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書評:「ケセン語訳 新約聖書 【マタイによる福音書】」 山浦玄嗣・訳

ケセン語訳新約聖書 〔1〕マタイによる福音書 (Amazon)

これは、岩手県大船渡市に居を構える医師・山浦玄嗣氏による、ケセン語訳新約聖書の第1巻である。「ケセン語」とは、山浦氏が住む東北・気仙地方の言葉を指す。いわゆる東北弁であり、普通なら気仙方言、あるいは“ズーズー弁”などとしばしば蔑まれる自分たちの言葉を、氏はあえて標準日本語(明治以降に成立した)と対峙する一つの言語として宣言する。それだけではない。彼はケセン語の表記のための独特の変形仮名を創案し、1996年にケセン語文法書を上梓、さらに2000年には「ケセン語大辞典」まで編んだ。

それもこれも、生涯の夢である「故郷の言葉ケセン語で聖書を作る」ための準備であった。そして2002年に、まずこの「マタイ福音書」が出版される。もっとも、これは日本語訳のタイトルであり、ケセン語の正式タイトルは「マッテァがたより」である。福音書という語は、もとのギリシャ語では、良い知らせという意味であり、だからケセン語の語彙にこだわって、「たより」と訳した。マタイと普通呼ばれる著者の名前も、ケセン語の音韻規則に従って変形し、マッテァとなる(その後の「が」は所有格を示す)。

新約聖書の4福音書は、マタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの順に並べられているが、執筆年代は違う。短いマルコが一番古く、ついでマタイ、長いルカときて、独特なヨハネが最後である。ちなみにわたしは山浦氏のケセン語訳シリーズを、「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」と何年間かにわたって読み継いできて、とうとう最後に「マタイ」を読み終えた。氏はさらに震災の後の2011年秋に、日本語訳新約聖書四福音書「ガリラヤのイェシュー」を上梓している。これも非常にユニークな翻訳で、読み終えたらまた紹介したい。

本書のシリーズは、いずれも書籍とオーディオCDがセットの箱入りになっている。CDの中には、山浦氏が自分で朗読した音声が収録されているのだが、これが実に良い。自分で劇団を立ち上げたというだけあって、声もいいし、情感がこもっている。ケセン語訳は漢字かな交じりではあるが、読むには慣れが必要だ。だから、本を眺めながら、朗読を聞くというスタイルが一番いいだろう。そして、それでこそ、土地に密着した言葉の力が直接、心に届くのである。心に訴えかけることこそ、こうした宗教書の一番大切な役割なのだから。

たとえば、有名なイエスの『山上の垂訓』冒頭は、ケセン語訳では、こうなる(ただしケセン仮名はネットで表示できないので普通の仮名で代用する):

「頼りなぐ、望みなぐ、心細い人ァ幸せだ。
 神様の懐に抱がさんのァその人達(ひだつ)だ。
 泣く人ァ幸せだ。
 その人達ァ慰めらィる。
 意気地(ずぐ)なしの甲斐性(けァしょ)なしァ幸せだ。
 その人達ァ神様の遺産(あとすぎ)ィ受げる。
 施しにあだづぎそごねで、腹ァ減って、咽ァ渇ァでる人ァ幸せだ。
 満腹(くっち)ぐなるまで食ァせらィる。
 情げ深(ぶげ)ァ人ァ幸せだ。
 その人達ァ情げ掛げらィる。
 心根(こごろね)の美(うづぐ)すい人ァ幸せだ。
 その人達ァ神様ァどごォ見申す。
 お取り仕切りの喜びに誘う人ァ幸せだ。
 その人達ァ神様の子だって語らィる。
 施すィ呉(け)ろ、呉ろって攻めらィる人ァ幸せだ。
 神様の懐に抱がさんのァその人達だ。」(p.47-49)

もう25年以上も前のある時、山浦氏が教会でこの山上の垂訓のケセン語版を朗読披露した際、聞いていたサクノさんという老婦人がかけよって、「いがったよ! おら、こうして長年教会さ通(あり)ってね、イエスさまのことばもさまざま聞き申してたどもね、今日ぐれァイエスさまの気持ちァわかったことァなかったよ!」と、目に涙を浮かべてよろこんでくれた、という。これが、ケセン語訳新約聖書を作りたい、という気持ちの原点になったそうだ。

ところで上の1行目は普通、「心の貧しい人は幸いだ。」と日本語に訳される。しかし、これではケセン語の話者にとって意味が分からない。「心の貧しい」は、想像力が乏しく気高い心が欠如している、思いやりのない人を指すからだ。山浦氏の巻末解説によると(p.238)、もとのギリシャ語は「プネウマにおいてプトーッソーしている人々」である。プネウマは息・魂で、プトーッソーは貧弱な・乏しいを意味する。そこであえて、『頼りなぐ、望みなぐ、心細い』と内容を訳すことにした、という。

これでは意訳しすぎだ、超訳だ、という批判は(方言の使用云々以前に)あるだろう。そんなことは山浦氏は承知している。そして意訳した箇所は必ず、巻末解説で理由と解釈を説明している。これが実に面白いのだ。彼独自の解釈、いわば『山浦神学』の面目躍如である。

そもそも、翻訳という行為は解釈そのものである。現代は機械翻訳が発達してきたため、かえってこの本質を見失っている人が多い。単に誠実に逐語訳的に単語を置き換えれば、それが中立客観的な翻訳になるはずだ、と信じている。だが、原語に対応する訳語が複数ある時、どの訳語を選ぶか決める時点で、すでに翻訳者の価値観や美学が入るのだ。

その一つの例が「」である。キリスト教は愛の宗教だ、とか、神は愛なり、といった言い方をするクリスチャンが多い。だが山浦氏が指摘しているように、もともと日本語の『愛』という字は、慈愛という言葉で分かるように、上位者から下位者に抱く感情を指す。ペットを愛玩し、蒐集物を愛蔵し、家臣を寵愛し、顧客が店を愛顧する。ギリシャ語の『アガペー』を明治時代の先賢が、愛という言葉で訳してしまったが故に、「人間が神を愛する」という倒立が生じてしまった。

ところで昔のキリシタンは「お大切にする」という言い方をしたという。これはアガペーの本質を見事に表した言葉である。「汝の敵をも愛せ」より、「憎い敵であっても、その人間を大切にしろ」という方がずっと伝わってくるし、また立派なことにも思える。そこでケセン語訳では「大事(でァず)にする」となっている。

似たような、しかしもっと違和感のあるキリスト教特有の言葉に、「主(しゅ)」がある。「主なる神」といった風に使う。神は人間の主(あるじ)だ、というのはユダヤ教の旧約時代からの概念・感覚である。だが現代日本で「主」といって意味の分かる人が、どれだけいるだろうか。まして、イエスが布教に行った先の村で、はじめて出会った婦人が、(まだクリスチャンでもないのに)イエスに向かって「主よ」と呼びかけるのは明らかに奇妙ではないか。

この「主」は、スペイン語ならセニョール、ドイツ語ならヘールで、どちらも普通の男性への呼びかけだ。だからケセン語訳では「旦那(だな)様ァ」という呼びかけになる。この方がずっと、わたし達の腑に落ちよう。

むろん、「こんな翻訳は冒涜行為だ」との批判をかなり受けただろうことは、容易に想像できる。その底流には、東北方言に対するいわれなき偏見も、しばしば沈潜していたに違いない。しかし誰も両親を選べないように、母語も選べないのだ。である以上、自分の言葉に誇りを持ちたい、心に響く言葉を使いたい、という感情も当然ではないか。それに、そもそもイエスだってガリラヤ出身で、なまっていたのだ。一番弟子のペトロが、イエスの審問の行われている大祭司邸に忍び込んだとき、「お前もあの男の仲間ではないか、その訛りで分かる」と言われたのが、何よりの証拠である。

本書の冒頭に、カトリック仙台司教区の溝部教区長が跋辞を寄せており、その中で、キリスト教の『土着化』のことが論じられている。これは初代教会の時代からの問題で、1998年のアジアの司教会議でも、“土着化されないといけない”という抽象的結論は出たものの、具体的にそれが何を指すのか誰にも分からず、試行錯誤が続いている、という。だが山浦氏の労作はそれを具体化しようと実践している。だから「日本司教協議会は本書を試行錯誤の過程にあるものと理解して、出版を励ましております」(p.3)と書かれている。

そういうわけで、わたしもこのケセン語訳のシリーズを非常に面白く読み、また大いに考えさせられた。キリスト教はヨーロッパで発達してから近代日本に再輸入されたため、どうもひどくバタ臭いところがある。それは一部の人には魅力になっただろうが、多くの人はむしろ敬遠する理由になったのではないか。そういった違和感を超えるべくなされた努力には、敬服である。キリスト教という宗教に多少興味のある人だけでなく、言語とは何か、翻訳とはどういう行為か、を考えたい全ての人にお勧めできる良書である。そして、このような困難な書籍の印刷発刊を行い、じつに美しい装丁で提供してくれた版元のイー・ピックス社にも敬意を捧げたい。


(追記)
 なお本書セット(書籍とCDの箱入り)自体はすでに絶版状態だが、書籍はオンデマンド出版で、また音声はダウンロードで、それぞれ版元のイー・ピックス社から入手可能である。




by Tomoichi_Sato | 2017-04-15 10:21 | 書評 | Comments(0)

