カテゴリ:工場計画論( 21 )

欧州におけるIndustry 4.0 − その虚像と実相(2)

知り合いの人が最近、車を買った。人もうらやむドイツの有名な高級車である。ディーラーで購入を決め、さてオプションを選ぶ段になって、驚いたという。種々の選択肢から自由に選べないのだ。いくつかのオプション群がお仕着せのセットになっていて、そのどれかを買うしかない。高い値段を払ったのに、顧客の自由な選択権がないのだ。

「ドイツの提唱するIndustry 4.0の目標の一つが『マス・カスタマイゼーション』となっていますけど、当然だと思いました。」とその人は語った。「だって全然、お客の個別の注文に応じられる状態になってないんですから。日本の製造業の方がはるかに先を進んでいますよ。」

マス・カスタマイゼーションとは、大量に生産しつつも、個別の要望に応じたカスタマイゼーションができる生産形態のことを指す。日本ではどの自動車メーカーでも、色や内装や電装品まで多数あるオプションを、個別に自由に選べて、それできちんと納品してくるのが普通である。それに比べて、このドイツメーカーは何だ。Industry 4.0なんて、ドイツ人が日本に追いつくための活動じゃないのか? 知人はハノーバーメッセにも足を運ぶ人だけに、その思いが強かったらしい。

ただし日本車メーカーだって、海外では似たような状況かもしれないと、わたしは思った。たとえばアメリカ市場である。あの国では、顧客はディーラーにいって、店頭に現物のある車を選んで、その場で乗って家にかえる。ナンバープレートは、あとで家に郵送されてくる。そういう習慣の国である。日本のように注文から納車まで何週間も待つことはしない。だから日本車メーカーでさえ、米国にはかなりの流通在庫を置いてある。在庫は無論、個別オプションの選択肢がかなりせばまっている。

ものごとを比較するときは、ある部分だけの優劣を論じるのではなく、仕組みの全体像を理解して比べる必要がある。そういう前置きをしてから、では、前回の話を続けよう。

フィンランドのMPD 2017では、ドイツにあるGE Energy Connections社の工場刷新に関する発表があった。講演者はC. Kantner氏で、Brilliant Factory Leaderという肩書きを持つ、まだ若い中堅のエンジニアである。氏の講演は動画中心で、あいにく発表資料が公開されていないため、手元の聞き書きで再現するが、まず彼はGE社の”Brilliant Manufacturing"というコンセプトについて、

Brilliant factory = Lean + Digital

という定式化で説明した。そしてデジタル化については、"don’t digitize waste”(ゴミまでデジタル化するな)というモットーで、注意深く対象を選択すべきという(いかにも「選択と集中」のGEらしい)。その上でベルリンの自社工場の事例にうつり、工場内ロジスティクスの刷新の説明になった。部品の「倉庫をスーパーマーケットに転換する」という取り組みで、箱にRFIDを取り付けてトラッキングできるようにする。そして個別に数を数えるのでなく、フォークリフトが感知ゲートを通過すると出庫処理が自動的に完了するシステムにした。

一括ピッキングから個別フローにかえ、またフロアでもiPadでバーコードを読み取る仕組みを入れたおかげで、リードタイムは5日短縮し、在庫は約10億円削減、生産性も30%アップしたのだという。

その取り組みの動画は素晴らしい。だが説明を聞いているうちに、ちょっと不思議に思った。刷新する以前は、倉庫係に対し出庫5日前にピッキング・リストがバッチで指示されていたというのだ。5日前? 日本の製造業の常識からいうと、のんびりすぎないか。送変電設備の部品だから大きくて重たいのは分かるが、それにしても随分ゆっくりしている。彼の話はさらにERP - MES - PLM連携や、図面管理システムのアジャイル開発に進んでいったが、わたしの頭の中には「え? この程度がドイツの工場の実態なの!?」という疑問符が残ったままだった。

ともあれ、週の後半、わたしはフィンランドからドイツに飛び、ある企業のご厚意で工場を見学させていただいた。B2B製品を作る、部品工場と製品組立工場の2箇所である。この会社は年商1千億に満たない中堅規模のメーカーだが、特色ある製品を作り、毎年成長を続けている。

期待を胸に工場に入ったが、あまり自動化されていないな、というのが第一印象である。部品工場は一応、かなり機械化されたラインで構成されている。しかし手作業も残っている。組立工場の方は、日本と同じく、人間の作業が中心である。ただしベルトコンベアの流れ作業ではなく、個人単位のセル生産方式に近い感じといえば、分かっていただけるだろうか。

ちなみに、紙の現品票が部品を入れたトレイに貼付されている。見ると、作業の工順が印刷されていて、各工程作業ごとに、作業者の完了サインと日時が手書きされている。日本でもよく見かけるやり方だが、つまりアナログである。まあ生産量から見て、無理して自動化するメリットはまだ小さいのだろう。量が今の3倍になったら、もっと進捗コントロールの仕組みが必要だ。ただ工場はどこも整理がきちんと徹底されていて、とても清潔感があり、整頓も行き届いている。歩いていて気持ちが良かった。ちなみにこの企業でも「5S」概念が存在し、それは日本から学んだらしい。

それにしても、日本の工場関係者が見学したら、「なんだこんな程度か」と思うだろう。そして、日本にかえってからレポートするに違いない、「ドイツのIndustry 4.0など恐るるに足らず。日本の工場と大きな差はない」、と。

ところで、その工場は面白いレイアウトを採用していた。全体は平屋だが、中央に大きな部品倉庫があり、その周囲に作業区がぐるりと配置される、Warehouse-centered Layoutである。そして部品材料の倉庫が、ずいぶん大きい。聞くところによると、かなりの在庫日数分を保有している。日本の工場の方が、明らかにもっとずっと少ない在庫量でやりくりしているし、サプライヤーからのJIT納品などの仕組みも活用しているだろう。

なぜ、こんなに部品材料の在庫を持っているのか?

じつは「日本の教訓から学んだ」のだという。つまり、3.11の東日本大震災時の、サプライチェーン途絶の問題を見たのだ。部品メーカーの工場が被災したため、別の地方にあった完成品メーカーのラインが止まってしまった。

B2B製品を作るこの会社は、自分たちは顧客への供給責任がある、と考えた。そこで、普通よりもずっと多くの部品材料在庫を、リスクもコストも承知で抱える事に決めたのだ。

そうした思い切った決断ができたのは、この企業がオーナー企業だからである。ドイツにはどうやら、こうしたオーナー企業や同族企業形態の、中堅製造業がかなりあるようだ。そして、それぞれが特色ある製品を作っている。逆に、競合の多いレッドオーシャン的な商売には、乗り出さない。それが彼らの特徴だ。

もう一つ面白かったのは、見学した部品工場は、以前は受託製造(EMS)を行う別会社だったという事実だ。それをわざわざ買収合併して、傘下に収めたのである。日本では、工場を切り離して別会社化したり、安価な外部企業に製造を委託する動きが強い。このドイツ企業は、その真逆をやっている。なぜか?

彼らは研究開発・設計機能をもつ本社と同じ町に、自社の工場を集中させている。つまり、本社の目の届く範囲で、ドイツ人の手で、ものづくりをしているのだ。それはこの会社が、信頼性を何より要求される産業用製品を作っているからだ、と思われる。高機能を実現する製品アーキテクチャーを設計し、またインタフェースは標準化して外部に公開している。でも、高信頼性・高品質にこだわって、ものづくりをしているのだ。

高性能・オープン性・高信頼性=それがこの企業の高収益の源泉である。三つのどれか一つでも欠けたら、コアの強みが薄れてしまう。そのことを経営者が自覚して、経営している。わたしには、そう思えた。この会社にとって、安い賃金を求めて東欧あたりに工場移転することは、あまり意味がない。むしろ、高い職人仕事(マイスター)の能力をもつドイツ人の雇用を、いかに確保するかが命題と思われる。

それは、ドイツ政府のはじめたIndustrie 4.0の発想とも通底している。

Industrie 4.0は周知の通り、ドイツ科学技術アカデミーAcatechが2013年にまとめ、メルケル首相に提出した最終報告書に端を発している。元はドイツ語なので-rieというスペルになっている。報告書の説明を受けるメルケル首相の写真を見たことのある人も多いだろう(AcatechのWebサイトより引用。ちなみに隣で怪訝そうに書類を眺めているのは、ロシアのプーチン君である)。これを受けてドイツ連邦政府は、産官学共同のためにかなり巨額の予算をあてる。ついでながらメルケル首相は、理系で博士であることも書き添えておこう。
e0058447_19514323.jpg
Industry 4.0の概念が日本に伝わるにつれ、いろいろな解釈が出回った。これは無人化工場を目指すものだ、という解説もあった。いや、裏にはドイツの労働組合対策があるのだ、という指摘もあった。Cyber-Physical System (CPS)で、製品や工場の「デジタルツイン」を作る技術が中核だ、ともいわれた(ただしCPS自体はアメリカ発の概念だが)。工場内通信規格であるOPC-UAの標準化推進で主導権をとる狙いだともいわれた(ただOPCは元々Microsoftの提案だが)。米国GE社の提唱するIndustrial InternetやPredixプラットフォームの対抗馬だ、という見方も根強い。

だが結局、皆で目をつむって巨象を部分的に撫でているような感じで、訳が分からない(つまり虚像だ、というダジャレですが^^;)。

もっともドイツ人にだって、まだ「これがIndustry 4.0の生み出す結果だ」というのは分からないに違いない。なぜなら、これから(第4次)産業革命をしようとしているのだから。蒸気機関を工夫中だったJ・ワットに、将来これで鉄道も船も工場も、社会全体がかわると思いますか、とたずねたら彼は絶句したに違いない。

一つだけはっきりしているのは、彼らはドイツあるいは欧州の製造業と雇用を守るためにやっているのだ、ということだろう。

かつて聞いた話だが、ドイツから日本に視察団が来て、いろいろな工場を見学して回った。どこでも、乾いた雑巾を絞るような、徹底した現場カイゼンの実例を見せてくれる。一同は感心して見ていたが、最後にポツリと引率者にたずねたんだそうだ。「まことに素晴らしかった。だが、なぜ彼らは、わざわざ他社と同じようなモノを作って、価格競争で消耗する道を選ぶのか?」と。

