弘法は筆を選ぶ

MR Researchの発行するAbove the Noiseという月2回のニュースレターがある。その3/26日付の記事 "You're not Tiger Woods"はなかなか面白かった。

執筆者のTony Frisciaは最初に、「スポーツ用品メーカーは毎年のように最新技術を駆使した製品を出す。2年前に買ったゴルフクラブも、はや古い製品になってしまった。しかし、こうした製品を次々と買い続ける世間のゴルファーたちの平均的なハンディキャップは、たぶん1ポイントも下がっていないだろう。」と書く。そして、こう指摘する「最新技術はタイガー・ウッズのようなトッププロが手にすれば、大きな違いになる。しかし、あいにく私たちはタイガー・ウッズではないのだ。」

つぎに彼はERP導入に話題を転じる。AMR Researchの調査によると、多くの米国企業で、ERP導入は期待したような効果をあげていない。導入プロジェクトの効果測定は、ROI(Return on Investment)を用いるのが、現代アメリカ流だ。投資額(Investment)にたいして、どれだけの収入ないし経費節減が得られたか(Return)を計るのである。ERP導入は年単位で時間のかかるプロジェクトだから、ROIの計算はDCF法を使う。だが、いくらスプレッドシートをひねくりまわしても、たいがいの企業でERPコストはソロバンの置きようがないらしい。

米国および欧州の200社以上の調査によると、50%以上の企業は3年ごとにERPパッケージ・ソフトウェアをバージョンアップしている。メジャー・アップグレードの場合は(なにせERPベンダーは勝手に基本データ構造を変えてくるから)、中核機能部分から作り直さなければならない。ひどくお金も時間もかかる作業だ。ROIなど上がりようもない。

それでは、ERPパッケージが十分な効果を上げないのはなぜだろうか? 以前、よく導入コンサルタントたちは日本ユーザ企業における『カスタマイズ』愛好癖を攻撃した。カスタマイズやアドオンは導入コストを増大させるし、バージョンアップ作業においても大層な重荷になる。“欧米企業では標準機能でつかっています”、“パッケージにあわせて業務を変えるべきです”、“ERPは業務のベスト・プラクティスを提供しています”などとまことしやかに解説されたものだ。しかし、だとしたら上記の欧米での調査結果はどう説明するのだ?

AMR Researchによると、ERPが効果を上げない理由は全く別のところにある。それは、「データの信頼性」である。マスタ・データがおかしいのだ。コンピュータは、誰もが知っているとおり、ガーベジ・イン・ガーベジ・アウトである。マスタが信頼できない状態でERPを動かしたら、出てくるのは「自動化された高価なゴミ」になる。

マスタぐらい、ちゃんと直せばいいじゃないか、と考える人は、本当の意味でITの奥の深さを知らない人だと言っていい。マスタが現実とずれていたり、あるいはマスタがかけていたりするとしたら、そこには必ず業務プロセスの歪みがある。つまり、マスタデータを正しくしようとしたら、まず業務を正さなければならないのだ。

たとえば、在庫マスタの発注点数量がおかしくなっていたとしよう。発注点がおかしいということは、その工場では部品が多すぎるか、あるいは欠品だらけか、どちらかを意味する。これでは仕事は回らないはずだ。で、どうするか。たとえばマニュアルで特急手配をかける。これが常態化すると、購買リードタイムはぐちゃぐちゃになる。

もともと発注点は購買リードタイムと平均使用量(需要)できまるものだ。でも、そのベースが崩れてしまっているわけだ。崩れても、サプライヤーとの力関係が強ければ、わがままが通せる。だから、誰もマスタデータを正そうとしなくなる。問題は、つきあいきれぬサプライヤー側が自衛用に在庫を積み上げるから、結局高い部品を買うことになることだ。だが、自社仕様品を買っている限り、他と比べようがないから、それが高いことには気がつかない。

あるいは、顧客マスタをあげてもいい。CRM機能を使う部門は営業だろう。だが、忙しい営業マンは案件データなど入力するヒマがない。仕事のとれぬ営業マンは、クビになるのがこわいからせっせとデータを入力する。その結果、コンピュータの中にあるのは価値の低いデータばかりになる・・・

おわかりだろうか。これは、テクノロジーの問題ではない。洗練された、高レベルの業務プロセスを実践している会社だったら、ERPは大きな威力を発揮するだろう。しかし、そうでない会社、人間系で業務プロセスの矛盾をカバーしている(つまり平均的な)企業だったら、ITは高価な無駄にすぎぬ。ちょうど、タイガー・ウッズならぬ私たちが、最新技術のゴルフクラブを振ってもスコアの足しにはならぬように。

ちなみに、Tony Frisciaはこういう調査結果も引用している。(1) 管理プロセスの改善は企業の生産性を8%向上させる、(2) IT利用の高度化は、企業生産性を2%しか上げない、しかし、(3) 両方を同時に行うと、20%の生産性向上が達成できる(欧米100社のサーベイ)。

名手は良い道具を活かすことができる。つまり弘法は筆を選ぶのだ。だが、もし弘法ではなかったら--高い道具に飛びつく前に、まずやるべきことが我々にはあるのだ。
by Tomoichi_Sato | 2008-05-07 23:03 | サプライチェーン | Comments(0)
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