IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (3) MESの未来像とは


最近、ある工場を見学に行った。ここでは仮にX社と呼ぼう。中堅の機械メーカーで、精密な加工技術を要する製品(というか、より大きな機械に組み合わせて使うモジュール的部品)を作っている。顧客の個別仕様要求が多く、生産形態としては受注設計生産に属する。

組立工程の現場のチーフ格の人から、話を聞いた。ここの現場では、一種の「デジタル屋台」というべき方式を採用している。ちょうどラーメンの屋台のように、一人に一台の作業用のラックが与えられ、目の前の端末には組立工程の作業指示が1ステップずつ、3D的図面に表示される。

X社が作っているのは小さな製品で、組立にはネジ止めを多用する。ネジ止め作業では屋台(ラック)に付属する電動ドライバーから、トルクなどの情報を自動的に取って、作業を自動的にチェックし、ミスを防止している。他企業でも見たことがあるが、優れたやり方だ。

ラックのサイドに部品入れの抽斗が並んでいて、部品はそこから手で取り出して、とりつける。取り出すべき抽斗の位置も、自動的に表示される。そこまではいいのだが、使うのは小さなネジなので、どうしても取り出すのにイラついたり、あるいはサイズや本数を間違えて取ってしまうことがある。

そこでこのチーフ格の人は、何か解決策はないものかと考えた。そしてある日、100円ショップから、色付きストローを何本か買ってきた。ストローの先端を、ちょっと丸める。そしてストローの逆側からネジを何本か入れてみた。こうすると、ストローの中でネジが数珠つなぎになり、ストローの先端からは、ネジの先っぽが顔を出す。一本引っ張って取り出せば、次のネジがまた顔を出す。

かくてワンアクションで、確実にネジを1本取ることができるようになった。ネジの種類に応じて、ストローの色をかえれば、取り間違えも防止できる。見事な知恵である。これ以外に他の現場でも、いろいろ創意工夫を聞いて、X社の職場の志気の高さに感心した。

それにしてもX社は、多品種 小ロットの受注設計生産がメインである。このデジタル屋台の作業指示の3D的画面は、誰がどのように作っているのだろうか? 3D-CADで設計しているから、というのは答えの半分でしかない。繰返し性の高い量産工場なら、3Dモデルから、工程設計者が細かく作業展開して、指示データを作っておくことができる。しかし小ロット個別受注で、そんな手間がかけられるのか?

X社の秘密は、設計の標準化と、コンフィギュレータの利用にあった。設計については、徹底した標準化を進め、製品各部分のサイズや材質については、パラメータ化している。また、共通部分と、個別にカスタムで変えるべき部分についても切り分けられているようであった。その上で、見積と受注段階で、コンフィギュレータを使う。コンフィギュレータというのは、製品の顧客要望の仕様を入力すると、適切な部品やパラメータの組み合わせを自動的に検索・計算してくれるソフトウェアのことである。

これによって受注時に、基本的な設計BOM(E-BOM)が自動的に選定されており、また価格も見積もられる仕組みだ。その設計BOMと付帯情報は、3D-CADに組み込まれたロジックにより製造BOM(M-BOM)に自動展開され、さらに別のソフトにより、デジタル屋台の作業指示画面が生成される。

製造現場の作業者に対して、ステップ・バイ・ステップで標準作業の指示を与える機能は、典型的なMESの機能である。医薬品分野のMESでは、「SOP(標準作業指示)」機能と呼ばれる。組立の分野では、紹介したような組立図の画面表示がよく行われる。作業の着手と完了時に、ワークに付随するバーコードやRFIDを読み取って、誰がどの部品をいつ・どれだけの時間をかけて製造したかをモニタリングする「POP(製造時点情報管理)」と並んで、MESの基本機能と言っていい。かなり制御層に近いので、前回記事の言い方を借りれば”Lower MES"ということになるが。

