ピーターの法則と無能なる社会

遅ればせながら、私のところにも「ねんきん特別便」がきた。社会保険庁からだ。私の分については、中身はあっている。と思う。なにせ卒業以来、ずっと同じ一つの会社に勤めている。しかし卒業して以来、転居し結婚し何度も転職した私のつれあいの年金記録は、案の定まちがっていた。何度も社会保険事務所とやりとりをして、ようやく一本の記録にまとめることができた。膨大な手間の浪費である。

そもそも、この「ねんきん特別便」を見て、“これには一体どれくらいの金がかかっているのかなあ”と感じる。日本の人口は1億2千万人強である。年金記録対象者は子供をのぞくほとんど全員だから、1億枚近いだろう。これはつまり、A4のプリントアウト1億枚、ということだ。毎分20枚打てるプリンタがあったとしよう。それでずっと印字し続けて、10年かかる。業務用高速プリンタならさらにその数十倍の速度だろうが、それでも数ヶ月かかる計算だ。それぞれに、郵便代がかかる。そして紙代。システムの開発費と運用費。データ入力の手間は言うまでもない。

データのハンドリングという仕事は、扱うデータ量が増えると手間も指数関数的に増大する、というのがITにたずさわった者の経験則だ。10人の名簿と、100人の名簿と、1万人の名簿とでは、質的に異なる。どういうわけだか現実社会のデータというものには雑音的な「汚れ」がつきまとうからだ。こうした「汚れ」を落としてデータの整合性を保つ作業をデータ・クレンジングと呼ぶが、これはまさに例外処理との戦いである。そんなことは、年金データを紙から電子化する仕事を請け負った、プロの人々には常識だったはずではないか。それなのに、なぜ国の基盤を支える社会保険に、このような無能なる事態が生じるのだろうか。

しかし、よく考えてみると、私たちは他にもたくさんの無駄と無能と浪費にかこまれて暮らしている。建築確認申請の検査機関は、構造計算書の鉄筋の量が過小であることを見過ごした結果、あちこちに立ち腐れのビルを作ってしまった。シリコン原料の確保を忘れた電機メーカーは、太陽電池世界トップの座から転落して製造ラインを遊ばせている(正確に言うと、原料長期契約にサインする決断ができなくて、だが)。ひどく交通不便な地に開業した地方空港は、初年から赤字だ。どれもこれも、立派な大学を出て、上等な教育を受けた頭の良い人たちが企画して進めたことではないか。

私たちは、頭の良い人たちが作り上げた廃墟のような社会に住んでいる。いったいなぜ、一度は世界トップだったはずの国や企業が、かくも無能なていたらくに陥るのか。それには理由がある--必然とも言うべき理由が。そう言い出したのは、アメリカのローレンス・ピーターという社会学者だった。念のためにいうと、それは“政治がわるいから”でも“首相(アメリカの場合は大統領)が馬鹿だから”でもない。理由は、誰もが同意するであろう原則=「有能な人間は出世する」という原則のためなのだ。

ピーターの説明は、こうである。近代的な組織はみな、ピラミッド状の階層的な組織になっている。そして、有能な人間は、その階層の中を、ヒラから係長へ、係長から課長へ、そして部長、事業部長、役員へ、という具合に引き上げられ、昇進していく。

ところで、実際の人間の能力は、その個人個人で限界がある。ヒラの営業マンとして有能だった人間が、係長としてさらに実力を発揮し、課長でもっと大きな仕事をとってくることはよくある。しかし、課長で有能だった彼も、もしかすると部長になって部下をマネジメントする立場になると、急に無能になるかもしれない。じっさい、多くの会社では、有能な営業マンは多いが、有能な営業管理者は少ない。有能そうに見えても、じつはプレイング・マネージャーで、自分でもラインの仕事をしてくるから評価されるだけだったりする。

かりに部長でも有能さを発揮したとしても、事業部長になって生産も物流も統括するようになると、急に判断がおかしくなったりする。もし事業部はうまく回せたとしても、役員になると・・・有能な人間の出世は、いつかはあるレベルに達して止まる。

ピーターはこの事情をこう説明する:「組織において有能な個人は出世して、階層を一段ずつ上がっていく。そして、彼(彼女)は、自分がもはや有能でないレベルに達すると、それ以上は出世できない。」 そして、彼はこう結論するのだ。「したがって、組織の中のポストは次第に、無能な人間によってすべて埋まっていく。」だから大きな組織は、たいてい全体として無能になっていくのだ。

彼はこれを『ピーターの法則』と名付けた。これはきわめて強力な法則で、公共民間を問わず、すべての大組織に当てはまる。彼がこの法則を発見した30年前のアメリカでは、すでに無能で無用なビジネスやサービスで一杯だった。彼が共著者と書いた本「ピーターの法則」には、そうした滑稽な例がたくさん載っている。なによりも良いのは、彼は個人が無能レベルに落ち込むのを避けるための、処方箋を書いていることだ。だがそれはあくまで個人への処方箋であって、組織自体は法則から逃れようがない。

私はこの本を20年以上前に読んで、とても面白く感じたが、他人事と思っていた。中間管理職となった今、私はこの本を読んでも、単純には笑えまい。部下の目からはどうみたって、私自身『無能レベル』に達した人間と写っているに決まっている。いや、それはおろか、社会全体が、次第に無能レベルに近づいているではないか。

もっとも私は化学工学の出身だから、非平衡なシステムが平衡状態に陥るまでには、有限の時間がかかると知っている。企業の中にもまだ有能な人物が占めているポジションがある程度の割合でのこっていれば、組織は機能するはずだ。いったい企業組織が、全体として無能レベルに達するまでにかかる年数は、どれくらいなのか。

むろん、この問への答えは、その組織の中で有能な人間が出世するスピードに依存する。そして、出世スピードが速ければ速いほど、組織は全体として無能レベルに近づいていく。逆に言えば日本企業や役所では年功序列がまだ多少は生きているから、数十年単位でかかるのかもしれない。

しかし、たとえばアメリカでは、ビジネススクール出身のMBAたちが出世街道の「追い越し車線」を突っ走っていく。その結果、どうだろう。いかに大学院では優秀だった彼らも、トップに至るころには無能レベルに落ち込んでいる可能性が高い。そうでなければ、

 “業績不振の米国企業のエグゼクティブでMBA取得者の比率は90%
  業績好調の米国企業のエグゼクティブでMBA取得者の比率は55%”
 (Adaga.com 2006/3/21より--H・ミンツバーグ「MBAが会社を滅ぼす」表紙帯から引用)

などという統計事実がでてきたりするわけがないのだ。そして、そのMBAが最も早く頭角を現す業界はどこだろうか?

私たちはすでに、その答えを知っている。それはウォール街の「投資銀行」「金融業界」なのだ。
by Tomoichi_Sato | 2008-09-29 22:58 | 考えるヒント | Comments(0)
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