔壁をそなえた画期的なもので、これらの原理は今日の造船工学の常識となっている。この船は客船としては商業的に成功しなかったかわりに、特殊船として大西洋ケーブルの敷設に使われ、これによって欧州と米国は電気通信がはじめて可能となった

ところで今日の英国では、ブルーネルの名声はむしろ橋の設計と建設で記憶されているようだ。これも当時世界最長となった192m長の「クリフトン吊り橋」。ブリストルの西部を流れるエイボン川に架橋されており、今でも現役で使われており観光名所となっている。彼は設計において自重や応力分布を細かく計算し、鋼材の負荷状態を知ることができるようにしていた。

そして1859年完成の「ロイヤルアルバート橋」。機能と形状が美しく調和した設計の橋である。ただし、まだクレーンのないこの時代、河の中央部に設置する橋桁の工事が最大の難関だった。ブルーネルはここで『ニューマチックケーソン工法』を採用する。大きな鉄管を沈めて圧縮空気を送り、中で作業員がセメント等で補強し固定する工法だ。
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彼はまた、英国のクリミア戦争のとき、戦地に赴いたフローレンス・ナイチンゲールの要請に応えて、木造プレハブ工法によりレンキオイ病院をわずか5ヶ月間で建設する。今日の衛生・消毒・換気・室温コントロールの原理をといいれた換気装置付きの画期的建築設計で、感染症を抑えたおかげで、他の野戦病院での死亡率が40%だったのに比べ、この病院はわずか3%にとどまった。

ブルーネルは1959年、わずか53歳で亡くなる。彼は大学を出ておらず、たたき上げだった(父親はフランスに留学させたのだが、国籍の問題で入学を拒否されたのである)。帰国後間もない若い頃、父親と協力してテムズ川の川底を通るテムズ・トンネルの施工に従事する。当時はまだ人力掘削の時代であったが、側壁を支えながら掘削していく一種のシールド工法を用いて建設され、鉱山以外では例をみない新しい方式であった。このトンネルは現在でも地下鉄East London線で使われ続けている。

彼ら親子は自ら先頭に立って工事現場で指揮し、崩落事故で労働者が取り残された時、一人戻って救出にあたったのも、若きブルーネルだった。こうした点も、彼が英国史上10傑も選ばれた理由なのだろう。理論だけでもなく、設計だけでもなく、施工だけでもない。その全てを率先してこなした点に、ブルーネルの偉大さがある。

BBCによる説明からの孫引きになるが、ブルーネルは「エンジニアという、閃きが不可欠であるけれど も、それと同時に投資家や事業家を惹き付け、製造・建設に従事する労働者達の士気を高め、なおかつ安全確保等の観点から細部へのこだわりも持っていなければならないという、困難な職業を完璧なまでにこなした、 バランス感覚に優れたタフな人物だった」。

ここには一つの、完成されたエンジニア像がある。彼は(むろん彼女でもいいけど)、
・発想のひらめき、創造性がある
・事業家や投資家の関心を引きつける
・実際の作業に携わる人々の士気を高められる
・細部へのこだわりと、安全確保の心構えがある
という4本柱が必要なのだ。どれか一つでも欠けると、大きな仕事はできない。

世の中には技術者が尊敬される国、尊敬されない国がある。たとえば、フランスではエンジニアの地位が高い。これは歴史的な理由により、工学部がグランゼコールとよばれるエリート大学に設置されてきたかららしい。ドイツやイタリアでも、マイスター制度などの職人手仕事への敬意と、長い科学研究の伝統があって、それなりのようである。逆にわたしはずっと、英国ではエンジニアは中流階級の仕事であり、地位はあまり高くないと思い込んでいた。しかしBBCのランキングを見ると、間違いだったようだ。かの国でもちゃんと、優れた仕事をした技術者は評価されるのだ。

正直にいうと、わたしがブルーネルの名前を知ったのはつい3年ほど前のことだった。アルジェリアのテロ事件で亡くなった、故・新谷正法氏(前副社長)が社内で行った、安全に関する短い講演資料で知ったのだ。その内容は、「ハイボールと、本質的安全設計の教え」(2014-01-19)で紹介したとおりだ。じつは、飲料「ハイボール」の語源となったあのボール信号機は、ブルーネルがグレートウェスタン鉄道で採用した工夫の一つだった。シンプルだが、故障すると安全側に動き、本質的に安全な設計である。ああしたところに、傑出した技術者の精神が現れるのだ。

