時間を在庫する

「時間」を缶詰にしてストックできたら便利だろうな、と考えたことはないだろうか。忙しいときはストックから取り出せば自分にゆとりができ、ヒマなときには逆に缶詰にして将来のためにとっておく。こんな事ができたら最高である。

私は技術屋だが、最近はホワイトカラーはなぜこんなに忙しいのだろうと、よく考える。高度成長期の日本では、ブルーカラーの労働力がビジネスの制約だった。工場労働者が「金の卵」などと呼ばれた時代があったのだ。しかし私が社会人になった頃は、制約は生産設備や社会資本に移っていた。そして長い不況の間に、労働力は(いや製造自体が)外注化が進み、外から買える時代になった。今や、真の制約は、ホワイトカラーの実働時間になってしまったのではないか。そうとしか思えないほど、どの業界でも皆、忙しがっている。

そんなおり、鰻の蒲焼きを家で食べながら、ふと気がついた。こうした出来合いのお総菜を買ってくるというのは、じつは時間を買っているのではないだろうか? 鰻屋にいって蒲焼きを食べるのは、美味しいがとても時間がかかる。注文をしてから出来上がるまでの3,40分の間、肴をつまんでお酒を飲みながら待つ必要がある。今風にいえば『スローフード』の典型、ご用とお急ぎでない方の楽しみである。

鰻屋は注文を受けてから鰻を割く。個別受注生産方式というわけだ。だから時間がかかる。これがもう少し安い店になると、割いて白蒸しにした状態まで作っておき、注文を受けたら、たれにつけて焼いて出す。こうすると、鰻の歯ごたえはやや失われるが、リードタイムが他の料理なみに短くなり、メニューの幅を広げることができる。もっと庶民的な店は、あらかじめ蒲焼きにしたものを売っている。買ってきて温め直せば、すぐ食べられる。顧客の購買リードタイム最小である。一度に大量生産できるから安い。そのかわり店は売れ残りのリスクも負っている。

食品に限らず、およそ製造業では、何らかの形でストックをおいておく。原料、中間製品、あるいは製品・・その形態はさまざまだ。それは在庫と呼ばれ、個数や金額で数えられる。しかし、じつは在庫には製造リードタイムという『時間の缶詰』の意味もあるのではないか。だから、在庫量は日数分で計るのが適当なのではないか。

在庫には一般に、最終需要に引当済みの「フロー在庫」(仕掛り在庫)と、まだ未引当の「ストック在庫」(有効在庫)の二種類がある。ストック在庫のポイントを何の形でどこに置くかは、生産の仕組み作りにおいて非常に重要な問題だ。一般に、製品に近い形で置くほど、受注から納品までのリードタイムは短くなる。なぜなら、需要を見込んで、先に製造行為を済ませているからだ。先ほどの鰻屋の例を思いだしてほしい。

在庫とは見込みによる先行着手をあらわすものであり、したがって時間をストックしている。ここから、有効在庫量を日数や月数などの『時間』で計ってあらわす意味も明らかになる。よく10日分の在庫とか1.5ヶ月分の在庫回転率などというが、これはすなわち、原料手配からその在庫ポイントまでの総リードタイム合計から、その在庫日数分だけ見込み着手して短縮しました、ということを表わしている。

いま、ある在庫品目を手配してから入手するまでの実効リードタイムの平均値を「純リードタイム」とよび、原材料からその品目までの購買・製造リードタイムの総合計を「総リードタイム」と呼ぶと、次の関係式が成り立つことが分かる:

在庫品目の純リードタイム=その品目の総リードタイム-有効在庫日数

よくリードタイムという用語が誤解されることがあるが、それは『純リードタイム』と『総リードタイム』を混同することから生じる。

そして、この式からもう一つ、大事なことが分かる。それは、適正な在庫量とは、その品目の総リードタイム日数分に等しくとるべし、ということだ。いいかえれば適正な在庫量とは、純リードタイムをゼロにするような在庫量なのである。数量で言えば、総リードタイム期間中に消費されるであろう数量、つまり平均需要量×総リードタイム、となる(本当は安全在庫分の考慮が必要になるが、ここでは省略する)。在庫がこれより多ければ、無駄になる。少なければ、欠品によるリードタイムが生じて、在庫を持つ意味が薄れる。

このように、在庫量と計画手配(スケジューリング)の問題とは、表裏の関係にある。ORの学問的に言えば、最適化の『双対問題』の関係になるのだ。だから、問題を在庫で表現するか、時間で表現するかは、目的に応じて選べばいい。在庫はマイナスにならないが、時間はマイナスになりうる(納期遅れ)点がひとつのキーポイントだろう。

さて、最初のホワイトカラーに話を戻すと、われわれ非定型業務に従事する者にとって、「時間の缶詰」に相当する在庫とは何だろうか? そんなものは可能だろうか? 可能だが、いろいろと条件が付く、というのが私の答えだ。話が長くなってきたので、また別の機会に説明することにしよう。
by Tomoichi_Sato | 2006-12-27 00:15 | 時間管理術 | Comments(0)
<< 変わりたいですか? 新著『時間管理術』のお知らせ >>