工場で働く技術者や技能者にとって、一番大切なことは、じつは工場の外側にあるのだ。それは、経営における工場の位置づけである。ちょうど、プロジェクトの一番肝心な部分は、受注時点でもう決まってしまっているように。そこがズレてたら、現場でどんなにカイゼンしても追いつかない。

わたしが見学したドイツの工場についていうと、その場に行って肌に感じないと分からないことが、一つだけあった。それは工場の中の雰囲気が、明るく、かつリラックスしていたことだ。誰も、「いつ、この仕事がなくなるか分からない」「近いうちに工場移転で失職するかも」といった心配を抱えていないと感じた。むろん、数値的なエビデンスは示せない、まさに百聞は一見にしかずの、個人的印象である。

だが、その事が一番大切なのだと、わたしの直感は告げている。明るい職場、すくなくとも安心して働ける職場からしか、本当に良いものは生まれてこない。それが道理ではないか。

工場は利益のための道具なのか。それとも利益が職場を良くするためにあるのか。技術革新云々の前に、問われているのはそこなのだ。人が働くことについての思想のあり方こそ、次なる産業革命を乗りこえる鍵なのである。


<関連エントリ>
 →「欧州におけるIndustry 4.0 − その虚像と実相(1)」 http://brevis.exblog.jp/25872533/ (2017-06-25)
 →「マス・カスタマイゼーションとは何か」 http://brevis.exblog.jp/12287846/ (2010-03-10)


by Tomoichi_Sato | 2017-07-01 19:56 | 工場計画論 | Comments(0)

欧州におけるIndustry 4.0 − その虚像と実相(1)

「フィンランドの大学では、受講している科目は何度でも試験を受け直せる、ってホントですか?」−−先月、ヘルシンキで会ったA先生に、わたしはたずねてみた。答えは、”yes”だった。毎月、試験日がある。事前に登録しておけば、会場で、複数の科目の試験を受けられる。そうして、自分が納得いく成績を取れるまで、何度でも繰り返しチャレンジすることができるのだそうだ。ただし教授の側は毎月、試験問題を出す訳だから、大変だろう。それでも、納得できるまで学べる。随分と教育を重視した制度だ。

そもそもフィンランドの大学は、4年で卒業する制度ではないらしい(年限は一応10年以内とか)。学費は交通費も文房具代まで含めて、無料である(小学校から大学まで)。だったら皆が大学に殺到するかというと、そうでもないようだ。卒業はそれなりに難しい。また、大学以外にポリテクニックなど職業訓練校の存在もある。フィンランドの教育制度は近年、日本でとみに話題になったが、良し悪しや比較の議論以前に、教育に関する考え方がかなり違う、としかいいようがない。単線のエスカレーターではなく、乗り降り自由な複線みたいな印象だ。少なくとも、日本の東大・京大を頂点としたピラミッド構造とは、随分違う。

こうしたことは、現地に行って、いろいろ見聞きしてみないと分からない。よく「百聞は一見にしかず」というが、とくに社会的な仕組み(システム)のことに関しては、そうである。

5月末から6月にかけて、ドイツとフィンランドに、短い出張に行ってきた。その時に見聞きして考えたことを、報告したい。まさに百聞は一見にしかず、の旅であった。出張の目的は、次世代の工場のエンジニアリングに関する我々のビジョンを発表すること、ならびに『Industry 4.0』の震源地であるドイツでの実相を調べること、の2点だ。

最初の目的のために、フィンランドで開催された"Manufacturing Performance Days 2017”(略称MPD 2017) https://mes.eventos.fi/event/mpd2017/pages/programme というカンファレンスにまず参加した。場所は、フィンランド第二の都市、タンペレ(Tampere)である。ここは首都ヘルシンキから高速鉄道で1時間半、東京と静岡くらいの距離にある工業都市で、湖水地帯にある。この町をはさむ二つの大きな湖の間に6mの落差があり、これを利用した水力発電設備が、町の発展の基礎となった。
e0058447_22425990.jpg
本カンファレンスには、昨年、自分が主催する研究部会のメンバーであるKさんの紹介で、来日したタンペレ工科大学のTuokko名誉教授にお目にかかったご縁があって、発表枠を得ることができた。このMPD 2017とは、小さな規模ながらレベルが高い国際会議と展示会で、今回が10年目である。ちょうどフィンランド建国100周年に当たるとかで、過去最高の約800名が参加した。主な参加者は:
- 大学および国立の研究機関(たとえばドイツのフラウンホーファー研究所や中国科学院)、
- 産学連携組織(欧州には各国にあり活発)、
- 企業:地元フィンランド企業に加えて、Siemens, SAP, Daimler, Bosch, Beckhoffらドイツ勢。さらに米GE, 仏Dassault, 米McKinsey, 英Rolls-Royce, スウェーデンのVolvoなど錚々たる企業が参加している。

ちなみに日本からは、我々日揮と、IVI(「つながる工場」で知られる日本の組織"Internet Valuechain Initiative")のエバンジェリストとして、富士通の高鹿さんが参加された。

それで、佐藤が何を講演発表したかというと、およそ以下のような骨子の話である:

(1) IoT技術の進展、およびIndustry 4.0に代表される社会的要請の二つの導因(ドライバー)により、これからの工場のあり方は大きくかわる。
(2) すなわち、中央制御室を持つ、より統合された「システムとしての工場」に進化する。
(3) そうなると、「工場のシステムズ・エンジニアリング」が必要になる。
(そして、そこにはプロセス産業での教訓も活かされるだろう)
(4) そこで、我々はその確立を目指して活動していく。

といった主旨だ。詳しくはいずれ項を改めて書くつもりだが、講演資料はネットからすべて公開されているので、興味がある方はご参照いただきたい。
e0058447_22430915.jpg
e0058447_22431915.jpg
カンファレンス全般の感想を少し書いておこう。まず印象に残った発表・展示としては、
- Siemens社のIoTプラットフォームであるMIndSphereの発表デモ
- タンペレ工科大学のMinna Lanz教授によるMESの連携システム構想
- アールト大学によるIoTを使ったクレーンのスマート化実験
- GEのドイツ自社工場における"Brilliant factory"実践取組みの報告、
などを代表例としてあげておきたい。

ただし、IoT技術レベルのテクニカルな話題と、Industry 4.0関係のハイレベルな議論が多く、中間の「工場レベル」の話が少なかった。強いてあげるなら、GEの事例に加えて、我々日揮とIVIの日本勢の2発表くらいかもしれない。ここは一種のミッシング・リンクになっていると、わたしは感じた。

最終日には、タンペレ工科大学の見学もさせていただいた。人口20数万人の工業都市の大学ながら、工学系研究のレベルが高いのには目を見張った。キャンパスに着くと、完全自動運転のマイクロバスが構内を走っているのに気がつく。すでにこのレベルでは実用に供しているのだ。いくつか研究室を見せていただき、院生達とディスカッションもしたが、実験設備も研究内容も世界レベルである。ここでわたしは、はじめて金属3Dプリンタの実物を見た(院生が実験で使っていた)。

たまたま見学したのが機械系学科だったこともあるだろうが、ロボティクスや建機の自動運転研究などが面白かった(写真は多軸ロボットとヒューマンインタフェースの研究を解説するLanz教授)。フィンランドは林業の国でもあり、建機メーカーもあって実際的である。ちなみにカンファレンスでは、英Rolls-Royceと共同した、船舶の自動運転研究がトピックになっていた。フィンランド政府が、海面での規制を緩和し、船の自動航行の実験を可能にしたのである。(ついでにいっておくと、日本ではロールス・ロイスを超高級自動車メーカーだと思っている人が多いが、むしろ英国の三菱重工みたいな存在だと思えばいい)
e0058447_22433889.jpg

またタンペレ工科大学を含むフィンランドで、生産マネジメント分野の研究もしっかりしている点に感心した。スコープが広く、製造業全体の問題として考えている。これに対し日本では、近年この分野の専門家がほとんど大学にいなくなってしまった。品質管理や在庫・スケジューリングといった個別の専門家は、いるにはいるのだが、Industry 4.0のような広い文脈で、全体を語れる研究者がいないのだ(たぶん論文になりにくいからだろうが)。

大学は企業とも距離が近く、共同研究を多く行っている。上記の設備なども、企業(フィンランドだけでなくドイツ企業なども含め)との共同研究で購入しているようだ。企業は資金と機材を提供し、大学は人手と知恵を提供するサイクルが、うまく回っている。もっとも、フィンランドという国は現在、「ノキアの次」を、皆が探している感じがする。ノキアは世界市場を相手にした大企業であったから、それだけ喪失感も強いのだろう。

ところで、MPD 2017でいろいろな講演者や出展企業の人びとの話を聞くうちに、わたしはあらためて、欧州製造業におけるドイツの影響力の大きさを実感するようになった。北欧の辺境に位置するフィンランドだけでなく、スウェーデン、フランス、ベルギー、スペイン、オランダなどからの参加者とも話したのだが、その感は強い。それはたぶん、ドイツの製造大国としての存在感としてよりも、むしろ、Industry 4.0に代表される構想力と、システマティックで重厚な進め方のためだろうと感じる。

ドイツの重厚な進め方とは、どんなものか。たとえば、少し前に英国で「人工知能は将来、人間の47%の仕事を置き換える」というショッキングな研究が出された。これは日本でも話題になったが、欧州でも当然、驚きを持って受け止められた。ところでドイツでは、この問題に関して、追検証のスタディを複数の研究機関に委託した(ドイツは連邦制なので、各地の州政府が独立して動く気風がある)。

その追試研究の結果の数字はまちまちながら、ドイツでは「せいぜい1割程度」という答えとなった。それでも、その報告を重く見て、ドイツは「雇用(Arbeit) 4.0」という次の国家プロジェクトを始動した。同じ時期、日本では、この研究を客観的に再評価する指令を、国や財界が学会に下したという話を聞かない。むしろ47%という数値を、あちこちの人が我田引水や威かしのために、メディアで触れ回った印象しかない。

この例でも分かるとおり、ドイツではどうやら産→官→学のサイクルがきちんと回っている事と、総合的で実証的なアプローチによって、説得力があるのである。行く前は、正直言ってそんな風には想像していなかった。この点は自分の不明だった。しかし、それならドイツにおける製造業の実態はどうなのか?

