R先生との対話(2)--日本の製造業の困惑

「さて、かんじんの日本の現状だ。日本の製造業の状況を知るには、君の会社のように、世界のあちこちからプラント資機材を調達しているところに聞くのも手だろう。君のところは、日本からの調達比率は最近どれくらいある?」

--それは、国内顧客向けか海外向けかでちがいますね。国内のお客さんは、やはり日本製品を好まれます。欧米製でも、メンテナンス体制に少しでも不安があればダメ。ましてアジア製なんて論外、という風潮がまだ少し残っています。
 しかし、海外のプラントの場合、以前から国内調達比率は1/3程度でした。それも、こんなに円高では、もうじき3割を切るかもしれません。私の勤務先は海外向けプロジェクトが全体売上げの80%以上ですから、もはや基本は海外調達です。欧米やアジアで機材を買って、中東や南米に運んで建てる、そういう状態です。

「そうか。いまや三角貿易が中心か。昔は(つまり君が会社に入る前の時代は、だがね、佐藤君)、日本の製造業が優秀だから、とりまとめ役に日本のエンジニアリング会社を使おうか、という感覚だったがね。」

--あまりこんなことは言いたくないんですが、最近は日本企業から物を買っても安心できないことが増えてきました。われわれエンジ会社は、多少高くても品質と納期が信頼できれば買います。でも、まず納期遅れが目立つようになりました。それだけじゃなく、日本製品の品質低下が感じられます。それはことに出荷した製品のリコールに明らかで、PLCはいきなり止まる、バルブは漏れる、ひどいのになると検査記録を偽造する。こんなのが大手企業やその子会社でもまかり通るんですから、信用して買ってこちらは、過去の納入先全部をチェックしなければならず、たまったもんじゃありません。

「どうしてそうなったんだと思う?」

--儲け主義によるモラル低下でしょうか。

「ちがうな。そうやって、なんでも心理状態のせいにしてはいかんよ。日本の製造業は長い不況の10年の間に、限界まで人減らしをした。そこに、急に降ってわいたような好況だ。とれるだけ仕事をとった。その結果、どうなる?」

--外注化の進展、でしょう。下請け工場に出して作らせることが増えました。

「うん。製造はある程度外注化がきく。製作図面さえそろえて、材料を支給すればすむからな。だが、設計段階はなかなかそうはいかない。設計部門を主とするホワイトカラーにクリティカル・パスが生じてしまった。君たちの業界でいえば、資材や機械はほとんど個別注文だ。みな設計部門の関与がいる。」

--たしかに、どこでも技術者は皆かなり残業が多いみたいです。

「なぜそうなるか。管理者や営業の側が、受注した仕事の量や負荷が分かっていないからだ。工場の能力はライン設備で大枠が見えているが、計画や設計や購買、品管などの能力が見えていない。だから好景気となったらむやみと仕事をとる。リーダーも課長も自分でラインの仕事を担当せざるをえない。だから、おのずと品質チェックがきかなくなる。図面に『設計・検討・承認』の欄があっても、メクラ判が横行する。それでもたりず、設計も外注するようになる。」

--そういえば、あるプロマネが最近、“発注先を評価するときは、その会社の設備的なキャパシティと管理可能なキャパシティを区別すべきだ”、と言っていたのを思い出しました。考えてみると、私の車はスピードメーターが240km/hまでありますが、じゃあ時速200キロでお前は自信を持って運転できるかと言われたら、ノーですね。

「まさに良いポイントだ。200キロで走るためには、アウトバーン並の良い高速を選ばなければならない。広くて、平坦で、曲がりも合流も少ない道。つまり、生産にたとえて言うならば、仕様変更の少ない大量生産の道だな。首都高や、いわんや近場の道をフルスピードで走ろうとしたら、どうなる? あっという間にトラブル続出だ。だから、そういう企業では中間管理職がトラブル対策に追われて、自分の本来やるべき仕事をやっていない。君だってどうなんだ。」

--・・・(冷や汗)。それで、今後は仕事量が減るから、品質は回復するでしょうか。

「さあな。根本問題を認識していなければ、改善はないな。ホワイトカラーの実際の仕事量を時間単位で把握できていないことが、根本にある。それが、サービス残業や年俸制で隠されてしまっている。むしろ不況になったら人減らしやコストダウン優先で、もっと設計外注や海外生産に頼るようになるかもしれない。いっておくが、設計作業時間のかなりの部分はもともとコミュニケーションに割かれていて、設計書というプロダクトの量には直接結びついていない。人月だけで計って、オフショアに設計を出せば単価が安くなるだろうなんて簡単に思ってもらってはこまる。」

--ですが、日本の製造業の大多数は受注生産です。われわれエンジ業界もそうですが。これだけ受注量が変動すると、どう対応したらいいかわかりません。

「どうって、簡単だ。仕事が減るときは、会社の業務を見直してかえるチャンスなんだ。工場だって、手すきになったら整理整頓をさせるだろ。繁忙期には変革はできない。忙しくないときは、長期的に考えるための時間がとれる。冬の間に新しいタネをまき、春になったらそれをのばす。組織も生き物だ。そういうサイクルを見なければいけない。」

--生き延びられれば、ですけど。

「さっき君が言っただろ。企業にはサステイナブルな仕事量と仕事領域いうものがあるのだ。それを確保する努力さえ忘れなければ、社会は見捨てないよ。それを忘れて、ビジネスを大口の一発勝負にかけようとするから、あたふたするんだ。」

--受注量を平準化する方策はないのですか?

仕事量を平準化したければ、多能化するしかない。」

--つまり多角化ですか。

「いやいや。多角化と多能化はまったく別のことだ。君の言う多角化とは製品のことだろ。企業の製品メニューを増やしても、それぞれ専任の人間が増えるだけでは、仕事の波は吸収できない。だから、人自身が多能工化する必要がある。一専多能型にな。そのための勉強時間ができたと思いなさい。そうすれば、仕事の波に右往左往しなくてすむようになる。まあ、でも、これはいうほど簡単ではない。人事評価制度から変える必要があるからな。数量(売上)・効率中心から、フレキシビリティを加味したものへ、とね。
 人事制度は大量生産時代のままで、コストダウン競争だけに走っても良いことはない。さっきのドイツ人経営者達のいったことを考えるんだね。」
 
 そういってR先生は私の顔をじっと見た。

「『兵隊は勇敢だが将官は無能だ』といわれたくないのなら、みなと同じ真似をしていてはダメだ。戦略とは無駄な“戦いを略く”こと。戦わずして勝つことがマネジメントの最大の仕事なんだ。」
by Tomoichi_Sato | 2008-12-08 23:56 | ビジネス | Comments(0)
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