ブルウィップ効果とは何か

どちらを向いても不景気な話が昨今多く聞かれる。日本の2008年第4四半期GDP成長率はマイナス12.1%(年率換算)で、'74年の石油ショック以来の落ち込みだ、とか、この半年間に非正規雇用者は数万人規模で首切りが進んでいる、とか、株価低迷で5,000円台への落下も杞憂ではない、といった話だ。いずれも昨年秋の米国発金融危機以降のニュースである。

また、個別業界を見ても、1月の工作機械受注はなんと84.4%減だ、とか、電子部品業界は設備投資がまったく止まった、とか、建設機械の受注もぱったりだ、とか、日本の産業の牽引役とされる自動車や電機産業以外でも、異変が立て続けに起こっているようである。わがエンジニアリング業界も、今期の受注はまことに厳しい。

こうした話題は、それぞれは、真実だろう。しかし、その反面、「はてな?」と首をかしげたくなることも少なくない。たとえば、日本のGDP成長率であるが、なぜ金融危機の震源地である米国(-6.2%)や英国(-1.5%)よりも、さらにずっと低いのだろうか? また、共同通信によると、トヨタやキヤノンなど大手16社は合計4万人の削減を発表したが、一方この16社は内部留保を過去6年間でほぼ倍増させ、今や約33兆円以上と空前の規模だ。それに、たとえば電子部品業界の投資がストップし始めたのは昨年前半からのことで、リーマン・ショックよりだいぶん前だ。

もう少し、不思議な事もある。たとえば、世界の主要な石油産業における投資計画を見ると、2009年は昨年度とそれほど大きな差はない。世界の携帯電話販売台数(出荷台数ではない)は、昨年度も4.3%増だった。ついでにいうと、中国の2009年経済成長率はプラス6-7%、インドも同程度が見込まれる。--こうした状況証拠を積み上げてみると、どうも「米国金融危機から世界同時の大不況がはじまった」ことで我が国の問題をすべて説明するのは、無理があるように感じられる。

それでは、いったい何が本当の原因なのか。そこで思い出すのが、「ブルウィップ効果」である。この言葉は、サプライチェーンにおける需要見込のブレが、消費者側から上流側に向かうにつれてひどくなる現象をさす。スタンフォード大のハウ・リー教授が名付け親といわれる。英語で「ブルウィップ」というのは、カウボーイが牛の群れを追うときに使う革の鞭で、手元でちょっとひねると先の方はとんでもなく大きく動く。消費者におけるわずかな需要変化が、卸、メーカー、とサプライチェーンをさかのぼるにつれて大きくぶれ、原材料メーカーのレベルでは需要が極端に増幅されることをあらわしている。

ブルウィップ効果に関する解説は、たとえば慶応大学管理工学科の曹徳弼教授の講義ノート「サプライチェーンマネジメント(Supply Chain Management)」 などで勉強することができる(ちなみに、曹教授の「プロジェクト・マネジメント」講義は、一昨年から小生も非常勤として数回お手伝いさせていただいている)。

これによると、現象の発見は1961年のフォレスターの研究報告にさかのぼる。しかし本格的な原因究明はリー教授らの研究(1997年)かららしい。小売店での末端需要変化が、川上に向かっていく段階で、その変動幅が拡大してしまい、全体で過剰な在庫や欠品を生み出してしまう原因は、その過程における「情報劣化」にある。とくに消費者から離れる産業ほど、長期の需要予測をする必要があるので、市場の変化が過剰増幅されて伝わってしまい、次のような連鎖が起こるのである。

(1)消費者の需要が数%ダウンする
→(2)小売店が需要減に気づき、仕入れを10数%手控える
→(3)卸業者が在庫過剰をおそれて、仕入れを数十%削減する
→(4)メーカーは、製品在庫だけで出荷量をまかなえるので、生産をやめる
→(5)原材料サプライヤーは、100%需要が無くなって青ざめる

「情報劣化」については、『口コミ』を例にして、曹教授がうまい喩えを書いておられる。棒で殴った→どうなった→頭を殴ったなら大変→棒で頭を殴ったらしい→病院にいったの?→当然救急車でしよう・・つまり「伝言ゲーム」である。これが、サプライチェーンの中で実際に起こるのである。