ところで、作業指示をステップ単位で表示するためには、MESが対象製品の製造部品表(M-BOM)と、作業工程表(BOP=Bill of Process)のデータを知っていなければならない。ご存じの通り、部品表(BOM)と作業表(BOP)は、製品設計からスタートする情報の流れ、すなわち製品の『エンジニアリング・チェーン』の中で生成される。つまり、MESという仕組みは、企業のエンジニアリング・チェーンときちんとデータ・レベルで結合されていないと役に立たない、ということになる。

そして製品のエンジニアリング・チェーンというものは、納入先顧客数が増え、製品の品種数が増えるほど手間暇がかかるようになり、部品点数や個別仕様が増えるほど、設計変更の可能性が増える性質を持っている。少品種・大量見込生産の高度成長期に比べ、個別受注設計・小ロット生産が主体の今日は、エンジニアリング・チェーンとMESのスムーズな結合・連携は、はるかに重要かつ難しいといえるだろう。多くの企業では、生産技術部や製造部の技術者達が人手で対応して、つないでいるのが現実だ。

エンジニアリング・チェーンからBOMやBOPデータを受け取ることと並んで、MESにとって大事なのは、生産オーダーの情報を上位系から受け取ることである。どのオーダーは、どの顧客向けで、どんな数量と納期になっているのか。これが分からないと、各工程における優先順位やスケジューリングができないことになる。製造工程のスケジューラは、前回も紹介した通り、MESのもう一つの重要な機能である。こうした納期・顧客・数量のデータは、サプライチェーン関係の仕組みから入ってくる。MESの3層モデルが示すところである。

エンジニアリング・チェーンとサプライチェーン。MESがつながる相手は、これだけで十分だろうか。いや、まだある。

IoT技術が進展しつつある今日、MESの普及を阻害してきた現場の機械・制御系とのやりとりが可能になり、稼働監視や複数機械の連携制御、そして予防保全などが新たな期待となっている。それはつまり、MESが設備情報のマスタ・リストを持たねばならないことを意味する。工場の機械設備等のBOM構成・能力やプロファイルなどのマスタデータはどこから来るか。それは、設備に関するもう一つのエンジニアリング・チェーンからくる。多くの企業では、生産技術部門や保全部門などが主導し、工務部門や調達部門もかかわる業務の流れである。

他には? MESが現場作業者に指示を出し、制御系やPOPなどから工程実績をとれるようになると、次には工程別や個人別の生産性に目がいくと思う。「デジタル屋台」などはそれに非常に適した仕組みである。作業ステップごとに、組立作業時間の実績が分かる。こうなると、自分の目標値や自己ベストや職場のチャンピオンの時間との比較も可能になる。こうした生産性比較は、上手に使えば個人のモチベーションアップにつながる(もちろん、下手な使い方をすれば、単に全員を「競争馬の疲弊」に追い込むことにもなり得るが)。

ともあれ、こうなるとMESは人事や労務管理プロセスから、作業者のマスタ・データを受け取り、あるいは能力・実績を送り返す必要が出てくる。

まだある。製造現場には、顧客サイドからのフィードバックが入ってくることがある。主に品質に関する情報だ。顧客サービス部門が起点で、製造部門にまず入り、そこから設計をさかのぼって製品企画部門に至る、製品改善のチェーンである。5月にフィンランドで開催されたMPD 2017で、たまたまご一緒したIVIのエバンジェリストである富士通の高鹿初子さんは、これを「顧客サービスから製品企画に持ち帰るフィールド・プロセス」と呼ばれていた。よい言葉だと思うから、借りることにしよう。