それを知るために、カンファレンスの後、わたしはドイツに向かったのである。だが長くなってきたので、この話の続きは、また書こう。


by Tomoichi_Sato | 2017-06-25 22:54 | 工場計画論 | Comments(1)

講演発表のお知らせ:「ディスクリート型工場におけるプロセスシステムの設計」

直前のお知らせになり恐縮ですが、来週6月21日(水)に、東大で講演をいたします。
化学工学会の研究部会であり、かつ日中の開催ですが、製造業の今後を考える上で超重要なことをお話ししますので(大げさ? ^^;)ご都合がつく方のご来聴をぜひお待ちしております。非会員でも参加できます。また、いわゆる化学プラント業界以外の方のご参加もお待ちしております。

主催:化学工学会 システム・情報・シミュレーション部会 統合化工学分科会
日時:平成29年6月21日(水)10:00~12:00
場所:東京大学工学部3号館大会議室3(6B04号室)
会議室は建物の6階です。

テーマ:「ディスクリート型工場におけるプロセスシステムの設計

プログラム:
(1) 10:00 - 10:10 総合案内 平尾雅彦・杉山弘和(東京大学)
(2) 10:10 - 10:40 話題提供
日揮株式会社 佐藤 知一氏
「ディスクリート型工場におけるプロセスシステムの設計」
(3) 10:40 - 12:00 ディスカッション

講演要旨:
エンジニアリング会社の立場から、通常のプロセスプラントと、固体の加工組立を行うディスクリート型工場を比較すると、種々の際だった違いを見いだす。これをシステム工学の見地から分析し、両者が「密結合なシステム」と「モジュラーな集合体」と見なせることを示す。
さて、最近のIoT技術の進歩と、Industry 4.0の要請などのインパクトは、ディスクリート型工場に根底的な変化をせまる契機となっている。将来、どの工場も中央制御室を持つようになるだろう。このような変化に対応するためには、工場設計の手順を再考する必要がある。その上で、人工物のシステムの分類と、システムズ・エンジニアリングの(再)構築について論を進めたい。

ディスカッションの時間を多めに取っているのは、研究会の方向性についても議論する場とするためです。
参加を希望される方は、できましたら今週中に佐藤まで(勤務先へのメールにて)ご連絡ください。

よろしくお願いします。


佐藤知一@日揮(株)


by Tomoichi_Sato | 2017-06-14 07:28 | 工場計画論 | Comments(0)

なぜ、製造業のIT化が進まないのか? 〜お金をちゃんと投資しよう

わたしが中小企業診断士の資格を取ったのは、もう20年以上も前のことだ。その頃、診断士の試験は「鉱工業」「商業」「情報」の3コースに分かれていた。どの試験を通っても、おなじ診断士の資格を名乗れる。わたしは情報系を選んだ。「情報」コースには、さらに専門試験科目が「流通情報」と「生産情報」の二種類あったので、わたしは「生産情報」を選んで試験を受けた。工場づくりをビジネスとするエンジニアリング会社に勤める人間としては、当然の選択であった。

ちなみに診断士試験に「情報」コースができる前は、「鉱工業」と「商業」の二種類しかなかった。これはちょっと不思議である。だって、まるで中小企業には製造業と流通業しかないみたいではないか(鉱業も入っているが、石炭産業の盛んだった戦後ならいざ知らず、鉱業にはほとんど大企業しか残っていない)。しかし、たとえば運送業にも建設業にも、中小企業はたくさんある。それなのに専門試験も、もっぱら製造業と流通業の話ばかりが出題されるのだ。

この事情はどうやら、中小企業診断士の資格を監督する「中小企業庁」が、経産省(以前の通商産業省)の下にある関係らしい。だから建設省や運輸省が管轄する業種はまあ、スルーしていたとしか思えない。実際の診断士は、どんな業種でも支援するのだが。ついでにいうと通産省は、さらに昔をさかのぼると「商工省」という名前だった。つまり、商業と工業を所轄するのだ。だとしたら診断士の資格試験とぴったり一致するではないか。

まあ、そんな裏事情はどうでもいい。とにかくわたしは、「情報」コースの、それも生産情報科目をとって受験した。資格を取った後、ちょっとだけ、後進の受験指導を頼まれたことがあった。担当科目は「生産情報」である。ところが、この科目、受講者が圧倒的に少ないのである。数回コースの講義だったが、受講生が一人も現れず、やむなく自然休講になった日さえあった。

なぜこんなに「生産情報」は人気がないのか? たしかに、受験指導をしてくれた先輩達のアドバイスも、「流通情報の方が受けやすい」だった。理由は、覚える知識範囲が少ないから、である。診断士の試験は、広く薄く知識を問う(日本の試験って、たいがいがそうだ)。そして生産情報、すなわち製造業の情報化に関わる分野は、カバーすべき範囲が広いのだ。受注管理システムから始まって、生産計画、BOM(部品表)、製造指示、在庫管理、品質管理、出荷管理、進捗管理、現物管理、POP、設計情報管理、と際限がない。それに比べ、流通情報で覚えるべきなのは販売管理、仕入在庫管理、カードくらいでよかった(当時はまだインターネットは普及していなかったのだ)。

どうして同じ情報システムに関わる科目なのに、製造業と流通業でかくも守備範囲の広さが違うのか? それは、「製造業の方が業務プロセスが多くて複雑だから」である。流通業のメインの業務プロセスは、基本的に、販売・仕入・在庫管理・顧客管理、くらいしかない(どの業種にも共通する人事・給与・会計といったバックオフィス系業務は除く)。広告・マーケティングも大事な仕事だが、ネット時代以前にはあまり情報システムの登場の余地がなかった。

ところが製造業はふつう、営業も購買部門も持っている。つまり、流通業と同じに販売・仕入・在庫管理が必要なのだ。その上に、設計と生産に関わる深くて長い業務プロセスが社内にある。試験範囲が広いのも道理であろう。これは大企業だろうと中小企業だろうと同じだ。大企業だからフルセットの業務があり、中小企業だから営業や購買や在庫管理は要らない、という訳にはいかない。どんな小さな製造業でも、フルセットの業務プロセスがある。わたしはいつも、「燕に五臓あり」という中国の古い諺を思い出す。手のひらにのるくらい小さな生き物も、すべての臓器を持っているのだ。

である以上、製造業は流通業やサービスその他の産業に比べて、より多くの情報システムを抱え、より沢山のIT費用を負担しているはずだ、と考えるのが自然であろう。ところが事実は、その逆なのだ。調べてみると、製造業は、他の産業よりも、かなり金額的に見てIT化が遅れているのだ。まず、図を見てほしい。
e0058447_18175477.jpg

これは、従業者一人当たり情報処理関係諸経費を、製造業とその他の産業とで比較したグラフである。数字の出所は、経産省の「平成26年情報処理実態調査結果」(2015年6月4日公表)よりとったものだ。
製造業が、年間一人あたり約48万円を使っているのに対し、非製造業は約59万円である。つまり、製造業は非製造業に比べて8割くらいしか、ITにお金を使っていないのである。

え? 製造業は工場に、パソコンなんか関係ないブルーカラー労働者を大勢抱えているから、従業員一人あたりの金額が薄まっているのだろう、って? そんなことはないはずだ。小売業だって運輸業だって、同様にブルーカラーの人たちをいくらでも雇っている。その点、大差はあるまい。

念のため書いておくと、日本で製造業に従事している人の総数は、1,035 万人である(2015年)。ちなみに日本の全就業者数=6,376万人だ。日本の人口は、約1億2700万人だから、ちょうど二人に一人が仕事について働いている勘定である。そして、就業者のうち、製造業で働いている人は全体の16.2%ということになる。数字の出所は、総務省「労働力調査(基本集計)」 平成28年(2016年)9月分である。

この「製造業の従事者=16.2%」という数字は注目した方が良い。およそ働く人の6人に一人が、製造業に働いている。逆に言うと6人に一人しか、製造業で働いていない。え、そんなに少ないの? 日本はたしか「ものづくり大国」なんじゃなかったの?

そう。その自称「ものづくり大国」ニッポンでは、GDPのうち製造業の占める割合がすでに2割を切り、最新の数字では18.5%である。働く人の比率16.2%に比べて、GDPすなわち付加価値を稼ぐ比率は18.5%だから、一人あたりで比較すれば多少は稼ぎがよいとも言えるが、ダントツという訳でもない。つまり製造業は、客観的に見て日本ではすでにマイナーな業種なのである。
e0058447_18182058.jpg
こういう話は、「ものづくりが日本を救う」といったメディアに流布するキャンペーンや、経団連などの団体が発信する情報になれている人たちには意外に響くだろう。ついでにいうと経団連のトップは、製造業、それも重厚長大の製造業の経営者が就任する、との不文律があるという話だ。だからといって製造業がいつまでも日本の経済界の親玉だと考えるのは、ミスリーディングなのである。

もちろん、マイナーだからダメだとか非難しているのでもない。事実を述べているだけだ。念のため海外と比較すると、ドイツの製造業GDP比率=25%である。EU平均=20%、米国=12%であるから、欧州よりやや低いが米国よりは上である。中韓は30%台だ。

ITに話を戻すが、そのGDPの2割弱を支える日本の製造業が、じつは他の産業よりもITにお金を使っていないことを問題にしたい訳だ。いったいその理由は何なのか?

