中堅エンジニアのための経営戦略入門

Kさん、お久しぶりです。ご無沙汰しておりましたが、何年ぶりかで本社に戻られたとのこと。お元気そうで何よりです。

普通の人なら「本社にご栄転」おめでとうございます、という言葉遣いをするところでしょうが、それでは工場より本社の方が「上」である、という意味になりますね。わたしは本社も工場も企業組織の一部であって、それぞれ役割が違うだけだと考えているので、あえてそうは申し上げません。それに、本社への異動が栄転なら、以前Kさんが工場に移動されたのは左遷だったということになってしまい、ますます不適当ではありませんか。

まあそんな事はともあれ、本社の製品企画部門に移られて、あらためて「製品戦略とはいったい何か? 何をどう考えるべきか?」という、真ん中直球の問いが頭の中に生まれた、というあたりが、とてもKさんらしいと感じました。たしかにおっしゃる通り、戦略立案が本社の重要な機能であることは多くの人が感じていることだと思います。

では、それは具体的にどのような仕事なのか、考えるためにどういう指針がありうるのか、という疑問を、言語化して問われる方は、案外少ない。まして、おっしゃるように、まだリーダークラスのエンジニアが、戦略という仕事にどう関わるべきか、との自問は、世間にあまり回答が無いように思います。

たまたまですが、わたし自身もここ数年間、いわゆる本社企画部門に属して、『戦略』と名のつく仕事に携わってきました。ただわたしは、(以前お話ししたかもしれませんが)戦略という言葉をふりまわすのは、それほど好きではありません。なるべく「プログラム」だとか「シナリオ」といった言い方をするようにしています。

戦略という、一種の軍事用語は、なぜか使う人間のヒロイズムみたいな感情を刺激するところがあって、うっかりすると酔いやすいからです。酔ったら冷静な判断はできなくなります。冷静でなくなったら、何のための計画や評価か分からなくなるじゃないですか。

それと、戦略という言葉を使う人達の中には、ときどき、基本的な経営戦略論の枠組みさえ知らないまま、論を進めているケースが見受けられます。ビジネスにおける戦略については、先人のいろいろな知恵や研究が積み重ねられており、それを学ばずにいるのはもったいないと思うのです。

「学んで思わざればすなわち暗し、思うて学ばざればすなわち危うし」という論語の言葉があります。何か知識を勉強しても、それを自分の頭で考えない奴は、頭が暗いんだ。しかし自分勝手に考えるばかりで、先人の知恵を学ばない奴は、むしろ危ないんだ、という意味です。ですから、製品企画云々の個別論の前に、Kさんには経営戦略の基本的な枠組みを知っていただきたいと思います。

まず、ビジネスというものを成り立たせる、4つの大きな要素について思いをはせていただく必要があります。それは「市場」「競争」「組織体制」「技術」です。この4つが無いと、ビジネスが成立しません。

ビジネスの出発点は、市場です。たとえて言うなら、漁に出るのに、魚のいない海に行っても仕方がないですよね。どこの海に行くか、どんな魚をねらうのか。これが出発点です。これを考えるのが市場戦略です。市場は顧客とか案件とかの集合体で、需要と言いかえることも可能です。

次に、競争(競合)について考えなければなりません。良い漁場に行っても、周りに漁船が100隻もいたら、収穫は望めそうにないでしょう。どのように競争に勝って獲物をとるか、あるいはいかに競争を避けるのか。これが競争戦略です。

さて、ぶじに良い漁場にたどり着いた、競合もいない、そんな状態でも、自分たちの側にちゃんとした要員がいなかったら、魚は漁れません。一人で網も引き竿もふり船の舵も取る、というのでは、せっかくの魚も釣り上げる前に逃げてしまいそうです。だから、適切な人を配置し、役割や判断を分担して、うまく強調して仕事できるようにしなければなりません。適切な供給(遂行)能力を生み出すもの。これが組織戦略ですね。

最後は、そのように漁を続けるうちに得る経験的な知識・知恵や、新しく手に入れた魚群レーダー・GPSといった道具に象徴される、技術です。技術と知識は組織が持つ能力を、いろいろな形で増幅します。遂行能力の面で技術を使えば、漁獲の生産性が上がり、コストは下がるでしょう。また、魚群の動態に関する知識や、魚の利用法に関する技術を活かせば、新しい種類の魚や漁場を見いだすことができるかもしれません。これが技術戦略です(組織体制と技術を合わせて「経営資源」と表現する流儀もありますが、ここでは分けています)。

漁業のたとえではなく、普通の製造業のケースでまとめると、こうなります:

(1)まず市場を見定める。「誰に売るか」
 ↓
(2)次に競合に打ち勝つ。「いかに勝つか」
 ↓
(3)組織体制で遂行する。「いかに作るか」
 ↓
(4)得た知識・技術を活かす。「何を売るか」

ところで、技術を活かして新しい漁場(需要)に向かう技術を得れば、それが新市場を生み出す訳ですから、(4)→(1)はつながっていて、全体としてスパイラルを描く訳です。そして、この4つがきちんとかみ合って働くことで、企業は利益を得ることができます。

