生産管理には理論がある

あなたは、20万トン級タンカーを運転したことがあるだろうか? ま、私だって、むろん無い。しかし、昔、大学に入りたてのころ、大学祭で船舶工学科の学生が作った「タンカー・シミュレーション」をさわらせてもらったことがある。当時まだパソコンが普及しておらず、そのシミュレーターは大学の大型計算機に接続されており、船の位置はX-Yプロッターに書き出すようにできていた。手のひらに載るゲーム機でフライト・シミュレータが動いてしまう今からは、信じられぬほど大昔の話だ。

しかし、タンカー・シミュレーションの仕組みはそれでも十分、実用的なリアルタイム性をもっていた。なぜなら、タンカーの運転はとてもゆっくりした作業だからだ。シミュレータ上には運河の線が描かれており、その曲がった岸壁にぶつからないように舵を切っていかねばならない。しかし、何度やっても私のタンカーは曲がりきれずに岸壁にぶつかって沈没してしまう。タンカーの反応が非常に遅いからだ。右に面舵をとっても、船体がちょっと右に曲がるまで何十秒もかかる。巡航速度は結構速いから、その間に何十メートルも進んでしまう。タンカーはきわめて運転の難しい乗り物なのだった。

船舶工学科の学生がその時教えてくれたのは、船の運航方法には理論がある、ということだった。まず、船には慣性がある。動力と舵があり、水面との摩擦がある。海流や風による一定方向に外力がかかる。波などのランダムな外乱もある。舵を切ってから船体の向きが完全に変わるまでの時定数は、こうして決まる。タンカーは重量が大きいから、時定数はかなり長い。すぐに方向転換できるヨットとは運転の仕方が違うのだ。f=m・aという力学の公式を、私は妙に実感を込めて思い浮かべた。

船の運転には理論があり、それを学ばないと船長になれない。それは当たり前のことに思える。しかし、(このサイトの読者の方ならばもう話の流れは分かったと思うが)陸の上の会社の世界では、理論を知らないまま管理者の地位についている人が少なくない。そもそも、生産管理だとかプロジェクト管理だとか販売管理だとかに「理論」があることさえ知らない管理者が多いのだ。不思議なことである。

生産管理には理論がある。船の運航が重量や速度や動力や水・風の外力にしばられるように、生産はその在庫量や速度や生産資源や需要・技術動向にしばられる。そこにはf=m・aに相当するきちんとした関係性がある。

しかし生産管理に理屈があることは、なかなか気づきにくい。なぜなら、工場というものは巨大な仕組みであり、その『時定数』が長いからだ。舵を切ってから右に曲がるまで、あるいは動力を上げてからスピードが上がるまで、時間がかかるので因果関係が分かりにくい。しかも、生産とは営業から物流までの一貫した機能から成り立つシステムである。言ってみれば一隻のタンカーというより、複数の船からなる船団のようなものだ。ある場所で起きた事象が、思いもよらぬ別のところに波及したりする。因果関係が直感的でない。

でも、一応大学で経営工学などの講義をちょっとでも聴いたことがある人なら、理論を知っておこうという意思は持つだろう。困るのは、理論を知ろうとしない人の方である。「知ろうとしない人」が管理者になると、乗組員は大変だ。船長、あと20mで岸壁です、このままではぶつかります、と報告しても、“馬鹿者、気合いと根性で曲がるんだ!”と怒鳴り返される。なにしろ、運行は理屈ではないのだ。ぶつかったら、航海士や機関士が根性がなかったことにされてしまう。

生産のマネジメントとは予測(リスクの先読み)とフィードフォワードである。その基礎には、生産システムの力学がある。これから数回に分けて断続的に、在庫理論を例にとり、それを説明していきたいと思う。
by Tomoichi_Sato | 2006-09-02 10:55 | ビジネス | Comments(0)
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