心理的バリアーをのりこえる

自分のやるべき仕事を、To Doリストやタスク・リストなどの形に書いておくのは、良い習慣だ--近著『時間管理術』の最初の方でこう書いたら、「近頃の若いビジネスマンはそんな当たり前のことまで、本で勉強しないと分からないのか」とベテランのプロジェクト・マネージャーに、あきれられてしまった。昔はそんなことは自分で編み出すか、先輩から盗んで覚えるのが当たり前だった、ということらしい。

しかし、大学出がまだエリート候補だった高度成長期ならともかく、今やホワイトカラーなど、誰もがありつける、ありきたりの職業となった。徒弟制度的な技術継承もくずれつつある。だから今日では、時間管理術はキャリアアップに必須の、学ぶべき技法だと思う。

自分がいつまでに何をやらなければならないのか、それがどれほどの負荷量の仕事なのか、ホワイトカラー業務の場合はなかなか見えにくい。生産現場だと、製造オーダーや出荷指示といった紙の差立てがきちんとしているし、それが現物と(まともな工場では)対応しているはずだから、仕事量は明確だ。仕事量が可視化できれば、おのずから進捗も計りやすいし、コントロールも可能になる。見えない仕事はいつまでたっても、制御不能のままなのである。

かくいう私も、To Doリストはずいぶん以前からずっとつけている。ところで、こうしてリストをつけて、毎朝・毎夕に更新していくと、ときどき気になることが出てくる。それは、いつまでたってもリストから消えずに居座り続けるタスクの存在である。

タスクは内容の他に、かならず期日(due date)を書くのが原則だ。しかし期日が厳密に決まっていない仕事、「近いうちにやらなきゃならない事」というのも現実には存在する。そうしたタスクは期日をブランクにしたり、あるいは1週間後などの適当な目安を設定することが多い。期日が来たら、私が使っているツールでは自動的に翌日に持ち越しになる(持ち越し不可の設定も可能だが)。こうして、いつまでもTo Doリストに残って消えないタスクがときどき生じる。正直に告白すると、最長で半年以上も生き残っていたタスクがあったと思う。毎日それを見ていると、しだいにTo Doリスト自体をメンテするのがいやになる。

それくらいだったら、さっさとそのタスクを完遂すればいいじゃないか、と思われるだろう。そう。それが正論である。しかし、私自身の中には正論にしたがえぬ部分が若干、あるのかもしれぬ。そして、類似の体験をじつは皆もっているようだ。では、どんな種類のタスクがTo Doリスト残りやすいのだろうか。工数のかかる仕事か、あるいは難易度の高い仕事か。それとも専門領域外の仕事か?

そうではない。私が手をつけずにずるずると先延ばしにする仕事、それは心理的に「面倒くさい」タスクなのだ。工数にも難易度にも専門性の有無にも、直接は関係がない。工数がかかって難しい、しかも経験の少ない分野でも、よろこんで取りかかれる仕事はいくらでもある。困るのは、心理的な負荷の高い仕事の方だ。

経営学は労働を、肉体労働と知的労働に分類している。それはさらに、習熟の要否によって単純労働と熟練労働に分かれる。高度な指先の研磨加工もあるし、単純な伝票処理もあろう。そうしたタスクの工数(負荷)は、肉体か頭脳のどちらかの使用時間で計られるのが決まりだ。ところが、仕事の中には、さほど時間がかかるわけではないが、心理的な負荷の大きなものがあるのだ。

友人の社会学者・石川准氏の本の中で、私は「感情労働」という概念を知った。感情労働とは肉体労働でも知的労働でもなく、感情の消費を要求される仕事をさす。その代表例として、ナースによる看護があげられていた。看護には知的な面も肉体労働的な面もある。しかし、その負荷の大きな部分は、患者に対する感情のプロセスによって生じるという。

同じ事が、どうやらビジネスの世界にもときどき生じるらしい。難しくはないけれど面倒くさい仕事。たとえば顧客への追加交渉だとか、人事考課だとか、あるいは些末な規則のために、細心の注意を払わないと官庁や管理部門からこっぴどく怒られる仕事だとか。こうしたものは心理的なブロックとなって、着手をしにくくするのだ。

それでは、どうすべきか。自分の心理的傾向、すなわち性格をかえるのが一番だが、これはお手軽にはできそうもない。そこで別の方法を考えよう。まず、心理的なブロックの存在に気づくことが第一だ。問題の存在を認識すれば、もう3割は解決に近づいたも同然だろう。

そのために、まずTo Doリストでの繰り越し回数をチェックするといい。もし同一のタスクを、未着手のまま5回以上くりこしていたら(つまりカレンダー日でいえば1週間たっていたら)、それは「心理的バリヤーつきタスク」だと認識する。

つぎに、心理的な障害のあるタスクは、それを小さなサブ・タスクに分解してみる。「顧客に値上げ交渉をする」という仕事が、気が重くて延ばしのばしになっている場合、「交渉材料のネタを準備する」「競合製品の価格リストを作る」「顧客に面談のアポを入れる」などにブレークして、着手してしまうのだ。本にも書いたとおり、少しでも自分自身の背中を押してやるような形にするのがコツだ。

同時に、自分自身で簡単なモットーをかかげるのもおすすめだ。たとえば私は、「迷ったときは積極的な方を選ぶ」というモットーを、先輩から教わった。これは自分自身の背中をちょっと押すのに効果がある。「迷ったときには、念を押せ」というのもある。これは優秀なプロマネからきいたことばだ。コミュニケーションには念を入れろ、との教訓がこもっている。

こうした面倒くさいタスクは、かなりの場合、上司からふってくる。以前、『To Doリストなんか書いている時間がない』(「コンサルタントの日誌から」2007/03/11)にも書いたように、本当はTo Doリストは、作業を指示した人が書き込むべきものである。だがそれは、現実にはなかなか、かなわない。タスクは自分で管理せざるを得ないのだ。それでも、自分の背中を少しずつ押す術を身につければ、少しずつは前に進むことが出来るのである。
by Tomoichi_Sato | 2007-06-05 23:23 | 時間管理術 | Comments(0)
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