では日本で同じようなランキングを作ったら、上位に入る技術者はいるだろうか? あなたは誰の名前を書くだろうか。島安次郎? 本田宗一郎? 技術者は芸術家と違って、個人で名前を残すつもりで仕事をしているのではない。つくったものが、長く人々に使われることが、技術者には一番の幸せなのだ。石碑や銅像を建ててほしくて働くのではない。そしてもちろん、管理職として大企業で出世するか、さもなくば起業家になってIPOで金持ちになる事が、エンジニアとしての理想像だという今日の通念も、間違っているとわたしは思う。しかし、偉大な仕事をした人は、わたし達の社会にもたくさんいたはずだ。では、わたし達はなぜ、彼らの名前や、業績や、その理想と心意気を知らないのだろうか。

傑出した鉄道技術を表彰するために、1985年に「ブルネル賞」が創立された。だが、ブルーネルは、機械工学の仕事も、土木工学の仕事も、建築の仕事もやった。そして、どれも傑出していた。彼は何か一つの専門分野に立てこもった「専門家」ではない。科学研究の世界は、どんどん専門分化していく傾向にある。だが、技術は総合化していく必要がある。とくに「大きい仕事」「先端的な仕事」をしたければ、隣接する多くの技術を束ねていく力=インテグレーション能力がなくてはならない。
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(ブルーネルの設計によるパディントン駅)

それと同時に、エンジニアは技術の歴史を学ぶべきである。技術は単体では生まれてこない。社会のニーズ、周辺を支える別の技術、最新の科学法則、そして事業を支える経済力など。こうした文脈をすべて見通した上で、はじめて優れた仕事が生まれるのである。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ、という金言がある。ならば、わたし達も、広く技術の歴史を学ぶべきではないか?


<関連エントリ>
 (なお、写真3点はいずれもWikipedia英語版からの引用による)

by Tomoichi_Sato | 2016-08-28 18:18 | ビジネス | Comments(0)

スペシャリストか、ジェネラリストか?

わたしが就活をしたのはもう大昔のことだが(当時は「就活」なんて言葉はなくて、みんな「就職活動」といっていた)、エンジニアリング業界志望だったので、今の勤務先のライバル会社も当然、訪問した。そのときたしか先方の人事部長さんと会ったのだが、自分の会社には「42歳定年制」という仕組みがあると言われていたのを今でも覚えている。

当時はどこの会社も定年は55歳だった。ところが、その会社では42歳になったとき、退職するか、勤務を続けるかを選び直すことができるという。「42歳くらいになると、自分が会社で将来どこまで行けるかが漠然と分かるようになる。そのとき、独立して自分の道を選び直せるように会社も支援する」ことが制度の意図だと、たしか説明されたと記憶している。

現在その会社のホームページにいっても42歳定年制では検索にかからないから、すでにその制度はないのかもしれない。しかし、この説明は長く記憶に残った。

「まだ歳も、四十であれば面白き」という江戸時代の川柳がある。40歳というのは、自分はすでに若くないと自覚するときである。世に出て職に就き、それなりに生きてきた。ただ、自分の能力や境遇、そして行く末もなんとなく想像できるようになる。それはまた、迷いの時だ。今までのルートをまっすぐ歩むか、別の道を行くか、思案のときということだろう。

42歳というと、昔はそろそろ課長になろうという年齢だ。主任や係長は経験し、人を使って仕事をする立場に近づく。そのとき、技術系ならば専門技術の現場から離れて、管理職という名のジェネラリストであることを求められる。それでいいのだろうか。技術への未練もある。自分はまだ本当のプロとはいえないのではないか。スペシャリストの道を続けるのか、ジェネラリストの道を選ぶのか、選択を迫られるというわけだ。

キャリア関係のウェブサイトを見ると、スペシャリストかジェネラリストか、などという問いがけっこう出てくる。若い人、とくに技術系の人には、ジェネラリストという職種はピンとこないし、よく分からない。ジェネラル工学なんて言う学科も大学になかったし。だから憧れる人は少ない。

