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「ITって、何?」 第17問 IT業界で成功する秘訣はあるの?(その2)

<< パラダイム・シフト=IT産業は対話劇のシナリオのように発展する >>

「世の中ってなんだか不公平にできているのねえ。それじゃ、中小企業は永久に大企業に勝てない、ってことじゃない。」

--ところが、いつでもそうとは限らないところが面白いのさ。さっきもあげたように、一度は市場の5割以上を席捲した製品が没落してしまうことがある。

「ああ、そうだったわね! ねえ、どうして?」

--それはね、パラダイム・シフトのせいなのさ。

「あら、妙なことを言うわね。パラダイムってのは本来、科学哲学の用語よ。パソコンの投げ売りにどうして世界観が関係あるの?」

--ここでパラダイムとよんでいるのは、皆が物事を考えるときの暗黙の基盤のことだ。ITの場合は技術的な基盤かな。
 ITの世界は階層的な構造になっていて、お互いにある程度独立分業になっている。パッケージ・ソフトの下には(たとえば)データベース・ソフトがあり、その下にはOS(基本ソフト)、PCハード、CPU・・という風になる。そして、それぞれの層は独自に進化していくんだ。

「だるま落としみたいに、つみ重なっているけれど、上に乗ってるだるまはそのままで、下の方の木だけを入れかえられる、ってこと?」

--そう、ふつうはね。
 ところがね、すぐ下の基盤におおきな革新が起こってパラダイムが変わってしまうと、それまで立脚していたメリットが足元から崩れてしまう。

「それでだるまが落ちてしまうという話なの? なんだかよく分からないわ。例で説明してくれない?」

--たとえばね、昔々、1-2-3という表計算ソフトがあった。これはMS-DOSというOSの上でメジャーだった。キーボードからすべてを操作できて、画面には基本的に文字だけでできた表が並んでいく。早いし、そこそこ多機能だし、結構人気だった。
 しかし、OSのパラダイムがグラフィックとマウス中心のWindowsに移ってしまうと、1-2-3のキーボードを最大限活用した強みがひっくりかえってしまった。そして後発のExcelに席を奪われたんだ。
 ExcelはもともとApple社のMacintoshという、グラフィックスとマウス中心のOS用に開発されたものだった。よってたつパラダイムが違うんだ。

「パラダイム、ねえ・・」

--もともと、類似の機能を持った製品では、いったん優劣が決まった市場をひっくり返すのは至難のわざだ。だから別種の機能を発明して差別化をねらうんだね。これが進化の原動力で、新機能がソフトの使われ方・考えかた自体を変えてしまうほどのインパクトをもつ場合、新しいパラダイムの発明といっていい。

「あなたのいうパラダイムって、そうすると戦うときの土俵のようなものなのね」

--そう、土俵だね。
 じつは1-2-3だって、最初はそうやって登場した。もともと「表計算」というジャンルはApple II用のVisiCalcが発明したものだった。1-2-3はその中核機能をまねしながら、さらにグラフ機能やデータベース機能などを加えた「統合型表計算ソフト」として、新しくIBMが導入したPCの上で登場して、あっという間に市場を席捲してしまった。そして、その命運はMS-DOSというOSとともにつきることになったという訳だ。

「つまり、同じ土俵の上で逆転負けしたのじゃないのね。」

--そう。土俵自体がとりかわってしまう。これがIT産業の特徴だ。
 IT産業の市場争奪劇は、なんだか対話劇のシナリオに似ているとおもう。一人がある主張をする。別の人間が出てきて対抗する主張で圧倒する。それでけりがつくかと思うと、三人目が出てきて二つの対立点を乗り越えるような新たなテーゼを提出する。決して野球の試合のように同じラウンドのくり返しにはならないんだ。
 とくに、新しいパラダイムの発明とともに新しいジャンルの市場が生まれることで全体のパイが膨らんで行く。だから分岐独立の法則がなりたつのさ。

スケール・アップの法則

「そんなに簡単にパラダイムって発明できるの? ようするに世界観でしょ、普通そんなにすぐ乗り超えられないものだと思うけど。」

--そりゃ、この世界には伝説的な天才が何人も出てるからなあ。現在のユーザ・インタフェースの原形を考えたアラン・ケイ、Wordの産みの親チャールズ・シモニイ、unixをつくったトンプソンとリッチー・・あのビル・ゲイツだって、本当の天才は商売の抜け目なさにあったのかもしれないけれど、でもBASICを当時の小さなPCに実装したときはやっぱり一つの発明だったといえるだろうな。

「そうやって、天才が現れては新しいパラダイムを創造して、世界を変えていったと信じている訳ね。」

--やはり、そうとしかいえないもの。

「馬鹿みたい! いっちゃ悪いけど。」

--おいおい、なんだって?

「怒ったのなら、ごめん。でもね、そんな、天才が世界を動かして行くなんて、19世紀ロマン主義みたいなことを、いまだにIT屋さんが信じているんだとしたら、ずいぶんおめでたい幼稚な状態だと思うわ。」

--幼稚! 言ってくれるじゃないか。じゃ、君には何かい、パラダイムの進化のしかたについて、別にきちんとした説明でもあるんだろうな。え?

「別に無いわよ。でもね。さっきの数式をいじり回してへんてこなモデルを引き出していたあなたはどこにいったのよ? 天才がいるのならいてもいいわ。でも、その天才が登場できる必然というのがどこかにあるべきよ。」

--何をいいたいのかぼくにはわからないね。

「私はね、ただ、天才が偶然現れて歴史を動かして行く、というような『天才史観』には賛成できないだけ。一緒に検討して見ましょうよ。さっきのだるま落しだっけ? あれって、ほんとに最初から横に切れ目が入っていたの?」

--??

「土台、つまり構造の下の部分が変わったから、上に乗っている上部構造もひっくり返った、って説明だったでしょ。ITってそんなにきれいに階層の分かれた仕組みだったの、最初から?」

--・・うーん。歴史を最初からたどってみると、そうともいえないかもな。本当に最初に弾道計算の計算機が発明されたときは、ハード・ワイヤードだった。

「ハード・ワイヤード。・・ハード・ボイルドとはちがうものよね。」

--すべての計算ロジックが直接ワイヤー(電線)で電気回路に組み込まれているものを、ハード・ワイヤードと呼ぶ。そこには、ハードウェアとプログラムの区別はなかった。その区別ができたのは、天才フォン・ノイマンが現れて、命令を機械語としてデータと同様に保存しようと考えたときからだった。

「ふんふん。つづけて。」

--続けて、って、何を。パラダイムの歴史をかい?

「うん。ただし天才はいいから」

--やれやれ。プログラムは当時一度限りだった。しかし、計算機の状態を同時にモニタするプログラムが現れて、それが進化してOS=基本ソフトになった。さっき名前を出したブルックスは、IBMではじめて汎用的なOS/360をつくった責任者だ。
 このころまではね、プログラムは計算機メーカーがつくるもんだった。しかし次第に複雑化するに従い、第三者にも技術を公開して作らせるようになった。このときはじめて、ソフトウェア産業というものが生まれた。計算機それ自体は、ソフトウェアと区別するためにハードウェアと呼ばれるようになった--何笑ってるんだい?

「だってへんてこな説明するんですもん。Hardwareって金物のことで、古くからある英語よ。Hardware shopといえば金物屋。コンピュータ屋さんがそれを勝手に転用したんでしょ。HardをもじってSoftwareという言葉を作ったのよ。」

--あ、そ。まあ、それはともかく、プログラム自体も生産性を上げるために、高級言語と呼ばれるものが登場してきた。それから、データ量が巨大化すると、高度なファイル・システムが必要になって・・。

「だいたいわかったわ。あなたも、もう、わかったでしょ?」

--何が? ・・ははあ、階層構造は最初からあったのじゃなくて、次第に生まれてきたということかい?」

「そうみたいね。出てくる言葉はよく分からないけれど、でも聞いてると、ITの歴史って分化の歴史だわ。」

--言われてみればそのとおりだな。

「じゃあ、何がその分化を促したか考えて見ましょうよ。」

--まいったな、先生と生徒が逆転だ。天才の発明が、じゃ納得しないんだな?」

「納得しない。」

--やれやれ。ちょっと考えさせてくれ。基本テーマは計算機の進歩だ・・進歩すると分化する・・・・だから分岐増殖なんじゃないか。

「計算機の進歩って何よ?」

--進歩は進歩さ・・・・でも、そもそも進歩ってなんなんだ・・・・・? 量的拡大かな? ・・・・・量的に拡大すると・・・・・・・・・・拡大すると効率化が必要で・・・・・・・・・・・・・・・・・・・まてよ、そうか・・。
 わかりました、先生!

「わかったの? じゃ、答えを言ってください。」

--ITってのはシステム、つまり目的と機能を持った組織なんだ。ところがね、システムの取り扱う量が大きくなると、そこに分化の必要性が出て来るんだ。その方が効率的だから。

「もうちょっと説明して。」

--えーとね、会社組織でたとえると分かりやすい。会社が小さいときはみんな何でも屋だ。あまり組織はいらない。君んとこの事務所なんかそうだろ? でも売り上げが増加して人が増えて来ると、たとえば人事課と総務課と営業と制作と、という風に専門職を立てた方が良くなる。
 みんながちょっとずつ分担していた仕事を集めると、専門職一人分の量になる。そういうときがたぶん別れ目なんだ。そうしてしだいに企業組織は分化をはじめる。総務課ができて、それが人事課と経理課に分かれて、経理は会計と財務に分かれて・・
 ITの世界でも、じつは同じ事がなりたつ。計算が複雑になれば、データとプログラムは独立化した方がいい。プログラムが多くなれば、モニタが必要になる。データが増えれば高度なファイルシステムが欲しくなる・・。

「そうやって自分自身の中から子供を産みだして、その子どもが独立していくのよね、きっと。どう? 天才が気まぐれで歴史を動かしているんじゃないでしょう?」

--分化を実現するためのアイデアは、やはり天才の発明さ。

「別に天才はいてもいいのよ。でも分化を促す背景が別にあるんだわ」

--そうだね、ITでは『量的な変化が質的転換をもたらす』という法則が働きやすいんだ。
 いや、分化の必要性だけじゃない。逆にスケールの量的拡大が新しい事を可能にする、ってこともあるんだ。基本的に計算機性能てのは倍々ゲームで増えて行く競争にかりたてられて動いている。しかし性能が10倍になると、これまで不可能に近かった機能が実用に近づく事が多い。たとえば日本語ワープロはパソコンがかな漢字変換に耐えられる性能になってはじめて商品になり得た。こんな例はいくらでもある。

「じゃあ、その、量的変化が質的転換を、ってのを”スケール・アップの法則”と名付けて上げましょう」

--はい、先生。
 そうだね、これはいい視点かもしれない。会社も、構成員の数が増えると組織が分化したり、あるいは管理階層が増えて硬直化した、組織が質的に変わってしまう傾向があるよね。情報システムも、あつかうデータ量の桁がふえると設計の基本から考え直さなくちゃならなくなる。そもそも目的と内部構造を持つようなシステムにはみんなあてはまる法則なんだと思う。

「中小企業も社員が200人を越えると安定性が出て来るから、かっちりした会社組織をととのえる必要があるんですって。会計士の先生がいってたわ。」

--200人ていうのは業種によるんじゃないかな。製造業とはそうかもしれないけれど、ソフトウェア産業ではもっと小さいような気がする。でも、さっきもいったとおり、どんな組織であれ、安定して存続し成長することのできる臨界点があるようにおもう。
 市場の小さな業界や、競争が全国区になるサービスなんかは、小さい企業が生まれても大手にすぐ弱肉強食でつぶされてしまう。そうなると、かくれた天才によって新しいアイデアやパラダイムが生まれても、育つチャンスが少ない。

「買い手の側の価値観が金太郎飴でみんな同じ場合だってそうよ。」

--ほんとだね。日本なんかそうなりやすい。だから、日本ではITの創造性が乏しい、なんていわれちゃうのかもしれないね。

             (この話の登場人物はすべて架空のものです)
by Tomoichi_Sato | 2011-03-16 22:08 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第17問 IT業界で成功する秘訣はあるの?(その1)

