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「ITって、何?」 むすびにかえて

「ITって、何?」は、第20問をもって終わりといたします。小生のつたない、一人合点な対話編に長い間おつきあいいただき、ありがとうございました。ときおりでも拾い読みしてみて面白いと感じられたところがあれば、望外の喜びです。

ITとは情報とデータをめぐるドラマであり、ITづくりは情報とデータのたえざる対話を通訳し育てていくことだ、と感じます。そのドラマツルギーを心得ることこそシステム・アナリストにもっとも求められる資質ではないでしょうか。

こうした情報とデータの対位法を、男性と女性の間のダイアローグの中で類比的に浮き彫りにしようとこころみたのが、今回の「ITって、何?」です。けっして上手にできたとは思いませんが、その試みの一部なりとも成功したかどうか--もちろんそれは読んでいただいた方のご判断にお任せするのみです。

この対話編の原型になるアイディアを考えたのは何年も前のことでした。不況の深刻化に反比例するかのように「IT革命」なる言葉がメディアを通して洪水のごとくあふれる状況になったことがきっかけです。

しかし、その言葉の意味するところはひどく曖昧で、核心をとらえぬものばかり。言霊のさきわうわれらの国ですから、これもまた一種のおまじないだったのでしょう。子供がTVアニメをみて、“ポケモン進化ぁ!”とさけぶのと内実かわりはありません。

もうひとつ奇妙に思ったのは、そこで言われているITが、コンピュータや光ケーブルといった目に見える機械装置の製造ばかりを意味していることです。ソフトウェアはどうもみなさん分かりにくいらしくて、忽然とあらわれては手品のように機能を発揮することになっている。

ITは手品ではないのだから、タネも仕掛けも用意しなければ成長も革命もありえません。タネはかんたん、情報とデータを区別すること、です。定型化し、整理番号をふる--たったそれだけのことです。その種明かしをしたくて、ここまで長々と説明を続けてしまったわけですが。

本文の中でも書いたとおり、文系と理系という二分法を、私はあまり信じていません。そう考える理由の一つは、自分の中に理系的な性質と文系的な性格を両方持っているからかもしれません。今回の対話編では、その理系的な性質を男性に、文系の面を女性に振り分けて書きました。一方は文明と組織に属していて理屈っぽく、もう一方は直感的で気が変わりやすく非体制的である、という風に。

だから、登場人物に特定のモデルはありませんが、しいて言えばどちらも私自身だと言えます。おかげで自分の中の問題意識、すなわち自問自答の棚卸しみたいなことができました。そのかわり、“女が生意気で可愛くない”というご批判もちょうだいしましたが・・・(^_^;)


この「ITって、何?」のある部分は、外国で書きました。まあ日本も西欧もどちらかが格別進歩しているわけではないなあ、などと感じたりしながら。しかし、ときおりどこかに「哲学」の(有用無用はともかくとして)見えざる手を感じたりして、ああそういえばITは西欧哲学の非嫡子だったっけなあ、と思い出さされることがあります。そして、哲学のない組織はほろびる、哲学がなくては人間は生きてはいけない、とあらためて考えたしだいです。

何はともあれ、おつきあいありがとうございました。

佐藤 知一
by Tomoichi_Sato | 2011-05-19 00:58 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第20問 ITって人と人を結びつけるのに役立つの?(最終回)

<< ITは人を幸せに出来る道具か >>


--さあ、ここを通り抜ければ、もうぼくの生まれた町だ。

「え。・・いやだわ、なんだかわたし緊張してきちゃった。・・どうしよう。ねえ、わたし、ちゃんとした顔してる? おかしくない?」

--いつも通りさ、大丈夫だ。

「そんなこと言って、こっちを見てもいないくせに。」

--だいじょうぶだよ。

 それでも彼女はハンドバッグから化粧道具を取り出して、小さな手鏡を一生懸命のぞき込みはじめた。

「ねえ、わたし、お母様の写真の前でちゃんとご挨拶できるかしら。」

--できるさ。それに、そんなこと親父も誰も気にしやしない。

「あなたはそう言うけれど、人と人とのつきあいってむずかしい、大変なものなんだわ。あなたはきっと、コンピュータの前に座りっぱなしだから気が楽なんでしょうけれど。」

--そんな事ないさ。ぼくの仕事はシステム・アナリストだ。ユーザの行動の分析が商売だ。いつも人との関係には気を使っている。

「“いつも人との関係には気を使っている”・・嘘ばっかり! 忙しいときにはメールの返事もろくによこさなかったくせに。」

--あ、あの時は・・いや、ごめん。言い訳はよそう。電子メールが登場したことで、人と人とのつきあい方もずいぶん変わってきたのはたしかだけれど。

「また話をそらしたりして・・人とのつきあい方なんて、そんなに変わったかしら? わたし、本質は何も変わっていないと思うけれど。」

--そうかな。

 しばらく彼女は黙っていた。

--どうした? 何を指折り数えているの?

「今回のこの質問で、ちょうど20個目だったわ。」

--そうか。20の扉もようやくおしまいか。もうすぐ着くしな。それで、ITって何か、少しは分かった気になってくれたかい?

「ぜんぜん。」

--そりゃどうも。まあ難しいテーマだったし、『××って何?』式の、仕組みの説明は一切しない、という風に自分の手を後ろでしばっていたし、ぼくの解説能力の限界だったかもな。だとしたらあやまるよ。ごめんなさい。

「あやまらなくてもいいのよ。ただ、なぜ分からなかったか考えていたの。」

--それで?

「たぶん、あなたと私の生きている問題意識自体がちがうから、かみ合わないんだわ。」

--そうかな。ぼくは会社員。システム・アナリスト。それに男だ。きみはフリーの翻訳家で、小さな事務所で働いていて、おまけに女性だ。でも、それ以外に共通するところもずいぶんあるじゃないか。例えば同じ時代の日本に生きていて、同じ都会の・・

「そういうことじゃないのよ。そういう表面的なことじゃ。
 さっきの電子メールの匿名性の話なんかでも、あなたは電子認証とか、そういう技術論でとらえていたでしょう?」

--まあね。だってぼくは技術屋だからね。

「わたしは、匿名性の問題は、“自分とは誰か”という自己証明、アイデンティティの問題に行き着くと思うの。」

--うーん。つまり君は技術屋じゃなくて事務屋だと。それとも哲学者かな。

「そうじゃなくてね。えーと。私の好きな文明と文化の定義に、
文明は人間に利便を与える。文化は人間に自己証明(アイデンティティ)を与える。
という定義の仕方があるの。」

--はあ。それで?

「多分あなたの意識はもっぱら文明に属していて、私の意識は文化に向かっているんじゃないかと思う。だから問題意識がすれ違うのよ。」

--ぼくが、文明の側なわけ? そりゃ光栄だな。でも文化の方も手強いか。

「あなたは情報の定型化が好きでしょう?」

--ぼくは何度でも繰り返すけれどね、ITの本質ってのは、データと情報のサイクルを回すことなんだ。情報を機械に与えて処理できるようにしてやるためには、定型化してデータにしなきゃならない。
 そりゃユーザには一見、堅苦しくて不便に見えるかもしれない。でも、それはより広い意味での、ユーザの利便に供するためのものだからね。
 ・・なるほど。利便を与えることが文明の目的なら、たしかにぼくは文明の側に属しているのかもしれない。コンピュータが文明の国アメリカの産物だってのも納得できる話だ。とはいえ、ITが最終的にユーザに配達するのは融通無碍な情報だけれどね。

「でも、そこで配達されるのはあくまで書き言葉だけでしょう? さっきのメールの話に戻るけど。」

--携帯電話の音声だってデジタル技術の応用なんだけどな・・いいよ、わかった。主に書き言葉だ。でもそれのどこが悪い? 何が足りないっていうんだ? ITは立派に人と人を結んでいるじゃないか?

「本当に人と人とをつなぐものはフェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーションしかないのよ。
 書き言葉のみでのコミュニケーションには限界、というよりもバイアスがあるの。音声もない、相手の顔の表情も、仕草もない。言葉を発することは、からだぐるみの行為なのに。」

--そう言われてもねえ。バイアスって、どんな風な?

「コミュニケーションで大事なのは、本当のメッセージはインフォーマルなチャンネルで流れるってことだと思う。組織内のコミュニケーションもそう。さっきの何とか実験でもそれが結論だったでしょう?
 個人対個人でも、身振りや顔つき、言葉の発声のしかたやくせで、相手が無意識に発している感情レベルでのメッセージを受け取りながら、言葉の中身を吟味しているの。それが全部抜け落ちるとしたら、すごいバイアスじゃないかしら。」

--つまり感情が伝わらないってことかい。だったら、そのためにニッコリマーク(^_^)とかシクシクマーク(;_;)とかを使えばいいのに。

「それじゃ不十分なのよ。ねえ、わかって。お願いだから。
 あなただって、ずっとメールだけでやりとりをしてた人にこのあいだ会ったら、“想像してたやつとは全然ちがってたよ”なんて言ってたじゃない。」

--ああ、その手のことはしばしば起こるね、たしかに。

「ネットで、自分がどういう人格として他人に受け取られているか、不安に思ったことってない? 自分が誰なのか、書き言葉でしか知られないのよ。
 そんな狭いチャンネルしか通れないから、メールってしょっちゅう感情が不自然にこわばった状態になるんだわ。あなたも経験がない?」

--そうだなあ・・まあ、ときどき、電子掲示板で妙にひどい喧嘩になることがあるけど、あれなんかネット上の迷惑行為ではあるな。

「それって感情が窮屈だからそうなるのよ。面と向かい合っていたら、知り合いだろうが赤の他人だろうが、そう簡単に喧嘩はできないもの。」

--少なくとも、もっと上手に喧嘩するかもな。

「たぶん、あなたにとって言葉はコミュニケーションの全体で、終点のように思っているみたいだけれど、それはちがうわ。言葉はコミュニケーションの始まりでしかないのよ。それって悪いけど、西洋から輸入した誤解だわ。」

--輸入。そうすか。

「機械翻訳も人工知能も、同じようにIT屋さんの考え方の限界を示しているんじゃないかしら。それは、さっきの“英語は論理的だ”という誤解ともよく似てる。ITの親は西洋哲学と論理学だ、って言うあなたの説明が正しいんだとしたら、それは結局、西洋の論理学という釈迦の手のひらの限度なのよ、きっと。」

--孫悟空としてのぼくの感想はだね、釈迦の掌ってのは思ったよりずっと広い、ということだ。まだ果ての五指には到達していないような気がするもの。

「一つの地平を選んだ時点で、すでにそこに限界があるのよ。」

--だって選択ってそういうものじゃないだろうか。人間はあれもこれもは選べない。一つ選んだら一つ捨てるしかない。ITに限界はあるかもしれないが、それは果てに行ってみるまで分からないんだから、そこに賭けるしかない。これは賭なんだ。人生は賭けの連続だろ? 学校の専門を選ぶときだってそうだ。就職だってそうだ。結婚だって・・結婚だって賭けじゃないか。

「そうね。」

--ぼくはITの専門家としての仕事を選んだことを誇りに思っている。それが文明の領域に奉仕する仕事で、西洋人の論理がベースになっている限界はあるとしてもだ。まあITの解説は下手かもしれないけれどね。

「あなたの仕事がデータと情報の橋渡しをする仕事なら、私の仕事は文化と文化の橋渡しをする仕事なの。主に西洋と東洋の間だけど。」

--どんな文化でだって、人間は文明がなけりゃ生きられないだろ?