結果として、若手社員のほとんどは、スペシャリストを目指す。

ところで、そんな職種だって、一人前のプロになるにはだいたい10年かかる。医師も、弁護士もそうだ。業界で一流の相手とそれなりにやりあえるまでには、15年かかるという人もいる。しかし、早く専門技術を身につけたい若者には、その時間がもどかしく感じられる。はやく業界に通じるプロになりたい、いざというときは転職しても拾ってもらえるようになりたい。このままでは技術を深掘りするどころか、会社的な雑用ばかりだ、という不満の声もきこえることがある。

そうやってスペシャリスト志向をもつエンジニアにとって、ジェネラリストという言葉が頭に浮かんでくるのは、専門分野を何年間か走ってきて、「はたしてこのままでいいんだろうか?」という迷いを感じたときだ。42歳というのは一つの曲がり角なのだろうが、もっと前から感じる場合もある。どちらを選ぶかは、本人の適性によって決めるべきだ、みたいなアドバイスをキャリア関係のサイトなどは書いている。

ところで、本当に組織はジェネラリストを求めているのだろうか? 求めているとしたら、組織内にどれくらいの比率で必要としているのだろうか?

これは、組織によっていくつかのタイプに分かれるだろう。ある種の組織では、専門家を(種類も人数も)多数抱え、それをごく少人数のスーパー・ジェネラリストがマネージする。中央集権的な形態だ。オーケストラと指揮者の関係と言ってもいい。ジェネラリストの比率は数%以下だ。こういう組織では、権限が集中しているので、即断即決。いろいろなことが機敏に決まる。ただし部下に権限がないので、組織横断的な中規模問題、たとえば品質問題などへの対応に手間取るという弱点がある。お分かりだろうが、米国企業にはこうしたタイプをよく見かける。

これに対比するような書き方をするなら、日本企業の多くは、もっとジェネラリスト比率が高い。社内にミニ・ジェネラリストを多数抱えて、各人が隣接部門とコーディネートする、分散協調型の組織である。コンセンサス(合意形成)型なので、変化に対する意思決定が遅いという弱点がある。そのかわり、現場改善はまあ、得意だ。全体を見通す大局観のある人材がいないため、大規模なシステム作りはへたと言ってもいい。

まあ、現実には両者の間にいろいろなバリエーションがある。とくに、日本の官庁や、官庁に準ずる組織形態をもつ企業では、幹部候補のエリートを、2〜3年単位でいろいろな部署に回す習慣がある。当然ながら、一つの専門知識やスキルを身につけることはできない。最初からジェネラリストとして育てるのである。そして早い段階から管理職ポジションについていく。こういう組織では、そうしたキャリア職種と、ノンキャリア職種がくっきり分かれている。ノンキャリアは局所的には異動があっても、基本は同じ職種を続けていく。キャリアの人数比率は少ない。そういう意味ではまあ、アメリカ型の中央集権に近いと言えなくもない。

ただし、アメリカ型の組織と日本型の官庁組織は、大きく異なる点が一つある。先ほどアメリカ型で采配をふるう人材は「スーパー・ジェネラリスト」だ、という言い方をしたが、じつはそれは正確ではない。正しくは彼らは「マネジメント人材」であり、米国流の考え方では、マネジメントというのはスペシャリティー(専門職)の一種なのである。だからビジネススクールみたいな学校で集中的に学ぶことができるし、学ぶべきだと考えられている。日本流の考え方では、特定の専門分野を持たないジェネラリストであることと、マネジメントができるということが、どこかでごっちゃにされている。

たとえていうならば、オーケストラの指揮者はジェネラリストなのか、専門職なのか、ということだ。最初はビオラを弾き、それからフルートに異動させ、第一バイオリンでコンサートマスターを経験させれば、指揮者になれるだろうという考え方は、たしかにちょっと奇妙である。

だが、ふつうの日本企業の話に戻そう。たとえばある程度、同一分野で経験を積んだエンジニアには、少しずつ隣接する周囲の業務分野も理解させ、ミニ・ジェネラリストにしようと仕向けるようなところも多い。だが、当のエンジニア達はこうしたプレッシャーに、しばしば反発を感じる。それは技術屋の看板を外して、管理職として生きろ、と言っているようなものだ。