書評:「スティル・ライフ」 池澤夏樹・著

スティル・ライフ」 池澤夏樹・著 中公文庫(Amazon)


「この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。」

この不思議な小説は、こんな風にはじまる。『スティル・ライフ』というタイトル、そして冒頭の文章の主語の選び方とセンテンスの結び方、抽象的な叙述の仕方などから、この作者はよけいな湿り気のない、透明度の高い文体で物語をつむごうとしていることを、読者はまず感じる。

続く最初のシーンでは、バーの高い椅子に座る「ぼく」と友人の、静かな対話が描かれる。その友人は、水のグラスをじっと見ている。何を見ているのかとたずねる「ぼく」に対して、彼は、ひょっとしてチェレンコフ光が見えないかと思って、と答える。宇宙から振ってくる微粒子が、グラスの水の原子核と衝突すると、かすかな光が出る。それを待って、というのだ(これはスーパーカミオカンデの観測原理だが、この小説発表当時はまだ存在していなかった)。

わたしは池澤夏樹という作家について、ほとんど何も知らぬままこの小説を買って読み始めたのだが、どうやら理科系的な資質の人らしいと、この辺で感じる。たしかに本の見返りの作者紹介には、北海道で生まれ、国立大学の物理学科を中退した、とある。もちろん、理系文系の区別など、便宜的なものでしかない。東工大を出た吉本隆明より、青山学院の英文を出た姫野カオルコの方が、よほど非情緒的でクラリティの高い文章を書く。でも、どうやらこの小説は理系読者に好ましい、何か不思議な魅力を持っている。

主人公の「ぼく」と、友人の佐々井は、ともに染色工場で働いていて知り合いになった。工場で働く主人公というのも、今どき珍しい。色番号を指定して糸を染める工場の工程を、作者は「ロットサイズ」などの言葉を使いながら淡々と、正確に記述する。その仕事で何がカギになるのか、何に人々は悩むのかを、手短な文章とエピソードから描いていく筆致は、なかなか達者だ。

「染色なんて、分子と分子が勝手にくっつくのに、人は少々手を貸しているだけなんだ。」——人には手の触れられない領域がある。人が全てをコントロールすることはできない。この小説には、分子とか星とか、他の小説には滅多に出てこないような単語がときおり登場して、主人公や読者たちの視線を、ふいに遙か遠い所へと誘う。『遠い視線』、これこそが池澤夏樹の小説の魅力だろう。

物語はその後、佐々井の提案によって意外な方向に展開していく。それは、ふつうなら欲望とスリルにあふれた、波乱含みのストーリーになるはずの話だ。だが、遠い視線から語るこの小説では、どこか淡々と、ひどく静かにことが運んでいく。そう、まるでタイトルの示す「静物」のように。

「大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
 たとえば、星を見るとかして。」

冒頭の文章に続くこの段落こそ、透明な叙情性に満ちた本作品の方向性を決定づける道しるべ、記念碑なのだろう。その後、同じ作者のエッセイも少し読んでみたが、やや理屈っぽく生硬な部分があって、必ずしも読みやすいとは感じられなかった。だが、この作品は本当に素晴らしい。端正で静謐な、若い文学としての美しさに満ちている。本作品は1988年の中央公論新人賞と芥川賞を受賞した。



by Tomoichi_Sato | 2017-02-25 16:56 | 書評 | Comments(0)

2016年のベスト3(書評)

このところ書評を書くペースが遅くなって、読み終えた本と書評を書いた本の差が広がるばかりです。そこで昨年読んだ中のベスト3を選んで、サッと紹介することにします(といいつつ、この書評すら1月中にはかけなかったのですが^^;)。

1.山本芳久「トマス・アクィナス 肯定の哲学」(慶應義塾大学出版会) 2016/03/27 読了


素晴らしい本だった。昨年一番の収穫だろう。

トマス・アクィナスは13世紀の人だ。彼の時代はイスラム世界経由で入ってきたギリシャ哲学の衝撃に、キリスト教が大揺れした時だった。しかし彼はアリストテレスの論理性に正面から向き合い、伝統的なキリスト教観を見直すことすらためらわずに、思考の地平を広げた。そして、入門書として未完の大著「神学大全」を残した。

本書はその中で、トマス・アクィナスの『感情論』を手掛かりに、世界の動的な構成を考える。トマスは、「キリストの愛とは何か」を考えるために、まず「人間の感情とは何か」、ついで「神に感情はあるか」を検討する。そして人間の感情を11種類の原型に分類し、それと善(倫理)との関係を問うていく。最終的には、『愛』がもっとも根源の感情であり、それを善の共鳴と応答という枠組みでとらえた上で、キリストの意志と感情との間に葛藤があったのかどうか、という問題に切り込んでいく訳だ。

わたしは、マネジメント論の研究がひと段落したら(といっても、いつかわからないが…)、「感情の研究」に取り組みたいと、ずっと思っていた。それは心理学とか脳科学とかからのアプローチになるだろうと想像していたが、思わぬところに切り口があって、驚きだった。

しかし、トマス・アクィナスという人の体系化思考って本当にすごい。かねてからトマスはわたしの敬愛する人だが、まことにシステムズ・アプローチの模範である。心底敬服した。


2.オースティン・アイヴァリー「教皇フランシスコ」(明石書店) 2016/11/05 読了

教皇フランシスコ――偉大なる改革者の人と思想(Amazon.com)

たまたまキリスト教関係の本が2冊並んだが、偶然だ。それにしてもこの本は、衝撃的だった。

2013年、教皇ベネディクト16世の突然の退位を受けて、急遽集まった枢機卿たちの中から、南米アルゼンチンのホルヘ・ベルゴリオが新しい教皇に選ばれる。イタリア系移民の子とはいえ、新大陸からカトリック教会の最高位が選ばれたのは史上初だ。彼は「フランシスコ」という聖人の名前を選ぶ。滞在したローマの小さなホテルに荷物を取りに行くとき、「チェックインしたときは、別の名前だった」という名台詞を残す。ブエノスアイレスでは賃貸アパートから地下鉄で司教邸に通い、ローマにいくときはエコノミーで飛んだ彼は、その清貧さと気さくな人柄で、すぐに大きな人気を得る。

しかし、彼はアルゼンチンでは「笑わない司教」で知られていた。彼が若くしてイエズス会の管区長の地位に就いたとき、かの国は軍政による独裁の下にあった。「汚れた戦争」と呼ばれる、一種の国内対テロ戦争によって、数万の市民が誘拐され拉致され、密かに殺害される時代が長く続いた。教会は、そうした国の体制に寄り添う伝統的な保守派と、「解法の神学」を信奉し民衆の中に入り込んで政治化した改革派とに引き裂かれつつあった。ベルゴリオはその中で、細い中立の道筋を、綱渡りのように歩まなければならなかった。

彼が教皇に就任したとき、初のイエズス会出身者ということに注目が集まり、とかくの噂を立てる者もあった。しかしこの本を読むと、彼は20年間にわたりイエズス会とは断絶状態にあり、教皇就任後にようやく和解したこともわかる。それも解法の神学を奉じる左派の修道士の処遇に発した対立だった。この人は改革派の教皇とよばれることも多いし、この本の原題も「偉大な改革者」だが、しかしふるまいは非常に慎重で、ある意味、したたかである。そうでなければ自分の信念を推し進めることのできない、危険な環境にいたのだ。現代世界で最も注目されるリーダーの肖像として、また独裁社会でのサバイバルの教本として、とても面白い。


3.生井英考「ジャングル・クルーズにうってつけの日」(岩波現代文庫) 2016-12-31読了


ジャングル・クルーズにうってつけの日――ヴェトナム戦争の文化とイメージ (岩波現代文庫)(Amazon.com)

1975年4月、サイゴンが陥落してベトナム戦争は終結する。超大国アメリカが、はじめて東南アジアの小国に戦争で負けたのだ。本書はアメリカ文化を通して見た、このベトナム戦争のイメージについての本である。それは高揚から鼓舞、緊張、不安、焦燥そして困惑へとたどる道のりだった。著者は60年代初めから80年代に至るまで、本・写真・映画・ラジオ・音楽など、あらゆる文化の局面を丹念にたどって、アメリカ社会の中でのベトナム戦争のイメージをたどっていく。学者らしい丹念な調査と、とても魅力的な編集能力と文体の組み合わせが、本書の面白さをきわだたせている。

それにしても、何と奇妙な戦争だったのだろう。第1章のタイトル「戦争は9時から5時まで」に象徴されるように、米兵は夜になると戦闘をやめ、土日も週休二日で戦闘をやめ、祝日もあれば休暇もある、そういう「仕事」だった。その上、大義も目的もよく分からない、『名誉なき戦争』。危険を何とかしのいで2年間の兵役を勤め上げ、故郷に帰れば、「危険な帰還兵」扱いされる。まことに不条理である。

