南蛮のみちⅠ 司馬遼太郎

「街道を行く」シリーズの1冊。この人の小説は、地の文章に解説や余談が多くて随筆みたいになりがちだが、随筆の方は多少の演出があってフィクティシャスに感じる。不思議な小説家だ。

日本人にとって、ながらく日本・唐・天竺の三つしかなかった文明世界に、突然飛び込んできたのが「南蛮」文明だった。しかも、面白いことに、その伝道の中心人物フランシスコ・ザビエルは、フランスでもスペインでもなく、バスクの人だった。そこで、この旅路の前半は、バスクという国をめざしてパリからフランス南西部を横切って進む。

そのバスク文化を理解するための第一の資料として、司馬遼太郎があげるのは、近代日本に宣教師としてやってきた、バスク出身のS・カンドウ神父の著作だ。「バスクは風と水と光の国だと形容される」とカンドウ神父は書く。そして、起源未詳のピレネー山脈先住民であるバスク民族の世界を、いとも魅力的に描き出す。騎士道精神と熱烈な信仰に支えられたザビエルは、その光輪の中に定置される。

バスク人は、見かけはフランス人やスペイン人とさほどちがわない。バスク名物のベレー帽も、フランス人の象徴のように思われている。彼らのアイデンティティを支えるものは、その気質と、バスク語だけである。スペイン語とは、バスク語の音韻の上に乗ったラテン語なのだが、そのスペイン王国からも、国民国家論を信奉するフランス共和国からも、存在を無視され迫害された歴史がある。

しかし、この旅行記は、そうした剣呑な雰囲気をうまく筆先でさばいて取り払い、ひたすら純朴で美しい「常世の国」バスクを描き出している。これを読んで、バスクに行きたくならない人は少ないだろうと思う。それだけ、司馬遼太郎が楽しんでいる旅行記と言えるだろう。
by Tomoichi_Sato | 2005-09-18 15:18 | 書評 | Comments(0)
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