マネジメント、はじめの一歩

半年ぶりに、また大先輩のR先生とお会いした。ある会合で一緒になった後、マネジメント論などを話しながらしばらく帰り道を同行させていただいた。

--R先生。結局、マネジメントって何なんでしょう。

「いきなりずいぶん短兵急な質問だな。どうした、会社でも首になりそうなのか。」

--いや、その点は今のところ、たぶんまだ大丈夫だと思いますが・・。この間、会社で若手に『生産管理入門』の講義をやったんです。その時に出た質問がずっと頭に引っかかっていまして。

「マネジメントとは何か、とでも聞かれたのかい。それでうろたえるとは君らしくないな。ぜんぜん講義になってないじゃないか。」

--そうじゃないんです。マネジメントとはPlan-Do-Seeのサイクルを回すことで、生産管理という仕事は、生産システムについてそれを行うことだ、と説明しました。あ、『生産システム』というのは、工場の人や機械やからなる生産の「仕組み」のことです。

「ふむ。多少異論はあるが、まあ、いい。それで?」

--“付加価値を生み出す直接作業を、サポートするための間接作業すべてが、生産管理である”という持論を、在庫コントロールや生産計画などの実例を挙げて説明したんです。そして、生産管理の価値とは、生産システムの効率性(付加価値生産性)や有効性(需要と供給の動的一致、端的には短リードタイム)といった性能向上に貢献することだ、とまとめました。つまり生産管理スタッフは製造現場をサポートするのが仕事で、命令する役割ではない、と。

「たしかに、そのとおりだ。」

--そうしたら、後輩から、こう質問されたんです。“現場の労働が付加価値生産性で測れることは分かりました。では、マネジメントの生産性は、どう測るんですか?”

「いい質問だ! それで、どう答えたね、講師の先生。」

--そこなんです。問題は。“マネジメントの機能は効率性向上や動的適応であって、直接のプロダクトはないのだから生産性は測れない”と答えたんですが、自分でも納得しきれないんです。

「私も納得できんな、そんな回答じゃ。だとしたら、マネジメントに上手も下手も無いってことになる。『測れないものは改善できない』という金言を教えたろ? 君は、マネジメント自体は改善できないものだ、と言っているに等しい。君の仕事はPMOじゃなかったのか。」

--そうなんです。だとしたら、プロジェクト・マネジメントの向上という、自分自身の仕事は意味がないことになってしまいます。

「何ともお粗末なPMOだな。首になる心配をするのも無理はないか(笑い)」

--冗談じゃないですよ。でも、それ以来、この問題が頭を離れません。生産性とはアウトプットを投入量(マンパワー)で割ったものです。マネジメントの価値が分かれば、その生産性も評価できます。では、マネジメントの価値とはいったい何か。

「君が中間管理職になるとき、何も教わらなかったのかね。マネジメントの、はじめの一歩を。」

--研修は、ありました。でも問題解決学やリーダーシップ論みたいな研修で、面白かった記憶はありますが、マネジメントの根本説明は、なかったように思います。Plan-Do-Seeのマネジメント・サイクルというのは、後になって中小企業診断士として勉強した言葉です。

「君はたしか設計部門育ちだったと思うが、すると設計の問題解決は学んだが、マネジメントとは何かを知らずに、管理職になったわけだ。じゃあ一つたずねるが、チーフ・デザイナーとマネージャーは、何がちがうと思うかね。」

--私の業界じゃ『リード・エンジニア』という言い方をするんですが、とにかくまあ、デザイナーは設計プロダクトを作ります。固有技術のチャンピオンですね。一方、プロマネは管理技術のプロです。

「そんな言いかえは答えになっとらん。じゃあ、野球チームのキャプテンと監督の違いは? リーダーシップが要るのはどちらだ。」

--ははあ・・キャプテンは自分でプレイをしています。監督はマネジメントしているだけですね。リーダーシップは、・・キャプテンの側かな?