「でもどんなに文明があっても、文化がなければ人間は生きていく意味を失うのよ。」

--なんだかどっかの気障なセリフみたいだな。文明がなければ生きてはいけない。文化がなければ生きていく意味がない。

「・・データがなければITは動かない。情報がなければITを動かす意味がない。」

--お見事。それだけ分かってくれりゃ、十分です。それが20の扉の結論だから。

「ねえ。」

--なんだい。

「・・ううん。何でもないの。」

--ふうん。
 ああ、街が見えてきた。あの向こう側の丘に、ぼくの家がある。

「どれ? 見えるの?」

--まだ見分けられない。でももう、カーナビの仕事は終わりだ。

ITって、人と人を結びつけるのに役立つかしら?

--もう答えたんじゃなかったっけ?

「たぶん、ITって人と人を結びつけるきっかけを作ることだけは出来るのよね。国境を越えて、知らない人同士でも、1通のメールから結びつくきっかけにはなる。」

--ぼくはそんな風にロマンチックに考えたことはないね。ぼくは一介の技術屋だ。道具がちゃんと動いてくれればいい。このカーナビみたいにね。

「でも、道具が人を幸せにするのでなかったなら、いったい何のためにあるの?」

--そんなことは知らない。技術屋には技術屋の領分があり、それ以上のことは考えないようにしている。

「データ処理は文明に、情報は文化の領域に奉仕している。そうでしょう?」

--・・かもね。

「あなたは、このカーナビは軍事技術の応用だっていってたわ。人を幸せにするという目的とはあまり相容れない目的の技術。文化というより文明のための目的の。」

--それで?

「でも、同じその技術が人と人を結びつけることにも役立つかもしれないのよ。前線の暗い森の中で銃をかまえる兵士にとって、検閲された故郷からの手紙だけでなくて、地球上のすべての人と直接やりとりできることが、どれだけ大きな意味を持つかしら。どうして私たちは、そういう方向に向かって努力できないのかしら。」

--ぼくら人間は他人を幸せにするために生きているんだろうか。誰だってまず、明日を生き延びるのに懸命なんじゃないだろうか。

「でも、私は幸せになりたいわ。他の人にも幸せになってほしい。」

--それが何ほどのことだろうか。そもそも他人を永久に幸せにすることなんか誰にも出来やしない。ぼくも君も、誰もがいつかは小さな写真の中に収まってしまうんだ。

「だからせめてその時までは、一生懸命自分たちのことに、この世のことに手を尽くすべきなのじゃないかしら。そうでなかったら、なんのためにいるのかしら。」

--さあ、それは、わからない。その時が来るまではただ懸命に生き続けるとしか、ぼくには言えないね。

「わたしたちはその時に、一緒の写真の中にいるかしら。」

--そのために、一緒に歩いていこうと決めたんじゃなかっただろうか。

「そう。そうよね。」

--ぼくと君の間にも、いろんなギャップがある。たぶんずっと埋まらないままのものもあるような気がする。でも、君とぼくとの対話のサイクルの中で、何か新しいものが生まれてくるかもしれない。そう、願っているよ。

「そういうのを、たぶん愛っていうんじゃないかしら。」

--・・・・・。

 しばらく彼女は黙っていた。そして、こちらを向いてこう言った。

「ねえ。・・・愛って、何?」

                         (了)
by Tomoichi_Sato | 2011-05-17 22:18 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第20問 ITって人と人を結びつけるのに役立つの?(その3)


「そういう意味では、あなたが上げなかった電子メールの特殊性がもう一つあるわよ。」

--へえ。なんだい。

「電子メールって書き言葉だけのコミュニケーションだってことよ。これってすごく特殊だわ。」

--でも、飾り文字つきのデコレーションや写真もつけられるし、ウェブのホームページと同じ様な見かけをつくるHTML形式のメールだって増えている。以前の電子メールはいわゆる『テキスト』しかサポートしていなかったけど、かなりマルチメディア化してきているよ。

「だからあ、なんていうか、そういう技術的な問題じゃないのよ。言葉ってもともと・・ああ、こういう微妙なことって説明が難しい。」

--じゃ、ゆっくり考えていただいている間に、ぼくの側からひとつ言わせてもらおう。ぼくなんか君とちがって外国語が苦手だから、英語でやりとりしなきゃならない外国の相手とは、電話よりも電子メールの方がずっとありがたい。ゆっくり読み書きできるし、聞き間違いもない。書き言葉のありがたい面だね。メールがどんどん進化してTV電話みたいなものになっちゃったら、ぼくみたいな人間はかえって困っちゃう。

「それはそうでしょうけど・・」

--まあ、そもそもインターネットの中では英語が事実上の標準言語みたいになってきているし、ゆくゆくは世界中が英語でやりとりするようになる便利で平和な時代も遠くないのかもしれない。世界中のみなが自国語の他に英語を必ず学ぶような時代にね。

「なんですって?」

--それに、英語の方が日本語よりもずっと論理的だから、日本人のわけ分からなさ加減も少しはよくなるかも。

「ねえ。おねがいだから、私の前で外国語についていいかげんなことを言うのはやめてちょうだい。わざとわたしを怒らせたいのならともかく。」

--なんで怒るのさ? 君の翻訳の仕事が無くなるから?

「あのねえ。言語って、経済の利便や都合だけのためにあるんじゃないのよ。
 世界中の人が英語を学ぶ? よしてよ。言語って文化の一部なのよ。今、英語がのしているのは、この200年の間、たまたま英国と米国が軍事力と経済力で世界中を席巻してきたからでしょ? 別に英語がとくべつ素晴らしい言語だからじゃないわ。
 英語が論理的? それもぜんぜんおかしいわ。英語は格関係がかなり退化しているし、接続法だって単純な仮定法があるきりだから、他の印欧語に比べるとあまり精密な思考や精緻な感情表現には向かないの。
 それでも英語で十分論理的にものが言えるのは、アングロサクソン系の人たちが、多面的で簡潔な事実認識と、歩幅の短い三段論法の積み重ねで考えを進めるのが得意だからなんだわ。つまり使い方の問題なの。やろうとおもえば日本語だって英語以上に論理的になれます。」

--へいへい。

「それにね、歴史的に見ると仕方がないんだけど、英語はゲルマン語にラテン語が混淆して語彙の系統が複雑だし、綴りと発音の関係なんか最大級にめちゃくちゃだから、あまり外国人が最初に学ぶには適していない言葉なのよ。」

--そうですか。ぼくが中学生のとき英語の授業中に人生が不幸だったのは、その辺に遠因があったのかもしれないな。でもさ、お説はごもっともで分かったから、ITに話をもどしてもいいかな?

「・・どうぞ。」

--おおきに。
 匿名性の問題に戻るんだけど、実はそこにはメリットもある。

「・・たとえば、どんな?」

--まずね、匿名取引が可能だ。電子商取引の仕組み次第ではあるけれど、相手に名前を知らせずに売り買いができるようになる。これは、プライバシーを守りたいときには有用だ。
 それと、匿名議論が可能になる。パソコン通信なんかじゃ昔からペンネームみたいなものだけで議論に参加することがよく行われていたけど、たとえば会社の中でだって、実名だと言いにくいが匿名ならば発言できるような事柄がある。今まではそこに実名性の壁があったわけだ。

「あなたの会社ってそんなに息苦しいとこなの? 電子会議とかよりまず、もっと風通しをよくすることからはじめた方がいいんじゃない。」

--いや、だからこれはたとえ話だってば。でもとにかく、実名と匿名の使い分けができるようなネット世界では、これまでとはちがったモラルが必要になってくるだろうな。

「そうかしら? 他人に危害を加えるようなインモラルなことをすれば、結局その罰は現実世界にかえってくるんだから、同じことなんじゃない? そもそもモラルって、何?」

--ブブー。“××ってのは何か”という質問はいっさいお受けしないことになっております。・・いや冗談だけど、まあIT以外の事柄だし。
 モラルって、ぼくなりに定義すれば、“やろうと思えばできるけれど、そしてそれが短期的には自分の利益にかなうけれど、長期的には自分の信用や利益をそこなうであろう行動を、思いとどまらせる要請”かな。善行に関しては逆だけど。

「ふうん。社会とか、伝統とか、ましてや宗教とかは関係ないわけ?」

--そういうものは全部捨象しちゃってあります。だって世界規模のネットの中には持ち込めないからね。

「道徳を功利的にしか説明できない状態自体、すでにモラルの退廃を示している・・なんてあなたに言っても通用しないんでしょうね、きっと。でもね、モラルがあるならリスクもあるわよね、きっと。電子メール社会のリスクって何かしら? 受け取れるはずの情報をせき止められること?」

--ぼくらの商売がまず心配することは、大事な情報を盗み見されることだ。それは技術的に何重にも壁を作っているわけだけれど。
 でも、ぼく個人の経験で言わせてもらうと、あまりがちがちにセキュリティをきつくしたシステムは、融通がきかなくて結局は使われなくなってしまうことが多い。だから、自分で設計するときは、情報へのアクセスは極力自由にしておく。そのかわり、要所要所のアクセスの記録だけは取れるようにしておく。そして不正を働いたものは厳罰に処する。つまり、『お互い大人だろ?』というルールで運用したいんだ。君が前に話していた、ヨーロッパの鉄道みたいにね。

「それはたしかに良い発想ね。それだったらモラルを語りたい気持ちも少しは分かるわ。
 でも、その逆のリスクもあると思うの。あることないことを書き立てられること。昔なら町内の噂を広めていた『放送局』のおばさんにあたる人が、覆面してネット上でしゃべり歩くわけ。ぞっとするでしょ?」

--たしかに、電子メールやウェブ技術の登場のおかげで、個人対個人だった通信と、一対多数だった放送との境目がなくなって、ごちゃまぜになってきた。これまでの放送には一応、放送業界のコードがあり、また覆面では登場できないから、発言者責任もあった。しかし今のネットには、これがない。問題だね。

「でも、そのかわり、いいこともあるわよ。」

--何がさ?