<< ITビジネスを支配する諸法則 >>

「なんだか数式まじりのややこしい話だったけれど、私の質問とかみ合っていなかったことだけはたしかね。私は会社の大きさの話なんかじゃなくて、IT産業がどういうパターンで発展してきたかっていうことを聴きたかったのよ。それが分かれば、世の中がITってものをどう理解して、どういう価値を認めてきたのかが分かるかもしれないと思ったのよね。」

--ごめん。数式なんかはどうでもいいのさ。今の議論のポイントは、IT企業のサイズ分析をしてみると、この産業が決して直線的な発展ではなくて、分岐増殖型の道をたどってきたことが分かる、ということなんだ。一つの進化の直線上で自然淘汰と生存闘争を行うんじゃなくて、分岐して新しい生存圏を開拓しながら広がっていく。これがIT産業の発展の姿なんだ。そして、幸いまだ弱肉強食の成熟市場にも至っていないことが教訓だ。

「うーん・・。ねえ、じゃあもし世の中がまだそれだけの勢いで、ITにお金を使い続けるのなら、今からでもITビジネスの会社を作って独立すればもうかるんじゃない? 分岐増殖の法則なのならば。あなたも、やりなさいよ。」

--あのね。簡単に言ってくれるけれど、やれば誰でももうかるようなビジネスがこの世にあってたまるかよ。バブル時代の不動産業者じゃあるまいし、それなりの売り物がなければ、商売になりはしないさ。

「あら、ないの? IT業界で成功する秘訣なんてないのかしら? あなただって会社でずいぶんシステムを作っているんだから、売り物にするべきよ」

--そりゃ作っているけれど、ほとんどは自社向けのシステムさ。うちの会社のやり方に従ったシステムを隣の会社に持っていっても、そのまま売れるわけじゃない。
 よそに売るためには、きちんとしたパッケージにしなければならないんだ。機能に多少は汎用性を持たせて、マニュアルもきれいにそろえて、サポートや教育の体制も作らなければいけない。

「だったら、すればいいじゃない。」

--あのね、Brooksというひとが、自著「人月の神話」の中で、こんなことを言っている(図)。
 ┏━━━━━┳━━━━━┓  
 ┃     ┃     ┃  
 ┃プログラム┃プロダクト┃ │
 ┃     ┃     ┃ │
 ┣━━━━━╋━━━━━┫ │(3倍)
 ┃システム ┃システム ┃ │
 ┃部品   ┃プロダクト┃ ↓
 ┃     ┃     ┃  
 ┗━━━━━┻━━━━━┛  

    ──────→
     (3倍)

 この図で左上にある「プログラム」は、普通のコンピュータのプログラムで、自社で使うために作った、単体の機能を持つものを指している。
 これををよそに売るために製品としたものが、右上にある「プロダクト」だ。基本的な機能は同じだけれど、信頼性を高めるためのテストや、分かりやすいマニュアル、経常的なメンテナンス体制などのために、必要とされるマンパワーは、実に三倍にものぼる。

「3倍とは、またずいぶんふっかけたわね。」

--オーバーに聞こえるかもしれないけれど、お金を取って売る以上は責任が生じてくる。社内のだれかが作ったものなら、どこかにバグがあって計算が違っても、“いや、ごめんごめん”ですむかもしれない。でも商品だったらそうはいかないだろ?

「まあ、お金を取る以上は、たしかにアマチュアの作品なみじゃあ困るわね。」

--ところで一方、左下にある「システム部品」は、同じプログラムではあるけれども、それをもっと大きなシステムの中で組み合わせて使えるような部品にしたてたものだ。目的は社内用だが。

「なあにそれ。言ってることがわかんない。」

--そうだな、どういえばわかるかな。
 たとえば、君が自分用に英日の自動翻訳ソフトを作ったとする。

「ちょっと待ってよ! わたしはね、機械翻訳なんて基本的に不可能だし無意味だと、つねづね思っているの。少なくとも印欧諸語と日本語との間なんて使い物にならないし、まったくナンセンスだわ。そもそもね、IT屋さんって・・」

--タ、タンマ。ご高説はいいけど、これは単なるたとえ話なんだからちょっと置いといてくれないかな? まずい例だったかもしれないけれど我慢してもらって、君がとっても素晴らしい英日翻訳ソフトを作ったとする。英文をタイプ入力すると、画面にすかさず日本語の翻訳が表示される、と。

「わかったわよ。それで?」

--これを君は自分用のツールとして使っていた。ところが、まわりの人間が、これはよくできているから、電子メール・サーバのソフトに組み込めないかと提案する。英文で電子メールが外から来ると、自動的に翻訳して、日本語のメールとして宛先にくばってくれる仕組みだ。ね? これは、電子メール・システムという大きなソフトの一部として、部分品として動いてくれる。こういうものをシステム部品と呼ぶんだ。
 システム部品は、基本的な機能は元のプログラムと変わらないけれど、他のサブシステムとのインターフェースの整合性とテスト、共通のデータベース構造の利用、設計文書の整備などのために、手間はやっぱり単体プログラムの開発のおよそ三倍かかる。

「また3倍なの?」

--それが図の下向きの矢印の意味していることだ。
 右下はその二つが複合したもので、「システム製品の中で使う部品」を意味している。これを作るには3倍×3倍で、結局10倍近くのマンパワーがかかることになるわけだ。言っておくけれど、基本的には同じ機能のプログラムなんだぜ?
 この効果を念頭におかないために、たくさんのプロジェクトがスケジュール遅れの泥沼に陥る羽目になった、とBrooksは主張している。自社向けにプログラムを作ったことがあるからといって、世の中に売れる製品が簡単に作れると思ったらとんでもない間違いなのさ。

ネットワーク外部性の法則

「でも、それって自社用のソフトをパッケージ化して売る場合の話でしょう? たんなる受託開発のビジネスの場合はもっと簡単に競争できるんじゃないの?」

--単なる受託開発の請負業で成長するのは、じつはかなり難しいんだ。というのは、この業種は能力の差が見えにくいからさ。能力やアイデアよりも、どうしても業務知識や経験の幅が売り物になる。すると、建設業と同じで、発注側はどうしても過去に実績のある方を選びがちだ。ネットワーク事業ほどではないけれど、やはり大きい企業ほど「信用できそう」な気がする。

「大きい方が能力があるの?」

--実際のプロジェクトになれば、じつはあまり大差はないね。とくに、初期のシステム分析のフェーズは属人性の方が強いから。大企業だといっても、過去に類似の業務を経験した人間がかならず担当者にアサインされるとは限らないし。
 それに、大企業はプロジェクト・マネジメント能力を売り物にしているけれど、その内実はけっこう個人任せで、まだまだ技術というよりスキルのレベルにとどまっていたりする。
 しかし、こういう「信用」というやつはなにせお布施みたいなもんだから、どうしても大小の企業が争うと大の方が勝つ、弱肉強食になりがちなんだ。

「持てる者はますます富み、持たざる者はますます奪われるであろう・・福音書のマタイ伝にでてくる言葉みたいだわ、まるで。
じゃあ、受託開発の業種に小さい企業が参入しても勝ち目はないのかしら」

--かなり特殊な業界のノウハウでも持っているか、あるいは革新的なパッケージでも抱えていれば別だけれどね。この業種で安定して存続し成長するためには、ある程度の大きさが必要になる。つまり、「臨界点」=原子力でいうクリティカル・マスがあるようにおもうね。

「でも、あなたがいっているのはソフトの開発でしょう? 通信ネットワークのサービス企業とかにはあてはまらないはずだわ。」

--ところが、ここにも「ネットワーク外部性」という、大きい方が有利だという法則がある。

「なにそれ。」

--ネットワーク外部性というのはね、ネットワークの価値は、その利用者数の2乗に比例する、という法則だ。いや、2乗以上だ、という説もある。つまり利用者数が2倍になると、価値は4倍以上になり、利用者数が10倍になると、価値は100倍以上になるというんだ。だから、買い手はどうしても大きい方を選びたくなる、ということさ。

「ここでも、持てる者はますます富み・・って具合ね。でも、どうしてそうなるの? たしか経済学じゃ、収益逓減の法則だかなんだかで、売上が増えても利益は比例しては上がらないはずじゃなかったの?」

--収益逓減の法則ってのは、利用者一人あたりの利益に関して言っているわけで、その点ではあたっているのかもしれない。けれども問題なのは、利用者の数がどれだけのスピードで増えて行くかの方にある。
 ネットワークというのは、2点間をむすぶサービスだ。結ばれる線というか、組み合せの数が多ければ多いほど利用者にとってメリットが多い。2点を結ぶ線の数は、数学では点の数の2乗に比例する。
 たとえばもし、携帯電話がそれぞれの事業会社内でしか通じないとしたら、誰だって一番大きい方に参加するだろ?

「でも、現実には他の会社の電話機とも通じるじゃない。」

--だから携帯はある程度、価格競争になってしまった。これを避けるため、各社とも独自のサービス開発に必死だ。その成功例がi-Modeだったわけだ。
 ネットワーク事業は外部接続性が命になる。この場合は図体の大きい、接続「させる」側の発言力が大きくなってしまう。結局大きい方が有利なのさ。

ロック・イン現象

「なんだかあなたの解説って夢がなくてつまらないわね。」

--悪うござんしたね。この業界に十年以上も身をおいていると、いろんな栄枯盛衰を見て、すれっからしになるんだ。飛ぶ鳥を落とす勢いだった企業が、あっという間に失速して、イカロスよろしく墜落していくのも何回か見たし。

「たとえば?」

--そうだね、パソコン・ソフトの世界でいえば、太古の時代のVisiCalc、MultiPlan、CP/M、それからdBASE、WordPerfect、Lotus 1-2-3、Netscape・・もう、枚挙にいとまがない。どれも一世を風靡して、事実上の業界標準とまでいわれたものばかりさ。

「どうしてだめになっちゃったの?」

--どうしてだと思う?

「知らないからきいているんじゃない、いじわるね。・・えーと、競争相手に負けたからじゃないの? コストとか、品質とか、サービスとかで。」

--ライバル製品に負けるといったって、一度は市場の5割以上を席捲したものばかりだよ。簡単にはひっくり返らない。プロ野球で今年は巨人が勝つか阪神が勝つか、みたいなものじゃない。なにより、パッケージ・ソフトの市場には「ロック・イン」の性質がある。

「何それ?」

--いったんある方向に動きはじめると、逆方向にはロック=すなわち歯止めがかかって、後戻りしにくい現象。自転車のチェーンなんて前方向にしか回らないようになっているだろ? あれさ。
 だからね、最初に甲乙ふたつの製品があって、商品力がほぼ互角でも、どちらかの製品が優勢になると、強い方がますます加速度的に強くなるんだ。カウンターバランスが働きにくいからね。

「またなの、ここでも。」

--どうしてそうなるかというと、パッケージ・ソフトの製品は買手側にいろいろな付随的投資を要求するんだね。たとえばユーザ教育・トレーニングの投資。いったんあるソフトの使い方を習得すると、別の製品の使い方を勉強し直すのは無駄に感じられて抵抗が大きい。他のシステムと組み合せて使う時にも、インタフェースの構築に投資する事になる。こうした資産は簡単にきりすてられない。
 それから、データ資産の問題もある。データの保存形式はソフトごとに異なる事が多い。そうなると、ソフトをのりかえるためには、いったん蓄積されはじめたデータを全部コンバートするか、捨てるかしなきゃならない。

「そういえば、個人で使うソフトだって、友達同志でファイルを交換できる方が便利ね。」

--だからどうしても人と一緒のソフトを買おうか、となってしまうだろ? マニュアル本とかも、どうしてもたくさん売れているソフトから先に出版される。アドオン・ソフトも同様さ。雑誌メディアの情報も多くなる・・という訳で、市場のシェアが大きい方がどんどん強くなってしまう。