いまにして思えば、1975年の南ベトナム大統領府の陥落は、すなわちアメリカの国力がピークを過ぎて下り坂にさしかかったことを意味していたと気づく。その後のアメリカは好況と不況のサイクルを繰り返しつつ、次第に産業自体が空洞化していく。そして、その気分の中には奇妙な空虚が忍び込んでくる。それが、「敗戦」の経験と意味に、正面から向き合わなかった社会の運命なのだ。著者は決して、こうした病状を断罪しようとしたりしないし、勝った方が正義で負けた方が野蛮だという「戦勝史観」でものを見たりもしない。そこには、アメリカの大衆への細やかな愛着と、アメリカ社会の欺瞞に対するやりきれなさが、通奏低音のように響いているだけだ。60-80年代の米国文化に興味のある人に、強くお勧めする。

by Tomoichi_Sato | 2017-02-02 00:12 | 書評 | Comments(0)

書評:「AさせたいならBと言え」 岩下修・著


AさせたいならBと言え」 岩下修・著  明治図書・教育新書(Amazon) 


人を動かすのは難しい。

マネジメントという言葉はいろいろな意味を持つ多義語だが、中核には「人を動かす」という行為がある。自分が直接手を動かして、成果物やアウトプットをつくり出すことは、立派な仕事だが、マネジメントではない。人に働いてもらうことが、マネジメントである。わたしがプロジェクト・マネジメントを人に教えるときには、最初にそのことを力説する。

現実にはマネジメントだけに専念する人は少なく、たいていは自分も手を動かしているだろう。わたし自身だって、職場ではそうだ。ただ、自分でやることと、人に頼んで動いてもらうことは、頭の中で明確に区別している。後者の場合は、計画を立て、作業分担を決め、アウトプットを指定して、やってもらわなければならない。

ところが、これが難しい。

あれほどきちんと伝えたはずなのに、ぜんぜん動いてくれない。あるいは、こちらの思ったこととは全く別のことをやろうとする。やってくれるのはいいのだが、必要以上に暴走する。問題が生じても隠してしまう。結局しかたなくプロダクトを引き取って、ほとんど一から自分で修正したりしてすると、“何のために人に頼んだんだろうなあ”、などと思わずつぶやくことになる。わたし達の問題のかなりの部分は、人が思ったように動いてくれないことから生じるなと、よく感じている。

マネジメントの第一歩は「言葉にすること」だ。これもわたしが講義などでいつも強調することである。マネジメントが人を動かすことである以上、(テレパシーでも使えない限り)わたし達は相手に、言葉で伝えなくてはならない。だから、言葉にするためのスキルが必要である、と。人に教えているくらいだから、自分でも自覚していて、それなりにはっきりと言葉にして伝えたはずなのに、なぜ相手は思ったように動いてくれないのだろうか?

マネジメントに似た概念に、『リーダーシップ』がある。リーダーシップとマネジメントの違いは別の所に書いたから繰り返さないが、ともに<人を動かす>点では共通である。ただ、リーダーシップの場合は、ふつう同じ職能集団の中で人をリードするため、影響力を行使するしかない。命令権はないのが普通だ。むしろ、自分が本来は命令できないような相手を動かす力を、リーダーシップの発揮とよぶ。

一方、マネジメントは通常、上司部下などの関係があり、業務命令や給与査定など強制力を発揮できる。従わせる力があるのだ。である以上、相手が従わないとなると、むしろ相手の態度を疑うことになる。あるいは、理解力を。

そう。この問題に対する一番簡単な解釈は、「相手は頭がわるい」と考えることだ。愚かだから、こちらの言ったことが分からないのだ。あるいは、従わないとどうなるか、考えもできないのだ、と。だが、それで問題が解決するだろうか? 右見ても左見ても、世の中馬鹿ばっかりだ、というのは真実だろうか。真実だとしても、それで自分のやりたい仕事をうまく達成できるだろうか?

そう思い悩んでいたとき、ふと、大きな書店の教育書の棚で、この本を見つけたのである。「AさせたいならBと言え」。タイトルはどういう意味だろうか。著者は小学校のベテランの先生だ。たしかに相手が小学生なら、理解力はそうとうに低いに違いない。先生という職業は、学童生徒から見ると、おおきな「権力」を持った存在である。そして毎日、理解力の足りない生徒に指示を与えなくてはならない。ここに、何かマネジメントの悩みにヒントがあるのではないか。

早速買って読んでみた。そして驚いた。序文の中で、著者は、自分の娘(小学3年生)が友達の家に遊びに行くというとき、“車に気をつけて道を渡りなさい”というかわりに、こうたずねたというのだ。

「さゆりちゃんの家に行くまでに、いくつ道路を渡るの?」(p.17)

娘さんは頭の中で道順をたどりながら、「三つ」と答える。そこで「三つ渡るんだね。気をつけて渡りなさいよ!」と送り出したらしい。こうすれば実際に道路に出てからも、やりとりを思い浮かべながら、あ、一つめだ、などと思いながら渡っていくだろう。単に“気をつけて”と指示するよりも、ずっと「言葉に中身が入ったのだった」(p.18)

わたしは舌を巻いた。単に命じずに、たずねる。そうして、相手の頭の中に、想像という知的な働きを巻き起こす。これによって、命じられたことをする、あるいは、しない、よりも別の次元に、行動を引き上げるのである。自分で考えたことは、自分自身の主体的な行動になる。

もう一つ例を引こう。朝礼のとき、並んだ子ども達を先生の方を向かせるため、まっすぐに立たせようとするとき、

「目をこちらに向けなさい」「前の人の頭を見なさい」

などとよく言ったりするが、これはあまり役に立たない。なぜなら「内面の働きがゼロだからだ」(p.41)。しかし、

「先生の後ろの1年生の教室を見なさい。部屋の中に何があるか探してください」

というと、顔が急に「知的」になる。「一年生の教室」が子どもの好奇心、遊び心をゆさぶったのである。視線を前に向けると、身体もリラックスしてくる。子ども達に、自ら思考を展開できる状態が生じる。「前の人の頭を見なさい」では、視線が統制され、次の思考の構えができない(p.93)という。

これが、『AさせたいならBと言え』の根幹である。Aさせたいときに、Aしろ、と命じても大して役に立たない。Bを問うて、頭の働きを呼び起こす。このとき、「説明・指示の言葉は、ハッとさせるような比喩の言葉を用意しよう」(p.60)という原則を、著者は提示する。これが、人を動かすときの勘所らしい。

指示だけでなく、質問を出すときも同様である。どこかに見学や旅行に行ったとき、子ども達に、気がついたこと・学んだことを、そのままたずねてもダメだ。なぜなら、目に見えないコトは、単純な心の持ち主である子ども達には理解しがたいからだ。いきなりコトを聞いても、子どもは考える手がかりがつかめない。そこで、

「一番良かった場所をいってください。その場所で、とくに心に残っていることを言ってください」(p.160)

とたずねる。つまり、抽象的なコトではなく、具体的な場所や人を手がかりに、きくべきなのである。

ちなみに、朝礼の場面では、

「おへそをこちらに向けなさい」(p.32)

というのも有効だ。顔や目(A)ではなく、おへそ(B)を向けろ、という。子どもは、小さなモノに注意が向く(p.127)からだ。

それにしても、この原則を、『AさせたいならBと言え』という単純かつ忘れがたい言葉に凝縮した点が、著者の知恵であろう。そしてBの言葉の中に、「ゆれのないモノ」の提示をせよ、という。「ゆれのないモノ」とは、具体的には、「物・人・場所・数・音・色」であるとして、種々の例を挙げる。この本はそうした、100以上の魅力的かつハッとする例がのせられている。たとえば、

合唱の時に、「(タクトの代わりをしている)先生の人差し指の爪を見なさい。ここに、みんなの声をぶつけてください。」(p.128)

体育館でざわついているとき、「みなさん、雨の音が聞こえますか。雨の音をじっと聞いてください。」(p.202)

といった具合だ。とくに著者は、「ゆれないモノ」を選ぶ基準として、地を背景に明確に浮かび上がる「特異点」としてのモノを提示せよ(p.128)という。「おへそ」などはまさに、そうした特異点である。だから子ども達の注意をひくのだ。

ただし、こうした特異な指示の言葉は、半年に一回程度しか使えない。「子どもを動かすのにいかに有効な言葉も、使いすぎると、たちまち、力は弱くなる。どんな『図』もすぐに色あせ、『地』に向かう」(p.208)からである。

そういう意味で、『AさせたいならBと言え』のBを探すためには、指示を出す側もつねに頭を使って、考え続けなければならない。「物・人・場所・数・音・色」は一種の定石、ないしガイドラインなのである。

繰り返すが、Aさせたいときに、「Aしろ」というだけでは、相手の中に知的で主体的な働きは起こらない。とくに相手が子どもではなく大人、それも「自分は知的だと信じている」大人であるときこそ、うまく言いかえなくてはならない。知的と言っても、たいていは決まり切った枠組みや方向にしばられているから、それを解きほぐすような、ハッとする比喩や意外な質問を探す必要がある。

だから、この本に出ている例は、そのままいつでも引用して使える「正解集」ではなく、わたし達の側が、頭を絞って言いかえるための題材集なのである。読者に正解(A)を言うのではなく、具体例(B)を与えて、読者の側の思考を引き起こす。おお、まさにこの本自体、『AさせたいならBと言え』という構造になっているではないか! なんと素晴らしい(^^)。