たしかに昭和のように、年齢別人口ピラミッドが正三角形で、職位のピラミッドと相似形だった時代なら成り立った策だろう。しかし、今はミドルになっても管理職のポジションがたりないし、仮になっても部下がいなかったりする。おまけに終身雇用だってゆらいできている。だから、専門技術の現場から遠ざかることの代償が「ちょっと出世」では、納得できなくなっているのだ。しかも年齢ピラミッドがゆがんでいるせいで、42歳どころか、もっと若い時分からジェネラリスト圧力がかかるようになってきた。

では、中堅のエンジニアはどうすべきなのか。それを考えるには、エンジニアにとって、「出世」以外に本当に望ましい報償は何か、を問い直す必要がある。それは、「技術屋として面白い仕事をする」ことではないだろうか?  仕事それ自体が、報酬である。なぜなら、技術が好きだから、そして技術が面白いから、エンジニアを選んだ人がほとんどだからだ。

でも、「面白い仕事」とはどんな事だろうか。それは当然ながら、今の仕事のあり方を変えるようなインパクトを持つ何かを、作り上げることだろう。それは魅力的製品かもしれないし、画期的設備やシステムかもしれないし、あるいは業務プロセスそれ自体かもしれない。ただし、それは専門的技術領域を深掘りしていくだけで実現できるのだろうか?

著名なシステム・コンサルタントであるジェラルド・ワインバーグは、かつて成功したシステムと不成功に終わったシステムを比べて、「成功のほとんどすべてが、少数の傑出した技術者の働きに依存していることに気づいた」と書いている。そうした技術者たちは、理工学部出の純粋エンジニアでもなければ、経営学科出のよくあるMBAでもなかった。『問題解決型リーダー』というべき存在であり、彼らに共通する特徴は、他人を動機づける能力、組織化する能力、そして独創的アイデアへのこだわりであった、と書いている(「スーパーエンジニアへの道―技術リーダーシップの人間学」)

このことは、いいかえると、本当に面白い仕事をしたければ、アイデアだけでなく、他人を動かす能力をもて、ということになる。それは、「隣接業務を知るミニ・ジェネラリストになれ」とは、ちょっと違うことなのだ。

してみると、中堅技術者にとって、選ぶべきキャリアの道は、専門分野に職人的にこだわり続けるのか、あるいは、他人を巻き込んで新しい仕事を作る道を選ぶのか、二つに一つということになる。後者の場合、面白いことにワインバーグは、上に述べた能力は、あまり技術分野にかかわらず適用可能だという。そして、適切な気づきとトレーニングがれば、自分で伸ばせるとも書いている。

もしかするとわたしは、こういう事ではないかという仮説を持っている。どんな専門分野でも、かなり深掘りして突き詰めると、汎用的な方法論の地下水脈に行き当たるのではないか。そして、いったんそれを手にすると、井戸の壁を抜けて、水脈沿いに、いろいろな場所に行けるのではないか。絵にすると、前々回の「T字型人材像」に通じるのだが、ただし上下が逆で、垂直に底までいくと急に水平に広がる姿である。これこそ、いわゆる「一専多能」といわれる人材像ではないか。
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ただ、このような水脈を掘り当てるには、専門をそうとう掘り下げる時間と努力が必要ではないのか? いや、実はもう一つ別の道があるのだ。それは、一カ所をある程度掘り下げ、何となく達成感ないし行き詰まりを感じたら、別の場所(専門分野)にうつって、あらためて縦堀りしてみる道である。そうしてみることで、「三角測量」的に、元いた技術的専門の距離感や制約が見えるとともに、共通に使える道具立てがあることを気づけるのだ。それはわたし自身の経験でもある。

世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書」にも書いたように、わたしは39歳のとき、思い立ってそれまでの設計専門部を離れ、海外プロジェクトの分野に転出した。それはわたしにとって大きな転機だったが、同時に、自分がそれまで何を学んできたかを再認識する機会でもあった。ずいぶん遅い転身ではある。だが、(この点だけは日本の終身雇用制の長所だと思うのだが)専門能力が低いからといって、会社はすぐにはクビにせずに使い続けてくれるのだ。こうした転身は、たぶん米国では難しいチャレンジだったろうと思う。