あれ? 肝心の製品戦略はどこにあるのだ、と思われたかもしれません。製品の開発・設計は一義的には技術の下にあるのですが、じつは誰に向けてどんな販売チャネルから、いくらでどう売り、どう作るのか、といった方針設定とワンセットなのです。上の4つの戦略要素は互いに連関し合っていて、どれか一つだけを単独で考えても不十分です。良い製品の企画は、的確な市場セグメントに対し、むだな競争を避ける形で、かつ作りやすいよう、技術を応用するものです。これら全体が緊密に組み合わさった、一種のシステムになっているのです。
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この事情は製品を売る製造業ではなく、サービス業でも同じです。サービスメニューをどう開発設計するのかにおいても、上記の4つの要素を考えなければなりません。

たとえば、著名な経営学者のM・ポーターがあげた例が、「ニュートロジーナ」という会社の製品でした。ニュートロジーナの主力製品は、透明で低刺激の石鹸です。彼らはこの石鹸の試用サンプルを、皮膚科医から患者に配ってもらうマーケティングをとりました。肌への刺激を気にする人(とくに女性たち)に、少し高いけれど安心して使ってもらえる石鹸、とのイメージを確立したのです。これによって、スーパーの店頭で「一山幾ら」の安値競争に巻き込まれずに、利益の上がる製品を売り続け、ブランドを確立することができました。ここには、明確な市場セグメントの設定、競争を避ける方策、そして具体的な製品設計の組み合わせがあります。

ポーターがあげたもう一つの例は、サウスウェスト航空という米国の中堅航空会社でした。エアライン会社ですから、売っているのは製品ではなくサービスです。サウスウェストは、米国の中小地方都市間を結ぶネットワークを持っています。そして彼らは定時運行を売り物にします。二つ以上空港を持つような大都市の場合、必ず便の混雑の少ないマイナーな空港の方に就航します。客の乗降をスムーズにするため、荷物預かりを行わず、基本的にすべて手荷物だそうです。また使用する機体も基本的に一種類のみ。だから保守部品もマニュアルも全て共通化でき、万が一の場合の機体繰りも簡単です。すべては定時運行の信頼を守るためで、これによって彼らはエアライン間の安値競争からのがれ、高い収益率をずっと維持するのです。

おわかりでしょうか。戦略というものは、組み合わせて仕組み(システム)としたとき、有効性が高まるのです。市場戦略だとか競争戦略だとかを単体で考えるのも、一応の意味はありますが、ビジネス全体のストラクチャーを構想することの方が重要です。

ちなみに、上にあげた二つの例は、いずれも価格競争から逃れて、「高く売る」戦略であることをご理解ください。競争力というと、ほとんど条件反射的に「コストダウン」(=安売り)を口にする経営者が非常に多いのですが、M・ポーターはそれに組みしません。企業間の競争を詳しく研究した彼によれば、ある業界の競争状態の程度は、(1)新規参入、(2)代替品の脅威、(3)買い手の交渉力、(4)売り手の交渉力 (5)既存企業間の競争程度、の5要因によって規定されるといいます。

そして企業がその中で優位な立場に立てる一般的戦略として、次の三つを提案します。

(1) コストリーダーシップ戦略
(2) 差別化戦略
(3) 集中戦略

コストリーダーシップ戦略とは、いわば王者の戦略であって、幅広い製品ラインナップと全国レベルの市場において、低価格と薄利多売と大量供給能力によりシェアと利益を確保するやり方です。これに対し差別化戦略は、王者に挑戦する企業が、ユニークな特徴を持った製品を打ち出すことにより、競争に打ち勝つやり方です。上のニュートロジーナがよい例でしょう。

そして集中戦略というのは、ニッチをねらう小企業が得意とする戦略です。一部の小さな市場をねらって、そこに経営資源を集中して守り切るのです。小さな市場とは、特定地域の場合もあるでしょうし、特殊な市場セグメントの場合もあるでしょうが、とにかくある種の顧客に密着し関係を築いて、王者も挑戦者も入りこめないようにする訳です。

この三つの戦略は、同時に全部を取ることはできません。どれかを選ぶ必要があるのです。「戦略とは、意志を持って何かを捨てることである」と、ポーターはある講演で語っておりました。彼はさらに言葉を継いで、日本と韓国の大企業は「総合」志向が強く、何かを捨てる決断が下手だが、それではいずれ行き詰まる、とも警告しておりました。

マイケル・ポーターがこの三つを『競争優位の戦略』と名付けて発表したのは1980年のことです。そして経営学の分野で一斉を風靡しました。以来、戦略論の古典とされています。その後、研究が進むと、いくつか批判も現れますが、それはともかく、コストリーダーシップ・差別化・集中、の三つの基本的な競争戦略くらいは頭に入れて、製品づくりに向かわれるようお勧めします。(この項続く)


by Tomoichi_Sato | 2017-04-28 22:57 | ビジネス | Comments(1)
Commented by at 2017-04-30 13:48 x
戦略はコギャルにすら、日常用語で使われていると思いますが。もうコギャルはいないですが。
便利な言葉は、勝手に流行ってしまうものです。
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