「誰もがお上や大企業の許可なしで発信者になれる自由。放送局になれる自由。
 匿名と実名って言うけれど、無名の私たち大多数にとって、違いがあるかしら? 本当は、有名か無名かの違いの方が大きかったんじゃないの? この世の人をそういう基準で二分して、無名人が有名人を羨ましがらせるように仕向けることが、放送局の利益の源泉だったんじゃないかしら。
 放送業界のコードなんて・・日本のTVってそんなに独立性が高かった?」

--まあ確かに、日本のTV局がながいこと巨大な広告代理店の影響下にあったことは間違いないだろうな。なにせ、視聴率調査会社が、広告代理店の子会社なんだから。それに巨大広告代理店は二大通信社と緊密な関係にあるから、とうぜん放送や報道もその影響力がおよぶ。
 でもさ、代理店の支配力だって足下が崩れつつあるよ。だって雑誌の広告はスペースをまとめて買って小口で売る商売だけれども、インターネットはそうはいかない。

「結局ね、これまで情報って、有名人つまり発信する人と、無名人すなわち受け取る人とに分割されていたわけでしょ? それがくつがえされるなら、ITの少々のリスクは我慢してもいいわ。」

--・・それと似た言葉がITの世界にもあるな。『デジタル・ディバイド』=ITを使う人とITに使われる人への二極分化だ。

「あら。せっかく一つつぶしたと思ったのに、これじゃいたちごっこだわ。」

--まあね。ただ、『使われる』といっても、これは多少は受け取り方の問題でもある。たとえば、ITシステムの提供するヒューマン・インタフェースが狭いとユーザの被害者意識がふえる傾向がある。

「インタフェースが狭い、って?」

--対話の手段が少なかったりチャンネルが狭いこと。あるいは入力方法が分かりにくかったり石頭だったりする場合もそうだ。この二極分化の壁は、ソフトの作り方しだいでは案外乗り越えやすいんじゃないかとぼくは思ってる。


(この項もう少しつづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-05-15 23:21 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第20問 ITって人と人を結びつけるのに役立つの?(その2)

「SOHOって?」

--Small Office, Home Officeの略で、自宅や小さな事務所単位で仕事をする形態のこと。高速ネットワークが整備されれば打合なんかもネット上でできるし、報告書や仕事の成果物もメールで送れるようになるから、みんなが巨大なオフィスに通勤して集まる必要はなくなるはずだ。と、喧伝されている。でも、ぼくには疑わしい気がするけれどね。

「どうして?」

--ぼくはどうも、ITが発達すればするほど、一局集中化が進むような気がする。さっきも言ったけど、ITは情報のロジスティックスにたとえられる。でも、現実の交通の世界じゃ、鉄道や新幹線や高速道路網が整備されればされるほど、都市への集中が進んでいく。通勤圏ばかりがやたら広がって、地方の独立性とか独自性とかがどんどん無くなっていってるのが実際の姿だ。
 それと同じようなことが情報の世界でも起こるだろう。会社でも官庁でもいいけど、大きな組織の場合でも、あらゆる場所のあらゆる情報が本社に集まるようになるから、決断の権限はみんな本社の統括部門とかに集中されていくだろう。

「ええー、そんなのいやだ。」

--たとえばね、ドイツやアメリカに生まれて世界中に広がってきている「ERP」とよばれる統合業務ソフトがある。これは会社内のあらゆるトランザクションをリアルタイムに記録していけるパッケージ・ソフトなんだけど、中には、あらゆる情報が最終的には本社財務部が見る原価管理の中に集約されていくような思想で作られているものがある。

「はあー。管理が好きなのね。」

--残念ながらね、地方分権というのは、地方で何をやっているのか東京で分からないからこそ成立するものなんだ。しかしITの発達のおかげで、全国がみんな素通しで、このカーナビみたいに全部丸見えになっていくだろう。そのとき、権限だけは分散されていくと思うかい?

「きっと本社が末端のお箸の上げ下ろしまで口を挟むような小姑根性ばっかり発達して行くのよね。ああやだ。・・でも、出張の回数とかは、確実に減りそうな気がするんだけれど。」

--それだってあやしいものだ。だって、単なる数字のレポートだけじゃ言葉が足りないから電子メールを書くわけで、それでも心配なら電話か会って話そう、ってことになるじゃないか、結局は。人間って、情報量の多い方へ多い方へと流れていくものだからね。
 それにぼくは、そもそも都市化の進行って歴史的必然だと思う。」

「ずいぶん急に大きくでたわね。じゃSOHOは歴史的必然に反しているってわけ?」

--第1次産業・第2次産業・第3次産業って区分があるのは知ってるだろ。で、農業や漁業は第1次産業。どこでもあまり元手いらずにできるけど、広い土地が必要だ。
 でも産業革命を通ると、蓄積資本を投下して第2次産業の工業に走るようになる。この方が儲かるからだ。そして土地の面積あたりの人の集中度でいえば、工場は農業よりもずっと上だ。とはいえ、でもまだそれなりの広さが必要だけどね。

「それで?」

--しかし、工業は鉱物資源とか人件費が安い国でないと競争力がない。経済が国境を越えてグローバル化してきた今の時代じゃ、いわゆる先進国は第3次産業にシフトせざるを得ないんだ。金融とか流通とか設計・デザインとか。あるいは第2次産業である製造業にしても、医薬品みたいに研究開発が勝負になるような知的集約度の高い商品でお金を稼ぐようになる。スイスやオランダみたいな、土地が少なくて人しか資源のない国を見てるとよく分かる。
 でもこういう第3次産業って、本質は情報産業だ。情報を動かしてお金を儲けているんだから。君の翻訳業なんかもね。

「たしかにそうね。」

--これが基本になるから、第3次産業はどうしても人が集中する都市にしか成り立たない。その証拠に、商業施設やオフィスビルは、土地面積あたりの人口集中度でみても、面積あたりの付加価値高でみても、農業や工業よりずっと高くなっている。これが歴史のトレンドなんだ。

「だって、そんなのエコロジーの視点には全く反してるじゃない! ITがなんとかそれを崩せる鍵になれないの?」

--だめだろうね。だって、IT自体が第3次産業なんだ。メールとTV電話だけでソフトの仕事ができるか? ・・まあ正直言って、今の時点では、NOだな。エンド・ユーザーとの顔と顔をつきあわせた打合がどうしても必要になる。そうしない限り、相手が納得しないからね。

「相手のせいにばかりするのはおかしいわ。だって、そもそも、情報って人と人との結びつきの中でしか生まれてこないものなのよ。フェイス・トゥー・フェイス。面と向かって話していれば、顔色や声の表情から、相手が自信を持って言っているのか、ごまかしているのか、あなたの側だってすぐわかるもの。」

--まあね。・・うわ!

「きゃ、危ない! 何よお、今の車!」

--ふう、びっくりした。この先、道が細くなってるから無理に追い越しかけやがったんだ。

「ひどいわねえ。えーとそれで、・・あれ、なんの話だっけ?」

--そもそもは電子メールの話。でもさ、それでも、電子メールというのはかなり役に立つものだと思う。その特殊性を活かせればね。

「電子メールは定型化されていないから低級なんじゃなかったの?」

--ぐっ、低級・高級という言い方はしていないだろ。定型情報も忘れちゃいけないと言ってるだけだってば。メールは非定型なコミュニケーションの手段としてはすぐれていると思うよ。

「あなたのいう、メールの特殊性ってどんなことなの?」

--電子メールというコミュニケーションの特殊性は、電話や手紙・FAXといった従来の手段と比べるとわかりやすい。
 電話ってのは同時性を要求するメディアだ。自分と相手が同じ時間に電話線の両端にいなければならない。お互いの空き時間に束縛されるんだな。いっぽう手紙は配達まで日単位の時間がかかる。リアルタイム性に欠けている。電子メールはちょうどこの中間で、送達はふつうほぼ瞬時だが、読む側は自分の都合のいい時間に読むことができる。
 電子メールは時差のある海外と仕事をしている部門からまっ先に普及したもの、うちの会社なんか。

「それはでも、FAXも同じね。」

--うん。でも、FAXとちがう点が二つある。まず、cc:による多数の相手への同時配布が非常に簡単だ。それと、蓄積・検索・並び替えが自由にすばやくできる。一種のデータベースの形にできるんだ。このデータベースを多数の人間で共有しようというのが、いわゆる「グループウェア」のアイデアだ。

「でも、そのcarbon copy:による同時発信って、よしあしよね。ちょっとでも関係ありそうな人に配りまくるから、うけとるメールの数がやたら多くなって爆発状態だもの。」

--それはそのとおりだね。それに、インターネットのmailing listとかnews groupという機能を使うと、不特定多数の人間にばらまくこともできてしまう。

「不特定多数同士のコミュニケーションとなると、匿名性の問題なんかもでてくるわね。」

--うん。これはウェブをつかったホームページの場合も同じなんだけど、匿名でどんどん情報を発信できてしまう。これは今までのコミュニケーションには無かった特殊性だ。
 しかも、インターネットだと海外でも簡単に届いてしまう。検閲も難しい。だから国境の意味が薄くなってしまう。