「でも・・なんだかその説明っておかしくない? ワープロだって何だって、二つどころか何種類も世の中には売っているわよ。」

--そう。ところがね、マーケティングの世界では、いつも結局トップの2者の対決に収束していくんだ。ある程度成長した市場には二人分の席しかないんだね。

「それで、機能がいい方が勝つのね。」

--そうでもない。機能・価格・タイミングの中で一番大切なのはタイミングさ。
 さっきもいったように、市場にはロック・インの性質がある。だから、タイミングが一番大事になる。適度に優れた機能を持つ製品を、早いタイミングで市場に出し、しっかり宣伝する。マーケティングが大事なんだ。市場を征服するのは、プロの目からみれば機能はおとっているが、タイミングがうまかったので勝った製品がほとんどさ。

(この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-03-09 00:21 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第16問 ITビジネスの成長のパターンってどうなっているの?(2/2)

・IT産業界の構造

「なんだかため息が出てきちゃった。長々と生態学をご説明いただいたけれど、だから結局何なのよ?って感じ。話の筋道が見えないんですけれど。」

--これからが本題さ。
 ここで、IT業界の企業ランキングを調べてみる。2009年度の情報サービス業のランキングで上位20傑を選び出して、横軸に順位を、縦軸に売上高をプロットしてみたんだ。ちょっとそこの書類鞄あけてみてくれる? うん、その一番上にあるやつ・・つまり、こういうものだ。

<図15-1 情報サービス企業の売上規模と順位の関係>
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「なにこれ・・変なグラフねえ。横軸が1から始まってるのに、その次の目盛りが2じゃなくて10になってる。そのつぎが100だわ。縦軸もなんだか10倍刻みね。だいいち、これって横軸にゼロがないじゃない?」

--こういうのを両対数グラフというんだ。まあ、あまり理科系で実験をやる人以外は使わないだろうけど、ふつうのグラフ用紙とちがって、縦軸横軸の両側の目盛りが、対数刻みになっている。

「た、対数? 高校の時にやった悪夢みたいなやつね。」

--悪夢って言うけれどね、君のピアノなんて実は対数を弾いているようなものなんだぜ・・まあ、それはともかく。こういうグラフは、文字通りけた違いに大きさの違う数の間の関係を分析するために使うんだ。なれてしまえば特別難しくはない。

「そうかしらぁ。」

--0,10,20・・といった普通の目盛りのグラフ用紙を使っていると、1より小さな数は0.5も0.01もみんな似たように見えてしまう。そしたら、ほんの一握りの大企業に比べて、圧倒的な数の中小企業が存在するような状況下では、ほとんどの点が団子みたいに固まってしまうだろう?
 ところが順位kと大きさxの対数をそれぞれ縦軸と横軸にとって、点をプロットしていくと、分岐増殖モデルに従うような生態系では、きれいな直線の上に乗っていく。それがさっきのジップの法則の関係式が示していたことなんだ。グラフを見ると20個の点がほぼ直線に乗っていることが分かるだろう?

「嘘よ、全然ばらばらだわ。あなたどういう目をしているの?」

--これはすごくマクロな社会現象を分析しているんだから、これでも十分、線に乗っているといっていいと思う。

「わかったわ。じゃ、ガチャ目になってあげる。」

--恐縮です。で、そのグラフはまさに、日本のIT産業が分岐増殖型のモデルで説明できることを示してると考えられる。

「それってどういうこと・・まさか会社が鳥のコロニーと同じ風にできている、って冗談みたいな話なの?」

--まさにその冗談みたいな話なのさ。

「それで会社員はみんなトリ頭の烏合の衆なのね。よく分かったわ。でもここにどういう教訓があるのかしら? そもそも、ガチャ目に直線に見えるような偶然が2009年はたまたま起こっただけかもしれないじゃない。」

--そう思ってね、10年前の2000年と、さらに22年前の1988年までさかのぼって調べてみたんだ。2000年はITバブルの絶頂期。1988年といえば、やっとPCがほんとに企業に普及しはじめたころさ。ところがこいつも立派な直線に乗っている。ぼくはこれは偶然じゃないと思う。

「偶然じゃなければどういう必然なの?」

--まさに分岐と増殖のルールに従ってIT企業は発展してきていると言うことさ。企業は成長しながら、そのサイズに比例してスピンアウトの種を作ってきている。企業内だと協調関係だけれど、別企業になれば競争関係だ。その相乗作用がIT産業の活力を生み出しているんじゃないのかな。

「本当かしら・・ねえ、この1位の企業って、どこ?」

--NTTデータだよ、たしか。

「だったらそんな法則なんて嘘に決まっているじゃない! NTTデータって元・電電公社から別れて出来た、最初からの大企業でしょ?」

--それだってね、NTTの中にいたときに最初から大きかったわけではない。ITという異質な仕事をやる部門は、電話会社の中ですこしずつ成長していったはずなんだ。会社の看板がつけかわったのは結果さ。

「他の国でもこうなのかしら?」

--まだ調べていない。でも大企業から中小零細までなだらかに共存しているという意味では、大きくはちがわないと思う。

なだらかに共存、ってどういうことよ? 資本主義の大企業って、中小や零細企業の中間搾取で生きているんじゃないの?」

--たしかにIT産業にも下請けや搾取の構造がある。大きい企業の方が『お布施の原理』でいい仕事をとりやすいのもたしかさ。だから調べるまでは二極分化しているだろうと思っていたんだ。でも、そうではないことがわかった。これはね、弱肉強食型のモデルが当てはまる別の業界があって、そこと比べると明らかだった。

「どこのこと?」

--建設業界さ。建設業界で同じく順位と規模のグラフを作ってみると、両対数では全然直線にならない。しかし、片対数用紙にプロットすれば直線にのる。ほら、これをみてごらん。

<図15-2 建設業における企業の売上規模と順位の関係>
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「いろんなグラフ用紙があるのねえ・・。」

--これは目盛りの縦軸だけが対数軸になっていて、横軸は普通の目盛りの刻みになっているものさ。片対数のグラフを書いて直線に乗ると言うことは、さっき説明した弱肉強食型の数式がフィットすることを意味するんだ。

「つまり、建設業って、小さいところは絶対に大企業と競争しても勝てないってことなの?」

--日本では、何故かそういう仕組みらしい。おまけに、このグラフの面白いところは、上位5社とそれ以下の15社では別の直線に乗っていることだ。つまり上位ゼネコン5社が圧倒的に強くて、それ以下は『中堅ゼネコン』になってしまうらしんだね。不思議な階級社会といえるだろう。
 さっきから説明しているとおり、IT作りはどこか建築によく似ている。しかし、産業の構造を見る限り、両者には明らかな違いがある。片方は分岐増殖型で、片方は弱肉強食型のモデルになっている。

「でもね、もしあなたのご説が正しいとすると、ITでも強い方がたいてい勝つんだから『弱肉強食モデル』の世界になるはずじゃない? なんで『分岐増殖型』なのよ?」

--それはね、市場全体がまだ成長しているからさ。大企業と小企業が既存のパイを競争で取り合うのではなく、小企業は新しいジャンルの市場を生むことで、全体のパイが膨らんで行く。だから中小企業でも成長していけるんだ。

「市場が成長しなくなったら、弱肉強食型に移行していくの?」

--可能性はあるだろうね。建設業界なんか典型的な成熟市場だ。毎年のパイの大きさは景気にもよるだろうけれど、限られている。そこを取り合うんだから、どうしても大企業の方が有利になる。
 IT産業だってね、もう少しミクロに市場のセグメントをながめてみると、そういう傾向がつかめるかもしれない。たとえばPC本体の市場とかね。でも、全体で言うと新しいセグメントが次々に生まれていて、それにシフトすることで成長がうながされていると思う。

「あなたの分岐増殖型では、吸収とか合併はどうなるのよ。」

--たしかにそれはモデルに組み込まれていない。アメリカお得意の吸収や合併は、どちらかというと淘汰選別の仕組みだよね。だから、アメリカではもうすでに、分岐増殖型が成熟期に入って弱肉強食に移りつつある時期の証拠なのかもしれないね。

             (この話の登場人物はすべて架空のものです)
by Tomoichi_Sato | 2011-02-24 22:03 | ITって、何? | Comments(5)

「ITって、何?」 第16問 ITビジネスの成長のパターンってどうなっているの?(1/2)

<< --サイズ分析にみるIT産業の生態学-- >>

しばらく彼女は黙っていた。

--どうしたの? もう質問は終わりかい?

「考えていたのよ。たしかもう15問したから、20の扉もあと5つしか残っていないわ。それなのにまだITって何なのか、よくわからないんだもの。」

--まだ5つも残っている、とも言えるな。

「あなたって楽天家ねえ、まあいいけど。今までに、まずデータと情報の違いの話を聞いたでしょ? それから、データのデザインのなんだかややこしい話。で、情報の価値の話になったのよねえ。値段と価値は違うってこと。それから情報システムの価値はどうきまるかって話・・ううん、そうじゃなくて、どう決まらないか、って話だったわ。」

--ぼくとしては一貫して、ITには目に見えない価値がある、って説明してきたつもりだけれどな。人間は情報に価値を見いだす。ところで情報を機械でうまくハンドリングするためにはデータに換えなけりゃならない。データを処理するためのツールとしてITがある。だからITの価値を認めてほしい。とても理屈がとおっているだろう?

「その筋道のどこかに、なんだか欠けているところがあるのよ。すりかえっていうか・・。あなたはITをお仕事にしているから、なんとか自分の仕事に価値を認めてもらいたくて一生懸命みたいだけれど。」

--誰だって自分の仕事にはとうぜん価値を認めてもらいたいだろう! 仕事っていわば自我の延長なんだから。ぼくは自分の仕事に誇りを持っていますよ。君だってそうだろ、翻訳の仕事は横のものを縦にするだけじゃない、って日頃から言ってるじゃないか。

「でも、価値ってとても主観的なものじゃないかしら。」

--主観的。そうかもしれないけど、それじゃ一銭も稼げないじゃないか。ぼくとしてはお金に換算してもらいたいね。システムを作って、ある人は百万円の価値があるといい、ある人は一円の価値もないという。それじゃ商売にならないよ。ぼくとしては、百万円なのか80万円なのか、という議論に持っていってもらいたいんだ。

「価値あるすべてのものがお金で買えるとは限らないわ。」

--あのね。そりゃそうだけど、愛や友情はお金では買えないわ、とか、一人の命の価値は地球よりも重たいわ、とかいった議論を今さらぼくらはしなきゃいけないんだろうか。保険会社は命の価値さえ値段表にしてしまう。それが資本主義ってものだろう? ITだって立派な産業なんだから、お金で計らせていただきたいもんだ。

「産業・・そうね、ITは巨大産業だわ。たしかまだ工場制手工業の時代だっていう話だったけれど、どうやって巨大になったのかしら。ITビジネスの成長のパターンってどんな風になっているの? これがわかるとITの性格が見えてくるかもしれない。」

・IT業界の生態学

--うーん。それってけっこう難しい質問だと思う。君への答えに直接なっているかどうか分からないけれど、IT企業の大きさの分布については、ぼくなりに最近調べてみたんだ。大企業と小企業に二極分化していないかどうか、まだ成長の余地があるのかどうか知りたくてね。

「会社の大きさの話なの? まあたしかに、ITって巨大企業もいるわりに小さな会社もいっぱいあるみたいね。ふつう、大企業独占か中小零細企業だらけか、どっちかになりそうなものだけれど。」

--ところで、まずね、この世のたいていの偏った分布の形は、“ジップの法則”で説明できるといわれている。

「なんなの、薮から棒に。数学の話?」

--いや、大企業と中小企業の話なんだけれどね。どの大企業だって最初は中小企業から出発したわけだろ?

