ホワイトボードの謎 - 在庫の「見える化」の効用

私は世界中のオフィス事情を知っているわけではないが、「電子黒板」は他国に比べて日本が圧倒的に普及率が高いように感じる。米国のオフィスはあいかわらずフリップ・チャート(flip chart)が主流だ。フリップ・チャートとは、油絵のイーゼルみたいな台木の上に、白い紙を何枚も重ねたもので、1枚書き終わるとめくって次の紙を出すようになっている。なぜか彼らはこのローテクで安価な道具がお好きだ。フランスとか、ヨーロッパではホワイトボードをよく見かけたが、複写機能がないので、結局それをまたノートに写さなくてはいけない。せっかくきれいな図を書き終えて、さて、と思ったら複写できないのに気づき、がっかりしたことは一度や二度ではない。

それにひきかえ、わが国では電子黒板(正確には電子白板か)がよく普及している。何年か前、米国の自動化システムベンダーが私の勤務先に来て、あちこちで電子黒板を活用しているのに感心して帰った。しばらくしてから彼らのオフィスを訪問したら、真新しい電子黒板をうれしそうに見せて、“これでやっと俺達の会社も21世紀に仲間入りだ”とジョークを言っていた。

ところで、これほど便利なホワイトボードだが、私はその米国のオフィスで実際に打合に使おうとして、日本と全く同じ問題点を発見して、びっくりした。フェルトペンが、書けないのだ。書こうとすると、すぐにインクがかすれてしまう。別のペンを手に取ってみるが、そちらも同じだ。5,6本おいてあった中で、まともに書けたペンは1本もなかった。

このホワイトボード用ペンのインク切れ現象は、わが日本でもいたる所で遭遇する。どこかの秘密結社の陰謀か嫌がらせではないかと思うくらいだ。電子黒板を用いた打合の生産性は、おそらくインク切れ問題のために、どこでも2割くらい低下しているのではないか。日本でもアメリカでも、なぜ、この問題を放置しておくのだろうか? 不思議である。というのも、この問題を解決する、ごく簡単な方法を私は知っているからだ。

その方法だが、まず、透明なビニール袋を用意する。それを、電子黒板の枠にぶら下げる。そして、インクが減って書けなくなってきたペンは、そのビニール袋の中に、即座に捨てるのだ。そして、事務用品の担当者は、毎日、各部屋の電子黒板を見て回り、袋にペンが捨てられていたらそれを回収し、同じ色の新品のペンを置いておくのだ。ペンは、各色2本ずつ電子黒板に置いておく。こうすれば1本が書けなくなっても、まだ残りの1本は使える状態にある。

いつも不思議に思うのは、使えなくなったペンを捨てずにトレイに残しておくことだ。だから毎回、使おうとしても使えない問題に皆が遭遇する。たぶん、インクがある時点からすっぱり無くならないで、少しずつかすれていくから、捨てにくい心理が働くのだろう。だから捨て場と、補充の流れを作ってやれば、問題は解決する。

しかし、この問題の根本は、ペンに残っているインクの「在庫量」が見えないことにある。もしもインクの残量を外から見えるように何か工夫したら(フェルト式だから難しいとは思うが)、たぶんインク切れのペンがトレイに残っていることはなくなるはずだ。

「見える化」という言葉はトヨタ自動車が使っているおかげで、ずいぶんと普及した。しかし、ホワイトボードの謎を見ると、まだまだ本当の意義は浸透していないのかな、とも感じる。たとえば、見えない在庫量を見えるようにしてやれば、それだけでいくらでも工夫の余地が生まれてくるのだ。見えないと、誰も改善しない。

いや、もう少し正確に言おう。「見える化」の効用は、在庫削減や生産効率の向上もさることながら、イライラ感の減少にたいへん役立つのだ。ちょうど書けないペンを持ってイライラすることが減るように。それはカッコよく言えば、リスクの減少である。事実を見せれば、人間は馬鹿ではないから、落とし穴は避けて通れるのだ。

リスクのある環境では、われわれは余計な思考の労力と心配を必要とする。それを無くすることは、単なる能率の向上以上に、価値があるのだ。それは、以前ここに書いた「静寂の価値」にも通じることだ。在庫の「見える化」は何よりもまず、この点に意義を見いだすべきなのである。
by Tomoichi_Sato | 2006-09-15 23:32 | サプライチェーン | Comments(0)
<< 緊急だが重要でないもの--ダブ... 生産管理には理論がある >>