「国境の意味って、すでにEU統合なんかでどんどん薄らいできてるわよね。」

--たとえばね、さっきの電子商取引の話にも関連するけど、独占禁止法や不公正競争防止法ってのは、国内法だろう? でも、A国とB国の人が電子メールで商談をしていて、サーバがC国にあったりしたら、国単位の規制法なんか無意味じゃないか。ITってのは、必然的に国家の主権のあり方にさえインパクトを与えていくもんだとぼくは思う。

「っていうことは、ITはグローバリゼーションを進展させるわけ? だって国の主権って煎じ詰めれば領土権と、立法・司法権と、経済主権つまり通貨の管理権なんでしょ? だったら主権を守りたい方々は、インターネットなんか禁止すべきでしょうね。」

--ま、そういう極端な話はともかく、電子メールの匿名性の問題に戻ると、発信者の身元を隠すことだけでなく、偽ることだってやろうと思えば可能だ。そうなると、電子メールによるコミュニケーションの法的有効性というややこしい問題まででてくる。

「確かに判子はつけないものねえ・・どうやって自分を証明するか。」

--はんこやサインのかわりになる、一種の電子サインをつけることは技術的には可能なんだ。こうすると偽造の問題はほぼ無くなる。でも匿名でメールをばらまくことまでは防げない。

「相手の顔が見えないって怖いわね。でも、そういう意味では、あなたが上げなかった電子メールの特殊性がもう一つあるわよ。」

--へえ。なんだい。


(この稿つづく
by Tomoichi_Sato | 2011-05-14 00:00 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第20問 ITって人と人を結びつけるのに役立つの?(その1)

<< ITが社会に与えるインパクト >>

--ああ、こんな風に車が流れてくれると、運転ってのはなんて楽なんだろう。さっきまでのあの渋滞の中じゃ、何もしていないのにひどく神経が疲れた。今はもっとまともなことに神経を集中していられる。

「流れるべきところを淀ませてしまうものごとって、それがなんであれ、すごく自然にも人間にも反しているのよね。見ためじゃわからないけど、そういう時って精神的にとってもエネルギーを消耗するもの。」

--ほんとだよね。それは見かけの能率だけからじゃわからないことだな・・。
 おっと、このバイパスに降りなきゃあ。

「危なーい。もっとやさしく運転してよ。
 ・・さっきの電子商取引の話の続きだけれど、でも、全然知らない人たち同士が、同じ本や旅行について意見を交換する場所で知り合うことができるのって、いいわね。ITって人と人を結びつけるのに役立つのかしら? だったらそれこそがITの一番の価値なんじゃない?」

--人を結びつける可能性がある、ってのはある程度ぼくもそう思う。それがITの一番の価値だっていわれると、ちと抵抗があるけどね。

「あら、そう? でも、電子メールひとつとっても、すごい発明だと思うけど。あれ発明した人には、ノーベル賞あげてもいいくらい。」

--あれは特定のだれかの発明品じゃないし、ノーベル賞とはまた大げさな・・だったらインターネットの出会い系サイトだって直木賞あげなきゃならん。

「でもね、宇宙旅行のSFはたぶん昔からたくさんあったと思うけど、電子メールが登場するSFなんて昔はなかったんじゃない? 100年前から人類が待ちこがれて、必然的に誕生したってたぐいのものじゃないはずだわ。」

--そりゃま、地球上のほとんど誰もが(まあこれは極端だけれど、かなりの人間が)Eメール・アドレスをもって通信し合う世界なんて、考えてみりゃかなりSF的ではあるな。それでアラブ世界じゃ革命まで起きたものな。でも昔のSFによれば、21世紀にはみんなエア・カーを乗り回していて、いつまでもこんなに地上が車で渋滞してなかったはずなんだけどな。

「いまごろ鉄腕アトムが空を飛んでたはずよね。ロボットとか人工頭脳とかは夢にあったけど、電子メールは夢を超えていると思うわ。」

--さっきの西洋対日本のときも同じ議論したけどね、ぼくは定型化の好きな石頭だから、メール=ITみたいなとらえ方には反対なんだ。君はニッポンの親指メール礼賛論みたいだったけど。

「わたしは西洋との違いを伸ばせといっただけ。だってあなたが若い女の子たちを馬鹿にしているように聞こえたからよ。」

--それはどうも失礼。ぼくにとっては、あやふやな情報をワープロできれいな帳票に打ち込んでは社内メールでたれ流しているおじさん達も、女子高生と同類さ。

「だって石頭のおじさんたちがガチガチに定型化してつくりあげた、日本のこの縦割り社会のおかげでみんな窒息しかかっているんじゃないの! そこに横穴を開けて風通しをよくする電子メールのどこが悪いの。」

--ぼくは定型的な情報の流れと非定型なコミュニケーションは区別しようといっているだけ。それで思いだしたけど、アメリカに有名なホーソン実験というのがあった。

「何それ? 知らない。」

--もうだいぶん以前の話だけれど、アメリカの経営学者たちが、工場労働者の作業能率を向上させる因子は何かを調べようとして、ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場でいろいろな実験をした。たしか電線か何かの工場で、女子労働者がおおぜい働いていた。

「それで?」

--たとえばね、ある班を選び出して、照明の明るさを上げて作業させてみたんだ。そうすると、確かに作業の能率が上がった。なるほど、これは発見だ! そこで、これを逆の面から確かめるために、照明を暗くしてみた。能率は下がるはずだ。ところが。

「ところが?」

--これまた作業の能率が上がってしまったんだ! 学者たちはわけがわからず、頭をかかえた。

「まさか、工場の明るさが、ちょうど一番作業しにくい明るさだった、ってことなの?」

--ちがう。あれこれと確かめてみた結果、学者たちは、その班がテストの対象に選び出されたということだけで作業の能率が上がることに気がついた。たとえば、チームワークがよくなるといった具合にね。

「女の人たちだったら、十分あり得る話だわ。」

--でも、それは、会社の職制を通じた公的なチャネルによる指示でそうなるんじゃない。非公式な、職員同士の横のコミュニケーションでそういう結果が生まれるんだ。そこで、会社組織内には非公式なコミュニケーションが存在して、それは公的なコミュニケーションと同等に近い重みを持っていることを研究者たちは発見した。これは「ホーソン実験」として経営学の重要な発見となった。

「あっきれた・・だからアメリカの経営学なんてみんな大馬鹿だっていうのよ!」

--おいおい。

「だってそうじゃない! 何が“発見した”よ。職場に横のコミュニケーションがあるなんて、どこの会社に勤めたって3分でわかることよ。女工は命令したら黙々と牛馬のごとく働くもんだと思ってたわけ? ご立派な学者先生よねえ。黒人奴隷を働かせて自分だけ楽していたプランテーションの発想だわ。まったく、『女は世界の奴隷か』だわ。」

--しまった。変なところに火をつけちゃったかな。ぼくがいいたいのはね、組織内での人と人との関わり方には公式なものと非公式なものの二種類があるってこと。電子メールを非公式なコミュニケーションの道具として礼賛する前に、ITが公式コミュニケーションを再編する可能性の方を、もっと評価して欲しいんだ。

「公式コミュニケーション? 命令とかのこと?」

--君の軽蔑するアメリカの経営学によるとね、企業というのは、共通目的協同意識・そしてコミュニケーションの3要素からなっている。これのどれか一つでも失うと、企業組織とは言えないんだ。
 共通目的のない集団の例は、町内会や自治体などの、単なるコミュニティ集団だ。これは企業組織とは言えない。それから、目的は共通だけれど協同意識がない集団もある。予備校のクラスなんかそうさ。組織ではなくライバルの集合体でしかない。そして、目的も協同意識もありながらコミュニケーションのないものは、やはり企業ではなく烏合の衆という。
 これまでの職制を通した公式コミュニケーション、つまり指示や報告は、紙か口頭を通したものだった。伝達に時間がかかるし、正確さも低い。ITは多数の相手に同時に発信できて、蓄積も検索もできる。これはいままでのピラミッド型の組織構造を変える可能性さえ秘めてる。

「そうお?」

--ピラミッド組織というのは、そもそも人口の年齢構成もピラミッド型で、かつ年功序列制のときにはじめて意味があるものだ。今みたいに高齢化社会で年齢構成がいびつになって、なおかつ年功序列もあやしくなった時代にはひずみが多い。

「じゃ、どういう風になるの?」

--ぼくも確かなことは言えないけれど、多分今よりももっとフラットな、機能も権限も分散された組織の形になるんじゃないかな。

「ふうん・・今の、一点集中のタテ型社会が崩れてくれるんならうれしいけど、ほんとにそうなるかしら? たとえばネットが発達すれば、遠くから大都会に通勤したりするかわりに、地方に分散して住んだまま仕事ができるようになるといいのにね。」

--はやりのSOHOだね。

「SOHOって?」

--Small Office, Home Officeの略で、自宅や小さな事務所単位で仕事をする形態のこと。高速ネットワークが整備されれば打合なんかもネット上でできるし、報告書や仕事の成果物もメールで送れるようになるから、みんなが巨大なオフィスに通勤して集まる必要はなくなるはずだ。と、喧伝されている。でも、ぼくには疑わしい気がするけれどね。

「どうして?」


  (この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-05-11 22:48 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第19問 私でもネットにお店を開けるかしら?(2/2)

<< 電子商取引の成功条件 >>

--それにしても君、いったい何のお店を開くんだい?