ITの費用は会社ごとに定義がまちまちだから、そこが製造業と他とでぶれているのじゃないか、という当然の疑問はあるだろう。ただ、前述の「情報処理実態調査」はその点では明確で、コンピュータ・周辺機器関連費用 + 通信機器関連費用 + その他の情報機器関連費用 + ソフトウェア関連費用 + 処理サービス料、運用保守委託料、その他サービス関連支出 + その他費用、と費目ごとに個別に求め、集計している。だからモノサシは一律なはずだ。

いや、それでも、製造業の場合、現場に制御システムや自動化機械やロボットなど、かなりIT的仕組みがはいっているじゃないか、それが算出から抜け落ちているのではないか、という疑問もある。たしかにもっともである。化学プラントにおけるDCS(中央制御システム)などはまるっきりコンピュータだが、工場設備費用側に計上されて、上記の算定から漏れている可能性はある。機械制御盤のPLCなどもそうかもしれない。

しかし、では1千万円のロボットを購入したとして、それは全部IT費用なのか? そうは言えまい。ではその何割がIT費用かというと、難しい問題である。それに、そんなことを言い出したら、オフィスだって、入退室のカードシステムからビル空調・電気管理システムまで、けっこうな自動化機器が見えない場所に配置されているものだ。そうした費用だって、上記には計上されていまい。だから「機械設備に付属した制御システム」はどちらからも公平に除外されていると思っていいだろう。

だとしたら、IT費用の落差はなぜなのか。そこで、冒頭にあげた例を思い出していただきたいのだ。製造業は業務プロセスが深くて複雑である。カバーすべき範囲が多い。それを情報システム化しようとすると、いきおい、開発費用がかさむことになる。データベース設計の例にたとえると、製造業系の情報システムは、沢山のテーブルから構成され複雑なリレーションをはったようなE-R図を要求する。部分的着手もやりにくい。他方、たとえば流通系では、トランザクション量(レコード数)は多いがテーブルは少数ですむような構造だ。構造がより単純なのである。少なくとも、着手がたやすい。

ということは、同じ売上規模の企業で比べると、どうしても製造業の方が、初期開発費用がふくらむということになる。これがかえって、経営者の投資意欲をそいでいるのではないか、と想像される。そんなにお金がかかるのか? もう、製造現場は紙の帳票で回せばいいじゃないか。昔からそうやってきたんだし、「今、動いているんだからいいじゃないか」http://brevis.exblog.jp/24909011/ という訳だ。いやいや、製造業はもっとちゃんと情報化にお金を投資しよう!

・・と、ここまで書いたが、自分の中にはまだ割り切れないものがある。投資額が大きいから、かえって投資意欲が減退する、というのは本当なのだろうか? 「日本の経営者はITへの理解度が低い」というのはIT業界でずっと言われ続けてきた不満だが、それは別に業種にはかかわるまい。他方、日本の経営者の一つの特徴は、「世間がやっているならウチもやろう」と判断する点だ。だったら、なぜ製造業だけが世間から遅れていても焦らずにいられるのか? 上記調査によると、製造業のIT費用の対年間事業収入比 は0.6%だ。つまり売上の0.6%をITに使っている。ところが非製造業の平均値は1%である。明らかに世間水準から遅れていると分かるはずだ。

それなのに製造業だけIT費用が少ないのだとしたら、そこには何か別の、もっと“人間的”な要因があるのではないか。

わたしの想像だが、ITエンジニアが「製造現場を敬遠している」ためではないかと思える。わたしは仕事柄、いろいろな工場を訪れているが、工場に情報システム部がある所は少ない。「情シス」はたいてい「本社」にいて、もっぱらバックオフィス系を守備範囲としているのだ。あるいは、設計開発部門が本社にある場合は、設計系もサポートしている。だが、工場となると範囲外だ。なにせ工場は地方にあるし、行くのは遠いし、おまけになんだか3K職場でごちゃごちゃしていて、スマートでない。ハイテクの最先端技術の好きなITエンジニアが、好んで働きにいきたい場所ではなさそうだ。

そんなわけで、わたし達が生産情報システム構築で顧客と打合せをする段になると、相手は情シス部門ではなく、製造部か生産技術部の人が多いのだ。それもたいていは、「あいつ、ちょっとパソコンに詳しいから」程度で選ばれた若手エンジニアという感じである。こういう方々が、本社の情シス部門の守るERPとか、現場の頑固な職長とか、ITが苦手な工場長とかの間で板挟みになりながら、製造管理や物流管理システムの構築の仕事をしていくのである。しかもそれが最終的な自分の本業になるということでもない。これでは力を込めるのも難しいし、まして業務の全体を見通してシステムを構想するといったこともやりにくいだろう。

こうなると、心配されるのはIoT技術の行方である。機械と情報のレイヤーをつなぐIoTの技術は、欧米を中心に加速度的に進展してきている。しかし、どうみても製造現場に入り込んで、機械とダクトの間を這い回らなければ、工場にとって意味のあるIoT技術の果実は得られまい。経営トップが、「何やらモノのインターネットだとかIndustry 4.0だとか世間では注目されているが、ウチの会社はどうなっているのか?」とたずねるとき、それは現場にとっては久々の、投資への追い風であるはずだ。こんなとき、本社の「現場苦手なITエンジニア」に命題がおりたら、“えーと、IoTとかより、これからは人工知能ですよ、人工知能。顧客データにAIを応用して・・”みたいな話にねじ曲がりかねない。

むしろわたしはIT業界の側に、上記のような情報費用のギャップがあることを認識してもらう方が早道であるように思える。製造業には、一人あたり年間、59 - 48 = 11万円分の費用が足りていないのだ。300人規模の工場で、ざっと年間3,000万円である。この分がまだ、未開拓の沃野として残っているのである。人の生産性が労働装備率と共に上がることはよく知られているが、それは情報投資でも同じである。そして最初に述べたように、生産情報システムは複雑であるが故に、いったん入り込んでしまえば、他社との参入障壁も高い。競争は少なく、かつ継続的に仕事を得られるチャンスがある。おまけに製造業のよいところは、○○業界とか××業界と違って(^^;)、理屈さえ通れば一応、ちゃんと費用を払ってくれる体質があることだ。

である以上、心あるITベンダーが、再度日本の製造業の情報化のために、IoTの追い風を受けて立ち向かってくれても良さそうに思うのである。


<関連エントリ>
 →「見えない非効率 ー 今、動いているんだからいいじゃないか」 http://brevis.exblog.jp/24909011/ (2016-11-13)
 →「労働装備率とは何か」 http://brevis.exblog.jp/8897754/ (2008-11-04)

by Tomoichi_Sato | 2016-11-27 18:21 | 工場計画論 | Comments(4)

全体像を見るために 〜 インテグレートされた工場の作り方

前回、『最適解を組み合わせても、良い生産システムは作れない』というテーマの話を書いたら、知り合いの方から「専門じゃないので理解しにくいが、面白そうなので簡単にわかりやすく教えてほしいい」という主旨の質問をいただいた。その方は音楽好きなので、わたしはこうお答えした。

「例えば音楽にたとえてみます。合唱では、あるパートが最初から最後までずっと全力で歌ってもダメですよね。休むところは休み、手を抜くところは上手に手を抜く。それで全体としては、流れのある良い音楽になるのです。」

合唱では(オーケストラなどでも同じだと思うが)、すべてのパートが常に全力で歌っていたら、やかましくて音楽としては聞くに堪えない。「全力で」のところを、「ピアノ・フォルテの強弱はつけるが、一つひとつの音符にすべてきっちり気合いを込めて」にかえても、結果は似たり寄ったりであろう。やはり全体としては、力んだだけで陰影に乏しい演奏になる。強弱だけでなく、間合い、リズム、音程、音質など、すべてが各声部の間でちゃんと調和して、はじめて美しい音楽が生まれるのである。

だから、よく素人が錯覚するように、「才能ある上手な歌い手が集まれば、良い演奏ができる」という訳にはいかない。曲の全体像を見て、ここはソプラノが主役だから中声部は和声の支えに回るべし、とか、テナーがテーマの旋律を歌い始めたら女声は動きを目立たせるな、といった協力関係が必要になるのだ。こうした指示を与えるのが指揮者の役割なのである。指揮者の仕事とは、全体の中で部分を位置づけ、部分のできることを見て全体を構築していくことにある。これをインテグレーションの能力とよぶ。アンサンブルが小さければ、あるいは皆が知っている短い曲ならば、指揮者なしでもなんとか音楽をまとめることはできる。だが楽曲が大きくなり、メンバーが多くなると指揮者が必要になる。

ただ、ここで素人にはしばしば、第二の誤解が生まれる。それは、「全体の構想は指揮者だけが分かっていれば良い。あとの大勢は、指揮棒にしたがって動けば十分だ」という誤解である。誰かスーパーマン的なリーダーがいて、その指示と命令のもと、大きな組織が機敏に動く。これが組織の理想像だ、という思い込みは結構根強い。こうした組織の動かし方を、”Command and Control”という。軍隊的な組織はその典型である。

しかし、こういうモデルは現実にはうまく機能しない。それは別にリーダーの能力不足のためではない。そもそも「指示と命令」型の組織では、“指示されない限り自分では何も動かない・考えない”タイプの人間が量産される傾向が強い。現場の末端が先を読んで行動しないので、問題はすべてリーダーが対処することになる。しかしリーダーが強烈であればあるほど、その周辺にはイエスマンばかりが集まり、都合の悪い情報は上がらなくなる。だから問題の数がある臨界値を超えてしまうと、組織は急激に機能不全に陥っていく。普段は良くても、大変なときに限ってぽっきり折れやすい、レジリエンシーの低い組織モデルなのだ。

だから実際には、組織の構成員が、皆ちゃんと全体を理解した上で、自分の役割を果たすべきだということになる。合唱のたとえに戻すと、一人一人が、楽曲全体の構造を分かった上で、自分のパートを歌うのが望ましい、ということになる。全体像を示し、各人に伝えるのは、指揮者の役目である。また逆に、歌い手側の中にも、全体像に対する独自の意見を持つ者がいるだろう。中には、指揮者が気がつかなかった提案だってあるかもしれない。だからそうした意見を聞くことも大事である。採用するかは、最終的には指揮者の判断になるだろうが。

こうした点を踏まえた上で、前回紹介した、典型的な(下手な)工場の作り方を見ると、「指揮者のいない演奏会」のような状態になっていることに気がつく。製造機械と、周辺設備と、建築の三つのパートが、全体像を見ないまま並行して進んでいく。だから途中で手戻りが多くなりがちだし、できた者に一貫性が欠けているため、見えない非効率の温床になりがちなのだ。

どうしてこういう仕事の進め方になるかというと、「工場という名の生産システム」の全体像を見て、それを最適化しようという視点が足りないからだ。工場を、システムではなく、「機械」と「周辺設備」と「建屋」の単なる集合体としてとらえている。各部分を別の部署で担当し、足し算の論理で作り上げようとしている。

