2008年 09月 05日 ( 1 )

プロジェクトにとって成功とは何か ~ESC Lille PM Seminarより

8月17日から22日までの一週間、フランスのリールで開かれた"EDEN Project Management Seminar"に参加してきた。リールはベルギー国境に近い北フランスの古都で、フランドルの入口に位置する商業都市だ。そこに、Ecole Superieure de Commerce de Lille(略称ESC Lille)という、フランスでも有名なビジネススクールがある。ESC Lilleは、欧州におけるプロジェクト・マネジメント研究のメッカともいうべきセンターであり、そこで毎夏開催される"EDEN Project Management Seminar"は、実務家とアカデミックな研究者が各国から集い、最先端の研究報告や情報交換を行う場となっている。

私は今回、日本プロジェクトマネジメント協会理事長でESC Lille教授でもある田中弘氏のご紹介により参加招待を受け、最近の研究テーマであるRisk-based Project Value Analysisについて発表した(写真)。リスクの伴うプロジェクトにおいては最適予算が存在する、という講演内容は好評をもって迎えられたと一応感じたが、その話はまた別の機会にしよう。今回は、そのEDEN PM Seminarで聞いた内容の中でも、とくに面白かった講演をいくつか紹介したい。

ちなみに、世界のPM関連団体といえばProject Management Institute(PMI)が唯一最大で、標準といえば"PMBOK Guide"(A Guide to PM Project Management Body of Knowledge)第3版がグローバル・スタンダードであるかのように思っている人が、我が国(とくにIT業界)では多いようだ。しかし、このセミナーに集う人々の顔ぶれと意見を見れば、それは誤解であることがわかる。PMIは米国発の団体だが、欧州にはそれより古くからInternational Project Management Association(IPMA)が設立され活動している。そしてPMIの学術雑誌"Project Management Journal"の編集長Christoph Bredilletと、欧州を代表する論文誌"International Journal of Project Management" の編集長J. Rodney Turnerが、二人ともESC Lilleの教授であることを見れば、このセミナーの層の厚みが想像できるだろう。

前置きはこれくらいにして、まず、英Middlesex大学Darren Dalcher教授の"The Success School in Practice"という講演を紹介しよう。

元々実務家としてのキャリアをもつDalcher教授は、英国のプロジェクト・リスクマネジメント関係の諮問委員会のメンバーらしく、かかわった実例の中から、"プロジェクトにとって何が成功なのか"という根本の問題をあらためて問い直す。たとえば、彼自身が関わった2つのITプロジェクトで、A:片方は納期も予算も守ったが、成果物はろくに利用されなかったケースと、B:納期も予算も超過したがシステムは13年間にわたり使い続けられるケースを紹介する。いったい、A・Bどちらのプロジェクトが成功といえるのか? 

この問いは一見単純に見えるが、案外奥が深い。納期も予算も超過したら失敗だ、とプロマネなら答えるだろう。よく、「ITプロジェクトは7割が失敗といわれている」と語る人が多いが、実はこの数字は米国Standish Groupが発表している統計資料によっている。

その一方、顧客満足が最大価値であるから、システムを使ってもらった方が成功だ、と答える人もいる。経営論を学んだ人に多いような気がする。しかし、システム開発を受託する企業は慈善事業でなく、営利でビジネスを動かしているはずである。だとしたら、赤字を出して成功というのは、自社の経営戦略とマッチしないことになる(もっとも、ハード販売が利益の源泉でソフト構築は無償でも良い、というのが戦略なら別の話だが)。

さらにDalcher教授は、有名な英仏海峡のEuro Tunnel事業をとりあげる。大陸と英国を海底トンネルで結ぶこのプロジェクトは、予定の6倍の予算超過を引き起こした。旅客数は当初予想の1/3、いったんは倒産状態に陥る。巨額の借金棒引きにより、開通後14年後の今年になって、ようやく単年度黒に転じた事業である。彼は、これがプロジェクトとして成功か失敗かを問う。あなたの意見はいかがだろうか?

聴衆の意見はさまざまに割れた。納期やコストの点では明らかに失敗だ。ビジネスとしてもかなりの難点がある。トンネルは不法移民の移動手段にもなってしまった。しかし! トンネルのおかげで、ロンドンと大陸は非常に近く、便利になった(何しろリールからロンドンまで列車に座っていけるのである)。英仏両国の記念碑的協力事業となった。また、難工事だったかもしれないが、あの海底トンネルは技術としては偉大な成果ではないか・・・。

結局その答えは、誰にとって、どのような尺度で測るかに依存する。プロジェクトは、遂行を請負うプロマネの視点、発注当事者の視点、利用者等のステークホルダの視点、そして事業を取り巻く社会の視点がある。これに応じて、成功には次の4レベルがある、というのがDulcherの定義である。

レベル1 Project Management Success:納期・コスト・品質(スコープ)が守れること
レベル2 Project Success:プロジェクトの成果物に価値が認められること
レベル3 Business Success:プロジェクトがビジネスの成功をもたらすこと
レベル4 Future Ptential:プロジェクトが将来への可能性を生み出すこと

ふつうプロジェクトの成功は階層的にレベルを上がっていくと考えられる。しかし、それは必ずしも必須条件ではない。というのは、小さいレベルでは失敗だが、上のレベルでは成功というケースもあるからだ。たとえば、最初の二つのプロジェクトの例では、Bはレベル1では失敗だが、レベル2では成功だったわけである。ユーロトンネルの場合は、レベル1~3まではことごとく失敗であった。しかし、レベル4の視点に立てば、成功と呼ぶことができる。そして、米Standish Groupが発表している「プロジェクト成功率統計」は、レベル1の成功率を示しているにすぎないことが分かるだろう。

私自身、受託プロジェクトの遂行をビジネスとするエンジニアリング業界に身を置いているため、どうしてもレベル1の狭い視点に限られる傾向があったようだ。そうした意味で、本講義はまさに目を開かれた思いであった。読者諸賢も明日からは、“頑張ってプロジェクトを成功させろ!”と号令されたら、「誰にとっての、どのレベルでの成功ですか?」と問いかけるといいかもしれない。あるいは、レベル0(Activity Success)というのを考えてみるのも面白いだろう。各アクティビティの担当者は過労でボロボロになったのに(レベル0=失敗)、プロマネは納期通り利益を上げて昇進・栄転した(レベル1=成功)、という風に。

この講演でも分かるように、欧州では、より広いコンテキストからプロジェクトをとらえる思考様式を持っている。また社会との調和を重視しようとする点も、欧州的思考の特徴だ。これに対して、一般に米国では、明確に決められた枠組みの中で、量的にはかりやすい尺度でビジネスや物事を評価したがる。だからStandish Groupのようにレベル1に着目するのだ。プロジェクトの成功の判定に、両者のスタンスの差がくっきりと出てくる点が面白い。

このように、EDEN Project Management Seminarでは、興味深い発表が他にもいくつもあった。今回は長くなってしまったので、それらについては、次回紹介しよう。
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by Tomoichi_Sato | 2008-09-05 00:03 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)