「それはこれから考えるのよ。何か少しは人に役立つものがいいわね。商品を届けることで、買ってくれた人に少しでも幸せな気持ちを届けられるようなもの・・。ねえ、これまで、どんなものがネットで売られているの?」

--そりゃ、いまや森羅万象あらゆるものが取り引きのテーブルにのせられているよ。でも、成功した商品と、そうでないものとがあるね。たとえば、旅行とか、あるいは書籍とかはB2Cで成功している代表的なものだ。

「ふうん。なぜかしら? あ、待って。自分で考えてみるわ・・えーと・・もしかして、検索とかがポイントなの?」

--いい線をついているね。書籍や旅行の予約なんかでは検索はとても大事だ。そして検索が自由に瞬時にできるというのが電子データのメリットだからね。

「ふんふん。だったら、商品のバラエティがすごく多いようなものはネットのお店に向いているかもね。あ、株式なんかもそうよね、きっと。音楽なんかも良さそう。あと、不動産仲介なんかもそうかしら。衣料品だとか・・でも、そうしたら、これまでの通信販売とどこが違うのかしら。」

--さっき言ったように、店頭在庫や流通在庫の必要性がポイントのひとつだ。売買に実物の移動や納品が伴うかどうか、それがどれくらい即座に行われなければならないか。

「そっかあ。ネット上の取引は瞬時に行えても、実際の品物をえんえん列車やトラックで運ばなくちゃないんじゃ、利用者のメリットは小さいものね。」

--そう。それでは単に発注の手間が若干効率化されるだけだからね。衣料品や嗜好品のたぐいは数日間なら納品まで待てる。だからセンターに在庫しておいて宅配すればいいんだけれど、これは君の言うように既存の通販カタログをウェブにのっけただけで、すごく画期的とはいいにくい。
 不動産仲介は契約までひどく時間がかかるから、ネットは情報を取るだけで、発注は外側でやることが普通だ。これも電子商取引とはいいがたい。
 それから逆に株式や商品先物取引は、権利の移転だけを瞬時に行う必要があって、これは一応ネット向きではあるけれど、これまでも専門家は電話注文やオンライン取引のサービスを使ってきた。おまけに、みんな自分がどの銘柄を買うかはよく知っているから、あまり検索機能は必要とされない。電話やFAXのかわりにインターネットがあるというだけでは、こちらもあまり革新的とは言えないと思う。

「じゃあ、どうして書籍と旅行だけは成功例といえるの? これだって通販の延長なんじゃないの? ・・たしかにこれまで本やホテルの予約って、通信販売はなかったけれど。」

--なぜだと思う?

「なぜって、本とかは実際に自分の目で見てみないといやじゃない。それを読んだ知り合いの意見でも聞ければ別だけど、友達の輪なんて限られているし・・え? もしかして・・?」

--そう。その『もしかして』さ。

「そうか、本屋とか旅行代理店のサイトに行けば、それを読んだり、ホテルに泊まったりした、よその人の意見が見られるからね。」

--そこがポイントさ。成功したサイトは、利用者の意見がたくさん書き込まれている。他の人の書評や、ホテルに泊まったときの感想なんかが蓄積されている。そのレビューが多ければ多いほど、そのサイトの価値も高まる。

「で、それを見て自分で決めることができるのね。たしかにうまいモデルだわ。本の注文やホテルの予約て、以前はちょっとだけバクチみたいだったもの、大げさにいうと。でも、それはほかの人の意見をきく機会がなかったからだわ。知らない人同士が意見を披露し合う場所なんて世の中になかったし、その習慣もなかったのよ。」

--それがインターネットで可能になったのさ。

「たしかにそれは革新的といってもいいと思うわ。新しいコミュニティの創造みたいなものだもの。」

--そこまで大げさなもんじゃない。ユーザのフィードバックの仕組みを作っただけだ。

「でも、これまでの商売ってすべて一方通行だったでしょ? 町の個人商店をのぞけば。消費者が自分の意見を返す場所も方法もなかったのよ。いつも供給者側の押し込みみたいなものだったわ。」

--でもね、インターネットで公開されている個人の意見は、内容についてはどこにも保証がないということも忘れちゃいけない。だれかの意見を参考にしてひどいホテルに行き着いたからといって、それで文句をいうことはできないんだ。

「自由にはリスクは付き物だわ。自分の頭で判断すればいいだけじゃない。お仕着せの公式機関の格付けや権威付けなんて、今のこの時代には願い下げだわ。」

--そこまでユーザの皆さんの覚悟が決まっているならば、ネットの商売も意義があるだろう。実はネットの取引に不向きな商品はかなりたくさんある。

「たとえば?」

--たとえばね、ビールなんかがそうだ。理由は考えてみればわかる。

「えーとねえ・・まず、他人の意見なんかいらないわよね。商品の数は限られているし、繰り返し飲んでるから味は知ってる。だからカタログ検索も不要。おまけに、買いたいときはすぐに飲みたいわけだから、宅配なんて待ってられない。あ、だから全国のコンビニや酒屋さんに店頭在庫が必要なわけね。」

--流通在庫というものは、商業の機能と切り離せないものだった。
 もともと商業の機能は、需要と供給のギャップを埋めることにある。生産地と消費地の地理的ギャップを埋める輸送機能、生産の時期と消費の時期の時間的ギャップを埋める保管機能、そして大口の供給と小口の消費の数量的ギャップを埋める小売り機能。もしさらに付け加えるならば、納品時点と支払い時点のギャップを埋める与信機能、かな。
 在庫というのはこのうち、時間的ギャップと、一部の地理的ギャップとを埋めるために存在する、いわば必要悪だ。これを解決できなければ、電子商取引の存在意味はうすい。単なる電話注文か通販カタログの代用に終わってしまう。

「もう一つあるわよ、商業の機能。」

--なんだい?

「情報のギャップを埋める事よ。消費者が必要としている情報を、生産者側からもってくる仕事。こんな商品があります、こういうニーズに合います、ということを教えてくれる機能。検索機能なのかもしれないし、提案機能というべきかもしれないけれど、それが今の大量生産時代には、お仕着せの情報をばらまくだけになっていたの。」

--必要な情報を必要な人に届ける、情報のロジスティックス業務か。それはまさにぼくのいうITの中心機能じゃないか。

「だからね、ネットのお店は、それを改革するだけの可能性があるんだわ。情報の流れを、逆に消費者側から生産者側に返すこと。そうすれば、きっと需給のギャップだっけ、それは埋まると思うの。そして、大量生産時代のバカげた資源の浪費を、きっと止めることができるはずなのよ。」

(つづく)
              [この話の登場人物はすべて架空のものです]
by Tomoichi_Sato | 2011-05-05 23:36 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第19問 私でもネットにお店を開けるかしら?(1/2)

<< 電子商取引の意義 >>

「やっと少し車が流れるようになってきたわね。」

--ああ。ひどい渋滞だったね。

「高速道路って日本のインターネットみたいね。行き先はこの道で良いはずなのに、ときどきさっぱり進まなくて。」

--ま、その比喩はある程度あたっているでしょうな。通信路だって、トラフィックがある許容能力を超えると、パンクして渋滞したようになるから。」

「あなた、前に『ITって輸送に似ている』って言っていた気がするけど、そういう意味なの?」

--輸送じゃなくて、ロジスティックス。物流だ。でも、ITとロジスティックスのアナロジーというのは、単なる通信の混雑よりももう少し抽象化した意味で言っていたんだけれどね。

「抽象化って、どういう風に?」

--ITってのは、意味のある情報を送り届ける機構なんだ。必要な相手に、必要な情報をタイミングよく送り届ける機構。ただし情報ってのは不定形だから、形の決まった器に入れてやる必要がある。ちょうどばらばらの雑貨類は段ボールやコンテナに入れて運ぶようにね。それが定型化されたデータだ。運送業者自身がコンテナの中身について関知しないように、ITのシステムもデータの中身である情報の『意味』については関知しない。単に効率よく運ぶのが仕事だからね。そして、道路が通信路ならば、自動車や列車などの輸送機械はコンピュータに相当する。

「・・自動車が、コンピュータ?」

--うん。比喩的な意味だよ。運転手はすなわち、コンピュータのオペレータ=運用管理者。そして荷物の送り主、受け取り主がすなわちITのユーザだ。

「トラックの運転手がコンピュータのオペレータなの? だったら自家用車は何かしら。」

--自家用車は、それこそパーソナル・コンピュータだな。つまりね、たとえ話を続けると、昔の輸送は鉄道中心だった。それがしだいにトラック輸送に置きかわり、モータリゼーションの普及で自家用車がどんどん増えていった。それとよく似たようなことがITの世界でも起こったんだ。昔の大型汎用コンピュータはちょうど鉄道のようなものさ。早くて信頼できるが、線路つまりルートは決まっていて、ユーザは駅まで自分で行かなければならない。ユーザが計算機の都合に合わせるために、かなりの手間を強いられたわけさ。おまけに作るのには巨額の投資が必要だ。

 トラック輸送やバス輸送は、速度と効率の点では鉄道より劣るけれど、もう少し小回りが利きやすい。これが『オフコン』=オフィス用の小型コンピュータに相当する。もちろん、オフコンでもまだ、運転には専門家が必要だ。また、ユーザはみな停留所や貨物集積所やまで荷物を持っていく手間がある。オフコンの決まり切った帳票に自分を合わせる必要があったんだね。
 でも自家用車すなわちパソコンが普及して、このありさまはすっかりかわってしまった。自家用車の良い点は、なんといっても自分で好きなところにいけることだ。これはすなわち、自分好みの形に情報を加工できることを意味している。

「それで、自家用車つまりパソコンはプロの運転手じゃなくて、各ユーザが自分で使うようになったのね。」

--うん。まあ、このほかに、新幹線に相当するスーパー・コンピュータとか、スポーツカーに相当する専用ワークステーションとかもあるけれど、たとえ話はもういいだろう。

「それで、輸送機械の作り手としての日本は進んでいたけど、ロジスティックスの使い手としての日本は遅れている、っていうのがあなたの意見なの、要するに?」

--ハードウェア・リッチなシステムを設計する技術では、日本はまだ世界でトップクラスにある。安く製造する能力という点では、しかしまあ、すでにバブル時代にかなり脱落してしまった。土地も人件費も、あらゆるものの値段が舞い上がったし、海外生産は需要変化のスピードにおいつけない。そして、残念ながら使いこなしの技術では、日本は世界の最先端だったことはないんじゃないかと思ってる。