では、より良い工場の作り方は、どうすすめられるのか? ここで、エンジニアリング会社が得意とする、石油や化学といったプロセス産業でのやり方を、参考までにご紹介しよう。それはこんな風に進む:
e0058447_22202554.jpg

(0) まず、工場要件の概要から出発する。ここは前回紹介したディスクリート型工場とほぼ同様である。ただ海外企業の場合、ここに「デザイン・フィロソフィー」文書が加わることが多い
(1) 次に、プロセス設計部門のエンジニアが、工場全体の『プロセスシステム』の基本設計を行う

プロセスシステムの基本設計を担当する専門職を、「プロセス・エンジニア」とよぶ。この業界では世界共通の用語であり、わたしの勤務先にも100人単位で技術者がいる。このプロセスシステム設計は、もう少し詳しく言うと、二段階からなっている

 (1-1) 工場内を流れる物質の流量バランス(物質収支)と熱エネルギー収支の最適化
 (1-2) 制御方式の設計(測定点の決定と制御ロジックの決定)

さて、このようにシステム全体の機能と流れが確定すると、次にシステムの構成要素の設計に進む。

(2) 機械設計部門が、要素機器の詳細設計を進める

システムの機能構成と要素が決まったら、そのつながりにしたがって空間的配置を設計しなければならない。そこはさらに二段階に分かれる:

(3) 配管・建築・シビル設計の各部門が、空間設計を順に協力して進める(通常、3D-CADを利用する)
 (3-1) まず、機械エンジニアが配管レイアウトの最適化を行う
 (3-2) ついで、架構・建築・基礎設計などの構造設計が上物→基礎の順に行われる

そして、設計から具体的なものづくり段階へと進んでいく。

(4) 調達部門・工事管理部門が、資機材の調達と建設・試運転 を行う(時間的にはこの段階が一番長い)

おわかりだろうか。(0)〜(4)まで、仕事は「要件→システム→構成要素→空間配置→調達→建設→試運転」という風に、一本の線として順に進む。そして、こうした全体の流れに齟齬がないよう、リサイクル・ワークが発生しないように管制塔の役割を果たす存在がいる。

(5) プロジェクト・マネジメント部門のプロマネとそのスタッフからなるチームが、全体の流れを統括する

管制塔機能とはすなわち、指揮者であり、インテグレーションの仕事である。プロマネ配下でプロジェクト・マネジメントに専門的に関わるチームを、Project Management Team = PMTとよぶ。小さな工場案件では、プロマネが一人で面倒を見るケースもあるが、大規模案件では複数人が必要になるからだ。

前回紹介した工場づくりのワークフローとの最大の違いは、工場全体が「システム」であるという概念が存在すること、そして「プロジェクト・マネジメント」という管制塔機能が存在することである。

まあ、上で示した流れは、実際には1,000以上のWBSアクティビティからなる流れをかなり簡略化したもので、現実にはもっと複雑だし、リサイクル・ワークも発生しがちだ。だが、全体の流れを統括して、妙な手戻りは極力無くそうと最初から努力はしている。そのためにPMTのメンバーは、設計上しばしば発生する小さな変更が、他の設計・調達・建設を通じて、どのような影響を及ぼし、コスト・スケジュールでどれほどインパクトを生じるかを、つねに予測しながら判断を行う。

そして、このような流れは、わたしの勤務先だけではなく、世界的なプロセス産業全体での共通理解になっている。発注者側も、これを求めるし、これを実現するために、エンジニアリング会社という業種が存在する。そして、そこにはプロセス・エンジニアや、プロジェクト・マネジメントの専門家が多数いる。こうした人材を、工場のオーナー企業が雇っても、数年に一度しかないプラントの新設・拡張だけに従事させるのでは非効率だから、アウトソースするのだ。

もちろん、こういう仕組みだから、すべてのプロジェクトがうまくいく、などと言うつもりはない。我々も正直、手痛い失敗をいくつも経験している。ただ、プロジェクトにとって最大の失敗は、コスト超過でもスケジュール遅延でもない。使い物になる成果物が生み出せないことである。そして、少なくともプロセス産業では、「非効率で使い物にならない工場ができあがった」という失敗はない。全体システムの最適設計を最初に行うからだ。

こういう手順を踏むため、プロセスプラント系の工場の作り方は、必然的にウォーターフォール型になる。最初にとにかく、全体像を決める。今回は反応系、次は回収系、という風に、部分部分を計画しては継ぎ足していくようなやり方はできないのだ。プラント系のプロジェクトにアジャイル型が不向きなのは、決して実物の工事があるためではない。プラントが単なる機械装置の集合体ではなく、インテグレーションされた密結合のシステムだからだ。

わたしがこのところ、ずっと「仕組み」だとか「システムズ・アプローチ」だとかにしつこくこだわっているのも、結局のところ、わたしのキャリアの出発点がプロセス・エンジニアだったことに由来しているのかもしれない。わたしの入社した頃の仕事は、石油リファイナリーの工場全体を、線形計画法を使って最適化設計し、経済性評価する仕事だった。その後いろいろなキャリアの紆余曲折はあったが、どの分野の仕事でも「システムの全体像」にこだわり続けているのは、その影響なのだろう。

ただ、そうだとしても、これまでずっと専門分野を深掘りしてきた中堅エンジニアが、「全体像を見る」ためには、どうしたら良いだろうか? いまさら畑違いのプロセスシステム工学など、学んでいる暇もあるまい。

わたしがおすすめするのは、二種類の『見方の練習』である。最初の練習はまず、「上司の上司の立場になって仕事のあり方を考えてみる」ことである。自分の上司の立場を想像することは、それほど難しくない。居酒屋談義でサラリーマンが「俺が課長だったら・・」みたいなセリフを吐くシーンは、珍しくあるまいし、ある程度は正鵠を得ているものだ。だが上司の上司となると、難しい。あなたが主任だったら、課長ではなく、部長になったつもりで、仕事をどう変えるべきか、考えてみる。あなたが課長だったら、本部長の立場で、どう仕事の仕組みをつくるか、考える。これは簡単ではない。かなり視点を背伸びして、高い位置から関連する仕事の全体を見なければならないからだ。

そしてもう一つの練習は、「顧客の顧客の要求を考えてみる」である。自分の目の前の顧客の要求は、毎日接しているし、闘ったりもしているので、良く知っている(つもりになりやすい)。ところが、その顧客だって、じつはさらに顧客がいるのだ。そして彼らだって、顧客の要求に悩まされている。たとえばあなたが部品メーカーで、顧客はセットメーカーだとしよう。顧客はあなたに、つねに無理なコストダウンやJIT納品を要求してくる。

だが、その顧客だって、じつは流通側のチェーンストアや量販店から、めまぐるしい需要変動への対応を要求されているのかもしれない。だから、あなたは「顧客が要求して言ってくること」の背後に、顧客自身が悩んでいる「隠れたペイン」を見通すべきなのである。それはいいかえると、「サプライチェーンの中で、自社の位置を理解する」ことにも通じる。そういう視点を獲得できれば、あなたが日々直面している問題に対しても、別の見方、別の解決策が見えてくるかもしれない。たとえ見えてこなくても、感情的なフラストレーションは、少しは薄まるはずだ。相手を、同じ手足のついた人間として見ることが、相互リスペクトの第一歩ではないか。

こうした二種類の見方を、折に触れて練習してみること。これが「全体を見る」能力を育てるための方法だと、わたしは信じている。そうした能力は、今すぐには無用に見えても、長いキャリアの中では、きっと役立つときが来るはずなのだ。


<関連エントリ>

 →「設計思想(Design Philosophy)とは何か」 (2012-03-26)
 →「最適解を組み合わせても、良い生産システムは作れない」 (2016-07-25)
by Tomoichi_Sato | 2016-08-02 22:24 | 工場計画論 | Comments(0)

最適解を組み合わせても、良い生産システムは作れない

先週の7月20日に「生産革新フォーラム」で行った講演『上手な工場見学の見方・歩き方 〜エンジニアリング会社の視点から〜』には、幸い大勢の方が来場され、このテーマに対する関心の高さをうかがうことができた。そして同時に、「工場設計」という重要な仕事に関する、世間での情報源の少なさも、あらためて再認識することになった。工場づくりのポイントを学びたいと思っても、世の中には殆ど教科書・参考書の類いがないのだ。

たとえば、前回も書いたとおり、機械組立加工系の工場レイアウトには、やっかいな典型的問題がある。それは上下動線の錯綜と分断の問題である。「材料受入→部品加工→組立→検査→梱包出荷」という工程の順序のうち、前半の部品加工はしばしば大型で重い機械設備が必要になり、後半の組立検査は人手中心の作業である。だから、敷地の制約で二階建て以上の工場を計画する場合、重い機械を要する部品加工工程を1階におき、組立検査工程を上階に配置することが普通だ。重たい機械を2階以上に設置するには、床の耐荷重を上げなければならず、建築コストが上昇するからだ。

ところが、原材料搬入も製品出荷も普通はトラックで行うから、搬入搬出口は1階に設置する。そして倉庫も、(それが材料倉庫・中間部品倉庫・製品倉庫のどれであっても)重たいので1階におく。かくして、工場の中には、1階→2階→1階→2階→1階というような縦の物流動線が複数必要になる。そればかりでなく、生産の流れが複数フロアにまたがって分散すると、全体としてどこに滞留が生じているか分かりにくくなるし、どこかで問題が生じても、他のフロアは気づかずに操業を続け、結果として仕掛品の山とワークロードの不均衡を生み出してしまう。「流れをつくる・流れを見せる」が工場レイアウトの基本なのに、それにそむくことになるのだ。

この問題の一つの解決法は、前回ご紹介したN社の事例のように、製品搬出口を2階に持って行く方法である。1階から搬入した材料は1階で部品に加工する。そして2階で組み立てた製品は、2階から梱包出荷する。N社の場合、上流側の部品加工はNCを用いたロット加工であり、下流側は個別受注生産になるため、必ず中間部品在庫が生じる。そこで中間部品在庫用の立体自動倉庫を置き、自動倉庫に縦搬送機能を持たせることによって、工場全体の中に1階→2階という明確な流れをつくったのである。「入口と出口を分けて、流れをつくる」は物流倉庫の基本だが、それを工場全体で実現したのである。