「NTTやJRみたいに、東西に分割されても大企業からはじまる、ってあるわよ。」

--ま、例外は認めよう。しかしほとんどの会社は小さな規模からはじまって、しだいに成長してくる。もちろん成長し損なって消滅してしまうものとか、合併吸収されてなくなってしまうものもある。でも、基本的には、中小規模のものの数はやたら多くて、大きくなればなるほどその数は減っていく。
 つまりね、これは一種の生態学の問題なんだ。生き物の数と大きさに関する分布の学問がつかえる。
 
「そうなの? 統計学じゃなくて?」

--ふつうの統計学って、こういうときにはちょっと不便な学問なのさ。基本的にガウス分布という分布型しかない。

「ガウス分布。昔きいたことあったかもしれないけど忘れちゃった。」

--正規分布ともいう。多数のサンプルをとって値を測ってみると、平均値のまわりにだいたいきれいに分散している、というのが正規分布だ。ヒストグラムを描いてみると、中央に平均値があって、その左右に対称にきれいな釣りがね型の分布型をえがく。たとえば人間の身長なんてそんなパターンに従う。

「だったらそれを使えばいいじゃない」

--そうはいかないんだ。会社にはある平均的な大きさがあって、個別の会社はその上下にばらつく、という風だったら、世の中は中企業ばっかりが多くて大企業も小企業もすくない、ってことになるはずだろ? ところがそうはなっていないんだ。世の中は中小・零細ほど数が多くて、大企業は指折り数えるほどしかない、というケースがほとんどさ。

「そういえばそうね。」

--だから、経済的市場における企業の成長パターンの分析には、ふつうの統計学は使えないんだ。

「そこでいきなり生物学のお出まし、って訳なの? 飛躍しすぎてない?」

--生物学じゃなくて生態学。生物学は個々の生物を研究する学問だけれど、生態学は生物の集団のあり方や、それをとりまく環境との相互作用を研究する学問で、もとは生物学から発したけれども、ある意味ではもう少し広い対象を相手にしている。
 企業ってのも、生き物の集団に似ているところがある。だから生態学の知恵を応用するとうまく現象を説明できるときがある。
 
「すっごい無茶に聞こえるけれど・・たとえば?」

--生態学ではよく、地域の中における生物集団の数が問題になる。自然を構成する植物や動物の種は、地域や気候によりさまざまだけれど、『生物の種とそれに属する個体数の頻度分布』という次元に抽象化すると、そこにはある程度の傾向が見えてくる。手っ取り早く言えば、“大多数の個体は、少数の種に集中する”という傾向だ。

「もう一度言ってくれない?」

--例えば、ある島に二十種類の鳥類が、合計1000個体確認されたとする。するとおそらく、せいぜい二、三種類の鳥が全「人口」の半分以上を占めているだろう。これがその島の『代表的な鳥類』になる。

「はーん、それであとは少数民族になるのね。分かる感じ。」

--他の別の島では別種の代表的鳥類が生息しているかもしれないが、個体の大多数が特定の少数の種に集中する現象には変わりがない。そして、個体数のヒストグラムの形が、正規分布のような対称形になることはまずあり得ない。それはどの種もほぼ同じくらいの数が同居しているということだからね。
 ところで生態学の教えるところによれば、競争と協調の下での種の個体数分布には、三種類の原型的パターンがあるとされている。
 
「どんな?」

・独立モデル・分岐増殖モデル・弱肉強食モデル

--第一の原型は独立型モデルといわれる。
 このモデルでは個体はそれぞれ、他と独立で全く無関係である、と仮定する。いいかえれば「無構造」という構造だ。一定面積の流域の中にいランダムに個体をばらまくと、その中に存在する個体数の頻度分布は、Poisson分布という分布形に従う。この分布形は平均値を大きくなると数学的には正規分布の形に近づいていく。

「なんだか頭が痛くなりそう・・」

--これは一種の数学的な純粋論だから、忘れてもいいよ。
 しかし普通生物の生息密度が上がると個体間の相互作用が無視できなくなり、現実には別の分布形に近づいていく。それが分岐増殖モデルと弱肉強食モデルだ。

「分岐増殖モデル?」

--分岐増殖モデルは『コロニー』の考え方が基本にある。今ある地域いくつか生物のコロニーがあり、それ自体は一定の増殖率(ε)で個体数が、増えていく。その一方で同時にコロニーからは時々個体が独立して飛び出し、新しいコロニーの元となる。新しいコロニーの出現する確率は、現在のコロニーの数に比例する(比例乗数μ)。

「コロニーを“会社”だと思えばいいわけ?」

--その通りです。会社自体は一定のスピードで、成長して大きくなっていくが、それと同時に、会社からスピンアウトして、新しい会社を作るやつらが出てくる。その確率は、現在存在している会社の数に比例する、と。

「ははあ。ちょっぴり話がつながってきたわね。分岐して増殖するのね。」

--こういう仮定をおくと、コロニーの大きさ(個体数)xは、それを大きさの順に並べたときの順位kにたいして、

    -(ε/μ)
 x∝k

という関係式が成り立つ。つまり、順位kの(ε/μ)乗に反比例するということになる。

「なんだかちんぷんかんぷん。」

--べつに数式は理解できなくてもいい。大事なことは、大きさの順位表をつくってみると、順位と大きさとの間にきれいな数値的関係が見いだせるってことだ。
 この関係を初めて生態系の中に発見し、その理由を数学的に示したのは、Yuleという学者で、1920年代のことだった。けれど、40年代になってジップという経済学者が、個人の所得分布やいろいろな言語の中の単語の使用頻度分布など、情報と人間行動に関連した分野で、かなり広範に見られることを発見して以来、『ジップの法則』と呼ばれるようになった。
 
「ふうん・・。でも、三つのモデルといったなら、もう一つあるはずよね?」

--三番目は弱肉強食モデルです。このモデルは、もっとはっきりと生存競争が行われる場合を仮定している。いまn種の生物がいて、それが生息場所をめぐって争うとする。この生息場所のことを生態学ではニッチ、という。

「『ニッチ』って、すき間市場を指すマーケティングの言葉じゃなかったの?」

--いまはそっちで有名になっちゃったけど、もとは生態学の概念なのさ。ところで、生物種の間には強弱関係が明確にやって、弱者は強者に会うとそこで消されてしまうと考える。

「まあ。そうしたら一番強いものだけが生き残るの?」

--もしも全体の領域が狭ければそうなる。けれど、ある程度広ければ弱者も生き延びる場所を見つける幸運に恵まれるだろう。この時、個体数分布は、

      -r
  x=bk

となる。
 たとえば湖の底棲動物などはこのパターンに従うことが知られている。

「なんだかため息が出てきちゃった。長々とご説明いただいたけれど、だから結局何なのよ?って感じ。話の筋道が見えないんですけれど。」

--これからが本題さ。IT業界の企業ランキングを調べて、今説明した3種類のモデルを当てはめてみると、面白いことが見えてくる。

(この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-02-21 23:46 | ITって、何? | Comments(1)

「ITって、何?」 第15問 システムの値打ちは何で決まるの?(2/2)

<< IT投資対効果の話(つづき) >>

--エンゲル係数か、なるほど、そうだね。対売上高比率で1-2%と3-5%という日米の数字の差は、二つの国がITに対してとらえている値うちの差だと思っていいだろう。

「それだけのお金を皆、投資に使っているの?」

--正確に言うと投資と、毎年の運用経費と両方の合計だ。
 ちなみにITは、設備投資に比較すると、初期投資金額に対するメンテナンス金額の比率がずっと高い。
 
「どういうこと?」

--オフィスビルとか工場だったら、毎年設備の維持管理にかかる金額は、投資額全体の、いいところ3~5%だろう(減価償却は除いてね)。だけれどITの場合は、15%から20%近くかかってしまう。おまけに償却年数だって。工場や設備は、十五年から三十年くらいだ。片やITの方は、へたをすれば五、六年で陳腐化してしまう。

「うわー。すごいわね。」

--うん。実をいうと、陳腐化の速度が速すぎて、今の会計上では見えてこない困った問題が出てきてる。ぼくはこれを『過償却』と名付けてるんだけれど。

「過償却?」

--うん。あのね、ふつう情報システムってのは無形固定資産として計上されている。だからとうぜん減価償却がある。

「ふんふん。」

--ところでね、ソフトでもハードでも同じなんだけど、技術の陳腐化にともなって価値がどんどん減っていく。このスピードが速すぎて、税法上の償却なんてあっというまに追い越しちゃうんだ。そうなると、ある期間をすぎると減価償却がゼロを割り込んで資産価値がマイナスに転じてしまう。つまり資産だったものが負債に替わってしまうのだよ。それでも同じものを使い続けていると、次にシステムを更新するための費用が(これはユーザの抵抗その他も全部ひっくるめて言っているんだけれど)最初の投資額よりずっと大きくなってしまうのさ。これがぼくの名付ける『過償却』だ。

「マイナスになっちゃう、ってすごいわね。実物経済じゃ、ちょっとありえないことだものねえ。」

--ま、逆にいえば、世の中の変化の速度が速いときにはソフトウェア投資の方が短期的リターンが大きいので有効である、ともいえるのだけれどね。

「それで会社の経営者の人たちは納得するのかしら。」

--しないよ! うちの会社の場合なんか、ね。『これまでにずいぶん金を使っただろうが? なぜ足りないんだ!?』なあんて怒鳴られるんだ。

「なんだか子どもに小遣いをせびられてチビチビ渡しているお母さんみたいね。『この間もあげたじゃない、いったい何に使ったの?』なんて」

--いや文字どおりちびちび出費しているからいけないんだ。無計画にね。
 ITの世界ではね、ミクロをいくら足してもマクロにはならない、ってことを忘れちゃいけない。ほら、IT投資は工場を建て増すのと同じ、っていっただろう? 
 世の中、無計画に工場を建てる人はいない。グランド・プランなしに建物をつぎはぎしたら不便に決まっている。
 ITもまた、見えない建物なんだ。同じお金を払ったとしても、ちびちび無計画に使っていたらその効果は半減しちゃう。
 戦略でも、戦力の逐次投入が一番いけない。帝国陸海軍以来の愚行の繰り返しだと思うよ。
 
「まあ、偉そうね。経営者だったら費用対効果を言うのは当然じゃないの?」

--費用対効果をあまりうるさく言いすぎるとかえって弊害があると、ぼくは思う。

「どうしてなの?」

--ITの一番の効果は、Visibility、つまり可視性を上げることだと思う。いま会社の状況がどうなっているか。これをを、手作業で報告していた時代よりも、ずっと素早く正確に経営者にリポートしてくれる。いってみれば、飛行機により高性能な計器を搭載するようなものだ。肉眼だけで飛んでいたパイロットにとって、計器を追加する価値は費用対効果で表せるかい?
 ちょうどこのカーナビみたいもんだ。この便利さは使ったことのない人に説明するのはとても難しい。カーナビなんかなくても車は運転できるし、これまでだって問題なく運転してきた。でも今後はカーナビのない車なんて想像できない、という世の中になっていくのは確実さ。

「可視性、ねえ。・・それがそんなに大事かしら。」

--君も自分で運転席に座ったらそう思うようになるよ。
 トップ・マネジメントに近い人間ほど、恐れていることがある。それはね、上になればなるほど、自分にとって都合のいい情報しか入ってこなくなることだ。途中の中間管理職の階層でどんどんフィルターがかかって、肝心の生々しいことが見えなくなってしまう。ぼくだって正直言って、あまり都合の悪いことは上司には上げたくないもの。
 でもね。ITのもたらす可視性は、職制を通じた報告、つまり今の情報管理ないしフィルタリングの仕組みを変える可能性を持っている。このことの意味に気づいてくれるマネジメントがもっとずっと多ければと、いつも思うよ。

「ITへの投資って、お代は見てのお帰りに、みたいに使ってみてからその満足感で払うような仕掛けにすればいいのにね。」

--はは、でもそんなことをしたら食い逃げする奴が続出するに決まっているさ!
 でもまあ、ごく一部ではあるけれど、「成功報酬」型の金額の出し方をするケースもある。最初に一種のアセスメントをするんだ。IT導入の結果、どれだけの金額がセーブできるかを算出する。そしてその数字に比例して金額を、投資額として見積もる。そして実際にシステムが稼働した後で、第三者を連れてきて、セーブされた金額を客観的に評価する。もっともこれはアメリカでの話で、日本の企業風土ではなかなかなじまないだろうけれどね。
 それにこれはお金のセーブに直接つながる種類のシステムじゃなければ適用できない。お金と値うちの関係って、やっぱり単純じゃないからね。
 
「そうかしら。」

--そうさ。たとえばね、Linuxという基本ソフトがある。これはパソコンその他いろいろな種類のコンピューターで動く。機能も信頼性も高い。でも、これはもともとフィンランドの学生が、自分の勉強のために始めたプロジェクトで、値段はタダなんだ。会計学的にいえば、買うことができないから金銭価値はゼロだ。
 でも値打ちはとてつもなくある。開発者のライナス君はいまだに一文ももらっていないが、Linuxの周辺をめぐる市場はすでに大きなものになっている。インターネットの世界ではね、“面白い”こと自体がすでに価値なんだ。沢山の人間の注目を集めるということ自体、大きな意味がある。

「なんだか広告屋さんみたいなセリフだわ。」

--広告だけではないよ。大勢の人が集まって来るというのは、そこに新しいアイデアやチャンスが生まれる可能性も秘めているって事なんだ。
 そうだろ?

