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ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える (1)化学産業の変貌

今月の14日に、「計装制御技術会議」という催しで、『ディスクリート・ケミカル工場 ~ そのスマート化を考える』というテーマの講演を行った。『ディスクリート・ケミカル工場』とは、わたしが2019年に「化学工学」誌4月号の解説論文で提唱した概念で、このサイトでも少し紹介したことがある(お知らせ:『化学工学』誌に論文『ディスクリート・ケミカル工場の生産システムを考える』が掲載されました2019-03-30)。

実はこのコンセプト自体は、その前年に、同じ「計装制御技術会議」で披露したものだった。したがってある意味、今回の講演はその続編にあたるが、幸い、今回も比較的好評だった。ただ、この会議は文字通り計装制御系(とくにプラント分野)の専門技術者が集まる場のため、他分野の方にはあまり知る機会がなかったと思う。そこで、当サイトで紙上再現をすることにしたい。全体は50分程度と長いため、多少細部は省略してお届けする。

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ただいまご紹介にあずかりました、日揮ホールディングスの佐藤です。実はこの計装制御技術会議では、2018年にも呼ばれて、よく似たタイトルで講演しましたが、それから考えの進んだ部分もありますので、あらためて今日は最近のトレンドについてお話ししたいと思います。

話は全体で、大きく三つの部分に分かれます。まず最初に、日本の化学産業の変貌と『ディスクリート・ケミカル工場』の概念についてお話しします。つぎに、システム工学の視点から工場とその神経系統について考えます。システム工学の専門技術者である皆さんに、ぜひ吟味いただきたい論点です。

そして、ディスクリート・ケミカル工場におけるMES/MOMの課題について議論したいと思います。最後の部分では、わたしの関わっている(財)エンジニアリング協会「次世代スマート工場のエンジニアリング研究会」での最近の調査結果なども踏まえて、実態をご紹介します。

さて、わたしは長年、エンジニアリング会社で製造業やエネルギー産業のお客様向けに、工場やプラント作りの仕事に関わって参りました。我々の目から見ると、工場の種類は非常に多種多様です。工場の外見による分類、製造工程の構造による分類、品種の連続性による分類など、切り口もいろいろあります。ただ、一番大きな違いは、やはり製造工程によるプロセス型とディスクリート型の区分かもしれません。

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写真左下は、プロセス型の典型であるエチレンプラントです。右上は、ディスクリート型の典型として、航空機エンジンの整備工場をあげています。いわゆる機械加工組立型の工場です。真ん中はある意味、その中間形にあたる飲料の工場で、いずれも当社の建設した実績です。

ちなみにプロセス型の製造設備を「プラント」と呼び、組立加工型の設備は「工場」と呼ぶのが普通ですが、英語ではどちらもPlantです。工場長はplant manager、自動車工場はautomotive plantですから、この呼び方の区別は、日本独特のものだとわかります。

さて、プロセス型とディスクリート型の工場の最大の違いは、どこにあるでしょうか。それは、プロセスプラントには、中央制御室があることです。そこでは、制御システムと多数の画面が並び、ボードマンたちが工場内で起きている様々な事象を監視しながら、バルブを開けたりポンプを起動したりといった指示を現場に下しています。もちろん、現場にも大勢の人が働いているのですが、中央制御室から工場内の全体の動きがわかる点が特徴です。

ところが、ディスクリート型(組立加工)工場では、様子が全く違います。近代化した工場にはNC工作機械など、多数の自動化された機械が並んでいますが、いざ建屋の外に1歩出て、扉をバタンと閉めてしまうと、中の機械が動いているか止まっているかすら、分かりません。ディスクリート型工場には基本的に、中央制御室がない。こう言うと、プラント分野を専門とするわたしの会社の先輩たちは、驚いた顔をします。

ディスクリート型工場で生じやすい典型的な問題が、いくつかあります。こうした工場で扱う対象物は基本的に固体なので、モノをどこにでもおくことができます。そのため、物探しが生じるわけで、所在管理が必要になるのです。そればかりか、全体の在庫数量がわかりにくいと言う問題が生じます。

これはプラント分野では起こり得ない問題です。なぜなら、プラントで扱うものは、ガスや液体などですから、必ずタンクなど容器に入れて保管しなければなりません。ふつうタンクには液面計がついていて、その量は正確に捉えられ、中央制御室にも表示されるからです。

さて、在庫量がすぐにわからない事は、すなわち物の動きの量も捉えにくい事をも意味しています。対象物は固体ですから、コンベアやAGVで運んだりしますが、何なら手で持ち運ぶこともできます。そこには流量計もなければ調節弁もありません。物の動きが捉えられないので、搬送の無駄も生じやすくなります。

結果として、工場のレイアウト設計の良し悪しがわかりにくいと言う問題が発生します。私がよく使う例えなのですが、もし家の台所が、冷蔵庫と流しは1階にあり、ガスレンジが2階に置かれていたら、いかに不便か想像がつくと思います。ところが日本の工場は、敷地が狭いために多層階になるケースが多いのですが、訪問してみると、上下に分かれた台所のように、無駄な垂直搬送がしばしば目につきます。それでも、そこに働いている人たちは、最初からそうだったので、何も不思議と思わずに作業を続けているのです。