「使いこなしの技術って、つまり今のたとえ話で言うと車の運転の技術ってこと?」

--ちがう。そこがそもそもITに関する誤解の始まりであり、終着駅でもあるんだ。ITというのはロジスティックスだ。物流業だと思えばいい。物流業の会社をうまく運営管理するためには、個々のドライバーの運転がうまくなればいいか? そんなことは絶対にない。みなが自家用車で自分の荷物を輸送するようになればいいか? そんな馬鹿な話はない。大事なのは、ロジスティックス=物流の仕組みをうまく構築し、運営することだ。ロジスティックスの管理者は、荷物をどこに集積してどうトラックや列車に振り分けたら効率的に運べるのか、さらに道をどこからどこに通すべきなのかを考える。

「つまり、これから情報の世界にヤマト運輸を創設したいと思ったら何をすべきか、という問題だといいたいわけ?」

--そう。ぼくがITの使いこなしの技術といっているのは、まさにそれさ。そして、使いこなしの技術を考えることが、ほかならぬシステム・アナリストの役目なんだ。それなのにITの本を探しに本屋さんにいくと、『パソコン入門』だとか『コンピュータの仕組み』の本が並んでいる。会社の物流の仕組みをうまく構築したいのに、運転の仕方や自動車工学の本しか手に入らないような状況だ。

「車作りは得意だけれど、都市交通政策はゼロの、自動車大国ニッポンらしいお話ね。」

--まあね。

「でも、もしITがあなたの言うように情報のロジスティックスなら、インターネットっていう名前の高速道路網が突然出現したことは、ずいぶんインパクトがあったでしょうね。」

--そりゃ、ビッグ・インパクトさ。もちろんある日“突然”出現したわけじゃないけれど、わずか数年の間にあれよあれよと伸びてつながり合ったのは事実だ。そして、インターネットというインフラの存在が前提となって、新しいITの応用分野が生まれてきた。それが例えば、電子商取引だ。

「Amazon.comみたいなやつね。インターネット以前にはなかったの?」

--ネットワークを介して発注情報をやりとりする技術は以前からあった。でもそれは特定企業間で行われるクローズドな仕組みだった。インターネットは不特定多数を相手にできる可能性がある。これはまったく発想が違うんだ。

「ふうん。だったら、私でもインターネットにお店を開けるかしら?」

--もちろん、お店を開くことは自由だ。だれだってできる。すでに大勢の人がやっている。

「コンピュータのことを知らなくても?」

--もちろん。知っているにこしたことはないけれども、特に詳しく知る必要はない。コンピュータ関係の面倒はその道の専門家に任せてしまえばいいのさ。そういうことを請け負ってくれる専門業者はたくさんある。大事なのは、商売のポイントを知っているかどうかだ。商品の特性、売り方、ネット上でのショップの作り方・・ここのところを理解しないために失敗した電子商取引のビジネスは、けっこうたくさんある。ITの陥りやすい罠かもしれないね。

「たとえば?」

--まあ、ちょっと昔の例になるけど、米国の1999年のクリスマス商戦はB2C E-Commerceの元年みたいに言われていたが・・

「ビーツーシー? 何それ。」

--あ、ごめん。BはBusinessのB、CはConsumerのCで、Business to Consumerの略称をB2Cというんだ。企業が一般消費者相手にネット上で商品を売る仕組みさ。これに対して、企業間の商取引をネット上で実現する仕組みをBusiness to Businessの略でB2Bとよぶ。

「クリスマスの商品を大衆向けに売っていたからB2Cなのね。それで?」

--大手のおもちゃ屋が、初心者でも簡単に注文できるシステムを作ったおかげで、クリスマス・プレゼントの注文をインターネットで大量に受けることができた。そこまでは成功にみえた。ところがね、注文に対する供給がおいつかなかったんだ。その結果、クリスマス・イブまでに商品の届かない顧客が続出。訴訟騒ぎになったり、お詫びに商品券を配ったりする騒ぎになった。

「だって、おもちゃ屋が自分の得意の商品を売っているんでしょう? 商売の仕方はよく知っているはずじゃない。」

--そうとも言えるが、そうでないとも言える。商品はメーカーからの供給に頼っているけれど、注文が多すぎてそのサプライ・チェーンがうまく機能しなかったんだね。電子商取引では「店頭在庫」というものが存在しない。だから、もしも大量の需要がある場合には、それを適時タイミング良くメーカーに伝えたり、逆にメーカーの在庫や供給能力をチェックしながら顧客からのネットでの注文を受け付けたり、といった仕組みを必要とする。単に商品カタログをインターネット上に置くだけとは質的に異なったロジスティックスを要求される。これを忘れたんだと思う。

「量が多くなると質的に違うことを要求される・・スケールアップの法則そのままじゃない。」

--うん。この、店頭在庫が存在しないということ、それから店舗自体の場所も建物も販売員も必要としないことは、既存の商売との大きな違いだ。

「ってことは、私がネットにお店を開いても、誰も所場代を要求してこないのね! 敷金も保証金もいらない。女性を見下す不動産屋や嫌味な銀行のオジサンたちに頭を下げる必要もない、ってわけねえ。すごくいいじゃない。」

--ま、適当な在庫を持つのなら、その分の仕入れ代金と保管スペースの分の元手は必要だよ、もちろん。まあ音楽データを売ったりするようなデータ売りの商売や、サービス業ならばそれも不要だろうけれど。

「ねえ、そうだとすると、一等地としての立地ってどういうことになるのかしら? 銀座4丁目の角が一等地、みたいな格付けはあり得ないわよね?」

--交通の要所とか、乗換えのターミナル駅の前とかいった、普通の実物経済の世界で使うような意味での一等地というのはない。ネットワーク世界の面白いところは、目的地まで一発で移動できることだからね。だから、この世界では、多数の注目を引くということ自体が立地みたいに巨大な価値なんだよ。多くの人の注目を集めるサイトから、リンクをたどって直接飛べるかどうか、がすべてなんだ。そして、人が大勢集まるかどうかは、純粋にそこで提供されている情報やサービスの質によって決まる。まあ、これは一般消費者相手のB2Cの場合であって、専門業者間の取引であるB2Bでは関係ないけれどね。それにしても君、いったい何のお店を開くんだい?」

「それはこれから考えるのよ。何か少しは人に役立つものがいいわね。商品を届けることで、買ってくれた人に少しでも幸せな気持ちを届けられるようなもの・・。ねえ、これまで、どんなものがネットで売られているの?」

(この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-05-02 11:38 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第18問 日本はIT先進国なの、それとも遅れているの?(3/3)

--それはね、結局、人の問題になってしまう。工場をどうするかではなくて、人をどうするか。つまり文字通り、教育だね。

「そうなの? だったら、日本なんてアメリカ以上に教育レベルは高いんじゃないの?」

--はてね。むやみにアメリカを礼賛したくなんかないけど。でも日本のそれは、はたして、事実に対し多面的かつ客観的にアプローチする方法の教育だろうか? あるいは新しいパラダイムを産み出せるような独創性をそだてる教育だろうか? 情報の価値を認識できる、あるいは物事の進め方をシステマティックに分析できるような教育だろうか?
 正解の知識がどこか天から降ってきて、それをひたすら覚えるだけの、訓古学を試される科挙の制度みたいなものじゃなかったろうか。

「でも、あなたのいう、『システマティック』って何よ? システム・エンジニアならみんなシステム的に考えられるってわけ?」

--いやいや、とんでもない。IT屋がみなシステム分析の方法論を身につけているなら、この国の産業はこんなに混沌状態になってはいないはずさ。ぼくのいうシステム分析の能力というのはね、人間系に対する洞察と、機械系の論理との間をバランスできる思考方法だ。いいかえれば、人間が必要な情報と、機械のあつかえるデータやロジックとの関係をうまく定義できる能力。

「なんだかかっこよく聞こえるけれど、抽象的だわ。そもそもシステムって言葉自体がよくわからないわよね。」

--『システム』という言葉はね、多義語なんだ。元々の意味は「系統」を意味していた。家系図みたいな系統だね。複数の構成員が集まって一つのファミリーをなす、という。

「それなら、英語でいえば太陽系だってsolar systemだわ。日本語で『ソーラー・システム』っていうと、なんだか屋根の上の太陽熱でお風呂を沸かす装置みたいに聞こえるけれど。」

--そうだね。そういう装置のことを指す場合もある。それから、「明朗会計システム」みたいに、手順や方式を表すときもある。でも、もう少し一般化していうと、複数の要素同士が機能を持ちながら有機的に連携して、全体としてある目的を達成する仕組みのことをシステムいう。

「だから太陽熱湯沸かし器は立派なシステムである、と。そうなの?」

--まあね。でも、その中に情報と判断の仕組みが入っているかどうかが大きな分かれ目だ。湯沸かし器にはたぶんそれはない。このカーナビにはそれがある。

「コンピュータが入っているかって事?」

--端的にはね。でも、別にデジタルでなくアナログの計装制御みたいなものでもいいのさ。湯沸かし器に温度センサーがついていて、それでポンプの駆動や弁の開閉をコントロールしてお湯の温度を一定に保っているのなら、それも立派な情報と判断の仕組みだ。初歩的だけどね。とにかく、情報と判断が入るような系は、だんだんシステム・エンジニアの仕事の対象になっていく。そして日本人は、こういう目的の明確な道具を作る、ハードウェアの設計はとてもうまい。

「あれ? 日本人はシステム作りの能力が低いという話じゃなかったの?」

--そうだよ。ところでさ、「会社」ってのはシステムだと思う?

「ええっ? さあー。いろいろな部署が機能を分担しながら一緒に仕事をしていくんだから、システムなんじゃない?」

--目的は何さ?