MESには、フィールド・プロセスから来る品質に関するクレームや提案を、製品ロットやシリアル番号とともにインプットする機能も必要だ。

結局、それはMESが情報のハブになる、ということだ。これが、IoT技術の進展と共に、MESに起きる一つめの変化なのだ。従来のMES機能モデルでは、本社の上位系から計画情報を受け取り、実績情報を返す、と書いてきた。前々回で、わたしは「8の字モデル」をご紹介したが、そのバリエーションだ。ISA-95はもっと複雑だが、資材・スケジューリング・在庫といったSCM系情報が中心で、品質・保全系がサブに見える。だが今後は、MESは製造業における情報のハブとしての機能を、強化する必要があるだろう。もっと分かりやすくいえば、外部とのインタフェースがもっと増えるだろう。同時に、マスタデータの同期をどう図るかという、運用設計上いささか面倒な点も考慮しなければなるまい。
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もちろん、こうした機能の全てを皆がいつも必要とする訳ではない。また、MESパッケージがこれら機能全てを備えるべきだとも思わない。製造現場のニーズは多様であり、個別目的にフィットしたパッケージやモジュールを選んで組み合わせて使う、という風になっていくのではないか。それはプロセス産業で一足先に実現している姿だ。

さて、冒頭のX社の事例を見学しながら、わたしは10年近く前にかかわった別の企業のことを思い出していた。そこをY社と呼ぼう。Y社も個別性の高い多品種少量・受注生産形態の、機械のメーカーだった。受注の半分以上が、設計工程のある受注設計生産だったと思う。

Y社を思い出したのは、そこもやはり受注に当たってコンフィギュレータを活用していたからだ。かなり早い段階から自社開発していたと聞く。営業部門は引合いの段階からコンフィギュレータを使って型式選定や見積を行い、受注後は、自動的に標準製作部分と、追加設計の必要な部分に分けてE-BOMが出力される。部品の発注手配も、そこから行われる。設計部門が設計作業をおえてE-BOMを完成登録すると、システムが自動的にM-BOMに展開していく。なかなかすぐれた仕組みだった。

Y社の元々の構想では、M-BOMと図面情報から、工作機械(NCマシン)の加工プログラムまでつなげて、生産性を高めるはずだった。だが、Y社の製品は、部品点数や材料のバリエーションが非常に多く、またサイズも最初のX社の製品よりずっと大きい。結果として、マテリアル・マネジメントがいくつかの理由で混乱して、部品在庫が沢山あるはずなのに、欠品による納期遅れが多発していた。エンジニアリング・チェーンから自動的に製造管理の仕組みにつなげるアドバンテージを、生かし切れていなかった。何より、個別オーダーの納期管理の責任が、いくつかの部門間に分散されていた。

わたしは、社内に「受注コントロールセンター」的な機能を作って、納期管理を徹底させることを提案した。ちょうど空港の管制センターが、入ってくる飛行機に次々に指示を出して、限りある滑走路やゲートを割り当てていくように、個別のオーダーの指示とモニタリングを集中化するのだ。かなりの受注オーダーをさばくY社の業態には、こうした機能が必要に思われたのだ。だがそのためには、情報システム関係にもかなりの改変が必要になる。結局その提案は受け入れられずに終わった。

冒頭のX社は、PCベースの工場スケジューラを導入して、この問題を乗りこえようとしておられた。まだ工場の全工程まではカバーし切れていない様子だったが、その方向性はとても正しい。標準形はあれども個別性の高い要求使用を受けた受注生産を、マス・カスタマイゼーションと呼ぶ。そう。ドイツIndustry 4.0がターゲットにしている生産形態である。マス・カスタマイゼーションでは、製造全体をカバーするような、中央管制システムのような仕組みが必要なのだ。

そして、まさにIoT技術の進展が、それを次第に可能にしてくれている。これまで、現場の手作業やアナログ機械の状態監視ができなかった。また工場内を動く部品やワークの、所在や流れを追いかけることも困難だった。IoTのおかげで、そうした要求は、(コストのハードルはあれども)指呼の間に入ってきたのだ。Lower MESという言葉が出てきたように、MESが制御層と直接やりとりする界面がずっと広がった。今後は、MESと制御システムとのつながりはもっとシームレスになっていくだろう。そして工場全体の流れや動きがリアルタイム的に分かるようになるだろう。

MESの分野に起きる、もう一つの大きな変化とは何か。それは、MESと制御システムがより一体化して、工場全体の「中央管制システム」のような仕組みが生まれることである。従来からプロセス・プラントには中央制御室があり、そこから工場全体を監視し指示を出すことができた。ディスクリート系工場も、いずれ、似たような中央管制システムを持つようになるだろう。これがわたしの二番目の予想である。

もっとも、こうした予想に対しては、「欧米流トップダウン式の中央制御の仕組みは、日本のボトムアップな現場力を損なう」という反論があり得よう。読者はどう思われるだろうか?