<関連エントリ>


by Tomoichi_Sato | 2016-12-14 06:56 | 書評 | Comments(0)

書評:「人間の安全保障」 アマルティア・セン著

人間の安全保障 (集英社新書) - Amazon.com

アジア初のノーベル経済学賞受賞者、アマルティア・センの名前をはじめて知ったのは、佐伯胖の「『きめ方』の論理 ―社会的決定理論への招待―
を読んだときだった。社会的決定の問題を扱う同書の中で、センの有名な「リベラリズムのパラドックス」の定理や、「パレート伝染病」の概念による見事な問題解決に舌を巻いた覚えがある。

センと再び出会うのは、数年後に、会社の英会話教室で、先生から課題としてわずか2頁の雑誌記事を読むよう渡されたときだった。記事では、インドなど発展途上国における飢饉について、その原因は天候や農業の不作ではない、という驚くべき分析が示されていた。それは食料を買うためのお金や市場での配分割り当て、彼の用語で言う”Entitlement"が欠乏していたために引き起こされるという。それは天災ではなく人災であり、適切な政策によって防止可能だというのだ。その短い解説記事の著者が、アマルティア・センだった。

センはインドのベンガル地方に1933年に生まれ、英国ケンブリッジ大学で博士号を得た経済学者である。その研究領域は、集団的意思決定に関する公理論的数学手法による検討から、いわゆる厚生経済学、とくに貧困問題まで幅広い。1998年にはノーベル賞を受賞している。

本書は、その彼が行った短い講演などを集めたものである。薄い新書版だが、その内容は結構濃い。目次は以下の通りだ。

・安全が脅かされる時代に
・人間の安全保障と基礎教育
・人間の安全保障、人間的発展、人権
・グローバル化をどう考えるか
・民主化が西洋化と同じではない理由
・インドと核爆弾
・人権を定義づける理論
・持続可能な発展 — 未来世代のために

「民主化が西洋化と同じではない理由」など、やはりアジア人でなければ書けない視点だ。また「人権を定義づける理論」は、他の講演と合わせて『ですます調』で翻訳されているが、じつはかなり本格的な理論的論文である。

だが本書の中心的テーマは、やはり『人間の安全保障』Human securityである。その概念を確立するため、彼は2001年に設置された委員会の議長を、緒方貞子氏と共に務めている。人間の安全保障とは何か。なぜ通常の、国家の安全保障national securityだけではダメなのか。

それは、国家が安全でも、その国民一人ひとりが安全とは必ずしも言えない時代に突入しているからである。国民の安全は、無論、国家の安全に依存する。だが、国が一応安泰なのに、多くの国民が餓えや病気に苦しむ可能性があるのが、現代なのだ。

「<人間の安全保障>は、(経済・社会の)安全な下降に真剣に目を向けることに重点を置いています。(中略)景気の下降は、成長の過程で取り残された人々、つまり解雇された労働者や万年失業者などがおかれた慢性的に不安定な状況に、追い打ちをかけます」(p.39)と、彼は言う。「成長と拡大による利益の配分が不均衡で公正でないことは、かねてから議論されてきました。しかし、たとえその問題がうまく処理されても、景気が急降下すれば、無防備な人々の生活は、きわめて苦しい状態に追いやられるかもしれません。経済の拡大とともに、人々の生活が全体的に向上したとしても、暮らし向きがわるくなるときは、得てしてその転落の度合いに極端な差が生じます。」(p.39)

これに対抗するためには、国民一人ひとりが、自衛の方策をもつ必要がある。それが教育であり、経済的自立であり、また女性の平等である。彼は1999年にノーベル賞の賞金を使って、インドとバングラデシュに「プラティチ基金」をつくり、社会的な男女平等の達成を図ろうとする。

「女性の教育と識字力の向上が、子どもの死亡率を下げる傾向があることに関しても、多くの証拠があります。(中略)女性のエンパワーメントには、これまでたびたび指摘されてきた、男女の生存率に見られる格差(とくに若い女性の生存率の低さ)を縮めるのにも大きく影響しているようです」(p.31)

「わたしがマーブブル・ハクのために作成した『人間的発展指標』には、識字率と学校教育を、人間の潜在能力を増大させるための中心的存在として、また<人間的発展>の総合的な指標に不可欠なものとしています。」(p.25、故マーブブル・ハクはパキスタンの経済学者で、<人間的発展>の概念を主唱した)

彼の言う『エンパワーメント』とは自己決定能力のことを指す。必要なものを入手し、利用できる法的・社会的・経済的パワーを含む能力や、資格を備えることである。センは上に述べたエンタイトルメントやエンパワーメントなどのように、よく世間で使われる用語に、独特の概念定義を持たせて使うので、読者は注意が必要である。『ケイパビリティ』という述語もその一つだ。

「自由を得る機会については、一般に『ケイパビリティ』という考え方が有意義なアプローチを示してくれます。ケイパビリティとはすなわち、人間の生命活動を組み合わせて価値のあるものにする機会であり、人にできること、もしくは人がなれる状態を表します。」(p.151)

ここには彼の中心的な思想が現れている。通常の経済学者は、財貨を得て人が豊かになることを望ましいことととらえ、また経済効率が最大化するような財の配分は何か、という問題を立てる。そして、一種の目的関数としての「効用」を仮定する。お金が増えれば、効用も増大する。ところが、センのアプローチは異なっている。彼は、財貨の増大を目的ではなく手段だと考える。何の手段か? それは人が持つ自由な選択肢を増やすための手段なのだ。(わたし流に言うと『自由度』である)

「効用に注目するのではなく、人間としてふさわしい条件としての自由の重要性に注意を傾けることから始めれば、私たちが自らの権利と自由を称えるだけでなく、他の人々の重要な自由に関心を向けることにも、行動を起こす理由を見出せるようになります。」(p.147)

お金をたくさん持てば、一般に人間の自由な選択肢も増える。ただし、場合によっては、そうならない時もある。たとえば、あなたが500万円出せば、社長も500万円分を補助して、1千万円相当の会社の株を得ることができるとしよう。当然、あなたの財は増えた訳だ。ところが社長曰く、「この補助は固定株主を増やすための施策だから、君は退職するまでは決してこの株を売ってはならない」という。それでもあなたは幸せだろうか。あなたの効用は増しただろうか? むしろ自由に使えたはずの500万円を何十年間も固定されて、不満に思うのではないか。アマルティア・センの議論を、わたしはこのように理解している。

インド出身の彼はさらに、先進国の勝手なふるまいが、個人や社会の安全保障を脅かす危険も指摘する。

「国連安全保障理事会の5常任理時刻は、1996年から2000年にかけての世界の武器輸出のうちの81パーセントに関与していました。アメリカだけでも、世界の武器総売上の50%近くのシェアがあります。そればかりでなく、アメリカの武器輸出の68%が開発途上国向けでした。」(p.63)

このような主張が、すべての人の耳には快く響かないことも事実だ。それどころか、「貧困と国家間の不平等が研究テーマ」と聞いただけで、そいつは左翼だ、などと決めつける輩が出てくるのが、今日の時代である。アマルティア・センが左翼だなどと聞いたら、彼の夫人の父親であるロスチャイルド男爵は笑うだろう。ただ彼は、人間社会を良くするためには、経済学のみでなく倫理学の研究も必要だと、信じているだけである。そして実際、高度な数理論理学を駆使して、倫理学と経済学の共通課題である意思決定理論を構築したのである。本書には数式は一切出てこないが、入門のための格好の一冊だろう。


by Tomoichi_Sato | 2016-10-03 22:36 | 書評 | Comments(0)

書評:「アルベマス」 フィリップ・K・ディック著

アルベマス (創元SF文庫)」大滝 啓裕・訳 (Amazon.com)

カリフォルニア州バークレイの街の住民ニコラス・ブレイディは、やや気むずかしい妻と小さな息子、それに猫と一緒につつましく暮らしていた。市内の大学にも通ったのだが中退し、レコード店の店員として平凡に過ごす彼の日常は、ある日、奇妙な神秘体験とともに激変することになった。啓示のように下った指示に従い、彼は住み慣れたバークレイの街を離れ、南カリフォルニアのオレンジ郡にうつって「プログレッシブ・レコード」社に上級職を得たばかりか、6歳の息子に先天的疾患があることを見抜いて治療を受けさせる。こうした一連の神のような啓示を与える主体を、ニコラスは「巨大にして能動的な生ける情報システム」Vast Active Live Intelligence System = VALISと名付け、人工衛星を中継した星からの通信であると信じるに至る。(「情報」はInformationではなく、Intelligenceである点に注意)

その頃、南カリフォルニア出身の上院議員フレマントは、政敵たちを巧みに葬り去り、反共主義をバックにして、大統領の座に上りつめる。トップの地位に就いた彼は、「アラムチェック」という地下組織がアメリカ国家をおびやかす重大な脅威になっていると宣言する。そして、右翼の青年グループを組織して、「アメリカの友」FAPという、武装して制服を身につけた若者たちの集団を作り上げる。彼らは警察の別働隊として、警察の黙認のもと、疑わしい人物を召喚尋問したり襲撃したりするようになる。