私が感じているのは、これと似た現象が、昨年以降日本の各業界で(理由はともあれ前後した時期に)起きているのではないか、という疑いである。たとえば、不動産が売れない→建設単価の下落→ゼネコンが苦境→建機の受注がストップ、というのが一つだし、携帯電話市場が飽和→電話会社がスローダウン→携帯電話セットメーカーの出荷量が低下→電子部品業界の生産量低迷→電子材料関連装置の投資ストップ、という連鎖もある。これに、米国景気が急降下→米国で自動車が売れない、という連鎖まで加わった。

ところが、この事象への対応として、大手各社が労働人員削減を大々的に行った結果、どうなったか。今度は一般消費財も住宅も落ち込む事態となった。携帯も不動産も売れない。こうして需要の波動はさらにループを形成して、増幅されハウリング状態になっているのだ。

さて、ブルウィップ効果の解決策は何か。経営工学が教えるのは、こうである:(1)「過剰解釈による情報劣化が問題だから、解釈の権限を限定する」、(2)「サプライチェーン・マネジメントSCMを導入する」。前者の解決法は、トヨタをはじめとする自動車業界のとってきた方法だ。計画は、自動車メーカーのみが立案する(つまり需要の解釈は一箇所のみで行う)。あとのサプライヤーは全て内示とかんばんで同期化する。・・この方法は理想的に見えたが、あいにく解釈の誤りは防ぐことができなかった。

そうすると、解決法は、もはや“賞味期限が切れた”と思われているSCMに、もう一度立ち返るしかないように思われる。リーは、ブルウィップ効果の根本原因を5つにまとめている。(1) 需要情報の処理 (2) リードタイム (3) ロットまとめ (4) 欠品 (5) 価格変動。これらにまつわる問題を、協力しながら一つ一つ、つぶしていくしか方法はないのだ。

・・というところで、今回の話はおわりにしてもいい。しかし、「派遣切り」の問題に関して、どうしても一言だけつけ加えておきたいと思う。それは、派遣社員を切った大手企業が内部留保をたくさんもっていたことへの批判ではない。派遣切りよりむしろ問題なのは、製造現場を、「切れる」形の派遣主体のワークフォースに、いつの間にか変えてきてしまったことではないだろうか。

私は以前、「生産システムの性能を測る」の中で、“システムの性能を測る尺度として最低必要なものは、有効性と、効率性と、安定性の三つである”と定義した。そして、安定性(ないし頑健性 Robustness)とは、生産システムの中核をなす労働者の人達が、安心して快く働き続けられることであり、頑健性は、その職場の事故率や離職率の逆数で測られねばならないと書いた。

日本の製造現場で起きていたことは、そのまったく逆、つまり目先の効率性や有効性を優先するあまり、長期的な安定性を損なう施策であった。その結果は、今やブルウィップ効果のハウリング現象で、自分自身にはね返ってきている。人を切ったおかげで、消費も冷え込み、自分も弱まるのだ。人員余剰というリスクを局所的に避けようとしたあまり、社会全体がダウン・スパイラルにおちいりかけている。まさに局所最適が全体不良を引き起こす、囚人のジレンマの典型ではないか。ジレンマから脱出したければ、独房を出てお互いに手を取り合い、協力し合うしかないはずなのに。
by Tomoichi_Sato | 2009-03-23 21:43 | サプライチェーン | Comments(2)
Commented by 古代の鐘 at 2009-07-24 22:18 x
おじゃまします。今はおもにサプライチェーンがメインとなっているblogを書いているものです。貴siteの非常に精緻かつわかりやすい内容から
多くを学べました。ありがとうございます。私はブルウィップ効果低減を進め原材料投入量安定化を検討しています。ブルウィップ効果低減に限定すれば(まだ私のblogではのべていないのですが)CONWIPという仕掛品在庫量一定化を目指す手法もあげられるのではないかと思いました。誤解がありましたらすみません。失礼しました。
Commented by 鋼鉄マン at 2009-07-29 14:48 x
>計画は、自動車メーカーのみが立案する(つまり需要の解釈は一箇所のみで行う)。あとのサプライヤーは全て内示とかんばんで同期化する。・・この方法は理想的に見えたが、あいにく解釈の誤りは防ぐことができなかった。

こんにちわ。
ここの文章を読んでいて思ったのですが、どうして防げず、どういった結果が起こったのでしょうか。と気になったので、よければいつか特集してくだしさいませ。
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