R先生との対話--アメリカ製造業の教訓

久しぶりに、またR先生を訪ねた。かつては企業経営にタッチし、現在は半ば引退した経営コンサルタントだが、今でも教えられることは多い。

「元気かい。出張に行っていたみたいだが、最近の景気はどうだね?」

--厳しいですね。半月ほど欧州の地方都市に行っていたんですが、今回の米国発金融危機は、想像していたよりずっと速く影響が出てきてます。我々の業界でも、世界中であちこちのビッグ・プロジェクトが中断ないし立ち往生をはじめました。向こうではしょっちゅう“今回の経済危機の影響はどうだ。日本はどう立ち向かうのか”と聞かれました。聞かれても、これといっためぼしい政策もないし、答えに困るんですが・・。

「そうだな。自動車や消費財業界はもう影響が出始めているが、生産財その他の業種はまださほど危機感がなく、“日本は金融危機の影響が小さいおかげで、円高になって困る”という程度の認識のようだ。まるドメ企業が多いからなあ。」

--なんですか、その『まるドメ』って?

「“まるっきりドメスティック”、つまり国内しか頭になく、世界のつながりが見えていない経営者や企業のことだ。元は商社の隠語らしいが。」

--これだけ輸出やら海外生産が当たり前の時代に、そんな経営者がいるのですか? 中小企業ならいざ知らず。

「とんでもない。中小企業よりむしろ、中堅・大手といわれる方が、井の中の蛙だったりする。輸出販売は商社や代理店任せ、海外調達や海外生産では日本企業が買い手の立場だから、向こうが合わせてくれる。製品は世界に通用するが、経営はそうではないな。トップもミドル・マネジメントも。日本は島国で、人口が多いぶん国内市場が大きいから仕方もないが。」

--なんだか耳が痛いですね。

「もともとここ3~4年の好況は日本の内需よりも、アメリカの消費と、中東の石油バブルと、中国のオリンピック景気が生んだものだ。どれも長続きしそうもないことは見ていれば分かる。とくにアメリカは消費が経済の中心になってしまった。これが成り立ったのは、輸出元の日本や中国が米国債を買うという形で“掛け売り”(信用供与)をしていたからだ。アメリカの製造業は、とうとうGDPの15%を切ってしまった。資産家だが働かない奴を相手に商売をしてきたわけだ。」

--たしかに、米国製造業の凋落は目を覆うものがありますね・・

「君の会社なんかは、アメリカからまだプラント資機材を買っているのかな?」

--いや、発注量は減りましたね。今やライセンスに守られた一部の分野のみです。しかも、米国に注文しても中南米の工場から出荷してきたりする。品質も感心しません。」

「アメリカの製造業の空洞化は、すでに70年代から少しずつ始まっていた。'70年代は日米繊維摩擦の時代だ。その頃はアメリカのスーパーでは日本製の衣類が並んでいたものさ。そして、『メード・イン・ジャパン』といえば安かろう悪かろうの代名詞みたいなものだった。君なんか知らないだろう?」

(私は、ロックバンドのDeep Purpleが'70年代に出した日本公演のライブ2枚組のオリジナル・タイトルが"Made in Japan"だったことを思い出した。当時あれはかなりの皮肉だったのだ)

「そもそも、アメリカの国力の源泉は製造業にあった。今からちょうど100年前、テイラーという技師長が、ストップウォッチと動作研究を元に『科学的管理法』という論文を書いた。インダストリアル・エンジニアリング(IE)のはじまりだね。階級社会だった欧州には、マネジメントが科学だ、なんてことを言い出す人間はいなかった。しかし彼は実験的事実を元に、労働者の生産性を数倍に高める手法を見いだした。その考え方は、すぐヘンリー・フォードに取り入れられる。そして、これが近代工業の米国流大量生産の基礎になったわけだ。そして近代工業は、石油利用の発展とともに、アメリカの軍事力を押し上げたというわけだ。
 第二次大戦後も、アメリカ製造業は自分たちの優位性を疑わなかった。でもオイルショックで燃費の良い日本車が売れはじめると、米国の経営者達は焦りはじめた。彼らは、“日本は低賃金長時間労働で原価が安い。技術は猿真似だ。労組も力が弱い”--だから価格差で負けるんだ、と考えた。そこで、同じように賃金の安い、中南米や東南アジアに工場を移転しはじめたんだ。」

--なんだかそれって、今の日本の中国観ににていますね。

「まったくだな。内実は、必ずしもその通りではない。賃金差という面はたしかにあったが、競争力は人件費単価だけが生むわけではない。日本の製造現場はそれなりの努力を重ね、技術部門もかなりの工夫をこらした。トヨタがGMのポンコツ工場を買って共同運営し見事に再生したNUMMIの事例などを見て、そのことに気がつく人たちも出てきた。MITは『リーン生産システム』という概念を命名して、これが競争力を生む源泉だと理解した。
 80年代はアメリカが巻き返しをはかろうとした時期だ。彼らが考えた方針は二つ。
ハイテクで対抗しよう。MAP, CIM, MRPだ”(そしてERP, APSと続く)。それと、
知的財産権で対抗しよう。”
 どちらも彼らは実現した。前者は技術屋の、後者は法律屋の考え方だね。だが結局、法学部出の方が幅をきかせる社会だ。ERPやe-CommerceはIT業界の商売道具になったが、製造業を救いはしなかった。」

--今は欧州の製造業の方が良いですね。クオリティが高いです。価格も高いですが、そこでしか作れない製品を作っています。特殊な産業機械なんか、ドイツの独壇場です。イタリアの製造業も良い製品を比較的安価に作ります。

「どちらの国も職人気質を受け継いでいるからな。」

--それで思い出したんですが、知り合いの生産スケジューラ・ベンダーの人から聞いた話です。なんでも、ドイツの経営者むけに、日本の工場視察見学ツアーを実施したんだそうですよ。ジャスト・イン・タイムで、カラ雑巾を絞るようなムダとりを重ねた現場を見せて歩いたわけです。でも、彼らは一応感心はするけれど、心底感激したという風はない。それで、最後に感想を聞いてみたら“あの努力には敬服する。だが、なぜライバルと同じような製品を作って価格競争に向かうのか?”というんだそうです。
 彼らの考え方によれば、経営者の仕事というのは、他社ができないような製品・サービスを作り出して優位性を守ることだ、と。ドイツでは、他社が発明してすでにやっているような領域には、手を出さないみたいですね。だから、優秀な中堅企業が、値段が高くても生き延びているんでしょう。ちょっと、考えさせられました・・。

「なるほどな。それじゃあ、かんじんの日本はどうなのか、考えてみようじゃないか。」
(この項つづく)
by Tomoichi_Sato | 2008-12-01 23:42 | サプライチェーン | Comments(0)
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