ニコラスもある日、FAPのメンバーにオフィスを訪問され、プログレッシブ・レコード社を訪れる反体制傾向のある歌手志望者を密告するよう要請される。だが、彼らの口ぶりから、真の狙いがVALISの把握と破壊にあると察知したニコラスは、友人の作家フィルに相談する。しかしフィルもまた、麻薬常習者の疑いをかけられ、FAPによる尋問や秘密の家宅捜査をうけているところだった。彼は麻薬は一切手を出していないのだが、仲間のハーラン・エリスンが序文で不用意にも彼の作品を、「マリファナの影響下で書かれた小説」などと紹介したために、FAPのブラックリストに載ってしまったのだった。その彼はまさにSF小説を一本、書き上げたところであった。ソヴィエトの強制労働収容所をモデルに、アメリカが警察国家になってしまう話だ。題名は『流れよ我が涙、と警官は言った』だった・・

本書は、フィリップ・K・ディックの遺作となった『ヴァリス』に先立ち、その数年前に書かれた姉妹作品である。同じテーマ・同じ登場人物名を持つけれど、生前は発表されなかった曰く付きの作品だ。彼がなぜこの小説をお蔵入りにしたのかは分からない。たしかに第二部の最初の部分はややだれるし、ディックお得意の現実崩壊感覚には乏しいが、後半のサスペンスの盛り上がりと緊迫感は、さすがストーリーテラーである。ディックの小説を読むのは本当に久しぶりだけれど、なかなか面白かった。

この小説は、(視点は一般市民の側から書かれているが)「独裁国家の作り方マニュアル」という点でも一級品だろう。フレマントは動乱の’60年代を生き延び、ケネディ大統領や弟ロバートの暗殺の後の政治的空白をついて、選挙で合法的に大統領の地位に就く。同時に、仮想的な地下組織という国家の敵を設定する。そして武装した若者による親衛隊的組織を作り上げ、警察や諜報部門からの情報を与えて、反体制活動家たちを襲撃・無力化していく。

彼らは教育・メディア・宗教・司法を影響下におき、さらに国民の間に相互監視と密告のためのシステムを作り上げて、国民がお互いに対して疑心暗鬼になり、団結できないような社会的素地を生んでいく。これは皆、20世紀のファシスト党やポルトガルのサラザール政権が、巧みに実践したことだ。その時代、もはや企業も役所も、支配するのは名義上の経営者や署長ではなく、党であった。ここまで行けば、あとは党内反対派の粛正、そして非服従民族の強制移住による絶滅策に進むだけで、これはナチス党やスターリンの共産党が邁進した政策だ。文化やイデオロギーの違いにかかわらず、独裁国家のやることが似ている点は、不気味である。

ディックが晩年抱いた「ヴァリス」VALISというイマジネーションは、こうした恐怖社会を中和し解体するための「神の助言」システムであるらしい。本書のニコラスの生い立ちや、神秘体験で息子の疾病を予言したことなどは、じつはディック自身の体験である。それをきっかけに、彼は初期キリスト教、とくにグノーシス主義(極端な禁欲主義と二元論を奉じる一派で、後に異端と断じられた)のシンパになっていく。本書にも「魚のシンボルをつけてギリシャ語を話す若い女性」など、随所にその影響を感じることができる。だから本書でも後半、ニコラスと友人フィルは、VALISからフレマント大統領の意外な正体について、啓示を得ることになる。

結局、ディックはこの小説を下敷きにしながら、ほぼ同じ登場人物とプロットで、あの哲学的で難解な『ヴァリス』を創作する。それはまあ、本書の変奏だといえよう。だが彼は続いて、遺作となった『聖なる侵入』を書く。これは邪悪な社会システムに支配される地球に、再度、神性が侵入し救済しようとするストーリーだ。わたしが今のところディックで一番好きな作品だが、ある意味SFとしては、本書の真の意味での「転生」だといえるだろう。

本書はサンリオSF文庫の最後の一冊でもあった。奥付を見ると、87年刊行となっている。この後、サンリオSF文庫はすべて絶版となった。わたしが買ったのがいつだったかは覚えていないが、買ってからたぶん20年以上、積ん読状態だったと思う。本はワインのように熟成する訳ではない。だが、読む時機を得ると、ある種の小説は迫真性を増すのだと、あえて付け加えておこう。
by Tomoichi_Sato | 2016-08-07 18:18 | 書評 | Comments(0)

書評:「アナバシス 〜敵中横断6000キロ〜」 クセノフォン・著


アナバシス―敵中横断6000キロ (岩波文庫) (Amazon)

紀元前401年。西ユーラシア世界で圧倒的な力を持つ大国ペルシャ王家には、内紛が生じていた。ダレイオス(ダリウス)2世の没後、王位を継いだ長兄アルタクセルクセスに対し、弟のキュロス王子は謀反の意志を抱く。彼は当時、エーゲ海に近い現在のトルコ西部を統治していたが、勇猛果敢で知られたギリシャ人の傭兵1万数千人を密かに集め、手勢とともに、兄王のいる都バビロンに向かって上征をはじめる。本書のタイトル「アナバシス」とは、『登り、上征』を意味するギリシャ語である。

キュロス王子とギリシャ傭兵軍団は、小アジア半島を横断し遙か遠路を突っ切って、バビロンに急進する。兄王の動員できる軍勢の方が、人数は明らかに多い。だが、(ペルシャは)「国土と人口の巨大なる点では強力である半面、連絡路が長大で兵力が兵力が分散しているために、急戦をしかけられたとき場合には弱体をさらすのである」(p.37)。彼らはシリア、アラビアをへて、現在のイラク南部にあるバビロン目前まで到達する。ここまでですでに1500キロ以上の行軍だろう。

ところがバビロン近郊クナクサの戦いで、血気にはやったキュロス王子は乱戦中に命を落とし、なかば手中にあった勝利を逃してしまう。そして敵中に取り囲まれたギリシャ人傭兵1万数千は、敵王に降伏して許しを嘆願するか、包囲網を脱出して故国まで帰る道を探すか、いずれかを選ばなくてはならなくなる。

このとき、部隊の中にいたアテナイ(アテネ)出身のクセノポン(クセノフォン)という、まだ30歳そこそこの若手が隊長達の議論に加わって、脱出の戦いを進言する。理路整然たる弁論の力で、事実上の指揮官の地位についた彼が、真っ先に命じたことは、なんと軍が所有する運搬用の馬車と、野営用の天幕と、余計な糧食・荷物をすべて焼き捨てることだった! 彼はいったい、何を考えたのか?

クセノフォンは、哲人ソクラテスの直弟子の一人である。彼が遺した「ソークラテースの思い出」(メモラビリア)は、若い頃読んで以来、わたしの座右の書となった。騎士階級に生まれた彼は、ギリシャ全土を巻き込んだ内戦であるペロポネソス戦争の暗い時代に育つ。戦争自体は前404年にアテネ側の敗北で終わるが、彼はソクラテスの元で学び薫陶を受けた後、荒廃したアテネの現状に見切りをつけ、ペルシア行きを考えるようになる。相談を受けたソクラテスは、デルポイ(デルファイ)の神託をたずねることを勧める。

だがクセノフォンが実際にアポロンにたずねた問いは、無事に旅たち帰国するためには、どの神に祈願すべきか、であった。それをきいたソクラテスは、それ以上彼を引き留めることはしなかった。そしてクセノフォンが出立した2年後、ソクラテスは偽善的な弁論家たちの讒訴によって、刑死するのである。(この間の事情は「メモラビリア」に詳しい)

さて、ペルシャ王の軍勢を辛くも逃れたクセノフォンたちギリシャ傭兵軍団は、チグリス川沿いに北上して雪深い古代アルメニアの山中に分け入り、さらに山脈を越えて黒海沿岸まで北上する。その間、謀略あり裏切りあり戦闘あり分裂ありだが、ともあれ最後には5千人のギリシャ兵士たちが、エーゲ海に近いペルガモンまで帰還する。それが、この「アナバシス」の物語である。

クセノフォンは名文家として知られ、著書も何冊か残している。とくに、上記の「メモラビリア」と並んで、古代の農園経営を論じた「オイコノミコス(家政について)」は有名で、現代の経済学”Economics”という名称は、この著作のタイトルから由来している。ソクラテス門下の同輩であるプラトンが、哲学や美学といった抽象的学問を創造したとするならば、クセノフォンは経済学や家政学など実学の基礎を築いたのである。

本書「アナバシス」の一つの特徴は、クセノフォンの従軍記であり回想であるにもかかわらず、すべて三人称で書かれていることだ。それも自分自身は、第3巻になってようやく「さて、部隊の中にアテナイ出身のクセノポンなる者がいた」という風に登場(?)してくる。なぜ彼がこのような書き方をしたのかは不明だ。しかし、登場してくる人物たち一人一人に、的確な人物批評をしている点が、本書の魅力でもある。たとえば、プロクセノクスという将校については、「彼は善良で優秀な人間を統括する能力はあったが、部下の兵士たちに敬意や恐怖心を抱かせる能力は十分でなく、部下が彼を憚るより、むしろ彼の方が兵士を憚るほどであった」(p.105)と書く。こんな風に客観的な人物論を展開したいからこそ、三人称を選んだのかもしれない。

