マネジメントとはいったい何だろうか?

ある金持ちの叔母さんが亡くなって、その遺産があなたのところに転がり込んだ。遺産とは、彼女がオーナーだった会社の株だ。その会社は、空位となった社長の座を、あなたにやってくれないかと頼みにきた。役員会の決議だという。一夜にしてあなたは経営者になったわけである。

社長室の大きな机に座って、あなたはこの会社の経営状況を理解しようと試みる。ユニークな技術によって専門的製品を作り出し、一定のユーザに認められてきたという。しかし近年、売り上げは伸び悩み、利益は急降下だ。有力な代替技術があらわれたらしい。ユーザの一部は、安価な中国製品に流れている。けっこうピンチではないか。何か手を打たなければならない。

役員会と部長会で、あなたは新社長としてあいさつし、業績回復にむけて力を合せよう、とスピーチする。だが、幹部たちの反応は鈍い。工場長や営業部長に資料を要求しても、言を左右してなかなか報告して来ない。彼らはあなたの部下ではないか。社長の指示を社員がきかないなんて、こんなことがありうるとは!

そこであなたは卒然として悟るのだ。マネジメントとは地位ではない、と。社長になっても、それだけでは、経営はできない。

そのうち、あたなには社内の情勢が隠微なかたちで見えて来る。社内に派閥があり、技術開発を先導してきた常務と、財務畑で数字に明るい専務が争っている。どうやらあなたは、彼らの後継者争いに決着がつかぬため、「つなぎ」として担ぎ出されただけだったらしい。

だが落胆している暇は、あなたにはない。関西で、重要な商談に負けたという報が入って来る。営業は工場の高価格体質を非難し、工場は仕様条件が直前まで決まらず情報不足だと反論する。しかもあなたは、昨年度の財務諸表を子細に見ている内に、どこかに粉飾があるのではと疑いはじめた・・・

あなたは皆に「頑張れ」ということはできる。だが、具体的にどうすべきかをいうことはできない。これではまるで、バッターボックスの打者に、「とにかくホームランを打て」とサインを出す野球監督と同じではないか。あなたは、マネジメントとは単にリーダーとしてビジョンや指示を出すことではない、とようやく気付きはじめる。

それでは、マネジメントとはいったい何だろうか? マネジメントの中心には、「人を動かすこと」がある。自分自身で手を動かすこと、ではない。第一、あなたには製造も販売も経理もできない。みな他人にやってもらわなければならないのだ。江戸時代みたいに、技術も市場もずっと変化しなければ、社長などいなくても会社はまわるだろう。だが、あなたがすべてを各部門に任せて何もしなければ、きっと会社は破綻する。つまり、マネジメントとは、変化しやすい環境において必要とされるものらしい。

あなたは、市場や法規性の制約条件の下で、資金・設備など利用可能なリソースを活用し、先行きを読んで目標を達成すべく、実行可能な形で人を動かさなければならない--それが「マネジメント」なのだ。モノ・金についての理論や道具類は、これを支えるものでしかない。

それにしても、人はなぜ動くのだろうか? 答えは二つある。強制と、自発だ。強制とは、たとえば暴力による脅しだ。あるいは生計の柱である給料を握ることである。こうした方法は、すなわち「権力のシステム」だといっていい。組長や社長に権力がある、とはそういう意味だ。これに対して、人々が自発で動くのは「権威のシステム」と呼ばれる。たとえば教祖について行く、医師のアドバイスをきく。彼らに権威があるというのは、強制力がなくても人が従うからだ。権力のシステムは文明の、権威は文化の一部だといって良い。

もちろん、強制と自発の間には、広大なグレーゾーンがある。たとえば「サービス残業」は自発だろうか、強制だろうか? QCサークルの活動は? グレーゾーンにあるものが、しばしば自発の装いをもつのは、強制よりも自発の方がより良いと信じられているからだ。人間は「やらされている」よりも「自分からやっている」方がパフォーマンスが高い。奴隷労働がけっして近代経済社会で生き残れなかったのも、そこに遠因がある。

ところで残念ながらあなたには、生まれついてのカリスマ性も、永年の精進で得た人徳もない。しかし、社長であるあなたには、一つだけ利点がある。あなたは視野が広いのだ。財務屋の専務や技術屋の常務や、工場長や営業部長よりも、広く問題を見ている。おまけにあなたは既成概念にしばられない。失敗したって、遺産を受けつぐ前の状態に戻るだけだ。あなたはむやみに指示するのをやめ、人々に考えさせることにした。ただし業務の枠を超えて問題を投げかけるよう、工夫して。あなたは、「自分の頭で考えたことしか、人は本気でとりくまない」とつくづく知ったのだ。

人を動かしたかったら、人を動かそうとしてはいけない。これこそ、マネジメントの中核にあるパラドックスである。指示や強制は長続きしない。しかも、人の考えはバラバラだ。脳は複雑系で、個別には予測不可能だと学者もいっている。だからマネジメントには、いつでも使える『魔法の方程式』がないのである。
by Tomoichi_Sato | 2007-11-16 23:55 | ビジネス | Comments(0)
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