考えない方法

昔、unixのパイプライン記法をはじめて学んだときは、ずいぶんとスマートな解決法だ、と感心した覚えがある。その頃、大型コンピュータを使う仕事では、バッチ処理のためのJob Control Languageという大変厄介な言語(というか何というか)を勉強する必要があった。これはどうしたら人間の生産性よりも計算機の都合を優先できるか、という観点からは見事な出来映えの記法であり、とくにデータファイルを定義するDD文なるものは、その厳密さと難解さと情け容赦無さの点で芸術の域に達していた。とにかくちょっとした中間ファイルの受け渡しだけでも、酷く頭を使うのである。unixのパイプライン記法は、これをたった一文字の | だけで済ませるのだ。舌を巻く、というのはこのことだ。

パイプライン記法の美点は、何よりも「名前をつける必要のない使い捨ての領域は、無名のままで済ませられる」という点にあった。プログラムを書いているとき、何かに名前をつけ、それを覚えておき、あとでその名前で呼び出すという作業は、案外、頭の負担になるのだ。それが負担になるということは、名付けの手間が無くなってはじめて気がつく。考えずに済むときには考えないようにしたい。これは、人間の頭脳の経済において非常に重要なことらしい。

さて、同じ頃だったと思うが、法律事務所に勤めていた人から、ある女性弁護士の話を聞いた。この人は結婚していて、毎日働きながらも家で料理をしていたらしい。で、この人は夕食のメニューを決めるのに、不思議な表を使っていた。それは一種のスケールのようになっていて、上段には豚肉・鶏肉・牛肉・魚・・という風にメインの食材が並び、下段には煮る・焼く・蒸す・・といった調理方法が並んでいる。そしてこの人は、毎日その表を一段ずつずらしながら、“今日は魚の揚げ物にしよう”といった具合にメニューを決めるのだそうな。「このシステムを使えば、今夜は何を作ろうかしら、と悩む必要がないから、とっても楽よ」とおっしゃっていたらしい。

この話を聞いて、その弁護士の頭の良さに感心するよりも、あきれて笑う人の方が、まあ普通の感覚だろうと思う。料理なんて、季節や天候や体調や、その日に手に入る食材などでかわりうる、と考えるのが常識というものだ。しかし、“今夜の夕食はどうしようか”というのは主婦の恒なる悩みでもある。女性弁護士の方法は、少なくともその悩みからは縁が切れていた。

彼女の方法は、とてもシステマティックだ。だが、そのメリットは何か? それは、「考えなくても済む」という点にある。つまり、『システム』とは、考えずにすむ方法のことなのだ。体系にしたがって、手短な処理をすれば、考えずとも答えが出てくる。システムとは一時的な、一過性の課題を、頭を使わず考えずにすませるための方法である。

もうひとつ、別の例を挙げよう。「ダブルビン法」という簡易在庫管理の方法である。ご存じの方も多いと思うが、念のため紹介する。これは在庫すべき材料を、二つの容器なり棚なりに入れておく。使用するときは、片方の容器/棚から必ずとる。そして、その容器が空っぽになったら、二番目の容器から取るようにするのだが、その時その容器を満たす分だけ、発注手配をするのである。いうまでもないが、容器の容量は、発注から納品までの日数の間よりも多めにしておく。納入リードタイムが1週間なら、10日分程度の使用量が入るように容器サイズを決める(さもないと2番目の箱が空っぽになった後に補充分が来るので、欠品状態になってしまう)。

これは一種の不定期定数補充方式であり、価格が安く(=在庫費用が安く)、いつも一定の使用量があり、かつ欠品するとこまるような材料に用いる。ボルト・ナットなどのたぐいがその典型である。これを自宅のお米の在庫管理に使っている人も知っている。あるいは、デパートやホテルなどでよく見かける、トイレットペーパーの2段ロールも、その一例だ。あれなど、価格が安く、いつも一定の使用量があり、かつ欠品するとひどく困る点でダブルビン法にうってつけである。

もっとも、ときにホテルなどで、ロールが横に二つ並んでいる形式のものも見かける。あれは困る。どちらからも切って使えるからだ。だから、しばしば、両方のロールが少なくなっていたりする。ダブルビン法の要諦は、片側からのみ使用し、在庫量が半分を切ったところで補充手配をかける点にある。両方から消費していったら、発注点が分からなくなる。

どうしてこういう事になるかというと、むろんそれは管理者が、ダブルビン法の考え方を理解しないまま、やり方だけを表面で真似ているからだ。ダブルビン法は在庫管理を簡易にする、システマティックな、「考えずにすむ方法」である。しかし、その仕組みを入れる人間は、少なくとも頭を使ってその意義を理解する必要がある。なのに、「考えずにすむ方法を、考えずに真似ている」のだ。方式ばかり一人歩きするが、その効果は得られない。

ダブルビン法を少し応用すると、すぐにカンバン方式にたどり着くことは、当サイトの読者ならおわかりいただけると思う。容器をいくつか並べて置いて、手前の容器が空になったら、補充をかける。容器にカンバンをぶら下げておけば、もうカンバン方式だ。さて、カンバン方式がフィットする条件が何か、トイレットペーパーの3つの特性を思い出して、考えてみていただきたい。これらが充足されない種類の品目には、使えない。とくに、「いつも一定の使用量」というのがポイントだ。

システマティックな方法は、なにより人間の頭脳にとって経済的である。「名付け」を考えるコスト、覚えるコスト、思い出すコスト、量やタイミングを間違えずに手配するコスト・・こうしたコストを全て排除してくれる。だから、多くの人間は強力なシステムにしたがって仕事を進めようとする。

私たちの社会は、とてもよく発達していて、「考えない方法」はいくらでもころがっている。しかしシステムの基本的な条件を理解しないまま「考えない方法」にしたがってはいけない。それは結局いつのまにか“システムに使われる”立場に私たちを変えてしまう。考えないまま会社に行き、考えないまま会社から帰り、考えないまま消費生活を続ける。
考え直すなら、これまでのシステムが行き詰まりはじめた今しかない。
by Tomoichi_Sato | 2008-12-15 23:49 | 考えるヒント | Comments(0)
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