また、出てくる数々の固有名詞や、距離・人数・物量・金額などの数字の詳細さにも驚くべきものがある。これはクセノフォンの記憶力がすごかったというよりも、むしろ正確に記録をつけておくことに、こだわったためではないかと想像する(彼より70年後になるが、アレキサンダー大王は進軍をはじめたときに、カリステネスという従軍史家を随行させたほどだった)。こうして記録をとっておくことによって、次の行軍で過去の教訓を生かせるからである。記録をつけずにすべて曖昧な記憶に頼るということは、結果として、計画をやめて出たとこ勝負、気合いと勘と根性に頼って行動することになる。「航海日誌をつけない船長の船には乗りたくないし、プロジェクト日誌をつけないプロマネの仕事はしたくない」とわたしが思うのは、このためである。

電話も無線もなくGPSも正確な地図もない時代の行軍とは、いかなるものだったのか、現代に生きるわたし達にとってはなかなか想像が難しい。移動は基本的に、徒歩である。ペルシア軍は機動性の高い騎兵をもっていたが、ギリシャ傭兵たちにはそれもほとんどなかった。遠隔地との連絡は、伝令によるしかないのだ。そのような時代の戦記だが、それでも非常に面白く、かつ勉強になる。なぜなら、道具立てのハードウェアは随分違うが、人を率いるときのあり方、戦略の立て方と決断、リスクと危険の予知、弁論と説得と交渉、そして未知なる相手の評価といった、リーダーとして必要なソフト・スキルは、現代とほとんど変わりがないからだ。

その分、わたし達は2400年前と比べて、あまり進化していないのだとも言える。だとしたら現代の軽佻浮薄な人士のビジネス書などを読むよりも、時代の風雪に耐えた古典を学ぶべきではないだろうか?
by Tomoichi_Sato | 2016-05-31 21:14 | 書評 | Comments(0)

書評:「アプリ開発チームのためのプロジェクトマネジメント」 稲山文孝・著

アプリ開発チームのためのプロジェクトマネジメント ~チーム駆動開発でいこう!~」 稲山文孝・著
(Amazon.com)

なかなか面白い本である。著者の稲山文孝氏は大手SIerの(株)エクサで、プロジェクト監査・推進部門におられるベテランで、わたしが主査を務める「プロジェクト&プログラム・アナリシス研究部会」にもしばしば顔を出される。PM手法の展開と普及に熱心な方で、だからIT業界向けに本書を執筆されたのだろう。

世の書店にはPM関係書はすでにかなり充棟しており、拙著「世界を動かすプロジェクトマネジメントの教科書」もその末席につらなっている訳だ。だが、その多くは米国発「グローバル標準」であるPMBOK GuideⓇの解説を中心にしている。

一方、PM本の主要な読者層はIT業界人であり、PM関連団体・学会のイベントなどに行ってもたいてい参加者の8割方はIT業界だ。だが、日本のIT業界人、とくにSIerの求めるものと、米国PMBOK Guideが与える記述との間にはギャップがありすぎて、正直戸惑っている人も少なくないと思う。本書は、そのギャップを埋めようとする数少ない本の一つだろう。

本書はストーリー的な構成になっている。元々、プロジェクト・マネジメントはフェーズが進むごとに違う道具立てが必要なので、小説的な構成に向く。おまけに、図表だけでなくイラストが多い。イラストは、かわいいキャラ(全員女性)である。ちょっとラノベ風テイストともいえる。こういう本は、わたしにはとてもかけない。すごいなあ。

登場人物は4人。主人公は「ボク」こと、新入社員のシンコちゃんである。彼女を含むプロジェクト・チームは3人(他にインフラ関係のチームがパートタイムで支援することになっているが、本には登場しない)。まず、プロマネのレダさん。レダといえばギリシャ神話に登場する美女なので、後で双子の卵でも産むのか、と思ったのだがそうでもない(笑)。どうやら「リーダー」なのでレダさんという名前らしい。

もう一人は技術リーダのアキさんで、こちらの名前はアーキテクトだからアキさんなのだろう。ということは、主人公は新人の子だからシンコなのかな(登場人物の名前というのは、意外と書き手にとって悩ましいものなのである)。そして4人目は、プロジェクトを後見人ふうに見守る、優しい「先生」。先生というのは、社内研修の講師やレビューアーを務めるからで、まあPMOのメンバーとも思われる。

取り組むプロジェクトの設定は、流通業向けWeb開発である。それも、ウォーターフォールではなくアジャイル風だ。ソフト開発だけで、ハード構築は入らない(らしい)。契約形態は準委任。期間は6ヶ月間で、2ヶ月単位のイテレーションを3回、まわす計画である。

本書の解説の最大の長所は、プロジェクトを回していくために必要な知識を、4つの知識層に区分していることだ。4つとは以下の通りである(p.107):

(1) マインドセット層
・運営ルール、朝会、対人関係能力、概念化能力など
(2) ツール&テクニック層
・チケットシステム、カンバン、構成管理ツール、開発環境
・テスト実行ツール、エビデンス整理ツールなど
(3) システム開発手法層
・ウォーターフォール/反復/(アジャイル)スクラム/XP
(4) プロジェクトマネジメント管理層
・プロジェクト計画書、各種管理要領
・PMBOK/PRINE2/P2M

ちなみに、わたしがこのサイトで使ってきた区分では、プロマネの仕事の領域は下記のようになる:
A 「固有技術」の領域
- これは、ソフト開発では、ソフトウェア工学に相当する。プラント分野では化学工学とか機械工学、建設プロジェクトなら建築学や土木工学など。
B 「管理技術」の領域
(管理技術は、さらに二種類に区分できる)
- ハード・スキルとしての「マネジメント・テクノロジー」(WBS, CPM, EVMSなど)
- ソフト・スキルとしての「OS」層 (計画重視、言葉を大切に、契約責任制など)
両者の対応関係を整理してみると図のようになる。用語や概念は異なるが、マッピング可能になっている。
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従来のIT分野のPM論の問題は、この4つの層がごっちゃに議論されがちだったことにあったのではないか。つまりアジャイルかウォーターフォールか、チケットシステムやカンバンは有効か、朝会は是か非か、プロジェクト計画書づくりに意味はあるのか、等々。これらは(互いに関係はあるが)別のレイヤーに属することだ。とくに、開発方法論はソフトウェア工学に直結している。

そして、どの開発方法をとるかによって、プロマネが重視すべきPM技法の組み合わせが変わってくる。だが、だからといって、プロジェクト・マネジメントが独立した技術領域をもっていることにかわりはない。

逆にPMBOK Guideの様な標準書は、汎用性を重んじるため、固有技術の領域には立ち入らない。しかし、それはプロジェクトマネジメント計画書が固有技術にふれなくてもいい、という意味ではない。逆である。プロジェクトの基本的な手順は、どのような固有技術を適用するかに依存している。橋の建設プロジェクトは、橋梁の工法に依存している。当たり前の話だ。固有技術と管理技術は車の両輪なのである。

ところで、本書のサブタイトルは「チーム駆動開発」である。最初わたしは、「計画駆動開発」への反語なのかと思った。だが著者によると、従来型の「指示と統制」による開発プロジェクトと対比したい、という意図だとのことである。つまり、オーケストラ型ではなくジャズバンド型を目指そう、とのメッセージが込められているのだろう。

もっとも、これはチームの人数にもよると思う。チームがたった3人なら、PMの目がすみずみまで届くし、互いに意見も言いやすい。しかしこれが300人だと、PM一人では見切れない。その結果、中間管理層が増えて、上意下達的になりがちだ。PMBOKはどうしても米国のトップダウン文化を反映して上意下達的だが、規模の大小を無視して、同じプロジェクト・マネジメント手法を使ってはいけないと、わたしは考えている。

本書では、プロジェクトチームの目標と、メンバー個人ごとの目標を立てているのもとても良い。ちなみにシンコちゃんの目標は、「自立した一人前のエンジニアになること」だ。そして、半年後には『高い目標だった』と肯定的にふりかえっているところを見ると、随分と潜在能力の高い新人なのだろう(笑)。

この種の本を書いた者の立場から見て、ストーリー作者が迷ましいのは、「どこまでプロジェクトにトラブルを起こすべきか」である。トラブルは読者を引きつけるサスペンス要素の源だ。プロジェクトがあまり平坦だと、読者はあきてしまう。しかし、問題が大きすぎると、解決方法がウルトラC的になり、リアリティが減ってしまう。おまけに書き手には、自分の登場人物は、あまりひどい目には遭わせたくない、という心理が働く(プロの作家は別かもしれないが)。難しい点である。本書ではプロジェクトは「ある意味異常な」くらい(p.211)うまく進んでいく。ここは著者の優しさなのかもしれない。

本書は文中で引用されている参考図書が多く、非常に幅広い点にも感服した。たとえば、「学習スタイルには、分析型、行動型、そして観察型の三つのタイプがある」という、Marcus Backinghamによる説(p.138-139)。これによると、
- 分析型は事前の学習時間を十分とる
- 行動型は早く未経験の環境に置く
- 観察型は手本になるベテランの傍らで仕事を俯瞰的に見ながら模倣させる
が適切らしい。

