採算をとる、とはどういうことか

画期的な発明をした。自動車に取り付けると周囲の車の距離と速度を測定し、安全な方向と速度を割り出して自動運転してくれる制御装置だ。カーナビと組み合わせれば、運転中に熟睡していても目的地に到達できるだろう。ドライブと睡眠不足解消を同時に楽しめる。ぜひ商品化して製造したい。ヒットすれば億万長者も夢ではあるまい。

かんじんの製品価格だが、1台20万円というところでどうだろうか。必要な原材料・部品代は、ちょっと見積もってみたら10万円程度で済みそうだ。ただし、この製品を作る製造装置だが、どう考えても100万円くらいかかる。まあ貯金をはたけば無理して買えない金額でもないと思う。置き場所はとりあえず車庫にしよう。文字通りガレージ・カンパニーの誕生である。

さて、意気込んで事業をはじめたが、世界初の商品というものは、なかなか売るのが簡単ではない。知り合いの売込み先3人に断られ、4人目のトラック会社社長にコンタクトしようというときになって、これはやはり設定価格が高すぎたかな、と思いはじめた。でも、いくらが適当なのだろうか。それを決めるためには、少なくともこの製品の原価を考えなくてはならない。

製造機械は大枚はたいて買ったものだが、寿命は2年くらいか。月あたりに直すとほぼ4万円だ。それに人件費。いくら社長兼開発製造部長だといっても、霞を食って生きてはいけない。光熱費を含めて月20万は必要だ。とすると、月に24万円はかかることになる。月産4台のペースなら、1台あたり6万円である。材料費との合計は10+6=16万円だ。2割以上値引きしたら、赤字になる。そう計算して商談にのぞんだ。

交渉は厳しかったが、何とか成約にこぎつけた。価格は17万円。15%の出精値引である。ようやく1台売れると、はずみがついたのか、2・3台目も売れた。同じ価格での販売だ。これで新会社の最初のひと月が終わった。わずか3万円だが黒字の筈である。

ところが、よく考えて見るとたいへんな思い違いをしていたことに気がついた。今月の販売台数は3台。売上高は51万円。ここから部品代30万、製造機械の原価消却費4万円、自分の人件費20万を差し引いたら3万円の赤字ではないか! 1台あたり1万円の赤字である。ということは、1台18万円で売らねばならなかったのだ。どうしてこんな違いが生じたのか?

むろん、頭の良い方はおわかりだろう。私は月産4台で製造機械や人件費の原価を計算していた。それが3台しか売れなかった。ということは、24÷3=8万円の原価が賃率として各製品にチャージされてしまう。これが実際原価である。一方、私は4台作れるベースで標準原価を計算していた。この、標準原価と実際原価の差異を、原価差額という。別のいい方をすると、月4台分生産の見込みが3台だった。その1台分の「不稼動損」が6万円、という見方にもなる。

さて、次の商談にはいくらで臨むべきか。18万円が現実の製造原価なのだ。ということは、1割引が譲れぬ線になる。その心がまえで進めたら、破談になってしまった。相手は15万ならいくつか買っても良いという。15万! これでは、作るだけ赤字が増えてしまう。とてもやっていけない。翌月は売上ゼロだった。

しかし、3ヶ月目、頭を冷やしてゆっくり考えて見たら、別の知恵が出てきた。不稼動損が出たということは、稼動率を上げれば逆に原価が下がることを意味しているではないか。たとえば、頑張って今の2倍、月産6台作れば、1台あたりの原価は10+24÷6=14万円に下がる。とはいえ、販売をやりながら月6台生産するのは無理だ。セールスマンをもう一人雇うしかない。ただし、かれの取り分は成功報酬で売上の2割とする。20万円の定価販売なら4万円だ。それでも製造原価14万なら、2万円は利益が出る。

セールスマンはそれなりに頑張ったが、翌月売れたのは18万円で4台・計72万円だった。原価16万円に販売費用3.6万をたしたら、まだ1台あたり1.6万の赤字である。もっと売上を上げないと利益が出ない。そういってセールスマンにはっぱをかけたら、彼は意外な動きをはじめた。中国から模造品(あきれたことに、もう出現した)を輸入して売りはじめたのだ。仕入価格8万円。それでも「社長のガレージ工場で作るよりずっと安いじゃないですか」と指摘されると、反論できない。彼はそれを15万で売りさばいた。2割のコミッションを引いて、社長である自分にも15-3-8=4万円残る。月6台うれたので24万円の見入りだ。やっと赤字から脱出しトントンまできたので私はほっとした。顧客から、次々「すぐ壊れた」と品質クレームをつきつけられるまでは・・・

この話、どこがおかしいのかおわかりだろうか? もし私が2ヶ月目に、“15万なら買おう”といった客に自社製品を売っていたら、どうか。3台売ったら45-30=15万、4台売れたら60-40=20万、手元に残ったはずだ。なのに、現実は赤字を恐れて値を下げなかったため、一銭も入らなかった。それどころか、もし5台売れた場合、75-50=25万が入って、今より良いではないか。いまや私の会社は月間売上90万円だが、手元には24万しか入らない。

もともと最初に投資した製造機械はもう支払ってしまったお金、「埋没コスト」である。また、私の生活費は、仕事があろうと無かろうと、減らせない固定費なのである。だから、実入りがゼロ円より、実入り15万円や20万円の方が良いに決まっているではないか。つまり、固定費を、「売上-原材料費」の分で少しずつでも回収していくしかない。それなのに、固定費を1台あたりの標準単価に割り振って、変動費のように扱うから話がおかしくなる。「赤字だから受注しない」などという逆立ちした判断が出てくるのだ。そんなのは、仕事が有り余って選択受注できる贅沢なときの判断だ。

この例は単純だから、おかしいことは皆すぐ分かる。しかし、現実の話になると急に惑わされる人が増えてしまう。「わが社の人月単価は150万円だから、それ以下の仕事は受注すると赤字になる」だとか、「あの材料は円安時代に50万円で海外から仕入れた物だから、50万以下で売ったら損になる」などなど。おかしいことはおわかりだろう。仕事が全く無いよりも、人月100万円でも収入がある方が良い。材料を在庫したまま腐らせておくより、40万円であっても買ってくれる客をみつけて、少しでも回収した方が良い。

「売上-原材料費」のことを、製造業の「付加価値」と呼ぶ。付加価値の計算には、人件費も減価償却費も入っていないことに注意してほしい。そして、製造業において採算をとるとは、すなわち付加価値合計が固定費を上回る状態に持っていくことを指す。私の会社の例では、たとえ同じ15万円の販売価格でも、内製すれば付加価値は5万円だったものが、中国調達したら付加価値は4万円になってしまう。優劣は明白だろう。

それなのに判断を間違えるのは、「付加価値額」ではなく「売上」だとか「単価」だとか「稼働率」などの代替指標を用いるからである。受注戦略を立てるときは、「付加価値額」対「固定費」で見ていく方が単純で、間違えない。今のような不況の時代では、なおさらなのである。
by Tomoichi_Sato | 2009-01-21 23:21 | ビジネス | Comments(0)
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