ちょうどここまで書いたところで、畏友・渡辺幸三氏がBlog「設計者の発言」に、『適用分野と実装手段の組み合わせ戦略』http://watanabek.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-01b8.html という面白い記事を書かれているのを読んだ。ITの世界で、適用対象の業務分野と、実装技術の縦横の軸で、技術者がどのような戦略をとるべきかを論じている。これはちょうど、音楽で言えば「レパートリーの幅」と「楽器の幅」に対応しているともいえる。最初は楽器になじむまで、ずっと一つのジャンルで修練を続ける。それから、別のレパートリーにトライしてみる。そうするとある時点から急に、楽器の使い道が、そして他人とのハーモニーの仕方が見えてくる。そうすると急に、技術的な自由度が増すのだ。

それは決して、何でも屋の「ジェネラリスト」になることではない。一専多能の「問題解決のスペシャリスト」になる道なのである。


<関連エントリ>
 →「組織のピラミッドはなぜ崩壊したか」 (2010-09-16)
 →「見えない壁に突きあたった中堅エンジニアが学ぶべき、三つのこと」 (2016-04-04)
by Tomoichi_Sato | 2016-04-18 23:54 | ビジネス | Comments(0)

企業のミッション・経営理念を日米比較する

まずは、ちょっとクイズからはじめよう。下の文言は、ある会社の経営理念である。

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これはどこの会社のものだろうか? 答えは下の方でかくが、見る前に少しだけ考えてみていただきたい。
・・思いつきましたか? では、第二問。次のスローガンと企業理念は、どこの会社のものか。

世界人類との共生のために、真のグローバル企業をめざす○○○○」
 企業理念 :
  世界の繁栄と人類の幸福のために貢献すること
  そのために企業の成長と発展を果たすこと

これをぱっと見て、いや、たとえ三度繰り返し熟読してみても、どこの企業のものか推測するのは難しいだろう。どこの会社でも、当てはまりそうな気がするからだ。世界人類とかグローバルとか、言葉は大上段だから、中小零細企業ではあるまい。だが、表だって社会との「共生」を目指さない、つまり社会と敵対的であろうと公言する企業がいるだろうか? グローバルをめざす日本企業は、今や過半数だろう。成長と発展だって、どの会社だって望むはずである。この標語と理念なら、ほとんどすべての大企業に当てはまりそうだ。わたしの勤務先だって、あてはまるとおもう。

最初の問題の答えは、「三洋電機(株)」である。2008年に経営が立ちゆかなくなり、2009年にはパナソニックに買収された同社は、法人格としてはまだ存続しているが、実質的には従業員ゼロだときいている。残念ながら、“なくてはならない存在”でありつづけることはできなかったのだ。同社で一所懸命に働いていた人々にとって、今はさぞ無念な言葉だろうと想像する。

第二の問題の答えは、あえて書かない。誰もが知っている、とても立派な企業である。だが、この標語と理念で、この会社がどういう会社か、分かる方は少ないと思う。気になる方は、まあ、ネットで調べればたぶんわかるのではないか。誤解しないでいただきたいが、わたしはこちらの会社を批判するつもりなど、全くない。たぶん、あれほどまでに優秀で差別化された製品を作り続ける同社にとっては、もはや理念の上で差別化する必要などなかったんだろうな、と想像するだけだ。

少し前のことだが、わたしは企業理念やミッション・ステートメントについて少し興味を持って、調べてみたことがある。上の二つは、そのときに見つけた例である。調べるにあたっては、

ミッション・経営理念 社是社訓―有力企業983社の企業理念・行動指針」社会経済生産性本部・編集   (Amazon.com)
世界最強の社訓―ミッション・ステートメントが会社を救う」パトリシア・ジョーンズ、ラリー・カハナー著  (Amazon.com)

の2冊の本を参考にした。前者はタイトルにもあるごとく、983社(ほぼ日本企業)をカバーし、後者は米国企業約40社を調査しカバーしている。ただし出版年次は、日本の方が2004年、米国は原書の出版が1995年で、いささか古い。したがって、すでに現状とかわっている会社もあるし、最初の会社のケースのように、会社自体がすでに消滅している例も含まれている。

ただ、そのように歴史の荒波にもまれた(?)結果を見ることで、気づくこともあった。最大の発見は、日本と米国では企業理念やミッション・ステートメントのあり方が、随分違うということだ。内容が違うのはもちろん当然だが、「あり方」が違うのだ。