また、ふりかえりを、プロジェクト進行中の要所要所でも、また完了時にも行っている点もすばらしい。これは受注型ビジネスではおろそかにされがちだからである。とくに、「ふりかえりはプロジェクトの物事に対して行い、人に対してはしない」(p.213)という注意点も的確だ。ふりかえりには、KPT(ケプト)というチャートで表現する方法を書いている。KPTとは、Keep. Problem, Tryの頭文字で、この三つに分類してまとめるのである。

なお、本書ではアジャイル風開発のプロセスと、それに特有なマネジメント手法を学ぶことができると期待したが、それほどは感じられなかった。

最後に、本書を読んで感じた疑問点を、二つだけあげておきたい。

第一の点は、「プロジェクトマネジメント管理」という用語である。マネジメントと管理では、言葉が重なっていないだろうか? なんだか個人的にはしっくりこない点であった。

二番目の疑問は、準委任契約なのに、PMのレダさんはなぜ一括請負風のコスト管理やスケジュール管理をしているのか? であった。準委任契約とは、レストランで、コースはでなくアラカルトで食べるようなものだ。総コストが予算内に入るかどうかは、発注側が責任を持つのが原則ではないか。

この点について著者にたずねたところ、
「アジャイル開発ではプロジェクトの中で開発テーマを決めて、ワークロード内で優先順位の高い機能を実装します。このとき、テーマは予算内で収まるように委託元と委託先で合意しながら選択していくので、(発注側と受注側の)双方でコスト管理をしていると言えます」
とのことであった。

ともあれ、IT分野でのプロジェクト・マネジメント入門書としては、とても親切で分かりやすい本だと思う。初学者のSEの皆さんにおすすめしたい。
by Tomoichi_Sato | 2016-02-07 14:43 | 書評 | Comments(2)

書評:「反哲学入門」 木田元・著

反哲学入門 (新潮文庫)」 木田元・著 (Amazon.com)


何年も前のことだが、テレビをつけたら読書番組をやっていた。1冊の本を取り上げて、何人かで語り合う趣向の番組だ。たまたまその日取り上げられていられたのが、この木田元・著「反哲学入門」だった。ところでその日のゲストの1人だった若い男性タレントは、この本を与えられたときに、「うわー。どうしよう」と思ったんだそうな。

なぜ「うわー」と思うのか。わたしは少し、不思議に感じた。でも多分それは、哲学の本なんか読んだことがないし、読めた代物ではない、とこのタレントさんが頭から決めてかかっていたからだろう。読めもしないものを、番組のディレクターが押し付けるわけは無い。だがこの人にとって、哲学は自分に全く無縁のものなのだった。

そう思いこむようになったのは、このタレントが無学だからでも、頭が悪いからでもない。哲学業界の方が悪いのだ。もっと言えば、日本の西洋哲学業界が、だ。哲学を普通の人の手の届かない祭壇の上にまつげあげることによって、自分たち特殊な業界人の飯の種にしてきたのだ。この本はそのことに対する批判から始まる。

ITは西洋哲学の非嫡子だ。別のところでわたしは、そう書いた。だから、ITを専門の仕事とする人は、西洋哲学を少しは勉強しなければならない、と。

こんなことを言うのは、日本広しといえどもまぁ、わたしぐらいだろう。他にいるとしても、ごく少数だ。それは、日本の西洋哲学業界が長年行ってきた、「哲学隔離政策」の結果なのだ。そのことが、日本のITを貧しくしてしまっている。創造性を損なってしまっている。非嫡子とは、子供だが正式な跡継ぎではないと言う意味だ。だが親の特徴を、数多く受け継いでいる。世界は論理的に再構成可能だという信念、抽象化への強い希求、モデリングと分類のためのアプローチ・・そうしたことを多くの人が、知らない。

この本の第1章のタイトルは「哲学は欧米人だけの思考法である」だ。ここに著者・木田元の考え方の最大の特徴がある。哲学という言葉は、しばしば「人生論」や「思想」と混同されるが、別のものである。それは真理にアプローチするための方法論である。

「私は、日本に西欧流のいわゆる「哲学」がなかった事は、とても良いことだと思っています。」(p.22)
日本人は自然の中に包まれて生きて、自分と自然全体を区別してみることはしない。しかし「西洋と言う文化圏だけが超自然的な原理を立てて、それを参照にしながら自然を見ると言う特殊な見方、考え方をしたのであり、その思考法が哲学と呼ばれたのだと思います。」(p. 23–24)

西洋哲学は存在論と認識論を中心に展開してきた。きりきり舞いしてきたと言っても良い。西洋哲学の歴史は、大雑把に言ってプラトンから始まり、中世・近世を通じて発展するが、ニーチェのあたりで根幹が揺らぎだす。本書は、プラトンの師匠であるソクラテスから、ニーチェに影響を受けた20世紀のハイデガーまでを、大づかみな名人の筆致で生き生きと描きだす。

中でも哲学史の重要な転換点を作った、アリストテレスや、デカルト、カントらについては、彼らの生きた時代背景や生涯についても詳しく記述している。また日本では哲学だとか形而上だとか質料、客観など、漢語で訳されている言葉についても、元のギリシャ語やラテン語にさかのぼって、詳しくその本来の意味や変遷について書いてくれている。

ソクラテスとその弟子プラトン、そのまた弟子のアリストテレスの3人は、ギリシャ哲学の基礎を築いた。ソクラテスは「無知の知」を駆使した対話法で、それ以前のギリシャ的な自然思考を根こそぎにした。その空白地帯に、プラトンは「イデア」を中心とした存在論を打ち立てる。イデアは認識の世界の中にのみ存在する、抽象的な構造を持つ類(クラス)である。それは具体的な質料と形相という属性を持つことにより、個物(インスタンス)となる。

アリストテレスは論理学の創始者であり、言葉(記号)とその代入操作による真偽の論証を行った。ここら辺の考え方は、今日のコンピュータ科学に極めて忠実に継承されていることがわかる。

ギリシャ哲学の成果は、古代末期にいったんイスラム世界に受け継がれ発展される。そして中世にヨーロッパに逆輸入され、理性の主役の座に返り咲くのである。その最大の立役者が、私の敬愛するトマス・アクィナスであった。つづくルネサンス期と対抗宗教改革の時代、思潮はアリストテレス的な客観主義から新プラトン主義に揺り戻しがくるのだが、ギリシャ哲学の枠組みは変わらなかった。

だが科学革命の進展とともに、自然を数学的法則の対象としてとらえようとする考え方が広まってくる。17世紀初頭に現れたデカルトの問題意識はそこにあった。デカルト座標系によって幾何学と数学を統一した彼は、量的諸関係で自然を洞察する理性を、論拠として確立する必要があった。このデカルトの『理性』というのが、著者によれば、我々日本人にとって誤解を招きやすいくせ者なのである。

というのは、キリスト教の枠組みの中にいるデカルトにとって、「『精神』つまり『理性』は神の創造した実体であり、わたしたち人間のうちにあっても、いわば神の理性の出張所のようなものだからです」という(p.152)。したがって、「こうした意味で『理性』としての『私』の存在の確認が、果たして近代的自我の自覚ということになるものかどうか、わたしには疑問です」(同)

ともあれ、かくして哲学は「理性主義」(合理主義とも訳される)の時代に入った。イギリス経験主義という批判勢力はあったが、啓蒙的な時代にあって、理性主義はさらにカントとともにもう一つの曲がり角を曲がる。カントはデカルトが住んでいたキリスト教的理性主義の枠内を脱して、先天的認識(幾何学と数論)によって現象界を理解することこそ、われわれ人間の認識能力の本質だ、と主著『純粋理性批判』で論じる。

「カントは、これまで『われわれの認識が対象に依存し』、模写するのだと考えてきたのを180度転換して、『対象がわれわれの認識に依存している』と考え直すことによって問題を解決した」(p.180)。その結果、「神を理論的認識の対象にし、それについていろいろ論じたり主張したりしてみても、ナンセンス(幾何学・数論・理論物理学では手が届かないから:佐藤注)だということになります。」(p.185)

かくして、哲学はカントにおいて、キリスト教の保証と裏書きをはなれて、自由に行動することができるようになったわけだ。ただ、著者は同時に、カント以後、哲学者は大学教授の仕事になってしまった、と指摘するのを忘れない。そのおかげで、哲学書は難解で専門用語の乱舞するものに変わっていく。「哲学書の文体がはっきり変わってくるのです」(p.188)ーそのことが、冒頭に述べた、普通の市井の人と、哲学との間に壁を作っていくわけだ。

とはいえ、西洋哲学はギリシャ哲学のしっぽを無くしたわけではないと、わたしは思う。たとえば、カントの主著といえば、『純粋理性批判』『実践理性批判』それに『判断力批判』だ(ただし、念のためいうと、わたしはカントの本など1行も読んだことはないが)。この3冊は、とりもなおさず、認識論・倫理学・そして美学についての本である。ということは、つまり彼は「真・善・美」というギリシャ人のいう人間の三つの徳を、ずっと探求していたわけではないか?