「まあ、そうね。」

--IT投資が今現在のそろばん勘定で見て「もうからない」からといって、将来も儲からないかどうかは分からない。

「そうね。そうだわ、生産的であることがあまりしつこく問われない、ってことかしら。・・そうね、たとえば、喜捨で寺院を建たとして。」

--喜捨で寺院! そりゃあまた豪勢だな。

「いいじゃない、うるさいわね。あなたのお金でやるとは言ってないわよ。・・喜捨で寺院を建たとしても、それだけじゃお金を生まないけれど、寺院の周辺に市場が建てば、人が集まって、商売になるかもしれない。そういうことね?」

--ううん・・まあね。もちろん、ふつうのIT投資はそこまで豪奢で向こう見ずじゃないけれど。でも、ぼくの友達にはパソコン・ネットワークで結婚相手に出会ったカップルが何組かいるよ。そういう人たちにとって、ITの価値はお金に替えられるだろうか?

「わあ、IT屋さんが開き直ってる!」

--そうさ。いいじゃないか、いつも会社に言い訳と弁解ばっかりなんだから、たまには演説させてくれ。先のことなんか誰が分かるだろうか? 生まれたての子どもにどんな価値があるかは、誰も分からない。でも、未来に対してオープンな姿勢でいなければ、自分の未来はやってこないんだ。

「他人のつくったお膳立てが押し寄せてくるだけよね。そう、それだけは絶対にいやだわ。」

(つづく)


          (この話の登場人物はすべて架空のものです)
by Tomoichi_Sato | 2011-02-14 23:55 | ITって、何? | Comments(1)

「ITって、何?」 第15問 システムの値打ちは何で決まるの?(1/2)

<< IT投資対効果の話 >>


「ねえ、でも、今までのあなたの説明はみんなシステム作りの値段がいくらかかるか、みたいな話だったわ。私が聞きたいのは、そうじゃなくてシステムの価値なのよ。」

--え? 質問の意味がわからない。値段がその価値じゃないか。

「値段と価値は違うわよ! 値段て結局は売り手のコスト勘定でしょう? 私がいってるのは買い手にとっての価値、つまりシステムの値打ちなの。百万円のドレスだって、自分に似合わなかったら一文の価値もない、ってことがあるじゃない。そこよ。」

--買ってみたけれど、やっぱり気に入らないから使わない、あるいは自分のニーズにぴったり合っていないから使わない、というケースはたしかにITの世界にもあるね。しかし、使う使わないは、ユーザの自由だからな。

「それはあなたが作り手の側にいるから言える、勝手な理屈だわ。情報の値段の時も同じような話をした気がするけれど、体に合わないような服を、オーダーメードで作っといてお金を取るなんておかしいでしょう? 買う側にだって、自分なりにコストと、ITでえられる効果とを比べるための価値観があるはずだわ。

--ユーザにしっかりした価値観があればどんなにぼくらの仕事も楽かと、いつも思うけれどね。問題はITで得られる効果をどう評価するかだ。

「ITでみんなの仕事が楽になるんじゃないの?」

--必ずしもそうとは言えない。今まで慣れ親しんできた仕事のやり方を捨てて、機械の要求する四角四面なやり方に仕事を合わせなければならない。融通も効きにくくなる。

「じゃあ、仕事が早くなるとか。」

--それはある。それに、正確になる。

「人も減るんじゃない?」

--さあそこだ、一番の問題は! コンピューターを入れると人件費が減るだろうという経営者の思いこみが、あまりにも広く行き渡っている。ITは合理化の道具だ、という思い込みがね。

「違うの?」

--違うね。もし合理化が単なる人減らしの同義語であるならば。むろん、合理化という言葉が、仕事を本当に合理的なものにするという意味だったとしたら賛成してもいい。

「仕事を合理的なものにするってどういう意味よ。」

--仕事をルールとロジックにのっとったものにするよう再整理することだ。あいまいで属人的なものではなく、客観的で再現性のあるものにすること。仕事のやり方を言葉できちんと記述できるかどうかがポイントかもしれない。ロジックであらわすことができれば、それはITツールにのせて加速できる。
 属人的なスキルってのは加速できないだろ? それに、仕事の中に、必ずスキルに依存する部分は残るものだ。ただ、その中からいかにスキル以外の部分をそぎ落として、人間に人間様でなければできない仕事に集中させるかが、IT投資のカギだと思う。
 
「ふうん。」

--これまでITを、省力化のための投資というふうに、狭くとらえすぎてきたところに弊害があった。でも、ITへの投資は、たとえば“新しい工場を建てる”と同格の設備投資だと認識した方がいい。これまでやってきた仕事で人が何人減るかということではなく、これまでできなかった仕事ができるようになる、新しい仕事ができるようになる、そうとらえるべきだろう。

「そうなの?」

--じっさい人間がやったら一日かかるような計算を数秒で終わらせるとか、電話帳並みに分厚い台帳の中から、目当ての記録を一瞬のうちに取り出してくるとか、ジャンボジェット機の姿勢を精密に制御するとか、こうしたことはみんな、従来できなかった新しい仕事だ。省力化の効果なんか計算できやしない。そうだろ?

「そんなに素晴らしいものなら、なぜ使われないシステムなんかができるの。」

--うーみゅ。答えにくい質問だなあ。
 ひとつの答えは、機能とデータとユーザのアンバランスにあると思う。この三要素がバランスよく組み合わさることが、いいシステムの条件なんだ。
 でも、ソフトウエアを作って売る側は、こんなこともできます、あんな機能もありますというふうに、多機能であることを売りたがる。買う側もそれにつられて、あれもしたい・これもしたいと考える。
 でもね。複雑で細かい機能は、それを使うユーザにも、きめ細かな運用の仕方を要求する。さらにその機能を動かすために必要なデータの量や質も向上させなければいけない。これは口で言うほど簡単なことではないさ。

「うまく逃げたわね。」

--たとえばねえ、原価管理を製品ごとに厳密にできるシステムを作ったとする。製造原価だけじゃなく、設計や販売の人件費まで一日単位できちんととらえる、と。そのためには、設計や営業の部員が一人一人日報をつけて、今日はどの製品開発に何時間ずつ働いたかをタイムシートかなにかに記録しなくちゃならない。でも、そんなことを外回りの営業マンがいちいち会社に戻って入力すると思うかい?

「・・たしかにまあ、しないかもしれなさそうね」

--ITの世界には『ガーベッジ・イン、ガーベッジ・アウト』という言葉がある。クズのデータを入力すればクズの結果が返ってくる、という意味だ。
 システムに余計な機能を追加しすぎるとユーザの負担が増える。とうぜん不正確なデータが入り込みがちになる。すると誰もそんなレポートを信用できなくなる。そのあげく、そんなシステム全体を使いたくないという雰囲気が強くなるものさ。

「でもね、たとえば設計するときに、仕事のロジックをつかまえ損ねてしまったから使われなくなっちゃった、ということはないの?」

--残念ながら、それもしばしばあることだ。どこの組織にもタテマエとホンネはあるけれど、その乖離がひどいと、建前のロジックをプログラムに組み込んだけれと、誰もほんとにはそれに従わなかった、なんていうことになる。

「馬鹿野郎、仕事ってのは理屈通りになんかいかないんだ! なあんて、訳の分からないオジサンがどうせ出てきて、妙に威張るんでしょ?」

--仕事にあいまいな部分を残しておけば、自分の裁量で運用できる部分が増える。だからあえて明文化したくない、という面はあるよね。
 ここのところは、最初の要件定義をする人(これをシステム・アナリストというんだけれど)の腕前にかなりかかってくる。腕がいいと、建前のロジックと、実際に積み上がっているデータとの間に矛盾を見つけて、どこかおかしいということに気がつく。あるいは現場のインタビューで本音のロジックを聞き出してくる。
 こういうことは、人間の実際の業務がどう流れているかについて、十分な洞察力のある人でなければできないことだけれどね。

「だとしたら、買い手にとっての値打ちを決める物差しは何もないのかしら」

--答えになっているかどうかわからないけれど、例えば同じ業界で他のところがどの程度ITに投資しているかを、売上高に対する比率なんかで計って比べてみるのもひとつの手かもしれない。こういう同業者間の比較のことをベンチマーキングというんだけれど、米国対日本で製造業を比較してみると結構違いがある。
 最近では、米国のIT投資は年商の10%くらいがベストといわれている。これはちょっとオーバーだとぼくは思うんだけれど、話半分としても3%から5%くらいは行っているみたいだ。これに対して、日本の製造業では多くて2%、年商の1%以下のところも多い。

ITのエンゲル係数みたい。」

--なるほど、そうだね。この数字の差は、二つの国がITに対してとらえている値うちの差だと思っていいだろう。

(この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-02-11 10:24 | ITって、何? | Comments(1)

「ITって、何?」 第14問 システムの値段は誰が決めるの?

<< システム作りの方法とコスト >>


「あなたの説明で、いちおう情報のもつソフトな価値は、いままでのモノの価値とはずいぶん違う性質のものだってことは何となく分かったわ。それで、データそれ自体は中立で意味を持たないけれど、情報を生み出す潜在的な可能性が大きいから、やっぱり価値があるわけでしょ?
 でも、それじゃ、そもそもあなたみたいなIT屋さんたちが作って売ってる、情報システムっていうのかしら、そういう仕掛けの方は誰がどうやって価値を決めるの? PCとかパソコン・ソフトなんかもそうだけど。」

--PCや携帯電話みたいな情報機器は、ハードウェアだ。これは電子部品の集まりで、原価の計算は分かりやすい。それに同じ製品を大量生産して薄利多売するわけだからね。部品のコストに組立・検査の費用と利潤をのっければ、まあ販売価格になる。これはいいだろ?
 パソコン・ソフトみたいなパッケージ・ソフトは、開発費用がコストの大部分を占めている。それに多少のマニュアル印刷代・箱代なんかが乗っかる。だから後は広告宣伝費に利潤を乗せて、何本くらい売れるかを想定して採算がとれるように値段を逆算する。それに競合製品が多数あるから相場もある。
 むずかしいのは個別受注生産みたいにして作るソフトウェアだ。これは比較の対象がないから相場というものが成り立ちにくい。

「でもオーダーメードの洋服でも相場っていうものはあるわよ。」

--まあね。洋服の場合はデザイン料と、布地の代金と、縫製の手間賃とで成り立っているわけだろう。情報システムの場合もある意味では同じことだ。デザインの料金と、材料にあたるハードウエアやパッケージ・ソフトの値段、それから作り込みやテストの人件費で構成される。
 問題は、最後の「人件費」の占める比率が、べらぼうに大きいということだ。

「どれぐらい多いの?」

--そりゃケース・バイ・ケースだけれど、最低でも半分程度、多ければ九割以上が人件費だと思っていい。

「え、それじゃまるで人海戦術じゃない。」

--そう。ソフトウエア開発は、労働集約型産業と呼ばれている。つまりほとんど人手で、手作りなんだね。

「どうして機械化しないの?」

--したいけど、まだできないんだ。

「やだぁ、ソフトって工場みたいなところで、どんどん自動的にできてくるのかと思ってた。ITって先端産業みたいだけど、人手が頼りだなんてずいぶん遅れてるのね、内実は。」

--まあね。実際にはまだマニュファクチュア、つまり工場制手工業の段階なんだ。

「それじゃまるきり産業革命以前じゃない。」

--それはある意味じゃ当たっている。ただ、どうしていまだにそうなのか、その理由を理解してもらうにはシステムの作り方をすこし説明しなけりゃならない。
 カスタム・メイドの情報システムの作り方ってのは、たとえて言うならば建築に少し似ている。
 まず最初に、お客さんが何を作って欲しいのか、何に使う目的のものなのかを引き出す。建築でもITの世界でもこれは同じだ。IT用語ではこれを要求分析という。
 
