流れをつくる

とある大企業の工場管理棟の一室。客先から示された図面を前にして、私と同僚は少しの間、絶句していた。図面は新工場の平面レイアウト図。作成したのはトップクラスの建築設計事務所で、背後では有名なゼネコンが手伝っているらしい。ややあってから、私は口を開いた。「入荷した物の流れがよく分からないのですが、説明していただけませんか。」

工場を見学者に説明するときは、普通どこでも物の流れにそって順番に説明して歩く。原材料を入荷して、検品して、入庫・保管して、払出して計量・裁断して、製造の上流工程からラインに供給し、加工・検査をへて付加価値のついた製品として出荷されるまで、順に見ることになる。小さなサプライチェーンと言ってもいい。工場見学とは、製造業の社内サプライチェーンを簡単にたどるツアーなのだ。

ところで、今日の工場はどこも多品種少量化が進んでいて、きまった製品を大量生産し続けるような所はほとんど無い。コンベヤラインがあっても、品種は混流で流れていたりする。だから、物の流れも情報の流れも、錯綜しやすい。それをどうさばくかが、その企業の生産管理の実力の見せ所である。また、工場のレイアウトは、その企業の生産管理思想を体現したものでもある。製品に設計思想があらわれるように、工場にはサプライチェーン・マネジメントの思想があらわれる。

その思想性は、工場を見学すると一発で明らかになる。設計思想のない(あるいは貧弱な)工場では、製造ラインしか流れが見えない。製造にはさすがに崩せない順序があって、ふつうはその順に機械や作業区がならぶからだ。しかし原材料・中間部品・製品の物流にかんしては、無思想ぶりがあらわになる。現場を見るとごちゃごちゃにモノがあふれかえっているか、あるいは無駄にスペースがあるかどちらかだ。

私が見たその新工場のレイアウト図面は後者だった。入荷した物はフロアを半分横切って保管庫(自動倉庫)にいくらしいが、入荷検品やパレット移載の手順が見えない。そこでも仮置き・滞留は必ず起きるはずだが、漠然としたスペースがあるだけだった。入り口と出口は分ける、というのが工場設計の基本である。入口と出口を分けることで、モノの流れを作るとともに、FIFO(Fisrst in, first out=先入れ先出し)を確実にし、またロケーション管理の手間を省く。こうすると、必然的に滞留時間も目に見えるようになる。こうしたことが、そのレイアウト図には何もうかがえなかったのだ。

ところで、ここまで読んでこられたあなたが、仮に開発や製品設計にたずさわるホワイトカラーで、工場とは無縁の場所に座っておられるなら、“なあんだ、こんな話、自分に関係ないや”と思われたかもしれない。しかし、じつは関係大ありなのだ(私の話はいつも前半が長くて申し訳ない)。なぜなら、モノの流れにあてはまることは、ほぼ情報の流れにもあてはまるからである。

たとえば、あなたの机の上にあるメールボックスや書類箱は、FIFOになっているだろうか? いつでも最初にきた書類が最初に手にとれるだろうか。あなたのタスクやTo Doリストは、自動的に優先順位が決まるようにできているだろうか? あるいは一日のはじめにTo Doリストの優先順位を決めたら、その日のおしまいまで、それを守っているだろうか。

今日の設計や開発の仕事もまた、複数の事案をマルチでこなさなければならないようになっている。そのとき、情報の社内サプライチェーンにかんして、設計思想はあるだろうか。おそらく、大方の会社には欠けていると想像する。だから、ホワイトカラーの執務する場所は、どこでもごちゃごちゃな印象を与えるのである。紙を捨てて各人がノートPCをもち、ペーパーレス化をすすめれば、一見オフィスの中はすっきりする。しかし、その場合、今度はサーバの中がぐちゃぐちゃになるだけだ。工場のラインはきれいに整頓されているが、倉庫の中は混沌状態、というのに似ている。

え? 私の仕事はFIFO では処理できません? それはなぜですか。上司に呼ばれたり、電話やメールで割込みがかかってくる--なるほど。でも、なぜ、いちいちメールをあけて中身をチェックするのですか。仕事のできる人ほどメール処理の時間帯をあらかじめ決めている、という米国の調査結果もありますが。いや、そもそも、仕事に集中するために、時間帯を決めて「ノー割込みタイム」を実践している会社もありますね。その間は打合もしない、電話もかけない、とらない。これがオフィスワークの設計思想というものではないでしょうか・・

工場では、FIFOで処理できないモノを保管するには、ロケーション管理が必要になる。そのためには保管場所を決めて番号をふり、またモノにも現品票を貼ってIDをふる訳である。だとしたら、設計・開発タスクにも、きまったID(すなわちWBSコード体系)が必要だ。指示票としてのTo Doリストもいることになる。サーバのフォルダ名称だってファイル名称だって、規約にしたがってつけるべきだ。電子メールのタイトルだってそうだ・・

冒頭のケースでは結局、建築構造の制約は守りながら、入荷物の通り道を確保し、倉庫への入口と出口を分けてパレットをハンドリングする仕組みを提案することになった。フローですむ部分とストックにする部分を切り分ける。そして両者はそれぞれ適したコントロール方法を考える。これが「流れをつくる」ことの基本である。そして、以前『「設計管理」の必要性』(2006/06/22)でも書いたように、これが欠如しているオフィスでは、ホワイトカラーはいつまでも多忙の乱流状態から抜け出すことができない運命なのである。
by Tomoichi_Sato | 2007-03-18 22:52 | サプライチェーン | Comments(0)
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