もう一つの解決法が、講演で説明したK社の工場レイアウトだ。K社は我々が数年前に見学した、川口市にある歯車メーカーである。従業員数約200名、年商数十億 の中堅企業だ。K社の工場は3階建てだが、製品種別にしたがってフロアを分けている。大型歯車は1階で、小型歯車は2階で、それぞれ全工程を完結できるようにしてある。したがって、2階にも重量のある機械を置いている。建築の素人であるわたしの目から見ても、床の耐荷重は大きめの構造になっていた。 建築費が上がることは承知の上 でのレイアウトである。

だが、一つの品種の製造の流れが、フロア内で見通せることのメリットの方が、建築費の節減よりも大きいという判断があったのだろう。大変立派な判断だと、わたしは思う。K社を見学に行ったのはたしかリーマンショックの直後だったと思うが、急激な受注減を受けても、ちゃんと持ちこたえて経営されていた。「製造は労賃の安い中国で」というのが常識のごとくメディアで宣伝され、「日本の中小製造業は、大企業の新製品開発サポート業務くらいしか生き残る道はない」と経済産業省が勝手に決めつけていた時代を、ちゃんと生き延びているのだ。

じつは、K社を良く知る知人の指摘によると、K社にはもう一つ首都圏に工場があり、そちらは何とN社と同じような、2階搬出口によるレイアウトになっているという。同社にはこの他にも、学ぶべき立派な事がいくつもあって、講演でもその一端を紹介した。まともな工場を作り、まともな方針で経営している企業は、サステイナブルに事業を継続できるのだと、強く印象づけられた工場見学だった。

それにしても、N社やK社などの創造的な中堅企業ではずっと前から実現できているレイアウトが、なぜ全国の大企業の工場ではできていないのだろうか。工場の規模が違いすぎるから? わたしはそうは思わない。というのは、現代日本ではどこの製造業も、多品種少量生産を否応なく迫られていて、個別の製品群で見ると、そんなに巨大大量生産の工場というのは無いからである。大企業には創造性の高い人材が少ないから? いや、中小企業の経営者たちは口を揃えて、優秀な学生は大企業にばかり入りたがる、というであろう。

わたしは、「部門の縦割り(サイロ化)の弊害が、非効率な工場設計を生んでいる」のではないかと疑っている。企業が大きくなればなるほど、組織構造は立派になり、分業が進み、それぞれの部門が明確な責任範囲を受け持つ体制が発達する。小さな企業では、一人がいろんな事を見なければならない。だが大きな組織では、守備範囲にしたがって、工場づくりなどの仕事も進められる。

そのような分業体制の中で、「各人がその持ち場で最善を尽くす」ことにより、企業全体として最良の結果を得る。——これが一般に信じられている原則だ。たとえば、工場設計においては、機械類は生産技術部門が、建物は総務部門が担当するケースが多い。機械は最高のパフォーマンスのものを導入し、建物は最も安価で堅牢なものをつくる。かくして素晴らしい工場ができあがる、はずである。

しかし、そうではないのだ。N社やK社の例を見ればわかるとおり、建設費の点ではむしろ、外周スロープや耐荷重などで余計なコストをかけている。とうてい最適解とはいえはない。しかし、ある部分ではあえて最適から外すことで、全体としては効率とフレキシビリティを兼ね備えた優れた工場(生産システム)に仕上がる。これが「システム」を設計する仕事の妙味である。なまじ分業化を進めると、こうした視点が消え失せてしまうのだ。

わたしの見た限りでは、日本のディスクリート型製造業における工場づくりは、典型的には次のような流れで進む。

(1) まず、生産技術部門の機械エンジニアが、製造工程の中核となる製造機械装置の基本設計を行う
(2) 続いて、生産技術部門が機械メーカーを選定し、そのメーカーとともに詳細設計を進める
(3) さらに、生産技術部門は資材部門の協力の下、汎用機など補助製造設備の選定を行う

ところで上述の通り多くの企業では、「建物は総務部門の管轄」という決まりになっている。そこで、

(4) 上の流れに並行して、総務部門は設計事務所をよんで、建屋の建築レイアウトをすすめる
(5) ついでゼネコンが入ってきて、建築の実施設計にむけた作業を続ける

ただし工場は建屋と製造機械だけでは成り立たない。保管用の倉庫や搬送装置など、物流搬送設備が必要だし、あるいは電力・水・圧縮空気などのユーティリティも必要だ。というわけで、

(6) 生産技術部門が、製造機械の設計を追う形で、物流搬送設備等の基本設計をすすめる
(7) ついで、生産技術部門が物流メーカーを選定し、そのメーカーとともに詳細設計を進める

で、その結果どうなるか。技術を良く知らない総務部門の事務屋さんが設計事務所に命じて描かせた、ガランドウの建屋プランの中に、生産技術のメインとサブのグループが、エンジニアの視点でそれぞれ選んできた機械設備を配置しようとする。答えはご想像の通りだ。きれいに収まる訳がない。しかたなく、それぞれ基本設計に戻ってやり直しとなる。かくて目に見えぬ無駄な時間が浪費されていく。
e0058447_22361380.jpg

こうした再調整のリワークを避けるたければ、あらかじめ、機械 – 建築 – 設備の間の取り合い(インタフェース)に、かなり余裕を見ておくしかない。インタフェースとはすなわち、耐荷重、電力容量、貫通孔などなどである。だが、当然これはコストアップを意味する。よほど余裕のある工場でなければ(あるいは総括原価方式などで顧客にコスト転嫁可能な企業でなければ)できる相談ではない。

しかし、それよりも問題なのは、「建築コスト最小」と「機械パフォーマンス最高」の足し算の方程式を無理やり解いた結果、全体の流れが錯綜した空間構造、レイアウト変更が容易でない空間構造になってしまう点である。これが、操業後の見えない非効率の温床になる。分業と「すり合わせ型」意志決定が、全体の設計思想なき工場を生んでしまうのだ。

おわかりだろうか。A. 大きな問題を、複数の小さなサブ問題に分解する。→ B. そして、それぞれのサブ問題に対して、最適解を求める。→ C. それらを組み合わせて、全体に対する最良の解を得る・・というのは、いつでも成立する訳ではないのだ。このアプローチは有用だが、元の問題が「足し算の論理」で評価できる場合にしか、成り立たない。そして、わたしの言う『生産システム』は、そうした足し算だけでは評価できない典型なのだ。そこでは、もっと別のアプローチ、すなわちモデリングとシミュレーションを使ったシステムズ・アプローチが必要になる。有用性・冗長性・安定性など複数の評価尺度を考えながら、システムの構成員である人間のふるまいを予測し、導くような設計論が必要なのだ。

そして、だからこそ工場見学は面白いのである。そこには相矛盾する複数の問題に対する、知恵が込められている。込められている、はずである。少なくとも、現場近くで実際の仕事を見ているエンジニア達は感じているはずなのだ。ただ部門単位での局所最適を足したって、全体として良い仕組みは生まれないのだ、と。


<関連エントリ>
 →「工場レイアウト設計の典型的問題と、そのエレガントな解決法」 (2016-06-16)
by Tomoichi_Sato | 2016-07-25 22:37 | 工場計画論 | Comments(0)

工場レイアウト設計の典型的問題と、そのエレガントな解決法

工場見学ほど面白いものはない。なぜなら、工場はそれ自体が大きくて複雑なシステムそのものであり、そのシステム作りに各社独自の工夫も盲点も現れてくるからだ。——そういう意味のことを、これまで何度も書いてきた。また、すでにお知らせしたとおり、来る7月20日(水)に「生産革新フォーラム」(通称「MIF研」)で『上手な工場見学の見方・歩き方 〜エンジニアリング会社の視点から〜』というタイトルでお話ししたいのも、その点だ。だが、もう少し具体的に、わたしがよその工場を訪問したら、最初にどこを見るかについて書いてみたい。

ものづくりの方式やプロセスにはいろいろバリエーションがあるが、機械組立加工系を例にとると、だいたい次のような工順(工程順序)をふんでいる:

 材料受入 → 部品加工 → 組立 → 検査 → 梱包出荷

この途中に通常、「在庫保管」も入るが、どこに入るかは工場の方針次第のため、ここでは省略しておく。

効率的で作業しやすい工場設計・レイアウトを考える場合、上記の5つの作業を行うワークセンターを、どこにどう配置するべきかが問われる。普通、工場は建屋の中に入っているから、建築面における空間設計と、生産技術面での機械配置の折り合いが必要になる訳だ。これは日本国内の既存の工場の場合も、海外に新工場を作る場合も同じである。

とくに土地代の高い日本や、一部のアジア都市近郊部では、敷地面積が限られるため、どうしても工場は2階建て以上の多層階構造になる。すると、どの階にどの工程を配置するかで、頭を悩ませることになる。

このレイアウトを考える際、制約条件が一つある。あまり重い機械・装置は、上の階に乗せたくない、という制約だ。建築には、床の「耐荷重」という概念があり、m2あたり500kgとか1 tonとかいった数字で表す。これが大きくなればなるほど、当然ながら構造に剛性を持たせなければならない。柱や梁は太くなり、床・スラブは厚くなり、斜めにブレース補強なども必要になるだろう(慣れた人になると、柱・梁の太さや配置を見ただけで、耐荷重がどれくらいの値か見当をつけることができる)。つまり、「耐荷重=建設コスト」なのである。だから、あまり重たいモノは、2階以上には配置したくない。

ところで多くの場合、「部品加工」の段階はかなり加工機械・装置を使うことになる。プレスマシンだとかマシニングセンターだとかFMSだとかいった大型の機械装置である。そして重い。他方、組立作業とか検査作業は人間の手作業が中心だ。だからそれほど大がかりな機械はいらない(せいぜい搬送用コンベヤ程度だ)。

こう考えると、自然、部品加工のワークセンターは1階に置き、組立・検査工程は2階以上に配置しよう、という方針が出てくる。実際、わたしが見た日本の多くの機械系工場は、こういう発想でレイアウトされている。

ところが、ここに問題が一つ生じるのだ。それは「モノの流れ=動線」の問題だ。

いうまでもないが、外部から購入した原材料・部品は、トラックで運んでくる訳だから、当然1階に受入口を持つことになる。また自社で生産した製品も、トラックに載せて搬出する訳だから1階に出口がいる。いきおい、出荷梱包のスペースも1階におくことになる。かくて、モノは1階から入って、加工され、途中で2階以上に持ち上げられて組立・検査を受け、また1階におろされる。縦方向の物流動線が、最低でも往復2パス必要になる。