「要求分析・・へんな言葉ねえ。」

--そうだね。まあ業界の用語だから。これは建築で言うと基本計画にあたる。
 次に設計の段階が来る。建築の場合ならば図面を引き始めるところだ。外観はどうするか、構造やレイアウトをどうするか、給排水や空調などの設備はどこに入れるか、そんなことを考えて設計図に落とす。情報システムの場合なら、ユーザ・インターフェースはどうするか、データ構造やプログラム構成はどうするか、通信はどうするかみたいなことを考えて設計書を作るわけだ。

「やっと、どんなものができてくるのか少し分かるのね。」

--そう、だからこの段階で当然お客さんの承認を得る。
 それから実際のモノ作りがはじまる。建築ならば、基礎工事からはじまって、躯体工事・設備工事と、職人さんが大勢出入りして作り上げていく。
 情報システムの場合も、プログラマーという名前の職人たちが集まって、プログラムを一つひとつ作り上げていく。
 そして検査だ。建築の場合と違って、情報システム開発では、この検査が非常に重要で、じつはプログラムづくりと同じくらい手間がかかる。

「そんなに!」

--うん。とくに総合テストといって、単体でバラバラに作り上げたプログラムの部分品を組み合わせて、お互いに矛盾がなく動くかどうかを確かめなければいけない。完成検査にはお客さんも立ち会う。
 最後が導入準備だ。情報システムの場合はユーザへの教育・トレーニングが重要になる。建築だと、そうだなあ、什器備品の搬入とか、空調や給廃水設備のならし運転とかがこれにあたるかな。
 こうしてようやくカット・オーバー=稼働開始ということになる。

「それで?」

--建築ってのは、どうしても職人仕事から逃げられない。工場の中でビルを丸ごと一個自動的に造るのは無理だろう? 同じように、オーダーメードの情報システムは手間暇のかたまりなのさ。ただ、板やコンクリートみたいな材料の費用がかからないために、職人仕事の人件費がむき出しになってしまうってところがある。

「つまり、ITってのは『目に見えない建築』だ、って言いたいのね?」

--ご明察! 目に見えるのはコンピュータや通信装置のちっぽけなハードウェアだけしかないけれど、それは言ってみれば建物のファサードで、その後ろに巨大な奥行きがある。人間の手仕事で作られた奥行きだ。でもITの素人は、ファサードだけ見て奥行きが想像できない。まるで映画の書き割りみたいに思ってしまう。

「プロだったらわかるってわけ?」

--もちろん。それがプロと素人の境目さ。ファサードを見て、玄関の扉に相当するメイン・メニューの画面を見れば、その後ろ側にどれだけ膨大な奥行きがあるかが、ほぼ想像できる。

「でも、そういうのって会社の経営者とかには理解がむずかしいんじゃない?」

--そこが問題なんだ。情報システムの投資はへたすれば億単位の金がかかる。それこそビルが建っちゃう金額だろ? ところが、目に見えるものだけ見て、こんな「書き割り」になぜそんな金が必要なんだ、というところからもう話が食い違っちゃう。こっちは目に見えないけれど新しいビルを建てているんだぜ。建てたら使ってメンテしなけりゃ生きてこない。
 いやはや、誰か「IT可視化装置」みたいなのを発明してくれないかな。そのゴーグル眼鏡みたいのをかければ、自分のまわりに全く新しい建物が建っているのを見て触ることもできる、と。そうなれば偉い人たちとの話も楽なのに。

「だったら、あなたが作ればいいじゃない。やりなさいよ。きっと、一攫千金よ」

--うーん、まあねぇ。
 ただ、このITと建築のアナロジーって、けっこうあたっているところが多いんだ。
 たとえば、一般建築というのは水平市場だろ?

「何、その水平市場って?」

--地理的に全国に広がっていたり、業種的にどこでも必要とされるのをマーケティング用語で水平市場っていうんだ。情報システムもオフィス・ビル建築もそういうふうに対象が広い。もその反対は垂直市場で、これは狭い業種に限られていたり、地域が限られていたりするようなビジネスの事さ。たとえば、うーん、そうだなあ、同じ建築でも工場とか空港とか、非常に特殊な業種相手か大都市周辺にしか需要のない仕事だろう。

「つまりあなたはオフィス・ビルを作ってるってわけね」

--ま、そうです。
 もっとこのアナロジーをおし進めるとだね、たとえば建築設計だったら意匠・構造・設備の3分野がある。これがITだと、それぞれヒューマン・インタフェース設計、データ構造設計、ネットワークやユーティリティ設計にたとえられる。見た目・つくり・サービス機能にそれぞれ該当するからね。

「ふうん。でも世の中、似たような建物が多いわよね。ITも似たようなシステムが多いものなのかしら」

--そりゃ、多くの会社のビジネスのやり方は共通性があるからね。会計・人事・販売・物流・・みんなそれほど大きな違いはないから、システムもみな共通性がでてくる。

「だったらコピーで大量生産出来ないの?」

--それに近い事をやろうとしているのが基幹業務用パッケージ・ソフトだ。ERP(=Enterprize Resource Planning)パッケージといって、企業活動の基幹部分を全部まとめて面倒見ようというものが出てきている。こういうソフトは、相手企業毎に毎回ゼロから作り直す手間をさけて、あちこちの設定を変えるだけで、個別企業のニーズにフィットするよう機能が変化する。それでコストを安く出来る仕組みなのさ。

「つまりプレハブ建築みたいなものかしら」

--そうも言えるね。完全手作りに比べると、最初の段階が工業化されている。こういうパッケージ・ソフトを使った導入だと、かかるコストの殆どはカスタマイズといって顧客の個別ニーズに合わせて設定を変える部分、それから周辺の既存システムとのインタフェース構築(つなぎこみ)とデータ移行、それにバージョンアップといったたぐいのものになる。投資額としては軽くなる。それに導入期間自体が短くなるメリットもある。

「でも、そんなに投資額が高いんだったら、それこそリースにでもしちゃえばいいんじゃない?」

--コンピュータのハードウェアは昔からリースやレンタルでの利用が普及していたさ。でも、ソフトウェアは「もの」じゃないからね、貸し借りできるものじゃない。ライセンス料をはらって使わせてもらっているだけなんだ。

「そのライセンス料は買い取り価格なの?」

--ま、ソフトによってはたしかに月単位・年単位でのライセンス契約というのもある。それと最近ではネットワークの速度が速くなったから、ハードもソフトもぜんぜん別の場所にある会社のものをかりて、端末だけつなげて使うという方法も出てきた。どこかネットワークのかなたに存在しているシステムを使うので、クラウドというんだ。そして、ソフトとハードの使用料を払う。ま、一種のリースみたいなものだ。

「その場合、データは誰が保管するの?」

--いい質問だ。クラウドのサービス・プロバイダーが責任を持って保管するのさ。ほら、どこの会社でも現金は最低限を残してあとは銀行に預けるだろ? データを銀行に預けるのがクラウドの仕組みだ。

「銀行といったって、利息は付かないんでしょ?」

--ま、たしかに別にデータに利息は付いてこないけれど。
 でも、こういう業者が所有しているデータ・センターをつかうのは、一社単独では金がかかり過ぎるIT投資を多少なりとも軽くする工夫だといっていいと思う。ただね、同じソフトは買った後でも、マスタ・データのメンテナンスなんかがユーザにとって必要となりつづける。だから、リースそれ自体よりも、データのメンテナンスを商売にした方がいいかもしれないと思うよ。それが利息みたいなもんかもしれないけれどね。

              (この話の登場人物はすべて架空のものです)
by Tomoichi_Sato | 2011-01-30 23:43 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第13問 情報の値段ってどうやって決まるの?(2/2)

<< 情報とソフトの奇妙な経済学 >> (つづき)

「ねえ、どうしてパソコン・ソフトのコピー・プロテクションって無くなってきたの? 話はそれるかもしれないけれど。」

--うーんとね。初期のパソコンは、君は知らないだろうけどハードディスクが無くてフロッピー・ディスク装置のみが主流だった。ソフトもフロッピー媒体で流通しているものを買ってきてそのまま使ってた。でも、ハードディスク装置が当たり前になり、そこにインストールして使うようになって以来、コピー・プロテクションはかえってひどく不便で邪魔くさいものになってしまったんだ。
 今でも、ゲーム機のソフトはカートリッジになっていて複製が簡単にできないだろ。だからモノのように流通していて、中古市場がちゃんと成立する。

「そうね。」

--ぼくは、音楽や書籍といったコンテンツ商品も、使用許諾権という考え方を明確にすべき時が来ていると思う。

「レンタルはどうなの? ビデオは売買よりもほとんどレンタルが中心よね。」

--レンタルってのはモノとしてのやりとりだけれど、実際には一時的な使用許諾権を与えているようなものだ。売りきりとライセンスの中間みたいなものだね。アナログのビデオテープは複製しても劣化しやすいから、レンタル商売がなりたったんだよ。貸本も同じさ。

「でも、パソコン・ソフトなんか、コピーが簡単にできるようになっても、まだみんな店で買っているわよ。なんで?」

--そういう君自身は、なんでお金を出して買ってるのさ。

「あなたが全部タダでコピーをくれないからよ、・・っていうのは嘘。信じないでね! えーと、やっぱりコピーは違法だって意識があるからかな。」

--見つかったら法律で罰せられるから、というブレーキは確かにあるだろうね。

「そう。それで思いだしたけれど、ヨーロッパ大陸の列車って、駅に改札が無いのよね。でも、みんなちゃんと切符を買って乗ってるの。もし車内の検札で見つかるとすごい罰金を取られるのよね。そう聞いてちょっと納得。それと同じ理屈かしら。」

--ライセンス商売のもうひとつのポイントは、アフターサービスだろうな。売りきりじゃなくて、その後も無料のヘルプデスク・サポートやバージョン・アップをつける。買う側もサポートに価値を見い出してお金を払うという構図だ。ソフトウェアの場合はアフターサービスがかなり大事だから。

「でも、音楽や本じゃサポートはいらないわね。」

--そう。だからまだ当分はコピー・プロテクションの問題ははずせないだろう。ここがコンテンツ商売とソフトウェアの違う点だ。

「でも、コピー・プロテクションなんて、どうせどっかの誰かが破る方法を考えているんでしょう? いたちごっこじゃないかしら。」

--かもしれないね。剣を持つ者は剣に滅びる。技術論で市場の需給関係をコントロールしようとする者は、技術論で失敗する可能性がある。
 とはいえ、音楽がタダで流通したら、プロの音楽家が成立しないから、最終的にはお互いのためにならない。さもなくば、プロはみな録音はやめてライブに徹するしかなくなる。

「そうね、演劇なんかコピー不可能だわ。」

--結局、みなさんの良識向上を待つしかないのかな。

「海賊盤の問題は古代ローマ時代の詩人も嘆いていたくらいだから、良識の進歩は千年単位の時間がかかるかもね。でも、じゃあどうしたらいいのかしら。」

--いずれにしても、既存の流通経路に顔を立てて売りきりの形態にこだわったり、テープやディスクなどの記録媒体に正体不明の「著作権料」をのっけて値段を高くするような事は、愚の骨頂だと思う。簡単に複製できるデジタルコンテンツは、ライセンスも売りきりも実質同じなんだから。「はだかの情報の値段」まで引き下げるしかないだろう。みんなが「その値段だったら払ってもいいな」と納得できるような値段に。

「そんなの、タダが一番いい、ってみんないうに決まっているわ。それに、『はだかの情報の値段』て何よ、最初の質問にもどるけど。」

--ものの値段を決める方法は二つある。まず第一は、これを作るにはこれこれの値段がかかったから、それに見合う代金をください、というやり方。つまり原価積み上げの論理だ。
 これに対してもう一つは、それが手に入ったらどれだけ得するか、手に入らなかったらどれだけ困るか、で値段をつける方法。これが使用価値の論理だ。たぶん市場メカニズムが両者を仲介して「相場」を形成するんだろうけれど。
 はだかの情報の値段は、この使用価値で決まるんじゃないかな。

「どういうこと。よく分からない。」

--つまり、たとえばね、産業スパイがいて、そうだな、入札の競争相手の価格情報を売りにきたとする。あるいは、インサイダー情報で明日これこれの株価が上がります、でもいい。これなんか複製しても意味はない、純粋な情報の値段だろ? これにいくら払う?