日本企業の社訓・経営理念 は、大きく三つのパターンに分かれるように思えた。すなわち、(1) 古き創業者の語録、(2) カタカナの並ぶ広告代理店作成風、(3) 主に社員に語りかける訓示的な言葉、の三種類である。 古き創業者の語録は、しばしば毛筆や旧仮名遣いでなされていて、内容もじつに品格高く、高邁である。たとえば、会社設立の目的が

「一つ、真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」

にはじまり、経営方針には

「一つ、経営規模としては、むしろ小なるを望み、大経営企業の大経営なるがために進み得ざる分野に、技術の進路と経営活動を期する」

と書いた、東京通信工業(株)の設立趣意書などはその典型の一つだろう。これを敗戦の翌年である昭和21年に書いた創立者・井深大氏の理想主義にはまことに敬服する。ましてその後の同社の道のり(社名をソニーと変更した)を考えると、感銘深いものがある。しかし、ここまで高踏派ではない創業者ももちろん多数いたようで、もっと町の商人的な、分かりやすい、つまり平凡なレベルの言葉遣いも多い。

(2)については、はっきりいってわたしの趣味ではないので、ここではあえて紹介しない。バブル時代、CI=コーポレート・アイデンティティづくりが流行ったが、結局は広告代理店にロゴマークとスローガンづくりを依頼しました、みたいな印象が強かった。おまけにカッコいいつもりの外来語の多用。(いや、お前のサイトだってカタカナ言葉だらけだろ、というご批判はもちろん承知の上だが^^;)。

(3)のカテゴリーでは、とくに「お客さま」「信用」「品質」「社会への貢献」が、比較的多く使われる言葉である。ここらへん、いかにも日本企業らしいなあ、と感じる。とにかく、比較的短く、情緒に訴えかけるものが多い のも特徴だ。

これに比較して、米国企業のミッション・ステートメント は長く、構造的で、理屈っぽい。主たる文章に、補足説明のパラグラフが並ぶ 例が多い。たとえば、こんな感じだ:

Mission :
 われわれは、クライアントにはすぐれた価値を、スタッフには輝かしい成功を、オーナーには卓越した業績をもたらすべくつとめる

クライアントへの責任
・われわれは、クライアントの成功こそわれわれの成功であると考え、彼らのために献身する。
・われわれは、彼らのニーズを理解し、現実的な助言、効果的な施策、革新的な製品開発など、すぐれた価値を提供することで、つねに彼らの期待を上回るべくつとめる。
・またわれわれは、つねに最先端のメソッドとノウハウを提供すべく継続的な研究を進める。

これは老舗の技術コンサルタントArthur D. Little社のステートメント(の一部)だ。たいへん立派なものである。「米国では会社は株主の所有物で、経営はただ株主利益だけを目的として進められる」と解説されることが多いが、これを読む限り、同社はそう単純には規定していない。会社はクライアント(顧客)と、従業員と、オーナー(株主)の三者に、それぞれもたらすべきものがある、と考えている。

米国の文章は、その多くに、主力の商品・サービスが分かる言葉が入っていることも特徴だ。「自分たちは何者であるか」を、明確に定義する点に主眼があるのだろう。用語で言うと、
- 「顧客の満足」
- 「価値」
- 「社員(スタッフ)」
- 「適切な価格」
などが多く使われる言葉である。 日本と比較すると、信用・品質のかわりに価値や満足がきている点がまあ、面白い。

ジョーンズとカハナーの著書は、単に各社のステートメントを集めただけではなく、実際に各社のキーパーソンに対してインタビューを行い、そうした文章が設定されるまでの過程を取材しているので、非常に興味深い。起草や決定プロセスも様々だ。ただ、これを読むと米国企業では、’80年代にはじめてミッションを文章化したところが多いことに気づく(同書は1995年刊行)。日本でCIとスローガンづくりが流行りはじめたのは前述の通り’80年の終わり頃だが、米国はその約10年先を走っていたわけだ。しかし逆に言うと、’70年代までは米国企業でも、ほとんどはミッション・ステートメントを持っていなかったことになる。

なぜ、米国企業は経営理念だとかミッションだとかの文章を、’80年代に必要とするようになったのか?

