マネジメントは必要悪か?

私の家のすぐ近くに、平川町という小さな商店街がある。昔はどうやら大工町だったらしい。表具屋・ガラス屋・桶屋・シート屋・土木屋そして提灯屋(!)なんかが、まだ少しだけ残っている。義父が元・桶屋なので、桶屋さんの店の前にちょっと興味をひかれて立ち止まり、桶職人の仕事を見ることがある。

その店では年配の店主がたったひとりで、手桶などを作っている。残念ながらもう、木の風呂桶のような大物を注文する客は少ないのだろう。それでも職人仕事は、見ていると面白い。職人がたった一人でも、やはり工場と同じ機能があるからだ。前にも書いたように工場見学ほど面白いものはない、と私はいつも思っている。

桶というのは水を使うから、原則として釘をつかわずに作る。基本は溝でかみ合わせて「タガ」でしめるだけだ。義父によると、たとえば一尺の手桶でどれくらいの板材が入り用で、削るときの曲率をどうするか、一々計算などはせずに作ったという。つまり、BOM=部品表も工順も、インメモリで全部頭の中に入っている。とても効率が良い。MRPも不要。すべて目分量だが、文字通り「一人屋台生産」のような生産方式だから、フレキシビリティが高いのだ。受注量の変動に、簡単に追随できてしまう。

そんな桶屋の親父さんが一人で組立製造も仕入れも納品も受注もやる店では、『マネジメント』はどこにいるのか? この「いるのか?」は、居るのかという意味と、要るのかという意味と両方の疑問である。

ところで、話は(例によって)突然飛ぶが、このサイトの読者の中で、家計簿をつけている人はどれくらいおられるだろうか? ついでにもう一つ。私が「日誌をつけよう」などで以前からおすすめしている、プロジェクト日誌をつけている方は、何人いらっしゃるだろうか?

そう聞きたくなったのは、あの桶屋の親父さんはいつ、帳簿つけをしているんだろう、と疑問に思ったからである。職人は、一日の仕事の仕舞いには、道具の刃を研いで終わる。工具すなわち製造資源のメンテナンスは、ルーチンに組み込まれているのだ。しかし、店である以上、帳簿も必要なはずだ。それは、誰にとっても面倒くさい仕事だろう。もしも会計がマネジメントの主要な仕事の一つだとしたら、マネジメントとは、正味作業時間を奪う、仕事のブレーキとしての存在ではないのか?

マネジメントは付加価値生産性に対するブレーキである--そんなことは経営学でもビジネススクールでも、絶対教えてはいるまい。しかし、生産性とは、投入に対する産出で定義される。付加価値生産性は、投入した労働時間に対する、付加価値(=売価-仕入)の比率で示される。もしマネジメントによって、直接労働時間が減るならば(そして事実減るわけだが)、明らかに付加価値生産性に対するマイナスになるはずだ。

では、マネジメントは何のためにあるのか? たとえば、財務会計は何のためにやるのか。だって法律で規定されているから--たしかに、それは答えの一部であろう。しかし、法律で規定されていなかったら、帳簿はつけなくても良いのか? マネジメントは必要悪なのか?

じつは、たいていの人は、心の中でそう思っている。その証拠に、家計簿をつけている個人は少ないからだ。QuickenだってMicrosoft Moneyだって、日本では使ってますという人を見た覚えがない。日誌もそうだ。日誌は時間の使い方についての家計簿です、と『時間管理術』でも書いたと思う。しかし、日誌をつけている人はきわめて少ない。会社のタイムシートだって、放っておくと月に1度、まとめ入力ですませてしまう。理由を聞けば、「忙しいから」と答えが返ってくる。以前も書いたように、「忙しい」という答えは、「そんなのは優先度が低いので、やりたくありません」の言いかえにすぎない。

つまり、何かを記録する作業は、客先にたいして何かを作り出す作業よりも、優先度が低いと思われている。だから、やらない。やっても評価されない。そんなのは付加価値を生まない間接作業だ--これが、私たちのビジネス文化に共通する態度らしい。

ところで、ちょっと考えてみてほしい。職人は一日の仕事の仕舞いに、道具の刃を研ぐ。あれは間接作業ではないのか? あれは仕事のブレーキではないのか。

そんなことはない。道具の刃がなまれば、切れ味が落ちて生産性に影響する。だから、砥石に向かう時間を惜しまないのだ。砥石に向かいながら、今日の仕事のできばえを心の中で反省する。それから夕餉の酒に向かう。これが由緒正しい職人の姿である。

私はかつて、生産管理とは直接製造業務を支える全ての間接業務である、と書いた(『生産管理とは何か』2006/5/07)。間接作業というものは、直接作業の生産性を上げるという形で、付加価値生産性に貢献できる可能性があるのだ。逆に言えば、マネジメントをブレーキにしたくなければ、付加価値生産性に結びつける努力がいるのだ。それは経費の無駄の発見かもしれないし、使用人の教育かもしれないし、仕入れ先の吟味かもしれないし、新規販売先の開拓かもしれない。

マネジメントとは、過去と現状を把握して、将来の見通しを立て、ターゲットに向けて人を動かしていく仕事である。それは地位ではなく、機能である。それは誰の仕事の中にも、少しずつ含まれている。そのことを忘れなければ、世の中を騒がす流行の三文字言葉たちにもおびえずに暮らしていけるのだ。
by Tomoichi_Sato | 2007-10-08 22:10 | ビジネス | Comments(0)
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