「それだってタダが一番いいわ。」

--タダだったら他の奴のところに売り付けに行くだろう。そしたら元も子も無い。

「そっかあ。そうよねえ。」

--たぶん、自分がその情報から得る事のできる利益と、情報を得なかったときの利益を想定して、その差から値段をつけるだろう。経済学的にいえば、情報ってのは、状況に関する知識の不確実性を減らす事で得られる利益とか、減らせる機会損失とかを勘案して、値段が決まるものなんだろうな。

「音楽を聞いても、状況の知識なんか増えないわよ。」

--そうだね。そういう感覚や情緒に訴える情報の値段は、知識的情報とはちがうね。株価情報のように経済学の数式には乗らない。無理にいえば、精神的なリフレッシュ効果とかで計るんだろうけれど。

「その株価情報だって、1回限りの、それも内容を聞いて見なければフェアな値段をつけられないものじゃないの? あなたがさっき言ったように、情報は前払い原則なんだから、聞いて見たら屑情報だったってこともありうるわ。実際に値段をつけるのは難しいと思う。」

--うん。ようするに、情報の価値をお金に替える情報産業には、基本的な矛盾がある。情報は前払い原則なのに、情報の実際の価値は手に入れてみないとわからない、という点だ。
 で、この矛盾を和らげる方法が四つある。
 第一の方法は、前払い原則をやめて、後払い方式ないし定期購読みたいにする方法。
 二番目は、前払いのままだけれども、かわりに情報の一部を先に開示して全体の価値を推察させやすくするサンプル提供方式。

「今じゃ映画の劇場公開はDVD販売のためのショーウィンドウにすぎない、っていわれているらしいけれど、これがまさにサンプル方式ね。」

--そうかもね。それで、三番目は、情報の売り手が誰であるかによって商品である情報への信用を保証する方法。いいかえるならば、売り手の「ブランド力」に頼る方法だ。あの作家の本ならば面白いだろう、というやつだね。もっとも、これは逆の方向にも働いてしまう。梅棹忠夫という学者が「情報産業のお布施論」というのを言っているんだけれど、同じお経を読んでも、偉いお坊さんは沢山のお布施をもらえる。同じ情報なのに売り手のブランド力によって値段が変わるという矛盾がでてきてしまう。

「それで、4番目は?」

--情報を売る代わりにデータを売る方式だ。
 経済的な知識情報を売るのをなりわいとしている企業はね、主観的評価に左右されやすい「情報」を売るようなリスキーな事をするかわりに、継続的なデータを売って暮らしているのさ。株価データや信用データみたいにね。そして、そのデータの中から「情報」をつまみ上げるのは買い手の責任ということにしている。

「なるほどねえ・・。じゃあ、出版とかは今後どうなるのかしら? 後払いは難しそうだし、今まではブランド力に頼る方式だったわ。」

--出版業界では苦肉の策として、「オン・デマンド出版」という考え方がでてきている。

「なにそれ?」

--オン・デマンド出版というのはね、版下をデジタル・データで用意しておいて、消費者からリクエストがあるたびに、1部ずつ印刷し製本して消費者の手元に送るという販売方法だ。これは印刷のかなりの部分が電子化されたから可能になったやり方だ。
 たぶん専門書のような、部数は少ないけれど需要の寿命が長いようなジャンルの本にはけっこうマッチすると思う。

「ふーん。」

--これは電子データのかわりに本という物体を通信販売の形で送るわけだ。もちろん、これでは、コピー・プロテクションにかかわる本質的な問題は解決していない。本の値段が、全ページをゼロックスしてしまう価格に比べて安くなければ、やはり消費者側での違法コピーがまかり通るだろう。

「あのね、わたし思うんだけど、情報コンテンツやソフトウェアみたいな無形のものにお金を払うかどうかって、『良識』とかなんかじゃなくて、その社会が人件費をどうみているか、ってことに結局は帰着すると思うの。翻訳の仕事をしていると、つくづく人件費だけだもの。弁護士さん・弁理士さんとか編集デザイナーさんも同じ。
 洋服を考えてみてよ。たぶん、人件費がめちゃめちゃ安い発展途上国だったら、洋服の値段って本当に物質的な材料生地の部分が99%で、デザインだとか加工の手間賃はタダみたいなものでしょうね。
 でも、だんだん経済が発展すると第三次産業が増えて、人件費だけで生きて行く人が多くなる。人件費が上がってくれば、材料よりも手間賃の方がだんだんウェイトが上がって来るわ。いいデザインにはそれだけの人間の時間が込められているって、気がつく人が増えて来るはずよ。
 人間が頭を使って働く時間がタダではない、という認識が、ソフトやコンテンツもタダではないという理解につながって行くんじゃないかしら。」
 
--そうかもしれないね。今の企業の会計制度って、実はけっこう実物経済中心主義なんだ。基本はモノに付随したお金の価値評価であって、無形の知的財産なんてまだ付け足し程度みたいなものだ。でも、インターネットの時代では、無料で配布しているLinuxなどのソフトウェアが、資産としては0円でも、価値としてはものすごく大きい、という事態が生じてしまう。
 偉そうなことを言うようだけれど、ぼくは経済学というものも、もっと情報やデータの価値をきちんと扱えるように進化しなけりゃならないんじゃないか、と感じるよ。

(この話の登場人物はすべて架空のものです)
by Tomoichi_Sato | 2011-01-23 22:08 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第13問 情報の値段ってどうやって決まるの?(1/2)

<< 情報とソフトの奇妙な経済学 >>


「ねえ。わずかな通信代を負担すれば情報を世界に発信できます、っていうインターネットの精神は分かるけど、逆に有用な情報だったら、お金をとって売りたい人もいるんじゃないかしら。そういう人は困るんじゃない?」

--別に困りはしないさ。インターネットでも有償のサイトはたくさんある。

「だってみんな勝手にアクセスできるんでしょう?」

--それはね、あるところから先のページは、登録したパスワードをいれないと読めない、というような方式で情報を限定しているんだよ。

「どういうふうにお金をとっているの?」

--たいていはお客にパスワードを渡す代わりに、クレジット・カードの番号を登録してもらって、引落すのさ。

「そんなことを聞いているんじゃないわ。どういう風に個別の情報に値段をつけているか、って話よ。情報の価値ってどうやって決めてるのかしら」

--そういう話か。それはけっこう難しい質問かもね。情報の売り買いって、ふつうのモノの取引とは随分ちがう性質をもっているからねえ。

「あら、そうお? たとえば?」

--たとえば。・・たとえばねえ、情報ってのは必ず前払が原則なんだ。

「前払い?」

--モノだったら、お客に商品を渡した後で代金を受けとるやり方でも困らない。お金を払ってもらえなかったら、モノをとりかえせばいい。ところが、情報というのは知られてしまったら、返してもらう事ができない訳さ。

「そうね。たしかにその情報を知らなかった状態には戻れないわね。」

--いったん相手に渡しちゃったら、それでもう終わりだろ? 「こんな情報は前から知っていた」とか「こんな情報は自分にとって価値が無い」とか言われて、そこで逃げられたらお金が手に入らない。だから情報産業は必ず前払いが原則なんだ。

「そういえば、たしかに映画でも演劇でも先にチケットを買って入るわね。」

--お代は見てのお帰りで、というのは非常にリスキーなやり方なんだ、情報の商売に限っては。

「でもね、本屋さんとか、それにパソコンのソフトとかだって、通信販売で届けてもらってからお金を払うケースがあるじゃない。あれはどうなの?」

--うん。まず、本の場合はね、あれは内容の情報だけではなく、紙でできた『』というモノを売る形態をとっている。買う側だって、内容だけでなく、たしかに紙質だとか装丁だとか字体だとかいったモノとしてのデザインの質を評価して買っている部分がある。いや、あった、と過去形でいうべきかもしれないな。最近の出版業界では、読み捨て使い捨ての文庫本が全盛で、モノとしての保存価値が薄くなってきているから。

「老子の言葉に、『文字は読んでしまえば用はなくなる』っていうのがあるんですって。昔は書物はほとんど神聖なものだったから、これは反語なんでしょうけど、でも世の中はほんとにそういう風になってきたのね。」

--それと歩調を合せるようにして、本の内容それ自体を電子出版してネットで流通させようという動きが出てきた。

「そういえば、音楽もそうよね。映像もオン・デマンド配信になってきたし。」

--そうやって電子ファイルにされてしまうと、コピー・プロテクションの問題が常に出てくるんだ。これも情報産業のもつ特殊性だね。

「そうね。でも、パソコン・ソフトも昔はよくプロテクションがかかっていたけれど、最近はすたれてきていない?」

--それには理由があって、・・えーと、でもね。ぼくとしては、ちょっとパソコン・ソフトと他の情報コンテンツの話題は区別したいんだ。

「どうして?」

--パソコン・ソフト、いやコンピュータ・ソフトウェアはすべて、ある処理の方式をデータ化したもので、人間にとってそれ自身は情報としての意味はない。でも書籍や映画は直接人間に意味を訴えかける。みんな全部ひとくくりに『ソフト』と呼んでいるけれど、ぼくの意見では前者だけがソフトで、後者はコンテンツと呼ぶべきだと思う。

「そうなの? それならそれでもいいけど、じゃ電子化されたコンテンツの値段はどう決まるのかしら?」

--結局ね、情報というものは、かならずその乗り物となる物理的媒体が必要なんだ。肉体をなくした霊魂みたいなものはこの宇宙では存在できないことになっている。

「媒体?」

--情報を記録しておくメディアさ。文章だったら紙がそうだし、映像ならビデオテープ、音楽ならCD、パソコンソフトならフロッピーとかCD-ROM。もちろんどこにも記録されずに終わる内緒話みたいな情報だってあるけれど、お金を取って流通させたければ何かの媒体に記録して固定する必要がある。
 だから、本屋さんの時代には、書物という物理的媒体を売り買いしていたわけだ。

「そういえばそうね。」

--でもさ、コンテンツ商品の値段を、それのキャリアである物理的媒体の価格で決めるのは、人の価値を、その人ののっている自動車の値段で決めるようなものだろ。

「ふむふむ。」

--本を流通させるには、活字を集めて紙に印刷して束ねて輸送して、という具合にコンテンツの物理媒体を作るのにかなり大がかりな費用がかかった。出版社はたぶんそれに印税と利潤を乗せて値段を決めていたんだと思う。
 ところが、電子ファイルの時代になったとたん、コンテンツの複製がだれでも簡単にできるようになった。いまではCD-ROMなんて部数が多ければ1枚十円の単位で焼けてしまうはずだ。物理的媒体の費用なんてタダみたいなもんだ。
 
「そうすると、情報それ自体の値段がむき出しになってくるのね?」

--それだけじゃない。情報を受け取った人間は、本の場合は他人に複製して渡すのはほぼ不可能だったから、出版物の流通は売り手が完全にコントロールできた。ゼロックスの出現でそれは多少あやしくなったけれども、全ページコピーするよりは買う方がたいがい安い。しかし、電子ファイルの時代には、売り手の複製費用が楽になるのと同時に、消費者側が勝手にどんどん複製してばらまけるようになってしまった。

「で、流通の支配権を取り戻そうとして、コピー・プロテクションが出てくるのね。」

--そう。もともとこの問題は、商品の実質的な使用価値をそこなわずに複製ができ、かつその複製費用が売り手の価格よりも安く済んでしまう場合には、実物商品であるかコンテンツ情報の商品であるかにはかかわらずに発生する問題だ。たとえば高級ブランド品のコピー問題を考えてみればいい。

「でもまあ、モノの場合は簡単には複製できないから問題があまり起きなかったのね。」

--ところが情報はモノではない。情報の物理的媒体が高価で、簡単に複製できなかったときには、その媒体をモノとしてあつかって売り買いできた。しかし媒体の複製がタダ同然になってきたときは、別の事を考えなけりゃいけない。そこでは、モノのような「所有」ではなく、情報の「利用」にお金を請求するという方向に変わる必要がある。これがライセンス=『使用許諾権』の考え方なんだ。これが情報産業の3番目の特徴かな。
 
「ライセンス、ねえ。だんだん弁理士さんの世界になってきたわ。」

--ライセンスというのは特許のような無形の知的財産を、つまり『情報』そのものを他者に限定開示して代価を得る仕組みだ。これ自体は古くからあって、制度的には確立している。
 ただしね、これを実行するためには、売り手が誰に何を売ったかきちんと管理できなくてはいけない。企業間のライセンスならともかく、不特定多数の大衆相手の商売だと、これはなかなか困難だ。それと、使用許諾権は第三者に勝手に売り渡せない。だから原則としてパソコン・ソフトには中古市場は存在しない事になる。

「ねえ、でもどうしてパソコン・ソフトのコピー・プロテクションって無くなってきたの? 話はそれるかもしれないけれど。」

(この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-01-20 22:40 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第12問 ホームページはデータベースの親戚なの?