ここから先はわたしの推論だが、その理由は、不況と多角化戦略の進行が背景にあると思われる 。米国はいうまでもなく、1945年の第二次大戦終結以後、ずっと経済成長のレールをばく進していた。「GMの利益はアメリカの利益」といわれたのは’50年代のことだ。それが、’60年代終わり頃から少しずつ変調を来し、はっきりと曲がり角にさしかかったのは’70年代半ばのことだった。

それを象徴する出来事は、オイルショックと、ベトナム戦争の終結(敗北)だった。ニクソン大統領が金ドル交換停止を宣言し、ドルの威信がゆらぎはじめたすぐ後のことだ。これによって、安価な石油をガブ飲みする大量消費型の生活(アメ車がその象徴)に、ブレーキがかかることになった。

いわゆる「経営コンサルティング会社」が米国で急速に発展するのも、この時期である。成長が鈍化し、不況に突入したとき、企業は何よりも人員整理と経営の立て直しを迫られた。

その結果とられた方策はなんだったのか? それは、企業買収による多角化であった。M&Aはごく普通の企業戦略ということになった。だが、その結果として、複合的な企業グループが誕生した。いいかえると、「何の会社なのか分かりにくくなった。」

その典型は、長距離バスの代名詞だったグレイハウンド社の歴史に見ることができる。サイモンとガーファンクルの名曲「アメリカ」にも登場する同社のバス事業が、停滞期に入って以降、同社は買収による多角化に打って出ることになる。WikiPediaから引用しよう。

「グレイハウンド社は・・1970年代には巨大な多角化経営企業となり、アーマー精肉会社からダイアル石鹸会社、トラベラーズ・エクスプレスの為替事業、MCIバス製造会社、さらには航空機の貸し出しまで手がけるようになっていた。」(https://ja.wikipedia.org/wiki/グレイハウンド_(バス)) 他に、わたしの記憶に間違いが無ければ、電池のデュラセルも買収していたはずだ。

このような会社が、いったい何をしたい企業なのか、戦略は何なのか、誰も説明できないだろう。もちろん株主にだって分かるまい。だから、’80年代に入ると、あらためて企業自身によるポジショニングの宣言が必要になったのだ。ちょうど米国の経営学も、ポーターらのポジショニング戦略論の全盛時代に突入していた。

では、日本の企業は?

日本企業がバブル時代にアメリカの流行を追いかけたことは、すでに述べた。ただし日本の場合は、むしろ「多角化のために」CIを導入したケースが多い。このころ企業はこぞって、名前から「建設」「観光」など業種を表す語尾をとって、「○○コーポレーション」などのモダンな(?)社名に変更した。昭和の泥臭い創業者社訓から、無味無臭な平成流「経営理念」への転身が行われたのである。

だがバブル景気は長く続かなかった。その後20年以上にわたり、企業は景気低迷時代を過ごすことになる。その間、企業の経営理念の文章はどう変化したか? モダンだがどこの会社にも共通するような優等生的な文章、という点で、あまり大きな変化はなかったように、わたしには思える。それはつまり、差別化も個性化も、十分には希求されなかったことを示している。

わたし達が「理念」やら「哲学」やら「ミッション(使命)」やらの明文化を求めるのは、わたし達が中途半端に豊かになってしまったからである。お爺さんが山に芝刈りに、おばあさんが川で洗濯をする農家に、ミッション・ステートメントは必要なかった。戦後の闇市から東京オリンピック頃までの、誰もが生きるのに必死な時代には、理念なしでも商品を作れば片端から売れた。

その後、成長した経済が曲がり角にきて立ち尽くしたとき、自分で進む方向を決めるために、はじめて哲学や使命が切実になったのである。それはファッションでお隣の先進国がやっているから自分も、といったものではなかったはずだ。言葉というのは、思考を伝達するための道具である。他者に対しても、自分に対しても。言語化することで、わたし達は自分を強化できる。「言葉を大切にする」ということが、組織の『OSレベル』の能力だと繰り返し書いているのは、このためである。

わたし達の社会はもう一度、誰にでも当てはまる優等生的な文章は忘れて、自分の頭で理念を練り直すときにきていると思う。自分が誰か、他とはどこが違うか、何をめざしているのかを、あらためて訴えかけるべきだ。そしてその説明の中心には、必ず「価値」論がくるはずだと、わたしは強く信じている。
by Tomoichi_Sato | 2016-03-27 22:58 | ビジネス | Comments(2)