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プロジェクト・マネジメントは組織としての能力である

プロジェクト・マネジメントという言葉は、この10年間でずいぶん普及した。それと同時に、誤認識や誤解もある意味で増えたと思う。そのひとつが、リーダーシップとの混同だろう。そもそも会社によっては、そもそもプロマネと呼ばずにプロジェクト・リーダーと呼ぶところもある(IT系企業に多いような気がする)。リーダーとは課長ないし係長相当の役職を示しているに過ぎないのだが、「リーダー」という言葉からリーダーシップを連想するのは、ほんのひとまたぎの距離だ。

ここから、プロジェクトの失敗はリーダーシップの欠如に原因する、という判断が生まれてくる。そうなると、“じゃあ、有能なリーダーをもってくれば解決する”、あるいは“リーダーシップの強い人物を任命すれば成功する”との短絡した結論が出てくる。リーダーシップ論だけではプロジェクトの失敗は救えない、という話は前にも書いたので、ここでは繰り返さないが(「プロジェクト・マネジメントにリーダーシップ論は要らない 2007/07/09」参照)、日本のIT産業には、なんだか英雄待望論みたいな気分が漂っているらしい。

もともと、「マネジメント」managementという概念自体が、日本人にとってわかりにくい。それなのに、“わかりにくい”という事態が意識されていないので、もっと始末に終えないのだ。たとえば「サプライチェーン」という言葉をだったら、対応する日本語がないから、“何じゃそりゃ?”とたいていの人間は思う。分かりにくさが意識されるから、誰しもよく理解しようと注意が働く。でも、「マネジメント」は“管理”とか“経営”という日本語が堂々と(?)ひかえていて、読めば分かったような気がする。そして、管理者の「人間力」の問題なのだな、などと思われてしまう。

実際は、プロジェクト・マネジメントの能力は、マネージャー個人だけの能力ではなくて、組織としての能力である。この点が理解されないので、議論がいつも空回りしてしまうのだ。プロジェクト・マネジメント能力には、上位構造・中位構造・下部構造の三階層がある。そしてこれらはピラミッド状になっている。頂点に位置するのは、PM個人の能力であり、具体的にはハード・スキルとソフト・スキルからなっている。

しかし、上位構造としてのPM個人の能力は、じつは中位構造によって支えられている。中位構造は、「プロジェクト遂行標準・手順書」「プロジェクト・マネジメント・ソフトウェア(ツール)」「過去の実績データベース」の3要素からなっている。そして、これら中位構造は、下部構造としての「組織体制・権限関係」の上に成り立っているのだ。図にすると、次のような関係である。

いいかえると、プロジェクトに向いた適切な組織体制や権限委譲の仕組みがないと、プロジェクト標準やPMソフトや実績データが構築されないし、こうした道具立てがなければ、いかに優秀なプロマネといえど、実力を発揮しようがないのだ。優秀なプロマネを社外から引き抜いてくればOK、あるいは最新機能のPMソフトウェアを買ってくればOK、なんて簡単な話ではない。ここでいう中位構造・下部構造とはすなわち、PMBOK Guideの「組織のプロセス資産」の中身なのである。

プロジェクトを中心としたビジネスを成長させる原動力は、最近の経営学の流行の言葉で言えば『能力構築競争』である。そして、組織の能力をはかるベンチマークが必要なのであろう。この種のものとしては、PMIの開発したOPM3があるが、これはちょっと大掛かりすぎる。CMMIはIT業界向けだが少し方向性が違う。もう少し簡便な、かつ業界をまたいで使えるものが必要だと私は考えている。こうしたモノサシがポピュラーになれば、なにせ横並びがお好きなこの国のことだから、あっという間に広がるだろうに。
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by Tomoichi_Sato | 2008-06-02 22:54 | プロジェクト・マネジメント | Comments(0)
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