でも考えてみてほしい。空港には管制塔がある。では、航空機の世界はトップダウンだろうか。飛行機の機長は、ただ上から言われたことをやるだけのロボットのような存在だろうか? そうではあるまい。たぶん、そういう意見は、中央に情報のハブを持つ仕組みと、軍隊式の命令服従型の組織構造を、なんとなくごっちゃにしている。冒頭のX社は、中央管制システムの実現に相当近い位置にいる。だが、現場の人はものすごく独自な知恵を出して、さらなる改善を続けているではないか。誰かがオーダーの最初から最後までを追いかけていることと、現場の創意工夫とは、まったく矛盾しないのだ。

わたしはむしろ、中央管制システムの実現に対して、もっと別の心配をもっている。それは、誰がこのような制御とITにまたがったシステムの構想を描き、設計をリードし、実装と運用の面倒を見るのだろうか、という問題だ。よほどの大企業だったら、工場にも情報システム部門があるだろう。だが普通の企業では、情シス部門は本社にいて、製造現場の泥臭いことには手を出したがらない。多くの工場では、生産技術や製造部の、「ちょっとパソコンに詳しい若手」が、片手間にその任に当たることになっているのだ。だがこんな大きな仕事、片手間でできるだろうか?

製造現場にIoT技術が広がる現在こそ、わたしは経営層に、こうした生産情報系への関心を持ってほしいと切望する。「ウチの現場力は外国に負けない」と自負されるのは結構だ。だがその現場力は、きちんとモノと情報が交通整理された工場ではじめて十分発揮できるのだ。

昨今、ものづくりの競争力のコアは製品開発にある、製造は単なる力仕事だ、といった通念がメディアで流布しているように思う。冗談言わないでくれ、というのがエンジニアリング会社で働くわたしの率直な実感だ。経営者はもっと製造現場を見て、そこで働く人達の悩みを理解してほしい。せめて聞く耳を持ってほしいと思うのだ。

それを怠ったら何が起きるかって? いうまでもない。ここに書いたこと、これまで3回にわたって縷々説明してきたことは、すべて日本にも外国にも共通した話なのだ。放っておけば、必ずや頭の良い外国人達が、情報のハブとしてのMESと、MESによる中央管制システムの仕組みを、実現していくだろう。それが第4次産業革命のコア技術となるのだ。いや、そればかりか彼らは例によって、勝手に標準規格を作って、押しつけてくるかもしれない。そして日本はまた、その動きを後追いすることになりかねまい。

そういう受け身の状態を、わたしはこれ以上見たくない。だから、こうした予測や議論を共有したくて、記事に書いているのである。まあこんなサイトに書いたからといって、経営層の人が見る気遣いはあるまい。しかし、読者の中には心ある技術者の方がいて、こうした意見を含め上申されるかもしれない。わたしはいろいろと足りない人間だが、言葉を連ねる能力だけは、多少あると思っている。

多くのエンジニアは、寡黙である。寡黙なるが故に、力量があっても理解されない。せめてわたしは、声なき技術者にかわって、言挙げし続けようと思っている次第である。


<関連エントリ>
 →「IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (1) MES普及を妨げたもの」 http://brevis.exblog.jp/25991822/ (2017-08-19)
 →「IoT時代のMESをもう一度考え直す 〜 (2) MESの機能と階層を理解する」 http://brevis.exblog.jp/26007261/ (2017-08-27)
 →「部品表と工程表」 http://brevis.exblog.jp/25634844/ (2017-03-22)

by Tomoichi_Sato | 2017-09-04 23:28 | サプライチェーン | Comments(0)
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