それだけではない。上ではワザと省略したが、「在庫」の位置の問題がある。倉庫という設備も、かなり重たい代物だ。だから、上層階に大きな倉庫を置くと、金がかかる。いきおい、原材料倉庫も、中間品倉庫も、製品倉庫も、1階におくことになる。じゃあ、工程間に生じる仕掛かり在庫は? 物量にもよるだろうが、多ければやはり1階になる。

かくて、複数の上下動線が必要になる。エレベーターを使うにせよ、ダムウェイターや垂直コンベヤを使うにせよ、上下階を貫通する位置が建築上必要になる。いきおい、各階のレイアウトが制約される。そして物流動線が複雑化する。

それだけではないのだ。もっと深刻な問題は、モノの流れが見えにくくなって、どこで何が滞留し、どの工程で問題が生じているのかが分かりにくくなってしまうことだ。ちょっと想像してみてほしい。あなたの家の台所が、上下2階に別れているとする。1階には流しや冷蔵庫が、2階にはコンロや電子レンジや盛りつけ場がある。かりにその間はオシャレな螺旋階段か何かで結ばれているとしても、いかに非効率かわかるはずだ。この非効率を、工場規模で実演しているのが、日本の多くの工場なのだ。まあ、そうした非効率に気づかずにいる“シアワセな人”が工場長の場合も、よく見かけるが。

こういう問題が生じる遠因は、企業内の縦割り組織にもある。多くの会社では、製造機械は生産技術部門の所管だが、建物それ自体の発注は、総務部門の事務屋さんたちの管轄になっている。かくて、機械は機械、建物は建物で計画されて、全体を「システム」の効率の問題としてとらえる視点が欠けているのだ。

では、どう解決するべきか。よほどお金のある工場、あるいはクリーン度が必要とされて人手の作業を嫌う半導体や医薬品工場などは、「立体自動倉庫」を導入して、複数階からの出し入れ可能にするかもしれない。スタッカー式クレーンをもつ立体自動倉庫は、縦搬送と保管の両面の機能を持つすぐれた仕組みである。だが、高価だ。その上、これが故障すると(あるいは定期メンテに入ると)工場全体の機能が止まってしまう。だからバックアップの搬送の仕掛けが必要になる。さらに建築設計面から言うと、レイアウト上の大きな制約事項になる。「在庫が見なくなる」という理由で、これを嫌うJITコンサルも多い。

工場内の物流動線は、「流れをつくる」が基本である。モノの流れをつくり、滞留が見えるようにする。これが「見える化」の本流だ。なのに土地が狭く多層階の工場では、その実現が難しい。どうしようか。こういう点が、エンジニアの知恵や工夫の発揮すべき場所である。

この問題に対して、エレガントな回答を与えた例を一つ紹介しよう。東京近郊にある、N社の工場である。この工場では、セオリー通り、1階に重量の大きな加工機械設備を置き、1階に組立・検査エリアをおいた。工夫したのは、あえて2階に製品搬出口をもうけたことだ(念のために書くが、平地に建っている工場である)。これを可能にするために、建物の側面に長いスロープを周回させ、搬出用トラックが2階にアプローチできるようにした。原材料の搬入口は1階にした。原材料倉庫も1階だ。

ところで、この工場は多品種少量の受注生産形態だ。ただし部品はGT(グループテクノロジー)を応用し、NCでロット加工をする。だから、組立工程との間に、必ず中間部品の在庫が発生する。そこで、1階と2階を貫通する形で、小規模な立体自動倉庫を置き、ここを中間部品倉庫・兼・上方向搬送路とした。かくして、1Fの受入から2Fの搬出まで、流れができた訳だ。モノの見通しは、抜群に良くなった。
e0058447_21322235.jpg

お分かりだろうか。これが工場の「システム・デザイン」なのだ。サプライチェーン上の要求と、機能要素(各工程)の関係と、空間配置の制約とを同時に解いて、人間が判断しやすく働きやすい仕組みをつくる。こういう設計思想の明確な工場を見ると、勉強になった、見て得したな、という気持ちになる。

ついでにいうと、この工場は、機械工場であるにもかかわらず、全館空調である。鉄骨スレートでは断熱性が悪いので、鉄筋コンクリート構造だ。そして空調のために、煙の出やすい切削油を全て水性にかえたという。当然、切削条件がかわってしまい熟練工のノウハウが生かせなくなる訳だが、快適な労働環境のためには当然という判断だった。こうした点が認められ、この工場は日本建築学会賞をとったときいている。

え? そんな素晴らしい工場なら、ぜひ見学してみたい? 残念ながら、もはや不可能だ。なぜなら、この事例は45年前のものだからだ。同じ敷地はまだ残っているが、業容拡大に伴って建物自体はかなりの増改築があり、元の姿は残っていない。ただ、世の中にはいまだ鉄骨スレートぶき、外気とツーツーで寒暖激しい労働環境の機械工場がゴマンとある。たとえ空調はあっても、動線は複雑、可視性は最低、そして欠品と納期遅れで右往左往、という工場だらけだ。もっとずっと前に、こうした先進事例の発想に学んでおけば、自社の改善にも役立っただろうに。

なぜ他の工場に学ばないのか? 先賢に学ぶことこそ、我々が成長する最大の近道ではないか。たしかに同業ライバルの見学はお断りという会社は多い。だが少しでもものごとを抽象化してとらえる能力さえあれば、別の業界の工場からも、学べる点はたくさんあるのだ。そして、(少しだけ宣伝めいたことを言わせてもらえば)多数の工場づくりにかかわってきた工場づくりのプロ=エンジニアリング会社の価値だって、そこにあるのである。

20日の研究会では、こうした点をお話ししようと思う。ちなみに、上に述べたN社の例は、解決法のひとつに過ぎない。機械組立加工系でも、別の解決法もあるのだ。それがK社の事例である。K社はどのようにこの問題を解決したのか? 興味を持たれた方は、ぜひ会場にお越しいただきたい。もしかしたら満席になるかもしれないので、ぜひ駆け足で(笑)。


<関連エントリ>
 →「工場見学ほど面白い物はない」 (2007-06-15)・・・この記事を書いてから、もう10年近く過ぎましたが、はたして予言が当たりましたかどうか。
by Tomoichi_Sato | 2016-07-16 21:32 | 工場計画論 | Comments(0)

講演のお知らせ:『プロに学ぶ、上手な工場見学の見方・歩き方』

例によって直前のお知らせで恐縮ですが、研究会で講演します。
来る7月20日(水)18時30分より、わたしが幹事の一員をつとめる中小企業診断士協会「生産革新フォーラム」で、

プロに学ぶ、上手な工場見学の見方・歩き方

と題する講演を行います(場所は日本橋堀留町公民館の予定です)。

わたしは工場づくりのプロ集団であるエンジニアリング会社に長年勤めておりますが、同時に工場見学も大好きで、機会があれば国内外のいろいろな工場を見学してきました。

製造業は業種や製品によってバラエティが大きく、たとえば日本では「工場」と「プラント」を別物のように考えています。が、英語ではどちらもPlantで、工場長はPlant Managerです。実際、見た目は両者でかなり違いますが、共通点も多く、また悩みや課題、そして解決の方向性も共通しています。

多くの工場(とくに消費財メーカー)は、顧客や地域社会との良好な関係づくりのために、工場見学の標準メニューや見学コースも用意しています。そういうコースを歩いて、「見た気分」になるのは簡単ですが、本当に大事なのは、その工場がどのようなレベルにあるのか、どのような設計思想でつくられているのか、どこに仕組み(システム)上の工夫があるのか、そしてどこに非効率やカイゼンのタネが潜んでいるのかを、見抜く力です。

このサイトでも以前、「超入門:上手な工場見学の見方・歩き方」と題するエントリを書きましたが、今回の講演ではこの内容をバージョンアップし、工場を「生産システム」ととらえることで、目に見えにくい仕組みを見抜くとともに、工場の未来の姿についても考えます。本研究会は診断士でなくても自由に参加できますので、工場作りに関心のある大勢の方のご来聴をお待ちしております。


佐藤知一@日揮(株)
by Tomoichi_Sato | 2016-07-12 12:31 | 工場計画論 | Comments(2)

ピッキングとはどういう仕事か

前々回の「マテリアル・コントロールとはどういう仕事か」で、物品=マテリアルに関する仕事には、3つの階層があると書いた。

1. マテリアル・マネジメント:
 ・台帳(マテリアル・マスタ情報)の整備統一
 ・供給の流れ(設計→調達→保管→使用→廃棄)の仕組みとルール作り
 ・需要の先読みと評価に基づく在庫レベルや改廃の判断 など
 ↓
2. マテリアル・コントロール:
 ・供給の流れの定量把握と短期予測
 ・マテリアルの保管や移動の差配(交通整理)
 ・予実分析と是正措置の勧告・手配 など
 ↓
3. マテリアル・ハンドリング
 ・選別・移動・仕分け・集荷・定置
 ・マテリアルの状態確認と計数(棚卸し)
 ・包装や小分けなどの物流加工 など

その続きとして今回は、人手や機械によって物品を直接さわるマテリアル・ハンドリング業務について少し書こう。とくに、その中心的な仕事である『ピッキング』作業について説明する。というのも、ピッキングは物品を扱うすべての場所で必要となる仕事だからだ。物品を扱うすべての場所とは、いわゆる倉庫とか物流センターだけでなく、工場の製造現場も、そして通常のオフィスさえも含んでいる。製造現場では、モノを作るのに原材料・部品が必要だ。オフィスにだって、文房具などのサプライ品は必ずあるし、それ以外に書類ファイルや郵便物といった物品がつねに動いている。にもかかわらず、ピッキングにどういう種類があり、どう使い分けたら効率的かという基本さえ、良く理解されていないケースがまま見受けられる。

なお、ピッキングという語をインターネットで検索すると、鍵を針金等で強引にあけてしまう行為の方が、真っ先に出てくる。ここでいっているPickingはもちろん違う。物品のかたまりの中から、ある物品をとりだすことである。何か一品を拾い出すだけでなく、複数の物品を取りそろえることも指す。この作業に使う指示情報が、「ピッキング・リスト」である。