<<  不定形な情報に構造を与える  >>

「インターネットで情報の交換っていったら、やっぱりホームページよね。」

--うーん。それは見方によるかもな。電子メールの方が歴史が古くて、より広く使われているからね。初期のインターネットは電子メールのバケツリレー的な交換の仕組みで発達してきたという面もある。でもまあ、メールとウェブが二本柱だろうね。

「ウェブって、ホームページのこと? それともサイトのこと?」

--おっとっと。なんだか混乱気味だなあ。ウェブってのは、正確にはWorld Wide Web、略称WWWのことで、これはインターネット上での情報交換の技術のことをさしている。とくに、Hyperlinkといって、文章の一部分をマウスでクリックしたりすると、自動的に別の文章にとんだり、あるいはぜんぜん別の所のコンピュータにある文書まで飛んでいったりする仕組みを活用した技術さ。

「ふーん。」

--で、そういう文書ってのは、ページ単位になっている。そのひとまとまりのことをサイトというんだ。とくに、どこのサイトも中心になるページがある。そこのサイトの説明や、目次なんかをおいてあるページだね。たいていは入り口か、あるいは入り口をはいったすぐ次のページがそれだ。これがいわば野球でいうホームグラウンドにあたるもので、このページをホームページと呼ぶ。
 でも、これが転じて、ホームページといえば、サイト全体をさしたり、ウェブ技術で見せる情報のことを総称したりするようにも使われてしまっているから、ちょっと混乱するんだね。

「さっきインターチェンジのところで言ってたけど、ホームページってデータベースなの?」

--正確な用語で言えば、サイト全体がデータベースです。でもホームページはその一要素だから、まあこれもデータベースと呼んでもいい。

「でも、さっきからあなたが延々説明してくれた四角くて石頭なデータベースとは全然ちがうじゃない? もっと人間らしいわ」

--ちがうといえば違う。でも、その差は君が思っているほどの違いではないんだよ。たしかにエンティティとリレーションという概念はない。でも、さっき説明したデータの文法にはきちんと従っている。

「どういうこと?」

--まず、こういう話をするときは、ユーザである人間にたいする「見え方」と、内部的に保持している「データの構造」を区別する必要がある。君が“人間らしい”というのは見え方に関することだろう? それはそのとおりかもしれない。でもね、ウェブの技術では、見え方はユーザの使っているクライアント側のコンピュータまかせということになっている。

「クライアント側?」

--あ、ごめん。えーとね・・こういうウェブをはじめとするインターネットの技術では、基本的に二つのコンピュータが対話しあって仕事をしている。君が会社や家庭や使うパソコン、すなわちユーザが直接操作するコンピュータのことをクライアント、という。

「Clientって、英語でいうお客様のこと?」

--そう。それに対して、データを集中保管していろいろな処理をするコンピュータのことをサーバという。

「お客様にサービスする側だから、Serverなのね。」

--御意。それで、こうやってサーバとクライアントのに種類のコンピュータが、ネットワークを介して通信し合いながら仕事をする仕組みのことを、クライアント・サーバ技術という。

「ねえ、それで思いだしたんだけれど、ホストって何? サーバのこと?」

--あのお、今はウェブのデータ構造の話をしているんだけれどな・・女はなんで話がすぐ飛ぶんだ。

「なんですって!」

--いえ、なんでもアリマセン。ホストってのはね、サーバと同じような意味にも使われるけれどね。クライアントをもてなして奉仕する側だからかな。でも、ふつうは大型の汎用コンピュータのことをいう。サーバってのは機能をさす用語だけれど、ホストは計算機のモノの種類をさす用語だ。それで・・

「マスターとかホストとか、IT用語って水商売の単語が多いのね。」

--ひでぶっ・・。よけいな茶々は無視して本題に戻りまあす。えーと、何が本題だっけ・・あ、そうだ。その、クライアント側のコンピュータがホームページのデータの「見え方」を決めているんだ。「見せ方」といったほうが正確かな。だから、ちがう機種のパソコンや、同じ機種でも別のソフトを使えば、同じページを表示しても見え方は違ってくる。字体のえらび方や文字の大きさなんか典型的にね。

「そうなの?」

--そうだよ。こんど違うパソコンがあったら試しにのぞいてごらん。それこそ、携帯電話で同じページをみたら、画面のサイズも小さいし、全然ちがうだろ?

「え、携帯ってパソコンなの?」

--携帯電話ってのは、あれも一種のコンピュータだからクライアントになることができて・・ああ、すぐまた話が他にいってしまふ。とにかくだね、見せ方はクライアント側に任されている。で、クライアントからの要求に従って、サイトの中のデータを送信してやるのがサーバ側の役目だ。ところで、そこにはクライアントとサーバの双方が了解できるデータ構造の約束が必要だ。

「構造。」

--簡単にいうとウェブのサイトってのは本に似た構造になっている。これはね、もともとウェブの技術がCERNという、ヨーロッパの原子物理学の研究機関で発案されたものだからね。論文や書物のネット上での公開という目的意識がそうさせたんだろう。

「本の構造っていうと、紙函と表紙とカバーがあって、紙が綴じてあって、しおりが・・っていうこと?」

--いや、そんな物理的な構造の話じゃない。

「じゃ、1行が34字で1頁に30行、とかってこと?」

--それは頁の見え方の話。ここでいっているのは本のコンテンツが持つ論理的な構造だ。

「ロンリテキ。」

--ITの世界では、「物理的」と「論理的」を区別し対比させて使うことが多い。ハードウェアの世界とソフトウェアの世界だ。いや、もう少し丁寧にいうと、コンピュータという機械が処理する下層と、人間が認知する上層のことをあらわしている。たとえば、ファイルは物理的実体としてはとびとびの場所に断片的に布置されるが、論理的にはひとまとまりのファイルとして扱われる、といった具合にね。

「酔っぱらった翌朝、脱いだ靴下はばらばらの場所で発見されるが、ロンリ的には一組の靴下であるという・・。」

--それはそれとして。とにかく、物理的な実在と意味論の間をつなぐのがソフトウェアの仕事なんだ。とくに、基本ソフトとかミドルウェアとか呼ばれるものが、その仕事をしている場合が多い。それで、本の論理的な構造に戻るけれど、本というのは、タイトルの書かれている表紙部分と、本文の書かれているボディの部分からなっている。

「目次とか奥付とかは?」

--あー、それはない。そういう意味では、本というよりはどちらかというと論文の構造に近いかなあ、理科系の学術論文の。なにせCERNだから。それで、本文全体はさらに各章からなり、章は各節から成り立ち、節はさらにその下のセクションから成り立つ、というような階層的な構造になっている。それぞれの章や節はタイトルというか小見出しがついていて、それに地の文である段落が続く、という風に構成されている。こんなふうに:

   「ITとは何か?」          ←表題 ┐(表紙部分)
                          ┘
   第1章 データの世界を理解する  ←章のタイトル ┐(本文部分)
    第1節 データと情報の区別   ←節のタイトル |
                            |
     ある人がITをよく理解しているか  ←段落  |
    どうかを見分けるには、こう質問して       |
    みるといいでしょう。              |
                            |
    「情報とデータのちがいは何か」    ←段落  |
                            |
    この質問に答えられる人は、ITの本  ←段落  |
    質に洞察をもっている人です。          ┘
    
「なんだかつまらなそうな論文ね。むりやり人に送りつけたりしなければ誰も読みそうにないわ。」

--確かにね。まあとにかく、一つの論文はこんな風な構造になっている。で、この論文がウェブの1枚のページに対応している。ウェブの1ページの中身は、必ず表紙部分と本文部分からなり、本文は章や節や段落からなる、そういうブロック単位のデータ構造になっている。各ブロックが、すなわちデータベースでいう『フィールド』に相当するんだ。
 そこで、これを読みとったクライアント側のソフトは、タイトルはタイトルらしく、小見出しは小見出しらしく、段落は地の文らしく表示するのさ。

「ふーん。・・でもちょっと待ってよ。さっきからの石頭なデータベースだと、フィールドって文字の数が最大30文字まで、とかって決まっていたんじゃなかった? タイトルが何文字か、段落が何文字かなんて決まっているの? 決まりっこないと思うけど。」

--でも、最大の文字数を決めるかわりに、“終わりの印をおく”という方法もあったことを思いだしてほしい。ウェブではこの方法をとることで、実質的には段落の中に何文字でも好きなだけ続けることができるようにしてある。

「でもね、データベースって、フィールドの数と順番はきっちり決まっているんでしょ。だから四角い表の形になるって説明だったじゃない。章や節はいくつでも作れるんだから、数なんて決まらないじゃない。もしそれがフィールドなら、あなたの前の説明と矛盾するわ。」

--グッド・ポイントです。じつは、ウェブの場合は、それぞれのフィールドのデータの前に、“これから何々の種類のフィールドが始まるよ”という明示的な宣言をして、さらにデータのお終いには“何々フィールドの終わりです”という終わりの印をつける、という決まりになっている。たとえば、タイトルをあらわす部分はではじめて、で終わるのが約束だ。だから、
 ITとは何か
というデータがあったら、『ITとは何か』というタイトル・フィールドがあるな、と分かる。そこで『ITとは何か』という文字をタイトルらしく表示することができる。
 フィールドの種類を毎回宣言することで柔軟なデータ構造を実現し、それによって本や論文のような不定形な情報をやりとりできるようにする--ここにウェブ技術の秘密があるんだ。不定型な情報を、それも文字だけでなく画像や表を含めて、やりとりできるようになって、情報交換のインフラとしてのインターネットの価値が飛躍的に上がったわけさ。

「それでインターネット・ブームになったのね。」

--もちろんブームには基礎的通信技術の発展そのほかの要因もあるんだけど、ウェブ技術の出現が大きな引き金であることは間違いない。
 ちなみに、こういうふうに明示的にフィールドを宣言するようなデータ交換の仕組みを、英語でMarkup Languageと呼ぶ。ウェブで使っているのはHTML(Hyper Text Markup Language)というんだけれど、これ以外にも、なんとかMLと名前のついた親戚がいっぱいある。とくに、XML(Extensible Markup Language)という汎用的なデータ交換のフォーマットは、異なるデータベース間のやりとりのために、かなり普及していると思う。

「ねえ、思うんだけれど、ホームページづくりって、なんだか自分で本を作るのに似ていない?」

--そうだね。ウェブの1ページが論文に対応するなら、そのページが集まったサイトは1冊の論文集という本にたとえることができる。そういう意味では擬似的な自費出版みたいなものだね。もちろん、論文みたいに高尚な内容でなくても全然かまわないし。

「出版社に頼まなくったって情報が発信できるのね。」

--そう。だいたい、普通の人間は、頼んだって出版社から本なんて出してもらえるわけがない。知名度がなければ商業的に引き合わないしね。でも、情報を発信したい、情報を交換し合いたいという欲求は、たいていの人が持っている。情報交換のためのサービスはお互いただで提供します、だからアクセスのための通信費だけ各人で負担してください、というインターネットの精神は、こうしてはば広い支持を得ることができたのかもね。
by Tomoichi_Sato | 2011-01-13 23:16 | ITって、何? | Comments(0)