生産システム-その目的と機能は何か

最近会った、あるIT系コンサルから聞いた話によると、この頃は顧客が"As-Is"の現状業務フローを描けなくなってきている、という。ご存じの通り、ERPをはじめとする業務管理のための情報システム構築は、現状業務の姿(As-Is)と、あるべき業務の姿(To-Be)を考えるところから出発する。業務が現状どうなっているかは、ふつう顧客自身がよく知っており、業務フローの描き方さえ説明すれば、顧客が自分で作成できる、というのがこれまでのやり方だった。

「ところが、業務の一部にレガシー・システム(既存の古い情報システム)が組み込まれているのに、誰もその内部のロジックをきちんと理解していないケースが多いんです。」と、彼は言う。「開発した担当者も退職していたりする。だから、何がどうなると、自動補充オーダーがかかるのか、どこをどう押すと、在庫引当にロックがかかるのか、よく知らないまま、習慣で業務を流していたりします。これを改善するのは容易じゃありませんよ。」

私たちは、職務分担によって細分化された機能組織の中で働いている。分業の壁のために、受注から出荷までの生産業務の大きな流れが見えにくくなっている。その上、担当する現業すら完全には理解できないとしたら、自社の生産システムの全体像など、分かるわけがない。『群盲、象をなでる』の状況に近いといえよう。

以前、私はこのサイトで、日本の製造業が共通に抱える問題点について、『特別な我が社』(「考えるヒント」2001/2/03) の中でこう書いた。

(業種ごとの特殊性にもかかわらず)日本の製造業が抱えている問題点というのは驚くほど共通性が高い。それは、非常に圧縮した形で表現するならば、『大量・見込生産の体制を残したまま、多品種少量の受注生産に移行しようとしている』ということになる。だから調達から販売までのサプライチェーンのあちこちで、プルとプッシュが混在している。

それからもう7年半もたつが、私の考え方は基本的にかわっていない。では日本の製造業を取り巻く状況の方はどうかというと、不況のトンネルはいったん抜け出したものの、問題点はまだ残ったままだ。むしろ工場の海外展開が広まった分、プッシュとプルの混乱は拡大したとも言える。トヨタ生産方式は多くの会社が導入を試み、現場改善に関しては一定の成果を得たが、受注から出荷までの全体改善としては、必ずしも成功していないように思える(『あなたの会社にトヨタ生産方式が向かない五つの理由』タイム・コンサルタントの日誌から 2008/06/30参照)。

どうしてこうなってしまったのか。それは、我々が自社の生産システムというものを、全体像としてはっきり把握できなくなっているからだ。

私はここで、「生産システム」という語を意識して使っている。JIS の定義では、「システムとは、多数の構成要素が有機的な秩序を保ち、同一目的に向かって行動するもの」(JISZ8121)である。製造業において生産という目的を達成するための統合された仕組みは、まさにこの定義に当てはまる。生産システムは、要素としては、人々と、製造機械と、作業空間(建築)と、そして情報をやりとりするための仕組み(ITシステムや帳票類)から成り立っている。

私が「生産システム」といい、あえて「工場」や「製造部門」などの語を使わない理由は、この方が“機能を持つ仕組み”として意識しやすいからである。我々会社員は、ともすると「組織」や「工場」を恒久的な実体概念として考える傾向がある。これらは会社員としての身分・地位に直結するからだ。しかし、本来、会社組織とか、工場建屋や製造装置などのもろもろは、道具でしかない。機能にフィットするよう、デザインすべきだし、もしもうまくフィットしなければ、デザインしなおすべきものである。

では、その生産システムの機能とは、何か。それは「需要情報というインプットを、製品というモノに変換してアウトプットする」ことである。そのための副次的なインプットとして、原料・部品と用役・副資材などを利用する。

ここで大事なことは、需要情報が主要なインプットである、と理解することだ。これは、高度成長期の見込生産のころの考え方、古き良き時代の「工場」像とはずいぶん違う。昔は、「工場とは原料・部品のインプットを、製品に製造して出荷する仕組みである」というセンスだった。ここには需要情報がない(影が薄い)ことに注目してほしい。作れば売れる時代には、需要情報は重要ではなかったのだ。供給が需要を作り出したからだ。

現代は、もはやそうではない。物不足からモノ余り時代に突入し、市場における競合相手がたくさんいる状況では、生産は需要に同期することが求められる。だからメインのインプットは需要情報なのである。これはすなわち、ほとんどの業種が、今や「受注生産」の形態になってきていることを意味している。家電や一般消費財のような典型的見込生産品でさえ、チェーンストアの毎週めまぐるしくかわる出荷要求に応じて製造することを求められる。

であるとすれば、これに対応する生産システムも、またリデザインされなければならないはずである。当然、その全体像を理解できる人が必要である。理解できないものは、改善できない。だが、それはいったい誰なのだろうか。ミクロを積み上げても、マクロにはならない。「各人がその持ち場で最善を尽くせば、会社全体も良い結果を得る」という局所最適と分業の論理に、ながらく私たちは慣らされすぎてきた。今こそ必要なのは、『生産システム全体のアーキテクト』の登場なのである。
by Tomoichi_Sato | 2008-08-04 22:29 | サプライチェーン | Comments(0)
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