たとえばあなたが、TVの料理番組を見て、よし、冷やし中華を作ろうか、と考えたとする。さっそく必要な材料をメモしてみた。すると以下のようになった。

【材料】      【数量】   【場所】     
中華麺・・・・・・・・一玉    冷蔵庫
醤油・・・・・・・・・大さじ1  冷蔵庫 
酢・・・・・・・・・・大さじ1  調味料棚
ごま油・・・・・・・・小さじ1  物置
砂糖・・・・・・・・・小さじ1½ 食器棚
玉子・・・・・・・・・1個    物置
チャーシュー細切り・・50g   冷蔵庫
キュウリ細切り・・・・30g   野菜カゴ

これがピッキング・リストなのだ。あなたは料理の材料として、調理の前にこれだけの物品を収納場所から拾い出し、取りそろえる必要がある。ちなみに物品の中には、手で拾い出せる麺や玉子のような固体だけでなく、調味料類のような液体・粉体もある。こうした液体や粉体は、計量(秤量)しながら小分けに取り出す作業になる。

そしてこれが料理でなく製造行為でも、部品材料を倉庫から拾い出し、取りそろえる点では同じだ。その場合、一つの工程の製造オーダー(製造指図)に対して、一組の部品材料がいるわけだから、ピッキング・リストとは製造オーダーに一対一に対応することになる。すなわち部品表(BOM)の中における、特定の一段階の親子関係がピッキング・リストになる(厳密に言うと、ボルト・ナット類など現場常備の汎用品などは、ピッキング・リストでは省略されるが)。

あるいは物流センターで、どこかの顧客からの注文に応じて、商品を取りそろえる場合も同じである。あなたがAmazonに何か複数の商品を注文したら、彼らの物流センターでは、倉庫から商品を取りそろえて例の茶色の段ボール箱にいれ、送付状を同封してあなたの住所宛に発送するだろう。この場合、1枚のピッキング・リストは、1件の顧客のオーダー(=納品書明細)と内容的に一致する。すなわち、ピッキング・リストとはある種の作業オーダーであり、より正確に言うならば保管場所からの出庫オーダーなのだ。

さて、このピッキング・リストに技術があるといったら、あなたは驚くだろうか。実は、あるのだ。上記のリストをよく見てほしい。いろんな材料が並んでいる。取りに行くべき場所も、まちまちだ。そこで、これをこんな風にソートしてみる。

【材料】      【数量】   【場所】     
中華麺・・・・・・・・一玉    冷蔵庫
醤油・・・・・・・・・大さじ1  冷蔵庫 
チャーシュー細切り・・50g   冷蔵庫
酢・・・・・・・・・・大さじ1  調味料棚
砂糖・・・・・・・・・小さじ1½ 食器棚
ごま油・・・・・・・・小さじ1  物置
玉子・・・・・・・・・1個    物置
キュウリ細切り・・・・30g   野菜カゴ

このリストは保管場所の近い順になっている。こうすると、リストを見ながら物品を取りそろえる際に、あちこちと同じ場所の間を何度も往復する必要がなくなるのだ。せいぜい狭い台所の中なら大した違いはないだろうが、もし工場のように、部品倉庫や仮置き場所がけっこう離れていると、往復の手間はばかにならない。え? 俺だったら最初のリストでも、頭の中で同じ場所のモノをまとめて持ってくるって? それはこの例が8種類の物品リストだから可能なのだ。これがもし80種類もあったら、あなただって道に迷うに違いない。

ただし、このようにピッキング・リストをソートするためには、二つの前提条件がある。第一に、すべての物品の保管場所が、明確に把握されていること。いわゆる「ロケーション管理」である。第二に、そのロケーションが、ちゃんと順路的なコード体系になっていること。上の例で、【場所】を単にアイウエオ順にソートしても、それが実際の位置関係であっちこっちになっていたら、あまり移動の節約にはならない。つまり場所の裏にロケーション・コードがあり、そのコードが近ければ地理的な所在も近いという風にコーディングされている必要があるのだ。

ピッキング・リストの表示順が、きれいに棚の順番になっていて、行ったり来たりの重複やムダのないものを、「一筆書き」のピッキング巡路とよぶことがある。ピッキング・リストをすべて効率の良い一筆書きで生成するのは、技術というべきだ。

ただし、ここまでは「冷やし中華」という一品料理のための材料のピッキング作業を考えた。しかし、現実には工場でも複数センターでも、複数のピッキング・オーダーを処理しなければいけない。

ここでちょっと、現実の中華料理屋を考えてほしい。顧客はバラバラのタイミングにやってくる。そしてレバニラだとかワンタン麺だとかカニ玉丼だとか、まちまちな料理を注文する。そうした個別の注文に一対一でピッキングを行う。これを、シングル・ピッキングと総称する。

ところが、店によってはラーメン系だけに品種を絞り、客の回転の速さで勝負するところもある。そうした店でカウンターに座り、調理場を眺めていると、最初に客の人数分だけラーメンどんぶりを並べておき、タレやスープや麺、そしてチャーシューなどの具を、まとめてどんぶりに小分けしていく。麺もまとめてゆでているし、チャーシューなどは大皿にのったものを、一人前の枚数ずつ(中にチャーシュー麺があればそこだけ多めに)のせていく。つまり、個別のオーダー単位でピッキングして取りそろえる代わりに、麺やスープや具などを、複数オーダー分まとめてピックして配膳台に持ち寄り、そこで個別オーダーごとに仕分けしていくのである。このような方式を、トータル・ピッキングと(あるいはマルチ・ピッキングとも)呼ぶ。

トータル・ピッキングの利点は、物品の保管場所と、荷揃え・出荷場所との間の往復移動がずっと少なくて済む点である。そのかわり、ピッキング・リストのあり方がまったく異なってくることは、システム屋さんならお分かりと思う。もはやリストは製造オーダーや出荷オーダーに、1対nの対応になる。仕分け作業においては、個別の出荷箱(ラーメン屋ならどんぶり)の横に、内容明細が別途必要になる。

シングル・ピッキングとトータル・ピッキングは、日本語で「摘み取り方式」と「種まき方式」と呼ぶこともある。農作業からの類比なのだろう。では、この両者は、どのように使い分けるのがいいのか?

いうまでもない。物品のニーズが多品種少量の場合はシングル・ピッキングで、ラーメン屋のように少品種多量の場合はトータル・ピッキングが向いている。シングル・ピッキングも、全体として扱う物流量が大きい場合は、効率化のために一筆書き的な順路の工夫が必要である。では、多品種かつ大量の場合は、どうするか? そのときは、もはや手作業では間に合わないから、全体を機械化する必要がある。たとえば郵便局や宅配業者などの中央仕分けでは、自動ソーターなどの機械で処理をしている。まとめるとこうなる:


          (多品種大量)
           完全機械化
            ↑ 
            ↑
(多品種少量)←←       →→(少品種多量)
シングル・ピッキング  ↓    トータル・ピッキング
  〔一筆書き巡路化〕 ↓
             ↓
         シングル・ピッキング
          (少品種少量)

このように、ピッキング作業は、全体の物量、および品種数の特性とを合わせて、適切な方法を選ばなくてはいけない。あるいはさらに、自社の物品の使用量を頻度に従いABC分析して、A品目にはトータル・ピッキングを、BC品目にはシングル・ピッキングを組み合わせて使う、などの応用編が必要になるだろう。

そして工場の設計においては、こうしたピッキングの方式や動線を考慮したデザインをしなくてはいけない。いや、むしろマテリアル・ハンドリングの観点から、まず全体レイアウトがどうあるべきかを構想すべきなのである。

だから工場見学をしていて、ときおり製造現場の作業者が持ち場を離れて、モノ探しにでかけたりするのを見ると、
 (いったい何を考えているんだろう)
と思ってしまうのである。作業の生産性を2割も3割も向上する方法があるのに、それをやっていない。

もちろん、わたしは現場作業者を非難しているのではない。彼らは単に命じられたとおりのことを、必要に応じてやっているだけだ。わたしが「何を考えてるんだ」と言いたいのは、そうした非効率を放置している工場長である。そして、そんな工場長を任命している経営者である。現場を見もせずに、「日本人は人件費が高コストで困る」「ウチはなんでヒット商品が出ないんだろう」みたいなことを『考えて』いる。ピッキングのちょっとした工夫も生まれぬ職場に、創造性など育つはずがない。組織とは、どこを切ってもだいたい同じ体質なのだ。現場が非効率なのに、本社だけ目を見張るほど優秀、などという会社は見たことがない。

くりかえすが、ピッキングのような一見単純な作業にも、それを活かす技術がある。ただし、そうした技術を活用するためには、工場を、あるいは生産システム全体を、俯瞰する視点が必要なのである。


<関連エントリ>
 →「マテリアル・コントロールとはどういう仕事か」(2015-04-26)
 →「マネジメントのテクニックと技術論について」(2015-04-12)
by Tomoichi_Sato | 2015-05-12 07:59 | 工場計画論 | Comments(0)

お知らせ:ITmedia/MONOistに 『日系企業が国内生産にこだわるべき理由』を公開しました

製造業の技術者向けコンテンツを配信しているWebメディア「ITmedia/MONOist」に、生産の海外展開と工場立地に関する連載記事(4回シリーズ)の第4回目を公開しました。

最終回の今回は、日本企業はもっと「工場立地としての日本市場」を大切にすべきだ、という理由について、あらためて解説しました。

・海外展開でもうかる企業は一部だけ!? 日系企業が国内生産にこだわるべき理由
http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1410/16/news005.html


本シリーズは、TPMコンサルタントとして海外で長らく活躍してこられた、田尻正治氏との共著です。
工場の立地問題に関心のある読者の方々のご来読をお待ちしております。

参考:

<第1回記事>
生産の海外展開に成功するカギ――工場立地を成功させる20の基準とは?

<第2回記事>
「工場立地」面から見たアジア各国の特性と課題

<第3回記事>
実は穴場!? 製造業が米国に工場を設置すべき8つの理由とは


日揮(株) 佐藤知一
by Tomoichi_Sato | 2014-10-16 21:30 | 工場計画論 | Comments(0)