「そりゃ、民間企業ならお金儲けでしょ?」

--そうだね、最終的には。つまり、営利企業というのは、人間達と、工場などの機械・設備などが一体になって、ある目的を果たそうと機能しているわけだ。その中にはとうぜん情報の流れと判断がある。ね? 社長とかはその判断のためにいる。
 ところで、この人間系も含んだシステム、いや人間系を中心としたシステム、これを設計するのはむずかしい。人間と機械と両方を知らなければならないからだ。むしろ人間の方をより知っている必要がある。人間の持つ論理、性質、感情、ルール、コミュニケーション・・こうしたものを深く理解していなければ、企業の仕組み、ビジネスのプロセスをエンジニアリングすることなんておぼつかない。
 こういう仕事のできる人のことをシステム・アナリストという。

「アナリスト・・分析家ってわけ? 精神分析家みたいな?」

--分析だけでなく処方箋を書けなけりゃいけない。企業の持つ目的だとか、それを実現するための戦略とかに沿った形で、情報システムの機能要件を決めていく。そして人間系における仕事の流れを同時に提案していく。
 残念ながら日本ではこのシステム・アナリストが足りない。そもそもシステム・アナリストという言葉がほとんど知られていないのが、日本の現状ではある。

「わたしも初めてきいたもん。それってあなた一人の勝手な言葉づかいじゃないの?」

--システム・アナリストという言葉は確立した用語さ。まあ肩書きはどうであれ、本来はどの組織にも、アナリストの職能を持った人間がいなくてはいけない。そうでなければ、その組織には自分の仕事を改良する能力がない、ということだからね。

「そういう職種って、プログラマーの人がなるの?」

--全然ちがいます。それはものすごく広くはびこっている誤解だ。プログラマーはコンピュータの内部の仕組みを考えるのが商売。コンピュータが好きで、そういう職人仕事に適した人がなる。システム・エンジニアは情報システムの設計が商売で、これもどちらかというと計算機の方に顔が向いている。
 ところがシステム・アナリストは人間の方に顔を向けなければいけない。コンピュータが好きで、コンピュータの論理しか知らない人間はアナリストには向かないんだ。

「コンピュータが好きな人しかIT屋さんはつとまらないかと思っていたわ。」

--これまで日本ではしばしば、プログラマー→システム・エンジニア→システム・アナリストという風にキャリアを積んで年功序列で出世するもんだと皆が思っていた。でも、こんな奇妙な進化論があるだろうか。プログラマはいわば腕のいい大工さ。でも大工が仕事を続けていれば建築士になるだろうか。

「じゃ、アナリスト、つまり一級建築士の方が、大工さんのプログラマーより偉いと言いたいの?」

--偉いとか高級だとか、そんなこといってるんじゃないよ! まちがえないでほしい。アメリカでは下手なアナリストより高給取りのプログラマーは珍しくない。職種が違うといってるんだ。だから必要な教育も資質も違う。

「ふうん。IT屋さんにも、そんなにいろんな職種があるんだ。」

--その認識が足りないために最近よくある喜劇はね、企業が情報部門を分社化してITエンジニアを全員子会社か何かに追い出してしまうんだ。アナリストも含めてね。ところが、しばらく経つと、自社内の仕事の合理化を検討するためにアナリスト的な人がまた生まれてくる。それが目に付きはじめると、また人員削減と称して、またアナリストを追い出す羽目になる。これをいつまでも繰り返す。ほんとは喜劇だか悲劇だか分からないけどね。
 今どき情報システムなしに組織なんて成り立たないんだから、社内アナリストも必要なのさ。それなのにプログラマーと同一視して外から雇えばいいと思っているんだ。ちょっと話がそれたけど。

「ねえ、そういうアナリストになる人はやっぱり理科系出身なの?」

--文系理系は関係ない。人間系の洞察が一番のスキルだからね。そもそも、入試の時の得意科目で人間を二種類に分けたって意味ないじゃないか。ようは問題をマクロにとらえる能力、部分と全体の関係を理解する能力があるかどうかだ。人間様の情報を、機械のロジックとデータにどうモデル化できるか、そのセンスが問題なんだ。

「データのモデル・・それって、あなたがさっきのインターチェンジでえんえん説明してくれたことでしょう? 結局なんだかよく分からなかったけれど、とっても乱暴な単純化だってことだけは感じたわ。」

--乱暴といわずに“割り切り”といってほしいね。

「いいわよ、割り切りでも。でもね、ああいうアングロサクソン的な割り切りで、切り捨てられてしまうものが情報にはあまりにも多くないかしら? あなたはITが西洋哲学の子どもだ、って威張っていたけれど、あんなイデアとか唯名論みたいな物差しで日本を測ったら、遅れて見えるのは当然だわ。
 あなたは定型化がとってもお好みのようだけど、わたしは携帯の親指メールでコミュニケーションをとるのも立派なITだと思う。それとか、TVゲームとか。」

--たしかに、ゲーム機のハードとソフトだけは、日本が世界でもっとも先進的といってもいい唯一の分野ではあるな。でもまあ、我々の長所は長所としておいてだね、あちらの良い点も学ばなきゃ。

「それじゃダメなのよ! そうやって長所はおいて短所を補い、万遍なく点を取って秀才になろうとするから、日本人ていつもお利口なお馬鹿さんになっていくのよ。」

--おやおや、だったらどうしろと言うんだ。親指の訓練でもしろってか!?

「人と違っていたらね、その違いを伸ばすのよ。日本が西洋と違っていたら、そのちがう点を育てなきゃ。そうでなかったら、どうして個性が伸びるのよ? 個性と個性がぶつかって、磨きあってこそ、あなたのほしがる『独創性』が初めて手にはいるのじゃないかしら。」


              (この話の登場人物はすべて架空のものです)
by Tomoichi_Sato | 2011-04-15 22:46 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第18問 日本はIT先進国なの、それとも遅れているの?(2/3)

「買い手の側のレベルをうまく計れる物差しってないものかしら。たとえばほら、会社がITにたいして出費しているエンゲル係数みたいなもので。」

--出費といっても経費と投資とがあるけれど、それを単純に合計していいのかという問題がまずある。それに、さっきもいったとおり、妙に独占的な規制があるために出費がかさむ場合はかえって不公平だ。

「それなら、電子メールの普及率なんてどう? あ、これは携帯電話の分が入ってくるから問題かしら・・」

--うん。電子メールの普及率だと、たぶん日本は世界一だと思う。それは悪いことではないだろう。でもね、道を歩きながら親指一本でメールを打ってりゃIT先進国なのか?
 前にも同じ事を言ったけれど、オフィスでPCを配っても、みんながワープロとメールと表計算ばかりで、定型化されていないデータの卵みたいなのがあちこちのハードディスクに散らばっている状態って、決してIT化されているとは言えないと思う。

「お、久しぶりに出たわね、『定型化』」

--ちゃかさないでまじめに聞いてくれよ。営業マン一人一人にノートPCを配ってるけれど電子メールだけに使っている会社とさ、端末数は少ないけれど全製品の在庫数が正確にわかる会社と、どっちのITが進んでいるか、考えてみてほしい。

「後の会社の方だ、とあなたは言いたい訳ね。」

--そう。なぜなら客観的な事実認識に秀でているからだ。どんなにメールをばんばんやりとりしても、そこに曖昧な情報が行き交うだけだったら、あまりIT的とは言えない。ぼくにとってITってのは、このカーナビと同じ、事実のための道具だからさ。

「そしたら、社会における『カーナビ普及率』みたいなものが物差しになるんじゃないの? もちろんこれは喩えで言っているんだけど。」

--そういう、ツールの普及率だけに注目していてはダメなんだ。ツールの背後にあるものをみなくちゃ、本当のレベルは分からない。

「背後にあるものって、何よ?」

--このカーナビが動くためには何が必要か。これってどう働いているか知ってるかい? カーナビの基本はね、GPS=Global Positioning Systemといって、通信衛星をつかって自分の今いる場所を瞬時に計算する技術なんだ。これはもともと米国の軍事技術の応用だった。

「軍事技術がカーナビの背後霊だったわけね。」

--でも、それだけじゃない。もっと大事なものがある。それは、地図が完全に電子データ化されていることだ。地図のデータがなければ、自分がどこにいるか分かっても、道案内には何の役にも立たない。そうだろ?
 では、完全な地図のデータとはどうやってできるか? そのためには、まず自分の国の中がきちんと、小さな縮尺のレベルまで正確に測量されていなければならない。

「それって国土地理院とかがやっているんじゃないの?」

--そう。その点で日本はまあ合格だ。世界には、自国の詳細な測量ができていない国がじつはたくさんある。領土問題という障害もあるのかもしれないけれど、まず政府がそうしたことに意識をもつかどうかが問題だ。
 次に測量結果が電子化されているかどうか、そしてそれが一般に公開されているかどうかだ。

「一般に公開、ねえ。日本ってここらへんからあやしくなってくるのよね・・」

--日本では地形図データは完全に公開されている。しかし、まだ次がある。住居表示が正確で、地図上に表現されているかどうかだ。目的地の住所が地図上でマッピングできなければ、カーナビにはならない。

「そんなの当たり前じゃない。・・え? ・・・ちょっと待ってよ。」

--じつは日本では、都市部をのぞいては、『字』の表示のまま、町丁目の境界線が曖昧なところがたくさん残っている。そもそも、地番の付け方が都市部でさえずいぶんぐちゃぐちゃだ。宅配便のお兄さんから、近所の住所を聞かれたことはないかい? タクシーで、町の名前と丁目をいえば正確につれていってくれるだろうか?

