ベースラインとしてのNET COST

生産管理においてもプロジェクトマネジメントにおいても、「総量」(Gross)と「正味量」(Net)の区別はつねに重要である。たとえば、「3時間待ちの3分診療」という、大病院を皮肉ったことばがあるが、私はこれをスケジューリングの説明の時に、よく使う。「3時間待ち」は、入ってから出るまでの総リードタイムをさし、「3分診療」は正味作業時間をさす。リードタイムの総量には、かなりの待ち時間が含まれていて、これをどう取り除くかがタイム・マネジメントの要点となる。

あるいは、総所要量と正味所要量という区別もある。総所要量とは、最終的に出荷(産出)しなければならない数量である。一方、正味所要量とは、総所要量から引当可能在庫量を差し引いたものにあたる。100個の需要があっても、手元に70個の未引当在庫があれば、正味所要量は30個になる。これが生産オーダーの数量の基準になる。つまり、正味とは基準となる量を与えるのだ。

同じことはお金、すなわち価格にも当てはめることができる。基準となる正味の生産コストがあって、その上に販売価格がなりたつ。しかし、受注生産型企業では、ともすると両者がごっちゃになって議論されているケースがある。これはとくに個別受注生産や受託プロジェクトの場合に多いように感じられる。

典型的な例は、こうだ。顧客から値引き要請があった、あるいは、競合のために低価格で受注するはめになった--だから、部品や製造のコストダウンにつとめなければならない、たとえば設計や製作を外注に出そうか、という調子の議論である。あるいは、原価構成を、販売価格に対する比率で計って、この案件は材料費が多いとか人件費がかかりすぎだとかいう議論である。

この議論のおかしな点がおわかりだろうか? もともと、受注生産では客先が仕様を決める。仕様が決まれば、見積設計をして、製造方法を考え、そこから材料費や労務費、経費が見積もられる。ここまでは、外部からのインプットの情報はあくまで仕様でしかない。つまり、仕様に対して、基準となる価格が一つ決まるのだ。これは正味の価格である。

ところが、販売価格はそうではない。同一の仕様の製品でも、顧客とタイミングと競合状況によって、価格は安くも高くもなる。リスクも加味しなければならない。利益もほしい。これはさまざまな因子をふくんだ、総価格なのだ。そして、総量は基準には使えない。

では、このような概念上の混乱をさけるにはどうしたらいいか? 一番よい解決法は、用語を分けることである。たとえば、必要な材料費・人件費・諸経費はコスト(NET COST)とよび、客先に提示する販売価格の方は、プライス(OFFER PRICE)とよぶ。そして、コストの議論と、プライスの議論は、わけて考える。コストの議論は、純粋に技術的な検討である。一方、プライスの議論は、政治的駆け引きの世界である。

こういうと、反論する声も聞こえそうだ。「トヨタでは、原価+利潤=価格、ではなく、原価=価格-利潤、で原価を決めている」とか、あるいは『原価企画』活動によって、製品の原価構成を決めるべきだ、とか。

しかし、こうした活動は、基準をどう改善するかという課題意識で動く。したがって、決まった仕様の製品を繰返し生産するような「見込生産型」あるいは「量産型」企業ならば、改善サイクルにのせやすいため適切だろうが、短期勝負の個別受注案件に乗せるのはかなりむずかしい。低価格はふつう品質リスクの上になりたつものゆえに、危険な賭けにおいこまれかねないからだ。

多くの企業では、コスト(NET COST)は設計/生産など技術屋が決め、プライス(OFFER PRICE)は競合状況を見合わせながら、コストの上に利潤とリスクを積んで営業部門が決めるような仕組みになっている。むろん、客先にはコストは知らせない。客先とのネゴでプライスを下げられても、仕様がかわらない限り、社内での基準となるコストは無理に変えない。これが本来あるべき、GrossとNetの使い分けである。

このとき、NET COSTは本当に「正味」でなければならない。仕様が膨らむ場合のアロウアンスや、未知のリスクに対応するためのコンティンジェンシー・リザーブは、マネジメントが総合的に判断すべき金額として、プライスの議論に持って行くようにしなければならない。

基準点(NET COST)を決めて、営業と生産部門でお互いに合意する。これがベースである。ただし、そのCOSTを、生産の機能部門単位で分断して予算配分し、キープできたかどうかを部門評価に使うのは、あまりおすすめできない。なぜなら、機能間にまたがる領域のコストの押し付け合いがはじまるからである。そうなれば、必然的にNET COSTは、安全側に見積もられることになり、サバ読みの集積になっていってしまう。つまり、NETがNETでなくなってしまうのだ。

NETの基準を決める目的は、それを次回以降にも反映して改善していくためである。そして見積と受注戦略の精度を高めていくためにある。社内の縄張り争いの線引きにつかってはいけない。『クリスマス・メッセージ 運命共同体として』(2007/12/22)にも書いたとおり、会社は利益共同体であり、一種のジョイント・ベンチャーである。これを分断しては元も子もないことを、肝に銘じるべきである。
by Tomoichi_Sato | 2008-01-15 23:06 | ビジネス | Comments(0)
<< コミュニケーションの基盤として... コミュニケーション・ツールとし... >>