超入門・在庫管理 在庫ゼロは危険な目標

Kさん。丁寧なご返事、ありがとうございました。しだいに工場の生産部門になじんで、活躍を開始されているご様子、何よりです。また、生産管理とは何かという問題について、ホワイトカラーの役割は命令でなく支援である、という小生の考えに賛同いただき、うれしく思っています。

さて、前回の「超入門・生産管理」にも書きましたとおり、私は在庫量ないしリードタイムが生産システムの重要な性能指標である、と考えています。最小の在庫(ならびに最小の欠品)で、顧客の需要にミートすることは、まさしく生産管理の重要課題です。そして最小の在庫量はすなわち、着手から完成までのリードタイムを短縮する重大な手段です。しかし、この課題認識と、「在庫をゼロにすべきだ」という目標設定は、似て非なるものだというのが私の考えです。

あらたに副工場長として赴任されてこられた方が、『在庫ゼロ』を目標として掲げられたとのことですが、Kさんの感じられた“一抹の不安”、私も文面から同じ様に感じました。この方は技術畑出身で、IT関係の実績はお強いけれども、あまり製造現場のキャリアをお持ちでないとのこと。それだけで判断すべきとは思いませんが、『在庫ゼロ』目標が、ご自身で現場を見て歩かれた判断として出てきたのではなく、どこかよそのセミナーやコンサルタントから聞いて持ち込まれたスローガンだとしたら、たしかに心配です。

その副工場長さんがおっしゃるように、「旧来からの慣習の元に、何かを“必要悪”だと規定してしまうと、それ以上改善する意欲がなくなってしまう」という見解それ自体は、まことにごもっともなことと思います。日本の会社ではあまりにも多くのことが、形骸化したまま慣習として墨守されてしまいます。「だから“在庫は必要悪だ”という思い込みを捨てなさい。」という主張も、その通りかと思います。

ですが、さらに「工場は在庫ゼロを目指すべきだ」とつづく論理には、私はまったく賛成しかねます。その方とちがって、私は意図的に置く適正な最小限の在庫は「必要」であり、「善」である(必要悪という言葉と対比するならば)と考えるからです。私が排撃するのは、意図せざる在庫、いわゆる“できちゃった在庫”のみです。では、その必要善の在庫とは、どのようなものでしょうか?

そもそも在庫(棚卸資産)には、製品在庫・仕掛在庫・原材料在庫の三種類があること、これはご存じだと思います。このうち、個別受注生産品には製品在庫(作りだめ)はあり得ませんから、製品在庫があるのは見込生産品か繰返し受注生産品のいずれかだ、ということになります。(繰返し受注生産に製品在庫があるのはおかしいとお思いですか? しかし、生産に必要とするリードタイムを顧客が与えてくれない場合は、ある程度作りだめをしておかなければ急な注文に応じられません。よければ拙稿『受注生産という名前の見込生産』をご覧ください)。

それで、需要見込を元に作りだめした製品在庫は、工場の判断のみで生じるでしょうか? 多めの需要を見込んで、生産依頼を出してきた営業部門にも責任はあるのではないでしょうか。さらに、製品在庫をゼロにして、本当に営業活動が成り立つかどうかも疑問です。需要は変動するものだ、という基本認識に立てば、その変動に適正な範囲内で対応すべく、製品在庫を持つことは決して責められるべきことではない、と考えます。つまり、在庫の第一の意義とは、予期せぬ需要の変動に対応するためのバッファーなのです。

ただしこの「適正」の範囲については、いろいろ議論はあるでしょう。在庫管理理論の教科書をひもとけばわかるとおり、「需要のばらつき」(分散)をどう見るか、がここでのポイントです。また、「予期せぬ」需要の変動と書いた点にもご注意ください。需要をすべて完璧に予期できる企業なら、たしかに製品在庫は不要になります。

仕掛在庫はどうでしょうか。いうまでもなく、材料部品に対して何らかの作業に着手してから、製品として完成するまでの間のモノは、それが中間品倉庫に鎮座ましましていようが組立場にころがっていようが、すべて仕掛在庫です。加工・製造時間がゼロでないかぎり、仕掛在庫はゼロにはなりません。ときどきこの点を誤解して、うちはコンベヤを捨てて一人屋台生産すれば仕掛ゼロになるはずだ、などという方を見かけますが、生産管理の基礎的な概念をご存じないのでは、と思ってしまいます。

つぎに、原材料在庫に目を転じてみましょう。外部から仕入れる部品類も同じです。これらはどうでしょうか。工場で使う原材料や部品は、発注手配してから納品されるまで、ものにもよりますが日数がかかります。サプライヤーがKさんの会社の系列で、かなりの量を継続して仕入れている場合ならば、今日言って明日持ってこさせる、あるいは数時間単位での納品も可能かもしれません。が、そんな材料部品ばかりではありません。いま、手元のストックが底をついたとします。そこであわてて発注する。入ってくるのは一週間後だと仮定しましょう。その一週間の間に、この部品を使う製造オーダーが一つでも飛び込んできたら、材料欠品になりますね。製品の納期遅れは必定です。

原材料は、最低でもリードタイム期間の日数分は確保しておく必要があります。その日数分を切ったら、発注する。いいかえるなら、原料在庫は、仕入れの発注リードタイム期間中のストック切れを防ぐためにあるのです。

ちなみに、在庫量をはかるときは、個数や金額も大事ですが、いつも「日数分」ではかる習慣を持つことをおすすめします。在庫数量を、毎日の平均使用量(平均需要)で割って得られる値です。これは、在庫回転数や発注点の計算が楽になるだけではなく、“継続的に平均需要をチェックしなおす”習慣にもつながるからです。

そして、在庫にはもう一つ重要な意義があります。それは、在庫によって、注文を受けてから納入するまでのリードタイムを短縮する機能を持つことです。いいかえれば、在庫とは需要の読みにもとづく「時間の缶詰め」なのです。よく、食堂で注文した品が遅いと、「おーい、材料の魚を釣りに行ったのかな」などと冗談で冷やかすことがありますね。注文のたびに、すべて元から作っていたのでは、リードタイムが長くなってかないません。だから需要を見込んで在庫するのです。

まとめましょう。在庫の意義は三つあります。
(1)在庫とは、予期せぬ需要の変動に対応するためのバッファーである
(2)在庫は、手配リードタイム期間中のストック切れを防ぐためにある
(3)在庫とは、需要の読みにもとづくリードタイム短縮を可能にする「時間の缶詰め」である

おわかりですか。在庫は必要なのです。需要に関して完全な予知ができず、かつ、市場の変化速度より生産システムの追随速度が遅い場合は、在庫なしでは済まされません。在庫とは、ある意味では保険です。だれしも保険は払いたくない。しかし、保険なしで自動車を運転することは許されません。あるいは、在庫とは潤滑油です。気まぐれな市場と御社の生産システムをつなぐギアボックスの潤滑油です。Kさん。あなたは潤滑油なしでギアボックスを回せますか? 副工場長さんが指示しているのは、そういうことではありませんか。

むろん、上に述べた3つの意義に対応する在庫は、「意図して置く」在庫です。しばしば工場においては、「意図した結果」なのか「できちゃった結果」なのか、区別せずに議論されます。どうか、適正な意図在庫を配置し、意図せざる在庫はボクメツするよう、努力されることを望んでやみません。
by Tomoichi_Sato | 2008-11-13 18:53 | サプライチェーン | Comments(0)
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