「そうよね・・。えーと、欧米だとね、住所って通りに面してついているの。知っているでしょ? 何々通りの何番、という具合に。だから、タクシーに乗って正確な住所をいえば絶対間違わずにたどり着けるのよ。通りさえ分かれば、番号は着実に順番通りになっているから。日本って、丁目の中を区割りして行くから番号が分かりにくいのよねえ。」

--欧米が線のシステムだとしたら日本は面のシステムなんだろうね。

「だからね、外国からお客さんが来たときに困るのよ。タクシーで住所をいっても役に立たないから。東京のタクシーなんか、もうとっくの昔になくなっちゃっている旧町名で言わなきゃならなかったりして、いったい何なのよ、もう! って感じだわ。・・でも、何の話だった?」

--IT

「・・IT、かあ。なんだかあなたの言いたいことが少し分かってきたような気がするわ。」

--カーナビという機械をいくらたくさん工場で作ってばらまいても、それだけじゃ事実認識の道具にはならないことがわかるだろ? 事実を認識するためには、事実の側に、認識しやすくするための仕組みが必要なんだ。番号をふり、定型化して、データに加工しやすくするための工夫。情報を公開し共有しようというモチベーション。対象を正確に観測する努力。それに計算機技術が相まって、はじめて意味のあるITになるのさ。

「なんだか批評される側から批評する側になって、急に強気になったわね。」

--そりゃどうも。でも、こういった消費者側のレベルを、単一の指標で計ることの難しさはわかっただろ? データの定型化が進んでいないせいでIT導入によけいお金がかかったとしても、それはレベルの高さではなくて低さをあらわしているんだ。ちょうど地盤が軟弱なところに建物を建てるようなもので、坪当たりの単価が高いからといって、ゴージャスで先進的な建物とは限らない、ってことさ。

「そうね。そういうことなら、でき上がった建物の広さや価値を比べるべきで、それにかかった費用を比べるべきじゃないわ。また費用と価値の議論になっちゃったけど。」

--まあITってには「目にみえない建物」だから、その価値の評価となると不動産鑑定士よりもなお難しい仕事になるだろうな。おまけにその建物たるや、建てたとたんに陳腐化がはじまって、ものすごいスピードで減価消却していかなきゃならない。へたをすりゃ「過消却」で古いIT資産はマイナスの資産価値になっちまう。つまり負債だ。ほんとに難しいね。

「それを国別に比べるとなると、なおさらね。」

--うん。日本はね、いろいろな大規模情報システムをかなり早くから作ってきてはいる。たとえば旧国鉄の座席予約システムなんて世界レベルでもすごいしろものだった。日本全体でシステム構築に投下した資産はかなりの量さ。だからITの大国だとは言ってもいい。しかし、世界が今、その進歩のスピードに舌を巻いているか? 否だね。大国ではあるがもはや先進国ではない。

「そういうことって政治家の人達はわかっているのかしら。」

--もちろんわかっていないだろ。そうか。君にそう言われてはじめて、日本のIT政策のどこが変なのか気がついたよ。ようするに今までの政策のほとんどは、IT産業対策、つまり「作る側」を助ける政策だったんだ。

「ふうん。でも、ありそうな話ね、日本なら。」

--まあ、30年前の、文字通りコンピュータ産業の幼年時代ならそれも意味はあっただろう。海の向こうにはIBMをはじめとする巨人たちがいて、それに日本市場を席捲されないように、国内のメーカーを助けて、しかもIBMの互換機路線をとらせた。一種の温室政策だね。まだひ弱な国内産業の芽を北風から守ろうというんだ。

「木が育ってたくさん実を結ぶようになったのに、あいかわらず温室政策の考え方がつづいたのね。」

--分岐増殖で新しい枝が生えて来ると、いちいちご丁寧に温室作ってかこったり、温室間で縄張争いしたり・・。あるところから先はね、君のいうように、消費者側をこんどは育てるべきだったろう。生産者側を保護して安価な商品を供給させるのではなく、消費者側を賢くして良い製品を選ばせるように仕向ければよかった。そうすれば競争原理が働いて、たぶん自動的に価格は下がって行く。

「でも、使う側を育てる政策ってどんなものかしら? 作る側なら、補助金で工場を立派にするとか、目にみえて分かりやすいでしょうけれど。」

--それはさ、うーん・・それはね。結局、人の問題になってしまう。工場をどうするかではなくて、人をどうするか。つまり文字通り、教育だね。

(この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-04-12 22:07 | ITって、何? | Comments(0)

「ITって、何?」 第18問 日本はIT先進国なの、それとも遅れているの?(1/3)

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「それにしても、日本はITの創造性に欠けている、って本当なの? 日本はIT先進国なのかしら、それとも遅れているのかしら。なんだか両方の説をきくわよね。」

--うーん。最近の海外の評価を見ると、決して世界でもアジアでもトップではないようだね。

「そうなの? じゃ、どこがトップなの?」

--まあ世界のトップはアメリカだと、誰もが認めるんじゃないかな。2番目が日本だと、かつては皆が思っていた。しかし90年代、とくに後半くらいに日本はその座から滑り落ちてしまったようだ。

「“失われた20年”ね。こんなところでも失っていたんだ。」

--最近では、アメリカの次に話題になるのは、なぜか北欧が多い。フィンランドなんかインターネットの普及ではアメリカをずっと前から追い越していた。ドイツもERPパッケージでかなり株を上げたね。
 それで、最近のアジアのIT産業はどうか、って話になると、これが日本をすっ飛ばして中国か韓国・シンガポールなんかの話題になりがちだね。なんだか悔しい気もするけどさ。でも中国や台湾は今や世界のパソコン工場なんだから、しかたない。

「ふうん。それで最近は政治家のおじさん達もIT、アイテー、でうるさいのね。ああいう人たちって、日本は中国とか韓国とかに追い抜かされたなんて聞くと、頭に血が上りそうだもん。」

--ただね。そういう議論てさ、ぼくは抽象的すぎると思うんだ。だって、方向を言わなければ「先進的」かどうかわからないだろ? 東に向かっているのか、南に向かうべきなのか言わないまま、あのランナーはこのランナーの先をいっているだの追い抜いただの、議論してもしかたがないじゃないか。

「ってことは、何か物差しをとって比べるべきなのね。でも、どんな指標があるのかしら?」

--そこなんだなよな、問題は。じつは、ぼくにもぴったり来る指標がすぐには思いつかないんだ。
 たとえばね、昔だったら、その国の計算機の生産高で比べれば良かった。でも、これは、IT=コンピュータ・ハードウェアの時代の感覚だ。ITの世界の歴史では、一貫してハードの価格の比率はソフトの価格の比率に比べて下がり続けている。こんな感覚で今時議論しても意味がない。果たして中国・台湾みたいにパソコンを低価格で作りつづけていりゃあ先進的といえるのか? ぼくにはとっても疑問だね。
 むしろ、その国の中で、情報サービス産業が全体としてどれだけ売り上げているか、あるいは対GDP比でどうかを比べることのほうが有意義だろう。これだと日本はけっこういいはずだ。

「だったら、それで比べればいいじゃない。」

--ところがね、輸出入を計算に入れようとすると、急にむずかしくなる。というのは、ソフトウェアはモノではなくサービス商品にくくられるから、たとえば実物経済のような輸出入の勘定にはひっかからないんだ。

「ふーん。じゃあ、ほかに何かないのかしら。」

--思いつくことはいくつかあるんだ。たとえば、インターネットの普及率とか、あるいはデジタル通信サービス事業者の売上とか。でも、これも今ひとつだ。

「どうして?」

--たとえばね、通信の規制緩和が進まないためにデータ通信の費用が大きい国があったとしてさ(これはちょっと前までの日本のことだけれど)、それは果たして先進性をあらわしているのか? 大いに疑問じゃないか。

「じゃあ、パソコンの普及率とかは?」

--それも90年代の中頃は一人一台かどうかが騒がれたころによく使われたけれど、ぼくは単純にすぎると思う。ホワイトカラーの職場はいいけれど、工場や現場業務のブルーカラーの多い組織はどうするんだ。トラックの運転台に1台ずつPCを置くわけにもいかないだろ。こういう、ハードウェアの普及率だとか、あるいはハードウェアの生産高でその国のITのレベルを計ろうというのは間違っていると思う。

「あなたって、コンピュータが仕事のわりには、ぜんぜんハードに肩入れしないのね。純粋にソフト屋さんみたい。」

--別にハードウェアを軽視しているわけじゃない。でもね、さっきもいったようにハードウェアの金額的な比重を考えると、それを指標にITの先進性を計られることには抵抗がある。
 さっきから言っているように、そもそもIT産業の発展は分岐増殖型のパターンにしたがっているんだ。だからハードウェアからソフトウェアが分化し、さらに基本ソフトと応用ソフト、通信ソフトとどんどん分化してきているわけだ。だから、どれかの業種にピントをあてた単一の指標で日本のITのレベルを計られ、批評されたんではたまったものではない、というのがぼくの感覚なんだ。

「・・ふーん。わかったわ、問題が。」

--?? 問題って、何が? 日本が先進的かってこと?

「ちがうわよ。あなたが指標を選ぶのに苦労している理由よ。何かうまい指標をぱっと見つけて、それで計れば日本のIT産業もけっこういい位置に来ている、っていうことを証明したいんじゃないの?」

--そんな下心はないつもりだけどね。

「下心とか何とかじゃないのよ、たぶん。ただ、あなたの言った指標って、みんなITの売り手側の指標じゃない? それはあなたがIT産業に属しているから自然にそういう見方をしてしまうんだわ。」

--売り手側、ねえ。まあ、たしかに社内向けではあるが、売り手側の目で見ていることはたしかだな。

「そうでしょ? だって、“社内にはITの価値が分かるやつが少ない”、って、さっきも吠えていたばっかりじゃないの。自分は供給者として優秀な能力を持っているのに、消費者側が馬鹿だから先進的になりきれない、っていうのがあなたの潜在的フラストレーションなのよ、きっと。
 でもね。ある国がITに関して先進的かどうかって、その国のIT産業がたくさん稼いでいるかどうかで決めていいものかしら? もっと消費者サイドで見なければいけないんじゃない?」

--そうかなあ。

「だってね。えーと、たとえば・・ほら、ピカソやダリやミロはスペイン人だったじゃない。」

--?? いったい何の話だい?

「それからシャガールはベラルーシ出身、モンドリアンはオランダ人だったわ。その一方で、フランスの画家はセザンヌとマチス以降は、言っちゃ悪いけれど小粒な人が多いの。だからといって、この20世紀前半の美術史を考えた場合、スペインの方がフランスより先進的だったと言えると思う?」

--・・はあ?

「でも、この人達はみんなフランスで活躍したのよ。なぜって、そこには彼らの絵を評価して買ってくれる需要があったからだわ。買い手の目が良かったからこそ、今でもフランスの美術館には20世紀初頭の近代絵画がたくさん残っているの。まあ、戦後はアメリカが現代美術の最大の買い手になっちゃったけど。だからね、先進性をいうなら、作り手じゃなくて買い手の側を考えなきゃだめなんだわ。」

--なんだかその例はへんてこな気がするけれど、まあ、君の言いたいことは何となく分かる。しかしね、買い手の側を評価するとなると日本のITの評点はぐっと低くなりそうな予感がして、どうもいやだな。

「買い手の側のレベルをうまく計れる物差しってないものかしら。たとえばほら、会社がITにたいして出費しているエンゲル係数みたいなもので。」

(この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2011-04-10 12:56 | ITって、何? | Comments(0)