合理的な意志決定のつみ上げがマクロな不合理を生む

企業が変わることは難しい。緩やかな景気拡大が続く中、新規設備投資やIT投資が行なわれるようになり、それに並行して業務を合理化しよう、生産を革新しよう、という運動も活発になってきた。しかし、目に見える工場ラインやコンピュータ導入に比べ、目に見えにくい業務運用のソフト部分は、なかなかうまく変えられない。業務改革プロジェクトを立ち上げて何度か会合を開いても、“総論賛成・各論反対”でなかなか前に進まない--こんな話を、旗振り役の部署の人から聞くことも多い。

会社が変わらないのは、従業員の頭が固くて保守的なせいなのか。はたまた企業文化や風土のせいなのか。どちらも違う、と私は考える。会社がマクロな不合理に陥っているのは、各人が合理的な意志決定をつみあげたせいなのだ。製品納期が遅れたのも、部品在庫や仕掛品が山のようにあるのも、そのくせ肝心な部品が欠品するのも、皆が残業また残業で疲弊しているのも、じつは各人が合理的にふるまったせいなのだ。

なぜそのようなことが起きるのか? その理由は、経済合理性の背後にある『リスク最小化の原理』にあるのだ。だが、理由をを紐解く前に、ちょっとこういう問題を考えていただきたい。

いま、ここにギャングXとYがいる。彼ら二人は共謀して、銀行強盗を働いたばかりだ。しかし逃走して潜伏中に、別々に警察に捕まってしまう。警察は二人が銀行強盗だとにらんでいるが、直接の物証がない。そこで微罪で別件逮捕したのだ。警察は彼らを(共謀できないように)別々の留置場に収監して、銀行強盗の自白を迫る。相手が罪状を否認しているとき、自分だけが自白すれば、司法取引により自分は無罪放免になる。逆に自分が自白を拒否して、相手がしゃべってしまえば、自分は懲役7年は覚悟せねばなるまい。

自分も相手も互いにしらを切り通せば、二人とも微罪で1年収監程度で済む。逆に二人とも自供してしまえば、改悛の情を一応見せたことで懲役5年程度ですむだろう。このような情況の時、あなたがギャングXだったら、どのような行動をとるべきか。自白か、否認か?

このような状況下での合理的な決断について、考えてみよう。相手はどう出るか分からないし、連絡もとりようがない。そこで自分の選択と、相手の選択で合計4種類のシチュエーションが想定される。それを、下記のような行列で表現する(これを利得行列と呼ぶ)。単位は年数で、懲役だからマイナス値で表示してある。

           自 分 
       | 否認 | 自白 |
       |=========|
相手  否認 | -1 |  0 |
    自白 | -7 | -5 |
       |=========|
 
もし、相手が否認した場合を想定してみよう。すると、自分も否認すると-1、自分が自白すれば0だ。したがって、刑罰のリスクが最小となるのは、自分が自白をするケースだ。また、もし相手が自白したらどうだろう? 自分が否認するとー7、自白するとー5だ。この場合も、自白の方が懲役のリスクが小さい。

したがって、相手がどう出るか分からない不確実環境下で、自分がこうむるリスクを最小化するためには(「リスク最小化の原理」)、自白することが『合理的』だと判断できる。

ところが、よく考えてほしい。相手も、同じ情況なのだ。だから、相手も自白するのが『合理的』だと判断する。その結果、どうなるか。二人とも自白して、ともに懲役5年である。二人が一緒に否認すれば、1年で済んだのに! いや、それどころか、二人の懲役年数を合計すると、次の表のようになる。

           自 分 
       | 否認 | 自白 |
       |=========|
相手  否認 | -2 | -7 |
    自白 | -7 |-10 |
       |=========|
 
これから分かることは、共に自白すると、二人組という組織にとっては最低の結果に陥ることである。リスク最小化原理に沿った“合理的”行為をつみ上げた結果が、組織にとってはもっとも不合理な結果を生む。これが、ゲーム理論で有名な「囚人のジレンマ」の物語である。

それでは、企業内にとって、いかに囚人のジレンマに似た状況が生まれてくるのか。また、そこから脱出するためにはどうしたらよいのか。少し長くなってきたので、この続きはまた書こう。
by Tomoichi_Sato | 2006-11-13 22:05 | 考えるヒント | Comments(0)
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