中堅エンジニアのための経営戦略入門(2)

長くなってきたのでここまでのところを少しまとめます。

製品やサービスの開発という視点からビジネスを考えるときには、4つの大きな要素があります。市場、競争、組織体制、技術の4つです。この4つは、企業の持つ能力の4つの面を表している、とも言えますね。つまり、販売能力、競争力、供給能力、技術開発力の4つです。

製品やサービスを開発するときには、これら4つの要素を独立にバラバラに検討するのではなく、合わせ技として、スパイラルを形成するような仕組みを考えることがポイントです。

ところでこの4つの要素は、最初の2つが企業にとっての外部環境を表し、残る2つが内部環境を表すと言い換えることもできます。ここで似たようなものとして想起されるのが、SWOT分析でしょう。よく経営コンサルタントは、最初に訪問したクライアントに対し、SWOT分析という道具立てを導入に使います。SWOTとは、strength, weakness, opportunities, threatsの略で、すなわち、強み・弱み・機会・脅威の4つを表しています。

これらを、<内部環境—外部環境>と、<プラスの面—マイナスの面>の縦横4つのマス目に書いて、具体的なポイントを列挙し、そこからラフな戦略の方向性を立てていくのです。このSWOT分析の「機会」は市場を、また「脅威」は競争を表していると見ることもできます。ただし「強み」と「弱み」は、組織体制と技術に直接対応している訳ではありません。が、わたしの経験では、企業人が自社の強み・弱みを客観的に把握するのは結構難しいものです。ですから、むしろ供給能力と技術開発力の視点で課題を列挙する方がブレずに議論できると思うのです。

さて、もう一つ、米国のポーターという経営学者がまとめた、競争優位のための3つの戦略があります。コストリーダーシップ・差別化・集中の3戦略です。

この3つの戦略と、先ほどの4つの要素の関係について、わたしの理解を簡単に整理しておきます。図をご覧ください。テーマは競争戦略ですから、「いかに勝つか」が問題です。それに対して、供給能力(組織体制の力)によって、安く・早く・大量に生産して、市場を席巻するのがコストリーダーシップ戦略です。いいかえると、薄利多売ですね。そして、これができるのは、市場の大半を牛耳られるような王者(リーダー)企業です。

これに対し、チャレンジャー企業はどうするか。コスト競争に打って出たら、体力の差で討ち死にです。そこで技術開発力を発揮して、リーダー企業とは異なる特色と優位性を持つ製品・サービスをつくって、挑戦する訳です。これが差別化戦略です。たとえていえば、コストリーダーシップ戦略の正面攻撃に対して、差別化戦略は側面攻撃ないし奇襲攻撃に相当します。

ではもっと規模の小さなベンチャー企業や中小企業はどうするか。彼らは、特定の顧客との密接な関係の継続、そして既存顧客の満足・実績を元にした新規顧客の開拓という道を選ぶしかありません。これが集中戦略です。小さな市場を選び、そこだけに集中して錐のように穴を開け、大手を破って打ち勝つのです。大規模な広告宣伝は難しいでしょうから、口(くち)コミやネットなどで顧客を広げていく。まあゲリラ戦ですね。
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余談ですが、この三つの戦略、国レベルの行動にも当てはまりそうな気がします。太平洋戦争で、圧倒的な優位性を持っていた米国に対し、チャレンジャーの日本がとったのは奇襲攻撃でした。そしてベトナム戦争で解放戦線がとったのは、まさにゲリラ攻撃でした。

話を戻すと、もしもKさんが、従来とは全く異なるジャンルの新規商品を企画されるなら、たぶん集中戦略ではじめるしかないでしょう。これはという顧客に狙いを定め、顧客が今まで気づいていなかった問題・ペインを掘り起こして意識の上にのぼらせます。そして、それを解決できるのはわが社のこの製品しかない、と信じ込ませることができれば成功です。あとは徹底してサービスを集中する。もし顧客の満足を得られれば、その実績を唯一最大の広告メディアとして、さらに次なる顧客を掘り当てていく訳です。

逆に、市場を席巻できるような供給体制もないまま、低価格でコストリーダーシップ戦略に打って出たり、大した技術力もなくすぐ真似されるような差別化戦略をとったりするのは、愚の骨頂だということです。自分の置かれている状況を冷静に判断しながら、一番良い競争戦略を決めていかなければなりません。

ただ、こうしたポーターの競争優位戦略論に対し、その後いくつかの批判も現れました。その一つとして、ミンツバーグの戦略類型論を取り上げましょう。カナダの経営学者ミンツバーグは実証的な学風で知られていますが、彼は戦略には二つの類型があることを調査から見いだし、ポーターらの戦略論があまりにも計画立案に偏重していることを批判しました。1987年のことです。

ミンツバーグによると、二つの類型とは、熟考型と創発型と呼ばれます。「熟考型戦略」Deliberative strategyとは、当初から意図した戦略で、それがちゃんと実現したもののことです。つまり、考えてから走り出す、上にあげたポーターの戦略のようなタイプですね。これに対し、ミンツバーグが「創発型戦略」Emergent strategyと呼ぶ種類のものがあります。これは、長期にわたり繰り返しとった行動パターンが成功に結びつき、結果としてそのパターンを組織の基本方針としたものです。これは歩きながら考えるようなやり方ですね。この両者がある、と。