そして最大の問題は、工場全体の操業状態が分かりにくいことです。工場全体や各工程の負荷状況や余力が見えないので、適切な指示や変更も出しにくいことになります。

すなわち端的にいって、ディスクリート型の工場とは単なる工程の集合体であって、スマートなシステムではないと言うことになります。

ところで、プロセス型とディスクリート型の工場は、なぜこのような違いが生じるのでしょうか? 答えは意外と単純なところにあるのです。それは扱うマテリアルが流体か固体かの違いから生まれます。

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表をご覧ください。ディスクリート型工場で扱うマテリアルは固体です。固体はどこにでも置けますから、いつでもストック可能です。搬送するには、コンベアやAGVなどを使いますが、台車や手で運ぶこともできます。

そして、それぞれの工程の機械装置のスタート・ストップは、上流下流に関係なく自由に行うことができます。仮に、下流工程が止まっていて、上流側だけ動いたとしても、できた仕掛品はどこかそこら辺に置いておけばいいからです。このため、機械装置のコントロールは、機械単位に分散しており、普通は機側盤からパネルで操作します。

ところで、連続プロセスでは状況が全く異なります。扱うマテリアルは液体や気体、あるいは粉体などの軟性物質です。こうしたものはそこら辺に置くことができませんから、必ずタンクや容器等の保管設備が必要になります。搬送には、配管とポンプが必要になります。

そして連続プロセスでは、各工程が配管でつながっていますから、上流側と下流側を独立して起動停止することができません。下流側が止まっているのに、上流側だけが動き出したら、中間タンクが溢れてしまうからです。上流・下流は原則として連動する必要があり、結果としてプラント全体をDCSやSCADAで集中制御する必要が生じます。

結果として、ディスクリート型工場は、疎結合な工程の集合体(モジュラーなシステム)であるのに対し、連続プロセス型の工場では、密結合のインテグラルなシステムになることがわかります。これをポンチ絵で示したのが次の図です。

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図の上は、インテグラルな密結合のシステムを表します。各要素は、それぞれ他の多くの要素とつながっています。このようなシステムを設計する際には、最初から全体効率が最大になるような設計を行います。また、全体を見通せる情報のハブが存在するのも特徴のひとつです。これが中央制御室に当たります。

ただし、問題もあります。それは一箇所のトラブルが、全体に影響しやすい点です。ちょうど湘南新宿ラインのようなものです。首都圏にお住まいの方はご存知でしょうが、湘南新宿ラインは、それまであった東北線・高崎線・横須賀線・湘南電車の4つを、新宿で密結合して作った路線です。その結果、東北で車両故障が起きると、湘南で電車が止まるという不便が生じるのです。

これに対し、図の下側はモジュラーな疎結合の集合体を表します。比較的独立した要素グループ間が緩やかにつながっており、それぞれが局所最適で動くため、全体の効率性はやや劣ります。自律分散で、意思決定が複数カ所で行われるのが特徴です。そのかわり、ローカルな問題が局所的に解決可能な点が長所です。

さて、ここからが大事な点なのですが、聴衆の皆さんは長年プロセスプラントの分野で、密結合なシステムの制御と操業に関わってこられました。しかし、日本の化学産業においては、そこに大きな変化が押し寄せているのです。

グラフをご覧ください。これは「会社四季報」から、化学の業種分類に属する上位20社の企業を選び出し、15年前、5年前、直近の3つの年次に渡り、売上高とその中の機能性素材の部分を積み上げたものです(ただし近年大型の合併で直近の会社数は19社に減りました)。ご覧の通り、2006年から最近までの15年間に、日本の化学産業は着実に売り上げを増加させてきました。

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その中で直近の2021年度では、機能性素材関連の売り上げの比率は33%あります。15年前は27%でした。売上金額自体も3.7兆円から6.8兆円に、ほとんど倍増しています。もっとも、どこまでを機能性素材と捉えるかは各社によって違いがありますので、ここではセグメント別売り上げで「機能性素材」・「電子材料」・「特殊樹脂」等の記載があった部分を集計しました。端的にいって、日本の化学企業の収益は、いわゆるバルクケミカルよりも、機能性素材が支えていることがわかります。

これら、機能性素材の製品は、多くが固体、ないし準固体(成型品・シート・フィルムなど)です。原料はペレットであったり、粉体あるいはロールが多いという特徴があります。もちろん流体も使われますが、連続流体ではなく、ディスクリートのハンドリングが必要です。

このような形態の工場を、「ディスクリート・ケミカル工場」と呼んではどうかと、以前からわたしは提案しております。ディスクリート・ケミカル工場の特徴をあげると、以下の5点になります。

第一に多品種です。細かな仕様の違いをもつ製品が多数あります。ただしそれは、添加成分や表面処理等が変わるだけで、製造工程の形はほぼ同じになります。BOMは「I型」ないし「T型」です。

第二に、変量生産です。市場拡大に伴う需要変動が大きく、工場設計時点では、品種別生産量が予測できません。また工場に拡張性が要求される点も大事です。
三つ目に、従来のバルクケミカルのような見込み生産ではなく、繰返し受注生産形態になります。ユーザである電子業界や自動車業界の注文に、機敏に従う必要があり、しかも短納期の要求がふつうです。

そして新製品の導入に伴う試作改良が多く、量産と試作がしばしば混在します。
最後に、製造工程は高度なクリーン環境を要求されることが多い点も特徴です。
このような特徴のディスクリート・ケミカル工場は、どのように制御し操業すべきか。この問題について、今日は皆さんと一緒に考えてみたいのです。
(この項つづく)

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by Tomoichi_Sato | 2023-02-27 10:42 | 工場計画論 | Comments(0)
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