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マネジメント改革の工程表 岸良裕司・著

機知に溢れた、楽しい本である。正直言うと私は、(「気まぐれ批評集 書評」のページを見てもらえれば分かるとおり)あまりビジネス書のたぐいを読まない。理由の一つは、書評には最初から最後まで全部読み終えた本だけを取り上げることにしているからだ。ビジネス書はしばしば、必要な箇所だけを参照するために買うので、全部を読み通すことがあまりない。さらにもう一つ、たいがいのビジネス書のスタイルが、肌に合わないこともある。理論の説明中心で教科書的になるか、あるいは雑誌記事的な事例と感想の羅列だけで、通るべき芯が通っていないか、どちらかのケースが多い。そしてユーモアが足りない。

さいわいこの本には、軽快なウィットがあふれている。これは著者の資質のあらわれなのだろう。著者の岸良氏夫妻には、昨年秋のシドニーのプロジェクト・マネジメント国際学会ProMAC 2006の席上でお会いしたこともある。察するに岸良氏は、理論家や伝道師というより、優れたファシリテーターなのではないか、という気がする。

そのセンスは、本書の装丁や用語などによく現れている。表紙には著者の言う「サバよみ虫」や「かねくい虫」など“会社の害虫”のイラストが描かれている。サバよみ虫とは、5日でできる仕事でも『10日かかります』とサバを読んで膨らませて答える奴らのことだそうだ(別に彼らは悪気ではなく、責任感が強すぎるためこう答えるのだ)。だから文中の『会社の害虫図鑑』によると、サバよみ虫は「人の責任感を栄養源にして急速に成長する。個別最適の組織と組織の隙間などに好んで生息する」と書かれている。

害虫には他にも、「くれない虫」(=外部への不満が強い)「べき虫」(=理想論だけ言う)「パーキンソン虫」(入った予算は全部使ってしまう)などがいるという。だがイラストを見ると愛嬌のある可愛い虫たちで、妙に憎めない。このイラストはすべて、まゆこ夫人の手によるもので、そのセンスだけで本書の魅力を2割以上アップしている。

本書のテーマは、クリティカル・チェーンを中心にした、プロジェクトの進め方である。クリティカル・チェーン・プロジェクトマネジメント(CCPM)とは、TOC(制約理論)の創始者で『ザ・ゴール』の著者ゴールドラット博士の提案した手法だ。プロジェクト・スケジューリング理論は、1950年代のおしまいに米国ランド・コーポレーションとデュポン社でPERT/CPMが開発されて以来、ほとんど半世紀の間、進展らしい進展がなかった。その停滞を破った画期的理論がCCPMである。

しかし本書は、いきなり正面からCCPMを解説するようなことはしない。むしろ著者の目から見た、日本の会社のマネジメント改革に蔓延している問題点を明確にするところからはじめる。その問題点とは何か。それは管理の未熟や不足ではない。管理過剰なのだ。

会社に問題が生じる、とする(どんな会社にも問題は必ずある)。改革プロジェクトがたちあがる。しかし他の仕事は減らないので、いきおい余裕がなくなる。目標も見えにくい。結局プロジェクトはずるずると遅れてしまう。すると経営幹部の支援も得られなくなる。こうして一つがこけると、他に悪影響が波及してくる。いきおい、目標管理や数値管理をもっと徹底しろ、ということになる。するとさらに報告作業が増える。そしてもっと余裕がなくなり、他のプロジェクトも軒並み遅れて・・・

では、その解決法だが、著者はここでクリティカル・チェーンを導入すると、すべて見事さっぱり解決する、という。そしてCCPMの中核であるタスク期間短縮とバッファ・マネジメントの話に進んでいく。しかし、ここはちょっと飛躍がありすぎるように感じた。

むしろ、その後の章に書かれている、「ODSCで目標を共有する」の方が、私にはオリジナリティが溢れていると思う。ODSCとは、Objectives(目的)・Deliverables(成果物)・Success Criteria(成功基準)の略だ。これを、全員参加のミーティングで最初につくっていく。さらに、このODSCからさかのぼってタスクを洗い出し、工程表を一緒に作成していくのである(ただしCCPMには階層的WBSという考え方はない)。

プロジェクト計画時に、目的/成果物を定義し、タスク・リストと工程表を作成すること自体は、PMBOK Guideにも書かれている、ごく当たり前の作業である。ポイントは、皆の参画意識を引き出す、そのやり方にある。著者にファシリテーターとして優秀な資質がありそうだと思うのはここの点だ。この章だけでも本書は読む価値がある。

ところで、エンジニアリング会社ではCCPMを使わないのかと、ProMAC 2006の会場でも私は聞かれた。CCPMは優れた手法で、私もときどき利用している。しかし、オフィシャルな答えはNOだ。その理由は、CCPMにはコスト管理の視点が全く欠けているからである。エンジ会社の受注するプロジェクトは、納期と予算とスコープにしばられている。そこでつねに直面するのは、コストとスケジュールの間の見合い判断である。機器を日本のメーカーA社から買えば納期は確実だが高い。東欧のB社から買えば安いが納期に不安が大きい。このときどちらを取るべきか? こうした問いに、CCPMは直接答えてくれない。

むしろクリティカル・チェーンの手法は、コストのほとんどの部分が社内人件費であるような種類のプロジェクト、すなわち社内改革プロジェクトに向いていると思う。これならば「納期」イコール「コスト」であるから、トレードオフ問題に悩まずにすむ。そう言う意味でも、タイトルにあるとおり、この本は「マネジメント改革」に直面している人におすすめである。
by Tomoichi_Sato | 2007-06-24 01:05 | 書評 | Comments(1)
Commented by katou0503 at 2010-03-19 15:19 x
ゴールドラット博士はスループット会計という概念で”伝統的な”個別原価手法に対して否定的な考えをお持ちなのではないかと感じています。MRP的な量産モノの場合はスループット会計という考え方は革新的と感じましたが、個別生産、請負型な産業にとっては少し難しいかなとも感じておりました。

仕事柄、いろいろなお客様からプロジェクトマネジメントについてご相談をお受けしますが、コスト面の管理が必要ない(と思っているだけですが)、製品開発やR&D系の業務に携わられている方にはCCPMの考え方、管理手法は好まれるのかもしれません。

とはいえ、最近は「三方良し」というキーワードとともに地方自治体での公共工事プロジェクトの管理にCCPMが注目を集めているとのこと。コスト面についての課題はクリアなのか、受注請負型とはいえ、日本の公共工事プロジェクトはそのあたりが特殊事情なのか、興味の尽きない今日この頃です。
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