「いいかね、マネジメントとは自分で球を投げたり打ったりすることじゃない。監督はピッチャーより速い球を投げられるか? ちがう。マネジメントとは、“人にやってもらうよう仕向けること”なのだ。だから、チーフ・デザイナーは、自分でエスキースを描いている間は、全然マネジメントなんかしてないことになる。なのに、ちょっと経験年数がたったからといって何の訓練も与えずにデザイナーを課長に任命して、それでマネジメントができると思っている。人を動かすすべを何か学んだのか? プレイイング・マネージャーしか知らない企業が日本には多すぎるのだよ。だからみな変化に弱いのだ。」

--うーん。でも、マネジメントって、管理職になって人を動かすことなのですか?

「馬鹿言いなさい。管理職という地位は、手段に過ぎん。人を動かすという目的を達成するための、手段にな。手段を目的と取り違えてはいかん。君の会社はマトリクス型組織だから、プロマネはチーム・メンバーの上司ではないだろう?」

--上司では、ありませんね。

「上司は部下を動かす際に『強制力』をもっている。人事考課の権限があるからな。しかし上司でない場合、マネジメントにおいては『影響力』を使うしかない。これを別名、リーダーシップという。リーダーシップというのは、基本的に同格の人間たちの中で、誰かが他者を率いるときに使う言葉だ。民主的なコミュニティの世界での用語だ。上司と部下は同格か? 監督と選手は同格かな? だからキャプテンにふさわしい言葉なんだ。」

--少し前、アメリカでエンジン故障に見舞われた航空機がハドソン川に不時着水した事件がありましたが、あのとき機長はリーダーシップを賞賛されました。あれはどうですか?

「乗客は機長の部下かね? 対等だろう、欧米の感覚じゃ。そして、急な環境変化において見事にそれを乗り切った。通常の飛行では、機長のリーダーシップなんて必要にならない。マネジメントが価値を生むのは、急に対処すべき事態が起こったときなのだ。」

--つまり、マネジメントというのは、平常時には価値はない、ということですか?

「正しくは、マネジメントはリスク回避の局面において最大の価値を発揮する、というべきだろう。だから、マネジメントの価値は、ある意味、『マネジメントが無かった場合どうなっていたか』という比較でしか測れない。ためしに、無能なマネジメントとはどんなものだか挙げてみなさい。」

--気づかない、決めない、見通せない、伝えない、学ばない・・・ですか。みんな否定形で、何かの不在ですね。たしかに。

「そうだろう? マネジメントというのは、何の変化もない時期には、むしろ余計なお荷物なのだ。ただ、変わりやすい環境ではとても大事になる。ちょうど哺乳動物にとっての脳のようなものだ。そして図体に比べて脳が小さすぎる恐竜は、気候変動で滅びた。」

R先生は、まだ花見には寒すぎる夜の都会の風景にむけて手を広げ、こういわれた。

「この激変の時代に、我々の社会を幸せにするのも不幸にするのも、マネジメントのあり方しだいなのだよ。」
by Tomoichi_Sato | 2009-04-07 00:11 | ビジネス | Comments(1)
Commented by Bukubukumaru at 2009-04-09 11:46 x
いつも拝読させていただいております。
私は営業の方が専門ですが、営業の仕事というのは変化の連続です。例えば「重要顧客のキーマンが朝奥さんに叱られてひどく機嫌が悪い」というだけで取るべき対応が変わってきます。(馬鹿馬鹿しい話しですが)
営業の生産性を決めるプロセスはあくまで顧客側にあるのです。
すなわちマネジメントこそが最重要なんですが・・・大企業でも、コーチング研修やリーダーシップ論のお勉強程度です(笑)
中堅規模になってくると単に与えられた数字の大きい1プレーヤーがマネージャー職となっています。
>プレイイング・マネージャーしか知らない企業が日本には多すぎるのだよ。だからみな変化に弱いのだ。
本当にその通りだと思います。
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