ポーターらの好む熟考型戦略は、うまく当たれば成功しますが、外部環境の大きな変化に対して弱いという面があります。逆に創発型戦略は地味ですが、まあ合議制の文化の強い日本企業では好まれるかもしれません(これは逆に言うと、参謀機能が弱いということにもなりますが・・)。

さて、ここであらためて、Kさんの最初の問いに戻りましょう。経営者でもない、重役でも部長ですらないリーダークラスのエンジニアが、戦略という仕事にどう関わるべきか、本当にそんな必要があるのか、という問いです。答えから言ってしまうと、必要あり、です。なぜかというと、技術者はプロフェッショナル・エンジニアとしての自立を目指すべきであり、そのために戦略の基本を学ぶことが大切だと思うからです。

もしもKさんが、経営企画部などの参謀機能の部署におられるなら、話はもちろん簡単です。戦略立案と遂行のモニタリングが、部署の本来業務だからです。まあ、戦略立案部門と言っても、自分が決める訳ではなく、可能ないくつかの選択肢(オプション)と評価を示し、経営層に決断してもらうことが基本的なスタンスとなります。ただし、このような部署の仕事は、エンジニアとしての仕事ではないですね。

では技術者としてはどうなのか。ここで大切になるのが、以前書いたように、「上司の上司として考える、顧客の顧客を考える」スタンスです。仕事に期待される要件を洞察するためには、それが必要です。言われたこと、要求されたことだけをするのではなく、本当に期待されることを先回りして考える能力。これが、プロフェッショナル・エンジニアとして求められる能力です。

米国やカナダにはプロフェッショナル・エンジニアという制度があることはご存じでしょう。彼らは会社勤めのこともありますが、プロとして独立している場合もあります。聞いたところによるとカナダでは、エンジニアは労働組合にも参加できないのだそうです。なぜならエンジニアは弁護士や会計士などと同様に、Professional(独立性のある知的職業)だから、という社会的概念があるためだとか。

単に言われたことだけやるのは兵卒、あるいは労働者の仕事です。主体性を持つ者が、プロフェッショナルと呼ばれるにふさわしい。主体性を持つとは、未来を創造しようとすることに他なりません。未来の創造とは、未来商品・未来技術を創造することもその一つですが、仕事のやり方を新たしくするのも含みます。Kさんがこれまで工場でやられてきたことは、まさに主体性を持った未来の創造ではありませんか。

技術者や会社員にとって、「主体性」の反対とは、何でしょうか? それは、雇用義務や社会の義務だけ果たせば、あとは自分の自由だろ、と思う態度ではないでしょうか。かなり多くの人がそういった態度をとっているのは事実ですし、まあ、それも一つの生き方だと言えば言えます。じつは大学を出るかでないかの若い人の中にも、就職したらとにかく会社の要求する義務だけ果たして、あとは家族や趣味に生きたい、と考える人達が案外います。ちっとも未来志向ではありませんね。

ただ、そうした態度は、雇用や社会のあり方を新しくしようという希望を持たないこと、でもあります。極論すれば、それは自分が会社にとって交換可能な部品か、ロボットとなることを意味します。ロボットは、希望を持たない存在ですから。本来は未来を設計し創造するはずのエンジニアという種族の中にも、そういう物言わぬ大多数が占めていく現実を、わたしはいささか居心地わるく感じます。

わたしは別に、技術者は皆、独立して技術士事務所を開くべきだ、などと主張している訳ではありません。ただ、このような社会環境のとき、エンジニアはただ会社に従属するだけでなく、主体性を持って仕事の未来を考えるべきではないかと思う次第です。そのために、いわば「個人事業主になったつもりで、頭のトレーニングとして」経営戦略についても思いをめぐらすべきだと考えるのです。それは技術リーダーを目指す人にとって、必須のトレーニングの一部だと考えます。わたしは最近、研究部会の仲間と共に、そうした技術リーダーのための相互研修とコミュニティの場を作りたいと構想しています。遠いのでKさんにお声がけするチャンスがありませんが、そのうちご披露できればと思っています

そしていつか、Kさんが非常にユニークな製品を開発されたおかげで、それを売ってほしいと求める顧客が長蛇の列をなし、自分で好む顧客のみをピックアップして仕事を受けることができたら、そして営業に頭を下げたり無茶なコストダウンを命じられたりする悩みから解放されたら、素晴らしいと思いませんか? そのためには、どの市場に対し、何を売って、いかに供給し、どうやって競争を闘うか(あるいは闘わずして勝つか)を、懸命に考える必要があるのです。それをできるのが、エンジニアとしての仕事の醍醐味ではないでしょうか?


<関連エントリ>
 →「中堅エンジニアのための経営戦略入門」http://brevis.exblog.jp/25732183/ (2017-04-28)
 →「職人的であること、エンジニアであること」http://brevis.exblog.jp/24607574/ (2016-08-21)



by Tomoichi_Sato | 2017-05-07 23:22 | ビジネス | Comments(0)
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