さて、19世紀後半に入ると、ニーチェや、エルンスト・マッハなどが現れ、近代化と結びついたドイツ観念論哲学の理性主義・科学的世界観に反発を加えるようになる。マッハは有名な物理学者で、超音速を測る速度単位は彼の名前に由来する。またカトリック教徒で、以前書評で紹介した物理学者パウリの、幼児洗礼の名付け親でもあった。

マッハとニーチェは、「二人ともダーウィニズムから決定的な影響を受けた」(p.206)点で似ている。ギリシャ文献学者としてキャリアをスタートしたニーチェは、西洋哲学の長い歴史をすべて「プラトン主義」と断じ、そこからの脱出をはかった「反哲学者」であった。だからこの後、20世紀の西洋哲学の系譜は、現象学・論理実証主義・実存主義・構造主義と錯綜し、もはや誰が正統な嫡子か分からなくなってしまう。

哲学は複雑な問題を言語化し、分析し、伝達・説得するための枠組みだ。説得に「真理である」ことの保証を使う。ただし西洋哲学は、プラトン以降、「超自然的な原理を参照として自然を見る、という得意な思考様式」が伝統になった(p.25)。そのために、自然的世界は客観的な、いいかえれば自己から断絶された、分析と操作の「対象物」「材料」になってしまう。

その結果、西洋哲学は「自然に生きたり、考えたりすることを否定している」と著者は断ずる(p.24)。「ですから、日本に哲学がなかったからといって恥じる必要はないのです。」(われわれ日本人は)「『哲学』を理解することはムリでも、『反哲学』なら分かるということになるのだろうと思います」(p.26)


(ただし、プラトン主義を否定したニーチェの反哲学の考え方は、彼に影響を受けたハイデガーらとともに、ナチズムに吸い込まれていったことを忘れてはいけない。これは、プラトンのイデア論の形成にあたって、ユダヤ教の影響があったと著者が示唆しているのを考えあわせると、実に暗示的なことである。)

本書は、そうした研究を重ねてきた著者が、晩年、胃がん摘出手術の回復期に、編集者を相手に行った対面的講義の本である。だから話し言葉で、非常に読みやすいし、複雑な述語はそのたびに丁寧に解説してくれている。

たしかに西洋哲学は、自然に対する特異な発想法や、言語への過剰な執着が、肌に合いにくい。しかし、そういうわたし達も、西洋人の作った道具でコミュニケーションし、西洋人の作ったルールで経済的に競争し、西洋人の作った枠組みで発想することにならされてきた。である以上、彼らの思考法を学ぶ価値は十分にある。そして、自分が反対するものをこそ、総合的・徹底的に調べ尽くすのが、西洋人のやり方であり、この点は見習うべきではないか。

わずか500円程度のこの薄い文庫本で、その流れと文脈が見通せれば、とても価値ある買い物である。正月のゆっくりした休暇に、読むべき本としておすすめする。

<関連エントリ>
 →「書評:「137 ~ 物理学者パウリの錬金術・数秘術・ユング心理学をめぐる生涯」 アーサー・I・ミラー」 

by Tomoichi_Sato | 2015-12-12 00:52 | 書評 | Comments(0)

書評:「アラブの春」の正体 重信メイ・著

「アラブの春」の正体 欧米とメディアに踊らされた民主化革命 (角川oneテーマ21) 重信メイ・著 (Amazon.com)

2010年12月初旬、わたしは『日本アラブ経済フォーラム』に出席するため、北アフリカの地中海岸の都市、チュニスにいた。2年に一度開かれるそのフォーラムは、日本とアラブ諸国が経済協力のあり方を話し合う場で、その時は日本から外相・経産相をはじめ高級官僚、経団連の委員など、総勢200名以上の参加者があったはずだ。アラブ諸国からもそれ以上の参加者があった。

チュニジアの首都チュニスは、対岸のシチリアにも少し似て風光明媚な街であった。わたし達は、美しい景色やカルタゴの遺跡とともに、治安の良さとイスラム色の薄さにも驚いた。石油の出ないチュニジアは観光と製造業に力を入れており、欧米からの旅行客を呼び込むために、非常に努力してきたとのことだ。金曜日のモスク礼拝が信者の義務であるイスラム社会であるにもかかわらず、土曜と日曜が休日なのもその一つだ(他のアラブ社会では木金か金土を休む)。また、若い男女が連れ立って、夜の街をデートして歩いている。隣国のアルジェリアから来た同僚は、信じられないという面持ちで見ていた。

ただしチュニジアの治安の良さには、負の面もあった。噂では、あの小さな国に、ドイツに匹敵する数の警官がおり、多くは私服として国民を監視しているという。また世俗的で開放的な政策をずっと推進してきたベン・アリ大統領は23年間もその座にあり、親族の汚職の話題も絶えない。

しかし、あの会議に集まった数百人の参加者のうち、チュニジアでそのわずか半月後、一人の青年の焼身自殺をきっかけに国民的な反政府運動が国中に沸き立ち、ベン・アリ政権が崩壊することになるとは予想しなかったに違いない。それどころか、その運動が他のアラブ諸国に飛び火して、『アラブの春』と呼ばれる現象になるとは、たぶん誰一人として想像できなかっただろう。

本書は、日本とレバノンを活動拠点として活躍するジャーナリスト・重信メイが、チュニジアの「ジャスミン革命」が始まって2年後の2012年10月に書いた解説書である。まだ現在進行中の出来事を扱っているため、すでに今日と状況が変わっている部分もある。たとえばエジプトはムバラク大統領が失脚し、当時はイスラム同胞団のモルシ大統領政権だったが、その後周知の通り軍のクーデターが起きてモルシは拘束された。イエメンはサウジアラビアが空爆を行い、リビアはカダフィの死後、事実上の分裂状態が続いている。また「イスラム国」ISの記載もない。

とはいえ、日本人にとって分かりにくい「アラブの春」の一連の動きについて、著者はアラビア語の現地報道などに即して、手際よく見取り図をまとめている。国別に状況は多様であるが、著者の意図をくみつつ、わたしが理解したのは以下の点である。

(1) 「アラブの春」という共通現象は存在しない。それは実はキャンペーンの名前である

(2) そのキャンペーンは、主に欧米の大手メディアが喧伝しているが、中心にいたのはカタールの放送局アル・ジャジーラであった

(3) チュニジアの革命は、どんなに長く続いた独裁体制も、意外に脆い事実を近隣諸国に示した

(4) 近隣諸国の住民たちは、長く続く政権の腐敗(それが王政であれ共和政体であれ、また親米国であれ反米国であれ)に抗議の声を上げるようになった。その運動にはイスラム同胞団など原理主義傾向の強い団体も荷担した。エジプトはその典型である。

(5) 利権を持つ欧米諸国は、危機感を抱いた一部のアラブ諸国と手を携えて、自分たちと利害の反する国の指導者を放逐する活動をはじめた。それを民主化革命の応援であると位置づけ、「アラブの春」の名を利用した。これがリビアのカダフィや、シリアのアサド、そしてイエメンのサレハに対して実際に起こったことである。


著者の重信メイは、日本人の母とパレスチナ人との父の間で1973年に、レバノンのベイルートで生まれた。ベイルートのアメリカン大学を卒業後、2001年に日本国籍を取得、同志社大学メディア学専攻の博士課程を修了し、ジャーナリストとして活躍している。ちなみに母は日本赤軍のリーダーとして有名な重信房子であるが、著者自身は極左ではないし、頑迷な反米思想の持ち主でもない。むろん、独裁政権の腐敗を嫌う程度にはリベラルといえるが、本書も極力、ジャーナリスト的に中立な立場で書かれている。

中東およびアラブ諸国の現象が分かりにくいのは、元々は言語・宗教・風習を共有する一つの広大な地域だったところに、現代的な「主権国家」概念を無理に持ち込んで、国境線で分断したためである。この分断にあたって、欧米諸国の利害と、首長達の思惑が重なり合ったことが、問題を複雑にしている。またイスラム教もわたしたちの文化からは遠く、なじみがない。だが、そういいいながら、わたし達の社会は、この地域から産出される化石燃料に多くを依存している。

そして、(たいていの日本人は気づいていないのだが)中東社会の多くの人は、日本人に親近感と期待を抱いている。どういう期待か? それは欧米の旧宗主国とは違い、妙な利権も軍事的利害関係も持たぬ中立な近代国に対する期待である。わたしは請負業者としてあの地域を多少旅したことがある程度だが、それでも、そうした期待を肌身で感じたことが何度かある。そしてわたしの商売は、あの地域が平和でないと成り立たない商売でもある。

自分の商売の利得のために、他国の平和を願うというのは、さほど立派な話ではないが、利益のために他国の戦争を望むよりはマシであろう。ただ、わたし達が具体的に、この地域に貢献できることは少ない。その少ないことの一つが、現地をよく知るジャーナリストの報告を読み、より多角的・複眼的に中東を理解しようと試みることである。リビアが直接民主主義をとる高福祉社会だったとか、エジプトでは軍が金融機関を持ち自分で商売していたとか、サウジにはいまだに奴隷制に似た制度が残っているとか、初めて知る意外な事実に本書は満ちている。

2015年度のノーベル平和賞はチュニジアの「カルテット」(国民対話のための4者委員会)が受賞した。この受賞を予期していた日本人は、外交の専門家でも多くはなかったに違いない。わたし達が自分の頭の中の地球儀の歪みを直すためにも、もっとこうした書は読まれていいと思う。
by Tomoichi_Sato | 2015-10-21 19:08 | 書評 | Comments(0)